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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
139/411

祭の日に見えたもの

 翌日、つまりこの世界に来てから七日目。 村の復興は無事に完了し豊穣祭五日目が、始まった。


「おにーさん! 見てるー?」


 この日弓弦は、不機嫌なアンナと共に祭壇の側での警護に当たっていた。


「おろ、フレイ…ちゃんと踊らないと駄目でしょ」


「そんなこと言って、レイちゃんも回る度におにーさんを見ているから、タイミングがズレてるよ?」


「ありゃ…でも、余所見ばっかりしていると躓くよ?」


 当然そのことについてアンナは渋い顔をしたのだが、ロダンとヤハクが見回りを頼まれると言って譲らなかったのでこうなってしまった。

 また祭壇の警備に、三人も要らないということでユリは休憩してもらっている。 やたらと上機嫌に部屋に入って行ったのが弓弦としては印象的だが、隣の殺気に生きた心地がしない。

 

「わ…っとと」


「言ってる本人が躓いてどうするのレイちゃん!」


 躓いてバランスを崩したレイアに笑いが起こる。


「はははっ、余所見は禁止だぞレイア!」


 これには弓弦も笑ってしまい、「めっ!」と照れたレイアに怒られてしまったので、さらに笑いが起こった。

 青空の下、二人の巫女が舞う神楽は森の息吹に力を与え、輝きを放たせる。


『きゃっほー♪ 緑が元気なのー!!』


 視界には眩しい光が溢れており、思わず眼を細めると「寝るな」とアンナから覚えのない行為に怒りの言葉が。 まるでずっと彼女に監視されているような気がして落ち着かない弓弦だ。


「…別に寝ようとなんて思っていないんだが」


「なら眼を細めるな。 疑われたくないのならな」


「眼を細めるだけで疑われるのか…はぁ」


「溜息を吐くな、こっちまで陰鬱な気分になる…!」


「あのなぁ…」


「だらしない声を発するな、気を引き締めろ!」


「……」


「だから眼を細めるなと何度言っているッ!!」


 これなら気楽に森を歩いていた方が何十倍もマシである。 一つ一つの行為にケチを付けられて何も感じない程弓弦もお人好しでは、ない。


「ふん…やる気か? 受けて立つぞ」


 気配を悟ってかアンナが剣の柄を手で触れる。 一触触発の雰囲気が二人の間に流れる……


「そうか、ついに馬脚を現したな」


「…何?」


「皆さーん! 抜刀しようとして「ふん!」ぐぁっ!?」


 はずもなく、彼女の鉄拳が振るわれた頭を押さえながら呻く。


「…酷い女だ」


「貴様が酷過ぎるのだ、橘 弓弦。 この程度の一撃で根を上げるとはな」


「衝撃で地面が凹んでいるんだがそれでもこの程度なのか?」


「なんだ? もっとキツイが欲しいのならそう言え、ふんっ!」


「ぐごぉっ!?」


 眼の裏で星が弾け、足が地面に沈むーーー動けない。


「…誰が、いつそんなこと言った!」


「貴様が今、そう言ったのだが?」


「…理不尽だ」


 沈んだ自分を見下ろしている彼女の行動は余所見以外の何者でもないが、それを言ったら命が危ないので自重。


「ふん、いつまで埋まっているつもりだ? さっさと立ち上がれ」


『にゃぁ…この理不尽さは誰かさんそっくりにゃ』


「いや、埋まってたら立ち上がれないだろ? この通り地面にめり込んでいるのにどうやって立ち上がれと言うんだ?」


「そうか…確かに一理あるな」


 「一理しかないのか」と心の中でツッコミを入れる弓弦。

 しかし彼女の次の行動に、彼の表情は引きつった。


「…な、何をするつもりだ?」


 足を振り上げた彼女は、楽しそうに「手伝ってやる」と言った。

 どう考えても助け出すというより、送り出すことを手伝おうとしているようにしか思えず、嘆息する彼の視線がある一点を通過し、戻り、慌てて逸らされる。


「…? 急に慌ててどうした。 気にすることはない、私は有言実行だ。 手伝うと言った先程の言葉に偽りは無いし、撤回するつもりもない。 安心して受け取るが良い」


 これは言うべきか、言わざるべきか非常に悩ましい問題だ。 角度的には弓弦にしか見えないので、言わなければ災禍は避けれるであろう。

 しかし言わなければ、それはそれでどこかマズイようで、悩ましく、記憶を彼方へ消し去ろうとしても出来そうにない。 それ程にイメージに合わなくて衝撃的過ぎた。

 「あのアンナがそんな大胆な色を履いているなんて……」とは彼の心の言葉だ。

 因みに彼女の基本的な装いは騎士甲冑なのだが、騎士甲冑とは言ってもロダンのようなフルアーマではなく、どちらかというと服に近いデザインだ。

 つまり、下半身部分はスカートであり、膝までを覆うレッグアーマから太腿の直前まで覆うハイソックスの上は引き締まり、蠱惑的な素肌を晒している。

 弓弦が見てしまったもの、お分りいただけたであろうか。


『黒にゃ』


「‘あぁ、お前の名前はクロだな’」


『違うにゃ、今日履いてるものにゃ』


「‘確かに今日は上も下も黒色のものを着ているが、それがどうかしたか?’」


『違うにゃ、アンニャが履いてものにゃ』


「…何をブツブツと言っている?」


 クロとの会話に集中するあまり、足を下ろした彼女が耳をそばだてていることに、弓弦は気付いていない。


「‘…。 俺の見間違いじゃなければ黒…だな’」


『興奮したかにゃ?』


「‘どうだかなぁ…まぁ、実際目の当たりにすると意外ではあったな’」


「? 何を目の当たりにしたんだこの男は…?」


『素直ににゃるにゃ。 男はギャップに萌えるものにゃのにゃ』


「‘っ、お前がギャップ萌えに萌える男について語るんじゃないっ! それにあの程度のギャップ萌えに萌える程俺は場数を踏んでいない訳じゃないんだ…!’」


 どのような場数を踏めばどうなるのか、まったく意味不明の会話である。


「‘確かに見てドキッとした、あぁ認めるさ。 だがな…あの程度は所詮子どもの遊びだ…!’」


『ゆ、弓弦…どうしたのにゃ?』


「‘真のギャップ萌えとはな…真ギャップ萌えとは…っ、もはや萌えに非ず…っ!!’」


「ギャップ萌え? 貴様何を言っている?」


「それは既に、ギャップという次元ではないのだ…そう、真のギャップ萌えとはただひたすらに萌えること…たかだかあんなものでギャップとはおこがましいッ!!」


『にゃ、にゃんだってー』


 見事な棒読みである。

 それはそうであろう、変態には一々付き合ってられないものである。


「あんなもの?」


「あぁ、アンナが少し大胆な色の下着を履いていたとし…あ」


 気付いた時には時既に遅く、アンナに蹴り上げられた弓弦の身体は空を舞っていた。


「この…っ」


『にゃはは、またしっかりと見たのにゃ』


「言うな…」


 落ちて来た弓弦の腹部にジャストミートする刀。


「うぐ…っ、仕方無いじゃないか…だってそれが…っ」


「大馬鹿者ぉぉぉぉぉぉッッ!!!」


 彼方へと飛び、星になった彼の、どこか悟った表情が心の内を語っていた。


「ふん、峰だ、感謝するが良い…」


 「男の本能さ」と。


「成敗」


 唖然と彼方を見やっていた村人達の視線を受けて、長剣を鞘に戻し背を向けた彼女の頬は、微かに朱を帯びていた。










「クワイエットで…ここは落ち着くね」


「そうだな」


 ロダンとヤハクは散歩気分で森を歩いている。

 焼かれたと聞いていた森は、その話が嘘だと思える程生命力に満ち溢れていて、踏みしめる土の感覚が滑っていないはずなのに柔らかい。 土質が良いのだろう。


 ガサガサッ、ガサッ!!


 しかしその静寂を破るかの如く、彼らの眼の前に空から、何かが落ちて来た。

 ボロ雑巾だ。


「「……」」


 いや、弓弦だ。


「……………い、インポッシブル」


「っ、真祖! どうした、何があった」


「アンニャのパンツを覗いて制裁を食らっただけだから、放っておくにゃ」


 その身体からピョンと出て来たクロの言葉に二人脱力する。 しかし言葉通りに放っておくことも出来ないので、うつ伏せ状態の彼を仰向けにさせると、彼はどこか安らかな顔で気絶していた。


「ハッピーな顔をしているね」


「そうだな」


「でも、大いに分かるよその気持ち」


「そうだな………は?」


 ロダンが驚きを露わにする。


「あのお堅いプリンセスがどんなものを履いていたのか、気になるね。 どんなものだった…って、居ない」


 訊く前にクロは弓弦の中に戻って行ってしまった。


「良いね、グッドだよ。 やっぱり真祖でも、人間でも、男なら目指す浪漫は一つなんだ…エクセレント。 君もそう思わないかいロダン」


「勝手にやってくれ」


「ノーだね。 いやぁでも、どんなものを履いていたのか…ストレートに白? いや、パステル系だとして…水色…桜色かもしれない…真面目そうなプリンセスは爽やかな色をチョイスしそうだからね……いやまさか、もう少しアダルティな真紅とか…黒? いやそれはないか。 ああいった子は自分が染められることを拒むから色を塗り潰してしまうような濃い色は選ばないか…だったら、何色だろう…あいや、そもそも一色ではなく二色かもしれない…模様は? ストライプ? 王道ではあるけど…ボーダー…は、柄として成立しないか…いや、ワンポイント系かな、チャイルドのようにベアーがワンポイントにペイントされたものもギャップがあるね…ディフィカルトだ」


 本気で悩んでいるヤハクを苦い顔のロダンが見つめる中、弓弦はやはり、幸せそうに気絶していた。










* * *


「ちょっとユ〜君」


 美郷は、愛すべき弟の部屋の扉をノックして中に居る弟ーーー弓弦を呼んだ。


「何、美郷姉さん」


 扉が少しだけ開くと、眠たそうな顔をした弓弦が中から顔を覗かせる。

 彼女は小脇に抱えたシャツを彼の前に広げると、袖の辺りを指差した。


「これ、何? 何をしたらここが黒くなるのよ」


「えっ!? 何これ」


 引っ手繰るようにシャツを受け取ると、黒ずんでいる部分を凝視する。


「どういうことよ! これって、一昨日洗濯してあげたシャツじゃない!」


「う…ぁ、ごめん」


「そこに座って。 説教してあげるわ」


「折檻するの間違いじゃぁ「せーいばいっ♪」痛い痛い痛いっ!!」


 座った弓弦を押し倒し、足四の字固めをお見舞いする。


「痛い?」


「痛いよ!」


「それがお姉ちゃんの心の痛みよ…っ! 折角私が新品同然に干して、仕上げたのにそれを二日であんなんにしちゃうなんて…っ」


 指で涙を拭う、振りをしながら足に入れる力を強める。


「痛い…痛いよみ〜姉ちゃん!! ごめん、ごめんなさいっ!」


「言葉が足りないっ!!」


 さらに、固める足に力を込める。


「痛い痛い痛い痛いっ、み、み〜姉ちゃん大好き、世界で一番愛してるよっ、結婚出来る年になったら僕はみ〜姉ちゃんと結婚したいっ!!」


「…よろしい♪」


 固めを解いて、痛みで立てない彼の頭を膝に乗せる。


「…ぅぅ、酷いよぉ…っ」


「ごめんごめん、謝る。 でもお姉ちゃん本当に悲しかったのよ? 大切にしてよね、ホント」


「っ、み〜姉ちゃんなんか……「…っ」…大嫌いだ…っ」


 …始まった。


「え…っ、嘘…よね」


 眼を大きく見開かせ、瞳を揺らせる。 一縷の望みを込めた彼女の問いに、


「…ふんだ」


 拗ねた様子の弓弦はそっぽを向くだけであった。

 彼女にとっては晴天の霹靂で、弟の態度と真意が分からなかった。


「嘘だよね…嘘だといってよ、ユ〜君!! お姉ちゃんのことが好きだよねっ、世界で一番大好きなんだよねっ!!」


 近付く顔から視線を逸らす彼は悟ったような、それでいて残念そうな面持ちで彼女を顔を離させた。


「…美郷姉さん」


「…っ」


「姉弟じゃ…結婚出来ないんだ」


「結婚出来るッ!! 私がそうさせる、姉弟結婚が出来る国に連れて行くから、お姉ちゃんが何とかするからっ」


「無理なものは無理だよ。 それに、現実問題周りの人に認められないよ」


「居るわよ! 世界は広いんだから認めてくれる地域があるはずっ!!」


 首を振りそれを否定すると、弓弦は美郷の頬をそっと手で触れる。


「…その所為で周りから腫れ物みたいに扱われる姉さんを、僕は見たくないんだ」


「私は周りにどんな眼で見られたって良いのっ、ユ〜君と結婚出来るのならそれで良いに決まっているのっ「駄目だっ!」」


「駄目なんだよ、分かってよ…」


「嫌っ!」


「姉さんっ!」


「誕生日に私にくれたファーストは嘘だったの? こんなに大好きなのになんで!!」


「好きだから、突き離すしかないんじゃないか! 僕が突き離さないと姉さんは止まらないじゃな…っ」


 重なる唇。 しかし次の瞬間には彼が顔を逸らしていた。


「止まる訳ないじゃないっ、こんなに、こんなに大好きなんだからっ!」


 側から見れば何をやっているんだこの二人はという状態だが、本人達は必死なのだ。


「止めてくれ、止めてくれよっ!」


「私を見て、私だけを見て、突き離さないでよ! ユ〜君っ!!」


「分かってくれよ姉さん! それに「ユ〜君っ!!」ほら、杏里姉さんが来たよ」


 扉が開け放たれる。

 いつの間に階段を上がって来ていたのか、そこには帰宅したばっかりの、保育士二年目の杏里が立っていた。 美郷が時計を見ると時間は五時。 友人と勉強しているためか優香は帰って来ていないものの、いつの間に帰って来ていたのか木乃香も顔を覗かせていた。


「ありゃ、またやってたの?」


「…取り込み中よ姉さん。 悪いけど「おろ?」…あ」


 杏里は足下に落ちていたシャツを拾う。 解放された弓弦が退いてしまったので、名残惜しそうに彼を見ると立ち上がった。


「悪かったわよ、洗濯回してくる」


 そのまま杏里の手からシャツを引っ手繰ると部屋を後にする。


ーーーユ〜君、あれ一昨日美郷が洗ったシャツでしょ、ちゃんと謝ったの?


 扉越しに聞こえる杏里の声から逃げるように、彼女はシャツの裏地に顔を埋めながら階段を降りて行った。










* * *


 何かに呼ばれているような気がして、ロダンは森を出て草原を歩いている。

 時刻は夜。 今宵も美しいであろう月を見上げると、また聞こえた。


「…?」


 何かが空を駆けている。

 ロダンの眼に映るということは、魔力マナだ。

 聞こえた。 今度ははっきりと。


「ッ!!」


 ーーー馬のいななきが。










 どれだけ走ったのだろうか。

 気が付くと、辺りがキラキラと輝いている。

 魔力マナだ。 この辺りは、森とは違う意味で魔力マナが濃く、それが自然に起こった現象ではないことが、彼には分かった。


「ーーー!!!!」


 馬の形をした“何か”が彼の前に現れ、彼は眼を見張る。 きっと、普通の光しか見えぬ者には見えない存在だからだ。

 それは、彼のような者だからこそ、視える、ものなのだ。

 『力を示せ』と、言った。 そう、聞こえた。

 咄嗟に剣を抜くと次の瞬間、激しい衝撃が襲う。

 身体が貫かれそうな衝撃を去なすと、ロダンな兜の面を下ろした。


「ッ!!」


 突進を避けると、駆け抜けた際に生じた突風に吹き飛ばされる。

 反転し衝突する。

 耳に届く、何か硬いものがぶつかり合う音。


「く…っ!!」


 かち上げられる。

 『力を示せ』とまた聞こえ、態勢を立て直し振り返ると、離れた位置からこちらに駆けてくる。

 加速していくその存在を前にして、ロダンは剣を強く握り、構え直した。


* * *


「くッ」「はぁぁッ!!」


 今日も二人の剣客は互いの刃を重ねていた。

 休憩だった先程、寝ていたアンナのことを指摘した途端これで、確実に殺しにきている彼女の剣を受け止めながら自分の失言を認めた。

 しかし、それだけでこうも怒るものなのだろうか? それが疑問だ。


「死んでしまえこの大馬鹿者ぉぉぉッッ!!」


「何故死なないといけないんだッ! 生きる権利ぐらいあるだろうッ!!」


「貴様に生きる価値など無いに決まっているだろうッ!」


「それは酷くないかっ!?」


「当然の、自然の、当たり前のことだッ!!」


「どう考えても、幾ら考えても、そうは思えないなッ!!」


 二度の回転斬りから流れるように斬り上げ、身体を捻りながら後ろに飛び退り、


「うぉぉぉぉぉおおおッッッ!!」「はぁぁぁぁぁあああッッッ!!」


 踏み込んでからの逆袈裟斬りが鏡写しのように重なり、鍔迫り合いに。


「大人しく私に斬られろ、橘 弓弦!!」


「嫌に決まってるだろう、がッ!!」


「なら、本気でこいッ!!」


「本気でいったら勝負に、ならんだろッ!!」


「ふざけるなッッ!!」


「俺は至って真面目、だッ!!」


「今日のアレもかッ!!」


「あぁ、真面目に決まってるだろ…って、アレ?」


 『地雷踏み抜いたにゃ』と、クロ。 地雷とは即ち、弓弦ホームラン事件である。


「地雷ってなんだよクロ!?」


 『また踏み抜いたのにゃ』とは、クロ。 アンナの顔がカァァ…ッと赤くなっていき、肩が震える。


「斬り捨ててやる…斬り捨ててやるッッ!!」


 当然怒りに震えているのだ。


「死んで地獄に堕ち自らの行い反省して人生やり直して清い精神を持ってそれから私の前に現れ教えを請え!!」


「は? すまん本気で聞こえなか「そうすれば女に対して清廉潔白で在れるよう教育してやると言っているのだこの大馬鹿者ッッ!!」ぐぅおっ!?」


『約束の時は来た、我が名の下に、語り継がれし伝説の聖剣を召喚せん!!』


「は…?」


『絶対勝利を体現せし王者の剣よ、ここにッッ!!』


 殴り飛ばされ木にぶつかり、跳ね返った彼の視線の先で、恐ろしい程に神々しい光を放つ光剣を握ったアンナが、カザイを思わせるような無表情でそれを下段に構える。


「ちょっと待て、今とんでもないフレーズが聞こえたんだが!!」


「喜ぶが良い、これを人間相手に放ったのは貴様が初めてだ…!!」


「いやだろうなっ!? それを食らったら…死ぬだろ!?」


「あぁ、私のために死んでくれ♪」


 初めて見た彼女の笑顔に「人間本気で怒ると笑うというのは本当だったのか…っ」と、凍り付いた彼に、


「“エクス、カリバァァァァァァッッ!!!!”」


 聖剣の鉄槌が振り上げられた。

 光の斬撃の奔流が彼を彼方へと消し飛ばし、尾を引いて月夜に吸い込まれる。


「成敗」


 魔力マナ節約のため依り代としていた長剣を鞘に戻しながら、アンナは短く呟いた。


「む…どうしたのだアンナ殿」


 同属性の強力な魔力マナを感じれば流石に気にならないはずもなく、ユリが宿から出て来る。


「気にするな。 ところで、それは?」


「む? あ、ぁぁいや、気にしないでくれ」


「そうか。 ふぁ…ん、今日はよく眠れそうだ」


 晴れ晴れとした顔で一息吐くアンナだったが、ユリの「弓弦殿は…どこに行ったのだろうか?」の呟きに微かにかげりを帯びさせた。


「先程慌ててどこかに行った。 その内戻るだろう」


「…むぅ、いつまで経っても晩餉ばんげに出来ぬではないか…困ったものだ…ふっ」


 「ではもう少し続きをやるとするか」と言い残して去った彼女の背中を見送ってから、バツの悪そうな、神妙な顔をする。


「ふむ…やり過ぎたか」


 どう考えてもやり過ぎである。 とっくの昔に体力が無くなった人物に対して封印された三種類の魔法を放つぐらいには、やり過ぎであった。


「しかし…人生をやり直せか…」


 思考を切り替えた彼女は先程の自分の言葉を反芻すると、宿に戻って行った。


* * *


 あれから何度も突撃を受け流したロダンの肉体は遂に、限界を迎えようとしていた。

 動く度に汗が滲み、集中力が切れかけるのを気力でカバーする。

 また、彼の身体を貫こうとする突進の構えを見せたその時、


「ぐふっ」


 彼の眼の前にボロ雑巾が飛来した。


「つつ…っ、なんであんなヤバい魔法を放つんだよアンナの奴…はぁ」


 小言を漏らしながら、弓弦が立ち上がると、ロダンは自分の周りを魔力マナが覆ったように感じた。

 すると傷が癒えていく。


「真祖…」


「姉さんに頼まれて、お節介だ。 そいつの想いに応えてやってくれ」


 その間に突進してくるかと思ったが何故か、動きを止めている。


「あの馬の想いに?」


「そういうことだ。 じゃ腹も減ったし頼まれ事も終わったし、俺は帰るから」


 「それと真祖言うな、ハイエルフは吸血鬼じゃないんだから」と冗談めかして言うと、その姿は消えた。

 幾分か楽になった身体でストレッチをすると、


「そうか…」


 全てを察したロダンは、剣を鞘に収める。


「お前は…“お前”なのか」


 嘶く。

 それが、答えだ。


「……なら」


 嘶くと、これまでにない速度で駆けて来るのに対してロダンは、兜の面を上げると、


「来いッッ!!!!」


 両手を広げた。

「弓弦は黒が好きっと…メモメモ」


「クス…何をされているのですか?」


「弓弦が好きな下着の色をメモしてるんだよ。 いざって時に萎えさせちゃ嫌だから」


「左様で御座いますか」


「? 今一瞬だけ冷たい視線を感じたんだけど…気の所為かな」


「あらあら…うふふ、勉強熱心で素晴らしいと思いますよ」


「あ、そうだ。 風音さんはいつも、どんな下着を穿いてるの?」


「はい?」


「フィーナのは洗濯してる弓弦の下着を盗るついでに見るんだけど、風音さんのはあまり見たことないから」


「あまり?」


「ほら、だってよくさり気ない体を装って弓弦にギリギリの絶対領域まで見せてるでしょ? 風が吹くと一瞬だけ見えたり…見えなかったり…色は確か「それでは予告で御座います」」


「『黒騎士と一騎の馬。 人馬一体となり戦場を駆け抜けるその以前。 戦で馬を失ったロダンさんは、とある洞窟で見かけるという暴れ馬の噂を耳に入れ、向かう。 それは忠義に生きる騎士と、最期まで彼の助けとなった美しき名馬の出逢いと、別れの物語ーーー次回、空駆ける一角獣』…風の音が紡ぐ、焔の如き想いをあなた様へ」


「うーんあれは驚いたよねぇ…って、え? いつの間に予告終わっちゃってるの!? 風音さん! …居ないや」

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