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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
136/411

墓標

 戻って来たロダンの首尾を訊いたヤハクは地図をしまいながら面白そうに笑っていた。


「まさか…あの王が腰を上げるとはね! 海老で鯛を釣るって言うそうだけど、釣れるなんて」


「このままだと挟み撃ちだな。 どうするんだ?」


「どうもしないよ、もうこの僕達の勝ちさ。 さ、ロダン、ここに居る皆を集めてくれ」


 ロダンが外に消える。 動きっぱなしである。


『…ふーん、にゃ。 確かにもう戦局は決した…と言うか、一つしか手がにゃくにゃったのにゃ』


 クロは分かっている様子だが弓弦はヤハクがこれなら何をしようとしているのか分からなかった。


「真祖、これに付加されている魔法、確かめてもらえない?」


「ん? これか…“エヒトハルツィナツィオン”だな。 対象の構造を変化させる魔法だ」


「イエス、じゃあこの石二つを、ロダンとこの僕の頭にすることって、可能かい?」


「ん…あぁ、試したことは無いが問題無いはず」


「グッドだね、ロダンが戻り次第、やってみようか」


 『豊穣の村ユミル』に派兵された兵、総数二千はロダンを慕っていたこともあり簡単に味方になってくれた。 死んだと伝えられていた、その本人が現れたので彼らの目的は無くなったのだ。

 ヤハクの当初の目的としては、この二千の兵と関所の兵で敵兵を迎え撃とうとしていたのだが、その背後、皇都から一万の兵がグランゲージュ指揮の下こちらに向かっているのには驚き、すぐに別の策を練り実行に移そうとしていた。


「あの王の狙いはロダンとこの僕の生命だ。 内政に邪魔な存在を消したいんだね」


 ヤハクは声を張り上げて、宿舎前に集まった全ての兵に言葉を伝える。


「避けたいことはただ一つ、共倒れ。 この僕の予想だけど、ここに居る兵士全員が『イステルン』に寝返ったと思われているんだ」


 ザワザワ…ザワザワ…と、どよめきが広がる。 「そこで」と、声を一際大きく張り上げると、ロダンが何かの台を引いて現れる。

 静まったどよめきが再び広がり始める。


「反逆者二人組、ロダンとこの僕は、忠義を重んじる君達の手によって殺された。 もう一度言うよ、反逆者二人組、ロダンとこの僕ヤハクは、忠義を重んじる君達の手によって殺された。 このシナリオで君達はカズイールの指揮下に戻ってイステルンと戦ってくれ」


 ロダンと二人並んで高らかに声を上げた彼の言葉を理解出来た者は出来なかった者に説明し、やがて全員がヤハクの言葉を、二人の意思を理解する。 “民のために”という二人の信念は兵達にも浸透しているのだ。

 台に乗せられた二つの顔はヤハクとロダン、本人と見紛う程精巧に変化させられていた。


「これは目立つ場所に置いて、いかにも裏切り者の末路という形…見せしめにしてやってくれ、遠慮はいらないよ」


 ヤハクは兵達を順に見回した。 

 顔を引き締める者。

 俯き、肩を震わせる者。

 男泣きに表情を歪ませる者。

 全員が、彼らを慕い、彼らのために、悲しんでいた。 胸に込み上げる温かいものにしばし浸りながらも、背を向ける。


「悪かったね、結局使わせちゃって」


「あぁ、構わないさ」


「グッドだ。 じゃあどこでも良いから、この僕とロダンを跳ばしてくれ…」


「頼む」


「あぁ」


 精神を集中させて魔法を発動させる。 溢れる魔力マナの光が夕陽の光に紛れて三人を包み込んだ。










「あれ…ここは」


 光が収まった後も三人の場所は変わっていなく、ヤハクもロダンも訝し気に周囲を見ると、二人の兵士達がこちらに歩いて来ていた。


「…ヤハクさんにロダン隊長、行っちまったな」


「父親の腹心だったあの二人を反逆者扱いして、あの王、頭大丈夫か?」


「言うな…これからはヤハクさんの最後の指示通り、反逆者として二人を扱わないといけないんだぞ?」


「だがよ…ロダン隊長の武術、ヤハクさんの知略によって、これまで俺達は無事に家に帰れたんだ。 あの二人が去った後は一体どうなるんだ?」


 眼の前でそんな話をされ、二人の表情が曇る。


「…あの王にも何か、考えはあるんだろ。 それが平和的なのを祈るしかない」


「また国境線を越えてあの村を襲うなんてもう俺は嫌だ…。 巫女だか何だか知らないが、あんな幼気いたいけな女の子二人を連れ帰って何をする気だ?」


「政をする者の考えなんて、俺達には分からない。 俺達の考えをあの王が理解しないようにな」


「…無国地帯とは言え森を焼いたのも許せないんだ。 俺、昔あの村のお祭に行ったことがあるんだが、緑豊かでお袋が好きだったんだ…」


「そうか…だが風の噂で聞いたんだが、次の日には元の緑豊かな地に戻っていたそうだ。 あの辺りは神の加護があるのかもしれない」


「…だけどさ、どうせまた連行命令が降りると思うんだよ。 神の加護があるのだったら、いずれ天罰が落ちるだろうな」


「…愚痴はここまでだ。 あの人達の意思を継ぐ者だけでも、バレないように、民のため動くんだ。 あの時ロダン隊長が村人を逃したようにな」


「あぁ…よし、行くか」


 互いに励まし合い、兵士は去って行った。

 眼の前に本人達が居るのに気付いていない様子は奇妙極まりないといったところで、二人分の視線を受けて弓弦は苦笑した。


「幻覚の魔法だ。 最後まで見届けたいだろ? 別に良いと言うのなら、このまま跳ばすが」


「感謝する」


「イエス、ロダンの言う通りだ。 例えどんな結果になったとしても、僕たちには見届けなきゃいけない義務があったのだから…失念していたよ」


『にゃはは、夜ご飯までには間に合いそうだにゃ。 アンニャに怒られにゃくて良かったのにゃぁ…』


「…そうだなぁ…はぁ」


「妖精さんかい?」


「あぁ、見てみるか?」


「イエス、後学のために是非見せてもらいたい」


「だとさ、出て来いクロ」


 弓弦の身体から青い光が発せられ、猫の形を模り、クロが顕現する。


「なのー」「ぐぅっ!?」


 と、同時に小さなシテロも顕現した。 激突と同時に被っている帽子が落ちる。


「「………」」


 突然の出来事に固まる二人。 二人の視線の先は喋る猫でも、喋る子龍でもなく、


「つぅ…っ、シテロ、だから何度言ったら俺のひゃうっ!?」


「ユールの犬耳、きゃっほーなの♪」


「か、噛むなぁ…っ」


 シテロに甘噛みされている弓弦の犬耳であった。 噛まれていない方の犬耳は力無くふにゃふにゃと倒れ、眼は潤んでいるその姿は情けないことこの上ない。


「…動物の姿をしているのは何かの文献で見たけど…インパクト強いね」


「真祖の証か…」


「無くて良かったんじゃないかい? 君の顔でこれは…ぷっ、ストレンジだよ」


「……………そうだな」


 動物と戯れる様を暫く静観しようと決める二人だ。

 片方の犬耳から剥がすと反対の犬耳へ。 勢いに任せて剥がすと当然犬耳が引っ張られるので、その度に「ひゃっ!?」や「ぐくっ!?」や「んあっ!?」と情けない声を上げるものだから中々良い見世物である。


「くぅ…っ、クロ、止めてくれ…ぇっ」


「にゃはは、ずっと僕が抑えていたから構ってほしいのにゃ。 勘弁するにゃ」


 こちらも静観を決め込むクロ。 弓弦の手が届かないギリギリのラインで一人と一匹を眺めている。


「むー、大人しくするのー!「ひゃぁっ!?」中々堕ちないの…っ、きゃっほー」


「「ッ!?」」


「ん、この方がユールを拘束出来るのー」


 女性の姿になったシテロは正面からそれぞれの手でそれぞれの犬耳を、豊かな胸で弓弦の頭を拘束し、所謂三点拘束をする。

 これにはロダンとヤハクも驚愕した。


「……ふごっ」


 窒息しかけている姿には流石にクロも焦り始めたようで、「止めるのにゃアシュテロ。 魔法が解けるのにゃ」と、彼女の暴挙を止めに入った。


「…むー、アシュテロじゃないの、シテロなのー!」


「はいはい分かったから、はにゃしてあげるのにゃ」


「むー…分かったの」


「っ、はぁ、はぁ…っっ、はぁ…っ、はぁ…っ」


 恐怖の三点拘束から解放された彼は彼女から距離を取り、大きく肩を上下させながら肺に、大きく酸素を取り入れる。


「し、死ぬかと思った…っ。 胸で窒息死って洒落にならないぞ…」


「それはそれである意味、男として本能だと思うにゃ。 ま、どちらにせよこれからはちゃんと、アシュテロにも構ってってにゃんで僕の身体を掴むのっ、にゃぁぁぁあああっ!?」


 今日も今日とて、動物愛護団体に全力で喧嘩を売る勢いで彼方へと投げ飛ばされたクロの悲鳴が、虚しく空に吸い込まれた。


『え、遠慮(にゃ)しにゃのにゃぁ…ガク』


 どうやら弓弦の中に戻ったようだが、そのまま気絶したらしい声が彼の脳内に聞こえた。


「アシュテロ違うのシテロなの。 むー!」


 クロの全力投球を行ったシテロは憤慨気味に空を見上げている。

 そんな彼女を見つめていた弓弦の犬耳がピコっと立つ。


「…シテロ、少し静かにしてくれ」


 遠方より耳に届く、人の足により踏まれ、地が揺れる音。

 精神を集中して魔力マナを探ることで現在地を把握するーーーその距離30kmケーマール。 中々近い場所に居るようだ。


「ヤハク、ここから30km程離れた位置を軍が進軍している。 後どれぐらいでここに着く」


「メイビー、強行軍だからおよそ八時間。 まだ時間がありそうだね」


 身体の緊張を解いて脱力すると、


 ぐ〜。


「「……」」


 それにつられたからなのか、二人の腹の虫が騒いだ。 弓弦は大爆笑し、シテロもおかしそうに小さく笑い場の空気が和む。

 気不味そうにそっぽを向き合う二人に弓弦は料理の提案をした。


「食材は関所内のどこかにあるはずだけど…サッドなことにこの僕は場所を知らない。 アンド、調理器具も無い。 それに怪しまれると思うけど…」


「あぁ、だから食材置場…冷蔵庫を探さないとな。 だからここはクロひゃうっ!! っ、シ、シテロ…」


 “ミラージュ”の効果が切れそうになったら掛け直さなければならないので離れるわけにもいかず、座標を確認するための探索をクロに頼もうかと考えていた弓弦の犬耳をまたしても引っ張るシテロ。

 弓弦のジト眼に対しても、「やるの」と妙に意気込んでおり一歩も引かないので、仕方無しに弓弦が自分の中へと戻してもすぐに顕現し彼の頭に激突する。 暫くの間不毛極まりないやり取りが続いたが、結局弓弦が折れ彼女に任せることに。


「良いか?」


「任せてなの」


「何をすれば良いのか本当に分かっているな?」


「大丈夫。 ユールの命令通りに動くの、行ってくるの」


「あぁ。 頼んだぞ」


 立ち上がったシテロはしかし、そこから動こうとしない。 弓弦が幾ら声を掛けても返事は無く悪戯に時間が過ぎていく。

 まるで何かを待っているようなのだが、それが何か分からずどうしたものかと助けを求めても、ロダンは腹を押さえたまま沈黙しており、ヤハクは可哀想な人を見る眼で見つめるだけで何も言わない。


『にゃぁ…『行ってくる』って言われたら返す言葉は一種類にゃ。 アシュテロもおんにゃの子…にゃ? 支配の』


 アドバイスをしてくれたらしいクロの声は途中で、テレビの電源を切ったかのように途切れる。

 何はともあれ、折角のアドバイスを無駄にはしない弓弦。 早速行動に移した。


「シテロ」


「……」


「…そのな、行ってこい」


 彼女の側に寄り、ギリギリ聞き取れるか聞き取れないかの音量で言葉を掛けると、


「……………………………」


「……シテロ?」


「すぴー…」


 寝ていた。 自分の努力は一体何だったんだと崩れ落ちながら弓弦はクロを呼ぼうとし…返事が無くて溜息を吐く。 もう一悪魔に頼むという手もあるが、あのバアゼルがこんなお使い紛いの要件を頼まれてくれるはずも無いので、打つ手は…あったりする。


「“ミラージュ”。 ふぅ…『在らざる霧よ、我が身を包みて不可視とせん』…これで良いか」


 “ミラージュ”の効果が切れかかると同時に掛け直し、自らには“イリュージョン”を掛けると、彼の食料庫探索が始まった。


* * *


「こういうの、スリルあって良いよな…」


 思わずそう呟いてしまう。

 シテロが人を振り回すだけ振り回して、寝ていたことには思うことがあるが、まぁそれも彼女の愛嬌の一つだと思ってそっと自分の中に戻した。


「すぴー…ん、んん…っ、すぴー」


 なのに戻したはずのシテロはあろうことか、帽子の中に顕現しやがった…とと、口が悪いな。

 アレだ、かなり小さめのサイズになって丁度犬耳と犬耳の間の空間で寝ている。 戻したとしてもまた同じ場所に顕現する。

 はぁ…なんでこうなった…っ。


 閑話休題それはそれとして


 ここは国と国の間の関所らしいのでパッと見た感じ、かなり防御性が高い。 これはもう関所と言うより一つの砦だな。 その方がイメージとして適当だと思う。

 つまり…だ。


「広いんだよなぁ…」


 クロ達悪魔なら、すり抜けることが出来るので気にすることは無いのだが、俺はそんな幽霊紛いなことは出来ないし、今の俺が扉を開けようがものなら周りからは、扉が一人でに開いたーーーつまり、心霊現象になるので代わりに“テレポート”で通り抜けることは出来るが、これでも魔力マナを結構消耗していて倦怠感を感じるーーー余程の確証が無い限り、使いたくない。

 倦怠感の理由としてはシテロの顕現だ。

 アデウスもバアゼルもクロもシテロも、その存在ごと俺が吸収した状態とはつまり彼らが俺の一部であるということ。 つまりこの場合、シテロという存在は全て、俺の魔力マナでその姿を顕現させているということだ。

 ラノベでも、自らに宿っている力を武器として顕現させた結果疲れるなんて描写を時たま眼にし、「なんでそれで疲れるんだ?」…と考えたことはあるが、当事者になってみるとよく分かる。 存在を具現化しているなんて普通に考えても、異常な魔力マナを消費していると言えるはずだ。

 だが、自慢じゃないが俺の魔力(マナ)容量(キャパシティ)は相当大きいはずなんだ。 なのにここまで疲れを感じるなんて、それこそ消費する魔力マナも相当なんだ。

 具体的な例だと、バアゼル戦の時の俺の魔力マナを一とするのなら、今の俺の魔力マナはフィーのよるとそのウン千、ウン万倍だそうだ。 今当たり前のように熟睡中のシテロを頭に乗せているが、これも以前の俺なら十秒と保たないんだ。

 ま、容量キャパシティが多くても使いこなせなければ宝の持ち腐れにも等しいんだが。


 再びの閑話休題それはそれとして


 本当に使い易いなこの言葉…じゃなくて! 探索を始めて三十分ぐらい経っただろうか、ようやくそれっぽい場所を見つけた。  兵士達の話し声を聞く限り間違い無さそうだ。

 さて、ここからが…と言いたいが、善は急げ。 “テレポート”で扉の先へと跳ぶと物色を始める。 窃盗行為になるが、ヤハクとロダンの許可があるので気にしなくても良い。


「…と、見つけた」


 大きな冷蔵庫が一つ二つ三つ…どこのキッチンだとツッコミを入れたいが、取り敢えずは適当に材料見繕わないと。


「これで…良し…っと」


 “アカシックボックス”で取り出した袋の内側に食材を詰め、“テレポート”でロダンとヤハクの下に戻った。

 …あ、そうそう、姉さ…レイアに“テレパス”って出来るだろうか…?


* * *


『だから…少し帰るのが遅くなりそうだ。 ユリにもアンナにも、宜しく伝えておいてくれ』


 休憩のためユミルの復興作業を途中で抜け出していたレイアは、丁度弓弦から送られてきた“テレパス”に応じ、自分にもハイエルフの魔力マナが流れているんだという実感を覚えていた。

 弓弦がフラリと森を離れていたのは彼女だけでなく、ユリやアンナも知っているのだがまさか、そんな大事に巻き込まれていたとはーーー弟のお人好しさに微笑んでしまう。


『笑わないでくれ…こっちはそれなりに大変な思いをしているんだから』


「おろ? ユ〜君、一度引き受けたことはちゃーんと、やらないとめっ、だよ?」


『いややるけども…なんだかなぁ、なんでこうなったんだか』


 疲れ果てている彼が言う口癖に、「出た」と、口元に手を当ててまたまた笑ってしまうレイア。 まさかこんな愚痴を零されるとは思わなかったのだ。

 「ありゃ、ごめんごめん」と彼の抗議の声を流してから、風によって下りてきた髪を耳の後ろに掻き上げると、近くの枝に止まっていた小鳥の動きがまるで、彼女の美しさに魅入られたかのように止まる。


「ご飯は大丈夫? お腹空いていない? お姉ちゃんが何か作って持って行こっか?」


『ははっ、大丈夫。 今さっき食べたばかりだから』


「おろ、そっか。 料理は誰が作ったの?」


『俺とあの黒騎士さ。 ああ見えて料理結構出来るんだ。 ちょっとイメージ的に似合わないけどな』


 レイアの頭の中で黒甲冑の騎士の姿が思い描かれる。 彼が甲冑の上からエプロンをして料理している姿は違和感満載だ。


『その代わりヤハク…あの軍師は料理、からっきしなんだ。 普通は逆だと思うが誰にしろ欠点はあるってことを今更ながら理解出来たよ』


 次はあの軍師が料理している姿が。 「どうだいこれ、ビューティフルだと思わないかい?」と言って出した料理が、気泡がボコボコと立ち謎の臭気を発しているーーーそれで本人が自信たっぷりなのだから奇妙だ。


「…ユ〜君は料理、どう?」


『俺か? 人並み…だな。 昔から結構仕込まれてたから下手ではないと…思いたい。 フィーとかは俺の味噌汁があればそれで満足らしいが』


 最後に弓弦が調理している姿が浮かぶ。 鼻唄(ユ〜君子守唄)交じりに鍋の中の味噌汁をお玉でかき混ぜながら、お猪口に注いで味を確かめ頷く姿が。


「フィリアーナさんだったよね。 ユ〜君の味噌汁が大好きだなんて、良い舌してる」


『はは…そんな大したものじゃないけどな、残さず食べてくれるんだ。 放っとくと一人で全部飲んでしまうから困るが冥利に尽きる…いや、あの(正月の)時命令したからか? …帰ったら訊いてみるか…じゃない、レ…姉さんも向こうに行ったら飲みたいか?』


 自分以外の女性のことを話していることより、嬉しそうに話している弟が可愛くて微笑ましかった。


「じゃあさ、明日の昼に作ってって言ったら、作ってくれる?」


「出来ないことはないが…すぐに飲みたいのか?」


「えへへ…出来れば今晩にでも飲みたかったり…するよ」


 思考する気配が伝わってくる。 だがどこか嬉しそうで、


「そうか分かった。 ならリクエストにお答えして作ろうかな。 不味かったら不味いって言ってくれよ?」


 地味に予防線を張っているが、作る気満々の優しい声音が響く。

 彼の作った料理は絶対に美味しいーーーその確信があったので、彼女は間髪入れずに言葉を返した。


「大丈夫。 ユ〜君の作った料理が美味しくない訳、ないから♪」


 息を飲む様子が伝わったかと思うと、照れ臭そうに彼は笑った。

 離れているにも拘らず、まるで側に居るような感覚が話に花を咲かせ、時間はあっという間に過ぎていく。

 レイアは木の幹に身体を預けて、今日一日彼の下で起こった出来事を訊いていた。

 風に乗った届いたいななきを訊いて向かうと、その声の主は瀕死の馬だったことや、間に合わなかった馬の最期の言葉に従って戦闘中らしい主の下に向かうとそれは、黒騎士ロダンだったこと。 ヤハクと共に、黒装束の集団と戦い無事勝利を収めた二人に「民を守るために力を貸してほしい」と頼まれ、現在は『北の関所レコール』で行動を共にしているらしいこと。

 身近で起こっていることのはずなのに、冒険小説を読んでいる時のようなドキドキ感がレイアの胸を満たす。 お切りに入りのシーンはやっぱり、弟の無双劇だ。


『こんなところだな、つまらなくなかったか?』


「えへへ、ユ〜君はお話しするのが上手だからさ、あっという間だったしすっっっごく面白かったよ♪」


『そうか…それは良かった。 ところで時間は大丈夫か?』


 元々傾きかけていたが既に陽は落ちている。 作業の音も止み、村の方では明かりが灯っていた。

 途中で様子を見に来たユリに陽が暮れる頃には戻ると伝えてはおいたが、暮れるどころか完全に落ちている今の時間は伝えた時間を大幅に越しており、そろそろ心配されてもおかしくない。


「ありゃ…ごめん、そろそろ切らなきゃ駄目みたい」


『はは、そうか。 じゃあ切るよ』


 後ろ髪を引かれる思いではあるが、そういう訳にもいかないので一言二言言葉を交わしてから“テレパス”は切れた。


「『二人厄介になるかも』…か。 やっぱりユ〜君凄い! えへへ…お姉ちゃん誇らしいよ♪」


 自分のことのように喜びながら、『ユ〜君子守唄』を口遊くちずさむと、それが聞こえたのかユリが彼女を呼ぶ声が。


「こっちだよ、ごめん長引いちゃった」


「レイア殿…んん、それで…」


 咳払いしながら言葉を濁すユリだが、何を訊いているのかモロ分かりである。


「遅くなるけど朝までには戻って来るって。 良かったね」


「…うむ、そうか。 なら私は一眠りするとしよう」


「帰って来たら味噌汁作ってくれるって。 じゃあ私も一緒に寝ようかな」


「む!? そ、そうか…だ、だが」


「私は適当なところで寝るから気にせずユ〜君のベッドで寝てね?」


「〜っ、う、うむ」


 赤面するユリの初々しい姿にクスリと笑うと、レイアは村へと戻った。

「こぽー…こぽー…」


「!?」


「こぽー…こぽー…」


「な、何をなさっているの?」


「こぽー…こぽー…」


「お、お~!? な、なんだ~っ!?」


「こぽー…こぽー…」


「み、未知の生物だよアレ。 いつの間にあんなのが住み着いていたんだ?」


「よしディオルセフ、真似してみろ」


「全力で嫌だよ!? そう言うトウガがやれば良いじゃないか」


「なんであんな気持ち悪いことをしなければいけないんだ」


「君はそれを僕に勧めていたんだよ!? 酷いよ「はい予告ー」ちょっとっ!?」


「『平和なアークドラグノフに表れる謎の生物。 常人では考えられない行動を平気で起こすその生物によって、506号室は支配された!』


「うん、じゃあ次は「俺だな~!」」


「『対峙する彼女達。 しかし無慈悲に伸ばされる魔手が純白を汚す……弓弦が居ない今、彼女達はこの危機を乗り越えられるのかーーー』」


「最後は「私ですわね」」


「『次回、パンツ夢の旅』…見ないと暴れますわ、おーっほっほ!」


「はい解散ー」


「ちょっと僕は!? え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

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