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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第四異世界
177/411

光に抱かれる

 可能性という無数の確率の中において確立された結果。…そう、これはあくまで、確率の話だ。そうだったはずだ。

 願い事なんて所詮自らの意思を宣誓し、周囲に確定するもの…そのはずだ。願っている時点で人の中には、「叶えば良い」、「叶わなくとも良い」の相反する二つの思惑が繊維のように、それでいて複数のコードのように複雑に絡まり潜んでいる。それは永遠に離脱を不可能とするメビウスの輪のようなものだ。 足掻けば足掻く程泥濘(ぬかるみ)の中に沈んでいく…底知れぬ感覚。そう、人は自分の意思でさえ完全に把握することは不可能なのだ。それは永遠の謎とも言うべきかもしれない。

 だから、こんなことになるなんて誰が予想出来た? 願ってしまった俺か? 責任転嫁するみたいだが冗談じゃない、こんなこと分かってたら、そもそも未来と言うものが分かってたら地獄になんて居ないのだから。

 …だが、結果論として述べてしまえば、「感覚が無かった」…と、言うのはおかしいかもしれない。予感…この場合は第六感と呼ぶべきものがこのことを予感していたような気がする。予感していてそして願ったの、かもしれない。

 そう、それはまるで、偽りの感覚だ。まるで、今の俺が偽りであるような気がする…が、まさか。そんなことあるはずがない。

 化物と揶揄されていても、俺だ。ここに、『橘 弓弦』と言う化物は確かに、存在しているはずなんだ。

 だが…何だ? この妙な感覚は…動揺がもたらしている感覚なのか?


ーーーうわぁぁぁぁぁっ!!!!


 悲鳴が聞こえる。

 だが誰のものなのかは分からない。

 だが、悲鳴だ。

 だが、分からない。

 分からない、分からない、分からない。

 …誰なんだ。

 何なんだ…っ!!


【ガァァァァァァッ!!!!】


 …一つ確実なことがある。

 化物がここに存在している。


【グギャァァァァッ!!!!】


 逃げ惑うニンゲンを、甘い香りを香らせる両手で葬り去っている……

 思考が闇に染まっていクカのような感覚だ。いや、思考だけデハない。俺トイウ存在の全てガ染まろうと……


ーーーくそ、化物めッ!!


 何だよ…ナンデ…っ、そんな怯えた眼で俺を見る。ナンデ…足を震わせている…?

 そんなの…ツマラナイ。


【……】


ーーーひ、ひぃぃぃぃぃっ!!


 いつもは蔑む眼で見ていたのに、自分達が同じ立場に立たされたら怯えるのか。俺はもっと反抗的な視線を向けていたはずで、それが気に食わないからあんな仕打ちをしてくれたんだ…何だよ、お返しサセテ…くれないノカ…!


ーーーぎゃぁぁぁぁっ!?!?


 …不味い。不味いが…甘イ。ナンダコノ…カンカクは…身体が疼く…ぐ、ぐぅ…ゥッ!

 闇ガ…広ガル。


【ゲァァァァァッ!!!!】


 壊ス…壊セト何カガ誘ッテクル…何テ…甘美ナ響キナノダロウカ…何ト…愉シイ…何ト心地良イ…感覚ダ…! コノママ衝動ニ身ヲ任セテシマエバ…暴レテシマエバ…クク。

 嗚呼…何ト美シイ断末魔ダロウ…


【グェァァァァッ!!】


 壊レテイク…全テガ、総テガバラバラニ壊レテイク…黒ク…赤ク…染マッテイク。染メルノハ俺ノ腕…化物ノ俺…人ナラザル…俺…俺ハ…俺ハ化物…破滅ヲ呼ブ化物…化物…バ…ケ…モ…ノ……

 バケモノハバケモノラシクスベテコワシテヤル…ジュウリンダ、サツリツクダ、ヨワキモノヲムサボリチヲクラッテヤル…ササゲロササゲヨ、ワガイケニエトナレ…!!!!


ーーーありゃ、随分と派手に……


 …? ナンダ…イキノイイニンゲンガノコッテイルジャナイカ。ドウコロシテヤロウカ…?


ーーー瞳…既に人としての意識は朦朧としているか。


ーーー凄く…辛そう…です。


ーーーそうね。だけど私達が来たからにはもう大丈夫。…もう少しだけ我慢していてね。


 イチ…ニ…サン…シ…ナンダ…コノカンカク…?


ーーーあの子はまだ来ていないみたいだけど…早く初めて、早く終わらせよっか。これ以上苦しんでいる姿、見たくないもの。…行くよ。


 …シッテイルノカオレハ…コノニンゲンタチヲ。

 ッ!? …っ、ぐ…ゥゥ…ッ!!


【グギャガァァァァァッ!!】


ーーーく…っ、流石ね。


ーーー躊躇禁止!! 言い方は悪いけど、消し飛ばすつもりで抑え込みに掛からないとこっちがやられるよ!!


ーーーっ、えぇ分かってるわ、言われるまでもない。待っててね…私達が助けるから…!!


ーーーバックアップは引き受けるから手筈通りに行くぞ。


ーーー仕事モード…です。


ーーー文句を言うな。


ーーーだから…敵なの…ですっ。


 チョコザイ……ッ!!


ーーーっ、早々にその言葉か。


ーーーこら! 喧嘩しないのっ!! 凹むのも禁止! っ!?


ーーー張り切り過ぎるのも考えものよ。人に注意しておいて自分が出来ていないなんて、馬鹿ね。


 イヤ…オレ…俺…は……


【グ…グガ…ガガ…】


 この…ニンゲンタチ…を、知って…イル…!!

 コノ…この人…達…は…ッ!!


ーーー今…です!!


 ぐ、グガ…ぐ、ぐぅ…っ!?!?


* * *


「…ぐ…ぅぅぐ…が…っ!!」


 それは、突然に起こった。

 眼の前に横たわるオルレアの顔が苦悶に変わったのだ。

 戦闘はどうも、あの後も続いているようだが…あちらはあちらで押され始めているようであり、時々苦しそうな声が耳に届く。

 私が回復魔法に込める魔力マナを強めるとその表情は微かに安らいだように見えるのだが、それも一瞬でまた苦悶のものにへと戻る。…私の魔力マナもいよいよ半分を切っただろうか。限界と言う文字が見え隠れしていた。


「オルレア、しっかりしろ!!」


「づ…ぅぅっ、ぅあぁぁ…っ」


「っ、埒が明かん…なら」


 回復魔法の効果を強める方法は基本的、二つある。一つは込める魔力マナを大きくすること。そしてもう一つは……


「こうするしかない…か。まさか私がこの方法を取ることになるとはな…ッ!!!!」


「ぅ………ん……」


 どうやら効き目はあるようだ。

 もう一つの方法それは、魔力マナを込める面積を広げること。先程までは胸の上で、重ねた手の部分でのみ魔力マナを送っていたのだが、今は…それよりも大きく面積を増やした体勢にしている。感覚を例えるとするのならばそう、マシュマロの感覚だろうか。掛かる息は荒く、その身体も熱を持っているが、生命の鼓動は弱々しくも確かに伝わってくる。


「オルレア…お前も悪夢の中で戦っているんだな」


 負の感情の逆流…人のものだけでなく、悪魔共のものまで受け止めてしまうとは本当、優しい奴だ。その優しさが身を滅ぼしていると分かっていても、他人に手を差し伸べ、その全てを背負おうとする…そう、そんな奴に……

 …後輩を助けるのは先輩の務めだ。これまで色々と世話を焼いてもらった分をここで、返してやらないと私の気が済まない。

 『分かっていると思うけど、やらにゃいと確実に意味が(にゃ)くにゃるのにゃ。…イレギュラー積み重にゃりの産物で、その全ての責は僕達にあるけど、失敗してしまったら弓弦の心は…っ。だからこれは、絶対に失敗してはいけにゃいことにゃのにゃ…お願いにゃ…』と、生命を賭けてまで、主たる人間のことを慮っているあの悪魔の声が再び聞こえたような気がした。…あぁ、言われるまでもないことだ。こいつは私の……


「…っ」


 腹を決め、意思が固まった。

 よくよく考えるまでもないものだ。そう解釈してしまえばそう言う形とすることも出来る。寧ろ私は、確信犯でもあったからだ。

 …しかし些か不本意とも言えるか。が、状況がそれを許さないだろう。

 …やらないと…助からない。やると…助かるかも、しれない。助かれば元通り、助からなければ…まぁ、考えられる範囲だと、負荷に耐え切れなくなったことによる精神崩壊と言ったところだろうか。廃人か…まぁその場合は誰かが面倒を見ないといけなくなってしまうのだがそれはおそらく、事欠かないだろうな。 喜んで面倒を見ようとする節さえもありそうだ。しかも前者は私がその責任を取らなければならなくなる割合が大だ。…オルレアの面倒なら兎も角、男の面倒はな…色々と世間体にも悪く、変な噂が立ってもらっては困る。オルレアなら問題無いが。

 …そう、オルレアならば問題無いだろう。


「‘…行くぞ?’」


 眼の前に居るのは、オルレア…私の大切な後輩。

 そう、私の大切な……


* * *


 暗い…暗い…沈んでいく。

 どこまで沈んでいく…? どこまでも沈んでいく。

 分からない…分からない…分からない。頭がこんがらがって…処理が出来ない。

 俺は化物だ…人を殺すしか能が無くて、人に忌み嫌われるそんな外道の者。だから居なくなっても良い存在…誰も何とも思わないし、存在していたら存在しているだけで人間にとって邪魔者となってしまう。 

 要らない存在だ。だから、早く消えてしまいたいのに…消えてしまいたかったのにどうして。どうして、現れた……


「それは、私が親衛隊隊長だからだよ♪」


「どうして今さら…現れるんだ…」


 幻覚…そう、これもきっと悪夢の続き…これ以上俺を突き落として何になる? 人が内心考えないようにしていたことを無理矢理……


「ユ〜君のピンチに駆け付けない私達じゃないよ。例えどこへだって…ね?」


「そう言うことよ…」


「お兄ちゃん…」


「…。まぁ、これぐらいは出来んとな。色々名乗れないものがあるんだ」


 …あんまりだ。これは…酷い。

 どうしてもう居ない人達の仮面を被る…どうして振り払う手に安らぎを差し伸べようとする…っ。もう十分だろ…俺を堕とすには…十分過ぎるだろう……


「なぁ…止めてくれよ…もう…良いだろうに…!! どうして、どうしてなんだよっ!!!! どうして揺さぶる!! どうして堕とす!? 堕とすところまで墜として人が戻れなくなったところでさらに堕とそうとするのかッ!!!!」


「ありゃ…相当参っちゃってるかぁ。…お姉ちゃんの顔、見てよ」


 …杏里姉さん。


「駄目よ姉さん。こう言う時は…こう。…ほら、お姉ちゃんの身体よ…? また前みたいに無茶苦茶にしてくれても良いのよ?」


 優香姉さん……


「私は後ろから抱き着き…ます。お兄ちゃん…分かり…ます?」


 木乃香……


「おいおい離れろ離れろ! 恋人じゃあるまいし。まったくこの妹達は…変わらないな。…弓弦、兄ちゃんが分かるか? 恭弥だ。分かるか?」


 …分かっているよ、恭弥兄さん。

 だけど……


「っ!!」


 こんな光景夢で、散々体験したさ! 悪夢だけどな…っ!!


「どうせこの後、笑顔で人を蹴ったり殴ったり、化物と罵ったり、殺したりするんじゃないか! 何回も見させられたよそのパターンは!!」


 何回も見て…何回も希望を抱いて…何回も絶望を身に染み込まされた…また…そのパターンなのか…っ!


ーーーキモ…なら当然このパターンも…ッ!


「…!」


「あったんでしょうねぇぇぇぇッ!!」


「ぐごっ!?」


「ほらほらキモいユ〜君! 夢の中のあたしはこんなことしたかしらぁッ!」


 ドロップキック…からの腕ひしぎ十字固め…か。確かにされなかったが。


「どうせ違うパターンになっただけ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!」


「夢の中のあたしはさぞ優しい優しいお姉ちゃんをやってたかもしれないけど残念! 現実のあたしはこうよぉぉぉっ!!!!」


「痛い痛い痛い痛い止めてよ美郷姉さぁぁぁ痛い痛いぃっ!! はぁ、はぁ…っ」


 痛いけど…痛いのに姉さんの身体は柔らかくて…まるで自分が変態になったような感覚を覚えさせられた。

 …これは、この光景は悪夢じゃないのか? 幻じゃないのか? …だが取り敢えず。


「美郷姉さんなんて嫌いだ…」


 これだけは言っておかなければならない。そう思った。


「ぇ…?」


 俺の記憶にある通りの姉さんだったら思いっきりショックを受けるはずだが、案の定眼の前で得意気に頬を緩ませていた美郷姉さんは衝撃を受けたようだ。…そうか、この姉さん達は本物…に、なるんだな。…だが、こんな確認方法で良いんだろうか。


「ぇ…ぁ、ぅ、嘘だよね…? お姉ちゃんのこと…嫌いじゃ…ないよね? ユ〜君、ユ〜君」


「…もう知らない」


「……。そんな…やっちゃった…ユ〜君に嫌われちゃった……え、え? え? えぇ? ぁ、ぁ…え? えあ? …ユ〜君に…嫌われた…嫌われちゃった…あはは…っ!!!!」


 離れた所でしゃがみ、いじける姉さん…心なしかショックが大きいように見えるが…そう、美郷姉さんはこんな感じだった。お決まりと言うかお約束と言うか。

 だが…あぁ、そうだ。


「…‘冗談。大好きだよ、み〜姉ちゃん’」


 これが俺の家族だ……


「〜〜〜っ!!!! ごめんねユ〜君…お姉ちゃんこんなので…だけど、お姉ちゃんもユ〜君のこと、世界で一番大好きだから…ずっとずっと、大好きだから…♡」


「美郷姉さん! ズルいわあなただけ! 私も抱き着く!」


「抱き着き…ます!」


「おろ…じゃあ私も♪」


 そうだよ…俺の大切な姉さん達は皆、こんな人達だった。悪夢の後の、夢か…あぁ、醒めない悪夢は無い。俺にとって長かった悪夢が終わった…んだな。

 まったく…知影も風音も、クロもアデウスもバアゼルもシテロも、どれだけ負の感情を持っていたんだよ。あわや俺、鬱病になりかけてしまったじゃないか。…後でお仕置きしてやらんといかんな。飯抜きだ。


「…ここまでだな」


「? 恭弥兄さん…どうしたんだ?」


「見てみろ」


 姉さん達に揉みくちゃにされている俺にも分かるように位置を変えた兄さんは、ある方向を指差した。


「この夢を終えるための扉…お前の帰り道だ」


 その方向には、“タイムワープ”を使った時に現れるような光り輝く扉があった。それを見て姉さん達も、名残惜しそうに俺を離れる。

 そうだ。夢は…叶うか、破れるか、醒めるためにある。…向こうに待ってくれている人達が居る以上、俺はあの扉を通らなければならないのだ。


「ユ〜君」


 一人だけ側を離れず、改まった声音で俺の名前を呼んだ美郷姉さんが、いつの間にか腰に帯びていた剣を胸に押し付けてきた。…この剣には見覚えがある。


「…『唐橘』…どうして」


 『唐橘』…それは俺の家、橘家に代々伝わるとされていた日本刀だ。父さんの部屋である和室の掛軸の裏から行ける隠し部屋に保存されている物で、数回程見た覚えがある。

 それをどうして姉さんが今……


「本当はあたしのなんだけど…少しの間だけこれ、貸してあげる。ユ〜君が大人になった餞別ってことでね」


「…ありがとう」


「ん♪ これでサウザーぶった斬っちゃいなさい♪」


 初めて握ったその刀は、その全てに至るまで今の俺に合わせているかのように、俺の中に何とも言えない安定感をもたらしてくれた。おそらくあの、『軻遇突智之刀』ですら足下にも及ばせない程の逸品だ。あの風音の最高傑作をこうも簡単に下せてしまう武器がどうして家にあったのだろうか……?


「ん…?」


 …少し考えている間に、何か唇に柔らかい感触があった。…懐かしいようで、そこまで懐かしくないような気がするのは気の所為だろうか。


「はい、あたしはこれでおしまい「じゃあ私ね」っと!? ちょっと優香!」


「ふふ…色々頑張ってるみたいねユ〜君」


 美郷姉さんを突き飛ばした優香姉さんは、そう言って小首を傾げる。左手を挙げようとして下げ、右手を挙げたのは謎だったが、我が姉ながら色気が凄まじいものだ…と、ん``んっ。


「偉いわ…」


 唇を触れさせてから、身体を優しく抱いてくれる姉さんは、どこか甘いような、安心したかのような吐息を吐いてから離れていく。


「木乃香。次はあなたよ」


「…です」


 俺の大切な妹、木乃香…ちょっとだけ膝を曲げると、爪先立ちだった彼女と、触れた。…相変わらず、健気でオドオドしてそうな様子だ。躊躇いがちな視線の右往左往っぷりが、何とも唆ら…って、変態か俺は。


「最後、は、お姉ちゃんね」


 最後を強調して、兄さんに複雑そうな顔をさせた杏里姉さんは、まるで母が我が子にするような、それでいて、心の深いところで愛し合っている夫婦がするような、そんな優しい抱擁をしてくれた。


「……お姉ちゃん達が居なくて寂しい?」


「…少しだけ、かな」


「良かった…ユ〜君時々切なそうな顔するから…それが訊けて安心した」


 去り際にそっと触れるものがあったが、それは本当に一瞬だけだった。


「弓弦」


 警戒しながら兄さんの方向を向くと、案の定! 顔が近かった。


「…照れるな」


 あなたの所為です、兄さん。

 だが…オルレアとして生活をしている感性が残っているのか? …少しだけどこかが謎の加速を覚えたが全力で無視する。


「お前は強くて、優しい男だ…兄である俺が保証する」


「ん…」


 頭に乗せられる固い手の感覚。


「だが、もっと強くなれ。仲間と一緒にな」


「…分かった」


「よし」


 最後にくしゃりと撫で終えると、兄さんは俺の身体の向きを扉に向かせた。


「私達は、側で見守っているから」


 少しだけ顔を後ろに向ける。


「そう言うこと。仕方が無いと言えば仕方無いけど、いつまでもクヨクヨしているなんてキモいからね。あまりキモいところを見せ過ぎると夢に出て締め上げるから、覚悟しなさい♪」


「あら、私はそんなちょっとした感傷的な部分も好きなのだけど。それにカッコ良いし。ふふ…ずっと応援しているわよユ〜君。そう…ずっとね」


「…私以外の他所の妹に浮気するのは駄目…です。お兄ちゃん、信じています…です! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃん…です」


「本当はお姉ちゃん…ユ〜君には今回みたいな無茶しないでほしいんだけど、こう言う言葉は言って訊くような子じゃないもんね、ユ〜君。…だけど、無茶する時は誰かに助けてもらってね? お姉ちゃんとの約束よ」


「そう言うことだ、行って来い。 仲間を大切にな」


 …本当、温かいな。俺は…なんて馬鹿なことやってたんだ? 自分の家族を間違えるなんて…な。

 だが…凄く、勇気を貰えた。


「行ってきます!!」


 『唐橘』を手に、扉を潜る。

 そしてすぐ眼に入ったのは、黒い翼。


「…戻ったか」


 遠くには炬燵が見えるから、精神世界か。どうりで家族の幻が見えた訳だ。…にしても、災い転じて何とやら。相手の魔法を食らってなかったら会えなかったんだよな。その点だけは感謝しておこう。


「とんだサプライズだった。こんなの貸してもらっちゃったしな」


「ほぅ…」


 感心したかのように呟いた蝙蝠こうもり型悪魔バアゼルが肩に乗る。

 まぁ…心配してくれていたんだよな? だったら嬉しいんだが。


キシャキシャ(大丈夫か)?」


「ん? すまないな。外がどうなっているか分かるか?」


キシャ(あぁ)


 蟷螂かまきり型悪魔アデウスも、小型化して反対側の肩に乗ると、以前『ソロンの魔術辞典』の中に居る存在、『ロソン』がやって見せたように俺の前方にモニターが表示される。


「お」


 知影と風音とディーさ…まぁ良いか、ディーさんと三人で『黒闇の虐者』…確かハルスとサウザーと戦っている。…かなり負傷してるな。特にディーさんはもう魔力マナがほぼ尽きている。おそらく“ベントゥスアニマ”を使用してずっと飛行していたのか。【リスクX】二体相手に良く立ち回れていると思う。ディーさんも強いが…意識を持ってかれる直前に二人の魔法を解除していて良かったな。あの人一人じゃ手に負えなかっただろう。


「にゃはは、大博打は成功だったかにゃ」


「クロか。すまないな」


「気にすること(にゃ)いのにゃ。どうせこの後もこう言うことはあるんだから、一回一回謝ってたら気が済まにゃいのにゃ」


「そうか。だが、だからこそ、一回一回お礼は言わないといけないんだ」


 クロは「にゃはは」と笑うと、銀毛に包まれた尻尾を揺らして隣を歩くんだが…何か変な行進みたいに見えるだろうなぁ。


「にゃら、素(にゃお)に受け取っておくのにゃ」


「ユール!」


「シテロか…って、あ、そうか」


「ぁ…」


 ここじゃ生まれたままの姿になっちゃうんだよな。シテロの奴…人間体で居る時間の方が圧倒的に多いだろうな。…皆はまぁ悪魔だからな、そんなことは気にしないんだろうが…なぁ。


「ち、違うの。これは…きゅぅ…」


 これは…恥じらいを見せているのだろうか。シテロの視線は人の身体のある一点…ッ!?


「待て待て待て、頼むから照れないでくれ。それと悪魔形態に戻ってくれ、な? その…眼の遣りどころに些か困っちゃうからな?」


「な、なの…ごめんなのユール…」


 一瞬で子龍の状態に変身したシテロは、それでもなお分かる動揺を見せながら頭の上に乗った。しかし…また突然だな。これまでそんなことは無かったように思えるが…一体どう言った心境の変化だろうか。何故か身の危険を感じるし…な。


「ユールが無事で…本当に良かったの。陽溜りは無くなっちゃったら寂しいの〜…」


「そうか…心配させたみたいだな。ま、この通り五体満足で戻れそうだ。安心してくれ」


「あわわ〜! ぎゅ〜っ、なの!」


 見上げるように頭を動かしてしまったので、落ちそうになった彼女はそう言いながら掴まる力を強める。そんな彼女に癒されるのはここだけの話だ。


「ぎゅ〜…っ」


 …。し、しかし悪魔四体を内に宿しているハイエルフか…まぁ魔力容量マナキャパシティとしては尋常ならざるものがあるんだろうなぁ。…一体一体増える毎に色々弊害は出てくるしな。しかも中々キツいものがあったりする訳で…かつ、その魔力マナに慣れるのも一苦労だ。やっぱりゲームとかアニメのようにはいかないな。大き過ぎる魔力マナを吸収しても、振り回されないように、だからな。やっぱり設定の力か。ご都合主義ってのはどうにも好きじゃないんだが、実際当人の立場に立つと、そうなるよう願ってしまいたくなるんだろうな。 さっき俺自身そう思っちゃったんだからな……

 姉さん達が先に居た扉は消えた。ご都合主義なら、誰か一人でも俺と一緒に外の世界に出てくれる…なんて展開があればな。…ま、多くを望むのは罰当たりになるだろうし、俺が家族と再会出来た証は今、手の中にあるのだから。


「さて…ん?」


 あれ…おかしいな。何か居る。

 金色に輝く…狼?

 …。


 ……。


 ………いや待て待て。


「右肩に…蝙蝠(バアゼル)


 一体目。


「左肩に…蟷螂(アデウス)


 二体目。


「隣に…銀猫(クロ)


 三体目。


「頭上に…小龍(シテロ)


 四体目。


「眼の前に…金狼?」


 五体…め? ここに居るってことは…悪魔だよな。それにこの魔力マナ…覚えがある。

 確か…念動属性だ。となると、以前ハンさんが戦って撃退した【リスクX】か。


「…まさかだが、そうなのか?」


「君の問いが私の考えている通りならば、答えはイエスと言っておこうか」


 おわ…この口調…そうだ間違い無い。寧ろ間違えようが無い。


「『紅念の賢狼』…ヴェアル」


 そう、そんな名前だった。

 ヴェアル(?)は頷くと、俺の前まで歩いて来た。


「初めまして…ではないが、ここでは初めましてと言うべきか」


「あ、あぁ…初めまして」


「君の中で厄介になる。長い付き合いになるが、私からは宜しく頼みたい。いかがだろうか」


 ヤバい…何と言うか…そのまんまだ。そのまんま西だ。


「ん…いや、構わない。寧ろこちらこそ宜しくお願いしたい」


 手を差し出す。


「成る程。敵対していた関係の者に手を差し伸べるその器量…君とは中々良い関係を築けそうだ」


 乗せられる手。俗に言うお手の形だ。


「私の魔力マナ、存分に使ってくれると良い。私も君の力となろう、弓弦」


「あぁ、ありがとう」


 滅茶苦茶良い狼だよヴェアル。しかも中々良い声と言うか…狼のクセにそのまんま西だ。しかも属性が念動だからなぁ。あの時の攻撃と言い、狙ってるとしか思えない。


「…弓弦」


 炬燵に入ろうとしたところを俺の肩から離れたバアゼルが呼び止める。


「…『黒闇の虐者』を始めとした一部の同胞はらからは、決して人とは相容れぬ性質を持ち合わせている。…良いか、絶対に受け入れるな」


「…良く分からんが、分かった」


 バアゼルの注告だ。きっと、余程のことがあるのだろう。

 今度こそ炬燵の中へ。すると意識が遠退く。

 …さぁ、早く終わらせようか、じゃない。終わらせるっすよ! 

「…弓弦…凄いものを見せられたんだろうね…あの男の所為で……」


「…私達が抱いている心の闇が格も弓弦様を苦しめてしまうとは……不覚で御座います」


「…家族に、会えたんだ。良かったね…弓弦」


「…きっと弓弦様の御家族は、ずっとあの御方のことを見守られているのでしょうね。素晴らしい家族だと思います」


「うん…だから……」


「…?」


「私も早く弓弦の家族になりたい!!」


「は、はぁ…ですが、既に家族的な扱いはされているのでは? …床を同じくされている訳ですし」


「それは嬉しい。本当に。だって襲えるもん…だけどね、欲しいんだ…弓弦の赤ちゃん」


「子ども…で御座いますか」


「そう! 子ども! 毎晩弓弦とハッスルした結果出来るあの子どもだよ!! 沢山沢山欲しいなぁ……産んだらハッスル、安定期に入ったらハッスル、毎日ハッスル朝昼晩ッ!! 凄く幸せだと思うんだ♪」


「…は、はぁ……確かに幸せであるかもしれませんね」


「うん、だからそのために色んな女狐達が邪魔なんだよねぇ……弓弦と私の愛のメモリーを邪魔する女狐達が……ねぇ? 風音さん」


「あらあら…独占欲が強くて結構ですね。ですが、弓弦様に嫌われてしまいますよ?」


「それは無いよ♪ だって私がやってることは全部全部、全部弓弦のためだもん。ちゃんと説明すれば分かってくれるよ?」


「左様で御座いますか」


「弓弦……弓弦…ふぇへ、ふぇへへ…ふぇへへへへへフフフフフ……♡」


「…。予告で御座います。『立ち上がりし者は想いを手に握り、飛翔する。天より地を見下ろす、覇道を進む者は野望を胸に天を往く。煌めくは二つの刃。振るうのは迷い払いし者。そこには今、彗星が流れるーーー次回、刃が煌めく』…二人の剣客が想いの刃を振りかざす」


「フフフフフ、フフフフフフフフ……弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦弓弦……ふぇへへ、弓弦の子ども……沢山、たぁ~っくさん♡」


「風の音が紡ぐ、焔の如き想いを貴方様へ……」

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