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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
131/411

闇の中にきらめいて

「終わりだ」


「……」


 片膝をつくロダンに弓弦は自らの勝利を告げる。 剣の切っ先はロダンの首元に正確に添えられており、いつでも彼の身体を二分出来るような状態での宣告だった。

 勝負は剣を叩き折る弓弦の一太刀で終わった。


「…どうも急がないといけなくなってな、これでもう十分なはずだ」


 鞘に剣を収めた弓弦は魔力マナの位置を確認すると、背を向ける。


「……巫女はこの先の武器庫に居る、ヤハクと戦っているはずだ」


「そうか、ありがとな」


 足音が離れていくのを聞き届けると、ロダンも立ち上がる。 情けを掛けられたのは分かっていたが、不思議と気分は晴々としている。

 一撃のみだが剣を合わせて分かった、弓弦という男の思い。 彼からしたら、いや、当のロダンでさえも自分達が一方的に悪人だというのは理解出来ている。

 だが、ロダンは感謝されたのだ、剣でも、言葉でも。 晴れやかな気分にならないはずがなかった。


「…無駄ではなかったのだな…そうか」


 彼は武人だ、憂いたり得ず、戦う気のない者を斬ることはない。 剣を交え、弓弦に憂いを感じなかった彼は足先を彼が向かった方向とは別の方向に向けた。










「さぁ踊れよ踊れ、この僕の手の上で!」


 薔薇の花弁が舞い、ヤハクの周囲で荒れ狂う。


「これは強力な“サイコネス”が付加されていてね、どうだい、この僕のために造られたかのような美しいフォルム!」


「この状況でよく、無駄口が叩けるなッ!」


「ハハッ! 良いねその顔、凛とした瞳が実にエクセレント!」


『…っ、闇を斬り裂けッ!!』「ノーノー、後ろのシスターズがフリーだよ!」


 “ブライトキャリバー”を避けたヤハクが剣先を後ろに下がっているレイアとフレイに向ける。


「させんッ!」


 ユリの放った跳弾が死角から細剣の面を弾き、位置を逸らさせる。


「はぁぁぁぁぁッ!!」


 剣戟の音が響き、二振りの剣が暗闇で火花を散らす。 その内の片方、ユリの“ブライトキャリバー”の魔力マナの残滓が軌跡を残し、輝いた。


「中々ナイスな剣技だ、本来ならばこの僕ですら、及びもしないような気高い剣技…」


 散った薔薇の花弁がアンナとユリに襲い掛かる。


「だけどそれは本来の話。 今の剣技は本来とは程遠い、曇った剣技…そうだね、プリンセス?」


「黙れッ!」「ソー」


 パチンと指を鳴らす。


「イージーに引っ掛かるんだよ、こんな安直な策にね」


 部屋の照明が全灯すると、いつの間にか彼女達を包囲していたらしい兵達が現れた。 その内数人はレイアとフレイに剣を向けており、何か少しでも妙な動きをしようがものなら、斬ると雄弁に物語っていた。


「はい、この僕の勝ちだ。 悲しいけどプリンセス達には、もう一度囚われの身になってもらうよ」


「…っ」


「怖い眼はノーノーだ。 でも…少し残念だ、もう少し手応えがあると思って後四つぐらい策を用意したけど色々無駄になった」


「………」


「アンナ殿……」


 「さ、プリンセス達をエスコートしようじゃないか」というヤハクの言葉に、兵が彼女達を拘束する。

 アンナは悔しかった。 また何も出来ていない自分が、迷いを抱き剣を鈍らせている、自分が。


『せめて巫女の無事さえ確保出来れば…』


 隙を窺っていながら、レイア達のことを見ようとしたアンナはふと、感じた寒気に身を震わせる。


「…ん?」


 何故か身体が軽くなる。 まるで、拘束が解かれたかのように。

 困惑気味に周囲を見回した彼女の視界を満たしたのは、一面の銀世界。 彼女達を拘束していた兵達は、首から下が氷によって完全に凍結されていた。 その姿は箱の穴から顔だけを出している様であり、一見すると何ともおかしいように見えるが、彼らは一様に、信じられないものを見たかのような眼で、レイアを見ていた。


「にゃはは、ギリギリセーフにゃ」


 彼女の足下で輝きが集まり、猫の形になっていく。 一際強い輝きと共に、銀毛艶やかな琥珀の瞳を持つ、


「…小さいな」


「にゃっ!?」


 アンナの言う通り掌サイズの猫として実体化した。


「…助かった…それで、弓弦殿は」


「もうすぐ来るにゃ。 怪我も…にゃさそうだし、弓弦も喜ぶと思うにゃ」


 笑い、手を舐めながらクロはアンナに視線をやる。


「…君はこうと決めたら一直線ぐらいが丁度良いと思うのにゃ。 自覚しているのに知らにゃい振りをしているからそうにゃるのにゃ「黙れ」…にゃぁ」


「私はジャンヌベルゼ・アンナ・クアシエトールだ…っ」


 忌ま忌まし気に、吐き捨てるように言う。


「考えてみるにゃ、ここ最近で一番、君にとって君らしい、曇りのにゃい剣を振るえたのはいつか「黙れ!」…にゃぁ」


「黙れ…黙れ、黙れ…私は、私は!」


 その時、集まっていた四人と一匹を謎の障壁が隔離する。 ハッとした時には、首から上以外身動きをとることが出来ないヤハクが自らを覆う氷を薔薇の刃で砕いていた。


「喋る猫…グレイト、実に興味が唆られる生き物だよ…あぁ、君達は扉の外を守ってくれ、ロダンを下した侵入者が来たから」


 同じように解放された兵達がその命に従い、一人、また一人と外に出て行く。 全員が出終わったところで、ヤハクはポケットから紙を取り出して、それを扉に貼った。


「これで、三つ。 うーん、やっぱり良いものだよ、この僕が考えた策が成っていくのを見るのはさ…そして最後は」


 ヤハクは武器の山から一振りの剣を取り出して、それを障壁の側に置く。


「『カースソード』。 嫌な名前だけど、効果はエクセレントだ」


 障壁の色が薄黒くなった。


「…『封魔結界』。 マズイにゃ…ただでさえ魔力マニャを消耗しているのにこれは…に、にゃぁぁ…っ」


 魔力マナを遮断され、実体化出来なくなったクロの姿が掻き消える。 


「今度こそ、この僕の勝ちを宣言させてもらおうか!


 高らかにヤハクが叫んだ時だった。


「…それは、俺の台詞だな」


 彼の声が聞こえたのは。


「「……!!」」


 扉越しに聞こえる声にユリとアンナが息を飲んだ。


「この程度の結界で」


 扉がX字に斬り裂かれる。


「俺を阻めると思ったら大間違いだ…!」


 何故かハリセンを両手に握った弓弦が不敵に笑う。


「な…親衛隊の精鋭相手に無傷!? 幾ら何でもそんな馬鹿なことが!」


「あぁ、だから簡単に言うことを訊いてくれたのか。 命令には厳しいものだからな」


 彼の背後では、二十人あまりの兵が苦し気な表情を見せ、金縛りにあっているかのように固まっていた。 


「……!!」


 ヤハクも、自分の身体が思うように動かないことに気付く。


「さて…助けに来たぞ。 ん、この結界…」


 必死に身体を動かそうと抵抗するヤハクを尻目に、弓弦はユリ達を包む結界を見て眉を顰める。


「…『カースソード』か、また嫌な物がある…はぁ」


「馬鹿者、何だその武器は…恥を知れ恥を…!」


「…弓弦殿…」


 アンナがハリセンに対して苦言を呈すが、その言葉にいつもの覇気は無い。 まだ何かを迷っている様子だ。


「…解除するには物理的な破壊しかないか」


「物理的な破壊…なら皆で攻撃すれば何とかなるんだよね?」


「無理…だよね、ユ〜君」


 フレイの問いに答えたのはレイア。


「どういうこと、レイちゃん?」


「ユ〜君が言った封魔結界って、その名の通り閉じ込めた人の魔法を封じる結界だから…そうだよね?」


「…あぁ。 多分実弾は弾かれるし外からでも魔法は効かない、『カースソード』も結界で包まれているから、力技での破壊しか無理だ」


「む…むぅ、ならどうすれば良いのだ、発動者に訊くか?」


「…そう簡単に言うことを訊いてくれる奴ではないだろう。 それに癪だ」


 “癪”…その言葉を弓弦が言った瞬間、アンナの眼が見開かれる。

 今だけだとしても、迷いを断ち切った者の、眼だ。


「…はっ、珍しく意見が一致したな。 …七ノ太刀、単発だ。 …出来るな?」


 珍しく上機嫌で試すような視線を向ける彼女に今度は弓弦が驚愕に眼を見開く。


「七ノ太刀!? …でもあれはまだ一度ぐらいしか見せてもらったことがないんだが…それにこの剣だと…あ、それは良いか…だが俺に出来ると思うか?」


「出来るはずだ、ご託は訊かん。 やるんだ、タイミングは私が合わせる」


 強く、肯定していた。 彼と自分なら出来ると、彼ならやってくれると……


「……だが、一度も成功したことが…「出来るはずだ」…分かったよ」


* * *


 任務ミッションを完遂し、部屋に戻ろうとしているところでフィーナは立ち止まる。 最初は怪訝な表情を浮かべていたが、やがて帽子の中の犬耳が立っていく。


「ご主人様、どうされました?」


 愛して止まない主人からの連絡だ。 心躍らないはずがなく、声音が高くなる。


『少し面倒なことがあってな、『軻遇突智之刀』を送ってくれないか?』


「分かりました。 お帰りをお待ちしています」


 声を聞けたことが嬉しくて、頼られたことが誇らしくて、気を紛らわせようと髪をいじる。


『あぁ、予定より少し、帰りは遅くなりそうだ。 それまで知影を頼む』


 しかしその言葉で、あれ程高揚していた気持ちは冷めていた。 「言葉一つでこれだもの…馬鹿な女」と自嘲気味に考えながら、了解の返事を伝えた。


「…はい」


 “テレパス”が切れ、フィーナの眼の前に小さな穴が現れる。 彼女は腰に帯びている刀を入れる前に、


「隙あ「駄目よ」ぐお…っ」


 割り込んで中に入ろうとした知影の足を引っ掛ける。 知影が何度も前転をするのを横眼に、彼女は改めて刀を中に入れた。


「…ぅぅ…酷いよフィーナ! 何で邪魔をするの!?」


「あなたがご主人様の下へ行こうしたからよ」


「ぅぅ…っ、うわぁぁぁぁぁん! 弓弦…弓弦に会いたいよぉぉぉぉっ!!」


 走り去る知影が風音とすれ違い部屋に入って行く。 知影の叫びの内容から、大体の事情を察した風音がフィーナに向かって一礼をし、506号室へと入って行った。


『刀、届いたぞ。 ありがとな』


「ふふっ、大切に使ってくださいね。 私達一家の宝刀なのですから」


 繋がっている証、家族にしか抜けない刀ーーーこれ程絆足らしめるものは無いであろう。

 欲を言えば指輪が欲しいのだが。


『ははっ、風音とフィーの想いが込められている刀だ、当然だろ?』


 間違ってはいないが、この場合の言葉としては選択が間違っている言葉で、少し寂しく感じた彼女は「えぇそうですね」と素っ気なく返す。


『…怒ってるか?』


「怒ってません。 もう切りますよ」


『あ、おいフィ』


 “テレパス”終了。 寂し気にトボトボと歩き始めたフィーナの背後で、何か落ちる音がした。 振り返ると、銃剣が一振り落ちている。


「…お詫びのつもりかしら? それとも、代わりに使ってくれ…ということ? そんなもので私の機嫌取りになる…と…わふ♪ …ハッ!?」


 ご機嫌を取られていたフィーナ。 周囲を素早く見渡し誰も居ないことを確認してから、彼女は剣を大切そうに抱えてその場を立ち去るのだった。


* * *


「さて、と」


 頭上から落ちて来た緋色の刀をそっと、いつも彼女にしているように、愛おし気に撫でる弓弦。


「これで、準備完了だ…!」


「…貴様はその刀抜けるのか?」


「…ん、あぁ、一応夫…だからな。 オープスト家のハイエルフにしか抜けない宝刀…それがこの『軻遇突智之刀』だ」


「…そうか」


「一家の宝刀だってさ、レイちゃん…一家の宝刀…ねぇ…!?」


「…………弓弦殿…っ」


「二人共、静かにね」


 三人の視線の先で弓弦とアンナは、互いに得物の柄を握り、精神を研ぎ澄ましていた。


「「…………」」


 静寂の中、


「…行くぞッ!」「ッ!!」


 二人の心が、想いが、刃が、重なる。


「「うぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!!!」」


 放たれたのは、刃と共に、鞘の打撃も加える連続攻撃。 鏡写しのように、結界の壁を挟んだ二人の太刀筋が同時に、互いの軌跡をなぞり合う。


「遅れているぞッ!」


 ユリ達の眼には分からないようだが、弓弦はコンマ下のズレに歯噛みをする。 これでもスピードを落としているのだ、なのに、本物の斬撃の舞に比べて程遠過ぎる自分の斬撃……


「……ッッ!!」


 それでも負けたくなかった、それでも、眼の前の女性に自分の全力を、見せたかったのだ。

 何故そう思うのかは分からない、だが、眼の前の舞が、重なった。 あの鬼神のような激しい気迫と、水面のように静かに、凛と美しい太刀筋とそして、


「合わせるぞユ…っ、弓弦!」


 自分を見つめる優しい瞳が。


「「!!!!」」


 走る刃を跳び上がりながら鞘に収め、


「「七双鞘舞しちそうしょうぶッッッ!!!!」」


 同時に再度鞘内を走らせ、抜刀と共に振り下ろした。

 スゥゥ…ッと鞘の中に刃が納められていく音に混じって、アンナが何かを呟いたが、全くもって彼女らしくなく、かつ、弓弦としても信じられないような言葉であったので、彼はそれを聞き流す。


 チン。


 刃が完全に納められた時、結界は『カースソード』諸共粉々に砕け散った。


「…じゃあ、こんな所とっとと離れるか。 この後から大仕事が待っているしな…はい掴まって」


「…む、うむ」


「何か妙に投げやり…?」


 ユリとフレイが差し出された弓弦の装束の裾…ではなく腕を掴む。


「…そこを掴むのか、まぁ良いが…レイアとアンナもどこか掴まってくれ」


「何で私が貴様なんぞの身体に触れなければ「はいはい、掴まるよ、それ」…なっ」


『…此方こなたから彼方かなたへの門よ、開き、誘え!!』


 “テレポーテーション”を発動して、弓弦達はユミルへと転移した。












「諦めろと、そう命令しているのかロダンよ」


「命令しているのではありません。 ただ一臣下として、案を提示させて頂いているだけです…どうかお聞き入れを」


 ロダンの進言に怒りを露わにして、グランゲージュは吼える。


「ならん! 今すぐ二千の兵を率いて追え! まだ遠くには行っていないはずだ!」


「ですが…ですがたった一人の男に城に攻め入られたとあらば、国として示しが付きません! 国境の陣営も不穏な動きを察知しております。 今眼先の欲に囚われては攻め入る口実をむざむざと与えるようなもの、国のため、民のためにどうか、お考えを改めてくださいますようお願い申し上げます!!」


「ならぬッ! ロダンよ、それ以上言うのなら、こちらにも手があるぞ! 行くのだ!」


「なりません! お考えを改めくださいませ!」


「…っ、使えぬ男め。 衛兵!」


 間の扉に控えていた衛兵がロダンの下に来る。


「……ロダン隊長」


「止めるな、今は国の大事だ! …民を戦火に巻き込むおつもりですか!」


「連れて行け!」


「…っ、拘束させてもらいます」


「…くっ…! 陛下、どうか、民のために!」


 衛兵を払いのけて、深々と頭を垂れる。


「…命に従い、早く逃走者を追え。 国はお前の手で守れば良い」


 しかしグランゲージュがそれを聞き届けることはなかった。

 震える拳を抑え、低い声で、


「………御意」


 感情を殺して言った。

 内に秘めた激情を兜の内に隠してロダンは、一礼し逃走者追跡の任に就き、去った。

 彼が去ってすぐにグランゲージュはある男を呼ぶ。


「…宜しいのですか」


「二度言わせるな」


「御意」


 浅黒い肌の男は城にいる者にしては品が悪い、粗雑な足取りで歩いて行った。











「ロダン、この僕を置いてどこに行く気かい?」


 ロダンが城門を潜ろうとした時、そこには壁影に隠れるようにしてヤハクが立っていた。


「王命だ、追跡に当たる」


「追跡? ノーノー、もうあの村に帰ってるよ。 それに今更追い掛けたところで負けるのが関の山。 無駄足を踏むよ」


 足を止めることなくそのまま通り過ぎたロダンの背中に、彼は腕組みを解いて「それでも、行くのか?」と、言葉を投げ掛ける。


「王命は絶対だ」


「立場を利用して民に寄生する、あんな害虫の命令が絶対? ジョークにしてはつまら……っ、そうか」


 一瞬で首元に添えられようとした剣の動きに反応し、細剣で止める。


「王命に従う。 それが、国に仕える者として通さなければならない道だ。 例えその王がどんな王であれ…な」


「………」


 それ以上彼は彼を引き止めなかった。

 ロダンは愛馬を駆りカズイール皇国市街地を抜ける。 道を開ける人々は彼の姿に色めき立ち声援を送る。 それがカズイール皇国特殊部隊隊長、周囲の国々に恐れられる黒騎士ロダンの、最後の出兵だった。










* * *


 ユミルの村に戻った弓弦達を待ち構えていたのは、村の復興作業であった。 一度村の全てを失ったにも関わらずそこは活気に包まれ、村が焼かれたと伝えられていたユリ達は驚きに呆然としている。 人々は双子巫女(実際に双子ではないのだが)の帰還を実の娘の帰還のように喜び、弓弦達に感謝の言葉を贈り続けた。

 戦いの疲れこそあったが、弓弦達は村の復興作業に精を出した。

 その日の夜、弓弦は祭壇の修繕を一人行っていた。


「…弓弦、そろそろ休憩した方が良いと思うにゃ」


「…そうか、だがもうちょっとだけ…な?」


「それは三時間前に訊いたのにゃ。 良いから休憩にゃ。 ちょっとでも休憩しておいた方が後々良いにゃ」


「…だが後もう少しだ、その後ゆっくり休めば十分だ」


 祭壇は既に八割方完成している。 急拵えといってしまえば心配かもしれないが、弓弦が魔力マナを使って木材同士の繋がりを固定化しているため、頑丈さは折り紙付きだーーーそれは同時に弓弦の疲労感の濃さも、折り紙付きになるということだ。


「この祭壇は村のシンボルだ。 シンボルっていうのは一番初めに直した方が、気力が湧く…少なくとも俺はそうだ」


「過耗症ににゃるにゃ! 幾ら宝珠で魔力マニャを回復しても、危険度は変わりにゃいのにゃ!」


「戻れ」「にゃぁ…ぁぁっ」


 クロの身体に触れると、その身体が魔力マナの光に分かれ、弓弦の身体に入っていった。


『酷いにゃ!! …っ、アシュテロ行くにゃ!』


「わーーなの」「どわっ!?」


 小さな龍が弓弦の頭に落ちて激突する。


「痛…っ、なんで毎回真上に落ちて来るんだ…? 勘弁してくれ…」


 痛みが走る頭を押さえながらシテロをジト眼で見る。


「痛いの…っ」


「なら現れる場所を考えてくれ…毎度毎度受け止められるわけじゃないんだぞ?」


「受け止める、ぎゅー、温かいの」


「いや、そうじゃなくてな…現れる位置ぐらい考えてほしい。 怪我でもしたらどうするんだ?」


「ユールは受け止めてくれるの、きゃっほー」


 「きゃっほー」と共にその姿が穏やかな雰囲気を放つ緑髪紫眼の女性の姿に変わる。


「きゃっほーっておい…また可愛いな…じゃなくて、受け止めてくれること前提で考えられても結構困るんだぞ?」


「きゃっほー…なの」


 龍に戻る。


「……変身ワードなのか、それ?」


 当然ツッコミを入れずにはいられない弓弦。 話の腰は今、あらぬ方向へと曲がった。


「違うの、気分なの」


「…左様でこざいますか」


 呆れの感情が多分に込められたこの、敬語である。 キョトンと見詰める彼女の視線は何とも無垢なものだ。


「ユールはどっちの姿が良い? きゃっほーっ」


「そうだな…子龍の姿も愛らしいが、今の姿も……あ〜…うん」


「? ハッキリ言ってほしいの…きゃっほーっ」


 今度は変身せず女性の姿のまま、聞き心地の良い声で可愛らしい言葉を言う。 微かに頰が熱を帯びるのを覚えつつ弓弦は破顔する。


「…………さて、な?」


「むーっ、誤魔化し駄目なのー!」


「あはははは」


 肩を掴まれブンブンと前後に揺さぶられる弓弦は笑うしかなくなる。


「何をしているのだ貴様は…」


「…ッ!?」


 当然聞こえた声にその笑みは固まる。 シテロを自分の中に戻し慌てて攻撃に備えた弓弦であったが、


「…?」


 いつまで経っても攻撃は来なかった。


「……貴様がいつまで経っても戻らないから巫女とクアシエトールが心配していたぞ」


「…あぁ、だがもうちょっとだか「馬鹿者ッ!!」ッ!?」


 抑えられているものの、轟くようなアンナの一喝。


「心配させておいて戯言をほざくな、この大馬鹿者ッ!!」


「……なっ!?」


 手首を掴まれて立ち上がらされる。


「帰るぞ」


「だ、だが後少「帰るぞ!」」


 有無を言わせぬ彼女の気迫に呑み込まれる。 “逆らってはいけない”と、何故か弓弦は思ってしまい、そのまま連れてかれる。


「貴様という男は、程度すら理解出来ていないのかまったく…っ、いい加減にしろッ!」


 宿に到着すると、乱暴に弓弦の手を払っての怒りの言葉だ。


「身体をもう少し大事にすることは出来ないのか!? あんな所で、もし寝るようなことがあって風邪を引いたりでもしたらどうするんだお前はッ!!」


「そうならないために装束を羽織っているんだ、問題無いだろう?」


「舐めているのか貴様、大有りだッ! 良いか、硬い地面の上で寝て疲れが取れるはずがない! むしろ身体を痛めるのが関の山だ! まだ作業は山積みだというのに貴様が使い物にならなくなっては困る、だから! キリのいい所で作業を切り上げなければならないのだ! 分かったかこの大馬鹿者がッ!」


「ぐぅ…」


 扉が開く。


「何やら外が騒がしいと思ったら弓弦殿にアンナ殿か「ふんっ」「ぐぐぅっ!?」ゆ、弓弦殿っ!?」


 中から出て来たユリの前でアンナが力任せに手を内側に振るい、それに従って弓弦の身体は一回転し床に沈む。


「クアシエトール、悪いがその男を縛り付けて、朝まで、絶対に部屋から出すな。 頼めるか」


「う、うむ? しかしそれでは「私がこの男を監禁するがそれでも良いのか?」…っ、了解した」


「ぐぉ…」


「いつまで寝ているんだ」


 鞘で弓弦の腹を突くと、気を失っていた弓弦が眼を覚ました。


「あ、アンナ殿…そこまでにしておいてくれ」


「…フッ、ではな」


 自分の部屋へと上機嫌に去って行くアンナを見送ると、弓弦が徐に立ち上がり下へと降りようとする。


「弓弦殿」


 カチャ。


「………ちょっとだけ」


「これには麻酔弾が装填されている…分かってくれるな?」


「ふ、風呂に入りに行こうかなと思ってだな…!?」


 上ずった声が、彼の嘘を物語っている。 ユリは添えた銃口を外すと、彼の腕をガッチリとホールドした。


「うむ、なら私も同伴しよう」


「……」


 天井を仰いだ弓弦に、ユリはただ上機嫌だった。

「楽しいことをやっておるの」


「……」


「ほっほ、分かっとる分かっとる。 今回は予告のために来たんじゃ」


「……」


「無言…かの?」


「時間が押している、急いでくれ」


「……せっかちじゃのー。 あぁ、あぁそんな眼で見るでない! すぐに読むから」


「急いでくれ」


「『桶、月、そして、風呂。 ユリに連行された弓弦は何故か一緒にお風呂に入ることに!? 彼女の全身から放たれる悩ましさ満載の色気に彼は打ち勝つことが出来るのか、肌色成分ちと多めじゃーーー次回、夜風呂』…さて、どうなるのかのぅ?」


「……」


「心配かの?」


「……」


「…無言かの?」


「次回は」


「むむ? 次回は何じゃ? はよせい」


「七夕短編だ」


「ななな、なんじゃとっ!? そのようなこと儂は聞いておらぬぞ!?」


「ふと日にちに気付いて、急いで書き上げたそうだ」


「……ほっほ、今しがた書き終えたという訳か。 病み上がりも大変じゃの…それで、そちらの方の予告はあるのか?」


「これだ」


「…ふむ、ならお主が読むと良い…そんな怖い顔をするでない。 の? 儂はもう一話分紹介したのじゃから」


「……」


「無言かの?」


「『物語の前の物語があった。 想いを紡ぎ繋ぐ物語が、あった。 逃避を図る彼が思いを馳せるのは遠くも近い、かつての記憶。 記憶の中の、橘宅。 望月麗しい星月の晩、笹を土産に今、長女が帰宅するーーー次回、七夕短編 “夏笹”』…星河が照らすのは願いか、それとも」


「ほっほ。 どうじゃ、お主らしい予告であろう。 まるでお主に読ませるために書かれた予告じゃな、特別製ではないかの?」


「……」


「…結局無言で終わらせるのかの?」


「見たければ好きにしろ」


「…だ、そうじゃ。 これは儂も見ない訳にはいかぬのぅ」

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