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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
126/411

悪魔猫の不思議

 フレイから衝撃的なことを訊いてから一日経過、豊穣祭が始まった。

 俺の役目はユリとアンナの援護兼周囲の警戒。 双子巫女が神楽を奉納する部隊の周辺では薄い不可視の結界、光魔法“バリア”が張られている。

 以前カリエンテからの旅路の途中でフィーが使った魔法だが、これを使ったのは俺ではなくユリだ。

 この魔法がもしもの時から二人を守ってくれると思うが、安心は出来ない。だから俺はこうして見回っているという訳だ。

 昨日俺が魔力マナを分け与えた木々にも協力してもらっているので警備量は中々のものだとは自負していた。 有事の際には木々が知らせてくれるといういかにも、ハイエルフみたいな行動、見せ付けているっていうことにはなるんだろうが…まぁそこは仕方が無い。

 歩きっ放しというのも疲れるので少し落ち着くために適当な木に寄り添って身体を休める。

 背中から伝わってくる命の胎動ーーー強く絶え間なく輝いている魔力マナの温かさにつられてやってくる眠気…っと、起きとかないといかんな。

 眠気があるのは単に、昨日寝れなかったからだ。 ユリがアンナの部屋に連行されてしまったので、部屋に一人で寝ていたのだが、隣から『ぁぅ…弓弦と二人っきりのチャンスが…』とユリの寂しそうな声が聞こえたり、フレイに言われたことが気になって寝付けなかった。


『レイちゃんの王子様、にゃーねー!』


「…何故お前がそこで言うんだ? クロ」


 無理矢理実体化させたクロをハリセンで叩く。 完全に動物虐待であるが、相手が悪魔なら同情の余地は無い…よな?

 

「…ニャッ! 無理矢理だすにゃんて、びっくりしたじゃにゃいか!!」


「ほざけ。 お前も手伝え、クロ」


「にゃんでにゃ! 戦闘にゃら良いけどそんにゃ雑業は嫌に決まってるにゃよ僕は!」


 面倒臭い猫だ。 フィーみたいに躾け…コホン、何とか説得出来ないものか。


「マタタビは好きか?」


「猫扱いにゃ!? …好きではあるけど酔わにゃいにゃ。 僕は猫じゃにゃくて悪魔にゃ」


「そうか…ほれ」


 身体を押さえ、取り出したマタタビを嗅がせる。


「……効かにゃいにゃよ。 僕は悪魔、あ・く・ま! 猫の姿をしているだけの悪魔にゃ! でもにゃんにゃ、そ、そこまで言うのにゃら手伝うからそれ以上嗅がせるニャックション、ニャッッッックションにゃあ…」


 成る程、くしゃみが止まらなくなる…と。

 これはこれで面白い発見だ。 手伝ってくれるみたいだし、成功だなうん。 繰り返すが、動物虐待ではない…はず。


「じゃあ何か怪しいものを見つけたら教えてくれ、行け、クロ!」


「…ちぇ、覚えているにゃ、仕返ししてやる…!」


 はい、聞こえません。


「…ん、この位置…悪い、少し登らせてもらうな? あぁ、ありがとう」


 自然って厳しい時もあるが、優しいものだ。 

 正に『自然への感謝を忘れてはなりません(byフィー)』だな、うん。


「お…やってるやってる」


 かなり高い木だったので登ってみると、祭りの景色が望めた。

 木造の祭壇では二人の巫女が息一つ乱れることなく舞っており、彼女達を中心として、大地の息吹といえるものなのだろうか、ありとあらゆる清らかな魔力マナが活性している。

 確かに数日間もこうやって魔力マナを活性化させていたのなら土地も豊かになるだろう…眩しいなぁ、色々な意味で。

 巫女服の裾が舞踊に合わせてはためく。 晴れ晴れとした二人の表情は舞を楽しんでいるようでーーー安心した。 もう少し近くで見ていたかったが…こればかりは仕方が無いか。

 ところで、ユリとアンナはどうしているのだろうか…お、居た居た。 何か話しているようだが、ここからだと遠過ぎて何を話しているのかは聞き取れないが、やはり、気が合うんだろうな。

 どれ…少し覗いてみるか。


『弓弦は…大丈夫なのだろうか…? 森の中を駆け回っていたりして疲れてはいないだろうか。 ぁぅ…早く帰って来てほしい…だが帰って来たところで…ぁぅぅ…』


 ユリはユリで甘えん坊属性なのだろうか…うん、中々可愛いな。

 覗いていて楽しいには楽しいのだが、俺の心が覗けるということが彼女に知れてしまおうがものなら…まぁ、覗かれまくるな、確実に。

 気付かれる前に止めておいて…どうしたものか。 いっそのこと、森全体を“バリア”で覆うというのも悪くないかもしれない。

 それに、夜とかはどうするんだ? いつまでも神楽を舞うわけにもいかないから休憩を挟むだろう。 …あぁ、だとしたら村長の家の警護に着くだけか。

 どちらにせよ俺は森の見回りになるだろうな…。


『…にゃんにゃ、森の警備を一生懸命頑張っている僕に、にゃにかようかにゃ?』


「…少し一眠りするからその間の警備、頼むな」


『にゃっ!? 待つにゃ、悪魔に頼り過ぎじゃにゃいかにゃ!? …っ!!』


 何か力むような声の後に俺の中に何かが戻ってくるような感覚、直後、再び俺の身体から出て実体化した。 実に便利だ。


「ん、じゃあ頼むな」


「……………分かったにゃ」


 快く引き受けてくれたのか、瞼を閉じる直前にニヤリとした笑顔を見た気がした。


 …ん? 『ニヤリ』?


 ま、良いか。


* * *


 神楽奉納の儀は午前分が終了し、昼食を摂るために祭壇から降りた巫女姉妹にユリとアンナは付き添い、昼の休憩に入った。 


「…拍子抜けだが、まぁ当然か」


「うむ。 しかしまだ今日も半分残っていて、且つ殆ど一週間あるのだ。 気を抜くのは早い…な」


「ふ…っ、その意気だ。 やはり貴殿をあの男から離した判断に間違いは無かったようだな」


 ここから一時間の休憩を挟み、再び巫女は神楽を奉納しなければならない。 息こそ上がっていないものの、姉妹の瞳には疲労の色が見え隠れしている。 

 これで終わりならまだしも、まだこの後五時間近く神楽を舞い続けなければならないのだ。 彼女達の祖父である村長サマルも心配そうな面持ちで二人を見ていた。

 途中の屋台で焼きトウモロコシをお裾分けしてもらい、控え場所である村長の家へ。


「…以前カザイが言っていた」


「む?」


「『家族とは良いものだ』と…シェロックを撫でているあの男とフィ、オープストを見てそう呟いたのだ」


「カザイ殿が…珍しいこともあるものだ」


 一番孤独を好んでいる印象が強い人物がそんなことを言うと、ユリでなくとも珍しいと思うであろう。


「ごちそうさま♪ ねぇ二人共、ユ〜君って帰って来ない?」


 トウモロコシを二本食べ終えたレイアが立ち上がる。 困ったようにユリから視線を向けられるアンナだが、当の彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を言葉通りに体現した状態でレイアを見詰めるだけだった。

 十秒の間停止していたが、四人分の視線を受け我に帰り、外へと視線をやる。


「…夜には戻るだろう。 女に関してはだらしのない男だが、やる時は一応やってくれる奴だからな」


 今度はユリが似たような顔をする…まるで一種の寸劇でフレイやサマルが苦笑したが、こちらはすぐに再起動した。


「…言っておくが私とて、あの男を評価していないわけではない。 ただ…気に食わないだけだ。 レイア…といったか、あの男にそう呼んでくれと強要されたのか?」


「そうじゃないよ、私が訊いたの。 『ユ〜君って呼んで良い?』って」


 手をパタパタと振りながら否定する彼女を見ていた、アンナの眼が鋭く細められたが、やはり一時のことでこの場で気付く者はいなかった。


「…あまり奴とは関わり合いになるな。 色々と後悔をするぞ」


「忠告ありがと。 でも後悔しないって自信あるから」


「そーそーそー! だってお兄さんはレイちゃんの「しーっ!」むぐーっ!?」


 空気の読めないフレイの発言を笑みを浮かべて止めてから、ヒソヒソと耳打ち。 フレイが頷くと、レイアは二人に向き直った。


「気持ちは分からなくもないよ? うん…でも、えへへ…やっぱ凄いなぁ。 …おろ? ユー君来たみたいだよ」


「「は(む)?」」


 叩かれるドア。 レイアが嬉々として扉を開けると、


「……」


 帽子を眼深く被った弓弦が立っていた。


「お帰りユ〜君。 トウモロコシ残してあるから「待て!」」


 彼を中に入れようとしたレイアをアンナが阻んだ。 彼女が放つ、先程までとは全く違う冷たい殺気が空気までも冷やす。


「誰だ貴様は。 橘 弓弦でないのは分かっている、名乗れ!」


「あ、アンナ殿!?」


「…え? どこからどう見てもお兄さんなのに何言ってるの!?」


「来るな!! …さぁ早く、名乗るが良い!!」


 何も言わない弓弦の喉元に剣の切先を添える。 『あの時と同じ』だと、彼女は直感していた。


「……」


 俯いた弓弦の顔が徐々に上がっていく。 アンナの剣もそれに合わせて上がっていき、


「にゃはっ」


 手ごと氷に包まれた。


「な…っ!? 貴様ッ!!」


「やれやれ、にゃ」


 造作もなくアンナの手を氷漬けにし、溜息と共に彼の口から出た声はいつもの彼よりもワントーン高い声。 


「…精霊、違う…あなたは…?」


「僕は悪魔にゃ」


 無遠慮に弓弦の身体をペタペタと触るレイアの問い掛けに即答。 ギョッと固まるユリとアンナを見て弓弦(?)は「にゃはは、冗談にゃ」と笑う。

 説明の必要も無い、クロだ。


「なら貴様は一体誰なんだ…!」


「僕? 弓弦の契約精霊にゃ」


 クロの機転だ。 神か悪魔かならぬ、精霊か悪魔かである。


「そうそう、一応断っておくけどこの身体は弓弦の物にゃ。 傷でも負わされたら僕も弓弦も困ってしまうから注意するにゃ」


「脅しのつもりか? ふん、精霊にしては考えることが卑劣だな」


「にゃ? 君からしたら卑劣でもにゃんでもにゃいと思うにゃ。 おんにゃの敵が消えて寧ろ好都合だと思わにゃいのかにゃ? ま、分かってるけどにゃ。 トウモロコシ食べて良いかにゃ?」


 押し黙ったアンナに掛けた“アイスバインド”を解除したクロは、フレイが間の抜けた頷きを見てから食べ始める。


「香ばしいにゃ…舌が敏感な僕でも食べれる適切なぬるさ、最高にゃ」


 鋭い剣幕で睨み付けるアンナを無視して美味しそうにトウモロコシを食べ、口一杯に広がる焼けた醤油の香りに舌鼓を打つ。


「召喚魔法も使えるのだな…それより、不躾で悪いが『にゃ♪』と言ってもらえないだろうか?」


「ちょっと待つにゃ、もう食べ終わるから…もぐもぐ、にゃ…ん、んん、いくにゃよ?」


 咳払いをして弓弦の声のトーンを意識する。 そして、


「にゃっ♪」


 まるで音響空間のように部屋中に木霊する、『にゃ♪』


「〜〜〜〜〜っ!! 弓弦の…にゃ…ぁ、ぁぅぁぅ…」


「…ありゃ、これ結構…えへへ」


「うわーわーわー、デレデレだよ二人共…これが昔本で読んだギャップ萌えなんだね…凄ーい…」


 ギャップ萌え。

 どうやらこの世界の書物にもその概念があるらしかった。 驚くべき事実である。


「やっぱり食べ物って美味しいにゃ。 にゃ、も一つ貰って良いかにゃ?」


 戸惑いながらサマルが頷いた。

 食べ物に関してではなく、眼の前に在る、人の身体を間借りする精霊など聞いたことがなかったのだ。

 補足としてだが、召喚魔法にも形態があり、通常召喚である『顕現サモン』や、精霊と信頼関係を築くことで可能になる『装化顕現イクイップサモン』がある。 その最終形態が、精霊と一つになることで自らを一時的に精霊化する『降霊フュージョニック顕現(サモン)』だ。 だが、主人格が精霊になることはないので、それが彼の困惑の理由だ。


「もぐもぐもぐ…にゃ。 物事、存在も所詮は紙一重にゃ。 どちらに振れるかにゃんて、にゃらにゃきゃ分からにゃい…僕は僕として振る舞ってる、だからそれについて判断するのは君達次第にゃ」


 食べ物を飲み込んでから話すクロ。 意外にもマナーを弁えている悪魔猫である。


「…うん、あなたの名前は?」


「クロにゃ。 そういう君は確か、弓弦を眠らせ「しーっ!」…はぁ、にゃ」


「じゃあクロにゃん。 レイちゃんと契約って出来たりするの? お兄さんとは契約してるんだよね?」


 フレイが首を傾げながら訊く。


「にゃはは、正直分からにゃいにゃ。 でも僕は、弓弦の一部。 言うにゃらば常時『降霊(フュージョニック)顕現(サモン)』状態にゃ。 そんにゃ状態だったら、彼と魔力マニャ的に直接関わりのある存在じゃにゃいと無理だとは思うにゃ」


「へー、魔力マナって血みたいなものだよね。 ならお兄さんとは血が繋がっていないと無理ってことになるのか…残念」


「そういうことにゃ…っと。 おにゃかも膨れたし、僕は元の仕事に戻るにゃ。 森に入ろうとする怪しいやつは、叩き出してやるから安心してお祭りを楽しむにゃ。 じゃあ、またにゃ!」


 時間を配慮したのか、クロが森に戻った時間は丁度休憩時間の終わりと同じだった。

 いつの間にか姿を消していたアンナが入れ替わるように戻って来て、そのまま巫女姉妹と一緒に祭壇へと向かった。


* * *


「歌が歌いたいの」


「そう、私は席を外すから一人で歌いなさい。 大声で歌い過ぎないようにだけ注意すること、じゃ」


 一方その頃、知影の突拍子の無い提案にフィーナが部屋から出ようとしていた。

 弓弦と離れてから一日、基本的に大人しくしていた彼女。 「このまま平和に終わってくれると良いのだけど…」とフィーナが考えていた矢先にこれである。

 立ったフラグは即回収、それが知影だ。


「大体、何を思ってそんなことを思い付いたの? 歌なんて言葉今日一言も出ていないはずだけど」


 知影は胸の前で手を組んで眼を閉じた。


「何かが私に囁いたの…『歌いなさい知影…お前の歌を』…って」


「なら勝手に歌ってなさい。 私は外で待ってるから」


「え!? 待って………行っちゃった」


 フィーナが取り付く暇も与えずに部屋を出て行ってしまったので、知影は一人残される。 彼女の名前を呼ぶが、返事は無い。


「……さてはてはてさて、じゃあ神ヶ崎 知影、歌いまーす!」










「…本当に自由人ね」


 506号室の扉の前に立ちながら、フィーナは壁越しに聞こえる歌声に耳を傾ける。 アカペラだが、相変わらず何でも出来る彼女に少し嫉妬を覚えて、そんな自分に溜息を吐く。


「……はぁ」


 もう一度溜息を吐いて、彼女は隣の壁に身体を凭れさせる。

 知影に触発されたからであろうか、彼女もまた、無性に何かを歌いたくなった。


「………♪」


 小さく、小さく紡がれる、唄。

 隙を突いて、一生懸命聞いて、覚えた唄。


「…手と手繋いで〜お〜や〜す〜み…♪ ふふ」


 ふと浮かんだ主人の顔に、彼女は嫣然えんぜんとして微笑む。

 まだこの唄を本人の前で直接歌ったことはないが、きっと喜んでくれる…その確信がある。

 だってこれは、彼のために作られた唄なのだから。 本家本元には及ばないが、せめてその代わりが務まる程度には頑張らねば。

 共に歩んで、生きたいという彼女の願い…彼の側に寄り添っていたいという願い。

 次に浮かぶのはそんな彼に対しての願い事。 どんな願い事をしようか…と言っても、お土産を要求した手前言い難い。

 でもそれだけ知影が暴走しないように気を配るのは大変なのだ。 ご褒美が欲しい鞭が欲しい冷たい愛が欲しいアイスな愛が好きなのだーーーコホン、お後がよろしいようで。


「笑えないですよ、フィリアーナ様」


「…あら、私は何も言っていないわ。 何が笑えないのか、説明してくれる?」


 顔を上げると人の心を見透かしたかのようなタイミングで、笑顔の風音が立っていた。 貼り付けた笑顔には貼り付けた笑顔で、対処する。


「あらあら…うふふ、感です。 此方の方から、つまらないことを御考えになられている気配が致しましたので」


「…私が下らないことを考えていたと、そう言いたいのね?」


「その様なことは滅相も御座いません。 ただ気配を…感じただけです」


 その視線はまっすぐフィーナを見ていた。 眼は口程にものを言う、だ。


「そう、それで、私に何か用? それとも知影に用かしら?」


「…用と言う程ではありませんが、少し知影さんの様子を見に参りました」


「それは結構だけど…今は駄目よ。 耳を澄ましてみなさい」


 疑問符が付きそうな表情で風音が扉に耳を当てる。 暫くその状態だったが、小さな笑い声と共に離れる。


「クス、楽しそうですね。 それでフィーナ様は此方に?」


「そういうことよ」


 もう一度小さく笑った。 


「一緒に歌われては如何ですか?」


 心外だと言わんばかりに溜息を吐く。 


「気分じゃないわ」


「左様ですか。 では、私は失礼させて頂きますね」


「えぇ」


 少し離れてから風音が振り返る。


「知影さんと「二度も言わせないで」…クス、では失礼します」


 彼女の姿が遠ざかり、角を曲がって見えなくなる。

 知影の歌はまだ終わりそうにないので、フィーナは長期戦を覚悟して遠い場所を見つめるのだった。










 そんなフィーナの様子を影から見ている者達が居た。


「…ルクセント、今なら戻れると思うがどうする?」


「無理だよ、ジッと僕の部屋を見ているんだもん。 なんか行きにくいよ」


 隊員居住区の角から顔だけを覗かせてフィーナの様子を窺っているのは、ディオとトウガだった。

 実際はディオがトウガを引き留めており、先程通った風音に助けを求めてみたが、丁寧に会釈されただけでスルーされた。 トウガとしてはいい迷惑である。


「…もしかしてお前、彼女に惚れているのか? 止めておくことをお勧めするぞ、あいつは身も心も橘の女だからな」


「それは分かってる。 けど…綺麗な人達だよね、弓弦の周りの女の子ってさ」


「…そうだな、確かに………ひーふーみ…全員美人か。 羨まし過ぎて腹が立つな、俺は」


 トウガの脳内で、それぞれの姿が浮かんでいく。 知影、フィーナ、ユリ、風音、セティ…他の女性隊員とは一線を画した女性達であるのは間違い無い。


「…で、どうなんだルクセント? 惚れているのか?」


「…もしかしたら気付いているのかも。 あぁでも…」


「…ふんっ!」


 鳩尾に一発、捻り込みで叩き込む。


「ぶべらっ!?」


 そのまま錐揉み状に綺麗な放物線を描いてディオは一直線に飛んでいく。


『風よ』


 フィーナが左手を外側に向けて薙ぐとディオ弾は少し前で失速。 そのまま接地した。 


「うわっ!? あ、ありがとう…」


「…何の真似かしら? 嫌がらせにしては新しいけど」


 なぞるように左手を戻すと、トウガの背後から突風が吹き、彼を壁影から追い出させた。 覗かれていることは最初からバレていたらしい。


「こいつが部屋に入りたそうだったから、殴った」


「…言葉がおかしいと思うのは僕の気のせいかな…ごっ!?」


 哀れディオ。 彼の意識はトウガに踏まれて旅立った。 


「…そう、よく分からないけど。 入りたければ入れば良いと思うわ」


 特に興味も無いと言わんばかりに、本を取り出して読み始める。 ブックカバーが付いているのか、タイトルを見ることは出来ないが、彼女が本の世界に入ってしまったということは分かった。


「だとさ、ほら入るぞ」


 ディオをこの場に放置しても彼としては良かったのだが、通行の邪魔になるので、彼はディオのポケットからカードキーを抜き出し、部屋の中へと入って行った。


「……」


 そんな彼らの様子は気にも留めずに本を読み進めるフィーナ。 何度も読み返したはずなのに、読めば読むほどハマる本、それが『妖精は夜に舞う』だ。

 しかし、読んでいて彼女は最近思うことがある。 それは、自分の女としての魅力で、主人である弓弦は自分のことをどう思ってくれているのか、だ。

 これまで、お酒を飲み進ませたりして弓弦の本音を訊こうと思ったのだが、毎回彼女の方が先に酔い潰れてしまう(基本的に、弓弦に襲い掛かって記憶が無くなる)彼も意識しないようにしているので、そういった本音は心を覗いても分かりにくいのだ。

 もう一つ、彼女が心配なことがあった。 実はフィーナ、先程弓弦と“テレパス”を使っての会話をしよう…と思ったのだが何故か、『にゃ』としか聞こえなかった。

 主人の身に何かが起こっているのか、も、心配だったのだが、もっと心配だったのは主人の趣向の変化だ。 

 『にゃ』は可愛いのだ、『にゃ』は…しかし、しかしだ! 『わん』の方がどちらかというと彼女は萌えるのだ!


『わん…は、恥ずかしい…わん』


『フィー…俺がこんなことを言っても誰も求めていないと思う…わん』


『そとそも男がわんと言ってもな…反応に困るわん』


『…くぅ〜ん』


「くぅ〜ん…ハッ!? い、いけないわ、はしたない…………わん…♪」


 自分に甘えてくる弓弦や、上目遣いの弓弦を想像している自分の発想力が、彼女は恐ろしかった。

 お揃いの首輪を着けて、それを一本のリードで繋ぎ二人で仲良くお散歩…彼女からしたら興奮のあまり犬言葉が出てしまうものであるが、常人には分からない領域である。 いや、分かってはいけない禁域なのだった。

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