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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
133/411

夜風呂

『ほら、やれば出来るじゃない……』


 俺の頭の中では、今日聞いたこの言葉がリフレインされていた。 さっき逆らえなかったのも、きっとこれが原因だと思う。

 橘流抜刀術七ノ太刀『七双鞘舞』。 俺が教わった、斬撃と鞘での打撃を合わせた文字通り七番目のの抜刀術で、俺が使える中では最強の抜刀術だ。

 さて、この橘流抜刀術だが、一ノ太刀から順に、『一刀抜砕(いっとうばっさい)』『二斬裂断(にざんれつだん)』『三跡縛封(さんせきばくふう)』『四閃闇喰(しせんあんじき)』『五刃星描(ごじんせいびょう)』『六突疾鋭(むとつじちえい)』『七双鞘舞(しちそうしょうぶ)』…後は何だったかな…あ〜、うん、覚えていない。 内容的にはその字の通りとしか言えないのだが…俺は三ノ太刀までしかスムーズに使えない。 修行が足りないんだろうな。

 だが問題……と言うか不思議なのはアンナだ。 以前の訓練任務(ミッション)で『一刀抜砕』を使ったと思ったら、今度は『七双鞘舞』…これの意味するところは…?


「…っ!?」


「ど、どうしたのだ弓弦殿?」


 もしかして、美郷姉さんはアンナと同門の人物に会ったことがあるのか? そしてその人物に剣術を習ったーーーとするのなら説明は出来る。 いや、きっとそうなのだろう。 昔からずっと不思議だとは思っていたが一つの謎が今、解明された。 解明、された…ははは。


「弓弦殿、弓弦殿?」


 ははは。


「弓弦殿?」


 ………。


「何でこうなった」


「何でこうなったって…弓弦殿が逃げようとするからではないか」


 そう、俺は今ユリに背中をゴシゴシされている。 絶妙な力加減が気持ち良い…じゃない!


「いや、だからってこんな、中まで入って来ることはないだろう! ここ男湯だぞ!? 幾ら何でも裸で外に出る程俺は変態じゃないっ!」


「む、以前裸で私の部屋に入って来たのはどこの誰だ?」


「……」


 あったな、そんなこと。 あの時は逃げたくて適当に“テレポート”を使った結果の事件だから…って言い訳どうこう以前に、俺が悪いんだよな…はぁ。


「わ、私の部屋だから良かったものの、他の隊員の部屋だったら事件だったんだ。 弓弦殿は変態だからな、うむ。 だから私が少し眼を離した隙を突いて逃げようとする可能性は大いにある…これは当然の判断だ…当然の判断だ、うむ」


 確かに、もし他の隊員の部屋に転移していたら…?


 風音、セティ→出来事が前倒しになる。

 ディオ、レオン、トウガ→事情を説明すれば分かってくれる…か、ウホッ?

 テレポートの範囲内だと…ん? 意外に大丈夫そうだ。


「…意外に、事件にはならなそうだぞ?」


「む? あー…そうだ、風音殿やセティ殿の所ならば、事件にならないか?」


「いやだってその後…「む?」い、いやなんでもない」


 危なっ、墓穴を掘りかけた……っ。


「………」


 ゴシゴシ。


「………」


 ゴシゴシゴシ。


「……………………〜っ!!!!」


 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…って、


「…急にどうした?」


「………ぁぅ」


 読み込み中のようだ。 俯いて手だけを必死に動かしている…そんな雰囲気が伝わってくる。


「…もう良いから、タオル渡して後ろ退いてくれ」


「〜っ!? な、何を突然言い出すのだっ!!」


 何故かテンパり始めるユリ。


「…その言葉、そっくりそのまま返すぞ」


「だ、駄目だ駄目だ! 見えてしまうではないかっ!!」


「あのな、気持ちは嬉しいんだが、前も洗わないといけないし、他の男が来たら面倒だ。 俺はこのまま前を向いておくからその間に出て「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!!」」


 人の言葉を遮って訊く気配全く無し。 何が駄目なのかーーーレオンじゃないがさっぱり分からん。


「その間に弓弦殿が逃げない保証がどこにあるのだっ! わ、私はアンナ殿に頼まれたのだ、眼を離すなと…っ!」


 「朝まで縛り付けておけ」とは言っていたが、「眼を離すな」とは言っていない。 ニュアンス的に同じだと思うが、この状況は俺が殺される。


「だから無理だ! 私は弓弦殿から片時も離れないぞ…ぁぅ…うむっ!!」


 なんというどうでも良い決意なのだろうか。 勘弁してほしい…はぁ。


「そ、そうだ良い手があったぞ!」


「…良い手?」


「うむ! 我ながら天才だと思うぞ!」


 うん、悪い予感しかしないのは俺の気の所為だろうか…いや、気の所為じゃない。


 パサ。


 俺の視界を白いモノが埋める。


「…ふっ、これで完成だ」


「…参考までに訊きたいんだが、何が完成したんだ?」


「眼隠しに決まっている。 これで私が弓弦殿の視界に入っても姿は見えないぞ…ふっ、残念だったな」


「何が残念なんだ…」


「私を視線で辱め、嬉しさと恥ずかしさの羞恥に私に身を悶えさせている内に逃走するという弓弦殿の策、見破ったり…!」


 うわぁ…凄いツッコミ所だな。 特に俺の視線で嬉しさと恥ずかしさに身を悶えさせるって何なんだ? 感覚として正直いかがなものだと思うが。


「…はぁ、そうか…って、おい!? わ、わわ…っ」


 とうとう人の前半分を洗い始めたぞ…っ!? おかしいだろ…っ、し、しかも…っ!


「お、おい!? ユ…っ」


 言い掛けた言葉を飲み込む。


「気にするな、私は楽しいぞ!!」


 楽しいのか!? 異性の身体を洗うのが!? 気にするなって言われても、


「〜♪」


 タオルの隙間から…〜っ!!!! な、何が完成だっ、完成しているのはお前のスタイルだユリっ!! …って、違ぁぁぁぁぁああうッ!! 俺は何も見ていないぞ!? 何とも明媚なものだってこれっぽっちも思っていないからなっ!?


「…む? 弓弦殿、この辺りが盛り上が…っ!? 〜〜〜〜〜っ!?!?」


 ……。 えーコホン、人の本能とは何とも不思議なものだ。 衝動とも言い換えることが出来るが、どんなに頑張っても、意識しても、抑えられないことがある。 無心、無我の境地にて主の御声に耳を傾けれることが宗教的に一種の到達点と言えるのならば、常人にとってそれは、果てしなく遠い道のりであると言えよう。 ローマは一日して成らず、


「…わ、私は気にしていないから安心しろ弓弦殿…大きいと思ったのは背中だ、うむ!?」


 無我の境地未だ…彼方にすら見えず。


『…にゃはは、憐れと言うか羨ましいと言うか…見ていて面白いにゃ』


 俺のそれは、基本的な男の生態的本能に、実に忠実であった…すまん知影、フィー、風音、姉さん達…。










「…ッ!?」


 なんて現実逃避は許されないみたいで、俺のだらしがない程にへたりきった犬耳が、もう回避出来ない危険をキャッチした。


『にゃっ!? 萠地の』


「誰か入っておるのか?」


「‘ヤバっ!’」「なッ!?」


 なりふり構ってられない。 見つかったら一大事なので、ユリを抱え上げ湯船に突入する。


「お風呂…ぽかぽかなのー、ユールの隣でもっとぽかぽかなの〜♪」


 増えてる!? しかもよりにもよってシテロが…って、く…っ。


「ゆゆ、弓弦その女性は」「しっ!」


『‘霞の霧よ幻の霧よ、ここに満ちて全を惑わさん!’』


 素早く“ミラージュ”を詠唱して、二人の姿を隠してから、俺は闖入者の声に返事をした。


「おぉこれは…こんな夜更けに」


「はは、お互い様だ。 一応祭壇は明日朝一番に仕上げれる予定だ」


「ドゥハハハハッ! 儂等も負けてられないな!」


 閣下の笑い方…この人ーーー俺の近くに腰を下ろしたサマルさんの笑い方は特徴的だな。


「ははは…」


 俺の視界にはユリとシテロが見えるのでそちらの方にも注意を向けなければならない。


「「…………」」


 シテロはまぁ良いとして、ユリもどこかに旅立っているみたいだ。 時々自らの身体を抱いたと思うと、溜息と共に解く。 湯が乳白色であることが幸いして、浮かぶ双丘の頂上から下は見えない…って、別に凝視している訳でもないのに何を言っているんだ俺は……はぁ、知影に殺される日も遠くないような気がする。 取り敢えずそのまま静かにしてくれるのなら安心だ。


「孫娘を助けてくれたこと、改めて礼を言わせてもらうぞ…橘 弓弦殿」


「弓弦で良い。 護衛として当然のことをしただけだ。 改めて礼を言われる程のことではないな」


「謙虚だな。 もう少し胸を張ってみたらどうじゃ。 プレハブ…と言ったか、見事なものだ」


 村が全部焼けたのにも関わらず、こうして風呂場とかがあるのはちょっとした現代マジックをやっていたからだったりする。 知影に訊こうと思ったが、クロが意外にも知識に明るく、彼の指示であれこれやった結果、村としての形にはなった。 珍しく、アンナがあそこまで俺に休めと言ったのにはそれが原因だ。

 作業効率向上のために俺は、了承を得て村人全員に“クイック”を掛け、次にシテロの力を借りて自然の恵みを分けてもらい木材と果実を用意した。 この温泉も、元あった源泉に宿っていた水と火の魔力マナに働きかけ、残った建物と合わせて復活させるという、ユリ曰く八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をしたんだそうだ。

 ま、自分ではそんな感覚があまりないんだが、相当な無茶をしていたらしい。 これはバアゼルの意見なんだが、俺が「もう少しだけ」と言ったら、それきり言わなくなった。 お詫びにクロに蜜柑を持って行かせたが、どうなったのだろうか。

 しかし自然を再生して、村もプレハブだが一日で建て直した…よく頑張ったものだ。


「あれは一時的な避難所みたいなものだしまだまだ、元通りにするには時間が必要だ。 豊穣祭も再開しないとな。 それまではここに滞在するつもりだ」


「ふむ…それはこちらとしても嬉しい申し出だが」


 言葉を切って俺を一瞥すると、深く息を吸った。


「明日レイアの護衛で『豊穣の杜』へ行ってくれるか?」


「…分かった。 だがこの時期にどうしてそこに向かうんだ? 祭壇の代わりにあそこで神楽を奉納するのか」


「分からん…あの子が行きたがっておるのだ」


「俺とか?」


 肯定の頷き。

 後ろを確認するとシテロは寝てるしユリは…うん、まだ帰って来てないな…逆上のぼせていないか心配だ。


「もう一つ」


 サマルさんが指を立てる。


「孫娘二人を、連れて行ってほしい」


「っ!? それはまた突然…だが」


 否定を許さない雰囲気に言い淀む。


「無理を言っているのは承知済みだ。 しかし…儂等では」


 守り切れない…か。 もし俺達がこの村を去ったら、レイアとフレイを守れる者は居なくなると言っても言い過ぎではないのが現実だ。 村一つで国一つ相手取るには、ここは地理的にも悪いし、物量差も圧倒的だ。 有事の際にだけ駆け付けるというのは、正直無理だ。 それを踏まえての願いという訳になるんだな。


「…旅立つ運命(さだめ)なのだ。 レイアも承知済み、どうか了解してほしい」


「運命?」


 そう言えばフレイが“レイちゃんの王子様”と言っていたが、それと関係する…のだろうな。


「…豊穣祭については、一年に一週間程あの子を滞在させてくれればそれで良い。 その時にまた護衛に来てもらえば良いからの」


 …そうか、本人の口から訊けってことだな。 もしかしたら明日はその話をするのかもしれない。


「…悪いが明日の夜まで待ってくれ」


「…そうか、良い返事を期待しておるぞ」


 そう言いサマルさんは出て行った。 多分時間を合わせたんだろうな…兎に角、


「…ユリ、もう大丈夫だ、帰って来ーい」


 シテロを中に戻して、ユリに声を掛ける。


「………」


「………」


 …はぁ。


「先に出るか「…? っ!? だ駄目だ!!」」


 よし、無事に帰還した…っと。 凄い意地だな…普通に凄いと思う。


「私の視界から消えないでほしい…」


 まだ言うか。 


「なら一緒に出て一緒に着替えるのか?」


「うむ」


 ッ!?


「…っ、どうした、出ないのか?」


 俺が咄嗟の判断で自分の頭に置いた…置いてしまった彼女自身のタオルを身体に巻いて、後ろを向きに湯船を歩く…ってそんなことしたら…っ!!」


 ツルッ。


「な…っ!?」「…ッ!!」


 予想出来ていたので素早く彼女の身体を支えるーーー顔が真っ赤だ。 これは…怒っているな、うん。


「…先程の女性は誰だったのだ?」


「さて、な。 きっと幻覚か何か見たんじゃないか?」


「…し、しかしだな、妙に現実味があったのだが「幻覚だ」」


 肩を掴む。


「幻覚だ」


「…そ、そうか…なら「幻覚だ」…〜っ!!」


 また顔が赤くなった。

 参ったな、怒らせてしまったようだ…はぁ、乙女心って難しいものだ。










 朝早く眼を覚ました俺は外の空気を吸おうと外に出た。


「んん…っと…ふぅ」


 化粧を施しているのかのように、朝の霞が村や木々を薄白く包み込む。 冷ややかな空気と微かに立ち込めている光が、今が日の出の時間帯ということを教えてくれた。 犬耳を澄ますと、小鳥のさえずりが届く。 その方向に自然をやってみるーーー発見。 仲睦まじ気に身を寄り添わせ、囀っていた。


「幸せそうだね」


 しばらく見つめていると、その間にやって来たのかレイアが隣に立ってそれを見ていた。


「じゃあ、行こっか」


 俺の視線を受け止めて彼女は笑った。










 ーーー翌日、この世界に来てから六日目。


「おじいちゃんから訊いた?」


 目的地に到着した彼女の第一声は主語のない問いだった。 「何のことだ?」と苦笑気味に訊き返すとハッとしたように、「これからのこと」と答えが返ってきた。


「綺麗に収まるんだ、色々なことがさ」


 それは暗に、脅しとも取れる言い方だ。


「俺が“王子様”ってこともそこには含まれているのか?」


 少し踏み込むと、レイアは眼を瞬かせ、「今時ちょっと古いと思わない?」と冗談めかして言った。


「私、頭お花畑じゃないんだよ? 王子様だから一緒に行きたいのかつまて訊いているのなら頷けないし寧ろ、若干不本意」


「…難しいな」


「ありゃ。 そうだね…分かり易く言うと、衝動に理由は無いんだよ。 一々理由を必要とするなんて、個人的に気に入らないの。 ユ〜君もそう思わない?」


 納得出来る。 俺の行動原理もそれに由来するのだから。


「そうしたいからそうする。 突き詰めちゃえばそれだけ。 どう、簡単な女でしょ?」


「ブレない分強いと思うぞ? その考え方については思うところもあるしな」


「おろ、褒められた。 これまでの態度からして突き放されると思ったけど…そっか、えへへ」


 どれだけ冷たい男だって思われてたんだ俺は…?


「‘思ってないけどね’」


「ん? 何か言ったか?」


「警戒されてるなって思ってたんだ。 だって私と距離、取ってたでしょ?」


 『ユ〜君』って、姉さん達意外から呼ばれることに慣れていなかったから測りかねていたのはある。

 だが、何故だろうか? 今はやけに腑に落ちている。 まぁ、慣れてきたってことだろうな。


「でも今はあまり感じないね。 何だかな、壁を取っ払ったって感覚」


「そうか。 だとしたら単に面倒になっただけだな」


 面倒になったのもあるが、彼女と居ると妙に安心する。 同族だからか? フィーと一緒に居る時と似ている。


「素直じゃないなぁ…うりうり」


「な…っ!? 止めてくれ、恥ずかしいからっ!!」


 人の頬を指でグリグリと…っ、子どもじゃあるまいし変な気持ちに…っ、


「ってなるかっ!!」


「おろ、どうしたの突然?」


 眼の前の女の子の底が知れない。 なんて言うか、心が騒つく…しかも悪い感覚じゃない…何なんだ一体?


「…何がしたくてここに来たんだ?」


「うーんと、ユ〜君と誰も邪魔が入らない所でお話ししたかったんだ」


「…?」


 そのためにこんな所まで来たのか? 確かにレーヴに乗ればすぐだが、もう少し近場でも問題無いはずだ。


「でも、私を連れて行ってくれるって約束をしてくれなきゃ言えないよ」


 階段を登り終えると、後手に組んだ腕を膝に回して顔を見つめてくる。


「…分かった」


 色々怖いものはあるが、彼女達の安全確保のためにも首肯せざるを得なかった。 きっとそうしないと、一向に話を進める気はなかっただろうな。


「連れてってくれるの? やったね♪」


 半分脅迫じみていたが、苦肉の策と言ったところか。 すまん皆…また増えてしまったようだ…はぁ。


「じゃあ教えてくれるな? ここに来た理由」


「ある精霊を仲間にしたいんだ。 ここに封印されているって伝承のね」


「ここにか?」


「うん、ここに封印されているらしいんだ。 『タイタン』」


「タイタン…土の?」


 土の精霊としては王道の名前だ。


「私、精霊は『ダクルフ』と『レーヴ』しか契約していないの…さ、そこに触れてね」


 洞窟内を進んで行くと、魔法文字ルーンで「土」と記された石碑がポツンと鎮座しており、俺が手をかざすとそれに手を重ねてレイアが眼を閉じ、それに倣って俺も眼を閉じた。


* * *


 突然光が弾けたような気がして眼を開くと、異界ーーーそう呼ぶのに相応しい景色が辺りに広がっていた。 濃霧が立ち込め見通しが悪い中、色褪せた赤褐色の鳥居が幾つも並び、原理は分からないが浮遊する岩という名の地面に俺達は立っている。


「行こっか」


 普通なら大なり小なり臆するような空間の中、彼女はさして気に留めていないように歩き始める。


「うわっとと」


 危なっかしい足取りだ…なんだかなぁ…はぁ。


「方向は分かるのか?」


「このまま一直線の…はず」


「そうか…っっ!!」


 どうもこの霧は濃密な魔力マナらしく、方向感覚が狂わされ気持ち悪さを覚える。 正直俺がフラつきそうになる。 まるで魔力マナに酔っているみたいだ。


「ユ〜君」


「ん?」


「手、繋ごっか…ね?」


 言うが早く俺の手を握ってくる彼女の手。 身体が接近し合うので、彼女から甘い香りがする。 これは…花の香りだな。 優しく、温かく…どこか懐かしい感じの香りが…ん? 握る力が強くなったような…気の所為か。


「…少しおかしな話をしても良い?」


「あぁ」


「ユ〜君は…生まれ変わりについてどう思う?」


「生まれ変わり? …どうだろうな、良く分からない」


 ゲームやテレビ、小説、画面(二次元)の中ならば兎も角、実際に見たことがある訳ではないし、どちらかと言うと、有り得ないと一蹴してどうでも良いと思う。


「じゃあさ、もし死んじゃって、別の人間に生まれ変わることが出来る権利を手に入れたらどんな風に生まれ変わりたい?」


 まるっきり二次元の住人の問い…だが、本人の眼を見る限り真剣らしい。


「生き返ることは出来ないんだよな…どうだろうな、ごく普通の家族の下に生まれてごく普通の生活を送る…そんなところか」


「じゃあね、もし自分を必要としている最愛の人を残して生まれ変わらなきゃいけなかったら、どうする?」


「…そうだな。 多分、またどこかで逢おう云々の話をしてその人の、近くに居られるように生まれ変わるんじゃないか?」


 例えが具体的だが、答えとしてはこんなもんだろう。


「なら、もし互いに愛し合っているのにも拘らず、互いの間柄を周りの人達に祝福されない環境を嘆きながら死んでしまったとしたら、どんな風に生まれ変わりたい?」


 何だ、何が訊きたいんだ…!? 周りの人達に祝福されない環境?

 まぁそれはおいといて、駆け落ちだとして…嘆きながら死んで生まれ変わる権利を得る…なら、


「…周りの人達に祝福される間柄になれるように生まれ変わる。 そして生まれ変わった先で沢山の人々に祝福されながら二人幸せに暮らす…」


 俺の頭で思い付くハッピーエンドはこれしかない。


「えへへ…私と全く一緒だ♪ 誰のことを考えてそう思ったの?」


 誰のこと…か。 二つ目では知影やフィーのことを考えたから答えは浮かんだ。 だが三つ目の答えは…何で出たんだ? 周りに祝福されないような人との恋に走ったことがある…とか? いやそれは…っ!!!!

 まさか…姉さん達のことを考えていたというのか俺は!? い、いや確かにかつて、幼心に「姉さん達と結婚出来たらなぁ…」とか考えていたような記憶はあるが今も内心どこかでそう思っていると!?

 考えろ橘 弓弦、ユヅル・ルフ・オープスト・タチバナッ! 何故俺はフィーや、このレイアに同じような感覚を抱いたんだ…? 同族だから…? っ違う。 何故俺はあの時アンナに逆らえなかったんだ…? 気迫で押された…? っ違う…!

 多分、いやきっと、そうだ…っ。


「姉さん達…だ…っ」


 確かに二次元の姉妹萌えぇ…っ、て考えたことは沢山ある。 オラ妹も、デトアララも、主人公と妹のラブストーリーに胸をときめかせたこともある。 姉萌えの本も…っ、分かっていたはずだったのに…自分がそんな変態だったことを否定していた…っ!


「そっか…私も」


 身体を密着させてくる。 


「私も弟が大好きなんだ…えへへ」


 不意にその顔が、重なる。


「…だ、だがレイアに弟は…っ!?」


 頭がクラクラする。 思考が眼の前の現実を否定しようと霞みがかっていく。


「居るよ。 世界で一番大好きな弟が…」


 分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない…分かって…堪るものか…っ、だとしても、有り得ないだろ…せ、世界を飛び越えて…だなんて…っ!!


「……どこかで薄々気付いていたんだよ。 だから完全に認知する前に私を遠ざけて、考えないようにしていた」


「……っ」


 ふざけるなよ…っ、人の心を揺さぶるなんて…!!


「ユ〜君が内心知りたがってた私のこと、教えてあげよっか」


 っ、身体が金縛りにあったように動かない…っ! い、嫌だ…っ、訊きたくない…訊いたら…っ。


「……。 レイアって名前には聞き覚えが無いと思う。 でも」


 止めてくれっ!!


「アプリコットって、日本語に直すとどんな言葉になると思う? ユ〜君」


 認めたくなかった、忘れ(抑え)ていた衝動(想い)が、我慢出来なくなるから…ッ!


「……ぁ…ぁ…っ」


 何なんだ彼女は…っ、彼女はまさか…っ!?


「駄目なお姉ちゃんを許してね…」


 …っ、何で分からなかったのだろうか。


「でも、これからは私も、一緒だから安心して…」


 似ていたのは言動だけではなくて、その声、姿全てに至るまで、そのままだったことに。


「ユ〜君直衛隊長の私が、側に居るから…ね♪」


 そのまま…“そうだと”自覚してしまえば…そうとしか見えない。

 俺、感覚がおかしくなってしまったのか…? もう居ない人の幻影を他人に重ねるなんて……


「……あ…姉ちゃ…ん…」


「おろ、えへへ…なぁに? ユ〜君」


 その人は記憶の中での、あの人が重なる笑みを浮かべて、俺の意識を包み込んでいった。

「…チョロイン、弓弦」


「……あらあら」


「…………」


「ねぇ、幾ら何でも、姉属性持ちに弱過ぎないかな!? こんな簡単に堕とされるなんてらしくもないよ!!」


「あらあら…このために…うふふ」


「…………」


「フィーナも、固まっていないでなんとか言ってやってよ! 私達の弓弦が他の女狐に…女狐にィィッ!!」


「彼女は……無理だわ。 私でも多分勝てないもの……っ」


「な、なな…っ、なんで敗北宣言なんてしているの!? 私達ヒロインなんだよ! 最近軽んじられているけど、ヒ・ロ・イ・ンなんだよ!! 負けを認めてどうするつもり!?」


「別に負けを認めている訳ではないわ。 強いて言うのなら私は、一歩前に進んでいるわよ」


「そうですね。 ハマインの中でも、結婚はされていますし……は居ますし。 既成事実の面から見たとしても一歩、進んでおられるのは間違いないですね」


「え? 結婚の後なんて言ったの? どこかの自動車学校の名前はよーっく聞き取れたけど」


「そんな話はどうでも良いわ。 予告いくわよ。 『謎が謎を呼ぶレイアの秘密』…次、知影よ」


「……逃げた。 やだなぁ…『彼女の秘密を知ってしまった弓弦は一体、揺らぐ心境に何を思うのか』」


「私ですね。 『そして、アプ…リ、コットが表す言葉は、杏。 告げた彼女の思惑とはーーー』」


「「「『次回、ひとつの想い』」」」


「クス、これは私達も、相当気を引き締めて臨まなければいけませんね」


「でもまだまだ、後十話近くはこんなのが続くんだよ? これは私たちメインの回不可避になるんだけどね」


「……それはどうかしらね」


「? どういうこと」


「…人の思惑は黒く、深く張り巡らされていくの。 これだからご主人様以外の男は嫌なのよ、あの人が一番よ…ふふ」


「人妻……魅力的な響きのはずなのに、苛つくんだけど」


「人妻の余裕というものがあるのでしょう……‘私とていつかは…クス’」


「ねーえー、弓弦は、私のことが好きなんだよね? …私のことを愛してくれない弓弦なんて要らない…弓弦は私だけを愛してくれるんだよ……ね?」


「……もぅ、勝手にやってなさい。 付き合ってられないわ」


「余裕ですねフィーナ様は……しかし当然のことかもしれませんね。 毎晩毎晩、就寝前に弓弦様と連絡されているようですし」


「…え? フィーナそれ…本当? 死にたいの?」


「風音あなたねぇ…っ!!「天誅ーーーーーッッ!!」もぅっ、“クイック”!!」


「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」


「好きじゃないけど逃げるが勝ち、よ!!」


「クス、行ってしまわれましたね。 ですがやはり、御一人だけ抜け駆けをされているのは裁かれて然るべきで御座います。 結局楓への成り方も教えて頂けてませんし…弓弦様が私達のことを忘れていらっしゃらないのは重々承知していますが、出来れば弓弦様を私の中で感じたいですね。 あの感覚……弓弦様と私が一つになるという感覚をずっと味わって居たいです。 言外の意味もありますよ、当然ありますよ、無い訳がないじゃないですか。 風の音が紡ぐ、焔の如き想いをあなた様へ……私は願わくば、弓弦様の御子が……っ」

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