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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
平和な毎日
117/411

苦さと、甘さと

「負けられましたね?」


「負けたよね?」


 部屋に戻った弓弦を待っていたのは笑顔のフィーナと知影であった。 …監視されていたのだ。


「クス、いけませんよ」


 入り口の扉から風音が入って来た。 退路は無い。


「は、はは…情け無い限りだ」


 カチャッと手錠が付けられる。


「取り敢えず、座ろうね?」


 正座。


「私達が言いたいこと、分かる?」


「…い、いや…分からない…な」


 弓弦を中心に、囲むように座る三人。 当然味方はいない。


「ユリちゃんに負ける要素、無いと思うけど?」


「そうね、寧ろ一瞬で終わらせれるはずなのだけど…何をなさっていたのですか? ご主人様?」


「クス、あらあら…うふふ♪」


 一名笑っているだけだが、彼女が一番恐ろしい弓弦である。 注意しながら慎重に言葉を選ぶ。


「全力でやった、悔いはないさ」


「胸が気持ち良かった、だから悔いはないんだよね? 全部…ぜぇーんぶ…見ていたから」


「ッ!? な、見ていたのか!?」


 覗かれたような感覚はなかったはずである。 弓弦が思わずそう言ってしまうと、三人が距離を詰める。


「…触ったのですね?」


「ユリちゃん…大きいもんね…ふふふ」


「…か、カマだったのか!? 違う! 俺は無実「言い訳無用で御座います♪」ひゃ…っ!? つぅっ!? あぐ…っ!!」


 風音に拘束された。 抵抗する術は無く、ただ犬耳を彼女の手が蹂躙する。


「風音、止めなさい! ご主人様の犬耳はあなただけのものじゃないのよ!」


「…弓弦、可愛いよぉ…ふふふ、わ〜たしもっ♪」


「ひゃうっ!? フィ、フィー! 頼む、止めさせてくれぇぇっ!!」


「ご、ご主人様!? っ、二人共、いい加減にしなさい!! …あなた達がその気なら私にも手があるわ…!!」


 幾ら言っても止めなさそうな二人を見て、フィーナはある手を思い付く。 上手くいけば、弓弦は助け出せて自分は良い気分になる素晴らしい策だ。


「“アクアバインド”! ご主人様、しっかり握っていてください! …っっっ!!!!」


「「…ッ!!」」


 二人の身体が水の縄によって縛られる。 その隙を突いてフィーナは、何故かシンプルな首輪型のチョーカーから魔法の鎖を伸ばして弓弦の手に巻き付けさせ、引っ張った。


「ぅ!? う、うわぁっ!!」


「わふんっ!?」


 思いっきり引っ張ったためか、予想以上に首が絞まって気持ち良い感覚と共に弓弦も跳んで来た。


「フィー! 退いてくれぇぇっ!」


 視界に迫る弓弦の身体。 勿論退かない。 両手を広げて受け入れ態勢をとり、彼を迎え、そっと包み込むように、フィーナは彼を抱き留めた。 衝撃で後ろに倒れ込む。


「…ふふ♪ 大丈夫ですかご主人様?」


「…頭がボーっとする…フィーも良い香りだ…ははは」


 どうやら犬耳を強く引っ張られ弓弦は、トランス状態になっているようで、フィーナの腕の中であらぬ方向を見ている。 熱を帯びた瞳と一瞬眼が合い、「天使の顔ね…可愛い♪」と、そんなことを考えながら頭を撫でる。


「フィー♪」


 再び視線が重なる。


「何ですか?」


「呼んでみただけだ♪」


 幸せそうな満面の笑みを向けられ、フィーナの顔が熱を持つ。


「〜っ!!!!」


 兎に角ギャップが尋常ではない。 この状態の弓弦はどんなお願いでも訊いてくれるが、自発的にこのような言葉を言うことはあまりなかった。 しかしどうだ? 眼の前の生物は何なのだろうか。 一言で言うならそう、最凶の愛らしさを纏っているように彼女達の眼に映った。


「…何でフィーナだけ…弓弦! 私のところにおいで!」


「クスッ、私の下は如何ですか?」


 弓弦はフィーナに乗る形でボーっとしている。 当然、その視界にはフィーナしか入っていない。 …二人の声は届いていなかった。


「行かなくてよろしいのですか?」


 フィーナが訊くと、ふらふらと立ち上がる。 少し寂しい気もしたが、自分は十分満足出来たので譲ってあげようと思った…弓弦だけに。


「フィーナ様」


 風音の視線が鋭くなる。


「寒いです」


「…? フィーが…寒い」


「え?」


 何を思ったのか弓弦が戻って来る。


「フィー…寒いのか? なら…側にいる」


 今度は弓弦が背後から、フィーナを優しく抱きしめる。


「こうすれば…寒くないだろ?」


 肩に回された手に触れる。


「少し違いますが…はい」


「……………何という失態を演じてしまったのでしょう…っ!」


「…うっうっ…私の弓弦がぁ…っ」


 二人の女性がそれぞれ部屋の隅で体操座り…何とも奇妙な光景である。 自分達で蒔いた種とはいえ、こうも除け者にされるのはどうなのか。


「‘演技、上達しましたね?’」


「‘…ん、バレてたか’」


「‘…覗いていましたから’」


「‘…おい…っ! …だがまぁ、良い’」


 因みに、全て弓弦のトランス状態に見せかける演技である。 逃げ道が無いのなら…と、突き進んだ結果だ。 犬耳を鍛えて努力している成果が出て、弓弦は嬉しかった。 どうせなら暫くこのままやり過ごそうかと思ったが、それはそれで二人に酷なので、弓弦はフィーナに提案をした。


「‘…良いか?’」


「‘はい、合わせますね。’ ? ご主人様、どちらへ行かれるのですか?」


 スタート。 最初は知影のもとにフラついた足取りで向かって行く。


「…弓弦、どうしたの?」


 振り向いた彼女の頭に手を置く。


「よしよし」


「…ん、ありがと。 良いよ、フィーナのところに行っても…夜に取り戻すだけだから」


 不穏な「取り戻す」である。


「だって弓弦は悪くないから…誑かす女が悪いだけ。 そうだよね? 怒るかもしれないけど、弓弦のためだもん。 それで弓弦が寂しがるんだったら、私が倍埋めてあげるの、良いよね弓弦」


 好意を向けられることは嬉しいが、それを理由にするのは少し違う。 知影はそれに微塵の迷いも抱いていない。 細かい理由など関係無く彼女はただ、全てが弓弦のためになる…純粋にそう信じているのだ。 


「…知影」


「どうしたの?」


 こうしている分には普通の女の子なのだ。 ただ人より、少しだけ愛が重いだけの。


「知影」


「…ん?」


 名前を呼ばれるのが擽ったそうに、眼を細める。 そんな仕草が「可愛い」と、素直に思えてしまう。


「知影」


 依存していると、断言出来るほど彼女の世界は弓弦を中心に回っている。 しかし彼女がそこにいないわけではない。 彼女という存在は、確かにいるのだ。 きっと、弓弦の隣で…寄り添うように。


「…弓弦?」


「知影」


 風音が一瞬こっちを見ていたように感じた。


「…エンドレス?」


「…好きだ」


 驚いたように目を瞬かせた後、はにかむ。


「ん、私も大好きだよ…でも、出来ればいつもの弓弦から訊きたかったなぁ…あ、待って…」


 言うだけ言って風音の下へと弓弦は行く。 彼に手を伸ばそうとした知影はフィーナに阻まれて、不満そうにその場に止まった。


「…………私が一番最後なのですね…弓弦様」


「…?」


「下手な演技はなさらなくて結構です。 知影さんやフィーナ様を騙されたとしても、私相手にその様な小手先は通じないものと思って下さい」


 弓弦の心を見透かしたような瞳。


「…そうか。 じゃあ何も言うことは無いな」


「本心から仰ってます?」


「本心だと思うか?」


「…質問返しをされるということは、からかわれている証です」


 歳に見合わない落ち着きのある声が溜息と共に嗜めるかのように響く。


「…それは気付かなかったな」


「クスッ…当然、冗談です♪」


 当たり前と言わんばかりの彼女に脱力する弓弦。


「風音…声真似と言い冗談と言い…最近お遊びが過ぎないか?」


「その様に弓弦様と“コメニポーション”を行わなければ…女として寂しいじゃないですか…私は知影さんやフィーナ様の様に、弓弦様と毎晩床を共にしている訳ではありませんので…」


 米にポーションを使用しても意味は無い。 “コミュニケーション”の間違いだ。


「…そうか」


 今度の言葉には風音の本音が見えたような気がした。 楓の時に彼女の心に深く触れていた弓弦はあの時、彼女が常に感じていた幸福感を知っている。 きっと彼女はいっそのこと、『玄弓 楓』という人間としてこれからを過ごしていきたいと内心思っているのだ。 要は独り占めだが。


「…成り方、探してみるか」


「クスッ♪ 待たせて頂きますね」


 大人びた笑顔とは違う年頃の少女の笑顔が、そこにあった。


「‘…好きな時に弓弦様と一緒。 …クス、何と素晴らしいことなのでしょうか…♪’」


 乙女の世界へと旅立った風音をそっとして、弓弦はおもむろに棚からコーヒー豆(勿論焙煎済み)が入った袋を取り出す。 彼がコーヒーを淹れ終えるのと時を同じくして、部屋のドアが叩かれた。「カザイだ、俺が出る」と、立ち上がろうとしたフィーナに言ってから扉を開ける。


「丁度淹れたところだ。 適当な椅子に座ってくれ…って、セティも来たのか」


「邪魔をする」


「…コク」


 カザイは言われた通りに一番手前の椅子に座る。 彼の手前にコーヒーを置いてから弓弦もその前の正面椅子に座った。 セティは風音の下へ。


「どうだ?」


「……」


 口に含んで暫く眼を閉じる。


「悪くない」


 目を開けると、そう言った。 弓弦も同じように口に含み、頷く。


「はは、それは良かった」


「私も飲んで良い?」


「ん、少しだけならな…ほら」


 自分が飲んでいるカップを知影に渡す。 嬉しそうに一気飲みをして、


「お、おい!」


「…フィーナが淹れたやつより更に苦い…うぅ…」


 口を押さえる。 因みに今回のコーヒーは無糖、二人が飲む今日のコーヒーは苦い。


「馬鹿ね。 眼先の欲に釣られるからそうなるのよ」


 弓弦の隣の椅子に座ったフィーナがやれやれと言わんばかりに見下ろす。


「私が淹れてきましょうか?」


「いや、良い。 コーヒーぐらいは自分で淹れるさ…飲むか?」


 思案してから、少し申し訳なさそうに小首を傾げる。


「…良いですか?」


「あぁ、風音はどうする?」


 声を掛けると、顔をゆっくりと上げる。 無事帰還を果たしたようである。


「…? あ、私も頂きます」


「セティは?」


「…飲む」


 未だ苦味に悶絶中の知影(弓弦からしたら大袈裟にしか見えない)には訊かず、彼は砂糖を入れるかどうかを訊いた。


「「ブラックで♪」」


「…コク」


 返答の間にコンマ数秒を要しないほどの二人の即答と一人の頷きであった。


「よし♪」


 弓弦としては望むところである。 無糖コーヒーは、砂糖を入れない分作るのも簡単だ。


「出来たぞ」


「ありがとうございます」


「…ありがとう」


「クス、有難う御座います弓弦様♪」


 隣に座るフィーナ、彼女の隣に座るセティ、正面に座る風音の前にそれぞれソーサーとコーヒーの入ったカップを置く。 椅子に腰を落ち着けて、弓弦がコーヒーを飲む。 香ばしく、強い苦味が舌を刺激し、鼻へと抜ける。 フィーナが丹精込めて焙煎したコーヒー豆は今日も今日とて良い味わいを醸し出していた。


「ん、良い味だ」


 それは自画自賛するには十分な味わいで、弓弦は思わずそう呟いた。


「ふふ、そうですね」


 フィーナがそれに同意する。


「豆の焙煎法は」


 最初の一口を飲んでから、眼を閉じて一言も話さなかったカザイが突然口を開いた。


「誰に教わった」


 単なる問いの形を呈していた。 だが、何か別の意味をも、持っているように弓弦には思えた。


「恭弥兄さんだ。 俺の十歳上のな」


「そうか」


 コーヒーを飲み再び眼を閉じる。 閉じた瞼の裏で彼は何を考えているのか、この場の面々が一つだけ察せるのは、それが何らかの形であれ、コーヒーと関係しているであることだろうか。


「ぅぅ…恭弥さんかぁ…確か物凄くヘタレの人だったよね。 妹さん達に嫌われて」


 青白い顔の知影。


「…あれは家限定だったはずだ。 仕事中、兄さんはあまり感情を表に出すことのない無口な人だと訊いたことがあるが…そこは覗いていないのか」


「うん、その人はあまり障害ならなそうだったから。 やっぱり障害と言えば、ブラコンのお姉さんや妹さんの方だったからね。 絶対に弓弦が私を紹介しても頷かなかったと思うよ?」


「…否定出来ないな。 と言っても、あの時はこんなことになるとは思っていなかった…というのもあるが、実際「まず、ちゃんとした交際関係ではなかった」…そういうことだ」


 その場の流れ、流れに流れ、流されて今へ。 知影は弓弦の自分に対する想いを知っていたから、敢えて言うまでもないことであったし、既にそういうものだと思っていた、二人が二人共だ。


「でも、今更そんな形式は関係ないでしょ? 私達、一緒だったんだから…全てが♪」


「お前が一時的に俺の身体の中に入っていただけだろう? いい迷惑だったな」


 地味に知影以外の女性陣からの視線が鋭さを帯び始めているような気がした。 カザイも少しだけ眉を顰めている…のだろうか。


「一緒の身体、私達の身体…そう、あの時の私は妊娠していたんっ!?」


 ハリセンが知影の頭を叩く。


「わ、訳の分からないことを言うな!! あれは間借りだろ、どう考えても!」


「間借りじゃないよ!! 私と弓弦の愛っ!?」


「意味がまったく通っていないだろ!! その表現は止めろ!」


「だって一緒の身体だよ!? 私は弓弦の中でいつも弓弦の愛の言葉を聞いていたし、私だって愛の言葉を囁いていたよ! 今だってずっと心は繋がってる…そう! 弓弦との関係が一番進んでいるのは私!! そりゃあ、眼に見える形としては? フィーナと…っ、お揃いで何ちゃって婚約指輪なんか着けてるけど? それで私、彼と結婚しました、キャハッ☆ みたいな! アピールを嫌がらせのように見せて「あ」くれるけっ!?」


「だ、誰がいつそんなアピールをしたのよ!!」


 今度は弓弦からハリセンを受け取ったフィーナが彼女の頭を叩いた。 弓弦と違い、手加減無しなのでとても痛い。


「ぅぅぅ…っ、だって、だって…っ」


 大きく息を吸い込む。 果てしなく嫌な予感を感じる弓弦が止める前に、それは叫ばれた…叫ばれて、しまった。


「弓弦の『初めて』を貰ったのは私なんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 バチィィィンッ!! と、ハリセンの音と共に場の空気が凍結した。


「あげてないわぁぁぁぁぁぁぁっ!! …って、何を言ってるんだ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」


「え? 私が貰ったのは弓弦のファーストキスだよ? …ふふふ、弓弦は何と勘違いしたのかなぁ…教えて?」


「は?」


 凍結が解ける。 してやったり顏の知影に苛つきつつも、仕返しのつもりで今度は知影の勘違いを訂正する。


「俺のファーストキスをあげた相手は姉さん達だ。 昔誕生日プレゼントで、あげたな」


「え? 嘘でしょ…」


「本当だ、確か…美郷姉さんだった」


「ッ!?」


 フィーナが勢いよく立ち上がった。


「? どうしたんだ、フィー?」


「い、いえ…まさかお姉様方とそのような関係になられていたとは…流石です…」


 褒めているようにはどうしても受け取れなかった。 それもそうである、「ファーストキスの相手は?」と訊かれて実の姉の名前を、少し嬉しそうに、恥ずかし気に話す彼の姿は見るに耐え難いものだ。 『禁断の恋』と言えばアレではあるが、苦笑してしまうのは間違い無い。


「…ほら、でも家族だよ? そういうのらカウントしないんじゃ…」


 無論知影もフォローを試みるが、


「本人に自覚が無い場合はな。 あの時俺は美郷姉さんに、あげると言ったんだ。 あの時の美郷姉さん、キモいキモい連呼していたが…顔がだらしなくにやけていたから、きっと、最高のプレゼントになったんだ…と、喜んだものだった…」


 完膚無きまでに玉砕したのだった。


「賑やかだな」


「…コク」


「良いものだ」


「…?」


 セティがカザイを見ると、彼はその光景を無表情に見ていた。 傍観者、見守る者の眼ーーーともとれるか。 しかし、やはり感情が読み取れないことには違いが無い。


「でも、好きな人の身体の中にいるって、普通じゃ出来ない経験だよね!! じゃあ私が一番、弓弦との関係が進んでいるんだよ!」


「あらあら…うふふ」


 「私も弓弦様の御身体の中に参りましたよ」…とは口が裂けても言えない、自信のありようだった。


「これって恋人より進んだ関係だよね! つまり、妻だよ! そう、私が弓弦の妻! 私こそが弓弦の奥さんなんだ!! だって…? 風音さん? 顔が赤いけど…大丈夫?」


「…何でも、御座いません」


 知影の言っていることを真に受けるのなら、「楓への成り方を探す」とはプロポーズの言葉と受け取れないこともない。 風音はそう返すのが、やっとであった。


「……まるで昼ドラ」


「…セティ、それってまるで私が悪役みたいな表現にとれるんだけど」


「弓弦独り占め…悪役?」


「…疑問形のくせに、断定的な声音…悪役扱いだ…はぁ」


「ご主人様」


 コーヒーに揺れる自分の姿を、寂しそうに見つめる弓弦の姿が、痛まし気に映る。


「…気にするな。 もう、いない人のことだ」


 机の下で握り締めた右手は、震えている。 隠し事が苦手な男である。


「…? …………ありがとな」


 フィーナはそんな彼の手を誰も見つからないようにこっそりと、左手で包んだ。


「…私だけブラックコーヒーが飲めないのに、弓弦も、フィーナも、セティも、風音さんもみ〜んなブラック…そう、風音さん、ブラック飲めたんだね…私てっきり苦手とばっか決め付けていたけど…何かごめん」


「それはそうね…風音、正直な所、私も飲めないとばかり思ってたわ…」


 風音はコーヒーを美味しそうに飲んでいる。


「コーヒー、美味しいですよ?」


「えぇ、同意するわ」


 楓の時に飲んで以来、飲んだ時に苦いと感じていたコーヒーの苦味を殆ど感じなくなった風音。 もしセイシュウが事情を把握していたのなら、「同化現象の名残」と言うだろう。


「…私だけ、飲めないよ…あ〜あ」


「…?」


 自分より年下なのに、ブラックコーヒーを飲めるセティが羨ましい知影である。


「無理に飲む必要は無いだろ? 好みだから気にするな。 合わせる必要も無いしな」


「…それって、どういうこと?」


「知影の解釈に任せる」


 ただ飲めるのなら少し嬉しいだけで、弓弦にとって飲めないことは、実際どうでも良いことだ。 …苦い苦い言われると、カチーンとはくるが。


「……覗けない。 それっ」


「うわっ、頭を乗せるな!?」


 座ったまま、弓弦の膝に顔を乗せる謎行動に走る。 奇妙極まりない。


「よし…どれどれ…『味覚の相性より、夜の相性の方が大事だろ?』…キャッ♪」


「思っていないからな…って、フィーも風音もそんな眼で見るな! 変態なのはこいつだ」


「…ぬぅ、甚だ遺憾である」


 膝を上げると、見事に机の裏に頭を打つけ頭を押さえる自業自得な様に誰も同情はしない。


「そうそう、今から四日後少し出掛ける」


「? …ご主人様」


「言うな。 行かせてくれ」


「私に反対する理由はありません。 先日独り占めしたばかりですし…どうぞ行ってきてください」


 反対すると思っていた分、少しだけ面食らってしまう。 不思議そうに向けられた弓弦の顔にフィーナは笑顔で答える。 優し気な笑みは一種の余裕だろうか。


「ま、それまではゆっくりと任務ミッションか業務補佐だな。 しかしな…暫く忙しかったから…やっぱりのんびりするか?」


 考え込む。


「…そうだカザイ、俺と一緒に任務ミッションに行かないか?」


「……」


 いつの間にか閉じていた瞼が上がり、蒼の瞳が弓弦へと向けられる。


「どうする?」


「分かった」


 そう言うと、カザイは立ち上がった。


「帰るのか?」


「…あぁ、邪魔をした」


 扉が閉まり、彼の姿は見えなくなる。 弓弦達はその後、一日を部屋で寛ぐことによって大いに満喫するのであった。

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