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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第四異世界
175/411

散らす火花

 日常だった空間に悠々と平伏している非日常の具現体。それは橘宅のすぐ近くの公園に存在していた。


「…こ〜いつは」


「『デビルギガース』…【リスクA】の魔物だ。この世界は平和ではなかったのか?」


「平和じゃないなんて、それはないっす!!」


 存在していたはずのないものが存在していることに対し、オルレアはその全てを否定せんといわんばかりに強い語気で言い切った。


【……ノ…】


「「「ッ!!!!」」」


 それによるものかは謎であるが、倒れ伏しているデビルギガースが低い声を発したように思え、一同は十字の穴が空いたそれを注視する。


【一度ナラズ二度…マデモ…アノ……女…】


 粒子となり消滅し始めたデビルギガースの言葉はそこで途切れる。

 謎の言葉に困惑の空気が流れるが、「女」という単語からその魔物を倒したのは今は先行しているアンナであるのは分かり過ぎるものである。

 しかし気になったのは「一度ならず二度までも」だ。その疑問に答えるように、ディーとヨハンは視線を交わし合ってから神妙な面持ちになった。


「…この空間は、再現だ」


 先に口を開いたのはヨハン。

 それはオルレアの音の無い疑問に対しての返答であった。彼女達と違い、知られる知識を持っている二人には、既にその答が出ていた。


「故に魔物が入って来ることはあり得ない。アレは、意思を呼び戻されたかばねの言葉だ。俺は断言しよう」


「なら僕ぁ、そ〜れは断言しないでおこう。た〜だ、起〜こったことは起こった。こ〜れについては断言だな」


 見知っていた公園に在った非日常。それは消え失せて日常の残骸としての跡を戻していたのだが同時に、オルレアの記憶にも痕を残す。


『…建造物始め街の感じからすると、私と弓弦が高校一年生の時。 正確には葉っぱの落ち方とかコンクリートや建物の傷、全てのお店の品物一つ一つの並んでいる向きとか形とか数とかから記憶に該当したものがあったから、入学式当日だよ』


 そして知影の言葉。

 物事を完璧に記憶出来る彼女からしたら微かな手掛かりからの答え合わせなど容易いにも程があるものであった。

 オルレアはーーー否、この時ばかりは弓弦は、その時のことを記憶の海から懸命に手探ろうとして、止める。


「…話は後っす。早くここを出るっすよ」


 何故か今は考えてはならない。 そんな気がして彼女は割り切ることにしたのだ。

 当人がそうすると決めた以上、ヨハンも、ディーも異存は無いので思い出の扉を開けて思い出を後にする、そのために彼女は扉に手を掛けた。


『クス…強い御方』


* * *


 …。


 ……。


 ………。


「……」


 向けられた二丁の銃口は静かに煙を立ち昇らせている。


「それが答えか」


「……」


「それが答えか訊いているのだッ、カザイ・アルスィーッ!!!!」


 鞘走らせた双刃の下には四片となった弾丸が熱を失おうとしている。

 思惑の一つですら語らないのかこの男は…っ!!


「あぁ」


「…っ!!」


『無駄弾を撃つ趣味は俺に無い』


「カザイィィィィッ!!」


『…邪魔だ』


 展開される魔法陣から放たれる魔法“フルメタル・バスター”が迫る。

 抜き放ちの刃に衝撃が襲う。幾ら言動を秘めようとも放たれる一撃の威力は誠だ。受け止めるように刃を交差させると一歩踏み出して、


「甘いッ!!」


 振り切り斬り裂く!

 中級魔法で私を止められると思うな…!!


「覚悟ーーッ!!」


『クエイク、グレイブ。鋼化(メタリア)


 床から貫かんと飛び出す鋼の柱を砕き、肉薄する!


「ーーーッッ!!!!」『アーマードメタル』


 甲高い音が響く。剣と銃が打つかったために響いたものだ。

 剣越しに放たれる銃弾を避けて押し込む。


「その程度か」


 何を…ッ!!


「っ、私の声に答えろ神滅の焔刃(レーヴァテイン)ッ!!」


 刀身が神殺しの炎を宿す。

 神すら焼き殺すと謳われる一振り…そう、それは龍の業火をも越え、天照らす日輪の炎に匹敵する程だ。私には温風が吹き付いているようにしか感じれないが、前方にはその秘められし魔力マナが全力で放たれているはずだ。現にカザイの足下の床はその形を変化させつつあった。

 この刃で一体、どれ程の魔物を消炭に変えてきたか既に定かではないが、時には火属性魔法をも呑み込み、焼き尽くしてきたこの一振りに耐えられる存在はそうそう居ない。

 …だが、


「……」


 この男にはそれが通用しない……

 強過ぎるんだ、この剣は。

 生命を奪いかねない一撃は、この男には一切届かない。いや、届かないようにあらゆる因果が曲げられるんだ。

 『因果歪曲者』…この男の異名。

 この男を殺めることは決して…出来ない。それはまるで決められた理のように万物万象に働く…神に愛されし者…化物とはこの男のことを言うのかもしれん。

 だから、この男が退きの一手を選ぶか、もう一つ…しなければ…っ!!


轟雷放つ剣(カラドボルグ)、電雷弾けろぉぉぉぉッッ!!!!」


 もう一振りの剣の魔力マナを解放すると雷が荒れ狂う。その一つ一つが“ブリッツオブトール”並みの雷だ。これもまた、人の身では耐えられない…人の身で扱うことすら躊躇われてしまうような聖剣だ。

 炎と雷…炎雷双刃の剣舞を繰り出し、カザイを嵐に巻き込む。

 …オルレアは、無事にここまで辿り着けるだろうか。ここに来るまでに大体の罠は解除して来たが…あの幻の世界は迷わずに脱せられると良いのだが…いや、迷うな。剣に現れる。

 …だが、だが来るなら速く来い。私がこの男と戦って居られる間にだ……


* * *


 扉を通り抜けるとそこにはもう、幻は続いていなかった。ただ元の通路が続いているだけであった。

 そして、遠くからアンナの魔力マナを感じるようになった。


「ま〜た魔物が蔓延っているんだな」


「半分は過ぎているはずだ。このまま突破して合流する…そうだなオルレア」


「分かってるっすね。…その通りっす!!」


 埋め尽くさんばかりに蠢く人外の生物に向かい、それぞれ得物を握り締める。

 雑魚散らしの如く魔物が消し飛ばされていく。

 【リスクD】それは、規準にして元帥一人で討伐に事足りる強さだ。

 アンナが駆け抜けた道を一行が駆け抜けられない道理は無い。

 ーーーそして、その時は、その場所は、唐突に広げられた。


「ぐぅぅぅぅぅっ!!!!」


 声と共に何かが高速で吹き飛ばされ壁に沈み込む。

 対して別の影が迫る。


「っ!!」


 それに反応したのはオルレアだった。彼女は滑り込むようにその間に入ると、壁を庇うようにして逆手で鞘走らせ、逆袈裟斬りに斬り抜けた。

 迫る影の動きがそれにより止められる。すると、壁から飛び出た存在が逆にその影に肉薄すると、影が後退しようと運動エネルギーを逆転させる。

 ーーーしかし、その動きは即座に動きを切り替えたオルレアが背後から首元に滑り込めらせた刃によって妨げられた。


「ここまでだ」「ここまでっす」


 背後と正面、三つの刃が正確に添えられた首元の主は静かに瞑目して得物を取り落とす。

 その人物自身と、その人物に対して見事と形容する他無い連携を見せた二人にヨハンとディーは「「おぉ」」と同時に声を発した。


「オルレア、“クロイツゲージ”を」


「了解っす。『光の檻よ、我が敵を封じ込めるっす!』


 詠唱が完成し、光の楔が打ち込まれる。完成した檻は中と外を遮断し、封じ込める。位置の調節で二丁の銃は外側に弾き出され、オルレアに回収された。


「遅い…と言いたいところだが、良いサポートだった。偉いぞ」


「ふふ…ありがとうっす。良く分かったすね。ボクが考えていること」


「動きを見れば分かる。まだ短い間だが、剣の師を馬鹿にしてもらっては困るな」


 得意気に鼻を鳴らしたアンナオルレアの頭を撫でると、「ぁぅ…っ♡」と照れ臭そうな笑みが彼女から零れた。


「ピースハート、後輩に力を貸してくれているみたいだな」


 視線をそんな少女から離さずアンナは、「礼を言っておく」と言葉を続けた。


「構わん。俺はただ、自分の信念に従しているだけだ」


「フ…そうか。姿を見せないと思っていたらお前もやはり、そっちに居たかリーシュワ」


元帥(げ〜んすい)嬢ちゃんには悪いことをしちゃったんだな。正直(しょ〜うじき)予想以上だった」


「雑魚など物の数ではないからな。寧ろお前達はこいつ「んっ」の側に居た方が戦力になっただろう」


「そ〜かいそ〜かい」


 二人は完全にその光景に苦笑していた。何故ならその時の二人の様子は上司と部下の、先輩と後輩の関係ではなくどちらかというと、それよりももっと仲が良いように映ったからだ。


「せ、先輩…その、ちょっと撫で過ぎっすよ」


 上眼遣いでの言葉にようやくアンナはオルレアの頭を撫でるのを止めると、拘束されている男に視線を向けた。


「……」


 その男の双眸は、明らかにそれと分かる感情を宿らせている。

 男を知る者からすればそれは、非常に珍しいことであるといえる。 それは、明らかな表出だ。眼に見えて明らかであると評せるものを見たのはアンナでさえ初めてかもしれない。

 それは驚きだ。

 「何故」、「どうして」と、言葉をその瞳は明確に発していたのだ。

 驚きのベクトルこそ違うものの、ディーとヨハンもそれぞれ驚愕を浮かべている。浮かべていないのはアンナとオルレアか。つまり男性陣が驚いているのだ。


「…カザイ? ボクの顔に何か付いているっすか?」


「……」


 固まった男は動かない。

 何かを話そうとして、それを躊躇っているかの如く。


「…ピースハート、この男の監視を頼む。いつ抜け出すか分からんからな」


 沈黙を壊したのはアンナだ。彼女が先に続く通路に歩みを進めると、オルレアがその斜め後ろに並んだ。


「構わん。この場は俺に任せて先に行くと良い」


 ここから『装置』はもう、眼と鼻の先だ。ものの数分歩いた所にある大扉を開くとそこには、


「…うわぁ……デカイっす…」


 重い稼動音を空間に響かせる大きな機械がそこにあった。装置の中央には操作端末があり、それを囲むようにして複数の端末が配置されている。巡らされているコードは無数であり、ブルーライトによるものなのか、その空間は蒼白く光っていた。


「これが『装置』…『太古の記録書(エルダーレコード)』だ。『組織』のありとあらゆる情報を記録している書物…」


「大層な物っすね…で、どうすれば良いっすか?」


「その前に…」


 端末の前に立った三人の足下に、魔法陣が展開する。それは強く発光を始めると三人の姿を呑み込んだ。

 オルレアはこの感覚に覚えがある。ならばこの後に起こるのはーーー


* * *


「来るぞ!」


 広がっているのは途中に通った記憶にある、地下通路。

 双剣を抜くと共に鋭く言い放ったアンナの声で、オルレアは転移が終わったことを確認し、その場を飛び退くと、その場に黒い闇が集まって爆発する。

 突然の不意打ちにどうにか対応出来た彼女達だったが、爆発の衝撃に煽られ、足下に展開された巨大な魔法陣の中央から端までの距離を下がった。


「“ダークフレア”…味はどうだ? 小娘」


 その反対側に現れる、人間。

 侮るように空から見下ろすその人間の姿にディーが眉を寄せる。


「…風魔法の感覚は無〜いね。だ〜けど、闇属性に飛行魔法は…」


『え、でもこの感覚って人間って言うより…』


『オルレア様の五感を通してではありますが、間違いありませんかと』


 姿を変えている知影と風音が声に出ていないオルレアの思考を肯定したことで、彼女の中のその存在に対する危険指数が跳ね上がっていく。


「‘先輩…この人の気配…!’」


「そうか…薄々考えてはいた。先程『黒暗の虐者』を討った時手応えが無かったと思っていたが…!!」


 当たり前のように【リスクX】を討ったという言葉が混ざっていることに、「凄いっす…」とオルレアが尊敬の念を送るが、その視線は外されていない。


「やはり貴様の所業か、ジェフ・サウザー…!!」


 憎しみを込めてその名を呼ばれたサウザーは、その反応を楽しんでいるかのように嘲笑する。


「貴様が反旗を翻すのを待っていた。しかしなぁ小娘、こうも時間を掛けるとは余程臆病と見える!! 大方震え上がっていたのだろう! 小娘だからな…! そうは思わんか?」


 その隣に黒い球体が現れる。意思を持っているように黒光りするその球体からも、圧倒的な魔力マナが放たれていた。


「『黒暗の虐者』…!! や〜っぱり現れたね!」


「っ、悪魔と組みするとは…!」


「フハ、ハハハ! 解せぬか!それが貴様の限界よ愚かな小娘!この程度の小娘が元帥の立場に在ったとは片腹痛い!その愚鈍、ここで罰してくれようではないか!!」


「罰する…神にでもなったつもりか」


「フハハハハ!! 神?」


 頭上に展開された魔法陣から血塗れの剣が降り注ぐ。それはまるで、咎人を断罪する刃であった。


「神など成らぬ! この覇道の往き着く先は、ただ一つ!! 悪魔だ!!」


 墓標の如く、刃が地に立つ様はまるで、地獄の絵図であった。

 禍々しい魔力マナがジェフの背中から放たれると、周囲の光景が混ざるように変化していく。

 むじな這う髑髏を喰らう凶鳥。それを喰らう骨だけの巨大百足むかで。場面が転換して、闇夜の下骨の山、頂点に立ち嗤うのは骸骨騎士。麓では儀式が開かれ怨嗟の声が世界を汚す、穢す。紅き月の四方を廻るのは凶星ーーー

 呪いの歌が三人を拘束する。縛り上げ、吊るされる。

 吊るされた三人の身体に鎌の刃が深々と刺さると、痛みが全身に走った。


「圧倒的な力の前に、屈するが良いッ!!」


 そして同時に、恐怖が一行の意識を染め上げていった。











「フハハハハ! 脆い! 脆いぞッ!!」


 眼下に崩れ落ちた三人を見据え、ジェフは内より湧き出ずる興奮に打ち震えている。

 発動した魔法、“ブラックダウン”は人の身を超越したこの男が行使出来る魔法の中でも強力なものの、一つだ。 その効果は、「相手が最も望んでいない悪夢を幻として見せる」というシンプルだが凶悪極まりないものだ。先んじて別の幻を見せて嫌悪感等の負の感情を刺激した状態で、トラウマを増幅するーーーそれが彼が連続発動させた“ブラックダウン”の効果の内訳だ。

 人として生きているのなら、当然弱い部分もある。例外的に、迷いが無い強者も居るが、全員が全員そうである訳ではない。

 現に、二人、瞳に戦意を滾らせ立ち上がるーーージェフにとって、決して歓迎とはいえない成果であったが、一人、崩れ落ちたままの存在が居た。


「…っ、下らん真似をしてくれるな…ッ!! …!!!!」


 それは目的の人物ではなかったものの、思わぬ発見をもたらしたのだ。


「…趣味の悪いものを見せてくれるねサウザー大将…?」


 ディーが隣に立っているアンナを認め次に、彼女を認められないことに気付き、血相が変わっていく。

 ーーー視線を落とすと一人、倒れていた。


「オルレアっ!!!!」「嬢ちゃんっ!!」


 極度の動揺により“イリュージョン”が解除され、隠されていたハイエルフの証である犬耳が現れているーーーオルレアが倒れたのだ。


「これは…フ、フハハ! 異世界とは広いものだ!! まだ生き残りが居たかァッ!! そしてまさか魔石を内に有してい」


 確信に満ちたジェフの言葉はディーによって、途中で止められる。


「リーシュワ!!」


 飛行し、棍を握るその表情はまるで、鬼が宿っているようであり、それは彼の怒りが頂点に達しているのを表していた。

 ーーー情が移ったのは何も、ヨハンだけではないのだ。


「っ、礼は言わんぞ!!」


 一人で敵を引き受けたリーシュワに対してそう叫んだアンナは、オルレアの胸に手を当てて“ディバインヒール”を発動させた。


『アンナさんっ!!』


「っ、こいつに何があった!!」


 すると、彼女のペンダントから焦る風音の声が聞こえてきた。既にオルレアがハイエルフであることについて、隠す必要性が無くなったアンナはそのまま声を張り上げる。


『精神の負荷に』「限界を突破してしまったので御座います!! …あらあら」


「え? 突然何?」


 すると、オルレアが気を失ったことによって変身魔法が解除されたのか、突然の閃光と共に姿を変えていた風音と知影が元の生まれたままの姿に戻る。突然元の姿に戻されて眼を白黒させる知影であったのだが、一瞬にして二人が、日頃着用している衣類を着用し終えているので、今度はアンナが眼を瞬かせることとなった。

 しかし、一瞬にして起こった出来事はそれだけではない。


「ん…ん「あらあら」へぶっ!?」


 知影の位置がオルレアの側に腰を下ろした状態から、彼女のスカートの中に頭を入れた体勢へと変わっていたのだ。直後に風音の手に握られた薙刀の柄で引っ張り出されるが、その顔は恍惚としていた。緊張感が無いのかというよりは、いつも通りであり、それだけ欲求不満が募っていたということだろう。


「弓弦のはぁ…弓弦のはぁ、はぁ…っ」


「…もう一度訊く、何があった」


 不満を漏らす知影は放っておいてアンナは、頭上で激戦が繰り広げられている様を見つめている風音に、視線を向けずに訊く。


「精神の負荷に限界を迎えられたのです。…私と、知影さんとそれから、この御方の中に住まわれている彼らの負荷に一斉に襲われましたから…。危険を察されたこの御方は咄嗟に私達の魔法を解除されましたので、私と知影さんは元の姿に戻ることが出来ました」


「そうか、分かった」


「…戦線に加わります」


 おそらく気絶する直前にオルレアに頼まれたのであろう。風音はまるで、事前に指示された内容に従うように得物を構えた。知影も同じようで、「私だってヒロインだし弓弦に頼まれてるんだから…」と小言を呟きながら革の矢筒を背中に結び付けていた。


「頼む」


「はい。…弓弦様をどうか…御頼み申し上げます」


 二つ返事で了解した風音は壁を駆け上がりディーに加勢する。 


「あ〜あ、私も回復魔法が使えたら手伝えたんだけどなぁ。…もし弓弦に何かあったら、末代まで祟ってやるからね」


 不穏な言葉を残しながら知影も、矢をつがえながら風音を追った。

 戦闘が激しくなる気配を感じるが、意識を向けることはない。アンナの視線はあくまで、深い眠りに就くようにして気絶している彼女の後輩に注がれていた。


『にゃはは』


 そうしていると、今度は高めの男性の声が聞こえた。知影と風音が彼女の下を離れたことにより、彼女の中に住んでいる存在が表に出て来れるようになったのだ。


『どうやら弓弦は、昔の幻を見ているみたいだにゃ』


 その存在の一体、元氷属性を司る【リスクX】『クロル』こと、悪魔猫クロは頼んでもいないのに、今の彼女の状態について最初の結論を述べた。


『さっき元居た世界の幻を見たのも手伝って、かなり深い意識に、痛いのをもらったにゃ。これは多分…』


 クロが語った現在の彼女の状況は、確かに「彼にとって最も辛い幻」であった。


『知影と風音、それぞれの負のイメージが混ざってしまったのもあるのにゃ。だから弓弦が見ている幻では…』


「…それを私に言って、何になる? 愚痴の吐き手なら別の奴の所に行け、私は忙しいんだ」


 最後まで聞いて、ようやくアンナがクロの独白擬きに答えた。


「……他の奴の所へ行け、私は今、甘過ぎるあまり醜態を晒した馬鹿な後輩を全力で助けないといけないからな」


『…。にゃはは』


 その言葉を聞いて、笑ってから一鳴きしたクロの声はそれきり、静かになる。

 ようやく落ち着いて回復魔法発動に集中出来るようになったアンナは、鼻を鳴らすと声と共に意識を集中させる。

 元帥という立場にあり実力も相当なものがあるが彼女とて、人間だ。ここまで一人で突破して来たことと、カザイとの一騎打ちでの消耗は激しかった。

 しかし、諦めるという考えはどこにもなかった。彼女の脳内を占めている考えはただ一つなのだ。なので自身の魔力マナを節約することは考えていない。最悪戦闘はもう三人に任せるつもりであるのだが、そこまで考えているのかどうかは謎である。しかしただ眼の前のことのみに専念しようという気概は、間違い無く真剣という言葉をもって彼女の全身から放たれているのであった。

ーーーえぇ、分かったわ。それにしても私の下にあなたが来るなんて…どう言った風の吹き回し?


「…副隊長、どうかしたのかい?」


「…なんでもない」


「なら良いけど…悪いね、こんな荷物運びに付き合わせちゃって」


「…あまり副隊長らしいことやってないから。…たまにはレオンのことも…手伝わないと」


「結構手伝ってると思うけど。まぁそれはあいつに言ってやると喜ぶんじゃないかな?」


「…別に、言う程のことではない」


ーーーならした方が良いかも。そっちの方がきっと喜ぶと思うよ?


「…。前言撤回…後で伝える」


「……」


「…? …伝えない方が…良い?」


「いや…是非伝えてあげてくれ。じゃあ僕はまた、別の所で受け取ってくるから、その荷物先にお願いするよ」


「…コク」


「…と、行ったか。じゃあ予告しないとね。『覆う闇は深く、黒く彼の心を染め上げる。眩い光程、翳らすためには暗き闇が必要だが、白き布に汚れを付着させるためには少量の墨汁ですら事足りる。襲い来る七の闇に屈した時、光見えない闇の中、彼は何を見たのかーーー次回、黒く呑まれる』…闇が、全てを満たす。…これは、あまり笑えない予告だね。次回も糖分ちゃんと、用意しよう。じゃないとこれは……」



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