カザイとのミッション
翌日、弓弦はカザイと共に任務へと赴いていた。 界座標48207、広がるのは湿地。 ここで、“ボア”と呼ばれる魔物群を討伐することが今回弓弦が選んだ任務だ。 ランクはEである。
「いた…あいつだな」
「……」
視線の先には猪型の魔物、ボアがいた。
「…不満だったか?」
「…いや、手頃な奴だ」
息を潜めて数を確認する。 …およそ三十。 弓弦が銃形態に変形させたガンエッジ、カザイが銃を抜いて、群へと歩いて行く。
「…フブォ」
気付いた。 弓弦が知る猪より数倍大きなボア達は怒涛のごとく一斉に群れを成して突進する。 数体…いや、十数体はカザイの放った銃弾に沈む。 しかし、その屍を乗り越えるかのようにボア達が迫る。
「……」
カザイは無表情で引き鉄を引く。 放たれた弾丸は無慈悲だ。 狙い違わず無差別に、正確にボアの命を奪う。 弓弦もまた、銃口を向けてから引き鉄を、カザイのように一撃では仕留められないが二発、三発と確実に命中させてボアを倒す。 回り込んだボアも突進するより先に弓弦に斬られる。
「カザイ、魔法が来る!」
前方の数体が何かの魔法の詠唱を始める。 二人が動くより早く詠唱が完成したのか、火球が放たれる。 “ファイアーボール”の魔法だ。
「構うな」
弾倉を再装填して、再びカザイは射撃を始める。 火球には眼もくれない。 実際、火球は彼の少し前で止まり、消滅した。 ボア達は徐々に数を減らしていく。
同胞が殺され怒ったのか、ボア達の攻撃も激しくなるが、カザイは眉一つ動かさない。 ただ、引き鉄を引き、静かに彼等の運命に引導を渡すだけだ。
いつしか沼地には死の断末魔と銃弾の、一つの交響曲が流れていた。 血飛沫を上げることなく、静かに倒れていくボア達の様が美しささえ感じられる。 決して感覚が麻痺しているのではない。 ただ、美しかったのだ。
「………」
無言。 千の言葉、万の言葉が込められている無言。 彼はその裏で一体何を考えているのであろうか。
冷たき一撃を放つ、その微かに鉄の温もりを感じさせる銃で何を思っているのか。 沼地は真紅に染められていく。 上がる砂埃も薄くなっていく。 戦場の中で静かに死の審判を下す男の手による、死にゆく者の悲鳴の最終楽章が静かに奏でられる。 抵抗とばかりに放たれる火魔法が空気を焦がし、炎の匂いが辺りに染み付く。 むせるような戦場を弓弦は駆け抜けて襲い来るボア達を撃ち抜いていく。
そんな場所を駆けている所為だろうか、彼は身体の中で何かが燃えているのを感じたような気がしたーーー蒼白い、何かが。
それはふっと消えてすぐに分からなくなったが、ボア達が彼に狙いを定めて突進し、
「…おぁぁっ!?」
上方へ弾き飛ばすには十分過ぎる時間であった。
「……ッ!?」
カザイの顔にこの時初めて焦りが生じただろうか。 吹き飛ばしたボアの眉間部に銃口を当て、吹き飛ばす。 弓弦を受け止めようと空を見上げるが彼は落ちて来ず、“エヒトハルツィナツィオン”でゆっくりと降りて来た。
「………………」
いつもより数倍凄味を帯びた、無言。
「はは、油断していた…すまん」
「………………」
「……無言、か?」
「気を付けろ」
ボア達の群れ、第二軍が遠くに見えた。
「遠距離魔法は使えるか」
「勿論だ。 カザイは?」
「……」
無言が返事だ。 二人横に並んで詠唱を始める。
『無駄弾を撃つ趣味は俺に無い…』
『裁きの鉄槌天より來て撃ち、貫け…』
群の前方上空とカザイの銃口に巨大な魔法陣が展開する。
『『邪魔だ』』
魔法陣から放たれた稲光と鋼魔力がボアの群れを轟音と共に二方向から圧し潰す。 やがて二つの魔力が互いにぶつかると、収束していくように消える。
ボア達は消滅し、後には抉るように開かれた水の消えた地面が残った。
「終わり、か。 ありがとうカザイ。 付き合わせて悪かった」
「構わない」
二人は切株の上に腰を落ち着けた。 ボアの殲滅は確認したので後は帰還するだけなのだが、魔力を装置に込める前に、ゆっくり腰を落ち着けようと、そう思ったからだ。
「カザイもあそこまで表情が出ること、あるんだな。 少し意外だった」
「……」
疲れの表情すら浮かべさせず、カザイは眼を閉じている。 何かを思い、考えているかそれとも、寝ているだけか…その表情からはやはり何も窺い知れない。
「無言、か?」
「……」
「……」
「……」
「………」
今度の無言は、長い。
「帰るぞ」
ようやく出た言葉は、帰還の促し。
「了解」
今回の任務でカザイが魔法を使った時、魔力が弓弦の中へと流れ込んで来た。 当たってはいないはずだがきっと、その感覚を覚えたということは魔法を習得したということである。 弓弦は今回の任務で二つの大きな戦利品を手に入れたと言えるのだ。 一つは魔法の習得。 もう一つはーーー
「…………」
「その内時間があったら、また一緒に行かないか?」
「……」
「無言、か?」
「構わない」
「カザイという男は仲間思いの人物」だということを、知ることが出来たのだ。 人間咄嗟の行動には本心が出るもの。 そんな謀らずして一面を知れた男の他の一面を、弓弦はもう少し知りたいと思うのであった。
* * *
ーーー???
揺れる二つに結われた金髪。 パタパタと音を立ててその者は、そこに立っていた。 特に目的は無い。 何と無く、だ。 自らの何十倍もの大きさの扉を見上げて、その者は呟く。 声が響いた。 扉が光る…正確には扉に張られた結界が。
封印だ。 その先に進む者悉くを遮る、強い、封印だ。
その先には、『禁忌』がある。 かつて最も求められ、忌まれた…因果を著しく乱す『禁忌』が。
その者は、彼女は、それが何なのか知っている。 いや、彼女だからこそ知っているのだ。 何千、何億とある封印の先の、何かを。
彼女はそれを、誰にも教えてはいない。 彼女が信頼を置いている人物でさえも例外ではなく。
…しかし、秘密とは機密性が高ければ高いほど漏れてしまうのが常である。 事実、最も知ってはならない人物にこの先にある『禁忌』の情報がリークされてしまったのだ。
無論、彼女からすれば予定調和であることも確かではある、が、早い。 まだそこまで至っていないはずであるのに伝わった可能性があるのだ。
きっと、遠くない日に動く。 彼はそれを自らの、贖罪としているのだから。 そのためには例え、友を裏切ることになったとしても、自らの命を絶つことになったとしても、彼は迷わない。 彼女になんて、喜んでその刃を、怒りと共に向けるだろう。
…汚れ役はやり慣れているのに、慣れないものだ。 『小を捨て大を取る』…彼の親友にそれの不必要性を説いたのは他でもない、彼女だ…説いておいて、都合が悪くなると、小を捨てさせてしまった。 分かっていて、止められなかった。
矛盾。 言と動の、矛盾。 許されるものではない…その時にどれだけ手を尽くしていたとしても。 いや、彼女がどう足掻こうと防げないようにされているのだ。 虚しいものだった。
「ほっほ…」
風が彼女のツインテールを靡かせる。 魔法具による転移と転移を繰り返してそこまで出て来た彼女は手を合わせる前に、気付いた。
「む…?」
何かが突き立てられていたのだろう穴が、近くに空いていた。 ふと記憶を手繰る…思い当たらない。 …決して歳による物忘れではない…物忘れでは、ない、絶対。
彼女は手を合わせて暫く目を閉じ祈った後、近くに停留しているアークドラグノフに向かうのであった。
その姿を甲板から見つめている男がいた、カザイだ。 弓弦と別れた後、特にすることもなかったので涼んでいたのだ。 最初見付けた時は思わず身を隠してしまいそうになったが、本人を見る限り気付かれそうではないのでこうして、身を少し乗り出して彼女の姿を見ているのだ。
ここで言っておかなければならないのは、カザイはロリコンではないということだ。 ただ、彼女を無表情に見ているだけだ。 深い意味は無く、まさか彼女までアークドラグノフに来るとは思っていなかったのだ。 後はアンナがここを訪れるようなことがあれば、三人が揃ってしまい、昇進試験試験官を務めた三人が同時期に同じ場所を訪れてしまうなど、何か関連性を見出そうとする輩が現れるかもしれないが、そのアンナはカザイがここを訪れるために転送装置に向かう前からピュセルごと既にどこかへと行った後だった。 当初彼は、ここで鉢合わせする可能性についても考えていたのだが、甲板にピュセルがない以上、彼女はこちらに来ていないと見て間違い無い。 鉢合わせしても自分が去るだけの話だ。
誰かが来る気配を感じたカザイは意識を甲板出入口へと向ける。
「珍しいね。 君がここにいるなんて」
「……」
白衣、月光に反射する眼鏡、お菓子の袋…セイシュウだった。
「良いのか」
「良いんだよ。 糖分は、命だ」
「……」
袋を開けて、チョコスティックを口に咥えると、彼はカザイより少し離れた場所に腰を下ろした。
「食べるかい?」
「……」
反応を見せないカザイに、小さく吐息する。 別に彼が甘い物が苦手というわけではないが、食べる気にはならない。 話し掛けられるよりかは放っておいてほしかった。 彼はここに寛ぎに来たのだ。 戦いに疲れたその身を休めるために。
弓弦と共に任務に行くなど、レオン達からすれば本当に珍しいことなのだ。 隊長室に報告に行った際の意外そうなレオンの顔が眼に浮かぶほどだ。
カザイは艦内へと足を向ける。 セイシュウは既に菓子に夢中なようで、声を掛けることはなかった。
「? あぁ、いらしてたのですわね。 何か私に用がありまして?」
さて、カザイが向かい、着いたのは研究室。 そこにはリィルがいた。
「……」
「無言…ですわね。 そうそう、博士の姿が見当たりませんの。 あの人ときたら…どこで油を売っているのか、知っていまして?」
「甲板だ。 そこで菓子を「ありがとうございますわッ!」食べ…」
途中でリィルは部屋を飛び出して行く。 暫くすれば外から、博士の悲鳴が聞こえてくるであろ「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」いや、聞こえてきた。 彼の想像以上に早い到着、恐ろしいものだ。
カザイがここを訪れた目的は達せられた。
「……」
カザイが部屋を出ると、向こう側なら白衣を脱がされた物言わぬ骸がズルズルズルと引き摺られている。 すれ違いざまにもう一度感謝の言葉を聞いて、再び彼は静かになった甲板へと向かう。
「待てカザイ」
甲板への階段を上る彼に声を掛ける者がいた。 …出来れば会いたくなかった幼女、ロリーである。
「今は行かぬ方が良いぞ」
「何故だ」
「ほれ、付いて来るのじゃ」
有無を許さない語気である。
「……」
「早うせんか。 気付かれたら面倒じゃ」
仕方無しに彼はロリーの後に付いて行くことに。
「…ここまで離れれば、大丈夫じゃろ」
静まり返った商業区の辺りで彼女の足は止まった。
「悪かったの。 襲うわけではないから安心せい…む? これは幼女を拉致している男の図に見えそうじゃな」
「…」
「待て待て! 冗談も通じんのかお主は!」
踵を返すと、前に回り込んで手を広げたロリーを無表情に見つめる。
「時間の無駄だ」
「ほっほ! 冗談としては…ちぃぃぃぃと、キツイの」
「……」
「無言…かの?」
「時間の無駄だ」
この男の本心であった。
「キツイのぅ、相も変わらず…老人を労わることは出来ぬのか?」
「そうだったな」
「何じゃその適当な返事は…もしや、儂に会いたくなかったと吐かすのではないな?」
「そうだ」
本心で、あった。
「不可抗力じゃ。 儂とて主らのプライでベートを把握しておるわけではないからの。 重ねて言うがたまたまじゃ」
「そうか」
どうでも良いことであった。
「分かっとる分かっとる。 行くなと言った理由じゃろ? 彼女じゃ」
「彼女?」
「歌っておったわ」
それだけで誰かを察する。
「そうか」
もし薄暗闇の中でなければ、カザイはどんな表情をしていたのだろうか。 そんな彼の彼らしからぬ、微かに感情が込められた、ような呟きだった。 …これはロリーの個人的な感覚であるが。
「それだけじゃ。 じゃあの、レオンの奴は居らぬしとんだ無駄足になるかと思ったが、とんだ、儲け物じゃ…ほっほっほ」
好々爺オーラを漂わす幼女は、そのまま姿を消すのであった。
甲板へ行こうに行けなくなり、カザイは行き場もなくベンチに座る。電灯横のベンチ。 薄暗く照らされる彼の姿はどこと無く哀愁を匂わせる。
静かに彼はその場で眼を閉じる。 深く息を吐き、身体の緊張を抜いていく。 疲れが少しでも取れれば、どこだろうと良い。 カザイの身体が、心が本当の意味で安らげる場所はまだ、無いのだから。 現に今。
「……試験官が何だってこんな所にいるんだ? おい、起きてるか!」
彼に声を掛ける者がいた。 大きな箱を抱えて、どこかに向かっている途中らしい男だ。 カザイは記憶力に富む人間ではないが、アンナ、ロリーとここの実行部隊隊員の昇進試験試験官を務めたことはまだ記憶に新しい。 記憶を手繰っていく…と、思い当たった。 氷魔法の使い手だ。 チャクラムという変わった投げ武器を使っていたので、それも思い出すのに役立った。
「こんな所で寝ていると風邪を引くぞ」
「そうか」
「お人好しな隊員が多いな」…内心そう思った。 一人でいたいのに人が関わろうとしてくる…何というアイロニーだろうか。
「…そうだ。 良かったら手伝ってくれないか?」
「これで終わりだな。 すまないな、助かった。 最近、減りが早いんだ」
「……」
男二人がいるのは、棚に酒瓶が並ぶ小さな店。 カザイに話しかけた男、トウガの店だ。
「良かったら何か飲むか? 一杯くらいはサービスしたいのだが」
「……」
「酒は…いけない口か?」
棚に並ぶ酒瓶のラベルを一つ一つ指で辿りながらカザイが振り返る。
「いや、貰おう」
「……。 こんなのでどうだ? 今日のおすすめだ」
グラスに酒が注がれ氷がカランと音を立てて動く。 無色透明の液体の中に染みるように溶けていく氷が虹色に輝いている。 台の上に置かれた酒瓶のラベルには、達筆な文字でプリントされている。
『最低野郎』と。
「…どうだ?」
グイッと一気に飲んだカザイが微かに眉を顰めた。
「…何でこんな物を皆飲めるんだ」
「…何かすまないな。 無理矢理飲ませたみたいで」
「…構わない」
無表情に戻るカザイ。 一気に煽ったとはいえ、酔った様子はない。
「そうだ。 寝る場所が無いのなら、ここで寝ていってくれ。 多少はマシになると思うぞ」
「あぁ」
別にどこで寝ようとカザイは良かったのだが、人があまり来ない所で寝れるということは彼にとっても悪くないことであった。
ふと、トウガが取り出している、店まで一緒に運んだ段ボールが眼に入った。
「…? これがどうかしたか?」
視線に気付いたのか、トウガが取り出した酒瓶を持ち上げた。
「お得意様が一番気に入っている銘柄だ。 来る度に一本、奥さんとの晩酌のために持って帰るんだ。 ここは、女人禁制だからな」
「そうなのか」
「いや、今考えた…と、噂をすれば陰だな。 っらっしゃい」
「……」
扉の上部に取り付けられた鈴が鳴り、中に人が入って来る。
その三人の内の一人でカザイの視線は止まるが、すぐに逸らす。
「『エルフの口づけ』を入荷しておいた。 開けるか?」
「ん、いつもすまないな」
弓弦に、
「あ、僕いつもので」
セイシュウに、
「お〜お。 こりゃまたえらい仕入れたな〜…ん〜? お前さんまた『最低野郎』を開けたのか〜、好きだな〜!」
レオンであった。
「隣、良いか?」
「あぁ」
弓弦がカザイの隣の椅子に腰掛ける。
「珍しいな。 カザイもここに来るのか」
「……」
「無言、か?」
「今日が初めてだ」
「そうか…ん、乾杯!」
レオン、セイシュウとグラスを重ねてから美味しそうにワインを飲む。 …カザイからすれば信じられない光景であった。
「好きなのか」
「あぁ。 俺もフィーも大好きだよ」
「…そうか」
レオン達と会話を弾ませながら、彼は時折カザイにも話し掛ける。 やがてセイシュウが、「遅くなるとリィル君が怖いんだ…」と遠い眼をしながら帰ると、レオンも話に加わった。
「カザイ〜、お前さんは飲まないのか〜っく」
「……」
「無言、か〜っく」
「俺は、飲まない」
静かな強い口調である。
「下戸なのか?」
「……そんなところだ」
瓶三本を空けておいて、平気そうな弓弦の顔を無表情に彼は見つめる。 先程彼が言ったことの通りならば、今頃信じられないとでも思っているのだろうか。
「しかし珍しいこともあるもんだな〜、お前さんがな〜」
「そんなに珍しいことなのか?」
「ん〜? そうだ〜っく。 こいつは基本一匹狼だからな〜。 少なくとも俺は見たことがないぞ〜?」
こちらは二本を空けている。 これ以上飲んで明日の業務に支障が出ないかどうか疑問に思ったが、興味があるわけではないので押し留めておく。
「それを言うのなら弓弦も珍しく酔っていないな〜、どうした〜?」
「今日はそんなに飲んで…るな。 まぁこの後フィーを待たせてるんだ。 これで酔ってたらいけないだろ?」
元高校生男児にあるまじき発言であった。 今度こそ、カザイの瞳には驚愕の色が浮かんでしまった。
「…よし、じゃあ俺もそろそろ、チェックだ」
サラサラサラと、トウガが伝票に金額を書き、それを機械に出力する。 弓弦がそれの前に隊員証を翳すとそのままワイン瓶を受け取って、扉へ。
「毎度あり、別嬪な奥さん達に宜しくな」
「茶化すな。 カザイも」
「……」
「無言、か」
きっと弓弦はこの後、自室でフィーナと晩酌に洒落込むのだろう。 幸せなハーレム男である、本人に自覚があるかどうかは別として。
「か〜っ!!」と変な声を上げるレオンに感情の読めない視線を向けてから、カザイは眼を閉じる。
「そ〜そ〜、扉の先に行けるようになったんだ〜。 出たら出たで本当に瓜二つでな〜! またすぐに行き詰まったんだが〜また気長に調査しないとな〜」
レオンは謎の発言をし始めたが、トウガは相槌を打つだけで聞く耳を持っていない。 酔っ払いは相手するだけ無駄なのである。 当然聞き流しているカザイも、自分の意識を浅瀬へと沈めていくのであった。
* * *
「本日もお疲れ様でした」
自室に戻った弓弦は、待っていたフィーナと知影の晩酌を受けていた。 椅子に座るのは三人、グラスも三本あるが、知影の分だけ少なめだ。
「…未成年飲酒、はんた〜い!」
何という偶然か、明日は知影の十九の誕生日であった。 弓弦もフィーナもよく知らなかったのだが、彼女が明日、明日と言うのでそういうことになったのだ。 要するに、今日は一応当日になるのでお祝いとして知影も飲んでいる。 というか、今飲み始めた。
「…濃いよぉ…凄く濃い…ふぇへへ…弓弦のと…どっちが濃いかなぁ…」
見よ、右へ左へと揺れる彼女の酔いっぷりを。 飲んで早々これだ。
「…あの、知影さん大丈夫でしょうか」
「…すまん、俺も今かなり後悔している」
「何を後悔しているのかなぁ…あ、そっか♪ 私とまだ子どもを作ってないことだよね? しよっか、こ・づ・く・り♪」
「するか。 止めろ」
近付く知影を手で押さえながら、空いた手ではグラスを傾ける。
「まるで痴女ね。 困ったものだわ…」
「…可愛いのにな。 残念な娘と言うか何と言うか…勿体無い」
「…私は、どうですか?」
「ん? 決まってるだろ」
冗談めかして訊いたフィーナの顎に手を当て、クイッと軽く持ち上げる。
「あの…ご主人様? 私が言うのも何なのですけど、酔って…おられます?」
焦るフィーナであったが、逃げようとはしなかった。
「自分にとって、大切な人の顔を見つめていることが酔っていると言えると思うのか?」
「それはその…はい、ご主人様は酔われています」
「そうか。 じゃあこの気持ちは酔っているからということになるんだな。 …残念だ」
「…ん〜♪」
手を離し、猫みたいに膝の上で戯れる知影の頭を撫でながら、ワインを飲み干す。
「…私は、酔った勢いのまま、多少強引な方が好きできゃっ」
突然の温かい感触と共にフィーナの意識は溶けていくのであった。