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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
141/411

姉にはつきない想いがある

 洞窟の中を進んでいくと暫くしない内に、行き止まりに。


「これは…?」


「『ユニ』とロダン君の出会いの場所だよ」


「…関係があるのか、それと」


「えへへ…どうだろうね」


 壁中に刻まれた文字群を眺め始めていると、どこかで見覚えがあるような気がした。

 しかし、何故かここに連れて来てくれたはずのレイアも何も分かっていない様子で、弓弦は苦笑した。


「それに『ユニ』? まさか精霊になったのか?」


「そうだよ。 ここは彼が教えてくれた場所。 ユ〜君だったら何か分かるかなって」


「……魔法文字(ルーン)なのは分かるけど、これは暗号だと思う。 何らかの魔法を使わないと解け…ん、そう言えば」


 「試してみるか」と言って、魔法の詠唱に入る。


「『言葉を解すは言葉ことのはのみ…』っと…成る程な、どおりで見覚えがあるはずだ」


「ん?」


「あぁいや…姉さんは下がっていてくれ」


 突如として地面が隆起し始め、何かが飛び出す。


「水が蟹で土が牛か…何か法則がありそうだが、今は倒すだけだな」


「…嫌な雰囲気の牛さんね。 生きてる感じを受けない…やっぱり知ってた?」


「あぁ。 こことは違う、遠い異世界でな…あの時はフィーが瞬殺したが…どこまで強いのやら」


「そっか。 じゃあユ〜君下がってて」


「…は? あ、いや、危ないだろ? どうせそんな強くないか…ら?」


 弓弦は自分の眼を、疑った。

 真っ二つ、否、形状すら分からない程微塵に斬り裂かれる牛型の魔物。


「えへへ…お姉ちゃんは強し、よ♪」


 気が付くと、笑みを浮かべているレイアが隣に立っていた。 その手には見覚えのある、氷の剣が。


「ユ〜君を守るためにお姉ちゃんは強いの、凄く、凄く凄く…ね?」


「…はは、その剣今度はクロか。 お見逸れ入るな、本当」


「でも庇ってくれたのは嬉しかったよ、偉い偉い」


「う…出来れば撫でないでくれると嬉しいんだが…?」


「お姉ちゃんが弟を撫でるのは当然のこと。 それともこっちの方が良かった? うりうり」


「………………」


「嬉しそうにゃ」


 剣から戻ったクロが楽しそうな視線を向けると、鬼の視線が弓弦から向けられる。


「怖い顔しちゃめっ、だよ? 笑顔のユ〜君の方が数百倍魅力あると思うけどな」


「…こう、か?」


 笑顔を作ってみる。


「……。 うん、素敵だよ」


「…因みにどれぐらい?」


「おろ…うーん、お姉ちゃんが普通の女の子だったら眼がハートになってたりするぐらい…かな?」


「ぷ…とんだ二次元比喩。 じゃあ、お姉ちゃん、だったら?」


「…おろ、そうくるのね。 お姉ちゃんだったら…こうなっちゃう」


「わ…っ」


「えへへ…嬉しくて、思わず抱きしめちゃう」


 正面から優しく弓弦を抱きしめると、反射的に『ユ〜君子守唄』を口遊くちずさんでしまう。


「……ぐぅ」


「ありゃ…」


 その結果弓弦はすぐ堕ちる訳で、レーヴの上に頭を乗せそっと横たわせると、「一緒に寝るのー♪」と現れたシテロがその隣で眠りについた。


「…本当、いつ見ても可愛い♪」


 ツンツンと頰を付くと、どこか嬉しそうに弓弦が呻く。 本当はレーヴの上じゃなくて、そのまま抱きしめたままの状態で彼の頭を撫でていたかたったが、そういう訳にもいかなかった。

 そして斬り刻んだ魔物の、亡骸のように浮かんでいる球体の前に彼女は立つ。


「おろ?」


 するとどういうことか、突然『タイン』が召喚され、球体の隣で静止する。


「おろおろ?」


 すると、球体から放たれた地属性魔力(マナ)がタインの身体を通って直進し、壁に模様を刻む。


「タイン? ……おろ?」


 今度はシテロが寝惚けながら子龍形態に変身し、その反対側に落ちると、タインと同じように彼女の身体を魔力マナが通って、壁にまた別の模様を刻んだ。


「…何かあるのは間違い無さそうだけど……嫌な感じがする」


 配置を見るに後一、二種類の要素があり、それをここに持ってくると、何か良くないことが起こるーーーそうレイアは考えた。


「…?」


 否。

 既に、現れていた。


「起きて早々、面倒なことしてくれちゃってるね」


 彼女の眼の前に、漆黒の翅がハラリと舞い落ちる。


「おろ…どちら様?」


「見て分からない程、君は馬鹿じゃないよね。 長女さん」


 降臨した【リスクX】、ルフェルは試すかのように彼女を見下ろしながら、嘲るように嗤う。


「……」


「次女に三女に…今度は長女? もう勘弁してよ。 適当な御都合主義に率を捻じ曲げられまくって僕結構困ってるんだけど」


 現れた悪魔に向ける彼女の眼は鋭い光を帯びる。


「…あの子達も居るのね」


「おっと、雰囲気変わったね。 ま、僕とてなんとなくそう思ってた程度だけど…どこまで、そうか、教えて欲しいんだけど」


「答えると思う? 私が」


「クク、だからこうやって彼を」


 弓弦に向けて伸ばされる手。


「つぅっ!?」


 その手に当てられる、漆黒の大鎌。


「帰って。 その子に触れないで」


「ッ!?」


 苦悶の表情を浮かべる悪魔にただ冷淡に、彼女は言葉と、一撃を叩き付ける。


「問答無用の斬撃…まるで悪魔だ」

 

「私の弟に手を出した時点で話すことは無いよ。 帰って」


「あのね、困るんだよ…勝手ばっかりされてると。 大体、そんな彼に対して堂々とされていても十分歪みの原因になるんだけど。 一回彼君のこと、そうだと認識しかけたよね、アレの所為で僕叩き起こされたの。 まだ治りきっていないのに、そこを的確にって…嫌だねぇ、そういう愛がどうのこうのって、さッ!」


 振り上げた掌に展開された魔法陣から激しく魔力マナが迸り、周囲を打ち付けると、彼女と弓弦を襲った。


「……」


 迷わず彼の前に立ちはばかる彼女は、それを全て弾いていく。


「一番嫌いな感情なんだよそれッ、そんなんで訳の分からん化物染みた潜在能力発揮されても困るんだけどッ!!」


 圧倒的な魔力マナによる集中砲火の中でも彼女は顔色一つ変えない、いや、叫んでいる敵の姿すら、その視界には入れていなかった。


「えへへ…可愛いなぁユ〜君」


 彼女の視界に入っているのは弟ただ一人なのだ。


「生意気だね…ならコレでも、その余裕振った態度を続けられるかァッ!?」


 二人の周りに強い重力場を起こす。

 範囲ならば同時に守ることなど、避けること以外不可能であり、弓弦をその場から動かそうとしない以上避けるという選択肢は無く、この時ルフェルは勝ちを確信し、憐れな人間に裁きを下していく。


「………ん」


 身体が潰されそうな感覚に弓弦が苦悶に表情を歪め、まぶたを動かす。


「ありゃ…大丈夫、お姉ちゃんが側に居るからゆっくりお休み…ね?」


「…うん」


「良い子。 ユ〜君大好き…お姉ちゃんがずっと守ってあげるからね…♡」


 彼の隣に腰を下ろしたレイアが髪を撫でると、苦しみの表情が嘘だったかのように消え、くすぐったそうに彼は彼女の方へ寝返りを打つ。

 その唇にそっと口付けをすると、彼女は、まるで重力場など無いかのように立ち上がった。


「…っ、魔法の対象指定まで支配したなんて…クク、良いねぇ? 化物姉弟だ。 化物みたいな力の使い方だ。 人間に怖がられる未来が眼に見えるようだよ…ククッ」


「それで」


「…やっぱ生意気なんだよねェッ!!」


 刃のように鋭い翅の嵐が迫るが、全て彼女の前で地面に落ちる。


「クククククク…クククハハハハハ!! とっとと死ねぇッ!!」


 魔法の数は増え、遂には彼女に対して、百の魔法が同時に放たれていた。

 圧倒的な破壊力、圧倒的な魔法の数ーーーそれはさらに増える。


「ほぅら、もう終わりかい? まだまだ増やしていくよ…そぉらッ!!」


 その数が二百を超えた時、彼女が膝から崩れ落ちるのを見、顔を歪めて高嗤いした。


「ゴブォッ!?」


 転移した鎌の刃がその身体の中心を抉るまでは。


「ごめんね、弟を守るお姉ちゃんはあの程度の魔法どうってことないの」


「な……っ」


「寧ろそれよりも、弟の泣いてる顔見るのが何千、何万倍も辛いから」


「クバァ…ッ!?」


「金輪際、私とユ〜君に関わらないんだったら…逃がしてあげる」


 笑顔で首元に鎌の刃を添えている彼女はまるで、死神のようであった。


「グゴ…そ、そんなこと無理に、決まって…ぇ…る…ゴフッ!?」


 新たに突き立てられる、氷の剣。

 それは人でいう心の臓の位置を的確に貫いていた。


「逃げ道は与えたよ、これはあなたの選んだ答え…悪く思わないで」


 徐々に粒子化していく、漆黒の翅を持つ子どものような悪魔に寂し気に微笑みかけた彼女は、両腕に力を込めていく。


「…ガッ…ク、ク…クク…っ、しまったな…歪んでも良かったからもっと、前に君を殺し…ぇいれば良か…た…よ」


 自嘲気に嗤う悪魔は力尽きたように床に倒れ伏すと、霧散した。

 剣と鎌という奇妙な二刀流を解除した彼女はその跡を暫く見つめて、踵を返した。


「……。 ま、良いかな、ユ〜君が無事ならそれで」


 保険として待機させていたタインを還すと、弓弦の隣で横になり、彼を包み込むようにして抱く。

 首元に触れる彼の黒髪から香る懐かしい香り、時々譫言(うわごと)で彼女の名前を呟いていて、寝顔はあどけない。 整った顔立ちの内頰を人差し指でつつくと、マシュマロのようだったあの頃と、変わらないような弾力があって自然と笑みがこぼれる。

 遠い所まで来たんだと思った。 色々な経験をして沢山のことを感じて、今自分の腕の中に居る。 また自分の腕の中に居てくれる。

 彼女はまだ、自分自身の全てを分かっている訳ではない。 ただ、自分の記憶として、確かに、それがあるのだ。 彼女と自分は違うが同じ、想いも同じ。 大切に育んでいきたいーーーそして、自分自身の全て分かった時、彼女はそれでも改めて、彼を守り続けていくのだ。

 どんな形の愛でも良い、側に居られるのなら、それで……


「…そう言えばそんな歌詞の歌があったけど、全部聴いたら皆で泣きそうになって…ユ〜君なんか私に『ずっと一緒に居て』って…もー可愛いのなんの……えへへ、愛してるからね、ユ〜君♪」


 身動ぎする弓弦が頷いてくれたような気がして、レイアは抱きしめる力を少しだけ強めた。











* * *


「もうそんな時期か〜? 弓弦達が任務ミッションから帰って来るまで待ちたいんだがな〜」


「…無理ですわね。 この集いは強制力がありますわ」


「…そうだよな〜」


 アークドラグノフ隊長室では、レオンが渋い顔をしながら書類と睨み合っていた。

 その日は隊長業務は終わっており、弓弦達を除いて誰も任務ミッションへ行っていないためリィルにビールを持って来てもらった所でその紙は出てきた。


「いつですか?」


「明日だ〜…だから業務を任せられる隊員が二人揃って居ないタイミングなんだよな〜…なんでこんな時に」


 『召集状』と書かれたその紙は、文字通り本部で連絡や意見交換を行う集いの参加令状である。

 定期的に行われており、各部隊の隊長は、例え任務ミッションであっても他の隊員に引き継いで向かわなければならない程強制力があるものだ。 日付は明日の日付が書かれており、レオンはこの部隊の隊長として明日本部に向かわなければならなくなった。

 それの差し当たっての問題が、隊長業務の引き継ぎだ。


「階級的に他に任せられるのは一人ですわね」


「引き受けてくれるか〜? …んく、んく…っ、か〜っ! やってられないな〜おい」


 少将である弓弦は任務ミッション、大佐であるユリも同じくであり、セイシュウはまだ帰って来ず、セティに任せると、黙っていない隊員が二人居る。

 つまり、任せられる隊員は現在、一人しか居ないのだ。 それも、今知影に手を焼いているあの隊員しか。


「隊長…(わたくし)が頼んでも良いですわよ?」


「い〜や、俺が頼まないと引き受けるものも引き受けてくれないな〜…っぷ、よ〜し善は急げだ〜! リィルちゃん、悪いけどこれ頼むぞ〜」


「分かりましたわ、行ってらっしゃいまし」


 ビールを飲み切ってから彼は隊長室を出て居住区506号室へと向かった。


「は〜、気が重いな…」


 嘆息しながらドアをノックすると、「はーい」と元気な声が聞こえ、安心する。


「あれ、隊長さん…どうかしましたか?」


 スライドした扉から声の主知影が現れる。 着ている服はやはり、全部弓弦の物だ。


「お〜お〜、その〜、アレだ、オープストちゃんは居るか〜?」


「フィーナ? フィーナ、隊長さんが呼んでるよ」


 コト…と何かを置く音の後、知影が退いてフィーナがレオンの前に立った。 犬耳をチラリと見るとピンと立っており、警戒している。


「私に何か用かしら?」


「お〜その〜だな、頼みたいことがあるんだ〜…?」


 腕を組んでいる彼女に恐る恐る訊くレオンから隊長らしさは微塵も無い。


「…取り敢えずは訊くわ、続けて」


 心成しか声音も冷たいような感覚で、溜息を吐きたくなるが、本人の前でそんなことは出来ないので続ける。


「明日から弓弦が帰って来るまで、隊長業務を頼みたいんだが…その〜良いか〜?」


「……ふぅ、分かったわ。 他には?」


「…! 頼まれてくれるのか〜?」


 断られると思っていた手前意外であった。


「断る理由が無いからよ。 断ってほしかったら話は別だけど」


「い、いや〜…なら良いんだ〜。 じゃあ明日から、詳しいことはリィルちゃんに訊いてくれ〜」


 心変わりされてからでは大変なので、レオンはそそくさとその場を離れて行った。


「…もぅ、慌ただしいわね」


 安心したように離れていく背中が扉の向こうに消えると、気怠そうに愚痴ってから、元の場所に戻り本を、


「……」


 読まれていたが、知影の手から本を取り戻すと腰を下ろして開く。


「ねぇそれって官能小説? 挿絵がエロエロだけど」


「恋愛小説よ。 集中したいから邪魔しないで「じゃあその前に別の質問」…何かしら?」


「隊長さんに何頼まれたの? あの人なんか焦ってたし」


「業務よ」


 言うが早く本に視線を落としながらティーカップを傾ける。 知影はまだ何か聞きたがっている様子ではあったが、自分の中で解決したようで、棚からお菓子を取り出して開けた。


「これ一袋だけだよね?」


「そうよ、ご主人様だけ二袋で私達は一袋ずつ」


「……弓弦贔屓だ」


 ポッキーを一本口に咥えてチマチマと食べていく。 やがて何を思ったのか、眼を閉じて、床と水平に咥えたまま、手を使わず器用に食べ進め始めた。 ある程度進むと徐々にスピードが落ち、頰に朱が差していく。

 大方弓弦相手の一人ポッキーゲームをしているのだ、悲しい乙女である。


「私の命、ポッキーに捧げるッ!!」


 それは悲しみの乙女である。 捧げられても困る。


「来たか竜馬!!」


 それは早乙女である。


「名古屋撃ちだよ!!」


 それはインベー○ーである。


「僕と契約して、魔法幼女になってよ!! …弓弦は私が守る、せめて小学生にならないと駄目」


 それはインキュベ○ターである。 彼女の頭の中で契約を迫られているのは弓弦のようだが魔法幼女は兎も角小学生弓弦なら襲う気満々のようだ。


「まったく…小学生弓弦も最高だぜっ!!」


 既に最初のポッキーから離れに離れているが、要するに彼女は今日もフリーダムなのだ。


「ん? なんだって?」


 それも長谷川だ。


「一度枯れた花は、二度と…っ」


 それも、長谷川だ。

 さらに知影は何を思ったか、冷蔵庫を開けて、中に入っていたケーキを指差した。


「悪霊退散!!」


 どこまで長谷川で繋げるのだろうか謎だが、どうやら彼女の中でケーキは悪霊でありそれを退散ーーー食べたいということだ。


「…それはあなたの分よ」


「うん知ってる」


 聞きかねたのか、フィーナが本から眼を離して知影に声を掛けるが、当人にとっては所謂いわゆる『細けぇこたぁどうでも良いんだよ!』状態で、棒読みでの返し。


「食べないなら閉じなさい、冷気が逃げるわ」


「はーい」


「伸ばさない」


「はい」


 因みに冷蔵庫内に入っているケーキは、昼に夕飯を買い物に行ったフィーナが、「安売りしてたから」という理由で買って来たものだ。 女子力で知影が負けたような気がしたのは言うまでもない。


「今日の夜ご飯どうするの?」


「いつも通りよ。 簡単に作るから知影はご飯炊いておくだけで良いわ」


 簡単に作るといっても、主食副食主菜汁物…風音同様に、完璧に揃えるのが彼女流だ。

 艦内お嫁にしたいランキングでも投票対象になれば、上位間違い無いのだが、彼女は既婚者ということで対象外となっている。 因みに風音も“何故か”対象外となっているので、ランキングは荒れ模様だ。

 また、同じくお婿にしたいランキングでは弓弦が対象外である。 理由はやはり、既婚者だから。 投票しようとした知影はその結果に病みかけたが、風音の「何方どなたと結婚されているのか、本当に分からないのですか?」発言に妄想を膨らませた結果、上機嫌になったとか。 恐るべし彼女の妄想力、恐るべし、風音の確信犯。


「もう少し私も手伝うよー?」


「良いわよ。 そんなに手の込んだ物は作らないから」


「……ふーんだ、なら良いや。 じゃ、面倒だし早めに洗っておこっかな」


「えぇ、お願い」


 台所に知影が立って米を洗っている途中で、扉が叩かれた。


「ふぅ…誰かしらね…あら?」


 フィーナが返事をして扉を開けると、そこには小さな来客が居た。


「いらっしゃいセティ。 何か用かしら?」


 言葉こそレオンの時と一緒ではあるが、声音が明らかに違う。 まぁ当然といえば当然ではある。


「…遊びに来た」


「そう。 ゆっくりしていくと良いわよ」


「…コク」


 どこか楽しそうにチョコチョコと部屋に入ると、ちょこんと椅子に座った。


「何飲む?」


「…コーヒー、ブラックで」


「ふふっ、セティは大人ね」


 炊飯器に米櫃(こめびつ)を入れ終えた知影と入れ替わるようにして、フィーナがケトルに水を入れて温める。


「知影、ついでだからあなたも飲む?」


「あーうん。 甘めでお願い」


「激甘の間違いでしょ? ふふ、分かったわ」


 セティが来たからか、機嫌が良さ気な彼女はコーヒーを淹れると二人の前に置く。


「…ありがとう」


「偉いわセティ。 知影?」


 笑っていない笑顔。


「あ、忘れてた。 ありがとう」


「よし、お礼は大事だから二人共ちゃんとするのよ?」


「はーい」「…コク」


 しつけには厳しいのが彼女だ。 日頃弓弦に躾けられているからとは言ってはいけない。

 彼女は満足そうに眉を少しだけ上げると本の世界に入る。 遊びに来たセティはいつも通り、椅子に座ったまま意識を飛ばし、どこかで旅をしている。 当然知影も超絶に甘いコーヒーを飲みながら、読書だ。 「私が本読んでたらおかしいの!?」とは、以前フィーナが珍しがって彼女に訊いた時の言葉だ。 しかし付け足すのならば、高校に居た時から彼女は読書愛好家で、あった。


「過去形強調…私今でも本読むのになんて酷いことを言ってるんだろ…」


 その時に培った妄想力が今日(こんにち)の独り言に繋がっているというのなら頷けなくはない。 まぁ読書といっても、彼女の場合は薄い本なのだが。


「ふぇへへ…へへへ…」


 見よこの下卑た笑い方。 ならず者や海賊の方がもう少しまともな笑い方をするであろう。 こんなんで自らのことを、乙女と称するのだから失笑ものである。

 そして再び始まる一人ポッキーゲーム。 もうお目出度(めでた)過ぎる。


「知影、そろそろスイッチ押して」


「へへへ…「知影」…ちぇ、はーい」










 炊飯器からご飯が炊けた合図の音が鳴るとセティが立ち上がった。


「帰るの?」


「…コク、楽しかった」


「また来てね、いつでも歓迎よ」


「…コク、バイバイ」


「ふふ、バイバイ」


 506号室を出たセティはその足で、自室である502号室に戻る。


「…ただいま」


「御帰りなさいませ。 御夕飯はもう出来てますよ」


「…コク」


 風音に迎えられた彼女は手を洗って、それから食卓に着く。 本当はフィーナの所で食べたかったが、その時は事前に風音に伝えておかないと、夕食を用意されてしまうので今日は食べに行けなかったのだ。

 風音のご飯も美味しいが、時々、セティはそんな気分になるのだ。


「…美味しくありませんか?」


「…ううん、美味しい。 …ただ……フィーナのご飯もたまには食べたい」


「クス…そうですか。 でしたら明日、参りましょうか」


「…コク、行く!」


 元気なセティにクスリと笑ってかけ、明日どんな材料を持って行くか考える風音。


「……風音…どうしたの?」


「…いえ、何でも御座いません」


 心に穴が空いたような感覚と、自分が押し潰されそうな、熱い感覚を振り払い、反省する。 女将たるもの、強き心を持たねばならない。

 だが彼女はこの時何故か、女将ではなく、一人の心弱い乙女で居させてくれる自分の大切な主人(二つの意味)に、無性に会いたかった……

「次回さ…」


「…ディオルセフ?」


「…はぁ」


「?」


「鬱だよ…なんで…こんなに運が無いんだろ…」


「いや知らないが」


「努力って踏みにじられるためにあるんだよね…どんなに頑張ってもそれが無駄になったと分かった瞬間、全てが嫌になるふぐっ!?」


「女々しい。 寝とけ」


「嫌だね…こ、この不幸が皆に広がれば良いんだよ…ぐふっうぎゃっ、あgggggggg」


「…スタンガンの電圧を上げ過ぎた気がするが、手短に終らせるか。 『轟く怒号に、歓声を上げる心の声。 やっと達せられようとしていた目的に彼女のテンションは鰻登りに。 少し大人になった彼女、今回の任務(ミッション)最大のご褒美、それはーーー次回、若い二人は』…良い酒用意して待ってるぜ」

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