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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
128/411

Battle of “ASYUTERO”

 豊穣祭二日目、三日目も特にこれといったことは起きなかった。 敢えて挙げるのなら、ユリは妙に譲らないし、アンナは敵視の視線を事ある毎に向けてきたぐらいだ。

 ついでに二日とも夜に彼女と決闘をしたが、結果は俺の全勝。

 腕を鈍らさないように剣を振るのは良いのだが、彼女は寸止めどころではなく、俺を殺す気で向かって来るんだ…命の危険はまぁ、感じる場面もあったな。


 ーーー四日目。


 枝の上に座りながら俺は遠眼に見える双子巫女の神楽を見ていた。

 ハイエルフの視力が具体的にどのくらいになるのかは分からないが、ここから祭壇では目測500m(マール)近くあるのにも関わらず、舞っている二人の睫毛の数を数えられる程度には良く見える。

 それでも近くで見たいことには変わりないが。


「…ん、戻ったか」


「にゃ。 今のところ、異常はにゃいにゃ」


「そうか、ありがとな」


「にゃはは、どういたしましてにゃ」


 その夜、巡視を切り上げて戻って来たクロは俺の隣に座って手を舐める。 小間使いみたいになっているが、気の所為だ。


「僕は氷と水属性の魔力マニャしか感じられにゃいけど、日を追う毎に森が元気ににゃっているのは分かるにゃ。 自然って良いものにゃ…」


「そうだな。 五日前ここに来た時に比べて、森が聖気に満ちてきたのは間違い無いな。 過ごし易くて良い感じだ」


「にゃは、聖にゃるにゃんちゃらというものは、得てして僕達悪魔に対して良くにゃいものにゃんだけど、僕も賛成にゃ。 伸び伸び出来るにゃ」


「おい…全然悪魔らしくないぞ、悪魔(笑)って呼ばれたいのか?」


「それは嫌にゃ」


「じゃあ…飼い猫で良いか?」


 尻尾の動きが止まる。

 数秒の沈黙を置いて、クロは頭を後ろ足で掻く。


「にゃ、それで手を打つにゃ、笑われるよりはマシにゃ」


 飼い猫で良いのか。

 ま、名前も「クロ」だし、それはそれで良いと思っているのかもしれないな。

 そう言えばどこかの小説であったな。 あの青毛の不思議な猫が登場する…駄目だな、ど忘れしたみたいだ。


「クロ、お手」


「僕は少にゃくとも犬じゃにゃいからやらにゃいにゃ」


「芸達者な猫になりたくないのか?」


「にゃぁ…にゃ」


 クロの前に出した掌の上に、ポンと彼の手が置かれる。 不快じゃない冷たさに柔らかい肉球の感触が中々気持ち良く、軽く持ち上げて押してみると…おぉ、癖になりそうだ。


「離してほしいにゃ、爪、立てても良いかにゃ?」


 離す。


「冷たいな、お前の手…冷んやりして良い感じだ」


「当然にゃ、僕は氷の悪魔にゃんだから」


 尻尾を左右に振りながら「にゃはは」と笑う。 嬉しいんだろうな、多分。


「そう言えば…お前の他にどれぐらい、【リスクX】っているんだ?」


 空間が『アデウス』、支配が『バアゼル』、氷が『クロル』改め、クロ。 各属性に一体ずついるとして、基本の八属性が残り七体、一体どれほどの【リスクX】悪魔が存在するのだろうか。


「……」


 クロは暫く沈黙する。

 訊いてはいけない質問だったのだろうか。


「…ちょっと待っててにゃ、今思い出してるから…」


 思い出しているだけのようだ。


「…………………にゃはは、昔のこと過ぎて忘れてしまったにゃ」


「そうか、なら仕方無いな」


 悪魔が昔と言う程遠い日の話なのだろう。 それこそ、気まで遠くなる程の。


「‘…にゃあ、もう、どれぐらい前にゃのかにゃあ…’」


「……」


 銀色の猫は、静かに月を見つめていた。


* * *


 その者は、とある密命により豊穣祭が始まってから、四日に渡って森の様子を窺っていた。

 彼の手には球状の物質が、布に包まれるようにして内側から光を放っている。

 男が眼を凝らすと、森全体を包む白いモノに混じって、別のモノがその外を覆っているように“視えた”。 暫くすると、その別の何かの輝きが薄れる。


「ーーー」


 男は徐に、手に持つ“それ”を掲げる。

 調査の結果、この時間帯ーーーといってもほんの十秒程の時間だが、警備の眼が少なくなるのが分かっていた。


 バキィィィィィンッッ!!


 常人には聞き取ることの出来ない音が辺りへ響き渡った。 顔の筋肉を引き締めると、彼は森へと急ぐ。

 男の名はロダン。

 『カズイール皇国』皇帝、クランゲージュの密命を受けた皇国の筆頭騎士長。 常人と同じ光を失った代わりに手に入れた、『偽造イミテーション妖精の瞳(セイクレッドロウ)』、皇帝から賜った、『引魔の腕輪』、『破界の闇球あんきゅう』持つ男であり、彼に下された密命は、“双子巫女の拉致”であったーーー


* * *


「…しくじったにゃ」


「…あぁ、分かっている」


 侵入者だ。

 どうやら誰かが森の中に入ったのだが、それを見失ったという意味でのクロの言葉だ。 だが魔力マナを探れば場所の把握はそう難しいことでもないので、すぐに探ってみるーーー見つけた。


「『動きは風の如く加速する!』…クロ、お前はレイア達にこのことを伝えに行ってくれ、良いか?」


「分かったにゃ、弓弦、気を付けて」


「あぁ」


 “クイック”を使ってから、倍速でその方向へと急ぐ。 禍々しい魔力マナだ…それに混じる、また別の魔力マナ…同じ、いや、だが…何だ、この妙な感覚は。


「『光の檻よ、我が敵を封じ込めろ!』…そこまでだ」


 光の檻が侵入者を閉じ込めたのを確認し、銃形態に移行させた銃剣ガンエッジの銃口を向けながらその姿を見る。

 中世の王国に存在していそうなフルヘルムの黒騎士だ。 幅広の黒剣を腰に帯び、手には禍々しい魔力マナの光を放つ硝子の水晶。

 “妖精の瞳(セイクレッドロウ)”を使って視てみると、水晶、剣、腕輪、兜の内側の計四箇所に魔力マナの波動を感じた…禍々しい魔力マナの元はあれだな。


「ここから先は、通せない。 命が惜しいのならば退いてくれ」


 侵入者は答えず、代わりに腕輪と水晶の魔力マナを発動させる。 迷わず腕輪を狙い破壊すると、“クロイツゲージ”が破壊されたものの、腕輪は砕け散らせることが出来たが、それと同時に光が視界を満たす。


「あ、待て!!」


 おそらく閃光弾の類いだろう、思わず眼を瞑ってしまった失態を悔やみつつも、眩んでしまった眼を擦り、魔力マナを追って行く。


「…クロの奴、レイアに知らせたのだろうか」


 大丈夫だろうな、きっと。


* * *


「おろ? 君は…あ、ユ〜君の身体に入っていた…」


「クロにゃ」


「クロ…可愛い名前だね。 ユ〜君らしいかな、えへへ」


「よろしくにゃ…じゃにゃくて、今君達に危険が迫っているのにゃ!」


 鬼気迫るように捲し立てるのだが、レイアはマイペースであった。


「侵入者の狙いは君達だから、今すぐ身を隠した方が良いにゃ」


「うん、だから…」


 扉の外が慌しい音が聞こえ、開けられる。

 入って来たアンナとユリが双子巫女の姿を見て安堵の表情を見せるが、彼女の足下にいるクロに移った瞬間怪訝なものにへと変わった。


「…じゃあ僕は行くにゃ」


 そういうと、弓弦の下に戻ったのか、クロの姿が掻き消えた。


「ご苦労様、ダクルフ」


 二人を呼びに行き、その役目を果たして入口に座っているダクルフに労いの言葉を掛けて還す。


「…今のは、あの男の中に住んでいる“モノ”か?」


「精霊。 クロって名前だって」


 精霊を強調するレイアだが、アンナはくだらなさそうに鼻を鳴らした。


「ふん…猫みたいな名前だな」


「アンナ殿、一応猫だと思うぞ。 それにクロ、良い名前だ…‘可愛いし’…うむ」


 外で何かが光った。

 その数秒後、不穏な気配を察した二人が外に出るとそこには、


「……」


 弓弦を出し抜いてここに辿り着いた黒騎士が立っていた。


「‘…変な動きを見せたら迷わず撃て、手練だ’」


 頷くユリ。


「…何者だ!」


 動いた。


「っ!!」


「速い…」


 ユリの銃弾は弾かれ、一瞬でアンナの間合いに入る。


「が、踏み込みが甘いッ!!」


 裂帛の気合いと共に放った一閃が黒剣を捉え、ぶつかり合う。

 火花が散り、二人が交錯する中、針の穴を通すようなユリの正確な援護射撃が合わさり、徐々に侵入者を追い詰めていく。


「悪く思うな…!」


「待てアン「うぉぉぉぉぉおおおっ!!」」


 追い付いた弓弦が制止の声を上がるも、アンナの攻撃には間に合わず、黒剣が二つに切断されたその直後、黒剣が砂のように崩れ、空に上っていく。


「…ありゃありゃ、ちょっとマズイかも」


「…クロ」


『間違い無いにゃ』


 巨大な魔法陣が上空に展開された。

 その意味を知る者が厳しい顔で見つめる中、それは光を放ち始めた。


「あれ程の魔法陣…まさか、『召龍剣ドラゴニアムブレード』だったと言うのか…!」


「…お祖父ちゃんそれって…!」


 黒騎士が持っていた剣の名を訊いたフレイも信じられないように空を見上げた。


「…行ってくる」


「待て貴様!! 状況を説明しろ!」


「【リスクX】が来るから村に来る前に転移させるんだ、行かせてくれ!!」


 掴まれた肩を振り払うと、弓弦は“ベントゥスアニマ”自分に掛けた。


「な…【リスクX】だと…っ」


 魔法陣を軽く睨んでから視線を戻すアンナ。


「…ユリ、アンナ、こっちは任せた」


「貴様、【リスクX】を一人で倒すつもりか!? …っ、クアシエトール、貴殿もこの馬鹿を止めろ!」


「…弓弦殿一人では無理だ、私も行くぞ!」


 二人に肩を強く揺さぶられるが、その間にも魔法陣の輝きは強くなり、一刻を争う事態、それに黒騎士の見張りと巫女の護衛しなくてはならない以上、弓弦の意志は固まり、退く気はなかった。


『…彷徨い流離う狐の子』


 互いの意志を曲げずに衝突する三人の耳にレイアの詠唱が聞こえた。 美しい声が旋律を創り、歌《詠唱》となる。 


『お出でよお出で…♪』


 彼女の側に魔法陣が展開し、中から狐型の風精霊、レヴ(レーヴというのは愛称)が現れた。


「レーヴ、ユ〜君がちゃんと無事に帰って来れるように手伝ってあげて」


 頷くと、アンナとユリに詰め寄られている弓弦の身体が持ち上がり、レーヴの背中へ。


「ありがとな、レイア。 …俺はこの村と森を守るから、二人は巫女を守ってくれ、じゃ、今度こそ行ってくる」


 はにかむと、彼はそのまま飛翔した。


「な…弓弦殿!!」


「…っ、巫女、貴殿はそれで良いのか!! 戻れ橘 弓弦、貴様一人だけでは!!」


 弓弦を乗せたレーヴは天空に輝く魔法陣に向かって空を駆ける。

 黒騎士ーーーロダンを含めた全員が見つめる中彼も巨大な魔法陣を展開。 二つの魔法陣と共にその姿は消えた。


「レーヴも付いてるから一人じゃないよ。 それに彼は絶対無事に帰って来るから大丈夫…でも、それよりも」


 レイアは黒騎士に眼をやる。 

 瞳には、悲しみの色が。


「あなたに私達の拉致を命令した人は中々、面白い手を使うね」


「…? まさか…!」


 初めて黒騎士が声を発したことと合わせたかのように、遠くからときの声が上がった。


* * *


 引っ張られるような感覚に“それ”は眼を覚ました。


ーーー始まった。


 きっとこれから無駄なことをしなくてはならない。 そんな自分の考えが腹立たしく、嫌になる。


ーーー?


 また感じた、懐かしい同胞の気配。 近くにいるのかどうかは分からないが、今度は確かに感じた、今度は確かにそう思えた。

 しかし、苛つくのには変わりない。 全てを壊したい衝動、それは、“それ”でさえも例外ではない。

 消し去りたいのだ。 ただ静かに、暗く、深い所で眠っていたいがために、全てを、総てを。


ーーーもし、叶うのならば…。


 自分という存在から解き放たれたいという、叶わない願いを“それ”は願った。


* * *


 森、人里から離れた山岳地帯に転移した弓弦は自らの前に降り立った、“それ”を見て思わず息を呑んだ。


「…わーい」


 黒緑に光る体躯から放たれているのは、圧倒的な魔力マナと存在感ーーー龍というのもあるのだろう、喉が渇き、眼の奥がチカチカと光るような、気持ち悪い感覚が襲ってくる。


「現実逃避は禁止にゃ、弓弦」


 実体化したクロ(大きさはレーヴと同じぐらい)がレーヴの隣に並んで彼を見上げた。


「…しかしな、龍だぞ? ドラゴンスレイヤーの称号なんて昔は兎も角、今は欲しくないんだが」


「ドラゴンスレイヤー、僕は良い響きだと思うにゃ。 それに『アシュテロ』を眠らせてやれるのは、ここでは君だけにゃ」


 眼の前の【リスクX】の名前は『アシュテロ』。 属性は土だが、溢れるその魔力マナは草木を成長を促進するあまり枯らしてしまうという。

 「皮肉な奴にゃ」とはクロの言だ。


「手伝ってくれるか?」


「やるにゃ。 だけど…僕を実体化させている分、君の消耗も激しいからそれだけは気を付けるにゃ」


「あぁ、分かっているさ!!」


 盛り上がる大地の槍を、レーヴ、クロと共に駆けながら避ける。


「食らうにゃ!!」


 クロが無詠唱で放った“フィンブルコフィン”がアシュテロを掠める。 弓弦の一部となったとはいえ、氷の悪魔としての魔力マナの扱い方は健在である。


「おわ…」


 問題は、その魔力マナの出処が弓弦ということなのだが。


「どんどん持ってくにゃッ!!」


「ぐお…っ」


 “フィンブルコフィン”六連発。 消費魔力(マナ)も尋常ではない。


【…ッッ!!!!】


 魔法陣が上空に展開する。

 地が悲鳴を上げているかのように崩れ、大きく揺れると、魔法陣から巨大な小隕石が召喚され、一人と一匹に向かって降り注ぐ。


「ぶぐ…痛いにゃ…っ!」


 レーヴが避けてくれたので、弓弦は当たらなかったが、クロに数発命中する。


「大丈夫かクロ!」


「にゃはは、大丈夫にゃ! それよりも弓弦、上にゃ上!!」


「? なっ!?」


 “メティオ”からの“オーバーウェルムメティオール”。

 質量を持った絶望が大気を切り裂いて迫る。


「ヤバ…っ!!」


「どどどどど、どうするのにゃ!? やばば、やばいのにゃ!!」


「…フィーが使った時は自分で解除してくれたから良いが、どうすれば…っ!!」


【……】


 追い打ちを掛けるように地面が隆起し襲い掛かる。

 足を貫かれたレーヴを下がらせて、弓弦は剣を上空に向けて構えた。


「クロ、アレは転移させる(と ば す)から引きつけ頼む!」


「合点承知にゃ!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


【……!】


「こっちにゃ、こっち!!」


 ありったけの魔力マナを使って“テレポーテーション”を発動させる。

 転移陣を通過する際のバックファイアと減り続ける魔力マナによる脱力感に歯を食いしばり、耐え続ける。 クロの時の“エーリヴァーガル”よりも巨大な物質の通過てんいによって意識が遠退くような感覚を覚えるが、ここで負けるということは、死を意味する。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」


『キシャ!!』


 突然爆発的に空間魔力(マナ)が活性化した。

 魔法陣が巨大化し、朦朧としていた意識が覚醒していく。 せめぎ合う二つの魔法の間に現れた助っ人、否、助っ人蟷螂のハリセンによって、隕石は真っ二つに切り裂かれ、そのまま転移陣に吸い込まれた。


「キシャ」


「…お、お前は…っ?」


 覚醒したはずの意識が、薄れていくが、無理もない。 ハリセン蟷螂ーーーアデウスが行ったのは弓弦の魔力マナの強制ブースト。

 苦肉の策だったとはいえ、負担が大き過ぎ、そのまま弓弦の意識は遠退いていった。


「………」


 だが遠退いたはずなのに、彼は立ち上がった。

 厳密にいうと、彼であって彼でないのだが。


「キシャ!!」


「悪魔組、またまた勢揃いにゃ…弓弦は大丈夫かにゃ?」


「案ずるな…と云いたいが、時は無い。 性急に彼奴を堕とす…その力、貸して貰うぞ。 シフト、モードサイズ」


 変形機構の起動ワードが認識され、剣から鎌に変形する。


くぞ!!」


「にゃッ!!」「キシャッ!!」


 鎌から放たれた漆黒の斬撃が、切り付けた箇所から対象の動きを支配していく。

 今の彼ーーー弓弦と存在を同じくした今のバアゼルだからこそ出来る芸当だ。


「…ッ!! にゃぁぁッ!!」


 クロが氷の爪と、口に咥えた氷の剣で切り刻む。


【……ッッッ!!!!】


「キシキシャッ!!」


 アシュテロが放った魔法は全てアデウスの空間魔法に吸い込まれ、自分の元へと跳ね返り傷付けるーーー完璧な包囲網だった。


【……ッ!!】


 ブレス。 突如、それが当たった地面から伸びた蔦が三匹に襲い掛かるーーー前に、クロによって凍らされ静止した。


「征け断ち手!」


「キシャァァッ!!」


 バアゼルが駆け出すと、彼の前方に転移陣が出現した。

 そのまま中に突っ込むとアシュテロの真上に。


同胞はらからを任せたぞ…ッ、ハァァァァァッ!!」


 鎌がアシュテロを捉えた。










* * *


「…何だ、これ?」


 俺がいるのは例のごとく炬燵空間。 それは良い、よくあることなのだからーーーだが問題は、


『同胞を頼む』


 炬燵の上の書き置き…だ。

 短くそう、あるのは分かるのだが…いや、やっぱり達筆だったとか、イメージにそぐわず字が下手だったとかそういう意味じゃないんだ。

 そもそも、字…と呼べるのだろうか? 芸術? 芸術と捉えた方が良いのか? レオンじゃないがさっぱり分からん。 蜜柑の皮で作られたこの文字の内容は兎も角、意味が。 きっと「はらから」と読むのだろうが…。


「…いかん、バアゼルという悪魔が分からなくなってきたぞ…」


 そもそもだ、俺の中に悪魔って計三体居たんだな。 まさかあのハリセン蟷螂かまきりがアデウスだったとは今の今まで気付けなかった。

 ならハリセンって何だよハリセンって…コミカルと言うか茶目っ気があると言うか…どっちもそう変わらんか。


「同胞を頼むと言ってもな…どうすれば良いんだ?」


 つまりアレか、この炬燵空間のどこかにあのアシュテロが居るってことか?


「…ん? 向こうが光ったような…」


 怪しいと言うかいかにもと言うか…。


「行ってみるか」


 炬燵が…ここで、棚がここにあるから…確かこっちの方向には扉があったな…と、見えた。

 扉を開けて中に入る。

 以前あった魔法陣は未だ消えたままだが、代わりに以前通れなかった扉が淡く光を放っていた。 その扉に触れると、軋むような音を立てて扉が開いていく。


「…鬼が出るか蛇が出るか…!?」


 その先に居たもの、それはドラゴンでも蛇でもなく、何故かある種間違っていないような気がするが、この場合は違う。 結論から言ってしまおうか、


「すぴー…すぴー…」


 女の子がいた。

 眠っている女の子だ。

 緑髪の女の子だ。

 スタイルが良い女の子だ。

 可愛い女の子だ。

 雰囲気が柔らかそうな女の子だ。

 …つまり結論は、女の子だ。

 訳が分からん。


「すぴー…むにゃ」


「お、おーい」


 起こすのは悪いような気がするが、感じる魔力マナは悪魔のものーーーそれが、彼女が悪魔ということを意味していた。


「おーい、おーい」


「………?」


 呼び掛けているとやがて、ゆっくりと、淡い紫色の瞳が開けられる。 ぼんやりと眼の焦点が俺に合った。


「人間の…男の子」


 ウィスパーボイスとは彼女の声のことを言うのだろうか…?

 あのドラゴンの中の人(?)…と言うか、人間体がこんな女の子で、こんな声というか、雌? あぁでもあの人型決戦兵器初号機の声も女の人だったか…あぁいや、ドラゴンに雌雄ってあるのか?  訳分からんが、背中に龍の翼らしき小さな羽があるので、一応ドラゴンなのだろう…か。


「おはよう」


 取り敢えず挨拶をしてみようと思って出た言葉が、これだ。

 これで良いよな?


「…おはよう…?」


「おやすみ…」


「おやすみ…? って、おい寝るな!」


 中々マイペースだ。


「眠たいの…だから、おやすみ」


「…眠たい?」


 確かに眠たそうだが…?


「やっとまた眠れるの…静かに眠れるの…おやすみ…」


「お、おい…」


「すぴー」


 寝付きが良いのは結構だが…参ったな、少し話をしてみるか。


「おい、起きろ、アシュテロ」


 ムク…と身体を起こした彼女は頬を膨らませる。


「アシュテロ、違う…」


「ならどんな名前なんだ?」


「シテロ」


 シテロ…か、女の子の名前に…なるのか?


「すぴー…」


 また寝た。 可愛い寝顔だ…じゃなくてっ!


「おい、おい! シテロ?」


「…眠たいの」


 どんだけ眠たいんだこの子?

 召龍剣ドラゴニアムブレードに封印されていたってことはずっと寝ていたようなものだと思うのだが…? …って、話が続かないな。


「静かに眠れるってどういうことだ?」


 一応そのまま訊き返してみる。


「役目が終わったの。 だから、寝るの」


「役目?」


「負けたから…寝るの…すぴー」


 埒が開かないな。 天然が少し入っているのもあるんだろうが…どうしたものか。


「一人で寝るのか?」


「…私は…最初から一人なの。 だいじょーぶ」


「だいじょーぶ…なのか?」


 いや、大丈夫なはずがない。 バアゼルの書き置きの意味…「同胞を頼む」の同胞が彼女のことを指しているのならば、どういう意味に取れば良いのだろうか。

 もし、俺の解釈が正しいのならば、することは一つだ。


「隣で俺も一緒に寝て良いか?」


「…人間の、男の子と一緒に…?」


 何か嫌だな、その呼び方…あぁいや、ハイエルフの男の子って呼ばれるも嫌だが。


「弓弦だ。 人間の男の子って言われるのはちょっとな」


「ゆ、る?」


「弓弦」


「ゆーる?」


「ゆ・づ・る、だ」


「ユール」


 「づ」を無視するな、「づ」を…って、本人(本悪魔?)の中では既に固まってしまったようで、「ユール」を反芻していた。


「…あぁ、そう呼んでくれ。 じゃあ一緒に寝るか?」


「ユールと一緒に寝るの…すぴー」


 早っ!? まぁ良い、俺も隣で……


「………」


「すぴー…すぴー…」


 アレだよな…赤ちゃんと一緒に寝る時もそうだが、気持ち良さそうな寝顔を見ている……と……眠………く…。


「すぴー…ユール…一緒…良いの〜……」


 ………………。

「キェェェーーーッ」


「どわぁぁっ!?」


「や、止めてくれリィ「ケーーーーッ!!」ひでぶっ!?」


「な、なんでこんなにもリィルが荒ぶっているの?「あなたには分かりませんわこのバスト93女ぁぁぁぁっ」な…っ、私は96よ! そんな小さく「キャオーーーーーッ!」…きゃっ!? っ、逃げるが勝ちね…風音!」


「予告ですね、畏まりました。 『新たな悪魔、シテロを吸収された弓弦様。 天然な彼女の魅力に振り回されつつも、始まるのは少しだけ真面目なお話ーーー次回、緑讃頌みどりさんしょう』…風の音が紡ぐ、焔の如き想いをあなた様へ。 クスッ、私は…秘密です♪」

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