思い、いつまでも
外からのいつにも増して賑やかな人の声が今の今まで旅立っていた弓弦の意識を呼び戻す。
微睡みの中でずっと、柔らかい感触が自分に触れていたような感覚があったが、おそらくベッドによるものだと判断した。
いつの間にかアンナが借りた部屋から自分達が借りた部屋に戻って来ているし、彼女の姿も見受けられなかったが、控えめに扉が叩かれたので身体を起こす。
「ユ〜君、起きてる?」
返事をすると扉からレイアが、顔だけを出すようにして弓弦の姿を認め、微笑む。
「…んん…っと、どうしたんだ?」
「えへへ…豊穣祭最後の催しって知ってる? 今やってるんだけど」
「ん、あぁ。 良くあるらしい文化祭のラストみたいに、炎を囲んでパートナーと踊るんだろ? 楽しそうじゃないか」
そう言って楽しそうに窓の外を見やると、丁度外に居るフレイと眼が合い、手を振られた。
それに手を振り返してから向き直ると、もう一人部屋に入って来る者が居た。
「はぁ、はぁっ、弓弦、私と共に踊らないか!」
彼の脳裏にふと浮かぶ、神代高校文化祭での思い出。 代わる代わる踊らされた記憶があるが、今考えてみると良い記憶だ。
さらにどうやら変な運命にあるのか、なんとも困った状態になりそうな予感があった。
「おろ、女の子からのお誘いだよ。 これは行かないとね?」
しかし、どうやらそれは回避することになりそうであった。
「!? 良いのか?」
予想外の言葉にユリも驚くが、レイアは笑って頷いた。
「うん。 ユ〜君を困らせたくないから」
「レイア……」
「お姉ちゃんと呼びなさい。 ほら、早くしないと終わっちゃうよ?」
二人、背中を押されて部屋を出されると、「すまぬ」と嬉しそうにお礼の言葉を言ってから弓弦の手を引いて外に出て行った。
「良かったのかにゃ?」
その背中を見送るレイアの背後に、クロが座っていた。
少しの間を置いて彼女は振り向き膝を曲げる。
「ユ〜君が良いならそれで良いの。 あの子が笑顔で居てくれなら…ね」
「にゃはは、大した姉根性にゃ。 でも…「言わないで」…にゃはは、複雑にゃぁ」
紅白な巫女装束の裾を握る彼女の手は、微かにーーー
「別に交代で踊れば良いと思んだけどにゃ。 それは駄目にゃのかにゃ?」
「お姉ちゃんは恋する女の子も応援するのよ、だから、駄目」
「……弓弦は、寂しそうにゃお姉ちゃんを放っておいて、自分だけ楽しむようにゃ男じゃにゃいと思うにゃ。 楽しんだ者勝ちにゃ」
「おろ、励ましてくれてる? えへへ、ありがと」
祭に紛れる小さな、小さな物音にクロの耳がピクッと動き「にゃはは」と笑った彼の姿はそのまま、掻き消えていった。
「盗み聞きは良くないよ、アンナちゃん」
扉に向かって呼び掛けると、ゆっくりと開かれ、薄着の彼女が姿を見せる。
「……」
「アンナちゃん?」
その眼は生気があるが、どこか虚ろで、端的に言えば彼女らしくない様子で、レイアは再度呼び掛ける。
「…? 巫女か、どうした?」
まるで先程のやり取りなどなかったような態度に疑問を覚えつつも、話を続けることにする。
「…私はどうもしていないけど、アンナちゃんこそどうかしたの?」
「……。 いや、なんでもない。 神楽奉納はどうした」
「もう終わってる。 今は皆、外で踊ってるよ」
「外で? あぁ、例のか…」
窓は無いが祭壇の方角へ視線を向け、戻す間に一瞬動きが止まった。 「少し待ってくれ」と部屋の中に戻ると、彼女が初めて見た上着を羽織って姿を現した。
「あの男は? まだ寝ているのか」
「ユリちゃんと踊ってるよ。 多分お祭が終わるまで踊ると思う」
「そうか…」
「おろ、怒らないの?」
彼女にしては寛容な態度と声音に眼を瞬かせる。
「気を抜くのはいかんが、任務自体はもう終わったに等しい。 行動一つ一つに目くじらを立てる程私は鬼ではない」
「意外。 てっきり怒るものだと思ってたけど…何かあった?」
「あぁ、鉄槌を下してやったから気分が晴れているだけだ。 やり過ぎて気絶させてしまったがな」
「そっか、やり過ぎは駄目だからね。 もしユ〜君傷付けたら私、怒っちゃうから」
それ以上は何も追求せず、「一緒に散歩しよっか」と彼女はアンナを誘う。
「……私は止めておく。 あの男の情けない顔を見ていると、腹が立つからな。 このまま終わるまで静かに過ごすのも良いはずだ」
「おろ、そっか…って言いたいところだけど、お祭の間は護衛してもらわないと」
「…ならば仕方がないな。 分かった、護衛しよう」
一本取られたとばかりに溜息を吐くと、再び部屋に入り、鞘に入れられた長剣を左手に持って出て来た。
宿を出ると、篭って聞こえていた村人の声が鮮明に聞こえるようになる。
踊って、笑ってーーーその全員が、一様に祭の最後を楽しんでおり、その中に一組の男女を見つけるとアンナの眼が細められたが、レイアに促されてその場を離れた。
「アンナちゃんも女の子なんだね」
「…突然何だ、私を怒らせたいのか」
「ありゃ、違うよ。 ずっとあの鎧ばかり着ていたから、あまりオシャレとか気を使わないのかなって思ってたんだけど、そんな可愛い格好をするんだなぁって、えへへ」
「…可愛い格好? やはり私を怒らせたいのか?」
「褒め言葉。 その髪飾り、凄く似合ってる。 それに合うような服を選んで着ているんでしょ? ほら、女の子じゃない。 もし良かったら、今度私に似合う髪飾りも選んでほしいのだけど、お願い出来る?」
「フン…贈り物だ、私が選んだ物ではない」
「おろ…じゃあそれをアンナちゃんにあげた子は、本当にあなたのことを考えて選んだんだね。 私も向こうに着いたらユ〜君と、お買い物行こっかな…えへへ」
頰を赤く染め、嬉しそうに微笑みながら両頬を両手で挟みレイアを見て、アンナはくだらなそうに鼻を鳴らす。
「あの男にそんなセンスがあるとは思えんがな、どうせ訳の分からん物を選ばれるのが関の山だ。 止めておけ」
「そうかな、ユ〜君のセンスは良いと思うよ。 例えば昨日の服とか、良かったと思うけど」
「大方店の店員に選んでもらったのだろう、あの男ならやりそうだが」
「‘自分が一番分かっているのに素直じゃないなぁ。’「何か言ったか」なーんにも、言ってないよ」
惚ける姿に眉が軽く上がった時、二人の間を風が通り抜ける。
アンナが思わず髪を抑えると、その指先が髪飾りに触れ、ゆっくりとなぞっていくが、レイアの視線を受けて止まる。
それを咳払いで誤魔化すと、背中を向けて顔を隠す。
「凄く大切そう、よっぽど気に入ってるみたいね。 贈った人も喜んでいるよ、きっと」
「……フン、私の知ったことではない」
「おろ、照れてる?」
「……何故私が照れなければならないのだ。 もう知らん、戻るぞ」
レイアが村に戻ろうとするアンナの肩を掴んで、「護衛」と一言言うと、溜息を吐きながらも立ち止まり、腕組みをした。
アンナとしては弓弦が何を仕出かすか分からないので早く戻りたかったのだが、どうもそれは許されないようである。
「ここを離れる前に、色々ともう少し見て回りたい、だからもう少しだけ、お願い」
「…フン、好きにしろ」
「えへへ、ありがと。 優しいね」
それには答えず、彼女は空を見上げる。
つられるようにレイアも見上げると、木々の葉の間から星空が臨める。
森を覆う柔らかな風や彼女の眼に視える魔力の光が眩い。
「うん、じゃあ帰ろっか」
浮かべた笑みが一瞬だけ、名残惜しさに染まるも、次の瞬間にはいつもの優し気な笑みに戻っている。
「ねぇアンナちゃん、ユ〜君が所属している部隊ってどんな女の子達が居るの?」
「…特徴が濃いが、そうだな……」
豊穣祭は、いよいよ終盤だ。
「ゆ、弓弦はダンスも出来るのだな…っ」
「はは、まぁ色々仕込まれているからな。 男子の必要技能だとさ」
リズムに合わせて二人、赤々と燃えている炎の周りを踊る。
例によって姉達に仕込まれた弓弦は様になっており、手を取りリードされているユリの心を躍らせる。
彼女はあまり舞踊は得意な方でなく、誘ってからというもの彼の足を、踏むようなことになることを恐れていたのだが、そんなことはなく安心していた。
「その時はまさか役に立つ日が来るとは思わなかったが、まったく、不思議なもんだな。 …もう少し肩の力を抜いてくれ」
「…こっ、こう…「回すぞ」なぁぁっ」
景色が一回転し、弓弦の胸に誘われると、彼女の興奮は最高潮に達した。
「はは、上手上手」
「〜〜っ!!」
近くに迫った弓弦の顔、鼻腔を擽る彼の匂いはまるで、麻酔のようであり、ポーッと夢心地になる彼女に対して彼は優しく微笑みかける。
「わ、私で遊ばないでくれっ! 嬉しいが、止めてくれ、止めてくれぇ……っ!!」
「ん、じゃあ止める…ん?」
言われた通り、ピタッとリードするのを止めた彼の服の袖を引くユリ。
「……もう少し、踊りたいぞ。 今度は私がリードする、うむ!」
今度は彼女が弓弦の手を引いてダンスを始めるのだが、危なっかしく、多少強引なので何度もバランスを崩しそうになる。
だがそこはなんとか調節する。
これが自分の時よりも気を使うのだが、彼女の楽しそうな笑顔が集中力を高めさせた。 「うむっ、私にも出来ているぞ! 弓弦のお陰だなっ!!」と喜んでいるのがどこかおかしくもあったが、昨日のデートの続きだと思って目一杯楽しんだ。
「回すぞ、それっ!」
「おわぁぁぁぁぁぁっ!! 回し過ぎだぁぁぁぁっ!!」
「気にしないで、私は楽しいんだからっ♪」
そんな彼の視界は、彼女を中心にして回り続けている。 所謂気分はジャイアントスイング(意味不明)だ。
「あっ」「な…っ!? っおわぁぁぁっ!!」
そんなことをしているものだから、やっぱりユリがすっぽ抜かせて彼の身体をフライアウェイさせた。
「弓弦ぅぅぅぅぅっ!!」
「あ、レイちゃん! どこに行ってたの!? おにーさん取られちゃ「しーっ!!」んーっ!?」
村の入り口で待っていたフレイの口を塞いで言葉を遮ると、彼女達の頭上を何かが高速で飛んで行った。
「…流れユ〜君だ」
流れ星ならぬ流れ弓弦とはこれいかに。 なんとも呑気な姉である。
「え、あれおにーさん!? レイちゃん助けに行かないと!」
「…大丈夫だよ。 我先にあの子が行っちゃったから」
「あの子?」
キョロキョロと辺りを見回したフレイの視界で、踊る男二人が見えたような気がしたが全力で見なかったことにすると、空に向かって手を伸ばしているユリが「ぁぅぁぅ」とパニックになっている様が眼に入る。
丁度その時に炎も消えて、こうして豊穣祭は終了するのであった。
* * *
星が……近いな。
月も……近い。
炎……消えたな。
「豊穣祭、終了か…」
俺はまた空を物理的に飛んでいた。 まさか最後の最後でユリに飛ばされるとは思っていなくて、人生とは先が分からないものだとは思ったが……ここに来てからというものこんなのばっかりな感じがする。
そう言えばアンナの姿を見なかったな。
いつもなら真っ先に俺を叱りに現れるものだが、最終日だということで大目に見てくれたのだろう。 何故か姉さんが部屋に来るまでの記憶が無いのが気になるが、きっとアレだ。 深く考えない方が良いような気がしてならない。
そうなんだよな…今日でアークドラグノフに帰還ってことになるんだが皆どうしてるのだろうか。 たった一週間だったとはいえ、何故か二ヶ月ぐらい会えていない感覚さえある。
それはきっとこの任務中での毎日が、濃かったことを意味しているのだと思う。 実際濃かったし。
何があったっけな…一国相手に大往生したり、ロダンとヤハクと、戦記みたいなことをした一日もあったし、ユリとのデートで彼女に匂いを覚えられたし、アンナに説教されたり物理的に空飛ばされたり……“エクスカリバー”も食らったな。
痛かったが、いつも通り魔法を吸収している訳だからもう使えるだろうな、良い収穫だ。
収穫と言えば……シテロを助けれたことか。 相変わらず天然ちゃんだが、可愛いので許す…っておい、自分で言っていて訳が分からないな。
可愛いのは確かだが…後々の火種になること間違い無しだよまったく。
火種…火種か……姉さんだな。
約束通り連れて帰ることになるんだろうが、どうしたものか。
すっかり呼び慣れてしまったからレイアの方が呼び難かったりするし、本人の希望である以上仕方が無いが、さぁ、知影達がどうなることか…って、他人事にする訳にもいかないしなぁ…はぁ。
特に知影……あそうだ、知影のヤンデレもフィーの言葉を聞く限りじゃ治まってきているみたいで嬉しいな。
あいつは可愛いんだから、きっと俺なんかよりうんと良い男を捕まえて幸せになるはずだ。 あぁ、きっとそうだ…なんて、言っていると、まるで俺の本命がフィーみたいな感じになってくるな。
…だが結局俺は、誰が一番好きなんだろうか?
“来る者拒まず”って訳ではないし、今の状況は幸せだとは思うが本当に皆、俺なんかで良いのだろうか?
他人の感性は分からないがあぁやって、好意を向けてくれることは嬉しい。
出来れば応えてやりたいって思いもあるんだが、今のところは無理だろうな。
私的な理由としては選べないし、傷付けることが分かっているのに傷付けたくないこと。
他的な理由としては、現状皆、一人にはしておけないってのがある。 まだまだあいつのヤンデレは治りそうにないからな…はぁ、『学校のプリンセス』って呼ばれていた彼女はどこに行ってしまったんだろうな。
そう今の知影が嫌いって訳ではないが、ふと考えることはある。
もっとも、変わったのは俺も…か。
今更戻ろうとも思わないし、寧ろハイエルフの方が良いなって感覚はするが……ん?
今何か光ったような…っ!?
「っ、ぐうっ!?」
今何か腹の辺りで光が爆発したような…って、
「落ちるーーーッ!?」
そりゃあそうだよなっ、普通に考えて落ちるよなっ!? 誰だこんなことをした奴は…って一人しか居ないよな…っ!
下に居るってことは…俺を串刺しにしようとしているのか、それともまた、地面に不時着させられるのかっ!? どっちも嫌だ……ん? 両手を上に挙げた…まさか、両手に“ブライトキャリバー”を握って斬り付ける気か!? おおお、恐ろしいことを考えるな…っ!!
「そうか、俺、死ぬんだ…」
みっともないが、知り合いに殺されるのならそれはそれで悪くないかもな……ははは。
「……ん?」
衝撃は衝撃でも柔らかいような……?
「フン」
は?
「っ、あ、ありがとう…」
俺…抱き止められた? アンナに? 嘘だろ? …ん? そう言えばなんか珍しい服を着ているな。
騎士鎧とは違った可愛さがあるし似合っている……後、髪飾り付けてくれたのか。
「…髪飾り付けてくれたんだな。 似合ってる」
「……」
しかし…アレか? 馬子にも…は失礼だな。
だがここまで付けこなしてくれるなんて正直嬉しい。 まるで服装も髪飾りに合わせたみたいだ。
「……帰還準備だ、戻るぞ」
「あ、あぁ」
うーん、あまり喜んでいないみたいだな。 まだまだ勉強が足りないってことか、俺も。
だが……髪飾りいつ渡したんだ?
「あ、ユ〜君ー! アンナちゃーん!」
「弓弦ー、遅いぞー!」
村に戻ったら、ユリと姉さんが転送装置の前で待っていた。
もう別れの挨拶は済ませているみたいだな。
「行くのか?」
豊穣祭で疲れているのにも拘らず、結構人が居る…なんだか悪いな。
「あぁ、一応帰る場所があるからな。 村と…フレイを頼んだ」
「オフコース。 ロダンも、この僕も、一度受けた大恩を仇で返すようなことはしないから、安心してくれよ」
「あぁ。 安心させてもらうさ。 じゃあ皆…短い間だったがありがとう! 楽しかった」
村の人達から贈られる感謝の言葉が気持ち良い。
この任務、受けて良かったと心から思う。
「私達幸せになるから。 ちゃんと戻って来るから。 またね、皆」
腕を絡ませてきた姉さんが手を振る中、視界が光に包まれて、一つの冒険が終わった。
……さぁ、皆にお土産を渡さないとな!!
* * *
ーーーアークドラグノフ艦底部。
「到着だな、うむ」
「帰って来たな…」
科学的な照明に照らされる中、静かに聞こえてくるのはモーター音。
『ピュセル』で帰るアンナと別れてからのインカムでの通信で、レオンとセイシュウがどこかに行っているのは伝えられてはいたが、よくよく考えてみると、毎回にセイシュウが迎えてくれていたから新鮮ではあるな。
「ここがユ〜君が生活している場所? メカメカだね〜…」
取り敢えずリィルは居るはずだから隊長室に向かっている。 その途中での姉さんの感想がこれだ。
それにしてもメカメカか……はは。
「どうぞ」
「入るぞ」
扉を開ける。
ん、珍しいな。 フィーが隊長業務やっているのか。
「っ、ご主人様ぁぁぁっ♪」「おわっ!?」
よっぽど会いたかったのだろうか。 まさか抱き付かれるなんて……
「会いたかったです…♪」
「あぁ、俺もだよフィー……フィー?」
急に固まってどうしたのだろうか…ん? 姉さんの方を見ている……あぁそうか、姉さんも一応ハイエルフの血を引いている訳だからな、当然か。
「えへへ…レイア。 レイア・アプリコット。 宜しくね、フィー、ちゃん」
「え、えぇ宜しく…」
動揺している? まさかな。
「業務はどれぐらい残っているんだ?」
「半分程ですが、終わらせておきますよ?」
「そうか…ならレイアの入隊手続きもあるし、本来は俺やレオンの仕事だからな、交代しようか」
姉さんからなんとも言えない視線が向けられたような気がするが、良くやったと自画自賛したい。 「姉さん」って言おうがものなら…なぁ?
「ではその間に、私がレイア殿を案内しておこう。 良いか?」
「あ、そうだね。 お願いユリちゃん」
「うむ。 では、弓弦…後でな」
何故強調したんだ…って、呼び方がようやく固定化されたみたいだな。 はぁ…フィーの視線が痛い。
「…早く終わらせてしまいましょうか」
怒ってるし…とんだ置き土産だぞユリ…取り敢えず業務業務。
「コホン…相当満喫してきたみたいね? 弓弦」
「あぁ…」
「ユリとの仲も進展しているみたいね? 弓弦」
「あ、あぁ…」
「女の子も増やしているみたいね? 弓弦」
……わーい。
ここまで怒っているフィー久々に見たな……どう機嫌を直させたものか…。
「……もう一人、隠しているわね? さぁ白状しなさい」
あぁそうか。 隠しているつもりはなかったが……いや、あったか。 まぁ良いけど。
「シテロ」
俺の身体から出た魔力が人の形に集まり、天然悪魔龍シテロが顕現した。
「初めまして、シテロなの。 宜しくなの」
「…えぇ、宜しくシテロ。 …もぅ、どうりで土の魔力が活性している訳ね。 ご主人様…分かっていますね?」
…後でお互いの魔力を交換しないといけないか。
それより問題は、渡すタイミングだよな……今日中に渡したいが、いつ渡せば良いのだろうか?
ある程度は機嫌を直してくれたみたいだが。
「ご主人様…」
「ん?」
「寝てしまいました…」
「すぴー…」
「はは、そうか」
立ったまま寝てしまったシテロを戻して、二人で業務を行っていくが、どうも見ていてフィーが上の空だ。 何か考え事をしているような…していないような……?
どれ、試してみるか。
「フィー」
「はい、なんでしょうか」
「好きだ」
「ありがとうございます」
「大好きだ」
「ありがとうございます」
「お土産だ」
…っておいっ!?
馬鹿野郎、どさくさに紛れて何を馬鹿なことをしているんだ俺はっ!!
「ありがとうございます……ふぇっ!?」
嘘だろ…はは、やらかしたなぁ…一度出した以上引っ込めることも出来ないし、これ絶対中身に気付かれたしなぁ……
「ご、ご主人様…そ、その箱に入っているのはもしかして…もしかしてなのですわんっ!?」
犬言葉になってるし…参ったな。 …だが、なるようになる、というか、ならせる!
「っ、あぁ! これまでなんだかんだいって渡せなかったからな…お礼も兼ねて一度、ちゃんとした物を贈りたかったんだよ。 …受け取ってくれるか?」
ヤケになってケースを開けてあげると、中にはイェルフスから購入した指輪が入っており、彼女は震える手でそれを手に取り、薬指にはめた。
中々恥ずかしいなこれ…緊張するし、なんか怖い。
「嘘…嬉しい…まさか、まさか『ヴェルエス』の婚約指輪を贈ってくれるなんて…〜〜っ♡」
天井に翳している彼女の反応を見る限りでは、やっぱり凄い人なんだな。
喜んでもらえて良かった……
「俺も…「待って!」…ん?」
「私にはめさせてください!!」
自分のをはめようとしたら、身を乗り出してそう言われたので渡す。
「〜〜〜っ!!!!」
彼女は手の震えを必死に抑えながら俺の薬指に指輪を通して……
「…っ」
その翡翠のような瞳から大粒の涙を溢れさせたので、大変だ。 まさか俺…マズった!?
「フィ、フィー!?」
口元を押さえてひたすら、大粒の涙を流している彼女の薬指で、優しく光る指輪が引き立てる彼女の美しさに心奪われそうになったが、女の子泣かせて喜ぶなんて最低じゃないか!
「っ!?!?」
何故か、涙は更に溢れていくんだがどうすれば良いんだ!? どうすれば……
「ふむっ!?」「ん…っ」
焦っていると突然として唇に弾力を感じる。
背中に回された手は俺のことを離すまいと、強く、強く抱き寄せ、粘膜を通してお互いの魔力がお互いの身体を駆け巡り、一つになっていく。
それはまるで絵の具のようで、身体が軽くなったような気がする。
なんとなくだが、分かった。
彼女は悲しくて泣いているんじゃなくて、嬉しくて泣いているんだって。
だったら俺も、答えてあげなければならない義務がある。
面倒を掛けたのだから、心配させたのだから、日頃の感謝を指輪と共に、彼女に贈り、贈れたことに感謝しよう。
「これからもずっと…ずっと、愛してます…私だけのご主人様、弓弦…っ♪」
買って良かった……そう心の底から思えた、彼女の笑顔はただ、眩しかった。
「む…橘 弓弦はフィリアーナ・エル・オープスト・タチバナが本命か?」
「? あ、柔らかいバアゼルなの」
「よもや章の最終話で結婚指輪を贈るとはな。 本人は礼と称したが、さて」
「な~の♪ な~の♪ 柔らかバアゼル、きゃっほ~♪」
「しかし人間の心とはかくも複雑なものよ。 選べなければ、全て選べば良いと云うのに…ふむ、それを強いるのも酷か」
「? ユールは私のお日様なの。 お日様お日様、きゃっほ~♪」
「我等悪魔を内に宿しておるにも拘わらず、情けない男よ。 いっそのこと我が代わりに決めてやらんでもないが」
「自然にお日様は必要なの。 だから私にはユールが必要なの。 ユール居なければ生きられないの~」
「…『萠地の然龍』。 懸想か」
「? なの」
「…欠ける返事だ。 しかし…ふむ、美女に囲まれるとは、成る程、らしいとも云える。 力に惹き付けられるが世の常だが、想いで惹き付けるがこそ、斯様な…ハーレムとやらが出きるのやもしれぬな」
「私も美女なの。 男の子が皆凄い瞳で私を見るの。 普通の人には畏怖されるのが悪魔なの~」
「…確かに畏怖とも云えるな。 女の象徴か…」
「さらりと美女の部分を無視したの」
「仮にそうであろうとも…我等と子を成す事が可能であるのか、不可能か…」
「子ども!? 私ユールの子ども欲しいのっ!! ユールはお日様、ならユールの赤ちゃんもお日様。 お日様一杯ぽかぽかなの~♪」
「…心意気や良し。 が、やはり物は試しか。 だが次の問題は隠し通せるかどうか…ふむ」
「? あ、ありがとなの。 じゃあ読むの。『乙女と乙女、ぶつかり合い。 一つの想いを抱く娘達は想い故にぶつかり合う。 弓弦を巡って繰り広げられる争奪戦の勝敗は未だに見えずとも、ここで、逆襲するのはヒロインその1。 大人三人の止められた歯車がいよいよ、望み、望まぬ邂逅により軋みを上げて動き始める新章第一話となる次回は心情描写多目でお送りしますーーー次回、変態仮面はあいつだを皆で見よう!!』…大人三人…誰のことか分からないの」
「此れは…架け橋となるか。 我も少々見たいものがあるのでな…ふむ」
「陽溜まりファンタジー、きゃっほーなの♪」