襲来、防衛
時計が、音を立てている。
カチカチと鳴る音から暫くして、少しだけ大きな音が鳴る。
──クルッポー、クルッポー。
「ん……。朝か…」
弓弦は眼を覚ました。
「起きるか…うん?」
いつものように起きようとしたのだが、左腕に奇妙な重みを感じた。
同時に、温もりも感じる。
正体を確かめるため、顔だけを左に向けて──息を飲む。
「ん…すぅ…」
「…っ」
反射的に自分の頬を引っ張ってみると、痛みを感じた。
昨晩のことも、彼の左腕にしがみ付くような形で寝ている彼女も、決して夢幻ではなかったのだ。
弓弦は、思わず顔を覆う。
心の奥底では、ずっと会いたかった彼女──自分以外の生き残りである『神ヶ崎 知影』が今、確かに、自分のすぐ隣で寝ているのだ。
その事実に、自然と頬が緩むのを抑えられなかった。
それは、意外と男らしい思考。美少女が隣で寝ていると言う満足感というか、充実感というか。妙な誇らしさを感じていたのである。
我ながら馬鹿なものだと思い、苦笑しようとすると。
「知影さん…おはよう」
不意に自らの口から発せられた呟きに、自分自身で驚いた。
そして、今度こそ苦笑する。
普通、もう少し焦っても良いはずだ。朝起きて、真隣に美少女。
現実ならば、あり得ないような光景のはず。しかし意外にも、慣れてしまっている、受け入れてしまっている自分が居たことに気が付いた。
「(姉さん達の教育の賜物かも、しれないな…はは)」
自慢ではないが、弓弦の身内は美人が多い。
訳あって、美人系のサプライズには慣れていた。
当時は鬱陶しいぐらいだと思っていたのだが、こうして今──慌てずに済んでいるのは、幸か不幸か経験値が高いためだろう。
それは彼女という存在を作ったことのない彼にとって、新たな発見であった。
弓弦は亡き家族に感謝しながら、落ち着いた心持ちで彼女を眺めることにした。
「んん…すぅ…」
どんな夢を見ているのだろうか。腕を掴む力を強める知影。
ただでさえ密着している面積が、とある圧力も加わり凄いことになっている。
内心続けないでほしいと思う彼なのだが、彼女の安心し切った寝顔を見ていると、起こそうという気持ちは消えていく。
それどころか、まだ一緒に寝ていたいといった気持ちにすらなるのだった。
「ふふふ。まだ一緒に寝よ?」
「あぁ、そうだな…」
頷き、布団を被り直そうとして──
「(…ん!?)」
固まった。
「(今喋ったの…誰だ? まさかっ)」
彼女の顔を、錆び付いたハンドルを無理矢理動かしている時のようなぎこちない動きで凝視する。
まるで穴が空きそうな凝視だった。
「…起きていたのか…?」
眉一つ、動かない。
「すぅ…すぅ…」
たが逆に、それが怪しさを爆発させていた。
弓弦は思索に耽ると、一つの作戦を思い付く。
「(ちょっとした豆知識。寝ている奴は…唾を飲み込まないんだ…!)」
作戦決行。
知影の顔を、見詰める。見続ける。
数秒の時間を置いて──喉が、動いた。
「すぅ…ふむっ!?」
弓弦は知影の口を、いきなり手で塞いだ。
予備動作の一切無い動きだ。一瞬ではあったが、手が残像を残しているようにも見える速さが、知影の口を捉えた。
声を掛けても、どうせ狸寝入りをされるのが眼に見えていために取った行動は──
「もごっ!! んっ…んーっ!?」
こうかはばつぐんだ! と眼に見えない文字が見えたような気がした。
弓弦の心を覗いてキスされるとでも思っていたのであろう知影は、呻きながら抵抗を試みようとする。
しかしそこは弓弦、素早く先手を取ってみせた。
そのまま身体を捻って、馬乗りに。
「……」
途端に大人しくなる。
すぐさま弓弦は抑えていた手を離して、逃げられないように両手で彼女の手をそれぞれ押さえ付ける。
「知影さん、最初から起きていたんだな? 寝ていたとは言わせないぞ」
徐に顔を近付ける。
鼻腔を、甘い香りが突いた。
一体何の香りなのか。シャンプーか、それとも別の何かか。
一挙一動を見逃すまいと意識を研ぎ澄ます中で、弓弦は瞳を鋭くする。
「……」
近付ける──つまり体勢の都合上、正面から見詰め合う形となった。
ドスを効かせた声で訊いてみたのだが、彼女は顔を真っ赤にしてこちらを見詰めてくるだけで何も言わない。
「(ま…分かっていたさ。なら…!)」
仕方が無いので心を覗くことにする、と。
『うっそ…。そんな…こんな体勢…流石の私も準備が…てか、恥ずかしい…うぅ』
文字通り恥ずかしがっているその声に、自分が今どんな体勢なのか気付いた彼は、自分まで顔が熱くなるのを感じる。
甘い香りは、さらに強くなった。
二人は見詰め合ったまま硬直していたのだが、やがて唾を飲み込む動作と共に、知影の顔が近付く。
「…?」
ふと、何かおかしいと感じた。
だがおかしいと感じるのでさえ、甘い香りが阻んでくる。
近付く距離は、離れない。
頭が重い。思考の中で徐々に、靄が立ち込める。
一体自分は何をしようとしているのか。明らかであったものが、徐々に、徐々に薄まっていく。
そして──
気が付くと、眼前に整った顔があった。
何が起こったのか。霧の中を突き抜けたように明瞭化された視界で、弓弦は瞬きする。
「……っ!?」
瞳の内に映るのは、驚愕の光景。
「お…俺は…何と言うことを…」
弓弦は目の前の光景を見て唖然としていた。
『あぁ…ぁ…』
記憶が、無い。
瞬きの刹那に、視界が様変わりしている。
眼の前に居るのは知影だ。それは変わらない。
しかし彼女は衣服が乱れさせ、恍惚とした表情を浮かべていた。
そして何故か弓弦自身も、着ている衣服を乱していた。
何が起こったのか。まるで思い出せない。
突然自らの意識が、自らのものではなくなったかのような感覚が、微かに残っていた。
冷水を掛けられたかのように、身体に寒気を覚える。
何が起こっていたのか分からず混乱する思考を、どうにか無理矢理元に戻してふと思う。
「(俺…何かとんでもないことをしてしまったんじゃないか、っ!?)」
早金を打つ心臓。
背中を伝うは冷汗か、単なる汗なのか。
いずれにせよ自分では状況を飲み込めない。ならば、もう一人の当事者であろう彼女に訊くしかない。
弓弦は焦ったような声音で、知影の身体を揺すった。
「知影さん、知影さんっ!!」
何かの間違いであってほしい。
己の脳裏に過った予感は、思春期男子による妄想のようなものだ。
だから違う。妄想かもしれないが、実行した訳がない。実行するはずもない。
揺する。激しく、ひたすらに揺する。
僅かな可能性に賭けて彼女を現実に引き戻そうとする──だが。
「弓…弦君…? ふぇへへ…起きて早々狼さんは困っちゃうなぁ…♪」
後頭部を殴られたかのような衝撃が襲う。
現実を突き付けられたのは、どうやら弓弦であるようだった。
知影は相変わらず顔を真っ赤に染めているのだが、その表情はどこか──先程の初心(?)な少女とは違い、色気のある大人のような(??)表情になっているように見え、弓弦の混乱は更に加速。
「さっきまでに何があったのか、誰でも良い、教えてくれ!!」と叫びたい心境だった。
取り乱しこそしたが、そこで叫ばない弓弦はまだ冷静さを取り戻している方なのだろう。
気持ちを落ち着け、短く呼吸を整えると共に問い掛けた。
「す、すまない…俺、知影さんに何をしたんだ…?」
探る。
何かある。何かあってくれ、頼むから。
縋るような思いの問い掛けであった。
「それを女の子の私から言わせるつもり? 弓弦君の…えっち♪」
しかし突き付けられた現実は、熾烈な程に残酷で。
自分が何をしたのか分からないことが、これ程恐ろしいものだとは。
思わず弓弦は、頭を抱えて蹲まった。
「馬鹿だろ…」
“こういうこと”をした以上、男として責任を取らなければならないのは世の道理である。
応じない男も居るが、弓弦はそこまで無責任な男ではなかった。
「‘…いずれこうなることは、一つの可能性として予想していた。だからそれが前倒しになったと考えれば…。だがなぁ、やっぱり“こう言うこと”には、きちんとした順序があるはずだ…なのに俺ときたら…まさか…っ!’」
眼を見開く知影。
「どう言うこと?」
弓弦の自嘲を聞いていた彼女は、眼敏く反応して説明を求めた。
いつもの弓弦なら適当にあしらうことも出来るのだが、自らのあまりの失態に動揺している状態では、言葉を取り繕う暇も無く。
「誰かと行為に及んだんなら責任をだな…っ!」
「えっ…弓弦君それって…まさか…」
責任を取る。
つまりそれは──
「…ッ!? いや、違う! なんだその眼は、そんな眼で俺を見ないでくれぇっ!!」
必死に誤魔化すための言葉を探す弓弦ではあったが、知影の並外れた思考力と想像力は瞬時にしてその答えを叩き出した。
「う、そ…プロポーズなの…?」
「っ!? いや何を言ってるんだ? 今までのやり取りの中でどこにそう判断する要素があったと言うんだ!? あのな、俺は…!」
「プロポーズだよねっ!?」
「違うからな!」
「嘘っ!」
「…ッ!?」
「プロポーズでしょ!」
「…そ…れは…。俺は…」
弓弦の瞳が揺れる。
動揺が、見て取れた。
「──ッ!」
いつしか攻勢が逆転していた。
ここを攻めれば、いける。
知影が意気込んだその時であった。
「弓弦居るかい!?」
あと少しというタイミングを打ち抜くディオの声。
次いでドアがノックされる。どうやら焦っているらしい。
「えっ、ちょ…っ!」
焦ったのは知影も同じ。
このままでは。弓弦を押さえ込もうとするが、時既に遅し。
「──あぁ、分かった!!」
弓弦は一言二言言葉を交わした後に、「悪い知影、後回しだ!」と、素早く隊員服を整える。
飛び出して行った。それはまるで、逃げ出したかのよう。
制止のために持ち上げた手は、何も掴むことはない。
取り残された彼女の顔が下がっていき、やがて肩が震え始めた。
「………………今、もう少しだったよね? 何か弓弦言いかけてたよね? 緊急招集…? 何それ? 今確実に…誤魔化したよね? 「俺は」の後は何? あそこまで言って人を期待させて結局お流れ、お預け? ふふふ、ううん違う…あの人言う時はちゃんと言ってくれる人だもん…だから「また後で」って(※言ってません) なら…それなら…ふざけたタイミングでドアをノックしてくれちゃったディオ君を締め上…キツくお灸を据えなきゃいけないかな…ふふふふふ…さて」
沸き上がる怒り。
怒りの炎は天を焦がすまでの勢いである。
この恨み、どう晴らしてくれようか。思考が回り、一つの結論を導き出した。
こうしている暇が、果たしてあっただろうか。
一旦言葉を切った知影は、引き出しから隊員服(弓弦の予備)を出す。
「…私は行動的な女の子です。すぅ…はぁ…弓弦の匂い最っ高♪」
顔に押し当て深呼吸すること数度。
顔を離した瞬間の表情は、幸せの至りであった。
「と、言うことで追いかけなきゃ」
自分の意思を口に出すことでハッキリと確認しながら、袖を通したのは隊員服。
再び服に付いた匂いを嗅いでから、急ぎ足で部屋を後にした。
* * *
「何があったんだ!」
「分からない! 取り敢えずブリッジに行こう‼︎」
知影が後を付いて来ているのに気付いていない弓弦は、ディオと二人でブリッジへと向かっていた。
角を曲がり、通路を真っ直ぐ走って行き扉を開ける。
そこが、アークドラグノフの艦橋だ。
「着いた! これは…何があったんですか!?」
艦橋に入ったと同時に、ディオの顔が強張る。
重い雰囲気だ。ディオはかつて、これ程までに思い空気を艦内で感じたことがなかった。
「やぁ二人共。…ルクセント少尉は分かったみたいだね」
彼方にて黄昏色に染まる空が覗える艦橋にて。
セイシュウが、厳しい顔でモニターに映し出された真っ赤な信号を睨み付けていた。
「ディオ、これは?」
ディオとセイシュウ、その視線の先。
真っ赤な信号は、これでもかと赤く輝いている。
見ていて──これでもかと不安にさせるように。
「…SOS信号。しかも…NO.2? これは副隊長、シェロック中佐のじゃないか。博士、一体あの人に何が…?」
「副隊長…確か、俺が来る少し前に任務に出てまだ戻って来ないって言う…あの?」
誰が見ても分かる、良くない状況の兆し。
弓弦も事態の一部を理解し、表情をより一層引き締めた。
「そう、その副隊長だ。緊急事態で人が足りない。最悪に近い状況だ。だから隊長代理権限を使用して少尉の君にも、単独で現地に向かってもらうよ。今すぐ転移装置で彼女の下へ行って、現地でオルグレン中尉と合流後、彼女の援護に入ってくれ。三人揃って帰艦するんだ。急いで!」
「りょ、了解ですっ‼︎」
ディオはセイシュウに向かい敬礼をすると、大急ぎで出て行った。
残された弓弦は彼の背を見ていたが、角を曲がって見えなくなったのを境に向き直る。
視界に入るのはセイシュウと、階段を降りて慌ただしく端末と向き合っている艦橋クルーの姿だ。
彼等の表情は、一様に硬い。時折セイシュウに視線を向けている姿は、指示を待っているようにも見えた。
何か出来ることがあるだろうか。弓弦が支援法を模索するには十分な状況であった。
「…俺はどうすれば良いんだ?」
「弓弦君は残ってもらっているクアシエトール中佐、知影ちゃんと一緒に、ここの防衛と…万が一のための第二部隊を兼ねて待機してもらうよ」
「…分かった、だが…」
防衛という言葉に引っ掛かりを覚える彼であったが、それ以上の違和感を感じていた。
ここまでの会話の中でも、この場にも、肝心の人物が居ないことに。
「隊長さんのことだね」
扉が開き、知影が艦橋に入って来た。
先程までの会話を聞いていたのか、はたまた弓弦の心を覗いていたのかは分からない。しかし彼女は、弓弦が抱いた違和感の原因を一発で、彼の代わりに答えてみせた。
「…そうだ、レオンだ。さっきの話だと、隊長であるレオンは今…この艦を離れていないんだよな? なら、あいつも防衛の為に待機している…と考えたいが、頭数に入っていないような言い方だ。面倒だから単刀直入に聞きたいが、あいつは今何をしているんだ?」
知影の登場に振り返った弓弦。
彼としては彼女に聞きたいことが沢山(主に着ている服)あった。しかし状況が状況である。セイシュウに向き直ると、知影が明らかにしてくれた点を訊く。
「…ま、気になるよね」
セイシュウは顔をさらに厳しくすると、首を左右に振る。
「レオンの奴は今動けない…としか言えない」
親友の情けなさを嘆くような、吐き捨てるような言い方だった。
「動けない? 昨日お会いした時は元気そうでしたが…あの後に隊長さんの身に何かあったのですか?」
セイシュウは困ったように知影を見て、それから新しく艦橋に入って来た二人の人物の姿を見て、深く溜息を吐いた。
「…『奴等』が来たのか?」
「うむ。先程二体と交戦し、討ち取った…。だが遠眼で五、六十体程確認見えたな、アレは。…殆どが【リスクG】だから注意せねばならん」
入って来た人物の一人──ユリがセイシュウの問いに答える。
「種類は」
「『シャドウホーク』」
「そう…か。君の得意分野なのが幸いだよ」
セイシュウは表情を僅かに明るくして、胸を撫で下ろす。
数は多く脅威でもあるが、中佐の彼女でも倒せる相手であったのが不幸中の幸いであった。
「少し待ってくれ。そもそも俺はこの艦は安全だとディオから聞いているんだが、どういうことだ? 説明してくれ」
「弓弦君…言っちゃった」
話が見えないので弓弦はセイシュウに「説明」を求める。
彼としては気になったことを普通に訊いただけなのだが、知影は、ものの見事に地雷を踏んでしまっていることに気付いた。
止めようとは思ったが、話を切り替える方法としては十分。だから、敢えて止めなかった。
その目論見は見事的中し──
「説明しましょう! …と言いたい所だけど緊急事態なので、要旨だけを説明しますわ」
案の定もう一人の人物、リィルが反応した。
だが彼女は苦しそうに口を手で押さえた後、荒い息を整える。
どうやら、説明したい意欲を抑え込んでいるようだ。
そうも苦しむものなのかと思う一同であったが、彼女にとっては一大事なのである。
そして、極力噛み砕いた説明を行った。
「ルクセント少尉が言ったことはある意味で間違ってないですわ。確かに“この艦は”、安全です。でも時々外の世界から、偶然『この空間内』に入って来る、言わば災害…みたいな存在は居ますの。ですから絶対的に安全と言う訳ではなく、単に危険を排除しているだけなのですわ」
微妙な言葉のニュアンスに基づく事実だ。
間違ってはないが、正しくもない。受け取り方によって、どちらにでも取れるよう調整された虚偽装飾の真実。真実装飾の、虚偽。
リィルが明かしたのは真でも偽りでもない、本質であった。
「いつもなら隊長と副隊長、ユリのトリオで撃退に当たるのですが…。今回はあなた達二人にユリの援護を頼むしかありませんの。悪いとは思っています。ですがもう武器も用意しましたわ。…後、これを」
リィルは有無を言わせない言い方で、二人にインカムを手渡す。同時に隣のユリに、艦橋の外に出るよう伝えた。
「ありがと♪」
これは隊員に支給される、個々の通信用無線インカムだ。感度もかなり良く、外れ難い。装着すると戦闘中の連携にも使える。また私のように頭の中で念じれば、このように頭の中へ響く形となって指定した相手に言葉を伝えられる。…つまり装着者の脳波を広い、一種の念話も行える代物だ。潜在的な考えも相手に伝わってしまう可能性があるから、その点には注意しておけ』
またまた『頭の中に響く声』の登場に変な縁を感じる弓弦ではあったが、状況は切迫しているようなので思考を切り替える。
「…凄いね、異世界の技術」
弓弦が知影の言葉に頷いていると、艦橋の扉を開けたユリが手招きした。
「…時間が無い。急ぐぞ、付いて来てくれ」
「分かった」
二人は駆け出した彼女の後に続いて艦橋を後にした。
「行っちゃったか…」
防衛手を見送り、セイシュウは表示されていたモニターの隅に、別の画面を表示させる。
表示された画面には、「注意セヨ。異常ナ空間ノ揺ラギ、アリ」と赤文字で表示されていた。
「(救援は望み薄…か)」
リィルに見えないように画面を消し、セイシュウは振り返った。
モニターを見る時に引き締めていた表情は、普段の飄々としたものへと変わっていた。
「さて、僕もやるべきことをやらないといけないね。零じゃなければ、そこに思考する価値はあるんだから」
「博士…」
「僕はレオンを叩き起こしに行く。ここは任せたよリィル君。悪いけど、何かあったら知らせてくれ」
「…分かりましたわ」
後は助手に任せて白衣を翻すと、セイシュウも艦橋を後にした。
「さぁ今回の説明にいってみましょうっ!」
「…いつまでこの解説は続くんだ」
「はい?」
「…。いや、何でもない」
「おほほ。今回は、『アークドラグノフ』の艦橋について説明しますわ。当艦の艦橋は二階に分かれています。二階は艦長席と、艦長用の操作端末があります。艦の起動に必要なコントロールキーと言うものがあるのですが、キーはこの操作端末に差し込む形で使用しますわ。艦長席の両隣にある階段を降りてのみ行ける一階部分は、操舵席や通信席等があります。主に艦長の指示を受けて、艦の操作を行いますわ」
「コントロールキーがあるってことは、それを失くすと一大事だな」
「えぇ。スペアも存在しますが、メインと比べると権限に制約があり、音声のみに限局する通信しか出来ない特徴がありますの」
「救助を求めるぐらいしか出来ないのか…。コントロールキーはそれぐらい大切ってことだな」
「その通りでしてよ。艦の機関部を心臓とするのなら、コントロールキーは脳。心臓は言わずもがなてすが、脳を欠いては機関部が生きていても正常な機能を発揮することは難しいですわ。世界に一つしかありませんし」
「ん? 複製は出来ないのか?」
「複製した物がスペアキーでしてよ。戦艦や鍵は、元々どこかの世界で製作された遺物を私達が発掘した物。現在の技術力では、完全な複製品を作ることは不可能とされていますの」
「…何だそれ、初耳だぞ」
「ではこれを機に覚えてくださいまし。私達が保有する『アークドラグノフ』を始めとした戦艦群は、世界と世界の間にある世界──通称『狭間の世界』にある遺跡から発掘された物です。何故遺跡に眠っているのか、何故『狭間の世界』なのか、何故空間転移を始めとした機能を有しているのか、そもそも誰が造ったのか…一切謎に包まれている遺物ですわ」
「…発掘した大昔の物を、再利用しているってことか」
「有り体に言ってしまえば。ですが大昔と決め付けてしまうのは、少々性急ですわね。私達は、遺跡に在った遺物を再利用していると言うだけ。世界が違えば、時の流れも微妙に異なっていたますので…厳密にはいつ頃造られたのかは定かではありません。在った物が、使えるから使っているだけ…そうしなければ、守れない命があるのだから」
「……」
「…あまり長く話すと、いつまでも予告に移れませんわね。残りの説明は次回にも持ち越すとして…予告ですわ。『戦いに赴く三人は、己の得物を手にして敵と対峙する。生と死を天秤にかけ、ただひたすら勝利に向かって斬り進む、貫き進む、撃ち進む。その先に待つ、結末を知らずに──次回、防衛、戦慄』
「‘…何者かによる遺物…。その目的…か。一番ありがちなのは…誰かがいずれ訪れる戦乱のために兵器を遺した…とか、大昔の戦争兵器が偶然にも残っていた…とか、だな’」
「まぁ。弓弦君もそう言った考えに辿り着くのですわね」
「ま、ありがちだからな…」
「考えることは、良いことですわよ。さて、では今回はここまでです。次回もご期待くださいまし!」
「さて、戦いに戻るか…」