ヒスバラード
清らかな森、命息吹く緑に囲まれて『豊穣の村ユミル』はその姿を徐々に取り戻しつつあった。
そんな中、甦りつつある自然の囁きに、弓弦はその犬耳をそばだてていた。
『豊穣の社』から戻った彼はレイアと離れ、こうして一人身体を休めている。 四季があるのかは分からないが、見上げる空は晴れ渡り、木漏れ日が少し眩しい。
金槌で木材を打つ音が耳に届く。 馬の嘶きも風に乗って耳に届いた。
「…馬?」
ユミルやこの森に馬はいない。 聞こえるはずのないそれに、彼は身体を起こすとその方角へと急いだ。
「おい!」
森からそう遠くない草原に一頭の馬が倒れていた。 周囲に騎手は居なく、馬の傷だらけの様子を見る限りただ事ではない。
『主を…っ』
切実な響きを持った声、それを最期に馬は息絶えた。
「主…一体誰のことだ? いや、それよりも」
風が伝える音を聞くことに全神経を集中させるーーー微かに聞こえる、剣戟の音。
散った者の意志をそのままにすることは出来ない。 弓弦は様子を見るためにその方角へと向かった。
「ぐ…っ」
気力だけで自らの足を奮い立たせ、ロダンは十数人の黒装束軍団を相手取っている。 血に塗れた剣を振るって、見えない攻撃を捌き続ける。 築いた死体は五人程、どの死体も首から上が無く、正確に止めを刺されたのが察せられた。
相手の正体に彼は見当を付けている。 カズイール皇国、皇帝お抱えの暗殺軍団、『黒忍衆』で、命令に従わない用済みの存在を抹殺しに来たという訳だ。
「…っ!!」
短剣の先が鎧を掠る。 自らの死期を悟った彼は傷を負った愛馬を逃したが、無事に逃げれたかどうか、それが、それだけが気掛かりであった。
「国のために生きた男が自らの意思に従った…その、末路か…だが」
深く息を吸う。
「傾国の徒を黄泉路に引き摺り下ろすのもまた、国のためか…ッ!!」
何も見えない、ただ聞こえるだけ。 手応えを感じ、引き抜く。
崩れ落ちる音。 一人、仕留めた音。
微かな空気の唸り、攻撃の音に反応し、対応する。
二人、倒れる音。
三人、倒れる音ーーーロダンが感じた手応えよりも多く、倒れる音が耳に届く。
「…やれやれ」
変に気取ったような声と共に、光の見えない彼の瞳に普通の光とは違った光が映る。
「ノットビューティフル。 一対多数ってのは美しくないなぁ」
一人倒れる。 今度は完全にロダンの手によるものではない。
「助太刀するよ、ロンリーナイト」
「…帰れ」
「王命でこの僕は来ている。 国を脅かす者を相当しろっていうね」
「本当は北の関所だけど」と続け、ロダンの耳に鉄がぶつかる音と人が倒れる音を届ける。
剣を振るうのはヤハク。 彼によって黒忍衆はその数を減らしていき、
「そぉれっと!」「…ッ!!」
最後の一人が今、二人の剣に倒れた。
「さてと、僕は侵略から北の関所を守らないといけない。 ロダンはどうする?」
「王命に従う」
「…堅物だね、本当に。 でも、その必要は無さそうだね」
「……」
振り返った二人の視線の先に立つ、弓弦。
「その王命に従うのなら殺されるよ。 彼の眼がそう語っている」
倒れている死体を見回す彼だが、いつでも抜刀出来るよう、その左手は鞘に添えられている。
「そうか、お前の馬だったのか」
「…馬?」
「戦闘が起こっていることを俺に教えてくれた傷だらけの馬だ…手遅れで助からなかったが」
「……そうか」
ロダンは剣を鞘に収めながら心の中で愛馬の冥福を祈る。 一瞬昔の記憶が蘇ったが、今必要なことではないので、思考の隅に押しやる。
「そうだ、ナイスなアイデアを思い付いたよ。 いっそのこと、村で過ごすのはどうだい? …復興の手伝いしたいしね…あ、ロダン! この僕の案を無視するのかい!? …やれやれ」
北の関所に向けて歩き出したロダンを見てヤハクは大袈裟に肩を竦める。
「……。 不躾だけど、北国境線の防衛を手伝ってくれないだろうか?」
そこまで言うと、声のトーンを一段落とした。
「虫が良いのは分かっている。 元はと言えばこちらに非があるし、あの愚王があんな暴挙に出なかったら、こんな争いは起きなかったと断言出来る。 言わばツケが回っただけだからね。 でも、王に責任はあっても、この僕達を含め、兵士全員に責任を取ならければならない道理はあったとしても…民は悪くない。 だけど悲しいことに、もし北の関所が突破されれば、被害を一番被るのは、民だ。 何も悪くない、民が、一番最初に餌食として蹂躙されていくんだ」
話している彼に先程の軽薄さは見られなかった。
「ロダンも、この僕も、元は孤児。 それを先王を始めとした温かい人達に助けられた。 その恩に報いたくて、民のために尽くしてきた。 先王崩御後も国に仕えたのは民のため。 この僕の命を捧げても良い、力を貸してほしい…この通りだ」
国ではなく民を憂い、頭を下げる一人の武士の姿がそこにあった。 『どうするのにゃ?』というクロの問いに弓弦は鼻で笑って返す。
「なら行くか。 もたもたしていると突破されるからな」
「良いのかい、この僕の嘘かもしれないよ? 真祖を嵌めるためのね」
「纏う魔力は嘘を吐かない。 民を思うお前の魔力は、眼は、歪みなかった。 ならそれで、十分だよ…掴まってくれ」
ヤハクが肩に触れると、弓弦は“テレポート”でロダンの下に転移する。
「掴まってくれ」
「……そうか」
ヤハクが堅物と評したロダンも、彼の眼差しを受けて、すぐに折れる。
“テレポーテーション”を使い、弓弦とロダンとヤハクは北の戦場へと転移した。
「ここで良いか?」
「グゥレイトだよ…でも戦況は…」
北の関所は既に陥落寸前のところまで攻め込まれていた。 負傷した兵士、殺伐とした空気…ヤハクが見た限りでは、戦える人間は数える程しかいなかった。
「…動ける兵は三十あまり…ひとまずこのバットな戦況を覆すために、態勢を整えなくてはね」
「どうするんだ? 協力はするが…」
「ノーノー、魔法は使わないよ。 そうだな…真祖とこの僕で十分、戻って来るまでにロダンは兵の状態の把握ね、それ以外は判断に任せるよ」
ヤハクは不敵に笑う。
「あの二刀流の武器、持ってる?」
「ん、あぁ…」
「ならこの戦、勝てるね」
「…どういうことだ?」
「ま、取り敢えず正面から暴れてきてよ。 これぞ無双って感じで」
「…分かった」
怪訝に思いつつも、重なる紙が織りなす、神秘の武器を両手に握り弓弦は戦場へと駆ける。
『にゃはは、君も好きにゃ』
「ま、民を心から愛している奴に悪い奴はいないだろ? そういうことじゃないのか?」
『でもにゃあ? 折角休んでくれと言われていたのに、また怒られると思うにゃ』
「……それは嫌だな。 だがなぁ…ははは…そうだ、こういう時の姉さんだ。 レイアに助けを求めてみるのもアリかもな」
『最低にゃこの男…』
「…冗談だ。 でもどうして…姉さんっていう言葉がしっくりくるんだろうな…」
クロと話しながら疑問に首を傾げる弓弦。 因みに戦闘中である。
『参考までに、他の女の子にはどんな言葉がしっくりくるのにゃ?』
「そうだな…知影はヤンデレ、フィーは犬、風音は小悪魔、イヅナは可愛い、ユリはギャップ、アンナは短気、シテロは天然だな」
『見事にゃまで統一性の無い組合わせにゃ…しかも弓弦、自分に好意を抱いている人のことを挙げているにゃ…アシュテロも入れてるあたり流石にゃ』
ハリセンを振るいながら言われて気付く。
「シテロは分からんが半分直接言われてるんだ…アンナは違うがな。 そんなラノベの主人公みたく鈍感じゃないんだから分かるに決まっているだろう? …はぁ、なんでこうなったんだろうなぁ…ははは」
『一人に決めるにゃ』
「無理、知影を選ばない限りnice boatされる」
兵を気絶させていくハリセンのリズムが何かの曲のように変化した。
『にゃら知影を選ぶのにゃ。 それでまーるく収まるにゃ』
「いや…それでも知影がnice boatするな」
『にゃらどうするのにゃ!? どうやってケリを付けるのにゃ!?』
「知影のヤンデレが治るまで待つさ」
『治らにゃかったらどうするのにゃ?』
「その時はその時だな」
『治ったら誰を選ぶのにゃ?』
「その時は…」
兵達がジリジリと後退している。 青褪めた表情で足を震わせ、弓弦が一歩踏み出すごとに一歩後退りした。
『…怯えているのにゃ』
「…そうか」
踏み出す。 後退る。
「……はぁ」
前進、後退、前進、後退、
『にゃぁ…』
前進、後退、前進、後退…前進後退前進後退前進後退、
「あ…」
撤退。 兵達は蜘蛛の子を散らすかのように陣形を崩壊させて彼から逃げて行った。
「オーケー、成功成功」
いつの間にか相手方に紛れていたヤハクを残して。
「策が成るのは気持ち良いね。 怪我はしなかったかい」
『成る程にゃぁ…悪くにゃい策にゃ』
「…は、ははは…へ、凹むな…」
「悪かったよ、でもこれが一番の安全策だったんだ…さ、関所に凱旋だ。 本隊が来る前に態勢を整えなくてはね」
ヤハクの策。 それは、そもそもこの戦いが起きた原因である、『謎の武器を持った一人の男に攻め入れられる程、カズイールの兵力が弱い』という噂を利用したものである。 『謎の武器を持った一人の男に攻め込まれる程国が弱い』のではなくて、『一国に一人で攻め込める程その男は強い』と兵達が思うように内部に紛れて噂を変化させたのである。 結果はこの通り、二人の男だけで何百もの兵を退けることを可能にした。 情報を制する者が戦場を制するのだ。
「この僕の頭脳を持ってすれば、戦の混乱に紛れての潜入なんてベリーイージーさ」
所変わって、『北の関所レコール』の建物内で、三人は今後の対策を講じようとしていた。
「じゃあ種明かしは終了。 ロダン、報告を頼むよ」
「関所配備兵、総数六十人の内満足に戦えるのは四十三人…我々が来たことと、策の成功の影響か士気は上がっているといえ、六人が死んでいる。 行方不明の一人を除いて残りは意識が戻らないことを始めとした戦闘不能状態だ。 関所の破損率は30%程度、ここにある資材で十分足りるそうだ」
「…関所の修復は早めに当たらせた方がグッドだね…と」
「紙…紙…」と紙を探して羊皮紙を見つけると、ヤハクは人数と角度らしき数字をスラスラと書き、ロダンに手渡した。
「この紙の通り、君の方で人数を三組に分けて、交代で修復に当たらせるよう指示を出してから戻って来てくれ」
「分かった」「待て」
指示を出しに行こうとロダンを弓弦が呼び止めた。
「…行方不明というその一人、いつから姿が見えないんだ?」
「姿が見えないのは今朝からだそうだ」
「そうか、すまない呼び止めて」
「構わん」
「…怪しいな」
姿が見えない兵ーーーそれは弓弦でなくとも怪しむには十分な情報であった。
「この僕と同じことを考えているなんて流石だよ。 でも当然か」
一人納得すると、ヤハクは卓上に地図を広げて睨み始めた
『…今晩どうするのにゃ?』
「……」
状況を見ても到底今日一日で終わるものではない。 早くても明日ということが彼を悩ませていた。 今はまだ昼間なので大丈夫だろう。 しかしこれが夜になったら、
『ユリは絶対心配するにゃ。 きっと今日もご飯を作って待っててくれると思うのにゃ』
「弓弦殿は…まだ帰って来ないのだろうか…?」と椅子に一人腰掛けながら寂しそうに呟く彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
『レイアも、気にしていにゃさそうにゃ振りしてふと思った時に、君のことを考えて空を見上げるのにゃ』
「おろ、この木ユ〜君が寝易そう…えへへ、帰って来たら教えてあげないと」と、散歩中のレイアが眼を優し気に細めて木に触れる姿が浮かんだ。
『アンニャは怒ると思うにゃ』
「っ、あの男…帰って来たら説教だ…ッ!」と丁度ここの方角を睨みながら拳を震わせるアンナの姿が浮かんだところで、弓弦は溜息を吐く。
『それに良いのかにゃ? 明日で一週間にゃ』
「うぐ…っ」
そう、明日は出立前に知影達に伝えた元帰還予定日。 しかし肝心の豊穣祭はまだ終わっていない。 どのように続けられるのかは分からないが、三日分まだ日にちはあるのだ。
人に心配されているくせに、彼は彼で残してきた女性陣が心配なのだ。
* * *
そんな弓弦の心配が届いているはずもなく。
「…………………な、何をやっているのかしら?」
フィーナは真顔である。
「裏に弓弦がこっそりメッセージを残しているかもしれないって思ってさ、見てたの」
きっと知影も真顔だろう。
「………知「見てはいけません」」
セティは困惑顔で、真顔の風音に視界を遮られる。
「だ、駄目よ今すぐ止めなさい。 自分の下着の代わりにご主人様の下着を履いていたことは見逃しても、それは女として…終わってると思うわ…っ」
どちらにせよ女として終わっていることには違い無い。 因みに今日知影がズボンの下に直接履いているのは、弓弦の、黒色のボクサーブリーフである。
「ん? 何のこと」
「そ、それを今すぐ止めなさいって言っているの!! あなた自分が何をしているのか、分かっているの!?」
「うん。 これ、弓弦の匂いがするんだぁ…被ってて凄く落ち着くもん…すぅぅ…はぁぁぁ…っ、良い香り♪」
「「……………………………」」
奇行と表すのさえ憚れるような知影の狂行に言葉を失う二人。
「…知影…何被ってるの…?」
その時、視界ガードから解放されたセティが無垢なままに首を傾げる。
「ッ!? 風音どうして、だ、駄目よイヅナ、み、見ては駄目よ!! あなたの純粋な心が汚れる…わ…?」「…本当に香り…するの?」
「うん、セティもどう?」
引かれている箪笥から“それ”を一枚取り出してセティに手渡す。 この時のフィーナ達の焦りようは、彼女が
『セティ』のことを『イヅナ』と本名で呼んでいることで察してほしい。
「…………………………………」
風音は眼の前の光景が信じられないかのように、ポツンと佇んでいた。
だから、
「…コク」
セティが知影から手渡された“それ”を被るのを、止めることが出来なかった。
「弓弦の匂い…するでしょ…?」
「コク、弓弦の…匂い…」
「………………………………ふぅ…っ」
「あ、あぁっ、フィーナ様、御気を確かにっ、フィーナ様っ!!」
フィーナがセティの、あんまりな姿にショックで崩れ落ちた音で帰って来た風音は彼女の頬を、雫が伝っているのを見た。
「……イヅナが…私達のイヅナが変態に……ごめんなさいあなた…私はあの子を…止められ…ま…せん…」
雫が床に落ちるとそれきり、何も喋らなくなり、その手が投げ出された。
「フィーナ様、フィーナ様、しっかり、しっかりして下さいっ!! フィーナ様ぁぁぁぁっ!!」
とうとう気を失ってしまったフィーナの肩を揺すり、反応が無いことを確認し自らの唇を噛みながら優しく抱え上げる。 そして彼女をベッドに横たわせると、
「………ぁぁ…っ」
風音自身もうつ伏せで静かにベッドに沈んだ。
「「………?」」
側から見たら、明らかにおかしいはずの、変態仮面二人がそんな彼女達を見て、揃って疑問符を浮かべた。
* * *
『弓弦?』
意識を飛ばしていた弓弦は、クロの声で呼び戻される。
「…フィーの声が聞こえたような気がした」
『にゃ? 僕とずっと会話していたのに“テレパス”って使えたのかにゃ?』
「…だが確かに、『ごめんなさいあなた』って聞こえたような…?」
ヤハクが地図に印を付けている傍、眉を顰めていると扉が開きロダンが戻って来た。
「明朝には終わるそうだ」
「グッドだね。 じゃ…こっちも終わった。 作戦会議といこうじゃないか」
弓弦とロダンは椅子に座って地図を眺めると、そこには敵兵の進行パターンと防衛パターンが数種類に渡って書かれていた。
「さてその前に…真祖の近くに誰か居た?」
「妖精さんだ、気にするな」
既に一種の決まり文句で、弓弦は即答した。 魔力が見えるロダンは苦笑気味に頬を緩め、ヤハクは納得したように「じゃあ、今度こそ始めようか」と手を叩いた。
「まずここ、北の関所レコールはカズイール皇国の北にある。 そして」
黒丸をなぞってから三箇所の赤丸を順に指していく。
「ここが予想される『イステルン』本陣の場所だ。 三箇所あるけど、基本的には気にしなくて良い。 やるのは防衛戦だから」
「防衛戦か…厳しくないか?」
「イエス、四十三人で最低三千の兵の攻撃を防ぎ切るのは実際問題、不可能だ。 バット、指揮官狙いの夜戦を行おうにも、ここから先は向こうのフィールド。 地の利が得られない時点でやはり不可能。 裏をかけるには違い無いけど…」
「圧倒的な物量不足か」
弓弦の問いへの返答をロダンが締め括る。
「そこで防衛戦。 幾つか策を用意して削っていく。 目標としては犠牲ゼロで敵方を後退させることだ。 まず念頭に置いてくれ」
『本来はそもそも戦にすらにゃらにゃいところを戦にする、悪くにゃい策にゃ』
「問題点として、長期戦になること。 これが厳しい。 この僕に王命が下ったということはこれ以上援軍を出すつもりが無いというメッセージ。 アンド」
言葉を切って自らを指差す。
「この僕に死ねとのメッセージでもある。 予想するに先王ーーー父君の懐刀であったこの僕と、君が邪魔だったんだろうね。 『黒忍衆』を出してきたんだから」
「……」
ロダンは常人と同じ光を失っている代わりに魔力の光が視える。 だからこそ、一切の魔力を持たない『黒忍衆』が彼の暗殺のために出て来たのだ。
「ちょっと待て、それじゃあ」「どうせ負けるって思われているのさ」
苛立ちを滲ませた声で捲し立てる。 薄暗闇の中ランプの炎が大きく揺れ、消えかかりそうになっていることが兵達の生命を表しているようで、見ていられなかった弓弦が魔力に働きかけ、再燃させた。
「だけど、この僕が負けるなんてことは、有り得ない。 持ち得る限り知略を駆使して絶対に勝ってみせるのさ」
「得意のご託は良い。 真祖と俺はどう動けば良いか、それだけを教えろ」
「まず戦力を増やす」
支援が無いと言ったその後にこう言われては疑問符も浮かぶ。 そんな二人の様子を面白気に見ているヤハクはその方法を話した。
* * *
“上手くいった”。
その確信にカズイール皇国皇帝、グランゲージュはほくそ笑む。
ロダンは『黒忍衆』により死に、ヤハクは死地に送り出した。 じきに討死の報が自らの下に届けられる、その時を今か今かと待ち侘びているのだ。
更にもう一つ、憐れなロダンのために、弔い戦と称して兵を『ユミル』へと派兵した。 彼の死を悼んだ兵達は喜び勇んで向かったのだ、こちらもじきに巫女を連れて戻るはずだ。
全てだ、全てが上手くいっていた。
「陛下、急ぎお耳に入れたいことが!!」
この時までは。
「…申せ」
“ロダンの暗殺完了”か“巫女の連行”か“ヤハクの討死”か…グランゲージュの心は次の言葉を待ち焦がれていた…だが、
「『吾等、敵わず地に還る』と、先程城門で一人の男が息絶えました!「何だと!?」…ぐ…っ陛…下…」
「何…だと…っ」
ロダンを『南の関所ノルラ』を越えた先の道で暗殺するのがグランゲージュの計画だった。 ヤハクが助けに行く可能性も考えていたが、馬での速度から考えて、ロダンが関所を通過するのに二時間、そこから今日ヤハクに名を下すまで少なくとも十時間はあったはずだ。
なのに、
それなのに、
「……はぁ、はぁ…っ、陛下ッ!?」
眼の見えない男がそれだけの時間、暗殺の手練を相手取り、返討ちに出来たというのかーーー城に居る間ヤハクには監視を付け、孤立無援の状態にしたはずなのにーーーたった一人で。
「ほ、報告します!」
新たな兵が謁見の間に現れる。
「ロダン隊長が存命であるとの報せが!!」
「謀反だッ!」
終わる。 自分の計画が、終わろうとしているのにグランゲージュは怒りを抑え切れないように怒鳴った。
「謀反だ…ロダンの奴め謀反を起こしおった…!」
「は…? ろ、ロダン隊長が?」
「報せはそれだけか!」
「は…い、いえ! 二千の兵と合流し北の防衛戦に加勢するとの言伝を預かっております!!」
「出陣の準備をしろ! あの男め、『イステルン』と裏で同盟を結びこの国を滅ぼそうとしている!! 北の関所は既に敵国に落ちておる! 裏切り者にこれ以上この神聖なるカズイールの地を汚させるな!! 世も自ら出る!」
「「は…ハッ! ただちに!」」
そう、最初からこうすれば良かったのだ。 最初から手を下せばこのようなまどろっこしい手を取る必要は無かったのだーーーそうグランゲージュは納得し、城から一万の軍勢を率いて出陣するのだった。
「レイちゃんレイちゃん!!!!」
「おろ、どうしたのフレイ? 」
「今回はレイちゃんもここに出られるんだよね!? ここに来てから初めて、姉妹揃っての予告になるよう、頑張ろー!!」
「おろ、えへへ、おー 」
「『男達は確認する、自分達の軌跡を』」
「『男達は清算する、自分達を貶めて』」
「『共倒れを避けるため、迫る軍勢にヤハクは策を講じる。 それは……首を差し出すこと!?』」
「『二人は、自らを慕う多くの兵の前で意思を伝え、意志を託す。 民のために、忠義に背中を向けた彼らの意志は確かに、その背中を通して引き継がれるーーー』」
「「『次回、墓標』」」
「歌と想いが、絆になるよ」
「…な、何か物騒なタイトルだけどおにーさん大丈夫かなー、なーなー」
「ユ~君は大丈夫。 私の大切な弟なのだから♪ ちゃんとお姉ちゃんの下に帰って来てくれるよ」
「うんうん分かってるよ? 弟だよね……健気で結構結構」
「おろ、そんなのじゃないよ。 ユ~君は弟。 ……私の大切な、弟……それだけなのよ」
「結婚は?」
「したいね。 私の場合は契りになるんだけど」
「契っちゃったらどう?」
「えへへ、もうしてるから大丈夫」
「えっ!? それってどういう……」
「えへへ…秘密♪」