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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
124/411

確かな予感

「成る程な。 賊が…」


 村に着いた弓弦とユリは早速任務の内容を村の長と確認していた。


「しかしなんでまた、そんな賊が? 祭りを妨害されるとマズい理由があるのなら、こちらとしても教えて欲しい」


 これまで好々爺然と笑っていた老人の表情が、翳りを帯びる。


「引き受けてもらっている手前、申し訳ないのじゃが…教えることは出来ぬ…」


 ユリに視線をやると、首を振った。 問い詰めても意味は無さそうだということだ。


「…取り敢えず、祭りの間俺達は、その…巫女を守れば良いんだな?」


「…私の大切な愛孫達を宜しく頼む…」


 深々と頭を下げられる。 弱々しい動きが老人の疲れを表しているようであった。

 二人は警護対象となる、双子巫女の片割れを探すことにした。 もう一人の巫女は別の人に護衛を頼んでいるとか。 そちらの方は後回しにして、先に挨拶の一つでもしなくては始まらなかった。

 村長曰く、巫女は『豊穣のもり』と呼ばれる場所でよくいるそうだ。 杜といっても、何百年も昔の豊穣祭に使われていた場所なので今はあまり、人が近寄らないようだ。


「弓弦殿、先程のご老人…一体何を隠していたのだろうな?」


 草木を掻き分けながら獣道を進んでいる時、ユリが疑問を口にする。


「さて、な。 代々巫女の役目を担っている家なんだ。 何かしらの秘密はあるんだろうな」


「釈然とせぬな…この先にいる巫女に会えば何かしらは分かると思いたい」


「そうだな…」


「む…少し素っ気なくはないか、弓弦殿」


 また呼び方が『弓弦殿』になっているユリ。 相変わらず呼び方が安定しない女である。


「…ん、少し考え事だ。 気にするな」


 顎に手を当てて思索しながら、泥濘ぬかるみかけた土の路を踏みしめて森の奥へと入って行く。


「ん?」


 木々が騒めいた。

 躍り出る影に二人が身構える


「ダークウルフ…だな」


「待て」


 スコープから影を見たユリが不思議そうに弓弦に視線を向ける。


「……」


「…分かった」


「む? 何が分かったのだ?」


 ダークウルフが森の奥に消える。


「付いて来いだと。 行くぞ」


 召喚魔法で召喚された魔物だと弓弦は視た。 使われた魔法は以前『ポートスルフ』で『ケルヴィン』が使ったものと同じだが、召喚されたダークウルフが纏っている魔力マナの温かさが違った。 ダークウルフなのに。


妖精の瞳(セイクレッドロウ)って便利な能力にゃ…僕、犬はちょっと苦手だったりするのにゃ』


 追っている途中、クロが突然喋り出した。

 もう悪魔というより猫の印象が強くなってしまい、思わず吹いてしまう弓弦である。


『笑うにゃ! 僕は結構本気で言っているのにゃ! 大真面目にゃ! だから、笑うにゃ!!』


「弓弦殿、どうしたのだ?」


 脳内で怒鳴られて頭を抑えた彼を見てか、彼女は振り返り戻って来る。


「……っ!!」


 彼女の顔を見ていると突然湧いてくる衝動。 何故かある言葉が言いたくて言いたくて仕方が無った弓弦はそれを堪えきれずに、


「何でもないにゃ♪」


 言ってしまった。


『にゃは。 僕に…だって…こういうことが…出来るの…にゃ…にゃ、にゃ…っ』


「ッ!?」


 犯人は勿論クロである。 知影や風音がやったように弓弦の身体を無理矢理動かしたのだが、想像以上に疲れてしまったらしいクロの声は薄れていった。

 忘れろと言わんばかりに突然の猫語尾に固まったままのユリの手を掴む。


「…っ、何でもないから行くぞ」


「…ぅ、ぁぅ…」


 「とんだ災難だ…」と弓弦は思った。 魔物と戦ってすらいないのにこの疲労感、相当である。

 ダークウルフを見失ってしまったので、空気中に残る魔力マナの残滓を辿って先へと進む。


「…いた」


 普通犬サイズのダークウルフは、色の禿げた鳥居の前で腰を下ろしていた。 二人がその近くまで寄っていくと、ゆっくりと身体を起こして鳥居を通る、すると二人の背後に突然、魔力マナが集まった。


「…〜♪」


 歌が聞こえたような気がした。 美しく…どこか懐かしい歌声が。

 魔法陣が現れ、中から何かが出て来る。


 風が吹く。


 落ちる木の葉が、二つに切り裂かれる。


「…狐型の風の精霊か」


「精霊? 自然の精霊か…見るのは初めてだぞ。 ふっ、腕がなるというものだ…!」


 “ウィンドカッター”が二人の周りの地面を抉る。 初級魔法の威力としてはフィーナに及ばないものの、レオンが使う同魔法に匹敵するものがあった。 


「奴もやる気のようだな。 はぁ、仕方が無い…!」


「ふっ…参ろうか!」


 明らかな戦闘態勢に身構える。


「援護射撃、任せたからな!」


「任せておけ!」


 ユリがライフルを構えて射撃の態勢をとり、牽制射撃を放つ。 狂う風が辺りの木の葉を舞い上がらせ、視界を遮る。


「…実弾が当たるのか。 いや、それとも銀の弾丸なのか…っ!」


 風の刃の嵐を避けながら、剣で斬り付ける…が、手応えは無い。


『魔法を込めるにゃ!』


 クロの声が頭の中に響いた。 お節介な猫である。


「くらぇぇぇぇぇっ!!」


「フォトン…キャノン!!」


 弓弦の“ライトソード”が斬り裂き、ユリの“フォトンキャノン”が撃ち抜く。

 精霊は姿を失ったかに見えたが、再生して弓弦に飛び掛かる。 それを受け止めてから蹴りを入れてそのまま斬り上げる。 作り出された風弾がユリによって撃ち抜かれ、発動がキャンセルされる。


『止めとして次は僕の力も使うにゃ!』


「っ、どうすれば良い!!」


『君の身体の中にある僕の魔力マナを具現化して纏うにゃ!』


 まるで戦闘のチュートリアルのように思えて苦笑しつつも、体内にある、氷の魔力マナ根刮ねこそぎ引っ張り出す。 凍えるような寒気の後、彼の身体から氷魔力(マナ)が溢れた!


「ニャフト! モード、ソードにゃ!」


「ゆ、弓弦…殿?」


 目の前の光景に、ユリは唖然とした。 何故なら、


「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃっ! みぃなぁぎぃるぅにゃーーーーっ!!」


 弓弦が、豹変していた。 いや、猫変というべきだろうか。 氷の剣を上段に振り被った彼はまるで、ユリを萌え殺すかのごとく「にゃ」を連発してから、


「ぶっ飛べにゃーーーーーーッ!!」


 着地と同時にその剣を振り下ろした!

  氷の劔は振り下ろさせると同時に込められた、圧倒的な魔力マナを解放し、拡散するように全てを銀世界へと誘う。 それは時すらも凍て付かす絶対零度。


「“ソードオブアヴソリュートゼロ”…決まったにゃ♪」


 剣を収めると、時が動き出したかのように銀世界に剣閃が走り、全てを砕いた。


「……おかしいにゃ。 語尾が…変…にゃ」


「……」


 ここに、時が止まっている者がまだいた。


「まぁ、良いにゃ。 ユリ、おーい、ユリー?」


「……」


 返事が無い、ただの萌え死に乙女のようだ。


「…にゃ♪」


 ビクゥッ! と、耳元で弓弦が囁くと彼女は仰け反った。


「た、たちたたた、ゆ、ゆゆ? 弓弦殿ぉっ!? そそそ、そのごご、び、語尾は一体…どうしたの…?」


 耳を塞ぎながら、果実のように熟れた顔、動揺しまくりである。


「大丈夫にゃ。 俺は気にしていにゃいから」


「む…っ、それは私の台詞だぞゆ…橘殿!!」


「…にゃんでユリは俺の呼び方だけそんにゃに変わるんにコホン! 変わるんだ…にゃ」


 それはユリも自覚していることであった。 彼女は出来れば名前だけで呼びたいとは思っているのだが、いざ本人を眼の前にすると言えなかったりするのだ。

 ユリが返答に窮していると、鳥居の奥からこの場に現れる者がいた…が、二人は気付いていない。


「…そうだ、良いことを思い付いたのにゃ」


 ポンと手を打って、ユリに笑い掛ける。


「呼び難いのにゃら、『たちばにゃ殿』で統一してくれて結構にゃ。 うん、良い案だと思うにゃ」


「そ、それは嫌だ!」


 激しく首を左右に振ると、覚悟を決めたように顔を上げた。


「…今は橘殿で良い…ぁぅ」


 決めていなかった!


『君も悪にゃ。 君から呼び方を提案すればそれで解決したはずにゃのに…こう、キメるところでバチッとキメた方がポイント高いにゃ? …にゃ? 支配の王』


 突然クロの声が途絶える。 弓弦が心の中で呼び掛けても返事は無かった。


『同胞が騒がせた。 詫びておく」


 代わりに落ち着いた、威厳のある声が聞こえて得心がいく。 要はバアゼルがクロに何かしたのだろう。

 

「そう言えば…にゃ」


 バアゼルで思い出した弓弦。 先ほど倒した風の精霊も、自分の中に吸収してしまったのではないのかと思い意識を向けるが、特に風魔力(マナ)が活性化しているようなことはなかった。


「『レーヴ』ならここにいるよ」


 代わりに彼の疑問に答えたのは、新たにこの場に現れた者であった。

 その者が何かを口遊くちずさむと風が吹き、弓弦達が今倒したばかりの狐型の風の精霊が現れる。 


「ごめんね。 豊穣祭の護衛に呼ばれた人達だから、少し実力を見ておきたくて…」


 栗色の髪のショートカット、凛と知性を感じさせる若草の瞳。 白色の服の上にダークグレーのジャケットを着用し、ベルトで留めた濃緑のミニスカから足のラインがハッキリと出ている黒のパンツと茶色のロングブーツに、スカートと同じ濃緑のフード付きの外套で身を包み、聞く者全てを虜にしてしまいそうな、玲瓏れいろうたる声音の美しい少女がはにかむ。


「……」


 弓弦の中で、その笑顔が誰かと重なった。


「…橘殿?」


「…にゃんでもにゃいにゃ。 …あにゃたが豊穣祭の巫女か?」


 ユリの声で戻った彼は、視線を逸らしたまま訊く。


「レイア・アプリコットよ。 おろ、どうしたの? 女の子嫌い?」


「い、いや…にゃんでもにゃいんだ。 俺はたちばにゃ 弓弦。 短い間だがよろしく頼むにゃ」


「ユリ・ステルラ・クアシエトールだ。 よろしく頼む」


 レイアが彼の下に寄ろうとするのを、守るかのようにユリが遮る。

 今度はそれを退けようと動き出した精霊をアンナが止めて、二人睨む形となる。


「猫語尾なのに犬耳って、新しいわ。 ねぇねぇ、『ユ〜君』って呼んでも良いかな?」


「…ッ!?」


 眼を見開く。 驚愕の色が現れるがすぐに取り繕う。


「お、おい…幾ら何でも親しすぎないか。 初対面の人間に対して馴れ馴れしいと思わないのか?」


「えへへ…駄目?」


「…っ、あ、あぁ。 そう呼んでくれて構わにゃい」


「本当!? ユ〜君、ありがきゃっ「っ!!」ありゃりゃ、本当にありがと…」


 つまずいたレイアの身体を、精霊より速く反応して支える。

 「心配させてごめんね」と精霊に話し掛けてから、その背中にまたがる。


「用事は終わったから帰るんだけど、一緒に乗ってく? 後二人ぐらいは余裕だよ。 ね? レーヴ?」


 コンと小さく鳴く。 「乗るのなら乗れ」と、弓弦の耳には聞こえた。 折角なので、言葉に甘えることに。


「弓弦殿は私の背中に掴まってくれ、良いな?」


 有無を言わせぬ迫力に負けたわけではないが、レイア、ユリ、弓弦の順に風精霊、レーヴの背中に乗る。


「さぁ行け、レーヴ!」


「‘ぅ、ぁぅ…弓弦の身体が温かいよぉ…’」


「………一体にゃんにゃんだ? はぁ…」


 レーヴは風に乗って駆け抜ける。 機敏な動きで木々を避け、村への道を下って行った。


* * *


「うぇぇぇ…ん…弓弦…弓弦ぅ…」


「…はぁ、困ったものね…」


 今朝、弓弦がユリと共に任務ミッションに向かってしまってから知影はずっと塞ぎ込んでしまっている。 今日は泣きっぱなしだ。


「置いて行かれたぁぁ…弓弦…弓弦ぅ…ぅぅぅ…っ」


「知影? ご飯を食べに行きましょうか。 …ほら立って」


「…やだよ。 弓弦が帰って来るまで何も食べない」


「子どもじゃないでしょう? 拗ねるのは止めて、行くわよ」


「…弓弦が帰って来るまで待つ」


 フィーナはああ言ったものの、どこをどう見ても拗ねてしまった子どもである。

 どうしようかとフィーナが考えを巡らしていると、扉が開いた。


「あらあら…如何されましたかフィーナ様?」


「…丁度良いわ。 ‘風音、ご主人様から聞いたのだけど、声真似が得意だそうね’」


 こっそりではないが、知影に勘繰られないように耳打ちをする。

 風音は頷くと部屋を出て行った。

 沈む知影に困り果てていると、


 ピンポンパンポーン。


 暫くして館内通信のアナウンス音が鳴った。


『知影』


 スピーカーから聞こえる声、それは紛れもなく弓弦の声であった。 彼女に頼んだフィーナでさえその犬耳を疑うように、声帯模写の息を逸しあたかも本人が実際に話しているようであった。

 声真似で似ていると言われる人は多いであろう。 しかし、彼女の声真似は、単なる真似ではない。 真似ではなく、まこと。 息継ぎも、声音も話し方も、それは全てに至るまで、“弓弦”であったのだ。


「弓弦…? どこ!? どこにいるの!? まずアナウンスを流す場所ってどこなの!?」


『俺が帰って来るまで良い子にしてるんだぞ? 良い子にしてたら…』


「…ゴク…ッ」


 あの知影を騙せてしまうほどそれは、“弓弦”なのだ。 風音は今どんな気持ちで彼を演じているのだろうか。 弓弦のことを思っているのだろうか…いや、小悪魔的な笑みを浮かべてやっているのだろう。 彼女なのだから。


『気持ち良いこと、してやる』


 ブツリと通信は終わる。 おそらく自分で言った言葉に萌えてしまったのだろう。 それだけの破壊力がある台詞だったからだ。 フィーナも思わず赤面してしまった。


「キャーーーーーーーッ!! 分かったよ弓弦! 私良い子にしてる! 良い子にするよーーーっ!!」


 はしゃいでいる知影。 ピョンピョン跳ねたり悶えて転がったり…落ち着きがない。

 全部皺寄せが弓弦に回ることになるのだが、結局は自分で招いてしまったこと。 それぐらいは快くやってくれるはずだ。

 ついでに自分も何かご褒美をもらいたい気分であるフィーナ。 しかし、首輪は最近新しく買ってもらったし、味噌汁だって二日に一回の割合で作ってもらっている。 朝も昼も、夜も沢山甘えさせてもらっているし、デートにも行ったばかりだ。 至れり尽くせりの状態でこれ以上欲を張っても意味が無いので、彼女は『せめて後一人、良心が欲しいわ…』と内心呟くのであった。


* * *


「ただいまー!」


「おぉ、帰ったかレイア!」


 レイアと共にユミルに戻った二人はその足で村長の家に戻った。 村長は眼尻に皺を作って彼女を迎え入れる。 彼女がヒソヒソと耳打ちをすると、村長は微かに眼を見開き深々と頷いた。


「橘 弓弦だったな」


「…あぁ」


 帰って来る途中で弓弦の猫語尾は治った。 ユリは密かに残念がったがのは言うまでもない。


「…ハイエルフという種族をご存知か?」


「…あぁ」


 ユリが弓弦をさり気なく一瞥してから頷く。


「うむ。 魔法の扱いに長けたとされる、伝承に語り継がれるような存在だと聞いたことがある」


 返答を訊いてから一呼吸を置く。 彼にとってそのことを伝えるということはそれだけ、緊張を持って臨む必要があるからだ。 愛孫の…家の秘密を話すということは。

 

「この子が狙われる理由は…そのハイエルフなのじゃ」


 その言葉だけで弓弦は全てを察した。 この世界でも過去に、行われたのだ。 愚かな人間による、『妖精狩り』が。


「…永遠の命、それとも、圧倒的な魔法の力による世界征服でも考えているんだろうな。 …はぁ、世界が変わっても、やっぱり人間は人間なんだよなぁ…微笑ましいと言うか、馬鹿馬鹿しいと言うか…はは。

 ん、あぁ。 話の腰を折って悪かったな、続けてくれ」


 弓弦の言葉に緊張を解されたのか、村長は先ほどよりも強張った身体を楽にして続けた。


「私達はハイエルフの末裔なのじゃ。 末裔と言っても、自然の声が聞こえない程にその血は薄まっておる。

 しかし、何故か代々、女子おなごにのみ微かにその力は現れておる。 おそらくは巫女の役割を果たすためであろう。 この子の母も、私の妻も微かに聞こえる自然の声に耳を傾け、立派に巫女としての役割を果たしておった…」


 促されてレイアがダークウルフを召喚した。 呼ばれたダークウルフは大人しそうにその場に、お座りをする。


「一種の先祖返りなのか、この子は自然の精霊と契約を交わし『召喚』と言う形で使役出来るほど、ハイエルフの血が濃く出ておる。 絶滅して既に数百、数千年経っておる種族じゃ…この子を欲しがる者も当然現れる。 弓弦殿が申した通り、噂に尾ひれが付いただけであろう不老不死の伝説、圧倒的な力。 そして…ハイエルフ特有のこの世ならざる美しさ…鑑賞用に、妾とするために、ちょっかいを掛けられることも珍しいことではない」


「…そうか、殺されたのか」


 言外の訴えを正確に受け取った上での確認である。 村長は悲し気に、頷いた。


「む? 誰が殺されたのだ?」


「…後で話すから、少し静かにな」


 話に付いて行けないユリだけがこの場において、唯一の清涼剤となっていた。 弓弦だって自覚はある。 もしフィーナがそのような目的で連れ去られたら、彼は全力を持って取り返しに行くであろう。 彼女はどれだけの帰り血にその手を染めたとしても、守らなくてはならない、大切な人の一人なのだ。


「それを俺達に話したということは、“そういうこと”と受け取って良いんだな?」


「この子が言うのだ。 間違い無いと思っている」


「…なら、言わないのは不義理と言うものだな」


 帽子を取って犬耳を外気に晒す。 村長が眼の色を変えてそれを見つめ、ユリはその犬耳触りたい衝動に駆られる。


「ご覧の通りだ。 大丈夫、同胞なら尚更、全力で守るさ。 それに…」


「……」


「色々気になることもあるからな…じゃあ今日はこれで」


 扉が閉まる。 立っていたレイアに対面に座るように言った村長ーーーサマルは、先ほどとは違った緊張を感じていた。 それは豊穣祭の護衛、警備任務と非常に関係が深いものだ。


「彼なのじゃな?」


 最終確認であった。 こんなこと、今はまだ弓弦達には話せないが、話す場合に間違いがあってはならない、そのための確認であった。


「うん。 間違い無くそうだよ」


 「分かってたけどね」と、レイアは内心で付け加えた。 


「真祖の証である犬耳…まさか別世界の純血ハイエルフと会えるとは、思わなんだ。 レイアはどうだ、彼は?」


「悪い人じゃないよ。 レーヴがすぐ懐いたんだもん」


 狐型の風精霊、“レーヴ”。 ランクとしては中級魔法ーーー“プレスウォーター”と同程度だが、レイアが使える召喚魔法では最強クラスの精霊だ。 契約を交わして使役出来るようにするためには、その精霊から力を認めてもらい確かな信頼関係を築かなくてはならない。 レイアも数ヶ月間に渡り苦労した記憶がある。

 最初の一、二ヶ月は、姿は現してくれても、すぐにどこかに行ってしまったり話に耳を傾けてくれなかった。 粘り強く話し掛けたり、会いに行ったりしてようやく心を開いてくれたのだ。 これまでレイアは一週間とかからず、数体の精霊と心を通わし、契約を交わしてきたのだが、触らしてさえくれないことを訊いてサマルも色々知恵を出した覚えがある。


「背中に乗せてもらえないか頼む前に自分から提案してくれたし、色々話し掛けて、耳の裏とかも触らせてたから、凄く懐いてる。 えへへ…ちょっと嫉妬しちゃう」


 契約者より懐かせてしまう辺り、流石はハイエルフだ。 それとも、戦闘させたのも一役買っているのかもしれない。


「凄く優しい人だよ。 守るだけの力を持っていて、それを正しく振るえる…けど、ちょっと、ここが弱い」


 自分の胸の辺りをツンツンと突く。 知影よりも少し大きいだろうか、彼女のスタイルは見る者を惑わす均整の美が讃えられており、スカートから覗く、パンツの上からでも分かるスラッとした足を始めとした、女性として理想的な、美術品のような美しさは、祖父であるサマルの自慢であった。 もっとも、これはもう片方の愛孫にも言えるのだが。


「それを沢山の人に支えられてるんだと思う。 だから…多分競争率高いかなぁ…」


「確かに美形じゃからな。 じゃがあの程度の顔立ちの男なら幾らでもいると思うぞ?」


「…あんな可愛い人、そんなにいないよ」


 どうやら彼はレイアにとってド! ストライクゾーンであるようだった。 サマルもこの返しは予想していなかったようで、頰の筋肉が、ヒクつく。


「レイア…まさか」


「うん、決めた。 今はちょっとあの子に警戒されているけど…色々話してみようかなと思う」


 その顔は生き生きとしていた。 これまでのどんな時よりも。


「もしかしたら…私、今年が最後かもしれない」


「…予言じゃ。 分かっておる」


「予言だからじゃない。 私が見届けたいの…守ってあげたいの…彼を」


 予言、弓弦達に対しては言っていないのだが、この家の女性は、それぞれが娘の未来を少しだけ知ることが出来る。 レイアの母が見た未来はこうだ。


「『レイア以上に特異的な力を持つ男性と結ばれ、幸せな家庭を築く』…当て嵌まらないのことではないが、本当に彼なのか?」


「彼だよ。 私、『ユ〜君』のことだったら一杯知ってるから♪」


 怪訝気味に眉を顰めるサマルは、我が眼を耳を疑った。 彼女が彼に初めて嘘を吐いと思ったからだ。 今日初対面の人物のことをそこまで詳しく知れる時間なんて無いはずなのだ、なのに彼女は初めて嘘を吐くほど、固い決意を持っていた。


「…無茶なのは分かってるよ。 フレイにも迷惑が掛かるけど、お祭の時は戻って来るから…私、止めても行くからね」


 返事を待たずして外に飛びだして行く。

 フレイとは彼女の妹であり、同じ巫女だ。 力は母達と同程度しかないが、姉であるレイアと二人で毎年巫女をやっていたのだ。 とある秘密はあるが。

 そんな去り際の彼女が見せた、複雑な表情がサマルの胸にわだかまりを去来させ、残すのだった。


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