緑讃頌
【…ふぁ…眠いの】
「やっと喋ったにゃ」
完全に拘束されたアシュテロを、身体で伸びをしながらクロは見上げた。
【…馬鹿みたいな、声…クロル?】
「正解にゃ…にゃ!? ば、馬鹿みたいにゃ声!?」
【…の、子ども?】
ズッコケる。
吉本に行けそうな転け方に、アデウスはクロの才能を見たのだが、ひじょーーーーに、どうでも良いことであった。
「何んでそうにゃるにゃ!? 僕今正解って言ったにゃ!!」
【…クロルは、もっと大きい…子ども?】
「…悪魔に子どもって、出来るのかにゃ?」
「…我に訊くな」
「キシャ」
「…日本語でお願いするにゃ」
【…クロル、の子どもだって。 アデウス言ってる】
「キシャ!? …キシャ」
力強く頷くアデウスであったが、その前の驚きようが問題だ。
「…絶対に違った悪魔のリアクションにゃ」
【…? バアゼル、柔らかい】
「………」
何を言ってるんだという顔である。
【厳しいバアゼルが、柔らかいバアゼルになったの】
「……『萠地の然龍』、之には既に逢ったな」
「話を逸らし」
クロの口の自由が利かなくなる。 支配魔法、“サイレント”だ。
【…ぽわぽわな人。 お日様なの】
「ふむ。 上出来だ」
両方共紫色に染まっていた瞳がオッドアイに戻った。
「ん? 俺は…?」
バアゼルは弓弦の中に還ったようだ。
「キシャァ」
「あぁ」
「戻る、後は任せた」と言ったアデウスに答えながら、弓弦はシテロの下へと歩み寄った。
「シテロ…だよな?」
【………】
拘束が解かれたので咆哮したかと思うと、地面が彼女の身体を包むように覆い隠し、それが元に戻った頃には炬燵空間の扉の先で、弓弦と寝ていた女性の姿へとその姿を変えていた。
「…柔らかくなったバアゼルと思ったら、ユールだったの」
「おわっ!?」
「お休み…すぴー」
彼に抱き付いたかと思うと、そのままの体勢で寝入ってしまう。
あれ程大きな龍であったのにも関わらず、彼女の身体は羽のように軽く、そのまま飛んで行ってしまいそうだった。
「…眠たがりにゃのは、変わらないのにゃ。 相も変わらず…と言うか、懐かしいにゃぁ…」
「はは…ま、悪い気はしない。 暫くはこのままにしておくか」
「すぴー…すぴー…」
「…悪いクロ、今からお前をユミルに跳ばす。 村の様子を確かめて来てくれないか」
「にゃぁ…悪魔使いの荒いハイエルフにゃ……分かったにゃ」
“テレポーテーション”でクロを『豊穣の村ユミル』へと転移させてから、弓弦は彼女を横たえさせた。
「ありがとな、バアゼル。 お陰で彼女に逢えた」
寝息を立てながら寝ているシテロを見ていると、【リスクX】の悪魔とは一体何なのか気になる弓弦だ。 そうして考えると彼らもやはり、生命の一つであり、生きているのだ。
『我は悪魔だ。 あくまで、古来よりの同胞に手を差し伸べただけのこと。 貴様に礼を云われる謂れは無い』
「ぶ…っ」
本悪魔からすれば普通に返しているだけなのだが、彼には洒落を言っているようにしか思えなかった。 当然、それに対してバアゼルが返すことはない。
「すぴー…すぴー…」
どうせなので、彼は今一度寝直しを図ることにした。
* * *
「働いたら、負けだと思ってるんだ」
知影による今日の任務に対するボヤきはそんな言葉から始まった。
「駄目よ、そんなのは…働きなさい」
「えー…」
「そうですよ、知影さん。 引き受けられた物事は確りと果たさなくてはなりませんよ」
「…サボり駄目、絶対」
彼女の他には、フィーナ、風音、セティがおり、彼女達は現在、四人で簡単な配達の任務に就いていた。
発案はフィーナで、知影の気分転換が目的だ。
「…隊長さん、普段はサボってばかりのくせに、こんな時だけ隊長権限発動ってズルくないかな」
「あらあら、知影さんが何時までも閉じ篭って居られるからですよ」
「…ニート」
「言われてるわよ知影。 ほら、口ばっかり動かさずに手と足を動かしなさい」
「…説教、はんた〜い」
「手を動かしなさい。 終わるものも終わらなくなるわよ、まったく…ご主人様に関すること以外はてんで駄目人間になるのだから…もう」
これ以上に無いくらい呆れ返ったような深い溜息をフィーナは首を振り、額に手を当てながら吐く。
「クスッ、弓弦様もさぞ大変ですね」
声音が冷たい。
「うう…やるよ、ちゃんとやるから、そんな冷たい眼で私を見ないでよ、私はフィーナじゃないんだよ!!」
「わ、私は別に冷たい眼を向けられて喜ぶ人間じゃないわ!! 勝手な言い掛かりは止めて欲しいのだけど」
「じゃあ弓弦に冷たい眼で見つめられたらどう思うのかな!? ねぇ、どう思うのフィーナ!!」
「どう思うって、それは…」
フィーナの脳裏に浮かぶ、弓弦の顔。
様々な自らの主人の顔が浮かび最後に、彼女を冷たく睨む弓弦の顔が浮かんだ瞬間、背筋にゾクゾクッと電流が走り、帽子の中の犬耳が逆立つ。 突然動悸が激しくなり、身体が熱くなって視界が朧気になっていく。
「わ、私は…はぁ、そ、そんなこと…はぁ…っ、どうとも思わない…はぁ、わ」
「説得力ゼロ。 喜んでるし」
「喜んでなんかはぁ…ないわ…っ」
「それ」
ツンと、知影がフィーナの足を突くと、
「ひゃあっ!?」
フィーナが地面に尻餅をついた。 そのままへたり込む彼女は半分涙眼で知影を睨む。
「ほら、ちょっと弓弦のことを想像しただけで腰が砕けちゃってるよ。 変態だよ変態」
「…風音、悪いけど肩を貸してくれないかしら」
「クス、想いの力は偉大ですね」
風音が自らの手を腰に回し、伸ばされた手を首に回してフィーナを起こす。
「…感謝するわ」
「いえ、御構い無く」
「…フィーナ、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よセティ。 ふぅ…さ、早く終わらせるわよ皆」
チョーカーに軽く手で触れ自らの主人のことを想いながら、フィーナは風音に支えられて歩みを進める。
「……?」
そんな中、知影が立ち止まり遠い眼をした。
「…弓弦?」
「…? …弓弦…どうしたの…?」
「分からないけど、弓弦が…ねぇ、フィーナも風音さんも、何か感じない? 何か…怒っているような…」
「深く考えないで」
知影だけでなく、自分にも言い聞かせているような強い口調。
「…………フィーナ様」
「大方アンナが下手をしたのよ。 だからそれ以上は考えない、それで良いの」
焦燥感は当然フィーナにも、風音にもあったが、彼女達はその感覚を、“覚えない”ことにしていた。
『そうですよね、ご主人様…』
“テレパス”を使っても、応えは返ってこなかった。
* * *
「えぇい何をやっているのだ!!」
主たる臣下が集う謁見の間に城の主の怒号が轟いた。
齢五十程のその者の名は、グランゲージュ・オベロン・カズイール。
彼は玉座の手掛けに拳を打ち付けて、自らの前に跪く黒甲冑の騎士、ロダンを見下ろす。
「ロダン! たかが人間一人、なぜ止められない!!」
「…申し訳ありません」
頭を垂れるロダン。
「ですが僭越ながら申し上げます。 あの男は言わば、檻から解き放たれた獣…ならば檻を戻さねば止まることは叶わないでしょう」
「ならぬ! あの巫女はクウ…ハイエルフの血を引く者、室に入れれば国も安泰するのだ! ようやく手に入れた力を手放すほど愚か者でないわ!! 兵など幾ら殺しても良い、何としても止めるのだ!」
「…御意」
ロダンは、内に秘めた感情を顔を出さないよう努めながらその場を後にする。
「待てロダン、言い忘れていたことがある」
忘れていたことを今思い出したかのように、グランゲージュは面白そうに嗤う。
「戯れに巫女がいたあの村は、森ごと焼き払い、村人は殺すように命じておいた。 く、くく…くはははは! 我がカズイール城からですら見える良い、燃えっぷりであったわ!!」
「………」
王に顔を見られてないことをロダンは、心から安堵し、逃げるようにその場を離れる。
「……なんと言うことを…されたのだ…っ」
「報告します! ノルラ関、陥落しました!」
『ノルラ関所』。
『ユミル』とこの国の間にある関所だ。
「生存者は何人だ」
「……」
伝令兵が言い淀む。
「何人だ」
「……一割程です」
「戦況は」
「第一防衛線で足止めをしています…ですが」
「時間の問題か…下がれ」
「ハッ」
彼はこの国の将だ。 王命は絶対であり、私情は一切挟めない。 「止めろ」と命じられたからには、何としても“獣”の進行を阻まねばならない。
だが阻む敵は、一人ではない。 関所の挟んだ先の国は、まだ二カ国あるのだ。
「……囚われの姫君達の下へと行くのかい、ロダン」
「…ヤハク」
ヤハク・レンブラン。 気取った雰囲気を醸す、この国の軍師であり、兵と多数の罠で防衛線を作り、現在一人の獣の進行を阻ませているのも彼の策である。
常人に見える光が見えなくとも、彼には人の中で光を放つ、波動が、視えるので人の判別は出来る。
「…プリンセス達に詫びに行くんだったらこの僕も共に行こう。 分かっていて防げなかった、この僕の責任でもあるのだから」
「詫びには行かない。 伝えに行くだけだ」
「どの道囚われの姫君に会えることには変わらないさ。 さ、時間は無いんだ、急ごう」
* * *
ーーー時は少し遡る。
『大変にゃ、弓弦!』
「…ん? どうしたんだクロ」
自分の内側から聞こえてきた、焦ったクロの声に弓弦は身体を起こした。
「ユミルが、焼かれたにゃ…」
実体化したクロが顔を俯かせる。
「何だって!? っ、村の人は?!」
「……ん、ユール、おはようなの」
シテロは実にマイペースだ。
「あぁ、おはよう…じゃない、どうなんだ」
「…分からにゃいにゃ、でも、急いで戻った方が良いにゃ!!」
「分かった、レーヴ!」
側で同じように寝ていたレーヴが起き上がり、どこかの方角を見た。
「…レイアがその方角にいるんだな? …彼女の下に戻ってやってくれ」
その瞳が弓弦を映す。 感謝の色を帯びさせながら、その姿は風に掻き消えた。
「…行くぞ!」
クロとシテロの身体に触れて、弓弦は“テレポーテーション”を詠唱した。
* * *
「………」
何なんだこれは…!
「…僕が来た時にはもう、殆ど焼けていたにゃ…残ってる家が焼かれにゃいように取り敢えず魔力で吹き飛ばしたけど…」
あの美しかった森は見る影も無く、村も無くなっていた。 …何故、一体どうして…!?
「…緑が…死んでるの…」
「…シテロ…おわぁっ!?」
ま、魔力が…急激に…!
「ぐぅぅぅぅぅ!?」
「…死んじゃうの…駄目なの…元気になるの…っ」
す、吸われ…搾り取られる…っ!
「森の自然が…す、凄いにゃ…!!」
た、確かに、まるでアニメで見ているような感覚だ…っ。
「私だけじゃ駄目でも…ユールと一緒なら…やり過ぎないで出来るの…!!」
緑が芽吹き、成長していく…それは良い、素晴らしいことだが俺の魔力が…っ!!
「出来る…の…ッ!!」
魔力…がぁ…っ。
「ゆ、弓弦、気をしっかり持つにゃ!!」
「…ッ!?」
魔力が吸われたことによる脱力感が無くなった時、焼け野原だった跡地を緑が、生い茂っていた。 悪魔凄すぎだろ…!!
「わぁぁ…っ、出来た、出来たの! 初めてやり過ぎずに出来たの!!
「どわっ!?」
や、柔らか…じゃなくて!
「ありがとうなの、ありがとうなの!! 皆ありがとうって言ってるの、私に、ありがとうって…言…って…」
「?」
尻すぼみになっていく言葉に、胸に顔を埋めている彼女の表情を覗いてみると、
「すぴー」
疲れ切った表情で寝ていた。
「村人達はあの…『豊穣の杜』だったかにゃ? あそこに避難しているにゃ」
「……そうだな、確かに大勢の魔力を感じる。 跳ぶぞ、掴まれ」
無事でいてくれ…皆…っ!!
ーーー豊穣の杜。
確かにユミルの村人はここに避難していて、俺はサマルを見つけて声を掛けた。
「村長」
「…!! 無事だったか、すまぬ…村も森も、焼かれてしまった…」
「…そっちは大丈夫だから気にするな。 それで、ここに居ない皆や、あの侵入者はどこだ?」
一応の確認だ。 勿論居ないことは分かっているし、どこにいるのかも大方の方角が分かる。
「…あの後すぐに村が北西にある、カズイール皇国の軍に包囲された。 向こうの要求はレイアとフレイを渡すこと。 呑めない場合は皆殺し…選択の余地は無かった」
「ユリとアンナは? あの二人が簡単に遅れを取るとは思わないが」
「『村と森を焼かれたくない』と、抵抗せずにあの二人も連れて行かれた…」
はぁ…お決まりと言えばお決まりだが…それも無駄になったのか。
だが謎だ、何故俺が村を離れたタイミングでそんなことになるんだ? …偶然だろうか、にしては出来過ぎた偶然ではある。 国には当然、軍師が居るもの…あの黒騎士の眼と言い、魔法具と言い、魔法の知識に明るい者なのかもしれないな。
ま、どちらにしても気に食わない。 色々と。
「掃討兵はどうした、村を焼き払うぐらいだ。 派兵されていてもおかしくはないはずだが」
「それは僕が抑えといたにゃ…でも」
空気が揺れる音。
「…そろそろ来る頃だと思っていたのにゃ」
「そういうことか。 村長」
「…分かった、皆奥に下がれ!」
サマルの言葉に、その場にいた全員が鳥居の奥に走って行く。
「サンキュな、クロ」
「にゃはは、君にしては珍しい感謝の言葉にゃ」
「そうか?」
「にゃはは、そうにゃ。 多分聞いたの僕が初めてだと思うにゃ」
言われてみれば…そうかもしれない。
「ありがとな、クロ」
「言い直す必要は無いにゃ。 …さて、来たにゃ」
近付く足音…二、三十人か。 カチャカチャと音を立てて走って来るな。
「僕は悪魔にゃ、今更人を何人消しても正直良いけど、君は違うのにゃ。 その手、人の血に染めることににゃっても良いのかにゃ?」
「はは、構わないさ。 それに…………………結構頭にきているんだ」
きっとフィーナもブチ切れるだろうなぁ、はは…俺ですらここまで怒りを覚えるのだから。
「ユミルの木々は、短い間だったが俺と一緒に在ってくれた友人だ。 多少キツい灸を据えてやるさ」
「にゃはは、分かったにゃ。 パパッと倒すにゃ!」
躍り出た兵の姿を確認し、柄に手を添える。
「居た「ッ!!」」
抜刀、駆け抜ける。
「…一刀抜砕」
納刀と共に分かたれる、多数の身体。
「凍るにゃ!!」
吹雪と共に出来上がる、多数の氷像。
「…二斬ッ」
反転し、踏み込み抜刀。 刀身に魔力を纏わせ横の斬撃に合わせて飛ばし、
「烈断ッ!!」
縦の斬撃を飛ばした。
走る斬撃は氷像を砕いていく。
「…にゃはは、遠慮無しだにゃ」
今ので、何人を送ったのだろうか…? 少し…疲れたが、まだ全てがこれからだ。
「終わりましたか」
サマルを始め、村人が鳥居の奥から俺を見ている。
「あぁ、これでもう生命の危険が及ぶことはないだろうな。 その点は安心してくれ…さ、取り敢えずは村に戻らないとな」
彼らに背中を向けて歩き出す…が、足音はしない。
「………」
ま、そうなるか…こんなの俺でも引くぐらいだし。
「来な「にゃっ!!」なっ「わー、なの」おわふっ…と、とと…っ」
クロによる猫騙しと、突如人の身体から人間体に実体化したシテロの頭突きを食らって尻餅をついた俺に、
「っ!? おわぁぁぁぁぁぁっ!?」
降り注ぐ蜜柑の皮。
「「「……………」」」
村人達はそれを見ていたが、
「「ぷっ…はははは!!」」「「あははははは!!」」「あっははは!!」「ヒィヤッハーーー!」「ドゥハハハハハッ!!」「あははあは、あはあははは!」
それを見て笑い出した。 笑い方が数名、世紀末になっていたり閣下になっていたりと様々だが、俺はどうやら笑われているようだ。
「ドゥーハッハッハッハァッ!!」
…閣下、あんたかっ。
「…〜っ!! ほら、付いて来るのなら付いて来てくれ!」
「にゃははっ!! …にゃ!?「ハリセェェェンッ、ホォォォムランッッ!!」にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
諸悪の根源に一本足打法。 うん、結構飛んだな。
「ユール…ごめんなの」
彼方に消えた猫は無視して、村人の先頭に立ち歩き始める。
「ははは…まぁ、結果オーライだ」
「でも…ちゃんと説明しないの、駄目なの。 誤解は、解き直すものなの」
「ん…まぁ、そうだな。 テストも分からない問題は解き直さないと覚わらないからな」
「そうなの。 ユールは偉い子なの、お日様なの〜」
ぽわぽわぽわぽわ…お日様なのはお前の頭の中だ、シテロ…。
「彼女も精霊か?」
「…まぁ、そんなものだ」
サマルの問いにあやふやに答える。 コスプレの概念がこの世界にあるかどうかは知らないが、背中に小さな龍の翼を生やしている女性に対しての問いとしては間違っていない。
「…デカイな」
「あぁ。 ん?」
デカイ? 身長は精々160いってるかどうかだが…? …あぁ、歩く度に揺れる、アレか。 リィル辺りが狂気に走りそうだ。
「シテロ、眠たくないか?」
「………………すぴー」
俺が提案するまでもなく、既に歩きながら寝ていらっしゃる。 どこでも寝れるってシテロを表すためにある言葉だ。
…とと。 さて、そろそろ村だが…これからどうするか。
「「「………」」」
自分達の眼に映る光景が信じられないように、一人、また一人と足を止めていく。
無理もない、森の自然はシテロが生命を吹き込んでくれたから、それなりには元通りになっている。
「…これは、これもまさか…」
「さて、じゃあ行くか」
「お、お待ちくださ」
その場に彼らを置いて、俺は彼女達の魔力を感じる方角へ向かって走る。
「にゃはは…痛かったにゃ…」
「何だ、もう追い付いたのか」
森を抜けた辺りでクロが合流した。
「何んで僕だけかっ飛ばされにゃければにゃらにゃいのにゃ!? 勿論後二人にもちゃんと同じようにやったんだよね!?」
「いや、お前で十分ストレス発散出来た」
「虐待にゃぁ…にゃぁ、それで、これから国一つ相手にすることににゃるけど、どうするのにゃ? あの時数人は逃げているのにゃ」
「正面突破、以上」
魔力を辿って“テレポーテーション”を使えば容易いのは分かっているが…。
「…呆れたにゃ。 まだやり足りにゃいのかにゃ? それに正面突破は愚策中の愚策にゃ、隠れつつ潜入に徹した方が良くないかにゃ? “イリュージョン”で隠れるのも良し、“エヒトハルツィナツィオン”で変装するも良し…手は幾つもあるのにゃ。 正面突破じゃ搦め手を使われるだけにゃ」
「確かにそうだが、搦め手を使われるのならそれを乗り越えてみたい。 それに、俺が上手い具合に注意を引き付ければ、きっとアンナ辺りが動く。 目標はあくまで四人の救出で、他は二の次…あぁでもここは一つ、下らないことを考えている王の顔を見るのも良いかもしれないな」
「…にゃはは、結局は怒りに任せての腹いせにゃ。 どうかと思うけどにゃぁ…」
「いや、腹いせじゃない…ツッコミの練習だ」
“アカシックボックス”を使い、銃剣をしまう。 次に『地脈の宝珠』を取り出して魔力を回復させ、それをしまってからもう一つ、最強の武器を取り出す。
「…ま、まさか…それで一国と渡り合うのかにゃ!? 色々にゃ意味で止めた方が…良いと思うのだけどにゃぁ…?」
『キシャ…キシキシ…!』
『………すぴー』
『……………』
微妙な反応だが…やってるさ、なんか…出来るような気がする。
「にゃぁぁ…悪夢しか予想出来にゃいのにゃ…」
遠くに関所らしきものが見えた…あの先だな…!!
「…ゆ、弓弦…止めた方が…」
「て、敵襲」
スパン!
「ッ!!」
「ひっ」
スパンッ!!
「ふっ!!」
「ぎゃあ!?」
スパンスパンッ!!
「囲め、囲めーーーッ!!」
十数人の兵士に取り囲まれる…だが、
「この武器の敵では…ないッ!!」
スパンスパンスパンスパンスパン、スパパァァァァァァァァァンッ!!!!
「うん、良い感じだ」
兵達全員が気を失ったことを確認してから、両手に持つ武器を空に掲げる。
『キシャ」
『…すぱー…んん…すぴー…』
「む、無茶苦茶にゃ…無茶苦茶にゃぁぁぁぁっ!!!!」
掲げた二振りの武器は、陽の光を浴びてその美しい折り目に影を作っていた。
「ディオルセフ」
「なんだいトウガ?」
「そこに立ってろ」
「嫌だ「ふんっ!」ぐぅっ!?「ディオ・ホームランッ!!」うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!!!!」
「…チッ、中々飛ばないものだな…橘は一体、どれだけの力で放ったんだ?」
「お~? 今何か海に落ちなかったか~?」
「隊長か。 何を持っているんだ?」
「これか~? そうだ、トウガお前さんが読んでくれ~」
「あ、あぁ。 『囚われのユリ達を救出するため城へと向かう弓弦。 果たして彼は待ち受ける敵を倒し、無事に彼女達を救出出来るのだろうかそして、ユミルが焼かれたことを知らされた彼女達は何を思うのか。 カズイールの邪な思惑を打ち砕くためハリセンが唸るーーー次回、ハリセンをかざして』…良い酒揃えて待ってるぜ…っと、こんなところか」
「ご苦労さんだ~。 後で行くから、店は開けといてくれよ~?」
「何なら今から来るか?」
「業務が残ってるんだ~…すまんな~」
「そうか。 ? そういやディオルセフの奴、どこに行ったんだ? …いつの間にか姿を消すとは良い度胸だ、これは帰って来たら一発殴ってやらんとな」