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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
130/411

ハリセンをかざして

 壁にもたれていたアンナの瞳が開かれた。 鳶色の瞳は暫くそっと伏せられていたのだが、突然顔を上げると特殊な鉱石で作られた鉄格子を睨んだ。


「うわぁ…相変わらずジメジメと…本当ならあまり来たくないんだけど」


 鉄格子の外から気取った男の声が聞こえ、四人は顔を顰める。


「ノーノー、美しい顔を歪めるのは良くないな。 囚われのプリンセスには笑った顔の方が似合うというのに」


「ヤハク、時間が無いと言ったのはお前だ。 その前置きは止めておけ…引かれている」


 胡散臭い雰囲気をこれでもかと振りまくヤハクの隣には黒騎士、ロダンが並び、緊張が走る。


「この僕の決まり文句を邪魔したことについては思うことがあるけど、それもそうだ」


 アンナが腰の辺りに手を添えるが、そこに剣は無い。 武器は既に奪われており、鉄格子の外の通路に怪しく輝く魔法具、『封魔の冥珠』が安置されており、それが牢内での魔法の使用を封じていた。


「じゃあ要件、ユミルだっけ? …あの村、焼かれて無くなったよ」


 事も無気なげに軽薄男ヤハクはそう言ったのに対してロダンが驚きを露わにして彼を見た。


「ヤハク」


「村人は行方不明。 だから村を守るために龍と一緒にどこかに消えたっていう男の努力は無駄になったね、いや残念だよ」


「ヤハク!」


 肩を振るせているフレイがレーヴに頬を舐められており、レイアは寂しそうにその眼を伏せた。


「…この僕としたことが、言い過ぎた。 …おっと、怖い怖い」


 最も自分から遠い位置にいるのに関わらず、最も近くに感じるような、激しい殺気を放つ彼女に冷えるものを感じた。

 軍師とは言え、自ら剣を取って戦うことも少なくないヤハクだが、今の彼女の手に武器があったら成す術もなく殺される! ーーーそう感じさせられる程の殺気がそこにあった。


「君狙撃手だっけ、そんなに分かり易い殺気を放ってちゃいけない…っ!?」


 違う、彼女だけではない、ずっと彼らを睨んでいる瞳はもう一対あり、殺気ーーー否、怒気の激しさはそちらの方が恐ろしかった。

 意識を集中させないと分からないよう抑えられてはいるが、静かに睨む瞳に底知れない怒りを感じるのだ。


「ノーノー、プリンセスは笑ってなきゃ…でも、激しい怒りを宥めることも、悲しみの海から救い出してあげるのも、どちらも唆られる。 その色鮮やかな麗しき花々をもっと輝かせてあげたいよ「ヤハクッ!!」…はいはい、社交辞令だよ。 それじゃ僕は檻を用意しなきゃね、グッバイ、プリンセス達」


 優雅に“見える”一礼をしながら、ヤハクは牢を出て行った。


「…………………………………」


 長い沈黙の後、ロダンもそれに続いた。


「ど、どうしよう…村が焼かれちゃったって…レイちゃんっ!!」


「……………」


「…これでは弓弦殿に会わせる顔がないではないか…私達は何のために…」


 弓弦に対しての罪悪感がユリの心に暗雲を立ち込ませる。 自分達は何も守れなかったということが、悔しかった。

 村人はどうなったのだろうか、村長は、弓弦は大丈夫なのだろうか…と。 相手は【リスクX】のドラゴン型悪魔だ。

 万が一、億が一の可能性はーーーゼロではなく、彼の無事を祈り、そっとロケットペンダントを握る。


『邪魔だぁぁっ!!』


 彼のことを考えていたからだろうか。


『…まだ…遠いか…っ!』


 弓弦の声が聞こえたような気がして、心に光が射す。


「…ふっ、我ながら知影殿を馬鹿に出来ないようになってきたな…うむ」


「……?」


「…な、何でもないぞ…?」


 集まる三人の視線に思わずそれを取り落としそうになる。 ホッと息を吐くのも束の間。


「……クアシエトール、それの中を見せてもらっても良いか」


「あ、私も見たい!!」


「おろ? …じゃあ私も見ようかな」


 どうやら三人共、揃って気になってしまったようだ。


「な、なっ!? 駄目だ駄目だ…これは、これは私と弓弦殿…あ」


 墓穴を掘るスタイルのユリ。


「ほぅ…あの男が関係するのか。 見せてみろ」


 スゥ…ッと眼を細めたアンナに詰め寄られる。

 「知影殿以外でこの眼をする人がいるとは…ぁぅ、怖い…」はユリの内心だ。


「……見せろ」


「……だ、駄目「それ!」ッ!?」


 フレイの手へ。


「どれどれ…あ、お兄さんだ。 着ているのって…花婿衣装タキシード?」


「………………うむ」


 それを覗き込む三人が固まった。


「……ありゃりゃ」


「……………………」


 今回入っている写真は、二人正装のいかにも、それっぽい写真だ。


「……もしかしてお兄さんって…既婚者?」


「………うむ」


「お相手ってもしかして…」


「……………………………私では…ない」


 「うむ」と頷ければどんなに良いことかと、歯痒はがゆい。


「…お兄さん…既婚者だったんだ…レイちゃんどうするの?」


「……何が?」


「何がって…え、嘘でしょ? お兄さんにはもう相手がいるんだよ? まさか、何とも思わな…いんだね」


 キョトンとした表情のレイアにそれ以上の言葉を諦める。


「ねぇねぇ、お兄さんの結婚相手ってどんな人なの? 個人的に気になるなー、なーなー」


 矛先はユリとアンナへ。


「お兄さんって殆ど純血に近いハイエルフなんだよね、お相手ってやっぱり…ハイエルフの人?」


「……素晴らしい女性だ。 私などでは到底及ばない程のな」


「…そうだな、一人の隊員としても、一人の女性としても…弁天べんてんと評すに相応しい人物だ」


「…へー、へーへーへー…。 手強そう…」


 アンナの言葉に微かな違和感を感じたユリだが、返してもらったペンダントを覗いて、


「……………」


 旅立った。


「おろ、行っちゃった。 でも…そっか…ユ〜君モテモテなんだ」


 レイアの言葉にギョッとするフレイとアンナ。 俯いていく彼女から徐々に離れていく。


「…レイちゃん?」


 おずおずと声を掛けるフレイ。


「えへへ…なんか…嬉しい」


 上げられた顔には喜色満面の笑み。 本当に嬉しいのだと、その表情が言葉以上に語っていた。


「な…嬉しいのか?」


 頬の引き攣りを抑えられないアンナ。


「うん。 なんか…嬉しいんだ、えへへ…うん」


「……恐ろしいな」


 近いようで、知影の対極に位置する人間と、アンナの中でレイアの位置が決まった。











「…?」


 何かが聞こえたような気がして、アンナが周囲を見回した。


「…アンナ殿、どうされた?」


 ようやく戻って来て、その様子に気付いたユリが声を掛ける。


「………外が騒がしいと思ってな。 まさかとは思うが…」


「……うん、そろそろだと思ってたけど来てくれたみたい」


 少し前に戻って来たレーヴの腹部に頭を乗せているフレイが身体を起こす。


「来てくれた? …まさか」


 壁に向けられたユリの瞳が、嬉気な色を帯びる。


「お兄さんが助けに来てくれた…!! やったぁっ!」


 フレイが飛び跳ねる度に、空気が明るくなっていくようにアンナは思えた。


「…嬉しそうだな、アンナ殿」


「…ふん、あの男が来たことに私が喜んでいるだと? 下らんことを言うな」


「まぁまぁ、待って。 フレイ」


「……分かったよ、レイア」


 レイアが何事か耳打ちするとフレイの雰囲気が、変わった。


「…応えて、『チェンジスタッフ』…その姿を、我が望むモノに変えよ!!」


「起動ワード認証、じゃ、発動します…変身!」


 フレイの身体が魔力マナの輝きに包まれ、その姿が、杖へと変化していく。 レイアの手に収まったその杖を見たアンナが驚愕に眼を見開く。


「…それは…『チェンジスタッフ・ロッディアン』!? 宝具中の宝具の一つがまさか、双子巫女の正体だったとでも言うのか…!」


「チェンジ!」


 今度はレイア達三人の身体が光に包まれ、小さくなる。


「えへへ…じゃあドサクサに紛れての脱出作戦、開始♪」


 鉄格子の間を潜り抜けた一行は壁伝いに歩いて押収された武器を探し始めた。


* * *


「はぁぁぁぁぁぁッ!!」


 スパンスパン!


「弓弦、城が見えたにゃ!」


「あぁ!!」


 ハリセン両手に一国を相手取る弓弦。 兵達の攻撃を避け兜越しに一撃を叩き込む。 彼の前方には兵の山、後方には屍の山が築かれ、それがこれまでの、これからの戦闘の壮絶さを物語っていた。


「弓兵前へーーー、放てーーッ!!」


 矢が放たれるが、まるで関係無しに止まることなく突撃すると、矢は彼が着ている装束の前で全て弾かれた。


「トンデモにゃ魔法具にゃ…互いに干渉し合うことで込められている魔法の効力をあり得にゃい程に引き上げている…その装束を作った付加魔法士(エンチェンター)は相当魔力(マナ)の性質が似ている且つ、相性が良いと見たにゃ。 その魔法具のにゃ前ってにゃにか知っているかにゃ?」


「はは、俺とフィーが一から作っただけだからそんな大した物じゃない」


 付加魔法士エンチェンターとは、付加魔法、“エンチェントイクイップメント”の魔法が込められた魔法具を使って、魔法具を新しく造る者達のことだ。 魔法具を用いてでしか魔法具を造れないという矛盾した関係は、当の付加魔法である“エンチェントイクイップメント”が幻属性の魔法であることに起因し、魔法具生成のメカニズムとして、〈魔法を付加したい物質に“エンチェントイクイップメント”を使用→込めたい、純粋な魔法を発動→物質に発動した魔法が込められて完成〉があるが、ここでの『純粋な魔法』とは、「魔法具を介して発動させた魔法でない魔法」ということだ。

 例を挙げるのなら、魔力マナを込めると“ファイヤーボール”を発動する魔法具があったとして、それを使って発動させた“ファイヤーボール”は、魔力マナの性質が微妙に異なってしまい、『純粋な魔法』ではないので込めることが出来ないということである。

 つまり結果として、肝心の付加魔法がハイエルフにしか使えないとされる幻属性である以上当然付加魔法士と少なくなるのだ。

 ユリの特殊弾は例外として、込めているのが魔法ではなく魔力マナで、どちらかというと込めているよりは纏わせているに過ぎないというのがミソだ。


「…つまり、愛の力という訳かにゃ。 にゃはは、恐れ入るにゃ…」


「ははは」


 戦場でそんな会話をする辺り、余裕があるが、兵達は必死だ。


「笑って誤魔化すのってどうかと思うのにゃ…ま、良いけどにゃ」


 ハリセンの嵐が兵達を呑み込み気絶させていく。


「城門を閉じろ、中に入れるな!!」


 少し先の方で扉が閉じられていくが、弓弦の突撃は止まらなく、さらに加速して突破した。


「侵入完了っと、ユリ達は…動いているな」


「…にゃ? でも普通牢に入れられたら…「まぁ待て」…にゃ?」


 影に隠れて弓弦が魔法を使うと、その姿が不可視になる。


「…“イリュージョン”か…結局ここから使う気だったのにゃ…にゃんのためにあの数の兵達を突破したのにゃ…にゃぁ…」


「愚痴るな。 取り敢えずハリセンで叩きたかったんだよ…今だって憤懣遣る方無いんだが、城内で一々戦うのも面倒だしな。 こうや…って…壁伝いに歩いて行った方が雰囲気出るだろ?」


 侵入者を見失った兵達が慌しく駆け回る様を横眼に悠々と城内を歩いて行く。


「どんにゃ雰囲気にゃ。 趣味が悪いにゃ…」


「悪魔に褒められたのなら、ある意味光栄だと思うんだが?」


「…君がボケに回ると収拾がつかにゃいのにゃ…ハリセンを持ってのボケって先進的にゃ」


「さて、な。 だが俺にだってそんな気分の時はあるんだ…はぁ」


「にゃぁ…」


「「はぁ…(にゃぁ…)」」


 魔力マナだけを頼りに城を歩くと、美味しそうな香りが漂ってくる。 クロと顔を見合わせてから、フラフラとそれを辿って行く。


『美味しそうな香りがするの…!』


「ん? どわっ!?」


 弓弦の前上に人間体でシテロが顕現し、彼に伸し掛かった。 


「ユール、お腹空いたの…んむ?」


「しっ…少し静かにしていてくれ」


 素早く脱出すると、そのまま彼女を抱え上げて柱の影へ。


「『在らざる霧よ、我が身を包みて不可視とせん』…はぁ、急に現れないでくれ…と、すまん」


 そのまま“イリュージョン”を使って姿を隠してからシテロを降ろそうとするが、


「ぎゅ〜…なの…すぴー…」


 彼女は装束の胸元を掴みながら既に夢の世界へと旅立っていた。


「にゃぁ…もう僕知らにゃいにゃ。 精々、精々! 帰る時まで覚悟を決めておくのにゃ」


 先に進んで行ってしまったクロを追い掛けて行く、すると、目的地に到着した。


「…ゴクリ。 少し摘むぐらいなら良いよな?」


「…おにゃか空いたのにゃ、僕が許可するのにゃ、さぁ、食べるのにゃ」


 “アカシックボックス”でスプーンとお皿を取り出してから、軽く水洗いしてスープを飲む。


「…悪くはないな。 もう少し…」











「…食べ過ぎにゃ」


「…ハッ!?」


 眼の前には、空になった鍋…立派に完食である。 皿とスプーンを洗ってから、一人と一匹はそそくさとその場を後にした。










「むぅ…ここはどこだ?」


「私に訊くな…視点が低いとどこも同じに見えるからな」


 同じように、慌しい城内をコソコソと小人三人組は走っていた。


『…お兄さんも城内に居るみたいだね、どこにいるんだろ?』


 フレイは本来の杖の姿になって、レイアの手に握られている。 魔法具として使われている間は他の姿を維持することが出来ないが、こうして会話は出来る。 人格のある杖(ロッディアン)と呼ばれる所以だ。


「ふん、あの男のことだ。 外では暴れるだけ暴れて中に入ったらコソコソと隠れているのだろう。 いかにもやりそうなことだ」


「…兵達の動きを見る限りは見失っているみたいだし、そうかも」


「…弓弦殿…」


 すっかり呼び方が固定されたユリ。 本人はあまり意識していないが、知影辺りが反応しそうだ。


「…? あれは…? クアシエトール」


「如何したアンナど…む? 武器の保管庫…だな」


 一瞬だが、扉が開いた時に見えた鉄の輝きを見落とすユリとアンナではない。


「ユリちゃんの武器、ありそうだね…でも、当然見張りも居る…と」


 三人が見ている先で見張りの兵がどこかにへと歩いて行く。


「…む、どこかに向かったな、休憩時間か?」


「単にあの男の探索に駆り出されたのかもしれないが…鍵らしき物も見受けられない、罠の可能性もある…が」


『虎穴に入らずんば虎子を得ず、だね。 行くしかないと思うよ…ユリちゃんが』


「うむ、私が参らねば…って私か!?」


 ユリの声が裏返る。


「し、しかしだな! …‘暗いではないか…っ’ あ、アンナ殿言う通り罠かとしれん…危険だと…思うぞ…うむ」


「はいはい、もし使ってもユ〜君助けに来てくれるし、全員で行くよ」


「……」


 向けられる感謝の視線にウィンクで答える。 そのまま扉の近くまで彼女達は進むと、レイアが杖の先を扉の右下隅に向けた。


「いくよフレイ。 …チェンジ!」


 杖から放たれた光が眼の前の扉の隅を変化させ、丁度彼女達が潜れるサイズの扉に変化した。


『うわーわーわー…真っ暗だよ』


『…っ、照らせ!』


 ユリが光魔法“ライト”を使い、周囲を薄っすらと照らさせる。 三人は手分けしてユリの銃を探す…が、いかんせん視点が小さいので、ユリは兎も角他の二人はどれが彼女の銃かは分からなく、当然見つからない。

 痺れを切らしたアンナが元の姿に戻ることを提案し、四人は元の姿へ。 その後しばらくして、その本人が存在すら忘れていたアンナの剣だけは見つかった。


「クアシエトール、これか?」


「残念だが違う…」


 しかしユリの銃は見つからない。


「く…っここには無いのか?」


「…おかしいね、レイちゃん」


「……ユリちゃんはどう思う?」


「うむ…ここは押収された武器の保管場所で間違い無いはず」


 “ライト”の効果が切れ始め、ユリがもう一度魔法を使おうとすると、


「探し物はこれかな? プリンセス達」


 銃声が。 飛来した銃弾がフレイへと向かい、


「…ッ!」


 銀閃によって弾かれた。


「エクセレント。 良いね、それ。 ほぅら、プレゼントだ」


 空間が明るくなり、その声の主を照らす。 投げられた銃をユリは大事そうに受け止めると、残弾を確認した。


「さ、この僕がプリンセス達に、お仕置きをしてあげるよ」


 薔薇の彫刻が彫られた細剣レイピアをスラリと抜いたヤハクは、優雅に見せているような、優雅さとは程遠い礼をした。











 一方、弓弦も予期せぬアクシデントに足踏みをすることとなっていた。


「……大したものだな。 まさか発見されるとは思ってもいなかった」


「純血の本家本元には及ばない。 俺のは所詮、模造品(イミテーション)だ」


 交錯する視線。 互いに相手の一歩先を読み、動かなければならない、弓弦とロダンの間には緊迫した空気が流れていた。


「真祖よ、魔法は使わないのか」


「使う必要性を感じないな。 これで、十分だ」


「言ってくれる…!」


 数多くの兵達がそれを見届けている。 彼らは一様に手に汗を握り、その時を静かに待っていた。


「…これで、終わりだッ!!」


「…っ!!」


 散る火花が消える。 静かに音を立てる“それ”に兵達の動きが止まる。


 すると健闘を讃えるかのように、拍手が鳴り始めた。


「完成だ!!」


 上がる歓声に、弓弦が満足気に額の汗を手の甲で拭った。 そう、アクシデントとは、摘み食いを見つかって料理を作らされていることだった。 ユリ達のピンチに何という男であろうか。


「……待て」


 再びそそくさと逃げようとした弓弦の背中に向けられるロダンの剣。


「……あのな、これでもツッコミたくてしょうがないんだ。 もうこのまま俺のことは無視しろ、邪魔さえしなければ危害は加えないしな」


「…俺は、武士もののふだ。 真祖よ、お前を通せない道理がある」


「…あのな、俺は真祖なんかじゃない。 それにそういうのは吸血鬼とかに使う言葉だろう、じゃあな」


「…ッ!!」


 歩き出した弓弦の背中に剣が振り下ろされた。


* * *


 ーーー???


「…そうか、動いたのか」


 話を訊いていたロリーは、報告の返事としてそう返した。


「順調じゃの。 順調ではないが、順調じゃ」


「良いのか」


「ほっほっほ! 大丈夫じゃ、中々どうして、打ち解けておるようだしの」


「……」


 カザイの瞼が閉じられる。


「無言、かの?」


「いや」


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「……のうカザイ、何か言ってくれんかの?」


 沈黙に耐えかねたロリーが困ったように急かすが、カザイは何も語らない。 「もう良い、下がれ」と退室を命じて、彼女は鏡に向かって髪を梳かし始めた。 神速の速さで二房に結われていく髪は今日も今日とて完璧であった。


「…こんなことが上手くなってしまうとは露ほども思わなんだ。 のう?」


 虚空に向かって語り掛ける。


「……もうそろそろのことになるのかの? そうか…」


 溢れ、頬を伝うものをそっと拭ってから、彼女は虚空を見詰め続ける。


「……」


 そんな彼女を男は静かに見ている。 感情の読み取れない瞳は、いつも通り何も語らない…はずであったのだが、この時は語っていた。 もっとも、語っているのが何か…それを見ている者は居なく、その真意を察することは出来ない。


「……」


 見詰める瞳に何かの感情を込めて、男は立ち尽くしていた。

「キシャッ!」


「…ふむ、我に読めと」


「キシャ」


「順番だから諦めろ…ならば貴様が読めば良かろう、『空間の断ち手』」


「キシ、キシキシキシ、キシャシャキシャァッ!」


「何?」


「シャキ、シャッ!」


「ふむ…背に腹は代えられぬか。 寄越せ」


「キシャ」


「『カズイール皇国軍師ヤハクに苦戦する三人。 嫌な縁で繋がっているあの剣を破壊するため、弓弦は無き姉に教わった抜刀術の奥義、七ノ太刀を放つーーー次回闇の中にきらめいて』…永遠の彼方に映えゆる虹を、貴様は見たか」


「キシャッ!」


「ふむ、して極上の蜜柑は用意するのだろうな」


「…………」


「そうか、待っているぞ」

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