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軋む歯車

 悲劇。

 そう、これは良く出来た悲劇だ。

 何故なら、その人はそこに、“居てほしいのに居てほしくなかった人”だったから。

 今こうして見ていても、信じられない。

 信じられるはずがない。

 信じたいのに信じられない。

 もう訳が分からない。

 僕の努力は何だったのだろうと疑問に思えてくるけど、正直嬉しい。

 だけど…何故あいつに剣を向けるんだ。 何故あの頃と変わらない容姿で、一度も見せたことがなかった暗い表情を見せるんだ…!?

 最後に別れた、あの雪の任務ミッションの悪夢。

 誰も居ない丘でのあいつの慟哭する姿。

 守れなかった非力な自分を責めて、これから生きていくための芯を作り出して、その誓いとして過去に囚われたその姿……大剣を振り回して、その人の剣技を使っている姿は、見ていられない時すらある。

 予感はあった。

 あの丘からその人の得物が消えたことを知った時、「もしかしたら」の希望はあった。

 覚めない悪夢がようやく、覚めようとしているような感覚さえしたんだ。

 だから僕は、全てを裏切ってまで『禁忌』に触れることに踏み切った。 その先に、彼女の姿を求めて……

 でも求めていた先にあったのがこれなら、僕は裏切られたと言える。

 全てを裏切ったから裏切られた……これぞ因果応報だ。 出来過ぎていて閉口ものだ。

 だからこそ悲劇と称した。

 あいつの、僕の、彼女の、三人が主人公の悲劇。

 登場人物が四人の悲劇。

 悲劇のフィナーレはどんなものなのだろうか。 覚めない悪夢は覚めるのだろうか。

 僕が求めていたのはこんな悲劇じゃない。 僕が求めていたのは……

 僕が求めて止まないのは、四人全員があの時のように笑い合えるハッピーエンド、喜劇なんだから……


* * *


 ーーーヴァルハラ城四階、浄罪の回廊。


「レオン!!」


 セイシュウ達が処刑台の前に辿り着いた時、レオンは厳しい顔をして大剣を抜き放っていた。

 彼は一行の姿を認めると、安心したような、絶望したようなーーー様々な感情が込められた表情を見せた。


「……助けに来てくれたのか。 そうか…これは現実なんだな」


「…レオン、何かあったのかい?」


 彼が語尾を伸ばしていないということはつまり、今の彼に余裕が無いことを意味している。


「…あいつが戻ってする前に帰還するぞ〜」


 本人もそれに気付いたのか、語尾を伸ばし始めたので、余計に奇妙に思えた。


「あいつ?」


「良いから帰還するぞ。 早くな」


 レオンが城内へと駆け出したので、セイシュウとリィルが彼に続く中、フィーナが空の彼方を見やった。


「…そういうことね」


 一人納得した彼女にセティが首を傾げるが、「何でもないわ」とその頭を撫でると二人も続く。


「あの道を通って来たのか〜?」


「その道しかなかったからね。 でもこれはどういうことなんだい? 処刑の日に、君以外誰も城内に居ないだなんて」


「最初は革新派の連中がそこら中に居たさ…」


 言葉を切ったレオンが、「だがな、全員殺されたんだよ…」と続けた瞬間、空気が凍り付いた。


「全員!? じゃあどうして城内が、ここまで綺麗なんだ!?」


「よく分からん魔法で消し飛ばされやがった…」


「消し飛ばし…おそらく殲滅属性の使い手ということね」


 聞き慣れない魔法属性に一同が彼女に視線を向ける。


「生と死、相反する二つの事象を司る属性よ。 出来れば手合わせしたくない手合いね」


「ご大層な属性名だね。 訊いたことがないよ」


「当たり前よ。 人間で使える存在なんてそうそう居ないのだから」


「…一日一回」


「そうよ。 人間なら、使えたとしても一日一回が限度。 良く知ってるわね…偉いわセティ」


 フィーナと弓弦が妙にセティに甘い理由について、前々から疑問に思っていたセイシュウ達だが、セイシュウとリィルは合体魔法発動の折に見えたセティの犬耳から、彼女もまたハイエルフであるとの見解を出している。

 普通の人間と比較して身体能力、魔力(マナ)に関するあらゆる能力において勝っている種族、ハイエルフ。 もしセティがハイエルフであるのならば、彼女の両親が中将であったことも、齢十五にも満たない彼女が部隊の副隊長として遜色無い実力を持っていることも、納得がいく。

 それは確定的だとしてもう一つ、別の仮定があるのだが、それは一応成立こそするものの、あまりにあり得そうであり得ない話なので、そちらの仮定は置いてある。

 しかしそんな根拠に基づかなくとも、常日頃の三人を見ていればもう、確定ではある。


「‘人間なら…’」


 戦闘を走るレオンは、それとは別の言葉が引っ掛かっているようで、声のトーンを一段と落として呟いた。

 自然と剣を握る手に力が入り、顔を青褪めさせている彼を心配したリィルが声を掛けようとして、思い止まった。

 螺旋階段を降り、誰も居ない回廊を駆ける。

 静寂の城内を慌ただしく進む一行の最後尾を走っているフィーナが被っている帽子の中の犬耳が、不意にピコンと立ち、彼女もまた眉を微かに吊り上げる。

 突如として感じるようになった穢れた魔力(マナ)が、近い。

 階段を上り、来た道を引き返せば引き返す程、それは強くなっていく。

 「この先に何かが居るわ」と彼女は注意喚起した。

 その言葉にレオンはその表情を、一層険しいものに変化させると、速度を上げた。


「…博士」


「何だいリィル君」


「…何でもありませんわ」


 彼女には予感があった。

 動揺しているレオンとその先に居る存在ーーーきっとセイシュウも気付いているからこそ、微妙な表情を浮かべているのだ。

 きっとこの先にーーー


 『ヴァルハラ城』六階天仰の回廊最奥の扉の奥ーーー大元帥の間。


 人間が一人、背を向けて立っていた。


「ッ!!!!」


 眼を引くのはその、深紅の髪だろうか。 宝石のように美しい艶やかな輝きを放っているようにさえ思えてくる髪が、腰の辺りまで伸びている。

 しなやかに伸びる四肢は、華奢で、その存在が女性ということを示している。


「…嘘……だよね」


 ーーー次に眼を引くのは、身の丈の倍以上もある大剣だろうか。

 古ぼけており使い古されていることが分かるが、よく手入れがされていたのか、刀身が鋭い輝きを讃えている。

 それを軽々と片手で扱い、振り返った彼女の瞳は、水のように透き通った蒼色。


「どうして…あなたが生きていますの!?」


 本来は人懐っこい光を帯びていたであろうその瞳は、動揺する三人をおかしそうに見据えている。

 それはまるで、時間が戻ったような奇妙な感覚だ。

 全てがあの時、“別れた時”のまま('')

 他に例えられるのなら、彼女が“別れた時”から直接、時間を越えてここに現れたような、不可思議な感覚。


「「「……オルナ」」」


 だがこの時、


「久し振り皆、さ〜、殺し合おうよ〜」


 止まっていた歯車が軋みながらも、動き始めた音を三人は、確かに聞いたのだった。


* * *


「ぐあっ!?」


 見えない何かによる衝撃でアンナは地を転がされた。

 様子が豹変した風音は、嗜虐的な笑みを浮かべて薙刀を振るっており、その一撃は恐ろしい程に速く、重い。

 そちらの方は捌き切れないことはない。 しかし、見えざる何かによる攻撃はその限りではなく、不意の衝撃に襲われた彼女は地を這うことになる。

 そこを襲う、焔の牙。

 追撃に繰り出される刺突の嵐を、転がりながら避けていき、呼吸の間を狙って足払いをかけて、遠心力を活かし、風音の上を跨ぐ形で起き上がろうとした彼女を、空中で衝撃が襲う。


「小癪なっ!!」


 そのまま距離を取って対峙する。

 風音は弓弦を背後に庇っており、一定範囲内の接近を許さない。

 このまま諦めて、退けばそこまでの話になるのだが、それは彼女の、騎士としての矜持が許さない。

 そう、互いに譲れないものがあるのなら、落とし所を付けねばならない。


『約束の時は来た』


 だからアンナは勝負に出ることにした。

 剣を依代に、全霊の光魔力(マナ)を宿させ、それを相手に叩き付ける封級魔法ーーー“エクスカリバー”。これを放つことで、彼女を吹き飛ばそうとしたのだ。

 彼女と正面から戦っては危険だと、そう判断したのだ。

 先程のアシュテロの完全顕現において、他の隊員が恐れ慄く中、一度対峙していることもあってか、さして何も思わなかった。

 しかし今はどうだろうか。


『我が名の下に、語り継がれし伝説の聖剣を召喚せん、絶対勝利を体現せし王者の剣よ、ここに!』


 彼女は自らの内に、“恐怖”という感情が渦巻いているのを覚えた。

 かつて『ルフェル』や、大元帥であった『クロウリー』にさえ抱かなかった感情を覚えさせられていたのだ。

 そして今、


「あらあら…それで攻撃のつもりですか?」


 弓弦に放った時とは違い、殺すつもりで放った“エクスカリバー”を、片手で容易く受け止めた彼女によって、自覚させられた。


「この…ッ!!」


 依代とした神滅の焔刃(レーヴァテイン)を彼女の手から引き抜こうとしたアンナの身体に、空いた方の手に握られた薙刀の刃が当てられる。


「!!!!!!」


 腹部を貫かれた。

 滑るように身体を突き抜ける衝撃に込み上げるものを吐き出すと、赤い。


「これが攻撃ですよ…うふふ♪」


 刺し抜かれた薙刀の柄の部分でその箇所を強打され、彼女はまた地面を転がった。

 臓器をやられたようで、刺突箇所、口から出血が止まらない彼女は、震える手を患部に当て、彼女が唯一使える回復魔法ーーー光属性上級魔法“ディバインヒール”を使用した。

 たちまち傷は癒えていくが、失った血液は戻らなく、脱力感と眩暈を覚える中、立ち上がった。


「な…っ!?」


 そして戦慄した。

 彼女の血液が付着した刃の部分を、風音は舐めているのだ。


「不味くはありませんが…美味しい訳でもありませんね。 すぐに渇いてしまいます…」


 そして、確信した。

 弓弦の下に集まる女性は基本的に何らかの形で、他の女性と一線を画した存在であることが多い。

 神ヶ崎 知影の愛故の狂気と依存。

 フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナ、レイア・アプリコットのハイエルフという存在。

 ユリ・ステルラ・クアシエトールに関しても、彼女の中であることが思い当たるのだが、彼女もまた、おかしい。

 そして、眼の前の天部 風音。

 これまでの態度から、比較的常識人だとアンナは考えていたのだが、それら全てを否定しなければならない。


「クス…やはり…うふふ♪」


 倒れ伏している弓弦に、猛禽類のように鋭く、熱っぽい視線を向ける彼女もまた、間違い無く狂っていたのだ。 人間らしくないとも換言出来る。

 想定外だったのはある。

 彼が優し過ぎる男であることは彼女も認知していたが、ここまで、ここまで特殊な女性達に好かれてしまうとは。


「させるものかッ!!」


 風音の手が弓弦に伸ばされた瞬間、身体が勝手に動いていた。

 幾らでも替えが利く二本の剣を投擲し、レーヴァテインをしまうと、ホルダーから新たな封剣紙(アルマメモリア)を抜き取る。


「ーー!!」


 剣の銘を叫び封印を解き放つと、素早く風音の懐に踏み込む。

 鯉口を切り鞘走らせる。


「御免ッ!!」


 斬り抜け、刃を鞘に戻す。

 弓弦のものとは比較にならない程速く、鋭いその斬撃こそ、彼女が放つ最速の抜刀術。

 迷いを振り切り、一つの想いに全神経を集中させ、今手に握る、最も彼女達の抜刀術に適した刀を用いることでのみ、到達出来る極地ーーー彼女本来の剣術だ。


『光よ集え!!』


 弓弦に“ディバインヒール”を掛けたアンナは、砕けようとする足を奮い立たせて彼を担ぎ上げて距離を取った。

 風音の身体が宙を舞う。

 今ようやく、彼女の身体を衝撃が襲ったのだ。

 しかしそれを見送らず、彼女はその場を飛び退き、もう一度大きく横に飛ぶ。


「あらあら、読まれていましたか」


 先程まで立っていた場所に、風音が刃を突き立てていた。 宙を舞っている身体は焔となり消える。


「弓弦様を返して頂けませんか」


「断る。 この男は必要だからな。 手放す訳にはいかない」


 その時ようやく、


「風音さーん!! えっ、きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 再び正対する二人の間に、追い付いた知影達が現れるが、突如として止まったレヴによって身体を投げ出されてしまった。


「?」


 そのレヴはというと、困惑の色を見せる風音の前にまるで、平伏するかのように顔を下げた。


「レーヴ…?」


「危ない危ない…これはきっとアレだよ。 風音さんのあまりの女狐度に、恐縮しちゃったんだよ」


「クス…それは如何なものでしょうか」


 アンナが傍観する中いつの間にか、風音の瞳の色が黒に戻っていた。

 

「……良いよレーヴ、戻って。 …さてアンナちゃん。 ユ〜君をどこに連れて行くつもりなの?」


 その言葉で、全員の視線が彼女に注がれる。 その当人の視線はアンナの刀に向けられていたのは気の所為だろうか。


「分が悪いか…」


「待てアンナ殿!!」


 四対一で、勝ち目は無い。

 しかし、黒だらけの盤上に、弓弦(自分以外の白)の存在は必要不可欠であり、それは姿を変えることが出来る彼にしか頼めないことなのだーーーここで渡す訳にはいかない。

 だから彼女は逃げの一手を選んだ。

 隠し部屋まで逃げ切れればまだ勝機はあると踏んだのだ。


『光の檻よ、我が敵を封じ込めよ!!』


「ぐ…っ!!」


 しかしユリが放った“クロイツゲージ”を破壊し、足を狙った知影の矢を避けた先に立ち塞がる、レイアと風音の姿を見る。

 それは不可能と感じたアンナは二人を、悔し気に、抗いの意志を示すかのように強く睨み付けた。


* * *


「な…んだよこれ…」


 見せられた光景を見て言葉が出なかった。


「君が気絶している間に起こった戦闘だよ。 今も続いているけど、ちゃんと今は戻ってるから大丈夫だよ」


 視線の先の、首から上が見えない女性……ロソンは淡々と語る。


「これじゃまるで…」


 そこから先の言葉を飲み込む。

 確かにハイエルフという種族が居る以上、“あの種族”が居ても何ら不思議は無い。 寧ろ必然的でさえ思えてくる。

 だが実際見てみるとどうだろうか。

 突然豹変してしまったことを知るとどうだろうか。


「彼女と同化した時何か、感じなかった? 例えば妙に身体が熱い…とか」


 「覚えた」と答えた。

 彼女……風音と同化して楓となった時、俺の身体の中で何か、青白いものが燃えているような感覚を覚えたような気がした。

 だがそれは、悪魔達を吸収した時のような、魔力(マナ)の活性化ではなかったような気がした。

 それは、以前楓となった時には覚えなかったものだ。


「実は、君が知るのはもっと先の話だったし、君が知らないことだから教えられなかったんだけど、今気付いたことで、ノーカウント。 流石にあんなものを見せられちゃ、私もお節介を焼かずには居られなくてつい、呼んじゃったの」


 以前フィーから、「ロソンは全てを知っている存在であり、一部を知っている存在」だと訊かされた。 つまり今後風音がどうなるのかを知っていて、そのどうにかなることは、本来そのことを知ることになる時間軸では防げないと考えられる。

 つまり今なら何とか出来る可能性があるから教えたということだろうな、きっと。


「それで、何をどこまで教えてくれるんだ? それとも、何かを防ぐための手段を授けてくれるのか?」


 訊くと、思案してそうな雰囲気が伝わってきた。

 彼女がこうして、緊急に呼び出してくる程のことだ。 今の風音は相当危ないバランスの上に立っているのだろう。

 『すぐに渇いてしまいます』…彼女はそう言った。 つまり渇きを満たす要因があるということだと仮定しても良いはずだ。

 それに、先程のアレを見る限り……出会った頃に比べて、彼女が少しずつだがSになってきていたのも、その影響だと考えると、渇きを満たす要因の一つが自ずと弾き出される。

 俺の考えが正しければ、その要因の一つは危害を加えること。 人の不幸な姿を見ることだと思える。


「うん、そこまで思考がいっているのなら、教えられることも増えるね。 やっぱり神ヶ崎 知影と同化したことはプラスに働いているよ」


「知影と?」


 つまり同化の名残ということか。

 だがそれって、互いの瞳が交換されただけじゃないのか?


「うーん、それは彼女に残った君の名残だね。 何か他に思い付くことはない?」


 …知影と同化してから変わったこと?


「身体系統か?」


「…近いかな」


 となると…身体能力か? 適性訓練の時知影の指示を受けながら敵の攻撃を捌いていたが、無茶な動きをしていた…よな?


「正解。 君に残った彼女の名残は、彼女の思考判断、身体能力だよ。 そのお陰で、真剣を握ったこともなく、本当の戦闘をしたことがない君がああも簡単に、実戦に適応出来たし、頭も良くなった」


「それはまた…変にもらい過ぎたな。 まぁ良い、話を戻してくれ」


「いや、そもそも話はズレていないから戻す必要も無いよ」


 …つまり同化の名残が今回、キーワードになっていると…そういうことだろうか。

 だが俺と風音の間で混ざったもの…?

 風音…風音…?


「…嗜好?」


 最初に浮かんだのは、食べ物の趣味だ。

 風音と訊いてイメージするのは、和風だ。 例えば初任務(ミッション)の時、饅頭頼んでたしな。

 だがここ最近…コーヒー、それも俺と同じ無糖のコーヒーを平然として飲むようになった。 フィーは以前苦味を覚えたのが悔しくて徐々に舌を慣らしていったが、彼女の場合は突如としてだ。 具体的に、楓として俺の部屋でコーヒーを飲んでから、そうなった。


「そういうこと。 それが彼女に残った君の名残。 じゃあ君に残った彼女の名残は何だと思う?」


 これだ。 これが分からない。

 特に変わったことがないのだ。

 強いて言うのなら……


「演技力…とか?」


 風音と言えば物真似の上手さだ。

 物真似芸人なら間違い無く売れるクラスで似ている彼女の技術が俺にもあれば、色々と役立つ。


「そういうものじゃないんだ。 でもこれは…教えれない」


「…つまり、(かす)りもしていないということか?」


 彼女から帰ってきた答えは肯定だった。 さらに、「ピタリ賞じゃないとこれは無理」と言われるものだから手詰まりだ。 …ん、思考詰まりか?


「…今の私から言えるのは、定期的に同化してあげてってことぐらい。 それも、出来れば彼女の意向に沿う形で、自然にね。 それさえ守ってくれれば、暫くは大丈夫なはずだから」


 つまり…ストレスを溜めるなって解釈で良いんだよな。

 …中々難しい要求だが、仕方が無い。 『咎を共に背負う』って言ったのは俺だから、責任持って頑張らないと。


「だがどんどんジリ貧になっていくな…」


「増やしてるんだからしょうがないでしょ。 最初から神ヶ崎 知影一人に絞って彼女だけをただ愛していればそれで良かったのに、増やしてるんだから」


 …今の俺なんて、女性からしたら嫌悪感抱いて当然だろうな…ははは。

 と、そうだ。


「時間って今、止まっているんだよな?」


 以前ロソンが言ったことが本当ならこの空間は、外界と時間が隔絶されているらしい。 原理は分からないが。


「外って今、どんな状況なんだ?」


 「こんなところだよ」と、立体的な停止映像を見せられる。

 ミニチュアを上から眺めているようだがまぁ当然、リアルだ。


「アンナが俺を抱えて逃げようとしている…? 一体何のために…ん?」


「じゃじゃーん♪ 何を言っているかはこちらを参照だよ!」


 上から垂幕のようなものが下りてきて、彼女の言う通り取り敢えず眼を通して見ると、何やら変にベル○ら調の漫画が書かれていた。


『待つのよ女狐!』


『大人しくその人を下ろすのよ!』


『この人は渡さなくてよ!!』


 それぞれ知影、ユリ、アンナから伸びている吹き出しに書かれた台詞だ。

 知影だけ言いそうな台詞だが…後の二人は絶対に言わないだろ、特にアンナ。

 いやそれに、この台詞が無くとも十分その状況は理解出来る。


「これ私の描き下ろしなんだ」


 そうですか。


『お待ちになって!!』


 ページが切り替わる。


『ここから先は、御通し出来かねますわ!!』


『な、何ですってぇぇ…っ!?』


 姉さ…ん、風音、そしてまたアンナの台詞だ。

 風音の台詞が妙に、らしいが姉さんもアンナもそんなお嬢様言葉を話したことなど一度も無い。 特にアンナ!

 だが特徴を捉えているのは事実だ。 ネタに走りながらもその作業は丁寧で……って何言ってるんだ俺。


「すまん。 で、何でアンナは俺を抱えて逃げ出そうとしているんだ?」


「さぁ?」


「おい!!」


 どうやらこの、ベル○ら調漫画を見せたいがために話を運んでいったようだ。 正直に言うと、非常に時間の無駄なんだが…はぁ。


「ふふふ。 直接本人に訊くのが一番だよ」


「…ま、そうだろうな。 分かった。 じゃあ帰してくれ」


 そもそも今は『オペレーションデッドキャンセラー』の発動中だ。 レオン救出成功の報せも無いし、城での凶々しい魔力(マナ)も気になる。

 取り敢えず誤解があるのだったら解いてやらないとな。


「えー…帰っちゃうの? 久し振りに会えたんだからもっとお話ししようよ」


「…流石に状況が状況だ、また今度だ」


「…しょうがないなぁ。 じゃあ、落ち着いたらまた呼ぶからね」


 「あぁ、そうしてくれ。 じゃあまた今度」と別れの言葉を言うと、俺の意識は魔法陣によって生じた穴の中に吸い込まれていった。

「お、ディオルセフ。 ちょっとこっち来い」


「…トウガ、自重しようよ。 いつの間に新商品開発して…ぐっ」


「これか? 名付けて“えくすかりバー”。 ミルク味のアイスバーだ」


「…エクスカリバーのバーゲンセールだね」


「つべこべ言わずに食ってみろ。 中々だ」


「あ、ううん……ん、まぁ味は良いね」


「だろ? これは良い牛乳を使ってるからな。 近々店の方で出してみようと思っている。 …どう思う」


「どうって…悪くないと思うけど、わざわざBARで出すかって話だよね」


「となると昼辺りか?」


「艦内は微妙じゃない? やっぱり外での販売が売れると思うよ」


「そうか…あぁ、悪くない意見だ。 よし、なら考えておく」


「それが良いね」


「…となると…アレか…そうだな…それも? …悪くないか……」


「行っちゃった。 読んでほしかったけど…まぁ良いや。 『伸ばす手は迷い、彼女へと向けられる。 その手に握られているのは、武器。 変わる舞台上で演ずる演目は、やっぱり悲劇。 悲劇、悲劇、悲劇…惨劇ーーー次回、悲しき非力』…伸ばした手はまだ…って、どうしてこんな悲しい予告なんだろう…」

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