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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
138/411

百合が花開くとき

 桶が床に置かれカポーンと良く耳にするあの音が響き渡る。

 弓弦の背後ではまた最近少し成長したらしい、はち切れんばかりのスタイルを真っ白なタオルで覆ったユリが恥ずかしそうに彼の背中を洗っていた。

 シャワーで泡を流すと逞しさを感じさせる、頼もしい彼の背中が現れると彼女の頬が今以上に熱を持っていき、自然と動悸が激しく、息が荒くなりどうしようもなく嬉しくなってきてしまう自分自身をおかしく思いつつも、高まる感情は嘘を吐かず彼女の心情を全身に伝えていく。


「…終わった…ぞ」


「そうか…んじゃ交代だな」


「うむ…………〜っ!?!?!?」


 思わず頷いてしまったユリだが、弓弦の言葉を咀嚼そしゃくしていき自分の解答の意味を悟る。

 立ち上がった弓弦は、思考の止まったまま死んだ魚のような眼で彼女の身体に触れ椅子へと誘う。

 タオルの上からでも分かる弓弦の手の感触はどこかーーーいやらしかった。 まぁそれは彼女視点の表現で、実際の弓弦は思考が止まっているだけの所謂いわゆる人形状態である。

 ストンと座らされた彼女の身体のベールが脱がされ、美しい肌が露わにされた。


「た、タオルを…っ、ひやっ!?」


 タオルに付けられた石鹸の冷たい感触がその上を這っていくと堪らず、変な声がユリの口から溢れた。

 最初から泡立ってはいるが、まだ泡立ち切れていない少量の原液が後ろから前へと伝っていき、ユリの双丘の隙間を抜けていく。


「はぅ…っ」


 堪らず変な声が発せられた。

 自分がここまで、艶のある声を発せれるとは思えなかったユリ自身が、内心感心する程の声だ。

 そんな間にも優しく、力強く背中は洗われていく。 「気持ち良い」とハッキリ思える感覚に対して彼女は抵抗するも、意思に反して身体は正直過ぎた。

 喜んでいる自分が居る。

 癖になってしまいそうな感覚に舌舐めずりをしている自分が在る。

 感情の糸が紡ぐ、一本の糸を手繰り寄せ、得る。

 集めた糸を織る。

 そこから形成しる、何かで紡ぐ新たな糸。

 ふとそこに、答えがあるような気がした。 何の答えなのかは分からないのだとしても、そのような気がしたのだ。


「…ふぅ。 私としたことが、まさか味噌汁にかまけてそのまま寝ようと思ってしまうとは…ん?」


 取り敢えず最初に出る答えは、ここが“女湯”であることだ。

 風呂に入り忘れていたことを思い出したアンナは、寝る前に身体を洗いにここを訪れた。

 湯煙で彼女の視界は上手く定まらないが、そこに二人居ることを認めた彼女は見覚えのある後ろ姿に静止し思考を巡らせる。


「………」


 その視線の先に居る弓弦は、急に感じた寒気で正気に戻り冷や汗を流していた。

 「今の自分は何をしているのか」 勿論ユリの背中を洗っているのである。

 彼女を背後から攻めているのである。


「……」


 無言でアンナの姿が消えた。 おそらく確認しに行ったのだろうがいずれにせよチャンスだ。 今“テレポート”を使えば無事に脱出出来るが……


「気にするな、私は構わないぞ」


「……」


 彼女は今日も、逃げることを認めないようである。


「…つ、次は髪を洗ってくれ」


「………」


「わ、私は気にしないぞ?」


「…俺が気にするんだが」


「私が気にしていなければそれで良いのだ。 だから早く…洗ってくれ」


 『あ〜あ、にゃ。 ちゃんと構ってあげてにゃいからこういう時に譲ってくれにゃいのにゃ』と溜息混じりの声が響いたが、弓弦としては取り敢えず生命の危機だ。

 次にアンナが戻って来たらタダでは済まないだろう。 済し崩し的にここまで来てしまっているが、これ以上彼女に色物だとは思われたくない弓弦。

 ユリの髪の毛をクシャクシャと洗っていると一つの方法に辿り着く。

 それはこの場を逃げずに切り抜けられる方法だ。


「ふっ…こういうのを“幸せ”と言うのだろうな。 良いものだ…」


 彼は実行に移すことを決めた。

 気持ち良さそうに眼を閉じて「良い…」とか「あぁ…♪」とか彼女が呟くものだから罪悪感は感じるが命あっての物種である。


『真なる幻、其は理を捻じ曲げ我が身を化せん』


 使った魔法は“エヒトハルツィナツィオン”。 対象者の身体構造を変える魔法だ。

 湯煙に紛れて霧が身体を包み、姿が変わっていく。 手が少し小さくなり身体は丸みを帯びていく。 髪が少し伸び、胸に重みを感じて鏡を見ると、


「……」


 最近、「男らしさって何だろう?」と自問自答をする弓弦であった。


「…む? 弓弦…殿?」


「俺は気にしていないから気にするな。 それと…」


「ぬぅ…私にはそういった趣味なぞないのだが…」


 これでアンナを迎える準備は整ったので、心に余裕を持つよう心がけながら彼は彼女の髪を洗い流していく。


「やはり女湯だったな…ならば先程の後ろ姿は…?」


 戻って来た彼女は先程見えた胡乱者を問い詰めようと、二人の下に歩いて行く途中で、少し静止する。

 弓弦がチラリと盗み見ると、彼女は信じらないものを見たような、見てしまったような眼をして固まっていた。


「‘…アンナ殿は一体…?’」


「‘不気味だが…変に関わりを持たない方が無難だな’」


「‘うむ…。’ ふぅ、次は私が洗おう、良いだろうか?」


 場所を交代して、今度はユリが弓弦の髪を洗う。

 流石は女性。 洗い慣れているようで手際が良い。


「‘……弓弦殿の髪、綺麗だぞ’」


「‘く、口に出して言うな恥ずかしい! それにこれは俺の身体と言うより…?’」


 アンナが動いた。 隣の椅子に腰を下ろすと、

 

「………」


 険しい表情で、『弓弦』の全身を何かと照らし合わせるかのように見つめ始めた。


「あ、アンナ殿どうされた?」


「………」


「あ、アンナ殿…?」


「………」


 恐ろしい表情で、弓弦の身体を見ているアンナが気になるものの、そのまま流し終えるとすぐ様タオルを巻いて立ち上がる。


「‘は、早く風呂に浸かるぞ! 今のあいつは何かヤバい!’」


「‘う、うむっ!’」「待て」


 何を思ってかアンナも立ち上がり、進行を阻む。


「………」


 その視線はやはり、弓弦の身体へ。


「…あ、アンナ殿。 そこを退いてくれると嬉しいのだが…」


「……クアシエトール。 貴殿は良いぞ。 だが、そこの貴殿は駄目だ」


「………」


 『まだバレていにゃいけどにゃにか怪しんでるのにゃ』とのクロの言葉に同意して、黙りを決め込む。


「貴殿は…何者だ? いや良い」


 アンナは彼に詰め寄ると、


「きゃっ!?」


 その身体を押し倒した。


「な…っ、あ、アンナ殿!? 何をしているのだ!?」


「口を割らないから身体に直接訊いているだけだ」


 ユリの前で花開く真っ白な花。

 アンナの手は『弓弦』の身体の隅という隅を触れていく。


「…っ! ぁ…っ」


「………」


「ひゃぁっ、やめ…ってぇ…っ!」


 側から見ていると『弓弦』が襲われているようにしか見えないこの図。

 普通ならば助けに入らなければならないのだが、ユリは案の定見入ってしまっていた。

 勿論百合にではなく弓弦の乱れる姿にだが。


「………本物…だと…っ!? いやそんなはずは…っ、私があの子を見間違えるなんてないはずだ…!」


「…っ、馬鹿なの!? 偽物な訳ないでしょ!? 正真正銘、天地神明に誓って本物よ!!」


 クロの『にゃぁ…形から入るとにゃか身がともにゃうタイプにゃ…』の言葉通り弓弦は今、かつて妹に鍛えられた演技力を遺憾なく発揮し、変身させた彼の身体のベースとなった、『本来の持ち主の性格』を見事に演じていた。


「……〜っ」


 顔が赤くなるユリ。 今のどこに赤面する要素があったのだろうか?


「な…んだとっ!! そんな馬鹿なこと…っ」


「…っ!? や、止めなさい! こんなことをして…ただじゃ済まさないわよ…きゃぁっ!!」


 抵抗を試みようとする彼を床に無理矢理押し付け、顔を近付ける。


『にゃにゃにゃにゃにゃ!? 絵面がまーずーいーにゃぁぁぁぁっ!』


「や、止めなさい…いや、止め…ユ、ユリ助け…っ!?!?」


 息が掛かる距離まで近付けられると、弓弦は顔を背ける。

 ユリ(役立たず)は恥じらう弓弦の顔を見てウットリしている。

 そんな時、アンナが人差し指を立てて小腹部からツゥ…っと彼の身体をなぞっていくと、突然身体の力が抜ける。


「ま、まだ今なら引き返せるわよ…許してあげるから、早く止めなさいよ…っ! お、お願い、止めて…ぇっ」


 彼女は危険だと全身が訴えていた。 何故かこちらの弱い所を知り尽くしているのだ。

 今の彼の身体の弱い所を、全部。


「はぁっ、はぁっ…どうして私の身体のことをここまで…むぐ」


 柔らかい感触と共に無理矢理掻き回されるような、それでいてこちらの弱い所を的確に狙い澄ましたかのような、変な感覚が弓弦を襲う。

 違う、狙い澄ましたかのようなではないーーー狙い澄ましているのだ。


「!?!?!?」


 自分から何かが流れ出て、彼女から何かが流れ込んでくるあの感覚は、覚えなかった。

 なのに弓弦は、既視感を覚えていたーーーまるで、自分が以前彼女と口付けを交わしたことがあるような、そんな既視感が。


「だ、駄目ぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」


 眼の前で弓弦の唇が奪われてただごとではないと、やっと理解したユリが二人を突き飛ばしたので二人がそれぞれ反対方向に床を滑った。


「あ、あああ、あうっ、あ、アンナ殿ッ!! なな何をしているのだッ!! せせせせん接吻などぉっ!!」


 焦った様子の(もっと早くに焦らなければならないはず)ユリが尻餅を付いたアンナに詰め寄ると、彼女はさして気にしていないかのように鼻を鳴らした。


「ふん…貴殿が何を焦っているのかは知らないが、私が誰と口付けを交わそうと私の勝手ではないのか? それとも、そこの女性は何かしらする度に貴殿の許しを必要とするような存在なのか?」


「そ、そうではなくてだな! 先程彼女は、明らかに嫌がっていたではないか!! それを無理矢理奪うのはどうかと思うぞ!」


「…? っ!? んん、ふん、それはどうだろうな」


「ッ!?」


「…………。 私の認識が間違いでなければ彼女は喜んでるみたいだがな」


 ハッとして振り返るとその先では弓弦が、自らのふっくらとした桜色の唇に触れながら、ボーッとしていた。

 確かにうっとりとしているようにも見えなくはないが、ユリにはどうしてもショックによる放心状態にしか見えなかった。


「…っ、あれのどこが嬉しそ…? アンナ殿?」


 問い詰めようとしたユリの前からアンナは姿を消していた。

 弓弦の唇を奪い逃げしたことに若干の怒りを覚えつつも、思考を切り替えると彼女は焦点の定まらない眼をした彼の下へ。


「…もし、もし弓弦殿?」


 身体を揺するが、彼の意識は遠くへと旅立ったままだ。


「もし、弓弦殿」


 さらに揺すると、何故か誰も浸かっていないはずの湯船からブクブクと気泡が。


「きゃっほー、温かいのー♪」


「にゃぁぁっ!! 熱ッ、と、溶けるのにゃァァッ!?」


キシャッ!?(ハリセンがッ)シャキシャァッッ!?(神秘の武器がぁッ!?)


「ふむ…人の世には蜜柑風呂なるものが存在すると耳にしたが…試してみるのも一興か」


 何故か悪魔達が、それぞれマイペースに現れた。 相変わらずシテロだけは人間体だ。


「…弓弦殿、しっかりしろ!」


 悪魔達は無視して揺すり続けると、彼の視点はようやく焦点を結ぶ。


「弓弦殿〜…? か、顔が近いと思うのは私の気の所為ではないとは思うがいやいや私もどちらかと言えばしたいとは思」


 たまたま眼の前にあったユリの唇へと。


「…はっ!?」


 温かい感覚に弓弦の正気は戻った。

 全力で後退し壁に後頭部を打ち付けるが、それより先に彼の正気は戻っている。

 いつの間にか勝手に顕現している悪魔三匹と一人を中に戻すと、恐る恐る停止しているユリを視界に入れる。


「きゃっほー♪」


 また勝手に一人現れて湯船に浸かるが、大人しいので今は放っておく。


「…弓弦殿」


「なんだ…?」


 突然喋り出した彼女は気不味そうにあらぬ方向を見ると、どこか幸せそうな様子で口元に手を当てる。


「私は………弓弦殿が女でもイケる口かもしれん…寧ろ胸が高鳴ったのだ…」


「…………」


「わ、私にもよく分からないのだ!! ただ先程アンナ殿に身体を遊ばれていた時…こう、胸が高鳴った。 あぁいや勘違いしないでほしいのは弓弦殿との接吻の方が、高揚感は大きかったのは間違い無いと言いたいのだが」


 眼を閉じ深呼吸をすると、弓弦と視線を正面から交わらせる。


「今の弓弦殿が輝いて見える。 もしかして弓弦殿は女装趣味があったのか?」


「……は?」


 流れ的には、ここでユリが百合趣味に目覚めるのがよくある展開なのだがどうも違うらしく、彼は間の抜けた声で訊き返した。


「…うむ、得心がいった。 どうやら私は弓弦殿が輝いていればいる程胸が高鳴るようだ。 そうだ、今度写真を撮る時には私が新郎、弓弦殿が新婦と言うのも些か乙なものになるのではと思う…いや、なるよね! どうしよう…っ!」


「…お、おーい」


「うん…うむ、妙案だ。 アンナ殿も、弓弦殿が女性だったら変に眼くじらを立てることもないはずだ。 わ、私とて知影殿達と同じか、それ以上に弓弦殿のことを想っているのだ。 ならば…むむむ…っ」


 まるでさっきのアンナかと思う程に身体を凝視するユリの視界から、横へ横へと外れ湯船に浸かる。

 視線の先でポンっと手を叩いた彼女は一頻り頷くと、同じように浸かる。


「…考え事は終わったのか?」


「うむ。 良い物が出来そうだ」


 「何を作る気だ…」と心の中でツッコミを入れると身体を脱力させる。


「〜♪」


 頬を上気させたシテロがその横にくっ付く。

 当然ユリも対抗して反対側へ。


「あと三日だな…」


 色々とマズイので、“エヒトハルツィナツィオン”を使って元の姿に戻った弓弦は湯を肩にかける。


「豊穣祭か…うむ、予定より二日長くなってしまうな。 知影殿は大事無いだろうか?」


「……ははは、どうしてるだろうなぁ…?」


 フィーナの話を訊く限りでは、立派にトラブルメーカーとなっている彼女のことが頭に浮かぶ。

 そんな彼女に苦笑しながら、窓から窺える月を横眼に弓弦は思いを馳せた。


* * *


 ーーーVR5


「出番が少ないと思うんだ」


 真っ暗な空間にモノリスが数本立っている。 その前には見分けるためのシンボルなのか、小さな小物が空中に浮いており、モノリス自体にもそれぞれ何かしらの文字が刻まれていた。

 最初に言葉を発したモノリスには『YANDERE』と刻まれており、前に鉈が浮かんでいた。


「今は仕方が無いわ。 捌けるキャラには限界があるのだもの」


 『MESUINU』と刻まれ、前に首輪型のチョーカーを浮かべているモノリスがそれを諭す。


「ですが蔑ろにされているという現実は到底、見過ごせないものがあると思うのですが」


 羽を浮かべる『OKAMI』が『YANDERE』の言葉に便乗すると「まったく出ないよりはマシだと思うがな〜」と、今度はビール瓶を浮かべた『TAITYO』が『MESUINU』の言葉をフォローした。


「でもヒロインを蔑ろにって酷くないかな? 女性陣って物語の華なんだよ」


「華なら今は確か…三人か四人居るはずですわ。 物事には順序がありますし、展開上私達がこうなってしまうのは必然ですわね」


 「博士も任務ミッションか何かで外出していますし」と、ミニホワイトボードを浮かべた『JOSYU』が『YANDERE』の言葉をやんわりと否定する。


「誰にだってメインの回は来るよ。 そんな特定の人物ばっかり贔屓されていたら他の人物の影が薄くなっちゃうし」


 『JOSYU』のフォローで、何かの家紋を浮かべた『HETARE』が言葉を発する。


「だからってキャラを増やし過ぎるのもどうかと思うけどね。 いずれ伏線を回収出来なくて詰んじゃったり…」


「……つーんだつーんだ」


 リボンを浮かべた『PYONPYON』が抑揚のない声を発し、小さな笑いが起こる。


「心がぴょんぴょん…じゃない。 何かを作るってことが難しいのは分かっているけどそこをなんとかするものだよ?」


「そのためにメインの回がそれぞれ挟まれたんでしょ? ひがみは良くないわ」


「…メインがあったということはその後の出番が無くなってしまうという法則があるということでしょうか?」


「お〜お〜。 だな〜!」


「出番が無いということは今後出番が増えるということですわね」


「…コク」


「ところで、今ここで何の話をしているのか僕には分からないんだけど…」


 空気を読んでいない『HETARE』の発言に場が静まり返ると、モノリスが並んでいる中央に光が集まる。


「え…弓弦が主人公の十八禁同人誌に決まってるよ」


 「「ぶーっ!?」」と二本のモノリスが噴き出した。

 何が決まっていると言えるのだろうか? 彼女達の思考は謎に満ちている。


「私は…反対だったの。 でも一巻を読んでみたらその…はぁ、私は何をしているのかしら」


「あらあら…うふふ、弓弦様に攻められているページ、書かれている際気合を入れられてましたね? クス…ッ」


「そういうあなたも日頃の、妄想全開だったような気がするのは私の気の所為かしら…?」


「いえいえ私など、足下にも及びませんよ…誰か様の妄想には」


「そうかしら? ふふふ…っ」


「そうですよ。 クスクスクス…」


「ふふふ…っ!」


「クスクスクス…ッ!」


 眼に見えない視線で争いながら『MESUINU』と『OKAMI』のモノリスが消滅した。


「お、お〜…あの二人ってそこまで仲悪かったか〜?」


「さぁ…? 私には分からないけど…二人が喧嘩でもしていたら弓弦が悲しむし、取り敢えず行ってきまーす」


 続いて『YANDERE』が消えた。


「…何でも弓弦君、フィリアーナさんとだけ連絡を取っていたみたいですわ。 そちらは仕方が無いとしても…最近互いに愛の言葉を、囁き合っていたのを風音さんに聞かれたみたいで変に、こじらせた結果の状態が今のアレですわ」


「拗れてって…どう拗れたらあそこまで仲違いするんだ〜…まったくな〜…」


「仲違いと言う程ではありませんわ…さて、そろそろ業務に戻らないといけませんわよ?」


「…お〜お〜」


 『TAITYO』と『JOSYU』が消えた。


「…………」


『PYONPYON』も消えて『HETARE』だけがその場に残される。


「皆本当に弓弦のことが好きなんだなぁ…弓弦め、羨ましい奴…」


 友人への恨み言を少しだけ呟きながら『HETARE』も消えるのだった。












* * *


 ーーー???


 続く道をただえんへ淵へと進む。

 容易に踏破出来る道ではなく、跋扈ばっこする魔物も、その全てが【リスクD】で長期戦を覚悟している。

 だが進む道はそれ程に険しいものなのだ。 彼が犯そうとしているものは、それでも足りない程、足り得るものなのだから。

 これまで起こった戦闘の凄惨さを示すかのように汚れ、破けている白衣の汚れを払って、駆ける。


「ッ!!!!」


 【リスクE】が立ち塞がる。 彼の親友ですら手こずらせる強さの敵が腕を振り上げる前に、その身体に武器を沈める。

 スパーク。

 暗闇の中を電流が光る。

 消滅した【リスクE】を尻眼に懐から取り出した物を咥え、彼は歩みを進めた。


* * *


 ーーー???


 主不在のその部屋で、男はその時が到来したことを知る。

 机上に置かれた文を無造作に手から放り出すと、それは消える。

 直後、己の存在を誇示するような闇からの予感が音を立てる。 情《人間らしさ》を消し、男は静かに待つ。


「また動いてもらうぞ」


「……あぁ」


 瞳に、無機質な光を帯びさせて男は振り向く。

 怖気付いたのか息を飲む刹那を強いられたが、余裕を見せるためか下卑た笑みを浮かべられた。


「良い戦果を待っている。 カザイ・アルスィー、元帥」


 階級を強調したのは嘲笑うためなのか、表情一つ変えないカザイにその者は面食い、離れて行った。


「……」


 予感を胸に抱き死を纏った彼は、地獄への門をくぐるのだった。


* * *


 ーーーテト村


「ふむ…」


 重なった白と青の双月をモアンは一人見上げた。


「……動くか」


* * *


 ーーー旗艦ノア、甲板


「星が廻った…です」


* * *


 ーーー炬燵空間


「し、死ぬかと思ったのにゃぁ…っ」


 氷を頭に載せながらクロが息も絶え絶えに炬燵の側で伸びている。


「…ふむ、やはり美味だ」


 その隣ではバアゼルが剥いた蜜柑を口に運んでいる。


キシャッ(なんとか)シシキシャ(乾きそうだ)


 さらにその横では、どこからか取り出した扇風機でハリセンを乾かしているアデウスが安堵の息を吐いている。

 「すっかりにゃまけ悪魔ににゃっちゃったにゃぁ…」とのクロの愚痴に二悪魔は動作を止めるのだが、「我は悪魔だ。 あくまで手を貸すだけ、知恵は貸さぬ」とお決まりの言葉を返した。

 素直じゃない同胞の姿に軽く笑って尻尾を左右に振ると、クロは微睡みの中に意識を委ねた。

「リリィ…ねぇ、僕はあまり興味がナッシングだけど、君はどうだいロダン?」


「俺は…よく分からん。 第一俺はお前と違って女が寄ってこないからな。 女という存在自体よく分からん」


「ノーノー、君のオーラが怖過ぎるんだよ。 好意を抱いているレディは沢山居たよ」


「寄って来ないものは知らん。 それに俺が身を捧げたのは剣と国と、民だった。 一人の女に縛られる訳にはいかないな」


「へーつまり沢山のレディと遊ぶ、と」


「そうは言っていない。 軽く見られては困る」


「分かってるよ、付き合い長いし。 …それにしても真祖ってレディに変身することに動じないんだね、経験あるねアレ」


「俺達よりかは確実に長く生きているんだ。 当然ではないか?」


「…一体何人のレディを抱いて、泣かせてきたのだろうか…」


「抱く…よりかは抱かせられたといった体だな。 軽い男ではないだろう」


「あぁ…プリンセスユリ、押し強いからね…しかも以前の口振りからするに他のレディも肉食みたいだ。 それで別口でワイフを持っていると…格差だね」


「器量が良いのだろうな。 俺もそんな家内を持ちたいものだ」


「出来れば何人のレディとベッドイン…分かったから剣下げて…後予告いくよ、最初はロダン、君だ」


「『男の本能…悲しむべきか、誇るべきか。 そこにあるものはそれを、刺激するものだった』」


「『想いは天空へとフライアウェイだけに留まらず…遠いメモリーへとーーー』」


「「『次回、祭の日に見えたもの』」」


「ディスストーリーはまだまだ続く」


「まだまだ、な」

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