旅立ちの前日に
VR4に響く鉄の音。 男はこの日も自らの無感情を鉄の塊に込めて放っていた。
戦場に立ち続ける男の性だろう。 男は孤独を好む。 人の熱を求めながらそれを遠ざける。
それは男の言わば、自己防衛機能なのであろうか。
ダンッ!
語らない男の代わりに鉄は音を発する。 短くも力強く、物悲しく響き語り、的を撃ち抜いていく。
「流石だ。 カザイ殿」
休息を取るために銃を下ろしたカザイの後ろでユリが手を叩く。
ユリも同じように狙撃の練習をするためにここを訪れていた。 明日の任務で、弓弦に凄いところを見せたいからである。
「こんな所へ来て、楽しいのか」
「楽しい…というわけではないが、退屈というわけでもないな。 常に腕は磨いておかねば鈍ってしまうものだから」
「そうか」
ユリの狙撃技術はカザイも舌を巻くほどだ。 二丁拳銃を武器とする彼だが、狙撃は得手な方ではない。 一般に『ガン=カタ』と呼ばれる、射撃を交えた近接戦闘が主な彼の戦い方である。
だから、以前昇進試験でユリに敗北を喫したことに思うことがないカザイではない。 接近前に倒されるのならまだ良いのだが、接近戦で遅れを取ってしまった。 その事実はカザイを動かすには十分な理由であった。
「カザイ殿はまだ続けるのか? 私はそろそろ戻ろうと思っているのだが」
ユリはライフル銃を既に置いていた。 桃色の髪が肌に張り付き、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
狙撃は集中力を消耗するので、外れ始めたら、ある程度のところで切り上げた方が良いのだ。
「……」
「む? 無言か?」
「いや…終わりだ」
合わせたわけではないが、現在は一応カザイにとって休暇といえる状態だ。 必要以上に根を詰めることもなかった。
一緒にVR4から出た二人はその場で別れ、ユリは自室に、カザイは甲板へと向かった。
夕方の甲板には誰も居ない。 普段は誰かしら居るので、「珍しいな」と彼は思った。
甲板の壁の一点には小さな五芒星の魔法陣が密かに描かれており、これは弓弦の“シグテレポ”の転移先の導だ。 あまり人目に見える場所ではないが、カザイは基本この甲板にいるので偶然発見していた。 だからといって、どうということでもないのは違いないが。
そんなカザイの休暇も今日で終わりだ。 明日からは中央本部に戻らなければならないので、暫くここでゆっくりとしてから途に就く予定であった。 寝る時はトウガの店で寝ているカザイ。 本人からの強い希望もあるのだが、寝床へのこだわりはないとはいえ、寝心地の良い場所は彼にとっても喜ばしいことだったので、遠慮無く使わせてもらった。
休暇の内容としては充実していたと、本心から思っていた。 だから、少なくとも暫くは長期の任務に行こうと思っていた。
「……」
人の気配を感じたカザイが扉の方を向くと、扉が開いてセイシュウが甲板に出て来た。
「やぁ、カザイ。 ついさっき、アンナから連絡があったよ」
「そうか」と短く返して眼を閉じるカザイ。 やがてセイシュウが甲板を去ると、代わりにアークドラグノフとは違うエンジン音が彼の耳に届く。
「迎えに来てやったぞ。 早く乗れ」
「そうか」
ピュセルに乗り込み、カザイはアークドラグノフを後にする。
「楽しめたようだな」
「……」
外を見たまま、カザイは何も言わない。
「…無言、か」
そんな彼にチラリと視線をやって、軽く眼を見開く。
「あぁ」
鏡に映ったカザイは眩しそうに眼を細めて、微かな、本当に微かな笑みを浮かべていた。
リィルは憤慨していた。
もう何度途中で逃げてしまったか分からないレオンと、いつまで経ってもこっこり糖分を摂り続けるセイシュウに対して、憤慨していた。
「ぺったんこ〜ぺったんこ〜」
「…何で僕まで…」
「糖分を摂っていたからですわ。 歩きながらチョコを食べるのは止めてくださいと何度言ったことか…兎に角、今は隊長のように手を動かしてくださいまし」
「はぁ…これだからね。 ぺったんこっと」
眼鏡を掛け直してから、観念したようにセイシュウが書類に判を押していく。 レオンの弛まぬサボりの結果、書類は山積みだ。 重さで机を潰してしまうほどの書類の量を、レオンは今日中に片付けなければならなかった。
セイシュウはついでだ。 レオンだけでは終わらないことが分かっているので、先程チョコスティックを咥えながら通路を歩いているのを彼女が捕獲した。 一石二鳥である。
「ぺったんこ〜ぺったんこ〜」
「ぺったんこ、ぺったんこ」
「…私がいない間もちゃんと続けてくださいまし、お願いしますわ」
判を押す擬音がどうしても自分への悪口にしか聞こえないリィルは手が出る前に研究室へと戻ろうとする。
「……」
「ぺったんこ〜ぺったんこ〜ぺったんぺったんぺったんこ〜」
「ぺったんこぺったんこぺったんこぺったんこぺったんこ」
後ろから聞こえる悪意のありそうな擬音。 武器へと向かう腕を押さえながら逃げるようにその場を離れた。
「リィルちゃんの胸は〜「ぺったんこ〜」」
「リィル君の胸は〜「ぺったんこ〜」」
それにしてもこの二人、実にノリノリだ。 憂さ晴らしというか、八つ当たりに近いというか、正しくそのものである。
「ふんっ!!」
大きく開け放たれる扉。
「いいい、良い度胸ですわ…っ!!」
「り、リィル君聞いてたうぐぉっ!?」
バチーンッ! と鞭が床とセイシュウを鋭く打つ。
「覚悟してくださいましッ!!!!」
「う…っ」
首に巻き付いた鞭を外そうともがくが、引っ張り込まれて床に叩き付けられる。
「お、おいリィルちゃん!!「何ですの?」…あ、はいすみません」
「さぁ博士、お散歩に行きましょうか? さぁさぁさぁ!」
「ぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!!!」
蒼い顔をするレオンの眼の前で、セイシュウはその身体を激しく周囲に打ち付け、引き摺られていく。
「お〜ほっほっほっほっ!! お〜ほっほっほっほ〜っ!」
扉が閉められた後も、隊長室にはリィルの高笑いが響き渡っていた。
その原因、スピーカーの電源を切ってレオンは書類との格闘を再開する。
どんなに逃げても、隊長として業務をこなさなくてはならない。 それは絶対である。 そうでなければ、レオンにとって良くないことが起きる引き鉄となってしまうからだ。
それでもレオンがやっている量少ない方である。 より多くの隊員を抱えていれば抱えているほど、処理しなければならない報告書は増えるので、実行部隊の隊員が十人に満たない且つ、気まぐれで行かない日すらあるこの部隊単独の報告書は、他部隊の三分の一にも遠く及ばない。
しかし、それでも多い分には変わらない。
山のように積み上がった書類に向けられる彼の視線は虚しげだ。
いつもいつも、片付けても無くならない。 いつもいつも、増えていく。 しかしやらねばならない。
隊長としてそして、ビールのために。
夕陽が落ちて夜の帳が下りたことに気付くと、彼は部屋の照明を点けて少し休憩を取ることにした。 手が少し吊ってしまっているので、ブラブラと手首で振る。
机上の書類に眼をやると、二十枚程残っていた。 後少しと意気込んでから再び判を手に取ると、丁度扉が叩かれた。
「入って良いぞ〜」
「失礼する」
声の後に扉が開き、ユリが入って来た。 彼女は食事の載った盆を持っており、それの香りがレオンの腹の虫を刺激する。
「リィルから食事の差し入れだ。 隊長殿は夕餉がまだであったな。 休息を取ると思って食べることをお勧めする」
「お〜お〜、ありがとさん。 …と〜、ここに置いてくれ〜」
眼の前に置かれる食事。 食堂の焼肉定食だ。 ご飯がいつもより多く盛られており、「お疲れ様ですわ」と、リィルの声が聞こえてくるような気がした。
しかし何よりも、レオンを驚かせるものがあった。
黄金色に輝く飲料。 グラス口が覗く白い泡に気泡が浮いていく。
それはレオンが待ち望んでいたものだ。
「このビールは私からの差し入れだ。 迷惑でなければ受け取ってほしい。 勿論リィルには内緒だ」
グラスをがっしり掴むと、一気に口に運ぶ。
「ぷっは〜! 美味いな〜、おい〜!」
喉にピリリとくる辛み、喉越し後のほのかな苦味…彼が欲していた味で残りの書類もパパッと片付けられてしまいそうだ。
俄然テンションが上がってきたレオンはご飯を掻き込むと判を強く握り、押印を再開した。 素晴らしい速度だ。 “クイック”を使っていないはずなのに、彼の動きは通常の二倍いや、三倍であった。
あっという間に書類は片付いて、レオンは大きく伸びをする。
「ん〜? 何かまだ用があったのか〜?」
そこでユリがまだ立っていることに気付いて声を掛ける。
怒っているかと思ったが、よく見ると彼女はいつもより上機嫌であるように見えた。 食事の配膳とビールは手土産、賄賂の類いだったらしい。
「うむ、実はこの任務を弓弦殿と一緒に参ろうと思っているのだ」
ユリが手渡した紙の情報を端末に打ち込むと、任務の情報が表示された。
「ん〜? 俺を通さなきゃならないような高ランクの任務ってわけでもないしな〜、これがどうしたんだ〜?」
「その祭の期間の間、暫くここを離れる。 いつ帰るかは分からない」
キッパリと言うユリにレオンの表情が固まる。 画面の依頼表一語一句読んでいくと確かに、期間が祭りの間となっている。 だが詳しい日数は書かれていなかった。
「…いつまでだ〜? 『Eランク』で祭りの警護って言ったら、かなりの長期になるんじゃないか〜?」
「む? 一週間程度と思ってくれれば良い。 決して弓弦殿と祭りを楽しみたいわけではないからな、うむ」
思いっきり本心を言っているユリ。 しかもちゃっかり『弓弦殿』と呼んでいることにレオンは眩暈を覚えそうになる。
ユリが行くのはまだ、良い。 今のこの部隊は、以前に比べて彼女が居ない間の、戦力面での穴埋めも難しくはない。
しかし問題は弓弦だ。 レオンは特定の人物の恋路を応援しているわけではない(寧ろモテモテ弓弦が少し羨ましい)ので、味方になりきることは出来ない。 二人共、任務に行ってくれることは結構だ。 報告書が数枚増えるものの、部下が頑張っている姿は嬉しいもの。 問題はやはり、期間にあった。
「弓弦のやつきっと一日きりだと思っているぞ〜? どう説明するんだ〜?」
「む? そうなのか?」
「…一度引き受けると言った以上は絶対に行くと思うが〜、知影ちゃんがな〜…」
アークドラグノフ随一の問題児、知影。 弓弦が一週間も艦を離れると聞いたら黙っているはずがない。
暴走の危険性も大いに有り、精神衛生上避けたい事態ではあった。
「…二人で、行きたいんだな〜?」
「うむ。 弓弦殿に射撃の手解きをする約束もある。 それに、祭りの警護にそう何人も人員を割くわけにはいかないだろう?」
最初の一言に集約されていた。
「…分かった〜、安全第一にな〜?」
「うむ! 失礼する」
意気揚々とユリが部屋を出て行くと、レオンは机に深々と突っ伏する。
一瞬、知影を隔離するというトンデモな発想が出てきたが、全力でその考えを打ち消す。
でもそうでもしないと悲劇が起こってしまう。 弓弦を探して幽鬼のようにフラフラと艦内を彷徨う知影の姿は、恐ろしく怖いのである。
最近だと、フィーナと二人で出掛けた時の暴走は酷いものであった。
彼女の弓弦に対する愛の重さは相当である。
盆を返却するためにレオンが食堂へ向かうと、風音とセティが弓弦の部屋から出て来るのを見かけた。
「隊長様、業務御疲れ様です」
「お〜お〜、ありがとな〜。 風音ちゃんとセティちゃんは弓弦の部屋で飯を食べていたのか〜?」
「コク。 …皆とご飯…楽しい」
「クス、そうですね♪」
セティはよく風音やフィーナや弓弦に頭を撫でられる。 以前は食事の時ぐらいしか姿を見なかったのだが、今は艦内のあちらこちらでその姿を見ることがある。
感情も豊かになったであろうか。 初めて会った頃に比べて今の彼女はよく喋る。
レオンが彼女に出会ったのは、彼女の歳がまだ十にも満たない頃であったが、その頃から比べると、今の彼女は楽しそうだった。
『お前さんが〜、セティか〜?』
『…』
『もう少ししたら俺の友人も加わるから、それまで頑張ろうな〜?』
『…コク』
「隊長様?」
「ん?」
少し意識が飛んでいたレオンは、その声で呼び戻される。
「どうかされましたか?」
「ん〜、少し考え事だ〜」
「そうですか。 では、失礼致しますね」
「お〜お〜、お休みな〜」
「コク」
頷き方も少し変わった。 首の動きが大きくなったのだ。
人によってはどうでも良い変化かもしれないが、今の頷き方の方が断然良くレオンの眼には映った。
風音が何やらセティにヒソヒソと話し掛けている。 やがて彼女が離れると、
「…ばいばい」
小さく手を振った。 突然のことで少々面食らったレオンであったが、
「お〜お〜、バイバイだ〜」
次の瞬間には眼を細めて手を振り返し、二人が部屋に消えるまでそれを続けた。
「…良いもの、見れたな〜」
若者の成長というものは良いものだとレオンは思った。
その後彼は親友の様子を見に研究室に向かうことに。
バチーンッ!
ーーーほらほら、何て言いましたの? 聞こえませんですわぁっ!
バチーンッ、バチーンッッ!!
ーーーうわぁぁぁぁぁああああっっ!!!!
「……生きろよ」
中を覗こうとしないのは、親友に対する彼の精一杯の思いやりである。 背中越しに贈った言葉に万感の思いを込めて、レオンはその場を後にした。
「トウガ〜、ビール一本、開けてくれ〜!」
男独身三十代。 結局、来る場所は酒場ぐらいしかないものだ。
「今日は早いな。 八嵩は来ないのか?」
「リィルちゃんに捕まってるぞ〜」
「あー…ご愁傷様だ。 ほら」
冷蔵庫に入れられていたビールがレオンの前に置かれる。
「ぷっは〜! 冷えてるな〜!!」
キンッキンッに冷やされたビールが喉を通り、冷やす。 疲れたレオンの身体に、刺激が染み渡る。
「今日のおすすめは何だ〜?」
言われてトウガが小さなホワイトボードを指で小突く。
レオンはツミマメを頼むと、グラスにビールを注ぐ。 出されたツミマメを突きながらビール片手間に堪能する。
飲み食いの間に二時間が経過し、彼が今日空けた瓶は五本になった。
「どうやら八嵩も橘も今日は来ないみたいだな」
トウガは先程から空いた皿を洗って拭いている。
「セイシュウはまだしも弓弦は来ないだろうな〜。 今頃ぐっすり寝てるはずだ〜」
「それはまた早いな。 明日用事でもあるのか?」
「ユリちゃんと長期デートだ〜…か〜っ! 青春だ〜!」
「そいつはまた…となると、暫くは騒がしくなるか」
トウガも知影の暴走には若干困っている。 前回はセイシュウと一緒にディオとレオンを運んだのだ。
「…隊長として〜、そういうものは応援してやりたいがな〜…知影ちゃん、何とかならんか〜?」
「言葉で言って分かるんなら越したことはない。 最悪武力行使の必要もあるはすだ…が、クアシエトール以外の女性陣は残るんだったな? ならオープスト辺りが止めてくれるだろう」
「…俺あの子に嫌われてるんだよな〜」
「それを言うのなら、夫以外の男だな。 義理堅いというか何と言うか…アレだ、夫思いなんだな」
出来上がり始めたレオンの話は徐々に脱線していく。
「夫、夫! か〜っ!! 夫に勘違いされたくないから男を遠ざけるってか〜?」
「それも、言うのなら単に人間の男嫌いだろう。 違うモノを迫害したくなる人間の暗い部分に触れてしまったんだな。 異種族じゃ良くある話ではある」
「ハイエルフだろうが人間だろうが、結局はヒトだろ〜? 自分から遠ざけてどうするんだって話だ〜」
話題が知影からフィーナに移っているが、トウガは話に合わせていく。 相手のペースに合わせる技術はこういった仕事に欠かせないものだ。
「神ヶ崎もそうだが、橘の周りには本当の意味であいつを必要としている女が多いな。 偶然か?」
「偶然ではないだろ〜。 知影ちゃんも、オープストちゃんも、あいつしか救いの手を差し伸べられないんだ〜。 あいつだから〜、助けを求めるんだ〜」
仮にレオンでもトウガでも、他の誰であっても彼女達は救えない。
弓弦だから、彼女達は側に居るのだろう。 彼女達だけではない。
「あいつには〜人を惹きつける魅力がある。 指導者としての資質だ〜。 ん〜以前誰かに言ったような〜…ま〜良いか、爺さんのような資質があるんだよ〜」
「隊長の爺さん…そうか」
「…何がしたいんだかな〜まぁ…ったく〜」
欠伸をしながらレオンが本音を零す。
彼が自らの祖父について触れることは本当に珍しいことなのだ。 そんな彼にトウガは思わず苦笑してしまう。
「さぁな。 さ、そろそろ店仕舞いだ。 寝潰れる前に帰ってくれよ、隊長」
「…お〜お〜、そうか〜」
飲み終わったのを見計ったトウガの一言で、レオンは会計を済まして立ち上がる。
「じゃ、あばよ〜」
深夜の商業区から、居住区の501号室ーーー自室に戻る。
レオンの部屋は、日頃就寝以外で使わないためか片付いている。
簡素な調度品程度しかそこには無く、それはレオンの生活拠点が隊長室であることを物語っていた。
真っ暗ではあるが、自分の部屋なのでどこに何があるかは大体分かる。 眠いので風呂は明日入ることにして、部屋に入ってすぐレオンはベッドに沈むのであった。
* * *
ーーー?????
「休暇は楽しめたかの?」
端末があるだけの無機質な空間で、椅子に腰掛けたロリーが戻って来たカザイに訊く。
「……」
「無言…かの?」
「あぁ」
彼をここに送って来たアンナはもう居ない。 今度は彼女の休暇なのだ。
「ほっほ…それは良かった。 たまにはそんな時間も必要ではないかと思って取り計らってみたが…良い収穫じゃ」
「出歩くのは止めた方が良い。 ジャンヌが愚痴を零していた」
その言葉にロリーは固まったが、一秒を待たずして再起動。 カザイにからかい気味の視線を向けた。
「儂には外に出る権利がないと言うか。 言いおるの」
「自粛しろと言うだけだ」
「分かっとる分かっとる。 じゃがの、儂とて自分の身は守れるぞ? どこぞの小童に遅れを取るほど、儂は老いぼれておらぬわ」
「……」
「無言…かの?」
「呆れているだけだ」
今日のカザイは中々機嫌が良いとロリーは思った。
纏っている雰囲気が穏やかなのだ。 常日頃はどこか殺伐としていたり、雰囲気ですら無言であるほどなのだが、今は気を抜いている、リラックスしているような落ち着いた印象を受けた。
まさか呆れていると言われるとは思わなかったが。
「…『凍劔の儘猫』が現れたようじゃの」
「……」
カザイの眉がハッキリと分かるほど、大きく吊り上がった。
「主はどう思うのじゃ」
「……」
背を向ける。
「あ、おいどこへ行くのじゃ!?」
彼女の制止を無視して、男は歩いて行く。
「お主が儂を一人にしてどうするんじゃ〜!
「……」
ロリーは一人どこかに行ってしまったカザイを見送ってから、困ったように溜め息を吐く。
『凍劔の儘猫』が現れたことは、彼女にとって予期せぬ事態であった。 彼女の下には様々な情報が逐一集まるが、その情報が伝えられた時は思わず椅子から転げ落ちてしまったほどだ。 あの後このツインテールを整えるのにどれだけの注意を払わされたことか。
「面白いの。 変わって曲がってそれを戻そうとするというものは…」
一人言をブツブツと呟いているように見える彼女だが、話している相手はいる。 今は眠っているが、彼女に返さなければならない時は、確かに近付いているのだ。
しかしそれは、レオン達の孤立を意味する。
彼女が…いや、彼が姿を消せばその時はーーー
ーーーそんなことを考えるのは趣味ではないが、年寄りに心配事は付き物なのだ。
「まだ若いわぁぁぁぁぁぁっ!!」
取り敢えず、幼女ロリーの当面の心配事は自らの歳のようであった。