オペレーションデッドキャンセラー
分かってもらいたかったのか。
理解してほしかったのかそれとも、赦されたいと自分勝手に思ったからだろうか。
僕は彼女に打ち明けた。
全部、全部、打ち明けた。
彼女は途中まで静かに頷いてた。
途中からは身体を震わせていた。
最後の方では俯いて、その表情を窺えなかった。
僕は淡々と、起こってしまったことを吐き捨てるように語った。
最後まで言い終えると、想い出の眠る場所で彼女が、激怒して頬を打ってきた。
高笑いをしながらでも、追撃をするでもなく、それはこれまでで一番少なく、勢いの無い制裁だった。
なのに、これまでで一番、痛かったんだ……
* * *
二時間後、隊長を除く『アークドラグノフ』実行部隊全隊員と、博士とその助手が艦艇にある転送装置の前に集っていた。
彼等はそれぞれの獲物を握り、先頭に立つ隊長代理の作戦開始の命令を待っている。
その表情は、誰もが真剣そのものだ。
「作戦を確認するよ」
眼鏡を掛け直し、落ち着いた声音で話すセイシュウの頬は片頬だけ赤い。
「まず最初に潜入班が僕とリィル君先導の下、界座標【00002】にある、本部『ヴァルハラ城』に潜入。 直後、オープスト大佐が陽動班に連絡を入れる。 良いかい、オープスト大佐」
「えぇ、問題無いわ」
即答に頷き、話を続ける。
「目的地は本部四階、『浄罪の回廊』内螺旋階段の先にある処刑台に居るであろう当部隊隊長、レオン・ハーウェルの救出。 以上が潜入班の段取りだよ。 潜入班メンバーは、僕こと八嵩 セイシュウ大佐、セリスティーナ・シェロック大佐、フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナ大佐、リィル・フレージュ中佐だ」
「連絡を受け取ってから陽動班も行動を開始。 転送装置の転送限界位置である『ヴァルハラ城』から数百m離れた丘に到着した後に進撃し、頃合いを見て撤退。 以上が当作戦における陽動班の段取りだ。 メンバーは俺ことユヅル・ルフ・オープスト・タチバナ少将、ユリ・ステルラ・クアシエトール大佐、天部 風音中佐、トウガ・オルグレン大尉、神ヶ崎 知影大尉、ディオルセフ・ウェン・ルクセント中尉、レイア・アプリコット少尉…以上だ」
セイシュウの後を引き継ぐ形で、隊長代理である弓弦が締め括り、隊員の顔を順に、一人一人見る。 そして一人頷くと息を吸って、吐く。
「ではこれより、『オペレーションデッドキャンセラー』を発令する。 総員死力を尽くして事に当たりそして」
言葉を切ってもう一度全員の顔を流し見る。
「必ず生きて帰還せよッ!!」
薄暗い艦艇部に十人分の「了解」が雄々しく響いた。
* * *
転送装置の光が収まった時、潜入班であるセイシュウ達は、賑やかで若々しい声が聞こえてくる建物の側に立っていた。
「付いて来て」
ポンポンと何かを床に跳ねさせているような音に対して訝し気に、耳を傾けているイヅナと、嬉しそうに指輪に触れているフィーナにセイシュウはそう言って、歩き始める。
「懐かしいですわね…まさかこんな形でお邪魔することになるとは思いませんでしたわ」
「あら…ここはあなたの母校?」
「そうですわ。 ここは『ティンリエット学園』…私“達”がかつて、席を並べた場所ですわ。 …それにしても、学舎の存在も知っていましたのね」
ーーー界座標【05735】ティンリエット学園体育館裏。
「あの人に教えてもらったのよ。 『いつか皆で行けると良いな』って、以前言ってたのよ…ふふ」
「…私も?」
「えぇ。 私やあの人、風音でも教えられない、大切な事をたくさん学ぶためにいつか、行ってほしいと思っているわ」
「…コク」
トコトコと後を付いて来る小さな姿を見て、微笑まし気に口元を緩めた彼女は、それを不思議そうに眺めるリィルを見て微かにそれを引き締める。
「その指輪をはめるようになってからというもの、以前に増して、女性らしくなりましたわね」
「そうかしら? そう変わっていないように思えるのだけど…」
「‘やっぱり…形のある物をもらえると変わるものですの?’」
小さな声でそう訊いてくる彼女の視線の先には、何かの建物の鍵を開けて中に入るよう促しているセイシュウの姿が。
聞こえてくる鐘の音に少し反省しながらも、三人はその中に入る。
「…少し気を抜き過ぎじゃないかい? 今から敵地の真ん中なんだよ」
薄暗闇の中で振り向くその顔は苦笑気味だ。
「も、申し訳ありませ「着くまでは良いよ。 ただちょっと心配になっちゃってね…先に行っておくよ」あ、博士」
翻った白衣が暗闇に紛れるのにそう時間はかからなかった。 「大変ね」と、励ましているのか励ましていないのかよく分からない言葉をかけるが、それは彼女なりの優しさだ。
しかしそのような些細な気遣いは中々分かり難いもので、異性なら尚更だ。 だからこそ彼女は、自分の想いが一番伝え易い話し方に変え、伝え、伝わりーーーそんな小さな相互理解が重なった状態が今の二人なのだろうと、彼女は二人の円満の秘訣を訊いたような気分になった。
「ところでさっきの質問に対する答えだけど私の答えは肯定よ。 あの人に想われているんだと強く実感出来るのだもの…ふふっ、お惚気かしら」
「気にしないでくださいまし。 先輩の言葉は訊いておいて損はないですわ」
「先輩って…擽ったいけど、殊勝な心掛けじゃない。 でも無理しなくて良いわ、面白味に欠けるわよ?」
少し冗談めかした言い方に、どこか余裕を感じた。 それを例えるなら正に、人妻の風格。
心から相手を信頼し、信頼されていることを理解している成熟した女の姿。
だからこそ、左手の薬指にはまっている指輪にその美しさが引き立てられているのだと、少し悔しい気分になった。
「良いのですわ。 不安になっていますの…私が女性らしいのかどうかが…」
「女性らしさは人それぞれよ。 私から言わせてもらえばリィル、あなたも十分女性らしいと思うけど」
「どこが女性らしいのでして? 私は…う、薄いですし…料理も得手ではありませんわ。 すぐ手も出ますの……」
意識している訳ではないのだろうが、豊かな胸の下で腕を組んで、そこに胸を載せていたフィーナが、申し訳無さそうに腕組みを解く。
「そんな女性、世の中たくさん居るわよ? 普段見ている限りだと手が出るのは、あの男が悪いわ。 手が出ると言っても別に理不尽でなければ良いのよ。 料理は…愛情ね。 私も…多分、あの人もそうやって作っているわ」
「愛情であのクラスの料理が作れれば苦労はないですわ。 あなたの肉じゃがも…弓弦君の味噌汁も…私では遠く及びませんわ」
彼女にとって、フィーナと弓弦は理想の夫婦像の一つであった。
お誘いを受けて506号室を訪れると、エプロンを着けて仲良く調理している二人の姿を見ることなどよくあることだ。
勿論組み合わせが変わったり、人数が増えたり減ったりなど違いはあるが、自分もいつかあんな雰囲気を作れるようになりたいと、密かに思っているのである。
「いいえ、あれはあの人…ご主人様が相手に合わせるのが得意なだけ。 リィルの感想は少し、補正が入っているわ。 凄いのはあの人なのだから」
「それですわ」
ビシッと指を立てて指摘する。
「自然と相手を立てる…当たり前のようにそれが出来るのも凄いと思いますわ」
貶すではなく、立てる。 それも彼女には難しい事柄の一つだ。
「そう? 本当のことを言っているだけよ。 あの人は…ふふ、本当に凄い人だから」
「…コク。 …弓弦…凄い」
話に入ってきたセティが彼女の言葉に同意する。
「互いを尊重し合えることが…大切だと本で読んだことがありますわ。 本当でしたのね」
「あぁ…ありがちな言葉ね」
「円満の秘訣…は?」
「円満の秘訣? そうね…」
鸚鵡返しで訊いてから少し思案する。
「私から言えるのは、相手があの人だから…よ」
「惚気ですわね」
「言ったじゃない、惚気だって。 でもそうね…抽象的過ぎたわね」
また思案する。
「ありのままの自分を受け入れてくれて、曝け出してくれる人ね。 結婚生活を長く続けたいのなら、我慢や無理を、させてくれない相手を選ばないとね。 後は自分のために頑張ってくれたり……‘夜の相性ね’」
「よ、夜の相性っっ!?!?」
小声で聞こえてきた内容に、思わず声を裏返らせてしまう。
「…?」
「なんでもないわセティ。 …意外に大切よ? 優先順位は低めだけど」
「そ、そうですわよね…確かに必要ではありますわ…〜っ!!」
赤面して息を詰まらせるリィルを見ておかしそうに笑いを零す。
「プラスαで良いわ。 炊事洗濯も、最小限出来てやる気さえあればいずれ慣れるから同位置ね」
「お、男の人は」
「ん?」
「ど、どういったことが好きなのでして? その…夜の営みでは…っ」
「人それぞれだけど…「胸ですわね…はぁ」確かにあれば使え…ん``んっ! それはまた今度、二人で話すわよ。 ここで話すのは少し…」
言いながらセティに視線をやると、小さくも端正な顔立ちが傾いた。
「情操教育上悪いわ」
「…分かりましたわ」
クリッとした翡翠色の瞳に見つめられて、それ以上の、夜の恋愛相談は延期になり、やがて、扉の前で待っていたセイシュウと合流した。
「懐かしいですわね」
埃を被ったソファ、蜘蛛の巣が張っている天井からは電球がぶら下がっており、生活の跡の様子がある。
そこをぐるりと見回してから、リィルはしみじみと呟いた。
「そうだね。 授業が退屈な時忍び込んで寛いだものだけど」
「大抵レオン君が寝ていましたね」
「あはは、あいつはよく授業サボってたからな「人のこと言えませんわよセイシュウ君」おっと…そうだったかな」
「そうですわよ。 遅刻常習者で授業には出席しないにも拘らず、学習成績は常に全科目、満点の一位。 困り果てた学園は『特別修業免除者』という制度を設けて、全科目満点を維持することを条件に授業を免除した…今なお語り継がれる伝説ですわよ」
「伝説って程でもないよ。 ただ交渉しただけだからね…でも、よく覚えていたねそんなこと」
「忘れるはずありませんわ。 先生方の愚痴を私が一体、どれだけ多く訊いてきたと思っていますの? 一緒に居たというだけで全部、皺寄せがありましたわ」
遠い眼をする二人を不思議そうに眺めているセティの頭を撫でながら、フィーナは微笑まし気に見守っている。
呼称が当時のものに戻っている辺り、当時に戻ったような気分になっているのであろう。
「僕が言われた訳じゃないから知らないね。 どうせ、合法的だったんだから問題無いだろリィル君」
「あなたって人は…昔から変わりませんわね」
「変わるはずがないだろ、止まってるんだからさ」
「……。 分かっていますわね?」
「分かってるよ」
そして、突然冷めた空気になった二人にフィーナは、「まだ遠そうね…」と苦笑する。
「…何が遠いの?」
「さぁて、ね?」
翡翠色の瞳を片方閉じ人差し指を立て、得意気に首を傾けるフィーナ。
「……くっ」
上機嫌で主人の言葉を使う彼女の動作で、その身体の一部分が大きく揺れたのを見て、リィルが悔し気に顔を歪めた。
「ぷっ、これが胸囲の格さごっ!?」
「…さぁ、この『転移鏡』を通過すれば目的地、『ヴァルハラ城』ですわ。 気を引き締めてくださいまし」
鉄拳をセクハラ男の顔面に入れてから、リィルが部屋の奥にひっそりと置かれた鏡に触れるとその手が鏡の中に吸い込まれていく。
「…『転移鏡』とはまた、珍しい物があるわね。 行くわよセティ」
「…コク」
三人が鏡の中に吸い込まれて転送されたのを横眼に、一人残されたセイシュウは瞑目する。
『なんだい、またサボりかい?』
その瞼の裏には、ここで過ごした日々の記憶が浮かんでいた。
『いけませんわよレオン君、単位が危ないと聞きましたわよ』
『ま別に、良いじゃないか。 どうせ聞いたところで分からないし、実技の方で取るからな』
『お〜? それは私に対する宣戦布告かな〜? 受けて立つよ〜!』
『なんでそうなるんだ? 俺なんかじゃお前の馬鹿力には勝てない「馬鹿力言うな〜っ!!」ぐぉぉ…っ、物摘むように人の身体を持ち上げる今の力を馬鹿力って言うんだ…つつつっ!!』
『あははっ、まぁ馬鹿力を馬鹿力と言う辺り、二人揃って脳筋だもごふっ!!』
『デリカシーが無いですわよセイシュウ君……ッ!!』
『レ〜オ〜ン〜?』
『『ご、ごめんなさぁぁぁいっ!!』』
回想をそこまでで打ち切る。
所詮過去は過去だ。 幾ら思い描こうとも戻ることは叶わない。
眼鏡のズレを直してから、彼も『転移鏡』の中に入って行った。
* * *
ーーーヴァルハラ城六階大元帥の間隠し部屋
城にしては飾り気の無い部屋が、鏡を潜った先にあった。
カーテンは閉め切られ、明かりも点いていないが、点いていても困る。
「‘オープスト大佐、お願いするよ’」
「‘分かったわ。 …聞こえますか?’」
話せて嬉しいのか、声音が少しだけ上ずっているフィーナは行動開始の連絡以外にも、一言二言言葉を交わした。
「‘…信じられていますから。 必ずご主人様の胸へと二人で戻ります…はい。 愛しています…あなたは……はい♡’」
「…リィル…なんで…眼を輝かせているの?」
花開くような笑顔を控えめに浮かべる彼女に、尊敬の眼差しを向けているリィルにセティは、小首を傾げた。
* * *
「はは、信じているからな。 …あぁ俺は体力を、残しておかないとな。 …〜っ!? 少しは緊張感を持ってほしいし、言わせるなよ…っ、‘俺も愛してるよ’…ふぅ、垂らしか俺は…はぁ」
アークドラグノフ艦艇で待機していた陽動班は、フィーナの連絡を受けて行動開始となった。
まず弓弦が転送装置に転移先、『ヴァルハラ城』がある世界の界座標である、【00002】を打ち込むことで装置が起動待機状態となった。
「弓弦私は? 私にも言ってよ」
「…はいはい唇を奪いにくるな、もう作戦行動中だ」
柔らかそうな唇を近付けてくる知影を押し戻して彼は、装置を起動させた。
* * *
「立派だよユ〜君…『オペレーションデッドキャンセラー』なんて…隊長代理しっかり、務まってるよ…えへへ」
「ね…ん``んっ、レイア」
「おろ…ごめん、嬉しくてつい」
自らの姉代わりに苦笑しつつ、表情を引き締めた彼は丘から臨める、青の屋根が鮮やかな『ヴァルハラ城』の前に配置されている大軍勢を強く見据えながら、身体の中に居る悪魔に声を掛ける。
『キシャ…シャキキシャ』
お願いする。
彼が内に住んでいる悪魔『アデウス』に頼んだのは“アンチデッドワールド”という空間属性の魔法だ。
この魔法の範囲内で、一定以上傷付いた存在は、予め設定された空間に強制転移されるという、人に優しい魔法だ。
当然、そんな便利な魔法だ、消費魔力も尋常ではない。
「…俺と風音は派手に暴れるから、ペース配分には気を付けること。 囲まれそうになったら迷わず通信を入れて助けを求めてくれ」
「混成軍だけに、指揮官を潰せば崩せるよね」
「うむ、私の腕の見せ所だな」
知影が弦の張り具合を確かめ、ユリが狙撃弾を装填する。
「…人を殺すのが怖ければ、前に出るなよディオルセフ。 俺が殺る」
「行けるよ。 目一杯暴れないとね」
彼女達の脇を通り抜けてディオとトウガが丘を駆け下りて行く。
交戦が始まった。
背後で歌が聞こえたかと思うと、額に柔らかいものが触れる感触を覚えた。
「ユ〜君、バル借りてくよ」
「あぁ、行ってこいレイア」
風が吹き抜け、こちらに向かって放たれていた魔法が全て弾き飛ばされる。 「姉さんを頼んだ」と弓弦が呟くと『我は悪魔だ、あくまで自由にさせてもらう』と声が返ってきた。 やる気のようだ。
「凄い…! でもまたインフレだよぉ…っ!!」
愚痴りながらも知影の矢は正確に狙った獲物の急所を貫く。 弾いた相手にはユリの狙撃、もしくはディオとトウガのコンビネーションが襲い掛かる。
しかし少数では多軍に呑み込まれてしまう。 敵の目的はこちらの進行阻止なのだから、もう少し城まで肉薄しなければならなく、そのために弓弦はとある作戦を準備していた。
「シテロ、行けるか?」
その声に彼の身体から光が溢れ、女性の形になり具現化する。
「行けるの。 きゃっほー♪」
その姿が再び光に戻って、天高く昇りながら膨れ上がり、戦場に輝く太陽となる。
敵味方問わず、全ての者がそれに見惚れる中、太陽が弾けた。
「あーっ!?」
「む!?」
「…おいおい」
「え?」
弓弦が抱え上げた風音の着物が炎を纏い、“ベントゥスアニマ”を発動した弓弦の飛翔と合わせて燃え上がる。
「…上手い具合に纏められましたね。 楽しみにしていました御土産をついで感覚で済まされるなんて…私は…私はぁ…っ、扱い易い女なのですねぇ…っ」
「……すまん」
着物の袖で眼尻を拭う素振りをする風音に遠い眼をする。
「ならアレは今度にして、このまま一緒に乗るぞ。 風音の方が戦い易いはずだからな」
「クス…冗談で御座います。 ではその…思考の一致…でしたか。 どうすれば宜しいのですか?」
コロコロと表情を変化させる彼女に困り、天を見上げた弓弦は思案する。
「確かにな…だがそれ以前に、悪い気はするが皆を誤魔化さないとな」
「…クス…畏まりました」
焔の柱は太陽に届くと、巨大な魔力の大爆発を起こす。
誰もが呆気に取られる中、爆発の中を突き抜けるように、巨大な何かが風を切る。
その姿を見て、驚き、恐れを抱かない存在など居たのだろうか。
女性隊員らしき悲鳴が上がる。
怯えた者が逃げ戦線が崩れる。
見る者全てに本能的な恐怖を抱かせる黒緑の鱗に巨大な翼を持った存在が大きく咆哮を上げる。
それだけで地面が隆起し、隊員達が呑み込まれて地に還る。
地属性魔法を使える隊員からすれば悪夢のような光景であっただろう。
しかし悪夢であって当然だ。 天高く飛翔し、歯向かう愚者を見下ろすのは悪夢の象徴、悪魔なのだから。
その龍の背後、遥か天空に突如として魔法陣が展開された。
やがてそこから拡散するように放たれた、地に降り注ぐ焔に紛れ、その背上から紅の輝きを放つ、一筋の光が地面に落ちると、着地点を中心に地が裂けていく。
「天の炎は地の底を巡り…そして」
在るだけで恐怖を与える龍の背から降り立ったのは、見る者全てを見惚れさせる程に麗しい、真紅の着物に身を包んだ乙女。
「天へと還る」
彼女が突き立てた薙刀を中心して展開された魔法陣は、その言葉を合図としてその効果を発動させた。
「“焔の舞廻炎”!!」
天から降り注ぎ、地を焦がした焔は、穿った全てを巻き込み、消し飛ばした。
「クスクス…」
魔法を発動させた彼女はそのまま、笑みを浮かべながら炎を纏って、敵陣へと斬り込んで行った。
「せやっ!! …はぁ、はぁ…龍を召喚するんだ…また弓弦はスケールが違うなぁ…はは」
剣を振るいながら僅かに戦闘位置を下がらせているディオが、戦場の中心に降り立った龍を見て嘆息する。
「…っ、まだまだこれからだ。 息を上げている暇は無いからな!!」
手元に戻ったブーメランの刃の部分で敵隊員を斬り裂きながら、そんな彼にトウガが喝を入れる。
「…分かってるよっ!!」
「声だけ元気なのは結構だが…っ!!」
額の汗を拭いながら彼は、今刃を交えている敵隊員を睨む。
彼ら二人と対峙している三人の男性隊員は、統率の取れたコンビネーションを繰り出してくるので、今は若干押されている状態だ。
斧を扱うパワーファイターの前衛がディオを完全に抑え、トウガ自身も、短剣使いの隊員に抑えられている。
「避けろッ!」
「ッ!!」
さらにその中、追い討ちとして矢や、風魔法が放たれると避けるしか選択肢が無くされ、後退を余儀なくされる。
「…連絡を入れる?」
「…そうだな、これ以上押されるとキツそうだ」
どちらからともなくつけた視線の先ーーー轟音と共に地に降り立ったのは、悪魔龍アシュテロ。
その背中に跨った人物は、握る獲物を変形させると隊員達を薙ぎ払っていく。
一瞬騎乗している人物の姿が見えた時二人は眼を疑って凝視した。
「…弓弦…だよね?」
視線の先の彼は、気の所為か藍色の着物に身を包み、艶やかな長い黒髪ポニーテールを風に靡かせながら嗜虐的な笑みを浮かべて隊員を斬り刻んでいる。 トウガは不覚にも何か、胸にキテしまった感覚を振り払うために咳払いをした。
「…大方天部に女装させられたのだろう。 Sっ気があるからな」
「…だ、だけど人を痛め付けて笑ってるよ…?」
「変なスイッチが入ったんだな。 演劇肌の人間に、たまにそういう人間が居ると聞いたことがある…ん?」
ボウガン使いの男の方から謎の熟語が聞こえたような気がしたが、気の所為と割り切って戦闘に集中する。
「メライ、アレまさか…」
「あぁ気付いている。 あんな人がそうそう居て堪るものか」
「っ、じゃああそこに居るのは…お袋?」
「本格的に重症だね、ロイ…!」
ことも出来ずに、相手の会話に棒立ち状態だ。
「…あ、あいつを知っているのかい?」
そんな中勇気を出して、ディオが訊いてみると意外にも、肯定の返事がもたらされた。
「……ロイ、キール、俺は部隊に帰還するがどうする」
「それって敵前逃亡…いや、今更か。 挨拶出来ないのが悔やまれるけど、了解」
「俺はお袋に……はいはい」
どうやらそれが決め手となったのか、最後まで二人と交戦していた三人の隊員は、何故か帰って行ってしまい、呆気に取られつつも、ディオとトウガは他の隊員の援護に向かった。
「指揮訓練編のキャラクターで出番無いの私ぐらいなものだよね。 そりゃあ主人公はモテ男君だし、私なんか隊員Aで済まされるような立場なんだろうけど……って、皆私のこと覚えてる? ユズナハだよ。 ユズナハ・レイヤー。 はぁぁ…現在の登場人物中、闇属性魔法が使える人間って私だけなのに、何だか残念。 所詮はサブキャラクターってことか。 …でも、昇格ってあるから…確か一人サブキャラからメインヒロインに昇格した人が居るって言うし…うん、期待期待っと。 さぁて、私の初仕事! 訓練編の新規キャラ内では最初の次回予告担当者だね!! 『龍を駆る楓が戦場を支配しようとしている最中、転移装置付近に一人の男が立つ。 炎の匂いを染み付かせ、鈍い鉄の塊を握る男の前に立つのは、王者足る鎌を握る死の宣告者。 時を同じくして、楓の前にも、勝利を体現せし剣を握りし女が立ち憚るーーー次回、元帥』…私の出番、いつ?」