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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
110/411

ヤンデレ…発動

「アンナ殿」


「何だ?」


 弓弦に“ヒール”を掛け終わり、彼が目を覚ますまで待つことにした一行。 そこで、先ほどから気になっていた疑問をユリがアンナに訊いた。


「私の聞き間違いでなければ、先ほどアンナ殿は『ジャンヌベルゼ・アンナ・クアシエトール』と名乗ったが、間違い無いか?」


「それがどうかしたか?」


 問われたアンナは、弓弦を睨むことを中断して顔を上げる。


「私もクアシエトールという性なのだ」


「それが、どうかしたか?」


 鳶色の瞳がユリを真っ直ぐ見つめる。


「『ユリ・ステルラ・クアシエトール』という名に覚えは無いだろうか?」


「覚えも何も、知らないはずがない。 忘れたか? 貴殿の昇進試験の相手は私だったのだぞ?」


「いやそういう意味ではなくてだな…」


「では何だと言うのだ?」


 逡巡した後覚悟を決めたかのように見つめ返す。


「……」


「……」


 交わる視線。


「…いや、何でもない」


「? そうか。 …っ、この男はまだ起きようとせんのか…!」


 再度視線を落として弓弦を睨み付ける。


「……すぅ…」


「あらあら…すっかり安心されて眠っていますね…クス、愛らしいです♪」


 アンナの隣に正座している風音が、あどけない表情で熟睡する弓弦の髪を撫でて微笑む。


「間抜け面の間違いだ。 人の膝で…っ!」


「じゃあ私が変わる。 嫌がっている人に弓弦も膝枕されたくないはずだし。 ほら、弓弦をちょうだい?」


「別に嫌とは言っていない…間抜け面が気に食わんだけだ」


 伸ばされた知影の手を防ぐ。


「それが嫌ってことだよ! さぁほらちょうだい! 私は弓弦が欲しいの!」


「知影、静かにしなさい」


「あぐ…」


 アンナを挟んで風音が座っている。 その反対側に座って、“ベントゥスアニマ”で座っている3人(風音、アンナ、弓弦)を浮かしているフィーナがぴしゃりと知影を諌める。


「連れ去ったの…ルフェル?」


 十字架を斬り刻んでからセティが彼女達の下へ。


「…そう、【リスクX】ルフェル。 以前戦闘した時よりも強くなっていた…よくゆ、この男一人で退かせたものだ」


「………っ」


 セティの表情が翳る。


「お〜お〜、【リスクX】最恐と呼ばれるルフェルを討てる日も近いということだな〜」


 レオンの言葉でそれは、より顕著なものになる。


「…ですが先ほどの弓弦様は一体何だったのでしょうか」


「…あれは、この男ではない」


「それは認めるけど、何故あなたがそう断言出来るのか理由を教えてもらっても良いかしら?」


 フィーナもそれは分かっていた。 更に言うのなら、あの時彼女を“視た”のが誰かまで。

 きっと、メッセージだったのだ。 否、だったではない。 確かに、彼女だけに聞こえた。

 互いに流れる互いの魔力マナを通して、聞こえた。 「久しいな」…と。


「勘の一言で済まさないわよね? 主観的だけど、あなたは勘でそこまで断定するような人間ではないわ」


「…それは…」


「…ん…んん…」


 アンナが口を開こうとしたところで、弓弦が身動ぎした。 やがて目が開く。


「…あれ? みぐっ!?」


 弓弦が目を覚ました瞬間、アンナが立ち上がり彼の頭がガクンとなる。


「弓弦〜っ♪」


「うわっ!? 急に何だよ知影…」


「いただき♪」


 驚いて身体を起こした彼に知影が抱きついて唇を重ねさせる。 慌てて離れようとする弓弦を壁まで追いやり逃げ道を塞いで、ガッチリと抱きし(締…)めて離れまいとする。

 「弓弦を…食べている」と男性陣の思考が揃うことになるのは言うまでもない。


「ん…っ! いい加減に」


 弓弦の手に握られる、ハリセン。


「しろっ!」


 スパーンッ! …と小気味良い音が玉座の間に響く。


「ぐぉぉ…」


 可愛げの無い呻き声を上げながら蹌踉よろめくも再び手をわきわきと動かして突撃する。


「負けられない戦いが、ここにある!」


『風に誘われて、眠れ!』


 面倒なので、弓弦は“スリープウィンド”で眠らせて抱え上げた。


「…それ…反…則だ…よ…ガク」


「…寝てれば可愛いんだけどな…ったく、すまん、先にこいつ連れて戻っとくからな」


「私も行こう」


「…私も行く」


「そうか、じゃあ俺に掴まっとけ」


 移動するのが面倒な弓弦はユリとセティが密着したのを確認してから、“テレポーテーション”で転送装置の場所へと転移した。


「お〜し、じゃ〜俺達も戻るか〜」


「ディオルセフ、後で話を訊かせること、忘れるなよ」


「…分かってるよ」


「私も戻りますが…御二方は如何されますか?」


 風音が座ったままフィーナとアンナに、形式的に訊く。


「私は少し…彼女と話すことがあるから先に戻っていて。 ご主人様をお待たせするのも悪いから」


「畏まりました。 では先に失礼させて頂きます」


 一礼をしてから風音はレオン達に合流して一緒に転移陣に消えた。

 静かになった玉座の間で、フィーナは眼を閉じ、ゆっくりと開く。


「…さて、これで周りには私達以外誰もいない。 さっきの続き話してもらうわよ」


「……断る、と言ったら」


 無風の室内のはずなのに風が吹いたように2人の長髪が靡く。


「分かっているでしょ?」


 刀の柄に手を添える。


「…断る!」


 アンナがフィーナの刀を逆に抜こうとして、


「ッ!?」


 刀を抜けずに大きな隙を作り、フィーナに組み敷かれた。


「“アクアバインド”。 …馬鹿ね」


 そのまま魔法で拘束したアンナを見下ろす。


「この刀はあなたが抜けるような刀ではないわよ。 残念だったわね」


「…慕う人間に似て嫌味な女だ」


 抵抗を図っていたアンナだったが魔法は彼女を捕らえて離さない。


「私には褒め言葉よ。

 …自覚の無いままだと、同じわだちを踏むのが眼に見えてるの。

 今回あなた1人を捜すためにあの人が…どれほど苦労されたか…。

 あなたのために、アークドラグノフの実行部隊全員が動いたのよ? その意味を理解することね」


 説教のような言い方にアンナの片眉が上がる。


「…説教、か」


「そう、説教よ」


「……ふぅ」


 溜めていたものを吐露するように深く、息を吐く。 同時に、彼女が纏っていた固い雰囲気が弛緩した。


「…ふん、怒るのは私の役目になるのか」


 投げやりな言葉だった。


「だが私は…」


 “アクアバインド”を解かれて自由になったアンナが何かを思い出すようにそっと瞼を閉じる。


「…欠けている」


「欠けているのは当然だと思うけど?」


「戯言だ。 それで」


 無音が支配するこの空間でも殆ど聞き取れないアンナの問い掛けにフィーナは首を左右に振る。


「分かったのはあなただけ。 私は…私も理解して見つめ直すのに時間を掛け過ぎたから」


「…そうか」


 今度は同じ質問をフィーナがアンナに訊いた。


「…ルフェルは気付いていないが、私をここに止めさせたのは…あの子だ」


「あの子って…あの子!?」


「…。 ピュセルがあるはずだ。 残りは帰る途中話したい…良いか?」


「…良いわよ」


 そうして2人、転移陣に消えるのであった。


* * *


 トウガはアークドラグノフに戻ってからもディオから離れることなく、彼の自室まで行った。


「…何も面白くないよ」


 そう言ってロックを外すと、扉がスライドして開く。 中に足を踏み入れた男二人の視線はある一点で止まった。 いや、止まらざるを得なかったのだ。

 その空間の一点、異質な一点に。


「…何で」


 フラフラと、


「どうして…」


 覚束無い足取りで、


「…僕が、あそこに行ったから?」


「おい、ディオルセフ!」


 トウガに両肩を掴まれ乱暴に揺らされ、ハッとする。


「ごめん取り乱した…ありがとうトウガ」


「取り敢えずそこに座れ」


 ディオをベッドの上に座らせてトウガは異質性の元凶、黒い闇のような煙が発せられているペンダントを見つめる。


「…何なんだこれは」


「転移魔法が込められていた魔法具。 僕の恩人の物だよ」


「今は使えないのか?」


「…一度しか使ったことがないから。 …あの城からの脱出の時の、一度きりだけ」


 ボフッとベッドに倒れ込む。


「話す気になったか?」


「…ごめん」


 記憶を手繰るが思い出せなかった。 靄がかかったように、あの茜色の、黄昏時の惨劇を…。


「……」


 ディオの眼が細められ、まるで夢を見ているかのように虚ろな表情をする。


「…僕より、詳しい人がいる……」


「…それは誰だ? って、な!?」


 ペンダントが黒と紫が混じったような光を放つ。


「……玄弓 楓……」


「色々気になることはあるが…彼女は自分の部隊に戻ったと訊いている。 …これを持っていけと?」


 返事は無い。 替わりに、ディオの瞼は完全に閉じられた。


「…追ってみるか」


 放たれた光は線となり、扉の向こうへと伸びている。 ある種乗り掛かった船でもあるので、トウガは光を追うことにした。

 したのだが、


「うん? …橘の部屋に伸びてるな

…よし」


 部屋の中に弓弦がいることは分かっているので、ノック。


「橘、部屋に入れてもらっても良いか?」


 数秒の間をおいて扉が開き、弓弦が出てくる。


「…すまん、今知影が寝ているから部屋には入れれない…って、そのペンダントは…そうか」


 光は弓弦に当たっていた。


「それは誰のだ?」


「ディオルセフのだ。 帰ってきたらペンダントがそうなっていてな。

 何でも、以前お前がこっちに寄越した玄弓が何か知っていると思うのだが…」


「そのペンダントの光を辿ったら俺の下に…というわけか」


 顎に手を当て思案してから隊員服の裏ポケットを探る。


「……」


 取り出した物にその光は繋がっていた。

 するとトウガのペンダントとが粒子化し、吸い込まれるように消えた。


「な…っ、これは一体?」


 その問いに答えず弓弦はトウガの肩に触れる。


「……やっぱりそうだったか」


「ッ!? いつの間にディオルセフの部屋に…」


 “テレポート”でディオの部屋に転移し、部屋の主の顔を見て弓弦は頷く。


 直後、ペンダントが青白い光を放ち始める。


「…よし、間に合いそうだ」


 弓弦の隣に穴が開く。 「失礼します」との声の後そこから人が、


「私を御忘れになるのは、頂けませんよ弓弦様♪」


 上機嫌な風音であった。 女の勘が発動した彼女はふと、弓弦の思考を覗いていたのだ。

 「風音はどうしているのだろうか」と、同じように弓弦がふと彼女の思考をチラッと覗いてしまったのが運の尽き。 気付かれ押し切られかける内にとうとう折れた、その結果である。


「? 何故この人が?」


「ん、気にするな。 この後二人きりの用事があるんだ。 ディオと二人でその先に進んでくれ」


「は?「じゃ」おい!?」


 トン、と押されディオの上に倒れたトウガに向かってペンダントが投げ込まれた。


「その先にこいつが会わなきゃいけない人達がいる。 その人達に会わせてやってくれ。 頼むな」


「おい、ちょっ」


 トウガとディオが光に消え、弓弦と風音、二人きりになる。


「……」


「……」


「「……………………」」


 何故か流れる変な空気に視線を合わせようとしない。 弓弦が風音を見ていると風音があらぬ方向を見て、風音がさり気なさを装ってチラチラと弓弦を見ていると弓弦があらぬ方向を見る。 変な二人だ。 アホな2人…ともいうのかもしれない。


「んんっ! 弓弦様」


 あからさまな咳払いを一つして彼の名前を呼ぶ。


「…やらないぞ。 と言うかあんな偶然の産物二度と起きるわけないだろ?」


「そんなに…」


 揚げ足をとる言い方によよよと崩れてみせる。

 無論、『私、傷付いています』アピールだ。 本心も多分に混ざってはいたが。


「そんなに私と、一緒になられたくないのですか…」


「い、いや…別にそこまて嫌というわけではないのだが、やっぱりやり方が分からないしな?」


「斯くなる上は…」


 引き抜いた簪を首元へ。 弓弦の表情が青ざめるのが分かった。 勿論、それが狙いだ。


「自刃致しま「風音」…はい?」


 両肩を強く掴まれ見つめ合う。


「す…っ、す…」


 必死に何かを言おうとしている弓弦に胸の鼓動が早くなるのを感じながら、風音は次の言葉を待つ。


「す、す! …っ、すずめ!」


「銘菓」


 しりとりスタート。


「霞」


「妙月」


「積み木」


雉鳩きじば


「ば…馬油」


「弓弦様の…馬鹿」


「風音、す」


 タイミング良く、ドンッ! と扉が叩かれる。


「弓弦〜…ここにいるんでしょ、ねぇ…出てきてよ、ねぇ!」


 ドンドンドンッ!


「フフフフフ、隠れても無駄だよ? 女といるの分かってるんだから…ほら出てきて…出てきてよ」


 ドンドンドンドンドンドンッ! 一種の恐怖映像である。


「っ、ほらどの道無理だ。 暫くはあいつの側にいなきゃいけないからな。 良いか、死にたくなければ隠れとけ…早く」


「……申し訳ありません」


 風音が隠れ、息を潜めたのを確認してから扉を開ける。


「あ♪ やっと出てきたぁ…」


「悪かったな。 兎に角部屋に戻るぞ」


「女は」


 脇をすり抜けて中に入り、光の無い瞳でディオの部屋を歩き回る。


「女の匂いがする…ここ、ディオ君の部屋なのに…女の匂い…弓弦からもする…フフフフフ、フフフフフフフフフフ…ん…」


「っ…帰るぞ。 …っと」


 無理矢理黙らせた後に首の後ろと膝下に手を回して抱え上げる。


「…私とこの匂いの女、どっちが大事?」


 胸に鼻を当てて匂いを嗅いでいる。 当然弓弦は若干引いている。


「(一応)今は(暴走されたら困るし)お前の方が大事だ」


「…うん! なら許してあげる。 私は心が海のように広い女だから…ね♪」


「…。 あぁ、心が海のように広い知影のような彼女がいて俺は幸せだ…はは」


 どう口が裂けても言えるはずがない。

 弓弦は、暫くの間遠い目をしながら全ての言葉に『Yes』、肯定しようと内心考えながら自室へ。 


「ベッドにGo♪」


「あぁ」


「じゃあ一緒に寝よ♪」


 言われるがまま、一緒にベッドに横たわると密着される。 弓弦としては暑苦しくてしょうがなかった。


「離れないでね。 こうしておけば弓弦から別の女の匂いは消えるのだから…弓弦には私の匂いだけが付けば良いの…私の居場所は弓弦の側だけなのだから…他の女狐にはあげない、私だけの旦那…私だけ…そう私だけのもの…」


 ゾクゾクゾクッと謎の感覚が弓弦を支配する。 何度も同じ言葉を繰り返している彼女に、


「…俺の所為、か……」


 思わずそう口に出してしまう。 密着されればされるほど、女性特有の甘い香りが鼻腔に充満することや、自分という存在を必死に求められるのは彼にとって決して悪い気分ではなかったが、罪悪感を感じてしまうのだ。


「もっと…抱きしめて」


「あぁ」


 弓弦が抱く力を少し強めると、大きく、速く脈打ってる知影の鼓動が服を通して感じられた。 『自分は想われている』ということが一層愛おしく感じることが出来た。


「弓弦、凄くドキドキしてる。 …私も…うん♪ ドキドキしてる。 弓弦は分かる?」


「あぁ」


「私、弓弦のこと…好きだよ。 弓弦は私のこと…どう思ってる?」


「あぁ」


 上目遣いで弓弦を見る目がジト目に。


「今日は良い天気だよね」


「あぁ」


 外は曇っている。


「二人称のBe動詞は?」


「are」


「私のこと、好き?」


「いや…」


 「あぁ」と言ってくれると思って訊いた質問に返ってきた答えは「いや…」 知影でなくても悲しい気分になるであろう。


「大好きだ」


「〜っ!」


 知影でなくとも、嬉しい気分になるはすだ。


「はは…騙されたか?」


「…少しだけ騙されたかも。 だからそのお詫びを要求するね」


「…何をんっ!?」


 重なる唇。 深く、甘い啄ばみ。 …名残惜しくも、離して知影は要求する。


「コッペパンを要求する!!」


「じゃ、買ってくる」


「ツッコミは?」


「…必要だったか?」


「うん、私にツッコンでほしかった」


 買うと見せかけて逃げたかったのだが、読まれていたようだ。 弓弦としては先に行ったトウガとディオに追いつきたかったのだが、どうやら手伝うことさえ出来ない。


「…せめて今日一日中はご褒美で私と一緒にいて。 ずっとずっとずぅっと私の側に…お願い」


「…ずっとか?」


「ずっと。 ご飯も私が作るから、今日はこの部屋から出たら駄目」


「…もし出たりしたら?」


 興味本位の質問である。


「会った人全員五寸釘♪ あ・と、出来ればしたくないんだけど…そうだなぁ…私のことしか考えられないようにしよっか♪」


「…具体的には」


「固定して犬耳を触り続ける。 私が満足するまで止めてあげない♪」


 思考の全てを奪われトランス状態のまま、精神病者のように知影だけを求め続ける…彼にとって一種の生き地獄であることは想像に難くない。


「私から離れなければ良いだけの話だよ♪ 離れちゃ…駄目だからね? 今日一日だけは…ずっと私の側で愛を囁いて…私だけを見て」


「寂しかったのか…ごめんな知影、気付いてやれなくて…」


 手を絡める。


「これで、良いか?」


「…もっと」


 足も絡める。


「キ」


「……」


「まだ『キ』しか言ってないのに早いよ…覗いた?」


「分かるさ。 普通にな」


 バカップルである。

 ディオ達の手伝いに行きたくとも行けないこの状況、単に弓弦がヘタレなだけなのか。

 いやそれもあるが、彼が移動する=殺人事件発生の方程式が出来上がるのを防止しているという意味の上では仕方が無いことなのかもしれなかった。


* * *


 ユリの部屋には人にあまり知られたくないものがある。


「……うむ」


 机の上に広げられたアルバムには弓弦の写真が盛り沢山。

 様々なポーズで撮った花嫁、婿衣装のユリと弓弦が写っている彼女の宝物だ。

 自然と頬の筋肉が緩んでだらしのない顔で「うむ」を繰り返す彼女の姿は何とも言えないものであろう。

 さて、その中で彼女の最もお気に入りの写真は…これだ。


「う、うむ。 やはりこれはいつ見ても…良いもの………だ」


 思わず普段の言動を忘れかけてしまうほどのお気に入り、弓弦の頰に口付けしている写真だ。

 弓弦の驚くような顔が綺麗に写っており、人生で頑張ったランキングトップ10に入るものだ。 勘違いしないでほしいのは、彼女は努力家であるということ。

 狙撃も、料理も弛まぬ努力の結果だ。 天性の賦もあるのかもしれないが努力無くして目覚めないのも確かだった。

 だがそれよりも、今の彼女には調べなくてはならないことがあった。

 椅子から落ちたことで思い出したが、重要なことである…彼女の出自に関わることだ。

 端末を起動してアンナの名前を調べていることには理由がある。 …本人はあの時否定したが、自身と何か関係があるかもしれないということだ。 だがデータベース上をどう探しても『アンナ』または『ジャンヌベルゼ・アンナ・クアシエトール』の名前は見つからない。 他にも『カザイ』や『ロリー』でも見つからなかった。

 昇進試験の立会人を務めた人間の情報が無いのはおかしかった。 彼女の端末で情報が見つからない理由は二つある。

 一つは元々データが無い。

 二つ目は、SSS(最重要機密)に指定されていること。 ユリの考えは、後者である。


「隊長殿は…無駄か。 口を開くはずがない…ならどうすれば…」


 端末の電源を落として人心地付く。 彼女は親というものをよく覚えていない。 世界が崩壊したからだ。

 救出され、部隊に入り経験を積み重ねて暫く経った頃にリィルに誘われ今の部隊にいる彼女だが、最近自分の感情でよく分からないものがある。

 そう、恋愛感情だ。

 弓弦に対して抱いている感情がどういう感情なのか、今一つ彼女は理解しきれない。 


 このことについて、以前から知影達に訊いていたユリだが、知影の『何、死にたいの?(短剣に手を添えて)』や風音の『あらあら、うふふ…(そのまま立ち去る)』やフィーナの『さぁて、ね?(何故かウィンクしながら得意気に)』等々、アテにもならない。 唯一セティの『…それが愛でしょう………ふもっふ(ドヤ顔)』が琴線に触れるものがあったが、最後の謎の言葉で台無しに。

 結局分からないままなのである。 四人共頼りにしていたので正直ショックであった。


 身体をゆっくりと伸ばしたその時、扉が叩かれた。


「…ユリ、ご飯」


 夕食の時間はセティやリィルと行くのがユリの日課的なものだ。 今日も例外ではなく、ユリが呼びに来た。


「…そうか、少し待ってくれ」


 見つからないようにアルバムを隠してユリは部屋を出るのであった。


「(…橘殿は来るのだろうか、居合わすと…うむ)…ッ!?」


「…ユリ、どうかした…?」


「……いや、なんでもないぞ」


 視界の端に映ってしまった、506号室の入り口付近で床に伏す風音を見なかったことにして。

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