白泡に想いを映して
長い間話し込んでいたように思える。
それもそのはず。 遠くから微かに聞こえた懐かしい鐘の音はいつの間にか聞こえなくなっていたから。
話し込む前には、部屋の掃除をした。
これまでの自分達の馬鹿にケリを付けるため。 今一度、思い出と向かい合うために思い出の整理をしていた。
その間にも少し昔話をした。
…楽しかった。
これまで互いにあまり触れなかったのもあると思うけど、これまでの会話で一番、花を咲かせることが出来たかもしれない。
だけどあいつはまだ、解禁する訳にはいかないみたいだ。
あいつに曰くが付いている理由…あいつが、全力を出さない理由。 それは……いや、時が来ればきっとあいつは解禁するはずだ。
それについては触れるべきではないのだろう。
でも言えることは、それはまだ遠い明日の話だということだ。
遠い昨日の決着を着けるのが遠い明日の話になるというなはおかしなものだけど、変に因縁めいたものを感じる。
…。 いや、それも今は止めよう。
今は、ちょっとしたサプライズの用意もしないといけない。
喜んでくれるかどうかは分からないけど、迷惑掛けたお礼として受け取ってくれると嬉しい。
嬉しいな……
* * *
フィーナを除く潜入班は無事『アークドラグノフ』に帰還し、レオンの帰還を艦の人間は喜んだという。
細やかな帰還祝いが催された後に班は解散となり、レオンは少ない書類を隊長室で片付けていた。
その最中扉が叩かれたので彼が「良いぞ〜」と声を掛けると、開かれた扉から和服姿の少女が顔を覗かせ、彼女の背後に立つように、次いで瞳に憂いを宿した女性が現れ入室した。 セティとフィーナだ。
「お〜、どうした〜?」
「ご主人様と知影と風音が、暫く艦を離れているわ。 それを伝えに来ただけよ」
「…連絡」
「ん? そいつはどういうことだ〜?」
相変わらず主人以外の人間の男と話すと気が引けるのか、短く告げて去ろうとした彼女を引き止めると、「あなた達の身から出た錆を磨きによ」と言葉が返ってきた。
「それは、『革新派』に何かのアクションを起こしに行ったということかい?」
「盗み聞きして悪かったですわ」と、新たにセイシュウとリィルが現れる。
道を阻まれたフィーナは、三人分の視線を注がれて憂鬱の感情を込めた息を吐き、「そうよ」と問いを肯定した。
暫く沈黙の空気が隊長室を支配する中、彼女の隣に並ぶセティが小さく欠伸をした。
小さな口を一杯まで開けて息を吸ってから「しまった」と言わんばかりに彼女は、翡翠色の瞳の端に光るものを滲ませながら口元を手で隠し、微笑まし気に向けられた四人分の視線から顔を背ける。
「…もう良いかしら」
時計の短針が十一を回ろうとしている。
人工の照明の他に月が差し込み、二つの光が隊長室を明るく照らしている。
セティの顔がみるみる紅潮していくのを、しゃがみ込んで彼女の髪を撫でているフィーナが、柔らかく微笑んだ。
「…話があるのなら後で訊くから戻らせてもらうわ。 …さ、行くわよセティ」
「…まだ起きてるから気にしなくて…良い」
「駄目よ。 夜更かしは身体に悪いから…ほら、戻りましょ、ね?」
「…フィーナも弓弦も…知影も…夜遅くまで起きてる。 …それに任務でも徹夜あるから…大丈夫」
「ならなおさら駄目よ。 『寝れる日にぐっすり眠るとしようか』…って、あの人が以前呟いていたのあなたも聞いてたでしょ? そんな日があるのなら、やっぱり寝られる時に寝ることよ」
「…でも…」
「でもじゃないでしょ? もぅ…」
困ったような表情を浮かべて思案を始めたフィーナは、徐々に得意気なものへと表情を変えてから「じゃあ…」と前置きをして、彼女の瞳を覗き込んだ。
「あたたが明日、私より早起き出来たら、お出掛けしようかしら…?」
ピコンとセティが反応して、「…お出掛け…したい!」とぴょんぴょんと飛び跳ねながら自分の意思を主張する姿は、あらゆる愛らしさを詰め込んだ宝箱そのもの。
思わぬ好感触に、してやったりという顔をしたフィーナはさらに追撃を掛けた。
「美味し〜い、パフェも食べに行こうかしら〜?」
「…!!!!!!」
「え、何だっごふっ」
糖分に反応したセイシュウの腹部にリィルの、捻りが効いたパンチが沈み込む。
当然それを無視したフィーナは左手の薬指で光る指輪に触れながら、どこか恥ずかしそうに微笑んだ。
「私とご主人様の、お気に入りのカフェよ♪」
「おやすみなさいっ!!」
それは元気一杯の声と共に、風のように速い退室であった。
「ふふ…本当に、可愛いわ♡」
「素敵ですわ…」
それを見送ったフィーナの独り言にリィルがウットリと呟き、男二人を微妙な面持ちにさせる。
そのまま彼女は暫く、三人に向けた背中から柔らかなオーラを放っていたのだが、それは咳払いと共に真逆の、冷たく凛としたものに変化した。
「…用があるのなら話して。 無いのなら帰らせてもらうけど」
「…一つだけ、良いか〜?」
振り返った彼女の翡翠の双眸がレオンを捉える。
「セティちゃん…副隊長とどんな関係だ〜?」
「広義ね。 もう少し質問対象の的を絞ってほしいのだけど」
「…『セリスティーナ・シェロック』は、爺さん…『クロウリー・ハーウェル』がある日突然連れて来た女の子だ〜。 何かあるってことは以前から話してたんだが〜、まさかハイエルフだったとはな〜」
感慨深いように話すレオンに対して、腕を組んだフィーナは探るような視線を向ける。
出向命令で、フィーナ、弓弦と共に指名され、合体魔法を堂々と使っている以上、セティがハイエルフであると断定されるのは予想出来ていたので、それ程驚くことはなかった。
しかしこれは、こちらの反応を探るために向けられた質問であると、彼女は判断したので探るような視線を向けたのだ。
まるで警戒している体を装うように。
「血縁関係があるのかい?」
本命は眼鏡を掛け直したセイシュウによるこちらの質問だ。
「理由を訊かせてもらっても?」
「身体的特徴…瞳と、後シェロック大佐の態度だね」
セイシュウが引き継ぐように根拠を挙げていく。
彼女はこの白衣の男を最も警戒している。 余計なことを察せられると面倒だからだーーーといっても既に手遅れであろうが。
これは確認。
既に彼らの中で答えが出ており、それがどこまで正しいのかの確認だ。
隠すつもりがなかったためもあるが、「意外に遅かった」というのは彼女の心情だ。
「そう。 それだけ?」
だからその言葉は、驚く程に軽い響きを持って三人の耳に届いた。
急に警戒を解いたように、見せた彼女に対して、セイシュウが微かに渋面を作ったのは、その真意を図りかねているためだ。
「それだけって…」
「瞳が同じ、態度が違う…それで決め付けるのは浅はかにも程があるわね。 それともあなた達の馬鹿さ加減を私に見せる、小噺なのかしら?」
「フィーナ…その言い方はどうかと思いますわ」
冷たく、見下すような発言をリィルに咎められた「そうね…でも、あなたは入ってないわよ、リィル」と、彼女は小さな溜息を吐いた。
「…下世話と言う言葉は、知っているわよね。 人の関係を推測して探るという行為はあまり、褒められたものではないと思うわ。 それとも、どうしても知らなければならない事態が差し迫っているのかしら」
「それは…差し迫っていないけど…」
「ならそれが私の答えよ。 下世話な野次馬根性で、人の関係を探り勘繰るあなた達の下らない問いに対しての答えを私が、話す必要は無い。 …失礼するわ」
「お〜い、待て」
去ろうとしたフィーナをレオンの強い語気が留めた。
「あ〜、拗れるな〜。 俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだ〜」
頭を掻きながら、語尾を伸ばす呑気な声で「セイシュウがすまんな〜」と友人の勘繰りを詫びてから言葉を続けた。
「あの子を頼むぞ〜。 副隊長とは言ってもまだ〜…そういや十二歳になったな。 ま〜良い、そう言うことだ〜」
レオンは最初からセティのことを彼女と、彼女の旦那様に頼むつもりで話を切り出したのだ。
途中雲行きが怪しくなってしまったが、最終的に言えて良かったようで彼は満足そうに何度も頷いた。
予想外だったのか、何も言わなかったフィーナだが、少しの間をおいてから「…悪役じゃない、もぅ」と小さく愚痴を零してまた溜息を吐いた。
「言われなくても、あの子は私とご主人様…あの人が守っていくわ」
「お〜、そいつは頼もしいな〜! ま〜仲良くな〜」
扉の外に消えた彼女にそう言葉を伝えると、彼は机に突っ伏した。
「あ``〜…あの視線何とかならんのか〜…」
「人間の男嫌い…か…いやぁ…はは、完全論破だよ…はは」
ソファに座ったセイシュウも、虚空を見つめて空笑を浮かべる。 男二人、ノックアウトだ。
「男が女に勝てないのは昔から決まってますわ。 それに先程の博士は、横槍も良いところですわ」
「冷静に説明しなくても良いんだよ…「説明しますわッ!」…あ」
この時彼はフィーナに続いて、別の地雷を踏み抜いた。
「何故女性は男性に口で勝るのか。 それはその、論法に秘密があります。 一般に女性話法と呼ばれるその話し方の最大特徴は、内容に隙を作らない。 つまり、男性側が反論し辛いように話を展開するのですわね。 例えば男性側の、過去の話を持ち出したり、現在の状況から論理的に判断した上で避けることが不可能な仮定の未来を持ち出すことで、発言の痛い所を的確に突いてくるのですわ。
何故この話法が効果的なものとなるのかと言いますと、男性側の、言わば固い価値観がキーポイントとなっております。
端的に言いますと、男性は眼先のこともしくは、意識していないと視野を広げることが出来難いのです。
変わって女性ですが、こちらは男性と違って、物事を多くの視点で捉えることが出来るので、必然的に無意識的でも視野が広いのです。
両性で違いが顕著となる理由としては、その本質的における社会的役割の違いが挙げられます。 最終的に腕力に訴えることが可能な男性に対して女性はそうもいきません。 日頃から、何を、どうするのか考えているからこそ可能とするものですわね。
これを、まったく別の例に換言しますと、一人の天才と、一人の非才が居ると仮定します。
天才は何もするにもその天賦の才により、非凡たる判断力を活かせますが、非才はそうもいきません。 ですが非才でも、天才の発想を真似することは、十分可能ですわ。 『この時、天才ならどうするか』…この発想をひたすら追求し、真似し続けることにより天才に近付くことは可能なのです。
何故可能なのか。 それは、常に広い視野を持って物事に当たっていること他ありませんわ。
話術に長けた天才は居ます。 ですがそれはほんの一部の人種であり全人類的とは言えません。
ここで先程の、発想の追求なのですわ。
常日頃からその多くが、発想の追求を行っている女性が男性に口論で上手なのはそれが理由なのですわね。 質問はありますか?」
「「……」」
説明を終えたリィルの視界内で、机に沈んだレオンの頭からは湯気が立ち上り、セイシュウは片方の眼鏡に罅が入っており、二人の男は召されていた。
「…私の説明の途中で寝てしまわれたのですわね。 仕方が無い人達ですわ」
やれやれと肩を竦めたリィルは入り口の扉に手を掛けた。
「飲物は何にしますの?」
否、起きていた。
「「ビール」」
同時の即答に噴き出しながらリィルは退室する。
食堂で瓶ビールを三本購入して戻ると二人がソファに腰掛けて待っていた。
向かい合っている二人の内、セイシュウの方に腰を下ろして自分のビールを注ぎ始めた彼女の姿に、二人が意外そうな視線を向けたがやがて、嬉しそうな視線に変えると互いのグラスを触れさせた。
「思えば、こうして三人で飲むのはいつ振りでしょう…」と白泡の底の金色に自らの顔を映しながらリィルは思考する。
十年は飲んでいないような気がする。
避けていたのだ。
女の自分が居ると思い思いの話が出来ずに酒が不味くなるとか、三人揃うことで昔の悪夢思い出して空気が重くなってしまうとかーーーそう、自分が二人の邪魔になることを勝手に恐れて。
それ程酒に強い訳ではないが、彼女も嗜む程度には飲酒をする。 それでもカクテルばかりで、ビールはあまり飲む方ではない。
それでも彼女がビールを選択したのは単に、二人に合わせたかったからだ。
自分が最初に酔い潰れる訳にはいかないので、終始自分の意識がハッキリしていることを確認しながらの席ではあったが、不思議と始まった学生時代の話が懐かしく、楽しかった。
しかし楽しくなるにつれて確認はお座なりになり始め、飲むペースも速くなった。
少し話が続かなくなると手を伸ばしてしまうので当然ではあるが、やがて瓶は空になる。
「じゃ〜んけん、「「ぽん」」」
「じゃあ僕が持って来るよ。 また三本で良いかい?」
「お〜、頼むぞ〜」
「お願いしますわ」
じゃんけんで負けたセイシュウがビールを買うために席を外したので、隊長室はレオンとリィルの二人だけになる。
「なぁリィルちゃん…あいつのことはまだ、好きなのか〜?」
「え!? な、ななっ、何ですの急にっ」
レオンからの突然の質問に狼狽えてしまい、それがリィルの答えとなった。
誤魔化そうとしてグラスを傾け、既に中身を飲み干してしまったことを思い出したリィルは、酒以外の要素で顔を赤くして俯く。
「か〜っ!! お前さんも一途だな〜!!」
「や、止めてくださいまし! そんな一途だなんて…私はガサツな女です、似合いませんわ! ですがそう言うレオン君も一途な男ではなくて!?」
「なっ…お、俺は別にオルナのことなんか「おーっほっほ! 私別に誰がとは言っていませんわっ、言っていませんわっ!!」
勝ち誇った高笑いをするリィルに対して、今度はレオンが頬を赤く染める番であった。
「知らんぞ〜? 俺はオルナなんて言ってないぞ〜?」
「今言いましたわ! いつまで経ってもオルナオルナオルナ!! 良い加減諦めても悪くないとは思いますわよ!」
「あ、諦めきれると思うか〜!? やっと再会出来たんだぞ〜!!」
「レオン君の方が一途ではありませんの!! 良いですわね、あのゴミとは大違い!! ロマンチックではありませんの!!」
言い合う二人が盛り上がる中、
「‘……どうすれば良いんだい?’」
扉の外ではビール瓶三本を持ったセイシュウが立ち往生していた。
部屋に入ろうと取手に手を掛けた瞬間に、何とも入り辛い会話が交わされているものだから困ったものである。
ーーーと言っても、ビールを温くするのもどうかと思ったので彼が扉を開くと、
「お、お〜セイシュウ!? 遅かったな〜っ!!」
彼が部屋を出た時の位置のまま、ソファで向かい合っている二人が居た。
「さ、さささ、さぁセイシュウ君速く来てくださいまし! 飲みますわよ!」
「…ぷっ」
そんな二人を見ていると、セイシュウは自然と噴き出していた。
何をしていたのかは分からないが、少しだけまた、昔に戻ったような気がした。
リィルの呼び方が昔のものに戻っているのも、彼にそんな感覚を覚えさせることに一役買っており、前回は答えてやれなかったがそれに答えてやるためにも、
「さぁ飲み明かすよ! レオン、リィル!」
セイシュウも、以前の呼び方で彼女のことを呼んでいた。
呼び捨てにするかしないか、君付けするかしないかーーーただそれだけだが、その言葉は、その呼び方はリィルがずっと、待ち焦がれていた呼び方だった。
「そう言えばセイシュウ、お前さん学園長室に何しに行ってたんだ〜?」
話は『ヴァルハラ城』から『転移鏡』を使って、『ティンリエット学園』に戻った際のセイシュウの別行動についてのものへと変わった。
「あ、アレかい? ちょっとした手続きの手続きだよ」
セイシュウからその手続きの内容について訊かされた二人は、感心したように彼を見つめる。
「それで〜…出来たのか〜?」
「あぁ、バッチシだよ。 後は本人達次第かな」
「それは良いですわね。 一緒に纏めますの?」
「それなんだよね」とグラスにビールを注ぎながらセイシュウ話は言う。
「全員くっ付けちゃ意味無いしな〜…かと言って…ん〜…」
「後回しで良いんだよ。 終わってからでね」
「それもそうか〜」とレオンがグラスを煽り、新しいビール瓶を取り出す。
「…ぷはっ! はいじゃあ話を戻そうか。 修学旅行の話だ」
「あ〜…あの時は馬鹿やったな〜」
その時のことを思い出してか、レオンが遠い眼をする。
「本当に馬鹿でしたわね…」とリィルがセイシュウを鋭い視線で睨み、セイシュウは頬を掻きながら彼女の視線から逃げた。
* * *
暗闇が支配する森の中を、駆け抜ける二つの影があった。
風の音に紛れ静かに、風のように駆け抜けた一つの影が、木の陰に隠れてその先の様子を窺う。
問題無しーーーその合図を受け取ってから残りの影が動き、先に進むと、同じように木の影に隠れて先を窺う。
影故に、足音等は一切聞こえさせない。 ただ林のように静かに在り続けているのだ。
故に、二つの影の存在に気付くものは誰も居ない。
影が目指しているのは、桃源郷だ。 月光の下祝福の狼煙が立ち上り、月への架け橋となっているーーーそう、架け橋の入り口こそ桃源郷。 何人にも侵されない、禁断の聖域。
火のように烈しく燃え盛る衝動を抑え込み、桃源郷を見据えながら山のように堂々とその場に居座る。 二つの影が背負っているのは、漢だ。
二つの影が片手で抑えた顔の下半分からは赤いものが滴り落ちている。 指の間からドロリと溢れてくる鉄の味をさせる液体が、生き様と覚悟を表していた。
既に衣服は赤黒く染まっている。
息苦しいのか、息は荒い。
桃源郷即ち、禁断の園は、人が踏み込んではならない聖地であり、影ーーー二人の人間がその身に受けている災いは言わば、霊的存在の警句なのかもしれない。
やがて耐えきれなくなった一人が崩れ落ちる。
「おい…こんな所でぶっ倒れてどうするッ!!」
その身体を抱き上げ、漢は呼び掛ける。
「レオン……僕はもう駄目だ…せめて君だけでも…この光景を…ぉっ」
傷付いた漢の眼鏡のレンズが、液体により赤黒く染まり、罅割れていく。
「駄目だセイシュウ!! まだ、まだ見始めたばかりだろ! こんな所でくたばるなよッ!!」
「…駄目だ…駄目なんだよ…。 がはっ!? っ…もう…身体に力…入らないんだよ…だから君だけでも…っ」
「っ、二人で見るって約束しただろ! 俺一人が見ても意味無いんだ! お前とっ! 二人じゃないと!!」
「分かれよッ!!」
揺さ振る漢ーーーレオンを力強い声で一喝したもう一人の漢ーーーセイシュウは、咳き込み、鼻から血を噴き出した。
「…良いかい、確かに二人で見ることも大事だよ…だけど、だけどっ!! そもそも見れなかったら意味が無いじゃないかッ! 僕に付き合う必要は無いッ!! 君さえ見てくれれば後で幾らでも話を訊くことが出来るんだッ!!!! 君さえ…君さえ見て…くれれば…っ」
「もう良いっ、分かったから…それ以上喋らないでくれ…」
「レオン、君は…僕の…希望だ。 だから託すよ…っ」
虚空に伸ばされた手を掴み、肩を震わせながらレオンは頷いた。
「女の子…裸……」
瞳が焦点を結ばなくなり、光が消える。
その手から力が、抜ける。
「…おい…? セイシュウ…?」
「……」
「おい…!」
鼻血は止まらず、顔色が青白くなっていく友の肩を揺すると眼鏡が外れ、音を立てて割れた。
「なんでだ…なんで、お前が…おい…返事をしてくれ…っ」
しかし、必死の問い掛けも虚しく、その瞼が動くことはなかった。
「セイシュウゥゥゥーーーーーーッッッ!!!!!!」
自分に全てを託し、笑いながら逝ったセイシュウを抱きしめながらレオンは月に叫び、吼える。
まるでそれを友に贈る、鎮魂歌のように……
「あら、此方に居られるとは珍しいですね弓弦様」
「ん、そうだな。 まぁたまにはこう言う日も良いだろ」
「クス…そうですね。 主人公と言えども、御休は欲しいものですから…」
「だが俺がここに出て良いのか? 本編の状態思いっきり無視しているんだが…」
「愚考致しますに、以前死人も出演されていましたから問題無いと思いますよ?」
「ん…そうか。 だが知影の姿が見えないな。 あいつ一応最初のヒロインなんだが…」
「弓弦様、ベタ発言は頂けませんよ?」
「“メタ”、な? 本当、風音は相変わらず横文字に弱いな…っと…あいつ…今どこに居るん「弓弦様」…ん?」
「…ここに居るのは現在、私と、貴方様だけで御座いますよ? 他の女性の名前は出さないで頂けると…っ」
「そ、そうだな。 それもそう「あぁっ」…だな」
「そうですよね存じています。 私は所詮しがない女将で従者……他の御方とは違い結ばれぬ運命なので御座いましょう……私は…私は…っ!! 成り上がりで御座います……っ!!!!」
「…一人で盛り上がっているところ悪いんだが。 正直風音、滅茶苦茶出番あるぞ。 多分フィーに次いで知影と同じ位じゃないか?」
「…私は弓弦様の一番になりとう御座います!! そのためには手段を……!!」
「…お、おい。 少しキャラ変わっていないか? 大体俺を縛ったりして動けなくしてから襲うのはあいつの……ひゃうっ!?」
「また名前を出そうとされましたね? そのような弓弦様は…こうです!!」
「んあっ!! 何がこうだ! 人の犬耳で遊ぶんなぁっ?!」
「あらあら…可愛い御声……うふふ、あはは♡」
「しまった何かのスイッチ入れたっ。 ヤバいぞこれは…ヤバい「何を仰っているのですか?」ですぅっ!! はぁっ、はぁ…っ!! あのな風音、ここは予告を言う場所だ。 お仕置き部屋じゃないからな!!」
「……承知致しました、それでは予告をば。 『酩酊気分の隊長様は、遠い昨日へと想いを馳せられます。 若かりしあの頃、他愛も無い少年であったあの頃……旅先の、仄かに甘い、思い出に、心躍るる、青い春かなーーー次回、浸る思い友と共に』…其れは、小さな小さな、幸せに御座います」
「おぉ……良いな! 変なことを言い出さないか心配だったが、凄く良いぞ! 成る程なぁ…これが予告か」
「その…あまり御褒めにならないで下さい。 本番は」
「はい?」
「今からで御座います♪」
「あ、あのな…もう帰るだけなのにどうして押し倒して人のマウントポジションを取る……っ!? か、顔! 顔近いっ!!」
「クスクス…私は今より、大きな大きな幸せを掴もうと思います…♡」
「本編じゃないから、本編じゃないからそれは止めてくれ。 予告限定キャラは必要無いんん…っ!!」
「…ふぅ。 それではこれより、自主規制とさせて頂きますので。 失礼致します」
「失礼致しますって、お、おい!! 誰かっ! そんな、他事やる前に俺を助けーーーッ!?!?」