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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第四異世界
169/411

揺れて悩む

 人払の魔力マナを感じなくなったことを確認してから、オルレアはジェシカを連れてハンの下に戻っていた。


「大丈夫っすか?」


「はい、お陰様で」


 穏やかに笑う彼女の身体には、当然傷一つ無い。

 そんな彼女につられたのか、オルレアも微笑むと、何かにつまずいたーーー否、つまずかされた。

 足下に視線を落とすとふと、何か違和感を感じたので、周囲の魔力マナを感じることに意識を集中させていく。


「“不感知結界”の魔法具…」


「はい?」


「何でもないっす」


 状況的にハンが使用することは有り得ないので、おそらく中ではまだ、戦闘が続いているのか、魔力マナの流れが迸っているのを感じた。


『…弓弦、結構ハイエルフっぽいことしているけど気付かれたりしない? 今の設定って光魔法使いでしょ?』


『理のある話ですね。 アンナさんがいつ頃動かれるのかは存じませんが、今ではない以上これ以上思わせ振りな行動は控えるべきかと提案致します』


 踏み込もうとした彼女に、首輪と下着な女性達が警告するが、オルレアが首に着けているチョーカーに姿を変えている風音が、『ですが』と言葉を続けた。


『戴けない兆候であるのは明白です。 私は、御勧め致しかねますが、オルレア様の御一存を尊重致します』


 『あ、良いとこ持ってった』と知影の白い眼が浮かびそうな声音が脳内に響く中、オルレアは背後を振り返る。

 非戦闘員である彼女をここから先に進ませるのは避けたい。 しかしこのまま、その先で起こっているであろう何かを放置してはいけないと、彼女の中の第六感と呼べるものが叫んでいた。

 暫しの逡巡を打ち破ったのは、左手の薬指で光る物ーーーそして、彼女は決心した。


「…どうされまし「ジェシカさん」…はい」


 ジェシカも何かを感じ取っていたのか、彼女が問い掛ける前にその表情を引き締めていた。

 それ以上の問答は必要無しと判断した彼女はその手を引き、結界の中に突入した。


* * *


 ーーー炬燵空間。


「…最近、弓弦とオルレアが混ざってきているようにゃ気がするのは、気の所為かにゃぁ…?」


 ボーッと虚空を見つめていた元【リスクX】悪魔、クロルこと、悪魔猫クロがポツリと呟いた。


「それはないの」


 それに答えたのは、同じく元【リスクX】悪魔、アシュテロこと、悪魔龍シテロ。

 現在の炬燵空間で起きているのは二悪魔だけであり、残りの二悪魔はどこかで横になっている。


「今のユールから男の子の感じはしないの。 当たり前のように女の子のお風呂に入って、女の子のトイレに行って、男の子人のカッコ良い姿には頬を赤くする…完全に女の子なの」


 クロはそれに「しかしにゃあ?」と溜息を吐く。


「二重人格化とするには、弓弦にゃ。 さっきも指輪を見つめていたのにゃ」


「? クロル、ユールの思考を覗いていないの」


「覗くのは流石ににゃあ? 悪いにゃ」


 その点はちゃんとしているクロ。 つまりシテロはかなりの頻度で思考を覗いていることになるので、「やっぱり…」と内心嘆息した。


「今のユールの思考だとフィーナの性別も反転しているの。 …フィーナは何があってもユールと夫婦めおと。 ズズズ……ズルいの!」


「にゃ、にゃ?」


 シテロがお茶を啜ると、徐々に雲行きが怪しくなってきた。


「ユール…私のお日様なの。 でもお日様だから皆をポカポカさせないといけないの…だけど、フィーナは独り占め…ずるいの! 誰かが独り占めするのだったら私もユールを独り占めしたいのっ!! 私だって女の子なのぉっ!!」


「…ま、まさかお茶で酔っ払ったのにゃっ!? にゃ、にゃぁシテロ! 出てっちゃ駄目にゃ!! 潜入が終わるまでは大人しくしてにゃいと!!」


 炬燵布団の中に突入しようとするシテロの尻尾を、必死にクロが引っ張って場に止めようとするも、彼女の抵抗は激しかった。

 しかしそれは、仕方が無いことだといえる。


「落ち着くにゃ! 弓弦の邪魔ににゃるにゃっ!!」


「…む〜っ!! 馬鹿猫クロルっ!!」


 珍しい罵倒の言葉と共に、炬燵とは逆方向へとシテロは飛んで行く。

 そして離れた場所で人間の女性へと姿を変えると、クロに背を向けるようにして体操座りをした。

 弓弦の精神空間である以上、所謂“産まれたままの姿”というのは彼ら悪魔にも適用されるので、当然シテロの艶かしい背中が彼に向けられる。

 小さな龍の翼が一対、生えているのを除けば、その姿は世の男性を虜にしてしまいそうな魔性の美が讃えられており、居心地の悪さを覚えたクロは思わず視線を外した。


(おんにゃ)の子…ねぇ」


 確かに姿は人間のものだ。

 それに弓弦の姿を借りるクロ達とは違い、彼女には弓弦の形質が一切見受けられない。 つまり彼から独立した姿と表せるのだ。

 クロは知識を探求することが好きだ。 故に気になったことは出来るだけ把握したいと考えている。

 彼が気になっていることは現状、数種類あるが、それを知るには明らかにリスクが大きいのだ。

 いや本当に気になる。 それはさながら、思春期男児のように気になって気になって仕方が無さ過ぎるのだ。

 だがそれを現実のものとするにはリスクーーー障害が多い。 それに知識はあるものの、実践出来るかと聞かれると首を捻るものがあるので、どうしても特定の人物の力を借りなければならないのだ。

 目星は付けてあるのだがその人物に経験を求めるのは酷というもの。

 だが頼る人物の選定は、慎重に行わなければならないということがあるので、どうしても心得がある人物に任せなければならないのだ。

 もっともその前に、どっちなのかですら分からない。 

 片方ならば楽ではあるのだがーーー


「それは…(にゃ)にかにゃ。 う〜ん…複雑にゃぁ…」


「む〜〜〜っ。 ユール……寂しいのぉぉ……っ」


 あまりに寂しそうなシテロは涙声で虚空に話し掛けている。 そんな彼女を見ていたクロは、あることを思い付くのだが、今のところは結局どうしようもないので取り敢えずは、


「そう言えば、どうして悪魔も気分で酔うことが出来るのかにゃ?」


 ふと浮かんだ疑問について、考えてみることにしたのであった。


* * *


 『セリスティーナ・シェロック』ーーー本名、『イヅナ・エフ・オープスト』は少女だ。

 つい最近十二歳となり、そろそろ思春期に突入するのではとまことしやかに囁かれている彼女だが、同年代と比較して口数が少ない彼女は今日、珍しいことに、朝から今の今まで食堂に居座っていた。

 そしてさらに珍しいことといえるのは、彼女の正面に座っている人物だ。


「……どうかな」


 頭を下げているその人物は、銀の髪に蒼眼という、育ちの良さがハッキリとうかがえる人物ーーー『ディオルセフ・ウェン・ルクセント』だ。


「…コク。 …別に…良い」


「そっか良かった。 じゃあお願いします…」


 胸を撫で下ろした彼は、自らの不甲斐無さを理由に、自身を磨き上げるため毎日、様々な隊員とVR2で対戦していた。

 今日は副隊長であるセティにお願いしようと決めていて、今こうして頭を下げ、頷かれた訳だ。

 断れるとは思っていなかったが、アッサリ頷いてくれたので若干困惑気味に「本当に良いですか?」と再度訊くと、もう一度肯定の頷きが帰ってきた。

 食堂は昼の賑わいを終え、夜への支度が始まりつつある。

 そんな中パクパクとパフェを食べ終えたセティは次のパフェを注文する。


「…はむ」


 そして食べ始めた。

 そんな彼女を見ているディオは困ったような、何ともいえないような表情を浮かべるのだがそんなことはお構い無しに、器の具は減っていく。

 不思議そうにそんな様子を見るだけのディオに、「…ストレス発散」と言ったセティは、ストレスが溜まっているのを感じている。

 そんな彼女の面倒を見ているフィーナもそれを、気に掛けてはいるのだが何分理由が理由なのでどうしようもないのだった。

 そう、彼女のストレスの理由も、「弓弦が居ない」こと。

 あれから暫く、追手という追手こそ現れなかったが、弓弦の姿もまた、現れることがなかった。

 彼が居ないことに対して最もストレスを抱く知影は、今彼や風音と一緒に艦を離れているが、それ以外の彼に好意を抱く女性でも、当然不満は抱く。

 セティも当然、寂しさに不満感を抱いている。

 弓弦は、時間がある時毎日セティと遊んでいた。 それはもう、それを見守るフィーナと合わせてそうとしかいえない光景であるのだが、彼女にとって楽しい日常の一ページだ。

 勿論フィーナは、弓弦が遊んでいたのと変わらないように彼女と遊んでくれている。 しかし弓弦が居ないというだけで寂しいものはある。

 だがフィーナにそんな姿を見せる訳にはいかず、こうしてヤケ食いに勤しむしかないという訳になっている。

 フィーナはフィーナで見せないようにしているものの、彼女も寂しそうに薬指の結婚指輪に触れる時があるのだーーーそれは彼女からすれば見ていられない姿で心が痛くなるものだった。


「…行こ」


 ようやく食べ終わったらしいセティは、ディオに立つように促すと、テクテクと『VRルーム』へ歩いて行った。


「…あいつとうとう、ロリに手を出したか。 おいおいこいつは…オープスト夫婦が黙っていないぞ…!?」


 そんな二人を影から覗いていたのは、たまたま通り掛った『トウガ・オルグレン』だ。

 頭にタオルを巻いてダンボールを運んでいる彼は冷汗を背中に掻く。


「そりゃあ女に縁遠いのは知っている、知っているが…副隊長はマズい。 冗談抜きで朝陽を拝めなくなるぞディオルセフ…!!」


「あら、誰がマズいのかしら」


「いやそれはだな。 副隊長と言えば、あの年柄年中熱々夫婦の、大切な大切な愛娘的存在だから変に手を出したりでもしたら何されるか…ん、は?」


 そんな彼の後ろにも、人が立っていた。

 言葉の途中で彼が振り向いた先に立っていた人物は、訝し気に腕組みをしているーーー本人の登場だ。


「年柄年中熱々夫婦…ねぇ。 良い例え方をしてくれたのは嬉しいのだけど、セティがどうかしたの?」


 探るように眼を細めた彼女の気迫に気圧されたのか、トウガは思わず後退る。

 その様子を怪しんだのか、フィーナはその気迫を一段と増した。


「…あの子に何があったのか、教えてもらえないかしら…? これはあのディオって男の子の魔力(マナ)ね。 …二人?」


 艦内の魔力マナを探った彼女の顔から、血の気が引いていく。


「…こうしちゃいられないわね」


「あ、おいっ!!」


 次の瞬間、トウガは彼女の背中を見送ることになった。


「‘…あの子一体、何を考えているのかしら’」


 VR2の入口の壁に背中を預けながら、彼女は顎に手を当てる。

 先程中に入って行った二人は今、中で剣を交えている。  パッと見たところでは、セティの圧勝だ。 手を抜いているような部分がうかがえる。

 しかしいつ見てもセティの剣筋は強く、美しくーーー寂しい。

 今日見る彼女の剣技はその色が非常に濃く、そこから彼女のストレスを感じたフィーナは、無意識に自分の薬指にはまる指輪に触れていた。


「‘…かなりストレスが溜まっているみたいね。 …そうね、買物からも日にちが経っているし、お出掛けも出来ないのも祟っているわね。 何か気を紛らわす物でも用意すべき? …それもその場凌ぎ、か’」


 画面モニターに映し出されているセティの表情は、暗い。 ディオは気付いていないようだが、彼女を知る者からすれば非常に分かり易いものだ。

 今回対戦相手を承諾したのも、ちょっとした憂さ晴らしの面が強そうだ。 それで剣筋が悪くなっていないのは彼女の実力か。

 迷いを感じさせながらも、剣にはこれを映させないーーーあの歳で自身の考えを割り切れるというのは、どこか、複雑に思える。

 悪い意味ではない、しかし、良い意味でもない。 

 だがそれとは別に、兎に角心配なのはある種(さが)といえるものであろうか。


「あ、あの子の構え方…「へぇ…懐かしい構え方をしているね」っ!?」


 そうして暫く映像を見ていたフィーナの背後に、彼女がカザイにしてみせたように現れた人物は、面白そうに顎に手を当てた。


「…何か用?」


「うん? 用が無かったら話し掛けちゃ駄目?」


 『レイア・アプリコット』は人の良い笑みを浮かべながら小首を傾げる。


「…そのポジティブ振りには呆れを通り越して感心するわ」


「別にポジティブじゃないよ。 寧ろ当然とも言えることだと思うのだけど、違う?」


「…それを当然とも言えることが、ポジティブなのよ。 分からない?」


「分からないよ、当然なんだから。 だってそうでしょ?」


 面食らったかのように瞬きをしたフィーナだが、やがて負けたように溜息を吐いた。


「もぅ! いつもあなたはそうね! そうやって変に人の揚げ足を取って…非道いと思わない?」


「非道いって…その言い方の方が、私は、酷いと思うけどな? だってあなたの方がやたらめったら皮肉を言うんだからさ、それはどうかなーって思うんだけど、なー?」


 ケロっと言ってのけるレイアに悪気があるには見えなく、至って素で話しているその様子に、彼女はうんざりと言わんばかりだ。


「…嫌いよ、あなたの言い方。 今も昔も」


「えぇ? まぁ確かに昔はもっと、私のこと慕ってくれてたような気がするけどなぁ」


「一時的な協力関係とは、思えないのかしら? 私が慕うのはいつでも、たったの一人だけよ」


「おろ。 そっか…心を開いてくれたなってあの時は感動したものだけどな…残念」


 肩を落としたレイアは首を振ると、ワザとらしく溜息を吐いた。

 それが妙に、フィーナは腹立たしかったーーー否、妙ではない。 ただ自分の黒い感情に苛々させられたのだ。

 そんな時に彼女の脳裏に浮かんだのは、唯一恋慕う人物だ。

 ーーー想像しただけで心が温まってくるそんな感覚に、自然と緩む頬を引き締めながらフィーナは小さく咳払いした。


「おろ、ユ〜君のこと考えてた?」


「考えてて悪い?」


 図星に開き直りである。


「私は女よ。 そしてあの人は私の夫。 妻が愛する夫のことを考えて何か、悪いことでもあるの?」


「別に? 仲睦まじくて結構結構。 お姉ちゃん嬉しくて泣いちゃいそうだよ? 良いなぁ、ユ〜君ラブラブ…良〜いなぁ? 朝も夜もチュッチュカチュッチュカ…お姉ちゃん泣いちゃうかも…っ」


 その言葉と共に泣く仕草をし出したレイアに、大して誇るまでもなく、当然と言わんばかりにその場を離れた。

 セティのことは気になるが、取り敢えずはその場から、レイアから離れたかった。

 別に彼女が嫌いという訳ではないのだが、嫌いでないとはいっても好きであるという訳でもない。

 複雑な心境なのだ。

 こうして後ろを付いて来ているーーー?


「…レイア、どうして私の後を付いて来るの」


 そう、何故かレイアはずっとフィーナの後を付いて来ていたのだ。

 彼女としてはこれから部屋で夕飯の支度を一人、しようと思っていたので呆れの感情を込めて振り返ると、彼女は彼女で「え?」といわんばかりに首を傾げられた。


「だって私の部屋はフィーナちゃんの部屋の奥でしょ? 途中まで一緒なのは当然よ?」


 「どうも気が立っているみたいね…」と額に手を当てながら自嘲したフィーナは、それ以上は何も話さずに居住区に足を向けた。

 暫くして自室の前に立った彼女は、カードキーでドアのロックを解除してから中に入る。


「…ただいま」


 帰ってくる言葉は、無い。

 彼女以外の住人が出払っているため仕方無いといえばそうなってしまうのだが、無性に寂しい気分になってしまう。

 取り敢えず夕飯の支度だけでも済ませようと思ったのだが、気分じゃなかった。

 出来れば、現在この506号室で生活しているもう一人の人物であるセティが、戻って来るまでに作り終えておきたいのだ。

 だがやはり、気分じゃなく、また鬱屈した気分になってきたのを吹き飛ばすために自身の机に向かい合う。

 そして引き出しから元気の素を取り出して、それをしげしげと眺める。


「ふぅ…いつ見ても…ふふ♡」


 身体の中にみなぎるやる気と元気。

 眺めているだけで、こんな幸せな気分になれるのだから、これは魔法より、魔法らしい効果が彼女にとってあった。

 本人が居るならばそれで十分な話ではあるのだが、例え居なくてもこえして元気を貰うことは出来るのだーーーそう。 写真と、指輪、そして、もう一つの宝物があれば。

 それは、所謂三種の神器とでもいえるものだろうか。


「…私を忘れて…はいないと信じたいけど…どうにかして連絡を取りたいと思ってしまうわ。 …あの人…今何をしているのかしら? 知影と風音にからかわれ過ぎていない…わよね。 浮気はしていないはずだけど新しい女性に言い寄られていたりすると笑えないわ。 あの人の魅力、どんどん増してるもの…はぁ、どうしてあの人はあんなにカッコ良

いのかしら? どうしてこんなに愛おしいのかしら……日毎に想いが募るとはこのことだし、最近夢でも交わっている夢ばかり見てしまうわ…すっかり欲求不満ね、もぅ」


 放浪亭主(?)に対して小さく不満を言いながらも、自分に喝を入れて冷蔵庫の中を見る。

 最近買物に行ったばかりなので、中には食材や飲物が沢山入っている。 その中から適当に食材を見繕って調理を始め、


「あ、そう言えば」


 ようとしたところで何かを思い付いたらしいフィーナは、弓弦が日頃使っている引き出しを開ける。


「あの人のことだから…♪」


 小綺麗に整頓された中には、弓弦が大切にしている品の数々が光っていた。 女性として、眼を惹く品々があるにはあるのだが、別に浮気調査という訳ではないので無視、


「……」


 出来なかった。

 手前の方にあった写真を手に取って天井の明かりに照らさせる。

 ーーー枚数が増えていた。


「…こんなのいつの間に撮ったのかしら?」


 一人のカップルがその中に写っている。 肩甲骨の辺りまで伸びた桃色の髪の女性は見覚えがあるかどうか少し、引っ掛かったが、もう一人の男性の方はすぐに閃いた。

 一眼見て分かる、写真からでも、胸の高鳴りで分かるーーー


「…そう。 成長したらこうなるのね、あの人。 素敵じゃない…♡」


 それは今の姿から何百年か経ったら拝めるであろう、未来の夫の姿だった。

 整った顔立ちは歳の重なりに研ぎ澄まされ、どこか影を感じさせる。 優しく微笑んでいる様子は写真からでも彼女の心を掴むーーー兎に角、途轍も無く、最高であった。


「〜〜〜〜っ!!」


 頬を始めとして、身体が熱くなってくる。

 いつの日かこうやって、成長したこの人の隣で微笑むことが出来るのが待ち遠しかった。 そして自分も、その頃にはより女性らしく在りたいものだ。

 さぁ、彼女にとっての次の問題だ。

 夫に寄り添う美女ーーー彼女が何者なのかという大問題が。

 桃色の髪から想像出来る人物が一人だけ居るのだが、どうも雰囲気が似ていない。

 確かにいつの間にか女性らしさを増していたかと思ったが、ここまで女性だったかと首を傾げる。

 そこで思い至る。

 そういえば変身魔法を使えば可能だったかと。


「…成る程ね。 大人の魅力って、侮れないものがあると言うことか。 さてと」


 そう結論付けると、写真を元の場所に戻し、引き出しを強く引っ張った。

 外れた。

 引き出しの奥にある僅かな空間があり、弓弦はそこに“秘密のブツ”を隠すのだ。


「ふふ…普通の男の人ならここに、いかがわしい物でも隠すだろうけど…見〜つけた♡」


 『果実目録甲之書』と書かれたノートを手に取ってそれをペラペラ(めく)っていく。


「これよこれ。 ふふ…あの子を元気付けるためには、あの人の料理が一番だもの♪」


 そう、それは弓弦のレシピ帳だ。

 彼は一度自分で作り、気に入ったものをこうしてノートに記すのだ。

 調理法は勿論のこと、分量から成分の内訳が、様々な考察を交えて丁寧に書かれていた。

 彼はそこまで、几帳面過ぎる性格ではないのだが、ノートにはやたらとビッシリと書かれているので彼女は微笑みながら内容を吟味していく。

 ノートの下段には彼自身の感想が書かれており、そこには食べた人物がどんな反応をしているのかも事細かに書かれていた。


『イヅナが犬耳をピンと張りながら、とても美味しそうに食べていた。 きっと柔らかめの味に仕上げたのが良かったのだと思う。 もしかしたらあの子の味覚は基本的に、フィーに近いものがあるみたいで本当に、あいつの妹なんだと思わされるな…』


「ふふっ♡」


 ーーーというか、何とも随筆なので彼女は愛おし気に身を震わせた。


「じゃあ、これを作っちゃおうかしら♪」


 因みに彼女もこのノートに書き込んでいたりする。 考察の殆どは彼女に書かれていたりするのだ。

 確実に彼は知っているはずなのだが、どうも黙認状態らしい。 さり気な文通だ。

 レシピの内容を覚えてから彼女は、調理に取り掛かるのだった。

「…ひ~っく、っと~。 ま~出番が無いというのはつまらないものだな~! 捕まってるのはそれで、嫌だったが~、描写されないのはな~…はぁ。 あ~つまらん! 何っか面白いもん無いか~「キシャ」どわ~っと!? 何だ~!?」


「キシャキシキシ」


「か、蟷螂かまきりか~脅かしてくれちゃってな~…ま~良い、お前さんも飲むか~?」


「キシャ…? キシャ、キシャ…シキャ」


「お~お~! 良い度胸してるな~! よ~し、「キシャ!?」飲め飲め~!」


「キ、キシャァァァァァッ!?!?!?」


「お~っと…手が滑ってコップの中に入っちゃったな~…だがちゃんと飲んでるな~!!」


「キ、キシャァァ……」


「よ~し、予告だ~! 『剣を合わせる少年と少女。 力の他にも必死に何かを求めている少年の心には、思うことがあった。 黄昏の空に、寂寥感に包まれる少年を包み込むのはーーー次回、味に安らぐ』…っく」


「…キシャック! シャック…キシェェェ…」


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