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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
140/411

空駆ける一角獣

「悪い、待たせたな」


「うむ、待ったぞ」


 宿屋に戻った弓弦は約束通りユリと共に夕飯を作り始めた。


「今日は災難だったそうだな」


「ん…あぁ。 綺麗な空を、沢山泳がせてもらったな。 そう言うユリは? どこか嬉しそうだが」


「ふっ…面白い言い方をするな。 なら差し詰め、私は夢と向かい合っていたな」


「ははっ、ユリこそ面白い言い方をしているじゃないか…夢か…良い響きだなぁ」


 かき混ぜる弓弦の眼が遠くなる。


「何だそれは…年寄り染みているぞ?」


「ははは…実際お爺ちゃんだからな? 二百十八だぞ二百十八…お主と一回り飛んで、十数回り違うぞ? ほっほっほ、敬うが良い」


 えっへんと腰に手を当てた彼の姿を見て、ユリは思わず口元を手で押さえる。


「何だそれは…ぷっ、すまぬ、直球だがまったく似合ってないぞ?」


「敬えー」


「だからそれ…ぷぷ…く、く…駄目だ、か、顔が見れん…ぷふふ」


「ほら何をしているのだ、儂を敬うが良い」


「わ、分かった、分かったそれ止めてく…ぷ…ふふ…っ」


「さっさとせい!」


 「待て待て、もう出来るからそれからだ」と言って数分後、


「「ははー(なのー)」」


 ワザとらしく彼女は頭を下げた。 一人増えたが。


「ポカポカユールきゃっほーなの♪」


「どわっ…どうした急に」


 折角やったのにスルーされたユリが、拗ねたように配膳し始めたのでなんとかフォローしてやりたいものの、こちらはこちらで構ってちゃんであり、弓弦は困ったように頰を掻く。


「弓弦殿、配膳が終わったのだが」


「あぁ…悪い、シテロはまた今度な」


「むー…分かったの」


 了承してくれたシテロの髪を撫でると自分の中に戻し、椅子に座り手を合わせる。


「いただきます」


「…………うむ」


「……お、これ美味いな」


「………うむ」


 ジト眼。 機嫌取りのために言っていると思われているので、弓弦の笑顔も自然と貼り付けたようなものになる。


「…ん、あぁ! こっちも美味いな!!」


「……うむ」


「これも…おぉ、中々」


「…うむ」


 手当たり次第に口に運んでいくが、やはりリアクションは薄い。


「おぉっ、これなんか最高じゃないかっ! どんな味付けをしたらこんなに美味くなるんだ!? 後で作り方「弓弦殿のだ」…は?」


「それは、弓弦殿が、作ったもの、だ」


「あ…た、確かに言われてみれば俺の…っ」


 痛恨の一撃。 次の料理が一番美味いと絶賛するつもりで食べたのだが、見事自爆。

 静かな怒りを込め区切られた言葉に、本格的に焦りを覚え始める。


「………弓弦殿、少し度が過ぎるとは思わないか?」


「………はい」


「………手当たり次第に褒めれば良いというものではないこと、分かるな?」


 「誠意のある謝罪を要求する」と、その顔には書かれていた。


「……はい、申し訳ございませんでした」


「…うむ、よろしい。 ちゃんと味わって、それから褒めてくれ」


「…改めて、いただきます」


「うむ」










「ごちそうさま」


「うむ」


 ようやく機嫌を直してくれたユリの、食器を洗っている音をBGMに、ぼんやりと明日以降のことを彼は考えていた。


「にゃはは、明日はどうするのにゃ?」


 膝下に顕現したクロの頭を撫でながら思考の海に浸かっていく。

 明日も、明後日も変わらずレイア達の警護なのは違いない。 寧ろそれ以外にやることがないのだが、それに文句を言ってはいけない。

 このままのんびりとしていれば何事も無く全部終わる気はする。

 しかし気になっていることがあるのも確かで……


「いっそのこと、誰かをデートに誘ってみてはどうにゃ?」


 ピクッとユリの背中が動くが、一人と一匹は気付かない。


「いやな、デートなんか連れて行く必要あるのか? 少し散歩に行こうってだけだぞ?」


「そういう時に誘うものだと思うけどにゃ。 折角だからオイシイ思いをしても良いと思うのにゃ」


「オイシイ思い…ねぇ? 誰と行ったとしても嫌な予感しかしないな」


 シュンとするユリの背中。 しかし一人と一匹は気付かない。


「こう…押し倒してぶちゅーっといくにゃ♪」


「誰がするか。 それに無理矢理は好きじゃない」


「お酒が入ると狼になるクセによく言うにゃ」


「あのな…俺の酒癖が悪いというニュアンスで受け取れるんだが?」


「それは違うのにゃ。 一応暴力的にはにゃらにゃいし、人に、それ程迷惑を掛けていにゃいという意味では悪いって程でもにゃいし、ただ積極的ににゃるだけで、寧ろ(おんにゃ)の子達にとっては嬉しい状態ににゃると思うにゃ」


 「腹が立つけどにゃ」と丸まる。


「ん``んっ!!」


「? どうした」


 謎の咳払いと共にユリが椅子に座り、会話は打ち切られる。 その頰は赤い。


「先程から何を話していたのだ?」


「あぁ、明日の予定についてだ。 何もしないのは流石につまらないからな。 少し散歩に行こうかなと思っている」


「そ、そうか…うむ」


「それで、行くんだったら誰かと一緒に行けとうちの飼い悪魔猫が言うものだからさ、それで悩んでいるんだ」


「そうか…なら行くとして、弓弦殿は誰が良いのだ?」


 眼を輝かせ始めた彼女に少々面食らいつつも、当然彼女しか一緒に行ける人がいないことに気付く。 レイアとフレイは神楽奉納があるし、アンナは頑として首を縦に振らないだろう。 彼女を誘おうがものならまた物理的に空を飛ぶことになるので誘えないからである。


「はは、本人が了承してくれるかどうかだが…」


「うむ、それで?」


「一緒に行くか? ユリ」


「うむ!」


 眼の輝きようから頷くとは思っていたが、彼女の見事な即答に弓弦は少し戸惑った。


* * *


 今から数年前、具体的には先代皇帝が崩御し、現皇帝グランゲージュが即位して間もない頃、ロダンはとある噂を聞いてその場所を訪れていた。

 訪れた場所は『ノルラ関所』の付近にある洞窟であり、その噂とは、月夜を駆ける馬の噂である。

 彼は馬を必要としていた。 理由としては、先の戦で馬が射殺されたからであり、またグランゲージュが「また殺されては困るからな」と彼に馬を与えようとせず、結果機動力が半減され進軍に遅れが生じたり、戦前無駄に体力を使ってしまうからだ。 軍の先頭に立つ彼にとっては少しの消耗でも命取りになり、また自軍、敵軍の士気にも関してしまうのだ。

 与えられないのなら、自分で取りに行けば良いという結論に達し、来たという訳だ。


「ほぅ…聞いた通りとはな」


 洞窟内部であるはずなのに、一際明るい場所があり、ロダンの目的の馬がそこに居た。 体格も良く、野生の馬にしては皇国が所有している名馬にも引けを取らないと、そう直感した、否、そうとしか思えない程にその馬は圧倒的で、美しかった。

 しかし、どう手懐けるものか。

 それが問題であった。

 見た所人間に対する警戒心が強いようで、近付けば近付く程距離が離れていく。


「…まず」


 武器を置いて敵対する意思が無いことを伝え、両手を広げる。

 これはヤハクが彼に教えたもので、彼曰く「ハートには、ハートで、ぶつかって理解してもらうのさ」だそうだ。

 馬がいななき、駆け出す。 心を開いてくれたかと喜んだのも束の間、馬がどんどん加速したのを見て背中を冷たいものが伝うが、もし避ければそのまま逃げられてしまう以上、ロダンは動けなかった。


「…っ、来い!!」


 衝突すると、途方も無い衝撃が鎧越しに伝わってきた。 だがなんとか踏ん張り、受け止めようと試み、止まりかける息を何度も何度も整えると、やがて衝撃は収まった。

 それきり馬は大人しくなり、彼に危害を加えることはなく、先程の荒々しさが嘘のようであった。


「ハートにはハート…か。 流石ヤハクと言ったところか」


 だが色々疑問があった。 例えば、『何故この馬は洞窟に居たのか』や、『洞窟の壁に掘られた見知らぬ文字』だ。 ロダン自身あまり本を読むような人間ではないのだが、見知らぬーーーと言うよりは、見知っているはずがないという感覚を受けた。

 まるで人間が書いた文字ではないようで、吸い込まれそうな、奇妙な違和感。 一つ一つの文字が輝いており、それが意味することはつまり、その文字群は魔力マナによって書かれた文字なのだろうということだ。 いずれにせよ読めないことには変わりないが、それこそヤハク辺りが喜びそうなものではあるので、戻ったら伝えようと考えながら、馬を引き連れて彼は国に戻った。










 それが後に、『黒騎士ロダン』として、諸国にあまねくその名を轟かす優将と共に、戦場を駆け巡った馬の出会いであった。


* * *


 草がさざめく草原にて、ロダンは再び、自らの愛馬をその身に受け止めた。


『主よ…』


 ハッキリと聞こえる、声でない声。 空気を振動させることで声が音となって現れるのに対して、それは、魔力マナを震わせることで伝わってくる声であった。


『力及ばず、先に果ててしまうとは…不服の極みでした』


「気にするな。 お前のお陰で俺は助かった。 真祖を呼んでくれたこと、感謝する…それに、お前はここに居る。 俺の前にな」


『主…』


「しかし化けて出るとは…お前には本当に驚かされて、ばっかりだ」


 ロダンの脳裏に浮かぶ、眼の前の存在との日々。 共に駆け、共に生き、共に勝利を重ねた日々ーーー人馬一体。 戦場において、確かな絆で結ばれていると何度思ったことか。

 ふと気が付くと、熱いものが込み上げてくるような感覚をロダンは覚えた。

 「武士がこのようなものを溢れさせるものなど、情けない」と以前の自分なら言うが、これを否定せねばならなくなったようだ。

 まさか自分が、涙を流すことになるとはーーーそう思って眼を拭う。


「……?」


 一瞬、何かが見えた。


「……!!!!」


 今度は、ハッキリと見えた。 視えたのではなく、見えたのだ。

 緑の草原、紺の空、白の月ーーー眩しい。 眩しかった。


「お前が…やったのか?」


 こんなことが出来るのは、眼の前の存在だけなのは分かっている。 分かっていたが、信じられなかった。


『主への贈り物だ…また受け止めてくれて、ありがとう』


「……っ」


 だが今度は、視えたはずのものが視えなくなり始めていた。

 眼の前の存在が、大切な愛馬の姿が霞んでいく。

 残酷で、皮肉だった。

 

『主には偽りの光ではなく、(本当)の光を見続けてほしい…願いだ』


「待て…!」


『これでもう、遺すことは、無い……幸せだった』


「待て…っ!」


『さらばだ…我が主よ』


「待て…ッ!!」


 眼の前の存在を彼方に吹き飛ばしてしまうような、強い風が吹く。


「待てぇぇぇぇぇッッ!!」


 呼び止める彼の声が届くことは、なかった。










 失意のままユミルへと戻ったロダンは、ベッドの上に倒れる。

 彼らしくもない、子どものような行動にヤハクは困っている。

 

「黒騎士ロダンとあろう者が、随分と情けないね…何かあったかい?」


「……」


「ノーノー、この僕を無視するなんて、随分と生意気なことをするじゃないか」


「……」


だんまりか。 こりゃ明日はレインでも降るかねぇ…それとも、スピアーが降ってくるとか」


「……」


「ロダンさーん、おーい、この僕を無視するな」


「……」


「…返事がナッシング、ただのデッドボディのようだ」


「……」


 肩は上下しているので生きてはいる、が、かといって寝息を立てている訳でもないので手詰まりに。

 どうしようもないので適当に思い付いたものを挙げてみると、一つの単語に、僅かに反応があった。 試しに他のも挙げてみて、さり気ない体を装ってもう一度同じ言葉を挙げてみると、やはり反応が。


「馬か…そうか。 ま、凹みたければ凹めば良いよ。 人間誰だってそういう時はあるさ」


 ヤハクは深く息を吐くと、声のトーンを一段と下げた。


「でもね、嫌いだよ、今の君」


 剣を抜く。


「揉んでやるよ、今の君にこの僕が倒せるかい」


 そんな情けない友人の姿を認める程、ヤハクは甘い男ではない。 男に対しては厳しいのである。


「……」


「……チッ、眼ぇ覚ませよロダン・クォルダムッ!!」


 ガキィィィィンッッ!!


「……」


「……ッ!? 君、眼が…」


 剣が交わった一瞬。 一瞬だったが、視線の焦点が自分に合ったのを見逃さなかったヤハクは、ロダンと距離を取る。


「……来いよ、村の施設壊したら真祖が黙っていないよ」


 彼が宿の窓から外に飛び降りると、ロダンも続いた。 来なかった場合が不安ではあったが、取り越し苦労だったので内心では安堵する。


「戸惑いの色が見て取れるよ、何故この僕がこうも怒っているのな分かっていないように見える」


「……」


「なんとか言ったらどうなのさッ!!」


 火花を散らして、怒りの刃がぶつけられる。


「……」


「君の気持ちなんて分かんないけどね、生命を軽く扱うようで気が引けるけどさ、たかが馬一匹にどこまで凹んでいるつもりなんだ!! っ、国のため、忠義のため云々言ってたような男がこんな程度で凹んでどうするのさ! 答えろよ、ロダンッ!! あんだけ堅物振ってたクセに、こんな無様なザマ!? よくそんなんで部下の生命を預かる立場に立てたな、えぇ!? その眼だってなんとなく予想は付くね、大方馬の霊でも現れて治してもらったんだろ!! 癒しの精霊、確か馬も居たからねッ!!」


「……っ」


「前を向けよ、後ろを振り返るなとは言わないけど、取り敢えずは前を向けよ! この、僕を、どれだけ失望させれば気が済むんだ君はッ!!」


「……ッ!!」


「な…っ」


 乱撃の間を縫うように繰り出された一撃がヤハクの手から剣を離させた。 剣先は彼の首元へ。


「…っ、バットだ、ベリー、ベリー、バットだ。 これじゃ咬ませじゃないか…迷った君の剣技すら相手取れないなんて、カッコ悪いねぇ…で、眼は覚めたかい、ロダン」


「…お陰様でな。 いつもやたらと気障な男があまりにも熱くなったんだ、心動かさない程堅物ではないよ」


「もう、大丈夫だね?」


「あぁ」


「今、この僕がどんな顔しているか、分かる?」


「得意気な表情だ」


「正解、本当に見えるようになったんだね。 魔力マナの方は?」


「そっちは視えなくなった」


「そうか…まぁ、視れなくなった代わりに、見えるようになるものもあるはずさ。 この村で暮らしながらサーチしよう…ところで、演技だね?」


 もう一度ロダンは「あぁ」と頷くと、二人は宿屋の中に消えた。











「良かった? これで」


 木の陰から二人の後ろ姿をレイアは見つめていた。 彼女は振り返ると、彼女のさらに後方に立っているモノを呼び寄せる。


「おろ? 私の魔力マナが心配だって…えへへ、大丈夫だよ。 ユ〜君の魔力マナを少しだけ借りたから」


 勿論本人の許可はもらっている。


「アンナちゃんに捕まっちゃった時は心配したけど流石ユ〜君、後で一杯褒めてあげないとね。 嬉しいなぁ、えへへ。 じゃあ『ユニ』、戻すけど良い? …うん」


 『ユニ』と呼ばれた、額に角を頂く一角馬ユニコーンの姿が霧散すると、レイアは村とは逆方向に足を向ける。


『彷徨い流離う狐の子、お出でよお出で…レーヴ!!』


 召喚したレヴにまたがると森を出るーーー向かう先は、『南西の関所ノルラ』

 共に風となってそこを目指す。


「ここを大きく迂回して、お願い」


 指示通り、円を描くかのように方向を変えると、避けた場所で魔力マナの塊が揺蕩たゆたっているのを、視た。


「こんな所まで……心配性ね。 こういう所は一家の血なのかな。 あ、えっと、次は大きく飛んでね」


 柵を飛び越えるような感覚で高くジャンプする。


「おろ」


 しかし飛び過ぎたのが災いしてか、その前方上空にある魔力マナの塊に触れてしまった。

 直に触れて分かったのか、レーヴから申し訳無さそうなイメージが伝わってきたので、レイアは「気にしないで」、とその毛並みを撫でた。


「バレちゃった……こういう性格は、絶対あの子に似たのね……ユ〜君」


 すると、触れてしまってから五秒も経たない内に、弓弦が現れた。


「…姉さん、こんな夜遅くに森を出るなんて危ないだろ、何を考えてるんだ」


 理解力がある弟も理解力がない弟も、レイアは大好きなのである。 レーヴの隣を飛行する彼は困惑気味の表情だ。


「心配してくれてありがと♪ でも、危なくないよ。 ね、ユ〜君?」


「……守ってもらえること前提なんだな、はぁ」


「ありゃ、違うよ、お姉ちゃんは強いの。 お母さんが強いみたいにね?」


「はいはい。 それで? どこに向かっているんだ?」


 しかし姉の話を流して聞く弟はいじらしいけど、然るべき態度を取らねばならなくて、彼女は「めっ」と、彼を叱った。


「女の子の話はちゃんと訊くものだよ? やり過ぎは良くないけど、聞き流してると痛い目見るよ? だから、めっ」


「っ、女の子と、姉は、別だと思うんだけどな?」


「最初のキスは誰にあげたのかな?」


「誰って…「美郷」…あぁ」


 ふと浮かんだ疑問は泡となる。


「はい、それが答えだよね? お姉ちゃん達のことがだ〜い好きな可愛い可愛いユ〜君?」


「は? 確かに姉さんのことは…いや、それよりもそれが答えってどういうことだ?」


「素直じゃないなぁ、うりうり」


「うわっ、止め…どわぁぁっ!?」「ありゃっ、レーヴ!!」


 弓弦が集中を切らしたのと、魔法の効果が切れるタイミングが重なり落ちかけたのを、レーヴが起こした風が助けそのまま彼はレイアの後ろへ。


「大丈夫、怪我はない?」


「大丈夫だからそんなに心配するな、ヤワじゃないんだから」


「それでも心配しちゃうのが姉心よ? でも良かった…」


「姉心ねぇ…?」


「おろ、どうかしたの?」


「いや、まぁ…その言葉を振りかざしてボディチェックを、頻繁にしてくる姉達が実際に存在したものだからな、どうしても身構えるんだよその言葉」


 思い出すだけでも恐ろしい、あの日の記憶ーーー保育園の頃から高校生まで、抵抗虚しく裸に剥かれた回数、数知れず。

 それを他の人に愚痴ると白い眼で「妄想乙」と言われて理解されなかった回数も数知れずなのだが、いずれにせよ苦い記憶には違いない。


「えへへ…お姉ちゃんにボディチェックしてほしいの? 良いよ、ユ〜君さえ良ければ隅々まで調べてあげるけど「全力でお断りさせて頂きます」…ありゃ、残念」


「…はぁ、姉さんも姉さん達や知影達と同類だなまったく「あ、そうそう!」…ん?」


「ユ〜君結婚してるんだって? お姉ちゃん聞いたよー?」


「ど、どこでフィーのことを…って、ユリかアンナか…あいつら…」


 因みに、その頃二人は熟睡しているが、それは今どうでも良い話である。


「フィーちゃんか…可愛い名前。 どんな子? 何年お付き合いしたの? 結婚何年目? 子どもは何人? ちゃんと良い指輪贈った? どこでプロポーズした? プロポーズの言葉は? どんな料理を作る人? 綺麗? 優しい? ちゃんとお姉ちゃん達みたいな人を選んだんだよね?「ストップストップ!! そんな一度に答えられないから!!」…おろ」


「あ〜ん``ん``っ、順番に答えていくぞ? 一度しか言わないし、姉さんにだから答えるんだからな? 他言無きように」


 普通は知影達の手前(それなりに不可抗力とはいえバレたら殺されるから)誤魔化すのだが、その言葉はすんなりと口から出た。

 彼女なら絶対に信用出来ると、そうずっと昔から刷り込まれているかのように。


「同じハイエルフで、契りを結ぶまでは…一応二百年お付き合いしたことになるか。 結婚は…もうすぐ一年になるな。 もっとも、事故とか何やらで周りと時間の流れがズレにズレまくるから時間の感覚が曖昧なんだけどな、確かそろそろ一年だ。 子どもは居ないが、子どもみたいな子は居るかな…と言ってもフィーの妹だけど。 指輪は…ごめん、贈れてない。 プロポーズはフィーからだが、『カリエンテ』の檜風呂になるのか…はー、あ、はい続けます。 プロポーズの言葉は俺からは言えない。 こればっかりは、あいつの許可をもらわないと。 料理は…何を作らせても美味いな。 特に、ちょっと渋めの家庭料理。 肉じゃがは懐かしい味がして…ん? そんな驚愕のポイントあったか?」


「ううん、続けて」


「ん、あぁ。 容姿は…うん、欲眼入るけどすっっっごい美人、街を歩いても人が振り返るし。 それに優しい。 今回俺がこの任務ミッションに就けたのも彼女のお陰だから。 姉さん達みたいな人…かは分からないから…って、これって完全に俺にシスコンですって言わせようとしているだけじゃないか…まぁ、良い、以上」


「…………」


 小さく唸り声を上げて、何度も首肯すると、


「フィーちゃんは合格。 ユ〜君は、良いところもあるけど、めっ」


 振り返り、まったく眼が笑っていない笑顔で彼を見つめた。


「な…う、ま、まぁ…言ってて自分でも駄目過ぎるとは思ったから当然だよな…ははは「ユ〜君」…ごめん」


「順番にいきましょうね? どんな子かは分かったよ。 二百年にも、一年にも、やっぱりユ〜君は姉や妹が大好きで、可愛いこと…まではそこまで酷くないから、大丈夫」


「……」


 ツッコミ所はあった。 しかし彼女の気迫は彼のツッコミ力を完全に呑み込んでいた。


「指輪、明日お姉ちゃんと一緒に買いに行く? それとも一人?」


「…帰還日までには買いに行く、約束するよ」


「うん、そうすること。 出来ればプロポーズと結婚一周年、纏めた方がユ〜君も楽だと思うよ…勿論その分、分かってる?」


「…あぁ」


 「偉いぞー」と言って頭を撫でる。


「彼女のプロポーズの言葉を言わなかったのはもっと偉い。 料理もお気に入りを上げている、肉じゃが好きだったもんね。 それで凄く美人で、優しくて…えへへ、これは是非とも一度お姉ちゃんが挨拶しに行かなきゃ。 …と、見えたね、あの洞窟へとさぁ行けレーヴ!!」


 弓弦の中で再び浮かんだ疑問は、レーヴが切る風によって吹き飛ばされるのであった。

「ふん…あの男め、一体どうすればあぁも情けない男になると言うのだ…たかだか歌一つで眠りに堕とされるとは、剣を握る者として情けない、あぁ情けない!! 戦場で寝られたら困るし使い物にもならん。 直そうとは思わないのか、いつまで姉という存在に照れているのだ、まっっったく訳が分からん。 これだからあぁいった手合いの男は嫌なのだ、無口だが、情けなくはない分カザイの方が遥かにマシだ。 あんな男とは背中を預けることなど到底夢物語だな、ふん……で、読めと? ……っ、『彼女の愛は、止まるところを知らない。 彼女の実力も、止まるところを知らない。 一つだけ分かるのは、彼女の行動理念が弟の幸せにのみ、あること。 洞窟に隠された謎、それに思案を巡らせていた彼女の前に落ちる、漆黒の翅ーーー次回、姉にはつきない想いがある』…褪せぬ想いが、そこにある。 ……可愛い弟、か……」

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