夏休み短編 “◯◯ッ!? ◯だらけの地平線”
時に生命の母と称される母なる海が、水平線の彼方にまで広がっています。
散りばめられた白亜の砂浜は、熱気を跳ね返し、揺らめく陽炎を地平線の彼方にまで広げています。
ですが私が視線を向けているのは広大で美しい景色ではなく、そこで御戯れになっている、美しい方々で御座います。
皆様思い思いの…水着に身を纏われ楽し気に遊ばれている姿は例え、同性である私の心も躍るというものです。
ですがそれはあくまで、比喩でして、私の心が躍っている理由は別にあります。
それは……
『アレ…だな。 これは眼福って言うのか? 皆綺麗だな…あ、揺れた』
この御方が私の中に居られること。
胸が締め付けられ、心の臓は早鐘を打ちます。 頰は自然と上気しておりますし、下腹部の辺りが少々…うふふ、はしたないですね、はい。
さて、美と形容を付けなくてはならない程に麗しい女性を私の眼を通じて眺められているこの方は、橘 弓弦様。
咎に塗れた私を支え、家族と言って下さった大恩ある御方であり、私の胸の内を占める、淡い想いをいつか、伝えたい相手で御座います。 才能があるのか、女難の相を御持ちなのか……この人は本当に美しい女性に好かれる運命にあるようです。 所謂競争率が高い御相手…で御座いましょうか。
申し遅れました。 私は天部 風音。
珍しい苗字と評されたことも過去に御座いますが、私自身は何処にでも居る、極々普通の若女将で御座いました。 斯様な私がこうして、数多の世界を渡り歩くこの御方と共に道を歩めるのは、何らかの縁やもしれません。
クス…小さな出会いにも、運命を感じてしまうことが、ある……御恥ずかしながら今の私は、恥じらう乙女と称した所でしょうか。
「あらあら…私は如何でしょうか?」
『如何と言われてもな。 俺はナルシストじゃないんだから、自分の身体のこと褒めようなんて気が起きないんだよ』
今の私と弓弦様は、一つの身体を共有してこの砂浜に立てられた…パラソル、の下に座っております。
此方の身体、実は弓弦様の御身体に私が入る形となっており、元々は弓弦様の御身体なのですが、とある魔法により、女性の身体となっております。
もっとも…身丈を除いて女性部位の大きさは、私のものとほぼ変わりませんので、違和感を感じることは御座いません。
鏡に映したとしたならば艶のある黒髪を上で一つに結びそこに簪を挿し、いつも通り着物を着用しています。 弓弦様も流石に、水着を着用するのは出来なかったようですので少し、残念ではあります。 この際無理強いをする訳にも参りませんし、私としてはこうして弓弦様と一緒に居られる今の……玄弓 楓と名乗っておりますが、この状態で居られることの方が楽しいです。
あ、玄弓 楓と言うのは、弓弦様の「弦」と「橘」の木偏、風音の「風」を合わせた名前で御座います。 折角ですし、やはり少々凝ったものが良いですよね。 良いと思います寧ろそれ以外、考えられません。
「クス…私達の子どもにはどのような名前を付けましょうか?」
『…急に訊かれても…うーん、そうだな…』
あらあら…はぐらかされると思っていましたが、意外にも真面目に考えられている御様子。
『…そうだ。 楓繋がりで「紅葉」や「椛といきたいが…木偏だし何だかな…』
「…確かに木偏の名前は縁起が悪いと伺ったことがありますが、紅葉は悪くないと思います」
『漢字はな。 他の読み方は…こうよう…くれは、あかねとも読めるか…ん? なぁ、茜はどうだ? 茜色とかのさ。 後、朱音も良いな。 朱色の朱に音だ』
……。
『確か親から名前を取ると、何か親と同じ因縁を背負わされるとか訊いたことあるから…茜だ! 女の子なら茜、どうだ!?』
そこまで……
『画数の吉凶は分からないが漢字としても形綺麗だし、響きが風音と同じだしな。 読み方も間違えないはず……ん、結構良いんじゃないか? なぁ、シテロもそう思うだろ?』
興奮のあまりか自分の中に住んでいる悪魔に意見を伺っている弓弦様の、嬉々とした声が頭の中に響いています。
だからでしょうか。 胸の締め付けが止まりません……恋しくて、愛おしくて、切なくて…胸が苦しいです。 知影さん曰く「胸キュン」と言うらしいのですが…確かに、言い得て妙で御座います。
茜…茜。 「橘 茜」…そうですね、いつか私とこの御方の間に娘が産まれたらその名前を付けましょうか、うふふ♡
『よし、風音はどうだ?』
「クス、そうですね。 私も良いと思いますよ♪ では次に男の子「楓」…あらあら」
波と遊ばれていた皆様の内、一人の女性が此方に向かっておられます。
美しい金糸の髪に麦藁帽子を乗せ、上着から覗く豊かな胸部を黒の薄い布地で覆っておられますね。
細く括れた腰には弓弦様曰く、「パレオ」という布が巻き付けられており、弓弦様曰く、「秘められたアダルティが光る装い」だそうです。
「さっきからずっとここに居るけど…あなたは泳がないの?」
周囲の眼を窺われながらその御方、フィーナリア・エル・オープスト・タチバナは少々困られた様子で、腕を組まれ私の身体を頭から爪先まで順に見られます。
組まれた腕の内左腕先の薬指には精巧な細工が施された、指輪がはまっており、優しい光を放っています。
御恥ずかしながら私はかつて、旅館の女将以外に、鍛冶屋も生業とした身なので、一瞥しただけでその完成度が分かります。
またもともと完成されていた装飾品を、身体の一部とされてかつ、フィーナ様の美しさを引き立たせる、一助となっていることからも分かることがあります。
それはこの方に対する、指輪を贈られた方の想いの強さで御座います。
本当にこの方のことを想われていることが、痛い程に伝わって参ります……痛い程に。
『…フィリアーナな』
…失礼致しました。
この美しい女性の名前はフィリアーナ・エル・オープスト・タチバナ。
名前から御察し頂けると思いますが弓弦様…ユヅル・ルフ・オープスト・タチバナ様の、ハイエルフとしての奥様でいらっしゃいます。
「申し訳ありません。 この姿で泳ぐ訳にも参りませんので」
「…そうよね。 確かにあなたが喜んで女性の水着を着ていたら、困っちゃうわ。 …でも見ているだけでも暇でしょ? …お土産だと言っても、これはおかしいと思うわ」
…あぁ、そうでした。
弓弦様のとある御願いに従った御礼として、私は楓としてこの場に居られるのでしたね。 失念しておりました。
「……なら、コホン」
フィーナ様は自分達以外に他の方が周囲に居ないことを確認なさってから、咳払いをされました。
「‘あの…ご主人様。 背中に日焼け止めクリームを塗ってくれませんか? 魔法ですと余計に疲れてしまいますし…お願いします’」
同時に雰囲気が落ち着いた女性のものから、主人に従う従者のそれに変化しました。 弓弦様曰く「クーデレ」だそうですが、私はよく存じておりません。
ですが男性は、自分だけに見せてくれる一面がある女性に胸を高鳴らせるのだとか。 あざといですね。
「…分かりました」
本心では御断りさせて頂きたいのですが、フィーナ様にとって楓とは、“女性に姿を変えただけの弓弦様”ですので私は、“私の指示を受けて女性らしい行動を取られている弓弦様”を演じなければなりません。
ですので、頷くしか選択肢が用意されていないので御座います。
「…ちょっと待ってくださいね。 今…横になりますから」
帽子を取りハイエルフの証である犬耳を露わにして、俯せになられたフィーナ様の肌は、まるで真珠のようにスケベスケベとしており、羨ましいです。
『……犬耳に元気が無いな。 きっと寂しかったんだろうな…はは。 んで、スベスベな』
…失礼致しました。
やはり慣れない言葉を使うと、どうしてもおかしくなってしまうことが否めませんね。
言葉とは難しいもので御座います。
「…ではお願いします。 クリームはこれを」
フィーナ様は上着を脱いで俯せになられると、着用されている水着の…ホックを外されます。
「『……ゴクっ』」
ビ、ニールシートと自身の身体の重みにより挟まれた御身体の一部が形を変え、これでもかとその存在感を主張しておりますね。
微かに息が荒くなられているのはおそらく、弓弦様に背後を取られるという状況に興奮されているのでしょうか。 その妖艶な姿に思わず、意図せず弓弦様同様に生唾を飲み込んでしまいました。
手始めにクリームを小銭大、容器からフィーナ様の背中に出します。
「ひゃ…っ」
クス…予想より液が冷たかったのか犬耳が張り、謎の言葉が零れます。
「参ります」
液が乾くより迅速に、液を広げていきます。
馴染むのが早いのは、それだけ肌が瑞々しいということでしょうか。
「ん…あっ♪ んん…っ、あぁ…♡」
あらあら…もうかなりの、御高齢であるにも拘らず、そんな艶のある御声を出されても宜しいのですか?
『…はは、可愛いなぁ』
……。
「っ!? そんないきなりひゃっ! つ、冷たいです、冷たくて気持ちきゃんっ!?」
あらあら…うふふ、あはは♪
「きゃん、きゃうんっ!? ご、ご主人様ぁっ!!!!」
「弱いのはここですか? ここですよね、ここしかありませんよね、うふふ♡」
「っ、だ、駄目よこんな昼間からっ、そんな…そんな弱い所を的確にぃっ!?」
弓弦様の知識を使えばフィーナ様の弱点など手に取るように分かります。
さぁ、クス、うふふっ、うふふふふっ♪ 皆様此方が気になられていますよ? 見られてますよ? あはは♪
「ね、ねぇ楓…皆見てる…ほら、み、皆がこっちに来るから止めて、ね? そう言うのは夜、夜にたっぷりやった方が良いと思うわ、ね!?」
『か、風音どうしたんだ!? ちょっと今のお前おかしいぞ!?』
クス…今は、私のものである弓弦様を誑かしたのはこの口ですよね? この身体ですよね? この犬耳ですよね…うふふ。
「うわぁ…見てユリちゃん、百合百合だよ…」
「う、うむ…楓殿はSだったのか…うむ」
仲良く、弓弦様曰く「ビキニ」と言う種類の水着を着られた御二方がフィーナ様の、喘ぎ声を聞かれていらっしゃいました。
フィーナ様が乱れる姿を興味津々に見つめられている方の御名前は、神ヶ崎 知影さんです。
弓弦様曰く、「ホルターネック」と言う種類の赤を着用されている彼女は紫紺の髪で二つに結んでいられます。 心なしか表情が暗く見えてしまうのは、おそらく弓弦様がこの場に居られることを知らないためでしょう。
知影さんは、本当に弓弦様への愛が多い方で、あの方に好意を抱いている女性の中ではもっとも依存、心酔されている女性です。
曰く「ヤンデレ」だそうで、その愛の重さと、扱いに弓弦様も手を焼かれていますが、やはり男性に人気がある型の女性だと思います。
もっとも、それ故に弓弦様は「自分に好意を抱いているのは吊り橋効果の一種だから、その内きっと釣り合う方に巡り会える」と信じられており、すれ違いの原因になっていまが弓弦様は、“本当の恋を理解する未来”のために事ある毎に彼女を気にされています。 ですから弓弦様の思考の思考を埋め尽くしているのは間違い無く、この人でしょう。
もう一方。 曰く、白の「チューブトップ」を着用されている女性の御名前はユリ・ステルラ・クアシエトールさんで御座います。
先日の二人旅行…もとい、任務より帰還されてから女性らしさを増されたような感覚が致します。 半日でこの感想を抱けた訳ですから、劇的な変化であったと言えましょう。
一人の友人として、美しさを増した彼女の成長は嬉しく思えますが、同時に、恋の鞘当て相手が手強くなったことは恐ろしく思えますね。
『お、おい頼むから止めてやれ…あまり弄り過ぎると臍曲げるし、夜寝かせてくれなくなるから…!!』
「っぅ!! はぁ、はぁ…!! も、もう…っ!!」
フィーナ様は水着を直用し直されると、喜び荒ぶる犬耳を隠すかのように帽子を被られ、リィル・フレージュさんと遊ばれていた妹、イヅナ・エフ・オープストの下に向かわれました。
…イヅナとリィルさんの身体の一部の丈が変わらないと思ってしまったのは、いけないことですね。
「でもさ…出来れば弓弦と来たかったなぁ…はぁ」
「…知影殿。 私は今日その言葉を、百は訊いたぞ。 確かに弓弦が居ないことは残念だが、男子禁制なのだから仕方が無いことだろう?」
「…そんなの無視して来てくれれば良かったんだよ。 女装するとかも出来た訳なんだし。 それに妙にタイミングが重なった風音さんの行動も怪しいと思うんだ」
「うむ…しかし風音殿が今日、大掃除をすることは暫く前から決まっていたことではないか。 怪しいも何も、タイミングの重ねようが無いと思うぞ?」
「分からないよ〜? だって風音さん腹黒くて計算高いところあるし…もしかしたら今頃きっと、二人仲良くイチャイチャしながら掃除してるかもしれないよ?」
『言われてるぞ、風音』
…弓弦様は意地悪で御座います。
『まぁ予想どうこうは兎も角、“クイック”使い猫の手も借りて二人と一匹掛かり、大急ぎで掃除終わらせたもんな? いつも以上に必死な顔をしてたのが印象的だったよ、今日の風音は』
このように揶揄われますが実は、そう仰っている弓弦様も、大変真剣な面持ちで掃除をされていました。
…えぇ分かっています。
弓弦様のこと、掃除をされるのが御好きなだけでしょう……
「イチャイチャ掃除…まったく想像が出来ないがどんな掃除だろうか?」
「それはきっと、アレだよ。 干すために立て掛けてある畳で畳ドンしたり、掃除の最中体勢を崩した弓弦に押し倒されて、着物が肌蹴るドキッ体験とか…やってそうだけどなぁ…羨ましい」
「む。 ならば休憩のために腰を下ろし落ち着いていた風音殿の頰に、冷えた飲み物を当てて、少し驚いた姿を見ながら弓弦が朗らかに笑っていたり…していたりするのか?」
「あ! それ、していていそうだよ! 良いなぁ…『きゃっ…! 弓弦様、驚かしにならないで下さい…』って風音さんが言って? 『ははっ、良いじゃないか。 ほら』って会話の流れが…? 楓さん、どうかしたの?」
『…知影……恐ろしい奴』
二人の会話は全て、実は既に本日起こったことで御座います。 重き愛による想像力は眼を見張るものがあります。
ですが弓弦様、悪乗りなさるあなた様もあなた様で御座いますよ? 突然不意打ちをされて…私を振り向かせてからされた得意気な顔の、破壊力のなんと凄まじきものか。
嬉しさのあまり暫く、まともにあなた様の御顔を見られなかったではありませんか……うふふ♪
「クス…いえ、私のことはどうか御気になさらず、どうぞ御楽しみ下さいませ」
「そっか…楓さんは泳がないんだよね。 大丈夫?」
「はい。 こうして皆様が戯れられている姿を拝見出来るだけで、十分で御座います」
「…うむ。 何かあれば呼んでくれ。 私達で手伝えることなら手伝おう」
「ありがとう御座います♪」
元の場所へと戻り、ユズナハ・レイヤーさん、トレエ・ドゥフトさんとビーチバレーをされる御二方。
楽しんでおられるようで、私も嬉しいです。
「こんな所でボーッとしちゃって、良いの? 水着の女の子に囲まれるのって中々出来ないことだと思うよ」
いつの間に座られていたのか、横からレイア・アプリコットさんの声が致しました。
口振りから判断いたしますとまさか、私が弓弦様だと思われているので御座いましょうか。
「良いのですよ。 知影さんとユリさんにも申し上げましたが、皆様が御戯れになっている姿を拝見出来るだけで、十分で御座います」
「おろ…そっか。 でも凄いね。 ユ〜君本当に女の子みたいになったみたい」
「それはどう言ったことでしょうか?」
「誤魔化さなくても良いよ。 魔力で分かるし、ユ〜君の面影があるもの」
「面影…で御座いますか」
曰く「ワンピース」という型の、皆様と比較して露出が少な目の水着を着用されているレイアさんは頷かれると、「ユ〜君と…風音ちゃんかな? 二人を足して二で割った感じがするよ」と、なんと見事に当てられました。
この方は…底が知れませんね。 ですが当然とも言えましょうか……?
『…知影ですら気付かないのに、よく気付くもんだな…』
弓弦様も感心しておられます。
「…うーんそうだね、二人の子どもだったら丁度こんな感じになるんかな…えへへ」
「こ、子どもで御座いますか…」
そうとしか返せませんでした。
私と弓弦様の御子が今の楓のように……
『はは、なら将来茜は風音似の綺麗な、和って言う感じの大和撫子に育つんだろうな。 着物が似合って少し悪戯好きで、笑顔が最高に可愛くて、親の色眼鏡抜きでも、美少女って断言出来る別嬪にな……』
「ありゃ…おーい」
私と弓弦様の御子、茜は美女…親の色眼鏡抜きでも断言出来てしまう…親…親、親で御座います。 私が母で弓弦様が父…なんと素晴らしい響きで御座いましょう!!
二人結ばれ『鹿風亭』を再建し、まだ見ぬ娘息子と親子で旅館を切り盛りして…昼は労働、夜は弓弦様の盃に一献御注ぎし毎日過ごすのです…あぁ…弓弦様そんな…御世辞だとしても嬉しいです…♡
「おろ、どっか行っちゃった」
「フン…また間抜けな顔をしているのか…」
『風音、アンナが来たから戻って来い』
…取り乱しました。
曰く「競泳水着」を着用されているこの鳶髪の女性の名前はジャンヌベルゼ・アンナ・クアシエトールさん。 先程のユリさんと同じ名前ですが、直接の関わりは無いそうです。
紆余曲折の結果、この方もまた、楓が弓弦様であることを認識されています。
状況が状況であったとは言え、あの時一眼で見抜かれてしまわれたものですから、観察眼は相当なものと御見受けしておりますが果たして……
「見下げ果てたものだな。 男禁制の場に堂々と居座るとは…!」
「きゃ…っ!!」
「何だこの胸は。 いかにも本物のように見せて…一体どれだけのパッドを入れたのだ…!!」
着物の上から私の胸を弄られる手は徐々に激しくなっていきます。 眉間に皺を寄せられた御顔は険しく、正に鬼の形相をしておられます。
「答えろ、私より少し大きいとは何事だ、当て付けのつもりか当て付けのつもりなんだな…!?」
「…んっ」
「あ、アンナちゃんそんな揉みしだいちゃ、めっ! だよ」
「知るか。 何枚入れているのか、私が確かめてやろう…!!」
「アンナちゃん!?」
レイアさんの制止を無視し襟元を手で掴まれ、私の着物を肌蹴させました。
露わになったものを見て固まられたアンナさんは、気不味い御様子で眼を逸らされ、「転換したのか…そうか」と寂しそうに呟かれます。
そのまま優しい手付きで着物を手直しされると、神妙に座られました。
『おい…どうするんだこの空気。 凄い変な空気になっているぞ…!?』
一瞬感じたリィルさんの視線が、「く…っ」と語っておられました。 もしやかなりの方々に見られたのでしょうか…?
ふと気が付くと、彼方此方から視線を感じます。 皆様が私を見つめられていますので居心地の悪さを感じてしまうのが否めません。
その視線の殆どが、私の百合疑惑や体型で勝ち誇っている点について語っているので御座います。
…私は百合では御座いません、弓弦様一筋に御座います。 ですがどう誤解を解いたものでしょうか…?
「じゃあこうしよっか。 ユ〜君、着替えて泳いじゃおう」
『な…っ!?』
「アンナちゃんの説得で泳ぐことにしたってシナリオでいこう。 そうすれば多分、誤解解けると思うよ」
…成る程、そう致しましょうか。
「…そうですね。 ですが…」
「大丈夫。 水着は私が一緒に選んであげるから安心して。 ほら善は急げ、行こ?」
『…嘘…だろ…ぉっ!』と戦慄なさる弓弦様ですが、水着も、女性物の下着もそれ程変わるものではありません。 ここは勘弁して頂くということで手を打ちましょうか…クス。
「じゃあアンナちゃん、皆説明お願いね」
「…分かった」
半ば逃れるようにその場から離れると暫くして、停泊している戦艦に到着しました。
艦内は空調設備が効いているので外より涼しく、過ごし易く感じます。 一人悶え苦しまれている弓弦様の悩ましい吐息が頭の中に響きまるで、私の理性を溶かしているかのようで御座います。
「ユ〜君は恥ずかしがり屋だから…うーん…これとかどうかな?」
脱衣所で待機している私は、扉の隙間から差し入れられる水着を吟味し、どれが今の弓弦様をより、恥ずかしがらせることが出来るのか思案しております。
『…っ』
はい、決まりですね。
「…これを着ようと思います」
「おろ…分かったよ」
受け取り着物を脱いだ後に、上から着用します。 …少し窮屈に感じますが、許容範囲ですね。
『…おい風音、今ならまだ引き返せる。 頼むから止めてくれ…な?』
身体を共有しているということはつまり、感覚も共有していると換言が可能で御座います。
つまり、現在私が覚えている胸部の窮屈さは、弓弦様も覚えておられるということ…うふふ♪
『た、頼む!! 戻れなくなるっ!!』
「‘クス…私と二人、共に堕ちましょうか…二人で…うふふ♪’」
膝の辺りまで下ろし脱衣を済ませた後に、新しいものを穿いていきます。
この背中を駆け巡る背徳感が堪りません……これを上げ終え密着させると、弓弦様はどのような感覚を覚えられるのでしょうか。
叶うのならば病み付きになられてしいものです。 そうすれば…クスクス。
『や、止め…っ』
あぁ…いつまでもこのような時間が続けば……
* * *
「……。 あらあら」
…「続くように」と願った瞬間、終わりを迎えてしまうのは悲しいもので御座います。
せめて後、ほんの少し続いたのならば楓の水着姿と、何かに目覚められる弓弦様の御姿を見られたはずですが…大変残念です。
ですが、楽しめたので良しとするのも、一つの考え方では御座いますね。
「はぁ…悲しいです、残念です、勿体無いです」
本日はイヅナが、弓弦様とフィーナ様の下に向かわれたため、この部屋、502号室で横になっている人物は私一人となっております。
弓弦様が居られない間寂し気な表情を浮かべられていたイヅナの犬耳が、弓弦様の部屋である506号室に入る瞬間、荒ぶられていたのが印象的で御座いまして、その後レイアさんの頰を打たれて御戻りになったフィーナ様に助言をさせて頂いてから、此方の部屋に戻り床に就きましたが……一人の夜にこのような夢を見てしまうというのは中々どうして、私も寂しく感じていたものなのですね。 我ながら少々驚いております。
…御話は変わりますが。 近頃私、突然不思議な感覚を覚えることが御座います。
ほら……
「っ!? く…ぅぅ…っ!!」
身体の内で、炎が燃えているような感覚を覚えるのです。 …青白い、炎が。
それは私の全てが焼き尽くされそうな感覚で御座います……
「かぁ…っ!? ぅ…ぐ…っ!」
それは、本当に不思議な感覚です。
渇きます。
喉が渇くのです…!!
「…っぅ…っ、弓弦様ぁ…っ!!」
この時、決まって脳裏を過るのは弓弦様の御姿。
正確な理由は分かりません。 ですが私の、何かが弓弦様を求めているのだけは感覚的に理解出来るので御座います……
「ぁ、ぁぁ…っ!! っ、っ、っ…くっ!!」
この渇きは、水を飲んでも渇きません……突然始まり、突然終わる。 渇きが収まるまでただひたすら、耐えねばならないのです……
ーーーうわぁぁぁぁっ!?!?
…そうして気付けば、あの方の御部屋の前に、立っておりました。
「はぁ、はぁ…っ、弓弦様…!」
悲鳴のような御声。
私のように苦しんで居られるのでしょうか……
ーーーだ、大丈夫ですかっ!?
…ですが弓弦様には、奥様であるフィーナ様と知影さんが居ます。
支えてくれる方がいつも側に居られます……
「私には……」
今私の側にあなた様は居られません…渇いて、苦しいのにあなた様は居られないのです……
手を伸ばせば届く位置にあなた様は居られます…ですが、手を伸ばしている余裕が今の私には御座いません……
「…支えてほしい」
いつも、いつまでも……
「…側に居てほしい」
例え、何があっても……
「…私だけを見てほしい」
他の人を、無視して……
「渇きを…癒してほしい」
全てを私に、捧げて……
「…? 私一体、何を…」
口を衝いて出た言葉の意味を咀嚼します。
喉で待機していた言葉が、私の正気を取り戻させてくれたような気が致しました。
…渇きを癒すために私は何を、弓弦様の何を…渇望していたので御座いましょうか。
『…ま、寝れる日にぐっすり眠るとしようか』
「弓弦様…?」
弓弦様のことを考えていたためか、いつの間にか弓弦様の御心を覗いていたようです……
『おやすみ。 知影、フィー、イヅナ……風音…』
……。
「…御休みなさいませ」
…棚から牡丹餅、で御座いましょうか。 大変嬉しい御言葉が聞こえました。
愚考するに、どうやら私も弓弦様は、大切な女性として認識されているようです。
弓弦様は「かぞくみたいなもの」と以前あの、舌足らずな御口で仰いましたが……「みたいなもの」が抜ける日は到来するのでしょうか。
「クス…ならば方法を模索する必要性がありますね……」
家族になるためには…婚儀を行わなければなりませんね。 では婚儀を行うためには……既成事実を積み上げる必要性があります。
まずは御子を授からなければ……
「うふふ…目指せ寝取り、で御座いますね」
そのためには、御互いの身体を御互いに合わせていく必要が御座います。
そのために…♪
「弓弦様には、楓として生活して頂く他ありませんね♡」
イヅナが言ってました。
なんでも「ギャル、ゲー」、「オト、ゲー」と言うものは、二週目以降限定のように、ゆっくり時間を掛けて攻略していかねばならない人物が居ると……
でしたら私もじっくり腰を据えて、弓弦様と私の身体の相性を合わせていかねばなりませんね。 イヅナ曰く、これを「調教」と言うそうです。 …妙に良い響きを伴って私の耳に届けられるのは気の所為でしょうか。
兎も角、で御座います。 これからの私の目標は、弓弦様を調教すること……全身全霊で取り組み、弓弦様を攻略して……
「目指せ寝取り、で御座います♪」
クス…その日を、首を長くして御待ち下さいね、旦那様♡
「むー」
「にゃ? どうしたのにゃ萠地の然龍」
「私、女の子なの」
「にゃ」
「…今回出番、無いの…。 ユールと一緒に茜ちゃんの名前考えたのに描写されてないの…」
「にゃはは。 まぁ風音の夢だからにゃ、仕方無いにゃ。 それに僕達は本来知れにゃいことにゃ」
「大丈夫なの。 ここだけの話なの」
「当然にゃ。 それで…にゃ? 考えたのかにゃ?」
「そうなの。 自分の子どもに名付けるのと同じくらい一生懸命に考えたのー」
「…にゃはは。 それはお疲れ様にゃ。 それにしても自分の子ども…かにゃ」
「なの。 最近、子どものことを考えないで、自分達の勝手な感性で名前を決めるエゴな親が増えてるの」
「にゃは。 確かに凄い名前が多いにゃ。 良く付けられたのにゃって思うのにゃ。 悪魔より悪魔の所業とはこのことにゃね」
「だから真面目に考えたの。 語感が良くて、文字も綺麗で、あまり不吉な意味に繋がらないように、一杯考えたの」
「…凄いにゃ。 そう言うところは流石、悪魔とは言え女の子だと感心するのにゃ」
「クロルに誉められても嬉しくないの」
「あ、酷いにゃ」
「冗談なの」
「にゃはは、当然だにゃ」
「やっぱり冗談なの」
「冗談じゃにゃいのにゃ!?」
「……」
「にゃぁぁぁぁっ!! にゃんでそんにゃ、苛められているような、寂しい瞳になるのにゃ!? 僕変こと言ってにゃいのにゃ」
「クロルが変なの」
「…今日一番グサリと来たのにゃ」
「予告なの。 『男のメッセージを手にせんと、天才との電子戦が始まる。 彼が残した手加減抜き、腹黒さ満載の恐るべきその予防線の数を貫くのはやはり…? 暗躍していた男の結果と、成果とーーー次回、嫉妬の使者よ立ち上がれ!』…フィーナに嫉妬なの」
「…僕の言葉は無視にゃんだ。 …でもどうして彼女に嫉妬を…あぁ、そう言うことかにゃ」
「秘密なの」
「にゃ。 アウトにゃ」
「分かってるの。 …日溜まりファンタジー、きゃっほーなの♪」
「次も楽しく気儘に、頑張るのにゃ!!」