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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
137/411

パンツ夢の旅

 八時間が経過した。

 三人が息を潜める先では王の使者と『北の関所レコール』に駐屯している軍の代表者が話をしている。

 台に置かれている、“エヒトハルツィナツィオン”を使って変化させた二つの石はどこをどう見てもロダンもヤハクの顔に見え、疑う余地は無く万全の体制だ。


「…確認した。 だとさ」


 視線の先での会話を弓弦が一つ一つ二人に伝える。 小一時間に渡る話はヤハクのシナリオ通りに進み、反乱首謀者であるヤハクとロダンの首を証として、反乱未遂は不問とすることになった。

 その後二人の顔は炎の中に消え証拠隠滅。 これで目的は達せられたのだ。


「ま、あの愚王も、味方殺しだなんてそこまで馬鹿なことはそうそうしないしね。 グッドだ…本当に」


「感謝する。 始祖が居なければこんな結果には決してならなかっただろう」


「ははっ、気にするな。 当然のことをしただけだ」


 浮かない顔をする者も居たが、大多数の兵は殺し合わないことに感謝し、関所は笑顔に包まれていた。

 カズイール皇王グランゲージュは暫く前に皇都へと引き返した。 きっと今頃は喜びに打ち震えているが、その目的である巫女、レイアは約束通り弓弦達と共に『アークドラグノフ』へと向かうので達成することは出来ない。 腹いせとして『ユミル』を再び炎で包もうとする際にも彼はその、警備隊としてスカウトする人物に目星を付けていた。


「ふぅ…肩の荷が下りたような気がするよ。 これで軍師生活、城生活、共にフィニッシュか…ま、サバイバルでも生きられる自信はあるね」


「……どこかに跳ばしてくれ。 遠慮は要らない、どこででも、達者で暮らす」


「あー、それなんだがな。 ロダン、ヤハク。 お前達さえ良ければ…」


 当然、眼の前の二人だ。


「『ユミル』の村を守ってくれないか? 本人の希望で巫女は連れて行くが、今後あの村が焼かれないとも限らないからな」


 二人は驚いたように顔を見合わせると、頷き合った。


「ノーノー、訊くまでもないと思うね。 ロダンの言う通りどこかに跳ばしてさえくれればグッドなんだから。 この僕で良ければ、知略の限りを尽くして守ってみせよう…ロダンは?」


「達者で暮らす、それだけだ。 訊くまでもない」


 レイアにも言った手前、断られたらどうしたものかと考えていた弓弦だが、了承の即答に安堵の息をした。

 二人が身体に触れてから、弓弦は“テレポーテーション”を発動する。

 三人が去った後、『北の関所レコール』の兵達は無事に『イステルン』の侵攻軍の撃退に成功するのだった。


* * *


 彼は疲れた身体を引きずって、海が広く臨める丘に向かっていた。 まさか向かう途中でリィルに捕まるとは思わず、先程までボコボコにされ拘束されていたのだが、無事に脱出した。

 暑さを感じる時期とはいえこの時間は冷える。 風に吹き付けられて身体を震わすと眼鏡が落ちてしまい、慌てて地面に触れる前に掴むと、冷や汗を拭う。

 まさかと思ってネジの部分を注視するーーー彼のことを心配している助手による連日の暴力が響いているのか、緩んでいたので戻ったら締め直そうと考えながら歩くその足が、止まる。 最初はあり得ないと首を左右に振りながら“それ”の下に走って行くが、近付いても“それ”は変わらない。

 念のために注意深く“それ”を観察すると、何者かによって引き抜かれたらしき跡があった。 見た所抜かれてから時間が経っており、誰によって持ち去られたのかすぐに思考を巡らせるが、最初に浮かんだ人物をすぐさま否定する。 その人物なら、“それ”とは違うもう一つの“それ”を本来の持ち主として持っていくはずなのだから。

 長い付き合いだからこそ分かる、まだ乗り越えているはずがない。 隠し事が苦手だから、自分にも、他の誰に対してもバレずに振る舞えるはずがないと、そう思ったのだ。 彼を馬鹿にしているのではない、ただ、事実なのだ。

 それ以上の思考を打ち切り、“それ”の前で手を合わせる。

 暫くそうしていると、心が軽くなっていくような気がした。 いや、心が冷めていくような感覚だ。

 彼は今、“大切なもの”のために“大切なもの”を捨てようとしている。 彼は“それ”にではなく、別の何かに祈っているのかもしれない。 いや、“それ”に懺悔をしようとしているのかーーーいずれにせよ、進む道は、進まねばならない道は地獄にへと続いているのだ。

 だが、それで良い。

 自分が地獄に堕ちようとも、彼には幸せになる権利があると、そう強く思っているから。

 糾弾は免れられない。 彼がこんなことを認めないことも分かっているが、このままでは得体の知れない罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。

 だが、どのみち押し潰されるのならせめて、抗ってみせるのだ。 全てを捨ててでも、手に入れなければならないものが、あるのだから。


「予定を前倒しにする…やるよ、僕は」


 彼の中で結論が、出た。

 薄汚れた白衣を翻し、旗艦へと戻って行くその足は、その背中は、もう退けぬ者の覚悟を、“それ”に示していた。


* * *


『あと三日…はい、分かりました。 その…知影さんのことなのですが…』


 味噌汁を作りながら、弓弦は“テレパス”でフィーナと連絡をしていた。


「…マジか?」


『…はい』


 彼女から伝えられた知影の狂行に正直ドン引きする。

 シャツの匂いを嗅ぐのは良い。

 服を勝手に着るのもまだ、良いーーーというかそれはそれで可愛げがあると思う弓弦ではあるが、自分の下着を上にも下にも着用するのはどうかと思うのだ。


『ですがそれよりも、遥かに問題なのは』


「…問題…なのは?」


 生唾を飲む。

 声音からもただごとではないことがハッキリと伝わってきた。


『あの子が…っ、イヅナが、イヅナがぁ…っ!』


「イヅナが…イヅナがどうしたんだ!?」


 涙交じりの声に激しく動揺し、次の言葉を待つ。

 イヅナーーー彼女に一体何が?


『知影の真似をしてあなたの下着を被ってしまって…あぁ…っ、ごめんなさいあなた…ごめんなさい…っ、あの子が…っ、あの子が下着を被って変態に…っ…ごめんなさい…っ』


 「ごめんなさい」と、何度も何度も謝るフィーナの言葉に弓弦は、鈍器で頭を殴られたような錯覚に陥る。 グラングランと視界が揺れ、崩れ落ちそうになるのをユリに支えられ味噌汁を作る。


「…そうか…そうか…。 俺の方こそごめんな…知影のしでかすことぐらい予想出来たはずなのにな…悪い、後三日、頑張ってくれ…っ」


『はい…っ。 本当にごめんなさい…』


「気にするな。 まだ修正は利くはずだ…俺達の妹なんだから…」


 二人の世界での言葉が交わされ、きっと今頃どちらも、その会話を訊いている人物は疑問符を浮かべに浮かべているだろう。


『…っ、はい。 愛しています…私の大切なご主人様…』


 会えなくて寂しいのか、それとも辛さを紛らわそうとしているのか今日のフィーナは、しみじみと、余韻に浸るような言い方で愛の言葉を囁いてきた。

 人の眼×(かける)三が気になる弓弦ではあったが、せめてもの感謝の気持ちを伝えるために、感情を込めて「俺もお前のこと、愛してるよ…」と囁くように言葉を送った。

 身体を支えているユリの眉が微かに動き、アンナが凄まじい形相で睨んでいるが、全力で見なかったことにして湯に味噌を溶かしていく。

 湯気と共に立ち込める、味噌の香りが部屋中に広がり窓を通して外へと抜けると誰かのお腹が鳴った。


「ははっ、誰だ?」


 笑いながらチラリと食いしん坊探しを始める。

 アンナは先程から烈火のごとき視線を送っている。 催促の視線ともとれるがさて。

 続いてレイア。 視線に気付いたのか、軽くウィンクーーーこちらも怪しそうだ。

 最後に背後で身体を支えてくれていたユリ。 俯いたままだが暫く見つめると、触れていた手に力が入るのを感じた。

 味噌が全て溶けグツグツと野菜が煮えていく。 お玉で軽くすくって近くに置いたお猪口に注いで味見をした弓弦は満足気に頷いた。


「ん、こんなものか…ユリ」


「…む?」


 空になったお猪口に再び味噌汁を注いで、ユリに手渡す。 犯人はユリだ。


「味見してくれ」


「…うむ」


 神妙な面持ちで受け取り、お茶を飲むときのように少し手の上で回してから口を付ける。 温まったのか、熱を吐息と共に外に出した彼女の頰はほんのりと赤くなっていた。

 因みに彼が、何故か自分が渡した器を、お茶のように飲む女性陣に対して疑問に思ったのはまた別の話だ。


「美味しいか?」


「…うむ、美味しかったぞ」


「それは良かった。 じゃあもう少しで出来るから座って待っててくれ』


 「うむ」と言って頷くと、お猪口を返してからアンナの隣の椅子に座る。


「ユ〜君の味噌汁どうだった?」


「…うむ、悪くない味だったぞ」


「おろ、それだけ?」


「…ぁぅ、わ、私に訊かないでくれ…」


 気不味そうに俯くレイアの隣でアンナがやれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。


「貴殿に訊かないで誰に訊けと言うのだ。 あの男が何か変な物を入れている可能性があるのだからな」


「ユ〜君に限ってそんなことはない。 あの子料理人気質だもの、料理を汚すようなことは絶対にしないよ?」


「ふん、どうだかな…そういう人間に限って何か仕出かすんだ」


「ありゃ…疑り深いなぁ」


「出来たっと…そう言えば」


 盆に載せた味噌汁が入った器をそれぞれの前に置きながら、弓弦がジト目でアンナを見た。


「なんでお前が居るんだ? 俺は、ユリとね…レイアに味噌汁を作るつもりだったんだがな」


「貴様が二人に一服盛らないか、その確認だ」


「盛らないに決まっているだろ。 ケチを付けに来ただけなら自分の部屋に戻ってくれ、折角の味噌汁が不味くなるから」


「な…っ、貴様言わせておけば…ッ!!」


「言わせておけば…じゃないだろ。 ここは今俺とユリが借りている部屋だ。 そして今俺は姉さんにお願いされて味噌汁を作ったんだ。 それは、少なくとも勝手に部屋に入って来てかつ、文句を言っているお前に対するこっちの台詞だと思うが? そもそも「めっ、ユ〜君、言い過ぎだよ!」」


 グッと押し黙り、どこか拗ねた顔で味噌汁をすすり始めた彼の頭を、撫でているレイアの姿に二人が驚愕の表情を浮かべた。


「ね…っ、レイア止めてくれ…」


「おろ、姉さ「美味っ、我ながら上出来だなー!」…はいはい、ユ〜君恥ずかしいんだ〜、うりうり♪」


「…ほら、味噌汁が冷める前に食べてくれ、良いから!」


 顔を茹で蛸のようにした弓弦に促されてそれぞれが味噌の味わいと野菜の食感を堪能する。 弓弦は一杯で済ませたのだが、


「ユ〜君、ごめんね」


「はいはい、お代わりだな」


「…弓弦殿」


「器を貸してくれ、入れるから」


「……入れろ」


「…地味に一番ペースが速いよな…ほら」


「ふんっ、もっと速く入れることは出来んのか…お代わりだ」


「…嘘だろ…?」


 女性陣特に、アンナが一番多く飲んでいた。 比率にして弓弦が一、レイア、ユリが二、アンナが五だ。 飲む度に文句を言うが、椀子蕎麦わんこそば状態のその手は止まらず、次々と味噌汁は飲み干されていく。

 因みに今渡してから、五秒で器は空になり、まるでフィーナを見ている気分になる弓弦だ。


「ふぅ…私はここまでしておこっと。 ユ〜君、ご馳走様♪」


「うむ、私もだ。 その…や、優しい味がして良かったぞ…っ」


「そうか、それは良かった…で、どうするんだ?」


「…食物を残すのは矜持に反するからな、貴様がどうしてもと言うのなら食べてやらないこともない。 どうしてもと言うのならな」


 上から眼線の言葉だが、視線がチラチラと鍋の方を向いている。

 そんな彼女は少し放っておいて、弓弦は飲み終わった三人分の器を手早く洗って元の場所へ。 残ったアンナの分は味噌汁を注いで、戻した。


「そうか。 なら残り全部、飲んでくれるんだよな?」


「…………」


 ユリとレイアを見る限りでは彼女達はアンナに対して気を遣い、ワザと少なめの量で抑えたのだろう。 そう考えると先程の腹の虫はアンナなのかもしれないが、それは今となってはどうでも良い。 ただ瞳の揺れ具合から彼女は内心、相当迷っていることが読み取れた。

 だからこそ弓弦は刺激しないために、そんな彼女から極力視線を逸らしていた。


「速く決めてもらわんと温め直さいといけなくなるんだがな…」


「っ、分かっている…」


 悔しそうに眉を顰めているが、どことなく拗ねているようだ。 

 一瞬重なった瞳は「自分からは言いたくない」と静かに語っており、同時に「早く言えこの馬鹿者」と弓弦に対して苛立ちではない何かの感情を秘めているようであった。


「‘何故レイア殿は弓弦殿に対してそこまで踏み込めるのだ?’」


「‘えへへ…ユ〜君はね、甘えん坊なんだよ。 我慢していることも多いけど…時々見せる寂しそうな顔を見ると守ってあげたくなっちゃうんだ。 だから私、ユ〜君のお姉ちゃん代わりになっちゃった♪’」


「‘ぬぅ…中々美味しいポジションではないか…っ、何故、何故気付けなかったのだ私は…っ’」


「‘そんなことないよ。 それだったらあの子の方がよっぽど良い場所に居るよ?’」


 こちらの二人はひそひそ話をしている。 アンナには聞こえていないのだが、弓弦の犬耳はしっかりと声を拾っていて、彼としては気不味い。


「…はぁ。 勿体無いしどうしても飲み切ってほしいんだ。 だからさ、良いか? 俺の味噌汁、飲んでくれ」


 結局弓弦が折れ頭を下げると、何を思ってかアンナはその髪をクシャクシャと撫でる。 「別に頭を下げろとは言っていないんだがな」と独り言を呟いたかと思うとその手が止まり、何故か動揺する気配が伝わってきた。


「………ふん、仕方が無いな。 貴様がそこまで言うのなら食べてやらんこともない。 早く追加を入れろ、冷める前にな」


「…あ、あぁ」


「‘ほら、中々良い場所に居ると思わない?’」


「‘…そうだろうか、私は分からないのだが’」


「‘喧嘩する程仲が良いって言うでしょ? 結界から私達を出してくれた時も息ピッタシだったもの。 似た者同士惹かれることも、あるかも’」


「‘………………ぬぅ’」


 味噌汁が入れられてはすぐに飲み、すぐに飲み干しては器を弓弦に渡すアンナを部屋の隅から見る二人。

 口調こそ厳しいが満足そうに頬を緩めている彼女と、そのペースに合わせるようせかせかと動いている彼。 事あるごとに交わされる皮肉の掛け合いに、いつ喧嘩が起こるのかとヒヤヒヤしているユリだが、見ようによっては仲が良いように見えるのかもしれない。


「お代わりだ」


「悪い、もう終わりだ」


 それ程多く作っている訳でもなかったので、暫くして鍋は空になる。

 無くなったことに文句を言われるかと思った弓弦だったが、


「…そうか」


 彼女の口から出た言葉は皮肉ではなく、素直に残念そうな言葉だった。


「器をくれ。 片付けるから」


「………」


 空になったのが嬉しいのか、機嫌良さ気に食器を洗っている弓弦の背中を、頬杖を付いて見ているアンナの表情はレイア達からは見えなかったが、


「………」


 そんな彼女を見つめる一対の若草の瞳。


「………レイア殿?」


「おろ…ううん、なんでもないから気にしないで」


 ユリの声に視線を外すもそれっきりレイアは黙ってしまい、水の音だけが室内に響く。

 一人疎外感を感じたユリはキャラを忘れてオドオドし始め、右へ左へと視線を彷徨わせた結果ある一点でそれを止めるーーー窓だ。

 窓から窺える、弓弦の背中を見るアンナの顔。


「? …っ」


 その視線に気付いた彼女はすぐに表情を引き締めるが、その直前までなんとも形容し難い表情を浮かべていたような気がした。


「終わりっと。 ふぅ」


「……」


 洗い物を終えた弓弦が机に突っ伏すると同時に、無言で徐に立ち上がったアンナが扉に手を掛けた。


「…帰るのは結構だが何か言うこと、無いのか?」


「私は貴様が一服盛っていないか、自分自身を使って確かめただけだ。 言うことなど無いに決まっている」


 知影が聞いたら憤慨してしまいそうな言葉で、あまりの言葉にユリが眼が細められるが、


「…そうか」


 弓弦は寂し気に呟く。


「…パッと見美味しそうに飲んでくれたからさ、気に入ってくれたのかな…って思ってたんだが、俺が勝手にそう思っていただけなんだな…ははは」


 顔を上げることなく、くぐもった声と空笑が虚しい。 無視してそのまま部屋を後にするかと思われたアンナだが、その手は取手に触れたままだ。


「いや気にしなくて良いんだ。 俺の腕がまだまだだったってだけなんだか「そんなことは無い」らさ。 はぁ…なんだかんだ言って自信を持っていたんだな…今更気付いたが結構凹「そんなことは無いと言っているのが分からんかこの、馬鹿者がッ!!」」


 扉に向かい合ったまま怒鳴った彼女の声に弓弦の顔が上がる。

 レイアはニコニコとそれを眺めているが、ユリはオドオドしっ放しだ。


「なっ、馬鹿って言うことはないだろ!」


「あぁ馬鹿者だ、不味いものを馬鹿みたいに食べる程私はお人好しではないッ! そんなことも分からんのか!」


「…は?」


「…っ、ふん。 帰るぞ私は」「あ、待ってくれ」


 扉を開いたアンナの動作が再び止まる。


「美味しそうに飲んでくれてありがとな、嬉しかった」


「………」


「良かったらまた飲んでくれると、もっと嬉しい」


 若干の間、動揺する気配が漂ってきた。


「……誰が好き好んで飲むものか」


 否定の言に苦笑する弓弦。


「そうか…「だが」」


 力強い言葉で彼の言葉を遮ると、扉を通る。


「悪くない味だったが、お前が作る限りは一服盛ることがないか確かめねばならん。 それだけだ」


 アンナが向こうに消えた後、扉は小さく音を立てて閉じられた。 途端噴き出した弓弦が「素直じゃない奴だなぁ」と笑いを堪える。


「‘ほら、ね? あの子はあの子でユ〜君と良いコンビになれそうだよ。’ さてユ〜君、私も帰るね。 明日からお祭り再開だもの」


「ぷ…っ、あ、あぁ。 もう夜遅いから、明日倒れることがないようにちゃんと休んでくれよ」


「大丈夫だよ。 ユ〜君のお陰で今日も、良い夢が見れそうだから…えへへ、よしよし」


「ぅ…や、止めてくれ…」


 言葉とは裏腹に、弓弦の瞳は細められ犬耳は撫でられて気持ち良さそうに垂れている。


「……〜っ」


 案の定犬のようなその姿に萌えるユリ。 彼女も順調に弓弦バカへの道を歩んでいた。


「じゃあ、また明日」


「…あぁ、おやすみ姉さん」


「えへへ…おやすみユ〜君。 ‘ユリちゃんのことも忘れずに、仲良くするんだよ?’」


「‘( ``)…っ’」


「‘めっ。 忘れちゃ駄目でしょ? ちゃんと、この後フォローするのよ? …良い子♪」


 呆気にとられているユリに「頑張ってね」の意味を込めてウィンクをしてからレイアも部屋を出て行った。

 途端に訪れる静寂。

 椅子に座った弓弦は時折立ち上がるような動きを見せたかと思うと、首を小さく振りながら椅子に沈む。

 その正面では、レイアのメッセージを正しく受け取ったユリが足をモジモジさせて落ち着かない様子を見せている。 早くどちらかが動けば良いものを情けない二人である。

 弓弦が動いた。 立ち上がって、


「ど、どこへ行くのだ弓弦殿」


 扉の前へ。 慌てて立ち上がったユリが彼の背後から声を掛ける。


「………風呂だ」


「むっ!? ふ、ふ、風呂だとっ!?」


「今日は一日中魔力(マナ)を使いっ放しで汗…掻いたからな。 風呂に入らないとおちおち寝ることも出来ないと、思って言ったんだが…どうした? 声なんか裏返して」


「い、い、いや! ききき、気にするな、うむっ!!」


「…気にしないでいる方が無理なような気がするが…まぁ良い。 じゃ「だ、駄目だ弓弦殿!」…?」


 グイッと装束を引っ張るユリの眼は怯えている。 一人が嫌なのだ。


「…い、一緒に入ろうではないか!!」


「は…?「任務ミッション中、これからはま、毎晩わ、私とふふふふふふ、ふ風呂に入るのだっ!!」いやユリお前何を言って…っ」


「いいい、良いな! よし、決定だよし、参ろうではないか弓弦殿さぁさぁさぁ! きょ、今日も私が弓弦殿の背中を流すのだ…っ、ゆ、弓弦殿の背中…ぁぅぁぅぁぅぁぅ」


 自分で言った言葉に自分で慌てている彼女だが、弓弦の手を引くその足は止まらない。


「あのな、ここの風呂は混浴じゃないんだからそもそも一緒に入るのは無理だろ!」


「一度入れたのだ、なら今回も問題無いはず…ひ、人が来たとしても弓弦殿が何とかしてくれるしな。 気にするな、わ、私は気にしないぞ、うむっ!」


「………なんでこうなるんだよ…また裸見せられて悶々としないといけないのか……いや、もうどうでも良いか、ははは…」


 考えるのを止めた弓弦はユリと共に浴場へと消えた。










 女湯へと。

「イヅナ、それは止めなさい。 ね?」


「…どうして? …楽しい…し、嬉しい」


「それでも駄目なものは駄目よ。 良い? 物事にはやって良いことと、やっていけないものがあるのよ、今のあなたがやっていることは、やってはいけないこと。 私も、あの人も悲しませてしまうことなのよ。 お願いイヅナ、私の言うことを訊いて?」


「…フィーナもやってみれば…良い。 …楽しい…から…」


「私はやらないわよ」


「…どうして? …寂しくない…の?」


「ふふ…寂しいわよ。 でもそれは、女の子としてやってはいけないこと。 もしそれであなたがお嫁にいけなくなっちゃったら、悲しくて飲み明かしちゃうわ」


「…女の子として…駄目?」


「えぇ、女の子として駄目よ」


「…なら…義妹として…駄目?」


「駄目よ。 知影みたいになってほしくないわ」


「…でも…知影一途で…女の子らしい」


「男が皆、あの人みたいだとは思わないで。 中には酷い男も居るのだから。 だから知影は幸福者しあわせものなのよ、素敵な方に逢えて」


「…フィーナも…幸福者?」


「ふふっ…そうよ。 私はきっと、全世界で一番幸せなハイエルフよ。 あの人に逢えて…寄り添って居られる…心も、身体も…ふふ」


「…身体だけの…関係?」


「……あなたその言葉をどこで覚えたの?」


「……風音」


「風音!?」


「コク。 …身体だけの関係でも良いから弓弦様と毎晩愛し、愛されたい…って言ってた」


「……問い詰める必要性がありそうね…もぅ。 でも兎に角、あの人の下着は頭に被らないこと、下着は被るものじゃないのだから、分かったわね?」


「……コク」


「ふふ、偉いわイヅナ。 じゃあ予告、いくわよ?」


「コク」


「『彼の失敗を笑うかのごとく、桶が音を立てる中、女湯に表れる者が居た』」


「『…意外な趣味が…暴露、抑えられない想いが…表出する』」


「『一方ある場所では、謎の会議も始まるのだったーーー次回、百合が花開くとき』…風の音が紡ぐ、焔の如き想いをあなた様へ。 クスッ、今回の担当は私一人で御座いました。 フィーナ様とイヅナ…似ていましたでしょうか? クス…それではまた御会いしましょう」

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