想いを吐露す
どれ程の時間が経過したのだろうか。弓弦が眼を覚ましたのは背中から感じる温かな感覚によるものからであった。なんとなくと、表するより既に背後で寝息を立てている存在の察しに確信があったので、その態勢のまま首だけを巡らせてみると、
「……」
足だけをピクピク動かして猫が気絶していたが、一種のプレイとの見切りを付けて見なかったことにする。
「…眼が覚めたか」
視線を元の位置に戻すとそこに、蝙蝠が蜜柑片手に立っていた。握り潰さないように持っている辺り、相当器用なのが窺える。
以前書いてあった書置も、相当達筆だったことを弓弦はふと思い出した。
「あぁ。俺はどれぐらい寝ていたんだ?」
「半日程だ。もっとも、それでも休息には足りぬがな。背後のは放り置くと良い。常日頃より寝腐って居る故にな」
言外の問いにもハッキリと答えたくれたその悪魔、バアゼルに苦笑させられる。しかし弓弦は動こうと思わなかった。
それは背後に感じる感触が勿体無いと思っていることやそのような訳ではなく、このまま寝かせてやりたいという彼の優しさによる行動だ。もっとも、確かに男性として意識せざるを得ない状況であるということだけは仕方が無いことである。
「いや、このままで良い。暫く相手してやれなかったし、寂しがってるみたいだったからな」
「…ふむ、役得狙い「そう言う訳じゃないからっ」…ふむ」
「…すぴー…」
「…俺の背中で安眠してくれるのなら喜んでとかそう言う意味のつもりなんだがな、どうしてそう取るんだ?」
やれやれと肩を竦めようとした弓弦だが、背後で寝ている存在のことを考慮してか呆れの息を吐くだけに止める。
「…それで…大分、蜜柑の皮が散乱しているようだが…これは一体?」
散乱しているというよりは、積み上がっているというのが正しいのだろうか。丁寧に重ねられた皮はまるで一つの建造物を思わせ、その高さは弓弦の身長と同程度ありそうであった。一体全体、どれだけ食べたのであろうか。
「王者が食べた量と私が食べた量を比較した。如何かな?」
続いてバアゼルの隣に狼悪魔ヴェアルが腰を下ろした。
「いや…如何とか何も…バアゼル、蜜柑は後どれだけ残ってるんだ?」
「…先程総て食し終えた。故に追加分を我は求める」
「あのな…ダンボール二箱に丸々っと入っていたのを用意してあったと思うんだが…違ったか? レオンを助けに行く前“アカシックボックス”の中に入れた記憶は新しいと思うんだが…!!」
因みにダンボールのゴミは既に発見してあり、綺麗に折り畳まれて本棚の隙間に挟んで隠されていたりする。これが中々巧妙に隠されていたりするもので、ヴェアルの視線が無ければ気付けなかった程である。
視線で金毛の狼に礼を伝えながらさらに弓弦は追及に入る。
「…食べ過ぎだ。分かっていると思うがお前が食べた分は全部俺に換算されるんだぞ? 腹だけが膨れていく感覚って結構虚しいんだから分かってくれ……」
「成る程。覚えない膨満感と言うものか。虚しいな…凡ゆる感覚を排除せし食事に意味などあるのだろうか……」
「……「食べ過ぎると身体黄色くなるぞ」……ふむ、致し方無い。 暫くは控えるとしよう」
弓弦の言葉に微かに狼狽する様子を見せたバアゼルの羽は、一部微かに黄色っぽくあり、それは本悪魔も地味に気にし始めていたことであったので、不承不承ながらも承諾したのだ。
「…君に頼みたいことがある」
「ん、頼み事? 俺に出来ることならば良いよ」
ヴェアルは頷くと、「回収してほしい物がある」と弓弦の視線を自らの背後に促させる。
「これは…」
そこには外の光景が映し出された、薄型の液晶画面が配置されていた。
それは弓弦が眼を見張るのも無理はない、「テレビ」という名の懐かしい物品だ。モニターやパソコンといったハイテクノロジーの物品の数々がある以上、その物品が存在することは考えの及ぶことではあるが、まさかこの場所に現れると思わなかったのだから。
「これを、回収してほしい」
テレビの画面に映し出されたのは、一軒の店。特にこれといった特徴は見当たらないのだが、店先に吊り下げられた赤い提灯は弓弦にとって見覚えのあるものであった。
「ここは確か…先輩と行ったラーメンの店…ここをか?」
その店の登場に彼は、思わずアンナのことを「先輩」と呼んでしまう程に動揺してしまった。彼を慕う女性陣からすればその言葉は憤慨ものであるが、幸いにもこの場に彼女達は居ない。
「それについては気にしなくても良い。『路地裏の星屑』…ここは私が経営する個人店だ」
「は…は?」
「私は以前にも君と会っている。…そう、この店で君達に振舞った。私の力作をな」
そこで合点が行き、「分かった」と彼が言葉を返すと、短く礼の言葉を伝えてヴェアルはテレビの電源を消した。
「これをどこに置けば良いか、教えてもらえないだろうか」
「ん、そうだな…って、このテレビはどこから人の空間に運んだんだ?」
「私が個人的に運んだ物だ。動力はこの空間にあるポットや炬燵と同じ、君の魔力だが…そこは深く考えずに、活用してほしい」
「そうか…ならまぁ、その辺りに設置してくれ」
テレビは、ヴェアルの魔力によって弓弦が指で示した方向まで移動させられる。静かに設置されたその薄く、細いフォルムが微かに前後に揺れながら足を伸ばした光景が空間内に現代の息吹を届ける。
一仕事終えた様子の狼は炬燵の中に潜り、やがて布団から顔を覗かせた。
「すぴー……後二時間…なの…」
「…ベッタリだな。まったく…どうして人の背中で安心して熟睡出来るんだか。経験はあるが…男の背中に身体を預けるとはなぁ…デリカシーが無いと言うか…はぁ」
「別に、デリカシーが無いと云う訳ではなかろう。貴様を慕う女共は全員が平気で身体を預けると思うのだが。まさか此の期に及んで然龍に自分が好かれていないと宣うのではないな?」
「いや、そう言う訳ではないんだが…一応、その…俺もシテロも裸な訳で…背中に色々…感覚が生々しくてな…」
背後でモゾモゾ身動ぎをするシテロは甘えているのかよく身体を動かすので、その度に弓弦は参ったといわんばかりに気不味気に視線を横に流す。
「濁す必要は無かろう。斯様な反応は種として当然のもの。直接触れる感覚に女を感じ、男としての反応を示してしまうのならば尚更だ。そうでないとするのならば己は、既に相手が居るから等の、今更の答案を我に返すのか?」
「…結婚とか、そう言うのを考えられないからとか言う逃げをする訳じゃないが…これでも結構参ってるんだ。誰を選んでも血の雨が降りそうでなぁ」
これでもかという程に積極的な女性陣に、これでもかという程に好かれている状況。自身はそれ程鈍くないと自負している彼が、例え人から向けられる感情に疎かったとしてもだ。
それでも否が応で彼女たちの好意には気付かされてしまう程のその、積極性には困る場面が多く、ただでさえ勿体無い程の美少女達によっと争奪戦を繰り広げられてしまうのだ。
そんな染み染みとした言葉の中には彼の諦めが込められていた。
「意気地の無い男め。其れとも、意固地になっているのか? 今の関係に甘んじることに固執していると、遠くない時間に崩れることを知っていながら」
「はは…確かにな。どんどん詰んでいくし…いや〜、参った参った」
「此の問答でさえ、何度繰り返したのか最早我も記憶していないが…」
バアゼルが次に言葉にしたのは、彼の諦めの行き着く先だ。それは何度も、様々な人物に伝えられながらも彼が受け取らない言葉だ。
「…意地の悪い悪魔め」
それを訊いた弓弦は苦笑しながら、やはりこの反応を返した。
「我は悪魔。貴様が嫌悪することを行うこともまた一興とする存在だ」
「素直に心配してるって言えば良いと思うんだがな…流石悪魔、捻くれてるじゃないか」
「何処ぞの誰かには及ばぬがな。我の此れなど可愛いものであろうに」
「にゃはは、言えてるにゃ」
クロがようやく気絶状態から復帰した。「口を挟むな」と睨みを利かせた同胞に、笑いながらその隣に腰を下ろして喉を鳴らす。
「だけど弓弦の言う通り今はまだ早計過ぎるにゃ。知影も風音も、凄く不安定にゃ状態で誰か一人を選ぶと言うのにゃら、選ばれにゃかった方がどうにゃるのか…分からにゃいのにゃ」
「…知影のヤンデレが治るまで…の、はずだったんだがなぁ…ははは」
笑い声は虚しい。
それが全て自分の責であると弓弦は考えているのだ。もっともそれは、ある種正しくはあるのだがある種的外れであり、何とも歯痒い面持ちをする悪魔達だ。
「はぁ…悪いがもう、この話はお終いだ。疲れてくる」
「にゃはは…弓弦は戻ったらどうするつもりにゃのにゃ?」
苦笑しながらも話題の転換をしてくれたクロに感謝しながら、弓弦は思考を巡らせる。取り敢えず決まっていることは一つあるが、それで納得してくれるのだろうかが謎なのだ。
「少なくとも埋め合わせをしないといけないよな。知影と風音を連れて行った以上、待たせている皆に悪いしな」
「四人かにゃ?」
「…あぁ、そうだな。元気にしてるだろうか」
脳裏に待たせている四人の人物の顔が浮かんでいく。
「ふむ…家内のことか」
が、その言葉を訊いてバアゼルが思い至った人物は一人のようだ。
「っ…間違ってはいないんだが…」
「にゃはは…まぁ、口に出してしまったら、軽い男と弓弦が取られても仕方が無いことだからにゃあ? 所謂、正妻だからにゃ」
「あぁそうだな…確かに俺にとってなくてはならない人だ。あいつが居なかったら俺なんて、とうの昔に死んでいたからなぁ…って、正妻とか家内って言うのは色々語弊が無いか?」
「でも特別扱いをしているのにゃ、確実に。前の指輪の時にも言おうと思ったけど、弓弦は彼女に対して明らかにゃ特別扱いをしているのにゃ」
「色々迷惑を掛けているからな…って、話がまた戻ってきてるじゃないか。お終いだって言ったろ?」
話の流れに気付いた弓弦が再び話を断ち切ろうとするが、確信犯であったりする二悪魔は素知らぬ顔だ。
「全員を娶るが良い。案ずるな、夜の相手を確とすれば皆満足しよう。幸い収入は多く、養える余裕はあるはずだ」
「…それって地味に現状維持だよな」
「そうとも取れるにゃ」
「おい…「…?」っと…起きたか」
声を荒げたからなのだろうか。背中に感じていた熱が動き、微かに悩まし気な息を吐いたかと思うと、起き上がった気配がした。弓弦も状態を起こして振り返ると、「…お、おはようなの」と。
言葉を若干詰まらせたことによるものなのか、頬を染めたシテロが座っていた。
いつもは眠た気な印象が強いと思っていた弓弦は、眼覚めて早々にも拘らず意識が明確な様子の彼女に首を傾げた。
「ん、おはよう。寝惚けてないなんて珍しいな。日頃寝ているのがあるからか?」
「…いつも眼はパッチリしてるの。ユールの見間違いなの」
「そうか…まぁ、暇だからってあまり寝てばっか居ると身体機能が…落ちるのかは分からないが駄目悪魔になっていくからな。ちゃんと日中起きとくんだぞ?」
「む〜っ、私の話聞いてないのっ」
頬を膨らませて憤慨する彼女だが、何とも可愛らしい印象しか受けず思わず笑ってしまう。そして同時に、揶揄いたくなる衝動に突如、弓弦は見舞われた。
「訊いてる訊いてる。眼を開けたまま寝るなんて器用だなぁ…俺にはとても無理だなぁ♪」
揶揄い態勢に入った弓弦は上機嫌に声を弾ませる。
「む〜〜っ!! そんな器用なこと私も無理なの! 寝る時はちゃんと眼を閉じて、羽を休めてぐっすり寝るの!!」
「八つ当たりにゃ…」
「ふむ…茶でも飲むか」
ジト眼を向ける悪魔達に気付いたシテロが、援護要請の視線を向ける。が、気付いているはずなのに二悪魔もヴェアルと同じように炬燵に身体を入れ、無視の姿勢を取られる。
「だって…ユールは陽溜まりだから…ぐっすり眠れてぽかぽかで、きゃっほ〜なのに。‘今日はいつもよりぽかぽかして…ぅぅぅ’」
「…? シテロお前…」
「っ!?」
突然額に当てられた手の感覚に息を飲まされると共に、身体が熱くなる感覚をシテロは覚えた。
彼女の裸体を見てしまわないようにする配慮なのか、視線を逸らしている弓弦はその手を今度は自分の額に数秒当て、頷く。
「…寝起きなのもあるとは思うが心なしか、体温が高いような気がするな…熱があるかもしれない。薬あったか?」
棚を見遣るも、それらしき容れ物は見当たらず頬を掻く。眼の前で座り込んでいる女性の相貌の赤味が、いつもより多いことにどうすれば良いのか分からないのだ。
しかも、どうしてか更に赤味は増してしまう。
「もっと赤くなったな…相当ヤバいんじゃないか? なぁクロ、魔法でシテロの頭冷やしてやってくれな…ん?」
「別に冷やさなくても良いの」
弓弦の言葉を首を振ることで止めた彼女の様子を見て、ふと何かに気付いてしまった彼は、炬燵で休む三悪魔に視線を向ける。が、返ってくる反応は無かった。ガン無視である。
「…お前熱じゃなくてまさか……いや、それはないか。そんな都合の良いことは普通起こらないしな」
「そうなの。悪魔は病気には罹らないし、熱は無いから安心するの〜」
「…ん、あぁ。それは良いことなんだが…何だかなぁ」
本悪魔に悪いと思っているのだが、弓弦の本心としては、それはあまり信じたくないことだ。しかし反応を見ていると答えは一つしかなく、それを伝えるべきなのか悩む。
また、この時彼の心の中には、‘悪魔と人間は違う’という誰に教えてもらった訳でもない、形の無い概念が彼の心と思考に錠を付けていた。
どうしてそう思ってしまえるのかは彼でさえ分からないのだが、そこにはやはり、一種の差別的な観点があったのかもしれない。
「…ユール…あの、えと…私…ね?」
それは、当たり前と表してしまえばその通りのものだ。
彼女の態度、様子、これまでの言動の変化の全てがそれを証明している。また、何故バアゼルやクロが変に彼の悩みを盛り返したのも、これならば頷けてしまう弓弦だ。
しかし、この時「早過ぎる」と感じたのは事実だ。思い返してみればそもそも、最初からこのような感情はあったのかもしれないが、これは明らかに性急過ぎる。
まるで、何かが彼女を変えたように彼は思えたのだ。が、それを肯定してくれる存在はここには居ない。まるで全員がこの様子を、微笑ましく見守っているような状態だと、判断し、内心溜息を吐く。
彼がやっているのは逃避だ。こうして思考を巡らせることで彼は自分の心を落ち付けようとしている。
勿論、本人にその自覚はある。が、そうでもしないとどうして良いのか分からなくて、混乱してしまうような感覚に囚われているような気がして、思わず身震いをしてしまう。
「…おわ」
「…っ、ユールの方が寒そうなの。だから抱きしめて、私の身体で温めてあげるの」
「な、な、なななっ!? お、おいシテロ!?」
身震いをしたことによるものなのか、変に勘違いをしてしまったシテロは、身体を押し当てるかのように抱きしめてくる。
それは正に、他者から見れば熱い抱擁と取れるもので、激しく拍動する彼女の心臓の音が一段と激しくなった。彼はまるで今にも爆発してしまいそうな程に加速した鼓動にギョッとした。
「……♡」
「…ウットリしてる。おい…冗談にしてはキツいぞ。シテロ〜? おーい」
「…きゃ…っほ〜♡」
重症である。
その表情は、正しくそれと取れるものなので思わず頭上を仰ぐと、程無くしてやはり、
「…すぴー…すぴー…♡」
寝息が聞こえてきた。抱きつきながら寝るなんて器用なものであるのだが、シテロは顔を弓弦の肩に乗せているので、寝息が直に耳に聞こえ心臓に悪い。
おまけに、それがいつもより艶のあるように感じたことによるものなのか。
心臓が跳ね上がるような感覚を彼は覚えたので、身体を横たえさせる。
「…んん…陽溜まり…私だけの…すぴー」
何とも不安を残させる台詞に冷汗を覚えながら、それはもう、底冷えのする視線と声音で彼は三悪魔に迫る。
「…おい。これは、どう言うことだ皆…シテロに何があった?」
幾ら何でもやはり、唐突過ぎる。
特に何かをした訳ではないはずなのだが、あまりの変わりようには驚くしかない。
嘆息していると、炬燵に湯呑が置かれた。
「まず茶でも飲むと良い。話はそれからだ」
「ん、あぁ…ん? これは…」
ヴェアルが淹れた紅茶は勿論、淹れ方の差なのか本家本元には劣ってしまうが、彼にとって久し振りとなる妻の紅茶の味わいであった。
「…。フィーの紅茶葉で淹れた奴か。落ち着くなぁ…はは」
「やはり良い味だ。この茶葉を用意した存在は余程高貴と見える。あぁ…広がっていく…」
「にゃはは…っ!? 熱いにゃっ!?!?」
「ふむ……むぅ」
反応は四者四様だ。
戻ったら本人に一杯淹れてもらおうと内心で考えながら、彼は鋭い視線で三悪魔を睨む。
「さ、言え。何があった」
「にゃはは…分からにゃのかにゃ?」
「だから訊いているんだ。あの変わりようは何なんだって」
「我々がその質問に答えるのは簡単だ。だが人とは、常に叡智を探求せねばならない。答えは君と言う名の箱の中に眠っている」
その言葉に思案しているのか、紅茶に映る自分の顔を弓弦は凝視する。
そうしているとふと、思い付いたことがあった。
「…つまり、最近の悪魔関係の出来事ってことだよな?」
サッと反応を確かめて答え合わせをしてみると、それはどうやら正しいようで再び、彼が思考の海に沈んでいこうとしたところで答えが浮かんだ。寧ろ、そう考えると色々と合点がいくのでこれしかないといえようか。
「…お前達の黒い感情を受け止めたこと…か?」
「ふむ…やはり、鋭いのか鈍いのか解せぬな」
「悪かったな。それで?」
「…黒い感情でも想いは想い。きっと…いや、本悪魔じゃにゃい悪魔が代弁しても意味無いのにゃ。そう言うのは本悪魔に訊くのにゃ…にゃ?」
言葉の途中で首を傾げたクロにつられて視線を寝ているシテロに向けると、
「…居にゃいのにゃ」
シテロはいつの間にかその場から消えていた。
「……」
「…あ、アンナ殿。何か喋ってくれると嬉しいのだが」
「…特に話すことが無いからな。それに、貴殿と私とは一体、どう言う選抜基準なんだここは?」
「…気分…だと私は思うぞ。その話に出ていなかったキャラクターを気分で選んで登場させる。そんな場所ではないのか?」
「…本当に、それだけだと思うか?」
「む…?」
「一つ一つの後書きに、何らかの意味かあるのだとしたら…貴殿はどう思う」
「…ま、まさか……!?」
「冗談だ。一つ一つに伏線を用意するのは骨が折れるだろう…手間でもあるしな」
「うむ、だが手間を必要とするものも当然あるぞ。料理は特にな」
「…?」
「あの一手間一手間が美味しい料理への架橋となってくれる…中々料理は奥が深いぞ」
「…私は、女らしいことが不得手だからな。残念だがその気持ちに共感することは出来なさそうだ…それに比べてオルレアは……」
「オルレア…?」
「戯言だ。どうか聞き流してほしい」
「うむ…」
「すまんな。話は変わるがこれ…どうする」
「…アンナ殿が読んではどうだ?」
「何故だ」
「察してほしい」
「察せぬから訊いている。何故だ」
「…兎に角! 読んでほしいのだっ!」
「…そう鬼気迫ることか? まぁ良い…『心の奥。それは誰もが有しているにも拘わらず、全てを把握している者は極めて少数な、所謂ブラックボックス。外面だけでは判断出来ぬ本心が潜む心の奥に触れた者は、己と言う存在を真に御せるであろう。もっとも、それが本当に己の心の奥であればの話だがーーー次回、花を育てる』…あの男は一体、何をやっているんだ?」
「…うむ……良く分からんぞ」