防衛、戦慄
「これは…凄いな…知影さん、行けそうか?」
ユリの後に続いて走って行くと、着いたのはセイシュウの研究室。
机に置いてあった武器を確認すると、ユリは二人にそれぞれ手渡しする。
彼女から渡されたのは可変式の長剣と、弓──に見える物だった。
「……」
弓弦は剣を鞘から引き抜いて掲げる。
研究室の証明に照らされて、鉄の刃が鈍く煌めいた。
「(…。かっけぇ……)」
「…うん。機械式の弓なんて、弓弦君の記憶でしか見たことがないけど…。これならいけそう」
知影も矢筒を背中に結び付けながら、弦の手応えを確かめ、頷いた。
「橘殿、神ヶ崎殿のためにリィルが用意した武器…名を、『ガンエッジ』と、『セレイズボウ』と言う。使い方は鞘と、矢筒にテープで付いている説明書きに書いてあるはずだ。時間が無いが、得物についての理解を欠いてはな。まずは一度眼を通してほしい」
弓弦と知影はそれぞれの得物に貼られた用紙に眼を通す。
『ガンエッジ』──使い方は普通の剣と変わらないが、音声認識機能が内蔵されているようだ。「シフト」というワードを使い手が呟けば、剣から銃に変形する一粒で二度美味しい的な画期的武器らしい。
「(…かっけぇぇ)」
変形武器。その名前だけで、男心を強く揺さ振られてしまう弓弦。内心で感嘆しつつ、読み進めていく。
銃形態では、グリップになった柄の一部分より飛び出た引き鉄を引くことで、内蔵された銃弾を最大六発まで発射することが出来る。再装填したい時は、一度の剣に戻してから再び銃に変形させれば再装填されるようだ。何回再装填出来るかまでは書かれていない。
またトリガーを強く握り続けることで、一度に装填されている銃弾を、最大六発まで連続で撃つことも出来るらしい。
そういった意味では「ガン」よりも「サブマシンガン」の表現か正しいのかもしれない。
もっとも「マシンガン」にしては弾数が少ないが。
「(……)」
こんな凄い武器を手にする日が来るとは。
感動すら覚えている弓弦の横で、知影が冷静に武器を見極めていく。
『セレイズボウ』──こちらも使い方は普通の弓と変わらず、変形機構があるのも『ガンエッジ』と同じだ。しかしこちらは、ボタンで弓から短剣に変形する造りのようだ。ボタンは藤頭の内側にある。
「弓」と呼ぶには少々、上端の部分──末弭と胴部分が太めなのだが、これは内部に刃が収納されているためだろう。変形すると、藤頭の辺りで綺麗に内側に折れ、末弭と本弭(弓の下端)が合体する。弦はその時、末弭の内に内蔵されたリールに巻き上げられて収納されるらしい。弦が完全に巻き上がると、弦の代わりに刃が出る仕掛けの実に科学的な武器だ。
両武器共に、変形機構があるのが特徴だ。故に乱暴に扱い過ぎると故障してしまいそうだが、そこは異世界テクノロジーを信じる他無い。
「…さて、準備は出来たな? 予想するに、甲板に出てからすぐ交戦することになるだろう。橘殿の役割は前衛で対象を可能な限り足止めすること。その間に私と知影殿は後方から確実に仕留めていく作戦でいこうと思っている」
ユリは真剣な面持ちで隊員服の内側を探っている。
懐から数発の銃弾を取り出して確認すると、それを元に戻した。
「…そうだ、魔法については聞いているか?」
ふと思いついたように訊いてきたのは、驚愕の単語について。
「(あ…眼が輝いた)」
弓弦の瞳が輝いたのを、知影は見逃さなかった。
「すまん、分からない」
そんな彼は、表面上では普段通りを装っていた。
しかしかつての日常の中では絶対に存在しないものに対して、半ば食い気味に即答した。
その様子からも、彼の内心における興奮振りは明らかだ。
『光よ集い、我らを守護する障壁と化せ…。プロテクト』
素早くユリが、何か詠唱の様なものを口遊む。
すると弓弦と知影の身体を、どこからか生じた光が包み込んだ。
「わ…」
「おお…」
温かな光は身体を包み込み、淡い膜のようなものを作った。
身体を覆う淡い光の壁を、言葉一つで出現させる。
その御業は、正に「魔法」と呼称されるに相応しいものであった。
「今のが魔法だ。私は光魔法が使える。これは“プロテクト”という名の、受ける衝撃を緩和する初級魔法だ。覚えてもらいたいのは魔法は一人につき一属性と言うこと…。無論誰が、どの属性の魔法を使えるようになるかは分からないのだが…。それは置いていて」
艦が揺れた。
どうやら、何者かによる襲撃が始まったようだった。
「これで二人が二人共、魔法を覚醒させる準備が整った。いずれ自然と覚醒するだろう。さて、時間が無い、以上だ」
そう言い終えた彼女は、いつの間にか狙撃用の銃を肩に担ぎ、ダッシュで通路を駆け抜けて行った。
遅れないように弓弦と知影も大急ぎで付いて行くと、視線の先で先行している彼女はどんどん進む。
食堂、商業区を通過し、甲板への階段を駆け上がって行く。
やがて扉を開け放ち、外に出た。
「…っ! 予想より少し早い…橘殿! 任せたぞッ!!」
扉を抜けると視界に現れる──陰色の、鷹達。
けたたましい声を上げ、飛び出したユリへと迫る。
「(…だが、俺の間合いだッ!)」
弓弦はユリの隣を駆け抜けた。
手にしたばかりの得物に、手を伸ばす。
鋭くした眼光で、獲物を射抜いた。
「あぁ! でやぁぁぁぁッ!!」
斬。
弓弦は腰に付けた鞘から剣を引き抜くと同時に、居合いの要領で“それ”を二体同時に斬り裂く。
「はぁぁぁぁっ!」
踏み込みながら返す刃でもう一体斬りつけ、一度距離を取る。
その最中、常にユリは牽制射撃を行っていた。
数を減らしていく陰の鷹。『アークドラグノフ』に攻撃を加えてた付近の敵を掃討すると、別の銃弾を装填しつつ満足気に頷いた。
「流石だ橘殿。リィルから聞き及んではいたが、鍛錬を積めばまだ伸び代はあるな…! 捉えたッ!」
引かれる引鉄。起きる撃鉄。
彼女が放った弾丸は彼方へと飛んでいき──煌めいた。
──ドゴォォォォォンッ!!!!
閃光と共に起きる大爆発。
起きた破壊の振動は、数多の陰達を塵に変えた。
「…凄いな」
一体どのような狙撃弾なのだろうかと弓弦が疑問に思っていると、隣から弦を引く音が耳に届く。
「…当たって!」
知影が放った矢も一直線に飛んで矢の進行方向にいる鷹の喉元を貫通していく。
二射目。風に乗ってしなった矢は、弧を描いて横から二匹を射殺す。
風を計算した曲射だ。
手にして一時間も立たない内に、ここまで得物を使いこなしてしまう。これも、彼女が「天才」と呼ばれる人物であるためなのだろう。
──だが、天才が何だというのだ。
彼女よりも、格好の悪い姿は見せられない。男として。
撃ち漏らされた陰の群に突っ込み、剣を振るう。
「せいッ! …邪魔だ!」
突出はし過ぎない。退路の確認も怠らない。
二人の女性陣に負けられない彼は、鷹の翼から突き出された槍状の陰を、身体を捻ることで避け、突き、斬り払う。
手応を伝える柄を振り抜き、叫ぶ。
「変形せよ!!」
そのまま、手に持つ剣の最大の特徴である変形機構を起動させ、なおも奥まで踏み込んで行く。
絶たれる退路。周囲を取り囲む、陰、陰、陰。
「橘殿! 出過ぎだッ!!」
それは勝利を焦る、素人の行動か。
ユリが咎める声を上げるが。
「ううん、大丈夫。彼は私達を…信頼しているから」
それは仲間を信頼する、勇士の行動。
知影がニ本の矢を番え、弦を引き絞る。
その間にも、剣は一瞬の内に形を変容させていく。刃の半分が内部に収納され、代わりとばかりに銃口が覗く。
未知の武器。しかし使いこなしてみせよう、男なら。
弓弦の脳裏に、先程読んだばかりの説明書が思い起こされる。
そう──引鉄を、引き続ければ良いのだ。
「これなら…どうだ!」
それのトリガーを握りながら自身を中心に回転斬りを繰り出す。
──ダダダダダダッ!!
回転斬りの途中で弾が発射され、包囲網を撃ち抜く。
「…一斉発射ってな…!」
煙を上げる銃口を振り払い、剣形態へと戻す。
『ふふふ。回転しながらトリガー引き続けただけなのに、様になってる弓弦♪ 素敵〜♪』
「……知るかっ」
褒めてるのか馬鹿にしているのか。恐らく、前者か。
わざわざ茶化すために通信を入れてくる知影に悪態を吐き、一旦後退する。
『わぁ♪ 赤くなってる~♪』
「…うるさいっ」
戦闘中。そう分かっているはずなのに、彼女はどうしてこうも落ち着いていられるのか。
「(大物だな…ったく)」
弓弦が剣や銃を振るいながら思案していると、耳元で小さくノイズが聞こえた。
『ふ…。初の実戦でこれか。頼もしいぞ二人共!』
ユリの声が聞こえた。
先頭に立っているのは弓弦だが、敵の多くを討ち取っているのはユリである。何十体も撃ち抜いている彼女だが、聞こえてくる声音に疲れの色は見えない。
しかしそのユリをして、弓弦と知影の実力は並外れていると思える部分は多かった。
「…剣道やってたからな」
『私弓道♪ 後脳内ゲーム♪』
ユリの言葉に二人は即答する。
弓弦も知影も、僅かに傷を負いながらも新人とは思えない程の善戦をしていた。
『ふむ、道場仕込みか。その見事な戦い振りも頷ける』
頼もしい新人──ああ、頼もし過ぎるとも。
ユリにとっては嬉しい誤算だった。
いずれ相当な実力者になってくれるのではないだろうか。そう考えると、躍ろうとする気持ちがある。
『良し…。このまま一掃する!』
内心では、時間稼ぎが精々かと思っていた。
しかし、一掃の可能性を視野に入れられる程には優勢の状況に持ち込めていた。
「了解」『了解!』
弓弦と知影は、ユリの援護を受けながら危な気の無い戦いを繰り広げる。
そして、陰の数は半分程度にまで減少したのだった。
──だが、異変が起こった。
その変化は、ただの変化にあらず。異変の中の、異変。異質な、変化。
優勢だったはずの戦況が、一転。迫っていた敵を蹴散らした状況が、一変。射していた光明に、暗く分厚い雲が立ち込める。
「何だよ…アレは…」
いきなり現れた“それ”。
その、何と禍々しいことか。
敵陣へと踏み込んでいた弓弦は慄き、知影とユリの下まで後退する。
三人で身を寄せ合い、事態を見極めようとした。
「…弓弦君…私…どこかで見たような…」
知影が既視感の恐怖からか、彼の袖を掴む。
身体が理解を拒む。人知を超えた圧倒的な存在が、この場に君臨しようとしているのか。
その前で人という存在は脆弱であり、無力。
生への本能が、「逃げろ」と喧しく叫んでいる。
「何故ここに…奴が…」
ユリはまるで、信じられないモノを見たかのように眼に見えて狼狽している。
大異変だ。絶望だ。彼女の顔は青褪め、ともすれば意識を手放してしまいそうになる。
放心しそうな己に、喝を入れる。
ここで自分が崩れてどうする。新人に後を託すといえば綺麗事だが、丸投げするのは最早恥。
何とかして、何としてでも生き延びなければ──!
「(やるしか…ない…!)」
距離はあるが、遠くではっきりと視認できる程の大きさの穴が開いた。
そこから現れる、超常的存在。
今までの“陰”とは比べ物にならない程の禍々しさを持った“それ”の名は──そう、アデウス。
人類の、最大にして最強の敵に分類される──悪魔。
「…橘殿、知影殿。しかと聴いてくれ」
公式での討伐記録などほぼ存在しない──未知の存在。
たった一体出現するだけで、多くの世界を滅ぼす「終わりを告げる者」。【リスクX】。
「ここにいる戦力は現在我々のみだ」
ユリは二人に…否、自分に言い訊かせるように言葉を発した。
「奴は恐らく【リスクX】アデウス。以前別の世界で、奴を退けたことがあると聞くが。その折は、その世界の連合軍と私達『組織』の精鋭合わせて六千人余りでの総力戦を行い、やっと退けられた程の化物じみた強さを持っている」
【リスクX】の出現は、一大事件だ。
出現するだけで、歴史に伝えられる。正に神のような存在。
自らの記憶を探りながら、ユリは淡々と続ける。
「当然代償──被害も大きく、その時は四千人近い死者が出た。ここまでで察しが付くとは思うが、この部隊の総力を合わせたとしても、勝率は、限りなくゼロだ。退けるために生命を、使う覚悟はあるか、二人共?」
生命を賭けるのではなく生命を使うと敢えて言った。
眼前に現れたアデウスという名称の“それ”は間違いなく化物であり、闇色の蟷螂に似た姿、二振りの巨大な刃が作り出すその、形容し難い異質が、今もなお気力まで奪われるような錯覚を覚えさせる。
「死」を目前に、戦えるか否か。
弓弦はその答えとしてガンエッジに弾倉を装填する。
そこに、迷いは無かった。
逃げることも出来るのに、戦意を窺わせる瞳で悪魔を睨む。
初めての戦場。初めての死地。彼が戦闘狂でないことは、微かに震えた切先が示している。
怖いのだ。だが恐怖を、畏怖を、唾と共に飲み込んで、それでも現実と抗おうとしている。
「(…戦士の顔だな)」
自分より二つ幼い青年の顔に、戦士の相を見た。
いずれは頼もしい武人となってくれるだろう。ここを戦い抜けば。
そう、戦い抜けば──。
「(…私が臆してどうする。私が屈してどうする?)」
嫌な予感を振り払い、自らを奮い立たせる。
守られる者が勇気を振り絞っている中、守るべき立場にある者が、勇姿を見せないでどうする。
「(私は…撃ち克つ。この恐れごと…貴様と言う存在を撃ち抜いてくれる…ッ!)」
ユリは、別の弾丸をポケットから取り出して装填し、詠唱を始める。
スコープを覗き、照準を悪魔に合わせる。
そして、静かに言葉を紡いだ。
『我は天帝より遣わされし審判者…』
己の全力を打つける。
静めた心が、魔法の威力を引き上げる。
ユリの身体から放たれた光が、幾何学模様を描き始めた。
「知影さん、いけるか?」
弓弦は、視線を隣の知影へと向けた。
「逃げろ」とは言わない。
そんなことを言おうがものなら彼女は絶対に怒るからだ。
『其の裁き則ち、邪たる者を滅する聖なる光也…』
ユリの詠唱が、静かに響く。
本命の接近が迫る静寂の中で、知影は声を弾ませた。
「ふふふっ、いきなりクライマックスかぁ…。弓弦君がやるなら、私も頑張るよ当然ね?」
余裕があるように強がっているが、彼女も顔がかなり青褪めている。
「あ…」
少しでも怖さを紛らわそうと、彼女の髪をクシャクシャ撫でながら、彼等はその時を待った。
悪魔に続くようにして、次々と姿を現す陰達。
様々な獣の形をした陰が迫り来る中、ユリが小さく息を吸った。
直後、彼女の身体から眩いばかりの光が溢れ、陣が完成した。
『光、あれかし…ッ穿ち! 滅却せよ! …ジャッジメントレイ──ッ!!』
魔法陣が強く光を放った。
駆け抜ける、光、光、光。
陣を起点に光が氾濫し、陰を押し流す。
耳を劈くような音と、眩い光線が視界を埋めていく──!
──シャアアアアアアアアアッッ!!!!
戦いが、始まった。
「さて、前回はこの『アークドラグノフ』が、発掘された戦艦を再利用していることを説明しました。今回はその続きを話していきましょう」
「…本編が大変なことになっているんだが、無視なのか」
「無視ですわ。さて、発掘の詳細ですが。所謂『狭間の世界』と呼ばれる世界は、世界と世界の間に存在する世界。言わば、どこにもあって、どこでもない世界です。基本的に、隣り合う二つの世界を結ぶ架け橋と呼称されていますが、それは『狭間の世界』における一つの側面でしかありません。あくまで『狭間の世界』と言う無限に広がる宇宙を切り取った、ほんの一欠片なのです。ですから『狭間の世界』の本質は、無限。「在る」世界にも、「在った」世界にも繋がっているとされます」
「…謎かけみたいだな。つまり…あまり分かっていないってことか」
「現在も研究者達が調査をしていますわ。ただ事実なのは…消滅した世界からの漂着物が流れ着くこともあると言うことですわ」
「…消滅した世界」
「遺跡は元々あったのか、それとも漂着したのか…定かではありません。ですが『狭間の世界』に存在していることは確か。在る、在った、在るかもしれない。そんな世界の残滓が、『狭間』と言う混沌の中で実体化しているだけなのですから。一説では、狭間の世界に時間の概念が無いともされています。しかし『狭間の世界』に常駐する私達は、一日を体感している。これが何故かと言いますと──(割愛)」
「…何の話をしているんだ、これ」
「さて、そんな世界の遺跡に眠る浪漫の塊…戦艦や飛空艇がありますが、これがまた夢のある話。さあお立会い! 何と第一発見者の所有権が認められているのです!」
「…あ、話が戻って来たな」
「…冷めてますわね」
「いや、これでも興奮はしている。機械は好きだからな、男並みに」
「燃えますの?」
「あぁ。自分だけの乗り物って言うのは何かこう…魂に響くよな」
「…そこまで言われると、逆に胡散臭く思えますわ」
「男だったら、自分の船ぐらい持ちたいさ。行きたい所に行けるって素敵なことだろうし…な」
「…行きたい所に行ける…ね」
「…何か含みのある言い方だな」
「…若い頃は、そんな物語を夢見ましたわ」
「…ん?」
「コホン、では予告ですわ。『生じた「空間」は、一対の鎌を有する。鎌は理を断つ。触れられれば最後、弱者は己が故郷の地を踏むことはない。触れられれば最後、弱者は空間の迷い子となる。神話に語られし存在が一柱に、絶望が加速する。されども人は抗う、希望に向けて。ただひたむきに──次回、顕現する“恐怖”』…最強に位置付けられる敵、現る」
「…時?」
「…さぁ? さ、弓弦君。戦いに戻ってくださいまし」
「…主人公酷使し過ぎだろ…」
「…自分で言ってどうしますの。ほら!」
「はぁ…」