悲しき非力
「なんでこうなった」…橘 弓弦君の口癖だ。
自分がまったく予期していないことが立て続けに起こって思わず、天を仰ぎたい気持ちになった時、決まって彼はこう言うんだ。
昔から、彼女は頭が足らない部分があったけど、会って第一声が唐突にも程があるものだから頭を抱えたくなるもの。 まぁそれは大体、僕と助手君、頭脳派の役目だ。
だけど、今のあいつ…レオンは何かしら考え事をしているみたいだ。
思うことがあるのは仕方が無い。 対峙している彼女はあいつにとって…いや、今は考えている暇…あるか。
だけど傍観者と言うのは中々、嫌味なものだと思う。 少なくとも僕は柄じゃない。 いや、これに限っては…傍観者で居てはならない。
だけど、渦中の最中の傍観者に徹さないといけないのだ。
だから、言いたいんだ。
「なんでこうなった」…って。
以前弓弦君やレオンと、僕達三人は似ていると酒の席で話し合ったことがあった。
初めて会った時はまさか、あんな風に三人で飲める日が来るなんて思わなかったけどね…あはは。
でもそのお陰もあってか再認識出来る。 似ているんだよ。
目的のために、誰も頼らず一人で禁忌の道を歩んだ僕。
傷付けたくないから、守りたいから、全てを一人で背負おうとしてしまう弓弦君。
そして今、激情に縛られ、僕達を下がらせて一人で戦っているレオン。
一人で解決してしまおうとしている点において、似ている。
自分一人でも出来るという何の根拠も無い自信を胸に抱いているんだ。
所謂子どもだ。 世界が自分を中心にして回っているという自己中心的な、身体だけ大きくなった子どもなんだ。
…弓弦君は少し違うかな。
彼は、必要ならば彼女達を真っ先に頼るし、そこまで自惚れていない。
きっと一番子どもなのは、歯車の止まった僕なんだ。
そして最後まで子どもなのもきっと、僕なんだ……
* * *
鉄の嵐が吹き荒れている。
姿を捉えることでさえ、困難を極めさせる一騎討ちが大元帥の間で繰り広げられていた。
男が得物を薙ぐ度に空気が震え、女が一撃を見舞う度に鉄が、ぶつかり合う音が鋭く響く。
剣戟の最中、男ーーーレオンは、自分が遊ばれていることに歯噛みしている。
それもそのはずだ。
彼の剣技の全ては、元は彼女のものだからだ。
彼女との繋がりを求めて、彼女という存在に近付きたくて、彼女の想い出に縋って、過去の自分を否定した。
過去は今に繋がる。
過去を受け入れない限り、今は無い。
抜け殻の一撃が届くことは、決してあり得ないのだ。
だが届けねばならない。
相手は偽りの仮面を被った、彼が良く知る人物とはまったくの別人なのだから。
そう、偽りは、正さねばならない。
その仮面を剥ぐことによって、
「オルナを…返せぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」
大切な存在を守る。
「危ないですわッ!!」
しかし、それすら出来ないのが現実だ。
渾身の一振りは簡単に受け止められ、それを跳ね返すかの如く、壁に吹き飛ばされたレオンはそのまま、沈んだ。
「レオン!! オープスト大佐、回復を!!」
セイシュウが張り上げた声を発しながら彼の下に駆け寄り、回復の指示を出すが、「生命に別状はないわ」とフィーナは冷たく、壁に視線を向けたまま知らぬ顔で取り合わなかった。
「っ!! オルナ・ピースハート、何のつもりだッ! どうしてこいつに刃を向けるッ!!」
雷を纏わせたトンファーを構え、打撃を見舞いながら彼は叫ぶ。
そこに普段の理知的な彼の姿はなく、事の理不尽さを嘆き、ただ相手に疑問という名の駄々をぶつける子どもの姿だけがあった。
「どうしてなんだッ!? 君に何があったッ! 何が君を変えた、オルナァッッ!!」
雷属性上級魔法“デッドインパルス”を込めた渾身の“プラズマストライク”の初撃が、大剣を強く打つ。 解放された雷が大剣を貫通した手応えを感じた彼は雄叫びを上げながら、二撃目を叩き入れると、再び魔力が解放され、オルナの身体を穿ち、迅雷が壁を抉り取る。
再び彼は大きく踏み込むと、どちらの得物にも残してあった魔力を同時に叩き付け、剣越しに彼女を吹き飛ばした。
“プラズマブリッツ”ーーー独自の攻撃技『雷帝技』の奥義を放ったセイシュウは、眼鏡のズレを直してから壁にのめり込んだオルナに向かい、魔法の発動態勢に入った。
「駄目ね」
フィーナがポツリと呟いた。
その言葉の意味を計りかねたリィルが彼女に視線を向けると、戦闘の間に壁に寄りかかり、物憂気に外の様子を眺めていた彼女が指で空気を弾く動作をした。
するとセイシュウの周りを、二つの風が直角上に吹き付けた。
片方はフィーナが空気中を漂う風の魔力に働き掛けて、セイシュウを軽く押し退け、もう片方は、全てを貫く一撃がもたらした剣風だ。
予期せぬ衝撃によって、セイシュウが横に飛ばされてなければ、彼の身体は壁に縫い付けられることになったであろう。
「何々〜? 今何が起きたの〜?」
衝撃により壁に巨大な穴を開けたオルナが、何が起きたのかまったく分かっていないように眼を瞬かせる中、セティが「セイシュウ…残機減った」と抑揚の無い声で不用心な彼を責めた。
その言葉で彼は自分の失態を悟り、肩を落とし嘆息した。
そもそも自分が今、何をやっているのかよく理解出来なかったのだ。
死んだはずの彼女を生き返らせるために、『禁忌』に触れようと行動に出たはずなのに、それとは正反対の行動を取ってしまっている。
ようやく会えた存在を本気で殺しにかかっていたのだーーー幸か不幸か殺めるようなことにはならないが、もし殺めてしまったのなら、自分はまた、三度、彼の大切な人を奪ってしまうことになった。 それもまた、彼が知る由も無いところで。
親友などと宣っておいて、彼の大切なものを片っ端から全部奪っている自分という疫病神に呆れたのだ。
頭が、冷えていく。
思考が整理されていく。
眼鏡を手で押さえると、陽光にレンズが反射される。
「作戦続行だ。 レオン連れて逃げるよ」
次の瞬間には不敵な笑みを浮かべた、いつもの八嵩 セイシュウが戻ってきていた。
例え行く手に何が立ち塞がろうとも、一番の目的はレオンの救出であり、二番の目的は全員での帰還ーーーそれが弓弦の命令であり、彼は『隊長』のサポートをするだけだ。
「了解ですわ!」
「…了解」
レオンを抱え上げ、通路の奥に消えたセイシュウにリィルとセティが続く。
「お〜、逃げるの〜?」
それを追いかけようとしたオルナは、反射的に後ろに仰け反った。
靡いて遅れた赤髪が刃に触れ、ハラリと数本床に落ちる。
「私は逃げないわ。 逃げるのはあなたよ、悪魔」
爆発するように放たれた魔力により、その刀身を伸ばした『軻遇突智之刀』を振り切ったフィーナが一人、背を向けることなく彼女の前に立っていた。
「ん〜…退いてもらわないと困るか、な〜っ!!」
セイシュウに向けて放ったものと同じ技ーーー加速剣【スピードスラスト】
相手を一瞬で貫くという、加速すれば加速している程威力が増す『加速剣』の最も基本的な技だ。
シンプル故に、最も出が速く、相手に避けられ難いという長所がある反面、
「どぎゃっ!?」
何かにぶつからないと加速が止まらないという厄介な短所があり、現に今、身をずらしたフィーナの横を通り抜けて、オルナが再び自分から壁に衝突した。
貫通した大剣を壁から引き抜き、振り向いた彼女の首筋に切先が添えられる。
「見逃してあげるわ。 命惜しければ逃げなさい」
涼しい顔で、静かに告げた彼女が少しだけ刃を立てると、首筋に赤い滴が伝う。
弓弦の様子が気になって仕方が無い彼女は、眼の前のことを速く片付けて彼の下に向かいたかった。
先程窓から窺えた外の光景では、彼女の主人はアンナに抱えられてこの城内に入ろうとしていた。
気絶しているらしくその思考は覗けなかったが、四対一の状況を見た限り、争奪戦だろうと見当を付けていた。
アンナが何の目的で弓弦を連れ去ろうとしているかは分からなかったが、組織に彼を渡すことは確実にあり得ないと判断出来る程には、彼女を信頼しているのでその点は安心だ。
だが自分の与り知らぬところで変な話が進んでいるのは不愉快だ。
せめて本人の口から直接話を訊くまでは、大人しく彼を差し出す訳にはいかない。
「そう」
時間が惜しいので、添えた刃を横に薙ぐ。
風音が打った名刀は、手応えすら伝えさせずに銀閃を描いた。
「最初からそうすれば良いのよ…もぅ」
誰も居なくなったことを確認すると彼女は、意識を集中させて魔力を探る。 動きから、上を目指していると考えた彼女は階段を下って行った。
* * *
跳躍して跳び越えることを試みたところで、弓弦の持つ銃剣が、勝手に一斉発射を放ち、飛距離を増してくれたという、思わぬ天運に恵まれレイアと風音の壁を突破したアンナは目的地への階段を駆け上がっている。
男の身体を担いでいるため、かなり足に負担を掛けているはずなのだが、彼女の足がふらつくことはない。
理由としては、担いでいる男ーーー弓弦の重みを一切感じないのが挙げられるのだが、彼女が視線を向けても何のアクションを起こさない。
とはいえ四人の包囲網を抜け、かなりの傷を負っているだけでなく、追撃でも痛いものを食らわされているのでその都度、“ディバインヒール”を掛けて応急処置を施しているのだが、やはり失った血液は戻らないので意識が霞むのを覚える場面がある。
また流れ出た血液は痕跡となり、追手である彼女達の助けとなっているので隠れてやり過ごすことが出来ず、ただひたすら走っている。
もったもレイアも魔力を探れるのでそれは意味の無いことだが、それは彼女の知るところではないので置いておく。
今の彼女の目的地はここ『ヴァルハラ城』の六階通路である、『天聖の回廊』脇の隠し通路の先にある、彼女の隠し部屋だ。 そこでなら彼女以外の隊員が入ることを防げるので、そこで弓弦を説得して協力を得てから、ここを脱出するーーーそれが彼女の段取りだ。
弓弦が説得出来ないことは考えていない。 理解が得られなければ強制し、無理矢理にでも従ってもらう。
だが普通に考えれば彼女は、追い付かれてしまう。
「ここだ…!!」
階段を駆け上がり三階、『贖罪の回廊』へと到達したアンナは壁際にあるレバーを下げて先を急ぐ。
背後で扉が閉まる音を聞きながら彼女は階段を駆け上がろうとしたところで寒気と同時に、誰かが降りて来る気配を感じた。
視線を落とすと自分の身体を通り抜けるように、細い光が階段の上に伸びているので、それを眼で負っていくと丁度その人物の姿が、見えた。
「駄目ね。 そんな弱々しい足取りだとご主人様を落とすわよ」
声を発したのは、出来れば会いたくなかった人物だ。
思わず「う``っ」と変な声を上げてしまう程に会いたくなかった人物である。
「…もぅ、速く行って。 後で説明を訊きに行くからそのつもりで」
今日は本当に天運に恵まれた日だと思った。
まさかこうもアッサリと通してくれるとは。
「…礼は言わんぞ」
「良いわよ。 大きな貸しということさえ覚えていてくれればね」
たっぷりの皮肉が込められたその言葉に、苦虫を潰したような表情になりつつも、アンナは彼女の横を通り抜けた。
「『今何か言った?』…か。 ふふ、らしいけど、らしくないわよ……」
扉が斬り裂かれ、四人が中に入って来る。
「‘…あの人のためとは言え…中々心労が絶えない役回りね私。 でもこんなことで喜びを覚えてしまうのって、やっぱりおかしいかしら? だけど…あの人のためってだけで、何をするのも幸せに思えてくるのよね…ふふ♡’……来ると思っていたわ」
独言で一人幸せそうに頬を染めた姿から一瞬にして雰囲気、表情を凛としたものに一変させて一行と対峙する。
三人は彼女が居ることに驚いたが、ニコニコと微笑んでいるレイアの瞳が一瞬、探るような鋭い光を帯びたのを見逃さなかった彼女は、湧き上がる感情による表情の変化を意識して抑える。
「フィーナ、あの女狐がそこ通らなかった?」
知影の眼は据わっており、絶賛ヤンデレモード中だ。 風音とユリが若干引いた表情を見せているので、ここに来るまで相当悪態を吐いていたようだ。
彼女は「これ以上悪化させてどうするのですか…?」と上階に上がった主人に内心問い掛けながら、「女狐?」と分からない体を装って訊き返した。
「実はアンナ殿が弓弦を連れ去ってしまったのだ。 何か考えがあってのことだと思うのだがいかんせん逃げ出して、見失ってしまってな…知らないか?」
心配そうに顔を青くしているユリに悪いとは思いつつ、「残念だけど…私は見ていないわ」と言葉を返した。
「フ〜ちゃんがここに居るってことは、隊長君救出出来たってことだよね? ユ〜君、先に帰っただけかもしれないよ?」
既に全て察したらしいレイアの援護よって、不承不承ながら知影とユリがフィーナによる帰還の申し出を受け入れた。
簡単に了承してくれたことに安心しつつも、何故か妙に押し黙ったままの風音にフィーナは確認を取ろうとして、彼女の様子が普段と違うことに気付いた。
「…風音、どうかしたの?」
ーーーいつもに比べて、雰囲気が冷たいような気がしたのだ。
「はい?」
しかし本人も気付いていないようであり、逆に訊き返されてしまった彼女は少々面食らう。
若干間を置いただろうか。 「何でもないわ」と彼女から視線を外したフィーナは眼だけでレイアに感謝の意思をそれとなく伝えた。
ーーーフィーナは、レイアが気に入らない。
確かに今回を始め、様々な場面でフォローを入れてもらっているし、向こうから「仲良くなろうよ」と何度も言ってもらっているのだが、「…悪いわね。 まだ気持ちの整理が出来ていないのよ」としか返せない。
変に意固地になっているとは自覚している。 汚い意地を張っているのだ。
だが、許せないのだ。
だから、許せないのだ。
生命の価値を考えずに蟻を無邪気に踏み潰し、それを奪う子どものように、レイア・アプリコットは無邪気だ。
平気で地雷の中に踏み込み、平然としている。
彼女はフィーナの、最も踏み抜いてはならない地雷を踏み抜いてしまった。 それも無意識にだ。
本人に悪気は無いだろう。 その行動原理にあるのは彼女と同じ、“大好きな彼のため”なのだから。
それは同族に対する嫌悪感に近いのかもしれない。
フィーナは、知る前に好きになり、知ってより確信出来るものとした。 『契り』だって当然知る前だ。 彼女は心も、身体も、全てをあの『カリエンテ』での夜彼に捧げたのだから。 『ブリューテ』の『契りの泉』では彼の想いを知り、全てを受け止めた。 その後も冒険や、デート、色々あって先日は、指輪を贈られた。
お詫びという意味が強いのだろう。 彼は彼なりに、彼女が最も贈られて嬉しいであろうものを選んだのだから。
そして同時に、ハイエルフとしての『ユヅル・ルフ・オープスト・タチバナ』は『フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナ』を妻とする意味も込められていたのだーーーハイエルフにとって契りの泉の契りは、人間でいう“既成事実”と同じなので当然でしかなく、時間の問題ではあったのだが。
しかし同時に、『橘 弓弦』としてはまだ選べないという言葉も込められていた。
屁理屈だ。 女性でいう“保留”に近いものがあるのだが、知影という存在がある手前、彼は彼女のためにも、他の相手を選べないのだ。
「なら知影を選べ」と思う人物が居るかもしれないが、彼の思考では、「彼女には自分よりももっと、お似合いの男が居る」で凝り固まっているのだ。 駄目な男であるが理由はいずれにせよ、彼は選んでくれた。 それが指輪だ。
指輪を贈られた時が、彼女が両想いと実感出来た瞬間だ。
しかし彼の問題は置いといて、問題はレイアだ。
弓弦と仲良くなりたいーーーそれは分かる。
弓弦に想われたいーーーそれも分かる。
そのために“他人”への感情を利用したーーーそれが分からないのだ。
自分とは違い彼女は、知ってから好きになっている。 要はどこか、その感情に振り回されている節があるのだ。
振り回されているに関してはもう一人、当てはまらないこともな人物が居るが、彼女は彼女なりに抗っているつもりのようだ。 見る限りでは徐々に逆効果として作用しつつあるように見えるが、彼女はレイアのタイプには当てはまらない。
だがここで述べておきたいのは、フィーナも仲良くしたいとは思っていることだ。
実際最初の頃に比べて、ぎこちなさは減ったであろうことを自負している。 先程の会話だって自然だ。
それが意味することは、結局彼女の心の持ちよう一つで丸く収まるということであり、彼女が変に意識しなければそれで十分だということだ。
しかしそれを妨げているのは他でもない、“彼女の弓弦への想い”だ。 今この瞬間も、彼を想う感情が彼女の全てを満たしている。
ーーーちょっとしたジレンマだ。 もどかしくてしょうがない。
「じー…」
また無意識に指輪に触れてしまい、知影のジト眼による視線が注がれるが、それを誤魔化すかのように彼女は羽織る、主人と作った旅装束を翻すのだった。
* * *
またまた思わぬ助けのお陰により、自分の隠し部屋へと辿り着いた私は彼を寝所…ではなく床に放り投げた。
相変わらず気に食わない、人を小馬鹿にした間抜けな顔だ。 よくもまぁ戦場で倒れ、女に庇われていたにも拘らずこうも安心した顔を見せれるものだ、腹立たしい。
…睫毛が長いな、女みたいで気味が悪い。
……何故唇がこうも柔らかそうなのだ、気味が悪い。
………フン、総評するとやはり、間抜けな顔だ。
「起きているのは分かっている。 起きろ橘 弓弦」
だからここまで間抜けな顔をしておいて寝ているはずがない。 寝ている時はもっと……もっと間抜けな顔を見せる。 こうも中途半端な間抜け顔をしない。
「…バレてたか?」
黒と紫のオッドアイが私を見つめる。
「バレバレだ、大馬鹿者」
やるのなら徹底的にやれとあれ程……まったく…物覚えが悪い! 腹立たしい。 何を学んできたらこうも物覚えが悪く育つ!
「そうか…自信あったんだがな。 まぁ、良い。 それで? 何の目的があって俺をこんな所に連れて来たんだ?」
「貴「あるだろ普通に!」…そうだな」
「貴様に知る必要は無い」と言おうとしたところ、生意気にも私の言葉に自分の言葉を被せるとは…この男やはり、常時私を怒らせないと気が済まないようだ。
殴るか? 極めるか? 斬るか? 取り敢えず無駄口を叩かず私の言うことだけを訊く人形になってもらうか…ふむ、それも一つの手か。
「あのな、凄い恐ろしいことを考えている顔をしているところ悪いが! こちとら人を待たせているんだ。 俺の力がどうしても必要なら力を貸すが、それ以外なら他を当たってくれ。 知影が病むぐっ!?」
取り敢えず鉄拳制裁だ。
別の女の名前を出すとは教育がなっていない。 やはり私が一から全てを教え直す必要性があるな。
「あのな! 勘弁してくれよ! ただでさえこれから面倒なことがあるんだぞ!」
「革新派のことだろう、そんなことは知っている!! そのためでなければ貴様なぞに頼らんッ!!」
何故食ってかかる!! あぁ生意気だ! こんな男に頼らねばならない自分が不甲斐無さ過ぎる!
「…はは、そうか。 まぁ姿を見せた時点でそんな気はしていたが…内側から崩そうとか考えているのか?」
「その通りだが何か文句があるか! 既に盤石の態勢となっている奴らの基盤を崩すにはそれしかないんだ!!」
何故そうも腑に落ちたような顔をする!! 全て分かったような気になったその澄まし顔に苛々させられる!
あぁ不甲斐無い…何故この男にしか頼れないのだ私は……
「何でそう食って掛かるんだ。 確かに今日のあの、大軍勢を見る限り向こうが組織を掌握していることは理解出来る。 抑え込められた保守派に反撃の狼煙を上げさせるためにもまずは、元帥の立場を利用して深くまで入り込む…違うか?」
…いや、頼るのはこの男でなくてはならない、そう思った。
「で、どうするんだ?」
「ーーーと言うことだ」
作戦の最終目標である『二派の完全分断』まで話し終えたところで、私は話を締め括る。
頷きながら話を訊いたように見える奴だが、私には聞き流していたようにしか見えない……という訳ではないので、言葉を待つ。
「だそうだ。 悪いがまた艦を離れる…悪いな」
しかし謎の言葉は、自分の背後を振り向いて発せられたものだ。 気でも狂ったかこの男。
…? そう言えばこの男、いつの間に薬指に指輪をはめていた? それについ先程見たような……
「…はい、ですが知影と風音をどうにかして連れて行ってあげてください」
指輪が光を放った次の瞬間展開された魔法陣から、先程別れたフィーナが現れたので驚いた。
あの指輪…そうか、『転移鏡』と同じ、相互転移効果の魔法具か。
「あぁ、分かってる。 …壁に転移用の印を描いても良いか?」
「好きにしろ」と二つの了承の意味を持たせた返事をすると、『魔力筆』で人の部屋に五芒星を描いてその姿を魔法の光の中に消した。
「…良くもまぁ、あそこまで関係を進めたものだな」
「あら、羨ましいの?」
「馬鹿を言うな。 誰が羨ましいものか」
あの男と似たような表情を浮かべながら、彼女は小首を傾げからかってくるので皮肉が通じん…食えない奴だ。
浮かべる笑みがより女性らしくなっているのは指輪の魔力と言うべきものか…やはり小物とは言えアクセサリーは侮れ…ん``んっ。
「顔に出ているわよ? どちらとは言わないけど、分かり易いわよ」
「フン、知るか」
「そう。 でも、知影と風音…あの二人の同行を許可してくれたのには驚いたわ。 折角の逃走劇も無駄になってしまうと思うのだけど」
当然許可出来ない訳がないと判断した上での苦肉の判断だ。 もし許可しなかったら彼女によって、あの場であの男は連れ帰られていただろう。 私からすればどの口が、と言う訳だ。
「元帥直属の部下として用意出来る偽装隊員証は一つだ。 だから結果的に、人から見て私と、後一人ならば問題が無いから許可したまでだ」
「ふふ…随分甘くなったわね。 …堕とされた?」
「寝言は寝てから言え」
意図せず強い口調で言ってしまったが、本心だ。 何をどう勘違いしたらその結論に行き着くのか意味不明だ。
「でもあの人の顔を知っている革新派隊員が居るかもしれないのに、よくそんな策が思い付いたわね」
「あの男は女装が出来るからな。 それで生活してもらう」
「それであわよくば、あの人を調教して自分好みの男に仕立て上げようって訳ね…良く思い付くわね、感心するわ」
「後、あの男は止めてせめて、名前を呼んであげて」と変に棘のある言葉ばかりを返してくる。 …夫婦共々気に食わない。
だがこれは否定せねばならない。
「あらゆる面から合理的に判断した結果、橘 弓弦に行き着いただけだ。 他意は無い、決してな」
「あらそう。 そういうことにしておいてあげるわ。 …じゃあ、あの人が呼んでいるし、私は帰らせてもらうわ」
最後まで棘のある言葉を発しながら、フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナも、光の中に消えて行った。
「また僕ここに居るんだ……前回も予告やったんだけどなぁ……」
「文句を言うな。 出番があるだけありがたいと俺は思うがな」
「‘トウガが居るのもかなり参ってるんだけ’「聞こえてるぞ」ぐぉふっ!?」
「…今回は短めだ。 何分俺達も忙しくしているからな」
「あぁ…色々と遅れかけてるみたいだね」
「そう言うことだ。 はい、予告を言え」
「はいはい。 『弓弦に渡された変装ようの服はなんと、彼の想像を越えるものだった。 さらに、これから潜入すると言うのにそれで良いのか女子勢。 弓弦乱れる所に、彼女達は悶えてしまうのだから何とも羨ましい過ぎるねーーー次回、やっぱり?』…やっぱりそうなっちゃうんだよね。 良いなぁ弓弦」
「そう言うことだ。 良い酒用意して、待ってるぜ」