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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
第三異世界
123/411

少女の歌はいま

 炬燵空間とはまた違った真っ暗な場所。 ここに来る…いや、呼ばれるのは少しだけ久し振りになるのだろうか。

 前回ここに来たのは確か、“エヒトハルツィナツィオン”を授けられた時だったか。 あの後は散々だったが、あの魔法のお陰で色々助かった部分も多い。 風音のこともあるしな。


「はぁ…はぁ…っ」


 息切れしているのだろうか。 姿が見えないあの女性の吐息がどこからともなく聞こえてきた。

 そう言えば、この前フィーがどこかに召喚されたとかどうとか言っていたな。 「頑張って」と、伝言を頼まれていたらしいが…まさか、フィーもここに来たのだろうか。

 聞こえる吐息は呼吸音にしては、やけに荒いような気がした。 『召喚魔法』の類らしいから、それで疲れているのだろうか?


「はぁぁ…はぁ…っ、可愛い…可愛い…よぉっ♪」


 …どうやら聞いてはいけないことをしているみたいだ。

 犬耳を塞ぎながらその場に座り、向こうがひと段落して俺に気付いてくれるのを待つことに。


『にゃにゃにゃ! にゃ? にゃっ! にゃにゃにゃにゃ!? にゃあ♪』


「おい!? 何で人の一番新しい黒歴史がここで公開されているんだ!?」


 …待つことが出来なかった! 

 いや、無理だろこれ。


「え? その声…っ、きゃぁぁぁっ!! 見ないで! 見てほしいけど、見ないでぇっ!」


 案の定気付かれる。 バタバタと慌ただしい音に紛れて衣擦れの音が聞こえる。 服を着ていなかったのか…いやそれ以前に、


「『ソロンの魔術辞典』を書いたのって…まさか」


「ふふふ…そう、因みに、あれは君に言わせるためだけに書いたページだよ♪」


「…存在する、全ての魔法について書かれている魔術辞典に何てものを書いているんだ…」


「私もまさか、あそこまでノリノリで読んでくれるとは思わなかったんだよ? で、も…本当に良いおかずが手に入った。 ありがとね♪」


 おかず言うか。


「そんなの、聞いてて楽しいのか? …おかずになるのか?」


「うん。 一日三回、毎日欠かしてないよ♪」


 変態だ。 そんな話聞きたくなかった。


「ごめん冗談。 一日五回ぐらいかな」


「もっと聞きたくない!! はしたないと思わないのか!?」


「う〜ん…少し恥ずかしいかも」


 良かった…羞恥心はちゃんとあるみたいだ。 普通に考えて知影みたいな女の子がそうそう居ては堪らんからな。


「そうだろ? だからこれからは控えることをお勧めするよ」


「…君は私に死ねって言うの!?」


「何故そうなる!?」


「欲求不満が溜まっちゃってムラムラしちゃうじゃん!! 私は本能に忠実な人間で居たいからそんなの無理だよ!!」


「別に本能に忠実じゃなくても良いだろう! せめて一日一回に止めておいてくれ!!」


「なら君と、毎日本番が出来るのなら一日一回でも良いよ♪」


「…いや、それは無理だろ」


「うわぁぁぁんっ、フられちゃったよぉぉぉぉぉぉっ!!」


 突然喚き出された…は? また泣かせたのか俺…? どうすれば良いんだよまったく…はぁ。


「あのな…仮にするとしてだ。 実体が無いのに出来るわけないだろ?」


「ひっく…えっぐ…っ。 君まで私に、出て来いって言うの…っ」


「出来れば出て来てほしい。 それは間違い無いが、無理強いはしない。 だが、そういう行為を俺としたいということはつまり、姿を見せなきゃ出来ないだろう?」


「…脅迫はんた〜い。 別に私が姿見せなくても、一度許可してくれたら出来るから」


 また妙に意味の分からないことを…。 俺だって一応元高校男児だ。 姉さん達に色々…いや、何でもないが、そういう知識はある。 普通に考えて、薄い本の中でもなければそんなのは無理なはずだ。


「…どうやってだ?」


「眠姦って言葉、知ってる?」


「おい…っ!!」


 つまりアレか? 自分だけ魔法が使えるっていることを、最大限に活用して俺を襲おうってことなのか?


「気持ち良い眠りに誘ってあげるよ♪ 三時間ぐらいで終わらせるから安心して…ね♪」


「…三時間というのは、ぐらいで片付けられる長さなのか?」


「寝たら一瞬だよ。 良い夢、きっと見られるよ♪」


 変な夢を見そうだ。 それほど親しくもない、顔も知らない女の子に眠姦されるって…何か嫌だ。


「気持ち良くなるのは保証するよ。 私君の弱い所は全部知ってるからね♪」


「…そんなどうでも良いことよりもだ。 今回は何のために呼んだんだ?」


 こういう時は話を逸らすのが一番だと決まっている。 このまま向こうのペースに乗っていては駄目だ。


「私今回呼んでないよ」


「は?」


 どういうことだ?


「今回は、君が自分の意思でこっちに来たの。 私は何もしてないんだ。 帰りたかったらすぐに還すよ」


「そうか…今回は何も魔法教えてないのか?」


「君に恋する女の子に安心感を抱かせられる魔法なら教えてあげても良いよ」


 安心感か…知影の心を落ち着かせられる魔法なら確かに必要だな。

 俺が居ない時でも、あいつが一人で安心出来るような温かい魔法…もしかして俺の分身を創り出す魔法とかだったら…!


「あぁ。 教えて欲しい」


「分かった。 ふっふっふ…その魔法は魔力マナを消費することはないけど、発動には君の覚悟が必要不可欠。 頑とした覚悟を持った上で使うこと、良いかな?」


「あぁ」


 覚悟か…覚悟は…あるな。 一体どんな魔法なんだ…?


「その魔法の名は」


 言葉を途中で切って、その先を言う気配がなくなる。 …はぁ。


「…その魔法の名は?」


「その魔法の名は、ハーラマーセ」


「…………は?」


「その魔法の名は、ハラーマーセ」


「いや繰り返さなくて良いから! そらどう考えても魔法じゃないだろ! 行為だろ!? 名前も前後で変わってるしいい加減にしてくれ!」


 確かに子どもはある種分身的なものではあるが! 色々とおかしいだろ

!? この女、思考回路が知影そっくりだな!? 絶対この後「じゃあ私で実践してみて♪」とか言うつもりだったぞ!?


「ふざけてないよ? 何なら私で実践してみる? 構わないから」


「そこは構え!! 自分の将来の話になるんだぞ!? どこぞの馬の骨の子どもなんて普通に欲しくないだろうが!!」


「私、将来の夢が永久就職だったんだ…実際今この本の中でずっと過ごしているんだし。

 あ、そんな顔しないで。 楽しんでるんだから…第二の人生的なものでさ。 この中も悪くないし」


 強がりではなく、本音の響きが込められている呟きだ。

 そんな言葉を聞いていて、ふと、思い出した。


「……名前」


 ふと、気になった。


「ん?」


「名前、何て言うんだ?」


 少し躊躇うような気配を感じた。

 伝えたいが名前を言っていいものなのかどうか、それを誰かに訊いているように。


「あ〜…これは、誰の魔術辞典の中?」


「『ソロンの魔術辞典』だよな?」


「それをちょっと並び替えてロソン。 私は、ロソンっていう名前だよ。 覚えておいてね、橘 弓弦君」


 いい加減な印象を強く受けるが、秘めている魔力やこれまでのことを考えると、ただ者ではないことは分かった。 ま、疑う必要も無いな。 嘘を言う必要性は無いんだから。


「…で、どうしたい? 私を犯すか、私に犯されるか、好きな方を選んで良いよ♪ …あ、勿論子どもが出来たら一緒に子育てしようと思ってるから安心してね」


 ツッコミどころしかないな。 しかも話戻された。


「子育て…良い言葉だよねぇ…。 これぞ愛の形って感じがしてさ。

 君が居なくて寂しい思いをしている女の子達も、お腹の中に赤ちゃんが出来れば少しは紛れると思うよ? 母は強し…だから」


「微妙に意味が通じない気がするし、それで余計に寂しく感じてしまうかもしれない。 そもそも俺と彼女達は何か、繋がっているんだろう? 人の思考を覗き込んだり出来るんだからな」


 知影もフィーも風音も、よく覗いてくるからな。 特にフィー以外の二人は。


「でも何か、形として持っていることが出来れば、もっと安心するんじゃないかな。 彼女達から『言葉にして』って言われてるでしょ?」


「それは言われているが…」


「それに今日はこれから、デートでしょ? 一日や二日じゃない、一週間ぐらいは離れ離れになるんじゃないかな?」


「一週間? …そうか、祭りの警護だもんな…それぐらいは掛かるか…」


 ちゃんと確認しておけば良かったな。 また皆に心配と迷惑を掛けそうだ…はぁ。


「だからそんな時のために…ね?」


「誰がするか。 今の俺に子どもを持つ資格なんて無いしな」


 …そう、俺には資格が無いのだ。


「甲斐性が無いって言いたいんでしょ? 大丈夫だよ。 元の世界じゃどうだったかは知らないけど、今の君はお金持ちだよ?」


「…それでもだ。 駄目なものは駄目だ。 責任が取りきれないしな」


「私、知ってるんだよ?」


「…何をだ?」


「お姉さ「わぁぁぁぁぁっ!!」」


 思いっきり俺と知影が居た世界のこと知ってるじゃないか!! 何なんだよ本当に!


「…そこに愛があれば良いっていうのは賛成だけど…凄いね」


「……俺は何も知らない! 知らないからそれ以上言うな!」


 本当に俺は何も知らない…知らなかったんだ…って、誰に言い訳をしているんだ俺は。


「…ちぇ。 訊きたかったけど…良いや。 それより、『凍劍とうけん儘猫じんびょう』を吸収したって、本当?」


「クロのことか?」


「へぇ〜名前付けたんだ。 クロ…本当に猫みたい」


 面白そうに笑う気配が伝わってくる。 一応猫…の部類には入るんだよな。 …入る…のか?


「どう? 身体に変化とかないかな?」


「暫く身体が冷えたぐらいだ。 今は感じないな」


 魔力マナが俺の身体に馴染んだってことなんだよな、きっと。


「そうなんだ…良かった。 まさか悪魔の魔力マナも吸収しちゃうとは思っていなかったからどうなのかなって思ってたんだけど」


「悪魔を吸収するとどうなるんだ?

 …そもそも吸収属性って、一体何なんだ? その身に受けた魔法を吸収するだけじゃないのか?」


 この疑問、彼女ーーーロソンなら知っているはずだ。


「勿論それだけじゃないよ。 色々吸収出来るけど…悪魔を吸収したのは聞いたことがないかな」


「そうなのか…」


 期待していただけに残念だ…が、仕方無いか。


「でも、聞いたことがないってだけで何と無く分かるかな。 多分原理としては人と変わらないから」


「人と変わらない?」


「うん、変わらないよ。 お互いの想いが深い所で一致した時、発動するってことでね。 例えば神ヶ崎 知影の場合、彼女と君の、『絶対に離れたくない』って想いが一致したから発動したんだよ。 注意しなきゃいけないのは、雑念が一切混ざっていないことが前提。 思考がその想いで互いに埋められてなきゃいけないから…だから、生死の境目に立たされた時に起こるのかもね。 離れる時も、お互いに離れることを意識すると、出来るよ」


 風音の場合とも一致はするな。


「だが、悪魔はどうなるんだ? バアゼルも、クロもいつの間にか俺の中に入っていたんだが…」


「…あ〜…となると違うのかな〜…ごめん、前言撤回。 人と同じ原理ってのは違ったみたい」


「人の場合はそうなのか?」


「うん。 補足としては、回路パスが繋がってることも大切だね。 この意味は…分かる?」


 首を傾けて否定の意味を示す。


「…あれはもっと簡単。 君がその女の子のことを守りたいって強く思っている時、女の子の心の最も深い所に君がいる時、女の子の方からキスをされれば繋がるよ。 思考を覗ける以外の細かな効果はまちまちだけど、あれは空間魔法の応用的なものだね」


 どこぞの連結システムだな。


「勉強になった。 ありがとう」


「もう良いの? 他に質問とかあったら答えるよ?」


 俺の頭の処理速度はそんなに良くはない。 取り敢えず楓へのなり方が分かったから、それで十分だ。


「あぁ。 また次の機会にするよ」


「じゃあ、今度こそ私の口から直接言おっかな」


 穴が開き、俺の意識が吸い込まれていく直前、「頑張ってね、弓弦」と、俺の耳元で声が聞こえた。










* * *


「い、一週間!? ご主人様、長期過ぎませんか?」


「そ、そんなの私は嫌だよ…一日とか二日だったら我慢出来るけど…」


「…そこを何とか…な?」


 眼が覚めた弓弦は直ぐに任務ミッション期間のことを知影とフィーナに伝えた。

 実際知影の言う通りなのだ。 フィーナとのお出掛け、知影とのお出掛けはいずれも、一日のみ。 これは二人でなくとも頷けない話だ。


「でしたら私と知影さんも連れて行ってください。 警護でしたら人数が多い方が良いはずです」


「…ユリの気持ち、分かっているだろ?」


「分かっています。 ですが、一週間となれば話は変わってきます。 知影さんが一週間も待てると思いますか? 惨劇が起こりますよ」


 それが弓弦の悩みであった。 一週間も彼が彼女以外の女と二人で過ごすことに耐えられるはずがない。

 せいぜい保って五日程度である。


「一週間、待てるか?」


「無理、嫌だ」


「フィー…」


「力付くで知影さんも抑えないでいられるのも限界がありますし、私も寂しいです」


 縋る視線を言葉で一蹴する。

 無理矢理魔法で知影を拘束することは出来るが、それは本当に最終手段である。


「我慢出来ないか?」


「うん。 弓弦と一緒に居たいから」


「もし行ったら?」


 短剣を笑顔で扉に向けると、そのまま横に凪いだ。


「命が一つ、消えるかも」


 殺害予告である。 弓弦の脳裏に、暴れる知影の姿が浮かぶ。

 悩む弓弦を焦らすかのように扉がが叩かれた。


「橘殿、起きているか?」


「よし、早速行ってくる「行くな」」


 知影の肩を掴んで凶行を止めた弓弦は天を仰いだ。


「…知影さんを連れて行ってはどうでしょうか。 “エヒトハルツィナツィオン”を使えば可能なはずです」


「…その手があったか。 そうだな」


 ロソンに教えてもらった、回路パスで繋がった女性を自分の中に吸収する魔法、弓弦はそれを試すことにした…と言っても、深層意識で二人の意思が完全一致しなければ発動しないらしいので、何で合わせたものか。


「詰んだな…まぁ良いか。 知影、“エヒトハルツィナツィオン”を使って、紛れるのだったら良いぞ」


「だが、断る」


「おい…!」


 反射的に言ったわけではない。 “エヒトハルツィナツィオン”で姿を変えてしまったら、弓弦とイチャつけないからである。


「知影、十分だと思うわよ? 行けないよりはマシだと思うのだけど」


「…すまぬ。 私が橘殿を独り占めするみたいになってしまって…」


 フィーナが入れたのか、ユリが知影に頭を下げた。


「だが、だが頼む!! 弓弦殿を、弓弦殿を私に貸してくれないか、この通りだ!」


「這い蹲っ痛っ!?」


「うん、止めような?」


 ハリセンが唸り、知影の行動を防ぐ。 頭を抱えてうずくまる彼女を気遣う人物は、ここに居ない。 というか、頭を下げた人物の頭を踏み付けようとした駄目女に向けられる視線は、冷たくて然るべしだ。

 ユリは頭を下げ続けていた。 弓弦は彼女に顔を上げさせようとしたところで、彼を阻む者がいた。


「…もう、仕方無いわね。 ユリも顔を上げなさい…ほら」


「う、うむ…」


 弓弦の代わりにユリの顔を上げさせるとフィーナはそのまま、二人の背中をポンッと押した。


「彼女は私に任せて、ユリと早く向かってください…ね?」


『その代わり、何かお土産を持って帰って来てくださいね?』


「…じゃあ、行ってくる」


「はい。 お気を付けて」


 そのままフィーナに見送られ、弓弦とユリは任務ミッションにへと赴いた。











* * *


 少女には昔から、不思議な力が宿っていた。 何でも、巫女たる者にとって必要不可欠な、『自然と交信出来る力』だそうだ。 彼女にその力が宿っていることを知らされたのは、三歳の頃。 母から訊かされた。


 「あなたには、特別な力があるわ」と。


 少女はその言葉を訊いた時、子どもながら大層驚いた。 何故なら、その数日前に、全く同じことを伝えられたのだから。 

 少女は、幼いながらも活発的であった。 少し両親が眼を離すと次の瞬間には消えている。 フラフラとどこかに行ってしまうのだ。

 その女性には、その時に出会った。

 「あなたには、特別な力があるわ」と、女性は言った。

 両親から、『知らない人には付いて行かないように』と言い付けられていたが、少女は彼女から離れようとしなかった。


「どんなちからなの?」


 辿々しい口調にで少女は訊く。


「自然の声に耳を傾け、力を貸してもらえる凄い力。 お友達になった動物を呼べる力だよ」


 女性は女性なりに砕いた言葉だったのだが、少女は今一つ理解出来なかった。 


「どうぶつ!? ねこさんとか、いぬさんとか!!」


 しかし動物の意味は分かったようで、キラキラと眼を輝かせる。


「どうやるの!? よんでみたいなー!!」


「今はまだ無理。 もう少し、お姉ちゃんになったら出来るよ」


「えー…」


 拗ねてしまった少女。 その頭を優しく撫でると、女性は破顔した。


「お母さんとお父さんが待ってるよ。 もうお行き」


「でも! …うー、じゃあ、わたしがおねえちゃんになったらおしえてくれる?」


「その時になったら、私から会いに行くよ。 今日はそれだけを伝えたかったの」


「ほんとに?」


 女性はクスリと笑う。


「ほんとのほんとのほんとに、約束」


「うん! えへへ…たのしみだなー…じゃあね! ばいばい!!」


 時は流れ、少女は成長した。 五歳のこの頃、彼女は少しずつだが、自然と心を通わし、動物達と戯れるようになった。

 動物達も彼女に懐き、村の人々から微笑ましく見守られ、彼女は毎日を送っていた。

 村では特定の時期になると、『豊穣祭』と呼ばれる祭事を行う。 彼女の家は代々、祭りで祈りを捧げてその年の豊穣を天に願う巫女を輩出する家系だ。

 勿論彼女の母親も巫女を務めていた。 彼女の母の母…祖母から巫女の名を受け継いで以来、ずっと任されていた。 母も僅かながらではあるが、自然と心を通わすことが出来る人だった。 巫女の家系特有の体質なんだとか。

 しかし彼女の力は、その家系の中でも一際強かった。 これまで巫女を務めてきた先代達を遥かに凌ぐほどの力だったのだ。

 だが幸いにも、彼女の力は村の大人に受け入れられた。 このことは彼女の両親を深く安心させるのである。

 五歳の『豊穣祭』初日の夜、彼女はおよそ二年ぶりに女性と会えた。


「私のこと、覚えてる?」


「勿論よ。 こんな可愛い子、忘れたらバチが当たっちゃうもの」


 女性の姿は二年前と変わっていなかった。 なので見つけるのは簡単だった。


「私、大きくなったよ。 私の力について、教えて?」


 女性は頷くと、彼女の力について教えてくれた。

 彼女はお伽話に出てくるような、魔法、その中でも本当に珍しい『召喚魔法』の魔力の持ち主だということを。


「ねぇねぇ、それってどうやって使うの?」


「うーんと…今はまだ、無理かな。 この魔法はね、歌が上手じゃないと、使えないの」


「歌…」


「うん、歌。 詠唱って言うんだけど、歌を歌ってお友達を呼ぶの。 どう? 分かる?」


 唸りながら首を傾げる少女の頭を撫でる。


「…分からないかー。 じゃあお歌の練習を、たくさん頑張れば、必ず使えるようになるよ」


「お歌の練習?」


「そう。 こうやって…」


 喉に手を添えると、女性は静かに歌い始めた。


「〜♪」


 透き通り切った声から紡がれる、美しいメロディー。 静かに響き渡り、夜の闇に吸い込まれていく。

 少女は聴き入っていた。 女性の歌声が作り出す、小さな世界の一住人となっていた。 小さな世界にはたくさんの森の住人が集まり、終わった時彼女の周囲には、動物達で溢れていた。


「ありゃ、熱が入り過ぎちゃったかも。 …こんなところかな」


「凄い…」


「ありがと。 あなたも練習すればきっと出来るようになる。 だから明日からこっそり練習すると良いかも」


 パンッと手を叩くと、動物達は夜の闇に紛れて森に帰って行った。

 少女はこの女性に歌を習いたかった。 だが、


「ごめんね。 私はもう、あなたに会うことは出来なくなっちゃうの。 だから…」


 否の返事と共に、女性は少女の額に口付けをした。


「絶対にお歌が上手になるおまじない。 これであなたも未来の歌姫よ♪」


「…うん。 頑張って、頑張ってたくさん練習する!!」


「よし…じゃあ私は…帰らなきゃいけないんだ。 どこに帰るのかは内緒だけど…」


 そう言うと、女性は少女を優しく抱きしめる。


「遠い所で見守っているから…あなた達のことをずっと…」


「あなた達…?」


「…バイバイ。 他の子に負けないよう…頑張ってね」


 それから女性は去り、少女が彼女の姿を見ることはその後、一度としてなかった。

 だがその代わり、彼女は不思議な夢を見ることになる。 こことは違う世界の、誰かの記憶をーーー

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