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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
107/411

滅びた…世界

 …あの約束をしたのはどれぐらい前だったかな。 確か僕達が知影君ぐらいの時だったから…そう、15年前だ。 


「お前さんは本当、頭良いよな」


「君が馬鹿すぎるんだよ。 もう少し考えて行動した方が良いんじゃないかい?」


「しかしだな。 俺は考えるのが苦手なんだ。 うだうだ考えるよりかは考えない方がマシだろ?」


「君達の馬鹿に巻き込まれる僕やフレージュちゃんの気持ちを考えてくれよ」


 今考えると本当に平和で、何も無くて、当時は嫌だったレオンの馬鹿行動が可愛く思える。


「なら、卒業したら俺達でチームを組まないか?」


「チームかい?」


「そうだ。 馬鹿2人と天才2人の4人チーム、良くないか?」


「…考えておくよ」


「おう、そうしてくれ、頭脳派」


「…はいはい、期待しないでよ? 肉体派」










 *


 「夢…か、僕があの頃の夢を見るなんて珍しいね…」


 飲み過ぎで痛む頭を押さえながらセイシュウは体を起こした。 酒瓶は勿論全部空けて飲みきった。 後半の記憶は曖昧だが、楽しかったのは間違い無い。


「…Zzz」


 レオンは未だ爆睡中、床に沈んでいた。


「…今、何時だろう」


 壁に掛かっている時計を見ると時刻は午前十時ちょい。 食堂のモーニングが終わってランチの準備に入っている時間だ。


「…ん?」


 時計から視線を落とすと、レオンと自分にタオルケットが掛けられていた。 しかもそれぞれにそれぞれの部屋にあるはずのタオルケットが。


「…リィル君が持ってきてくれたのかな」


 後で礼を言っておかなければならない、そう思いながら立ち上がる…フラつく。


「…駄目だこりゃ、まぁ良いかな」


 結局再びソファーに横になった。 視界に入る天井を見つめる。


「…死者を蘇らせる魔法、か…そんな物があるとするのなら、それ相応の代償を支払わなければいけないよね…それに、自然の摂理に大いに反する。 そんなことが出来たら…神だ」


 そんなもの、存在しない…と、彼は思っていた。 存在しないと思いたかった。 他ならぬ親友のために。


「…いいや、今は彼女を見つけることに集中しなくちゃいけないね。 余計なことを考えていると…思考が鈍るから…」


 そんな時であった。 隊長室にリィルが飛び込んできて、ピュセルが勝手に移動を始めたと伝えたのはーーー










「ピュセルの転移先の界座標(ワールドポイント)、特定急いで!」


 リィルと共に、艦橋へと急いで向かったセイシュウは入るなり大声で艦橋の隊員に命令した。


「…特定完了! 『51607』です!」


「艦内回線を回して!」


「回しました!」


 艦橋の端末を操作して、接続してある通信機を握る。


「よし! 艦内の実行部隊隊員に通達! 『至急転移装置の前に集合せよ! 繰り返す…』」


「博士! 私達はどうします?」


「ここで待機だよ。 もしもの時のために僕達は残っておかないと…」


「分かりましたわ。 博士、隊長含め艦内実行部隊隊員全6名、転移装置前に集合したと通信が入りましたわ! 回します!」


『ピュセルの転移先は!?』


 通信機を通して聞こえた声はフィーナの声である。


「51067だよ! 早く「転送されました!」…って行っちゃった」


「…何を焦っていたのでしょう?」


「あの娘は弓弦君との連絡係だからね。 もし何かあったら弓弦君と連絡出来ないから…じゃないかな」


「…きっとそうですわね。 はぁ…心配して損しましたわ」


「いや、心配しないといけないんだけどね…でもそれぐらいの余裕は必要かな…」


 転送された実行部隊のマーカーだけが表示された画面を見ながら、セイシュウはリィルの陰に隠れて飴玉を口に入れた。







 



 *


「ど、どうなっているのですか!?」


 その頃、ピュセルは楓を乗せて空間の揺らぎの中を飛行していた。


『操縦は効かないのか!?』


「全く効きません! 自動飛行のまま全ての操作に対してホックが掛かっています!」


『ロックだ! 留め具じゃないからな!! …ってそんなことはどうでも良い!! どこに向かっているかは分かるか!!』


「51067とあります! 御心当たりはありますか!」


 風音がハンドルの奥の番号をそのまま伝える。


『知らん! クッ…後どれぐらいで到着する!』


「もう到着する様です!」


 言葉の途中でピュセルがどことも知れぬ世界に着地した。


『…遊びは終わりだ。 “エヒトハルツィナツィオン”を使って姿を俺に戻せ』


「畏まりました」


 辿々しい詠唱で“エヒトハルツィナツィオン”が完成し、楓の姿から弓弦(浴衣着用長髪ver)に戻る。 何故この姿に戻ったかというと、風音という存在そのものが弓弦の内に入っている影響なのだが、本人達の知るところではない。 入れ替わっていた主人格が元に戻ると同時に弓弦は周囲の魔力マナを探った。


「…微かにだが強い光魔力(マナ)を感じる…アンナかもしれない…!」


『本当ですか! ではピュルが勝手に動いたのは…』


「何かしらの方法でアンナが遠距離操作でもしたのかもしれない。 …で、勝手に動くも何も、何か出ているぞ」


『はい?』


 ツッコミは不発に終わり、若干落ち込む。 が、そうもしていられない弓弦はピュセルを隠し、アンナの魔力マナを辿ってその方角へと歩いていく。 


「…しかしまた妙な世界だな。 どうだ、分かるか?」


『…何と無く…ですが』


 その世界は、生命の息吹を感じることが出来なかった。 『終わってしまった世界』、『滅んだ世界』…名前を付けるとするのならそう呼んでもおかしくないほどに。


「空気中の魔力マナも完全に穢れきっているな。 感じる魔力マナも徐々にだが弱まっている…モタつくとヤバそうだ」


『はい、急ぎましょう!』


 “クイック”を自らに掛け、アンナらしき魔力マナを辿って疾走する。 過ぎる景色に草木は一切無くただ干からびて亀裂が入っている大地が広がっている。 陽の当たることの無い暗然とした空が弓弦に『魔界』と呼ばれる架空の世界を思い起こさせた。


「…街の名残があるな。 見ろ、城がある」


『…アンナさんの魔力マナは、彼処から…ですか?』


「…だな。 それにどうやら…」


 物陰から現れる、陰。


「…生命を感じさせる魔物ですらない、この化物共はいるみたいだな…!」


 「シフト」と、剣から銃への変形機構の起動ワードを唱えて引き金を引く。


 銃声と共に陰が吹き飛ぶ。


「口程にも無いが…キリもないな」


『交代されますか?』


 「断る」と一言で切り捨てて再度変形機構を起動、行く手を遮る陰を斬り伏せていく。


「城まで後少し、一気に行く!」


 回転斬り。


『逆巻け暴風、全てを飲み込め!』


 テンペストの詠唱を唱え発動、魔法陣が少し先にいた陰を中心に魔法陣が展開して一気に呑み込んだ。 弓弦はその中心を突っ切り城の中へ。


「はぁ、…すぅ…はぁ…っ!!」


 息を整えて城内を走る。 穢れきった魔力マナの影響か、思ったよりも消耗が激しく、内心歯噛みする。


『人の手が入らなくなってから相当の時間が経過したものと思われます』


 二階に上がり、床が抜けて大きく穴が空いている通路を飛び越えた時に風音がこの廃城のことをそう評する。


『…交代致しましょう。 保ちませんよ?』


「…まだいけるさ。 あまりそう心配するな。 そこまでヤワじゃないからな」


 連絡通路に出た所で空いた天井から何かの陰が通った。


「…っ!『勇ある者に風の加護を、ベントゥスアニマ!』」


 悍ましい咆哮と風圧が通路を崩した。 弓弦は落ちる途中で“ベントゥスアニマ”を発動させて咆哮の主を睨みつけた。


『どうやら目的地はあの扉のようです』


「…だな」


 骨だけの竜(ボーンドラゴン)が四体、弓弦を囲むように四方を飛んでいる。


「…わーい。 …って冗談めかしても、逃がしてくれないみたいだな」


『そうですね。 生か死…の何れかで御座います』


 弓弦の冗談に冗談めかした口調で風音は返すが、そうでもしないと震えてしまいそうだった。


「…やれるだけやる。 俺が気を失ったら変わってくれ」


『今直ぐにでも交代させて頂きたいのですが、それは「駄目だ」…弓弦様は意固地な御方です』


「言ってろ!」


 一斉に火を吐く。


「炎袋何て物が一体どこにあるんだよ! …っ!」


 飛んでくる火球や骨を躱してまず一体を斬る。


『後ろで御座います!』


 “ライトソード”で斬り裂いたもう一体は墜ちていくが、先に斬った一体は気にせずといった様子で再度襲い掛かってきた。 弓弦は“テレポート”で転移を繰り返しながら残りの三体を“ライトソード”で斬り伏せ、扉へと急いだ。


「…ッ! 開かない!?」


 扉は結界で封じられており、開かない。 妖精の瞳(セイクレッドロウ)でどのような結界かを調べる。


『弓弦様!』


 頭上に、倒したはずのボーンドラゴンが。 踏み潰そうとする巨体を避けて右への逆袈裟で斬り裂く。


「…流石アンデット、すぐに再生するか」


『褒めてる場合ですか、完全に注意が逸れていましたよ?』


「…すまん。 …だが扉を開けるためには、こいつらを全て同時に倒すしか無いと分かった。 1人だと若干キツイかもしれんが、まぁ何とかするしかないな」


 効果の切れかかった“ベントゥスアニマ”を掛け直して、天高く飛翔。


『全てを穿つ光龍の顎を今ここへ!』


 追うようにこちらへと迫るボーンドラゴンがその速度を上げた。 …魔法陣が展開する。


『プルガシオンドラグニール!!』


 魔法陣から現れた光の龍がそれらを呑み込む。 …枯れ切った断末魔と共に扉の結界が消えた。


『開きました! …弓弦様?』


 促したのにも関わらず、口だけを動かす。


『真なる幻、其は理を捻じ曲げわが身を化せん…エヒトハルツィナツィオン』


 弓弦から楓へとその姿が変わる。 困惑しながらも彼女が急ぎ扉を開いて中に入ると、扉が重い音を立てながら閉まった。


「…ふぅ、何とか間に合った様ですね」


『…どうやら、そのようだ。 すまんな風音、突然交代して…魔力マナを使い過ぎたようだ…』


「…先は暫くある筈です。 私に御任せして弓弦様は休憩をとって下さいませ」


『あぁ…そうさせてもらう。 だがその前に魔力マナを回復させんとな。 “アカシックボックス”で“地脈の宝珠”を取り出して掲げてくれ』


 言われた通りに“アカシックボックス”で“地脈の宝珠”を取り出して掲げると、淡い光が楓を包み込んだ。


「…凄いです、力が湧いて参りました…!」


『フィー曰くエルフの秘宝だからな…こんな穢れた魔力マナが充満している場所でもしっかりと機能してくれて助かった』


「…私で実験致しましたね?」


『そんなことするわけないだろ? 今は2人の身体なんだからな』


 実際は試したのだが、正直に言っても怒るので適当に誤魔化した。


「…はい、そうですね♪」


 傾きかけていた機嫌が一気に良くなり、鼻歌でも歌いそうな勢いで奥に向けて歩き出した。 これまで通ってきた通路とは違い、結界で封印されていたのもあるためか、床はしっかりとしている。


『…アンナの魔力マナはあの扉の向こうだな。 さて、鬼が出るか蛇が出るかだ』


「貴様…ッ、何故ここまで来た!! …と仰りそうですね♪」


『ははっ! 似てる似てる…っ』


 風音の声真似はいつも通り本人が話しているかのごとく似ていて、弓弦は思わず笑ってしまう。


『…よし、じゃあ扉を開けてくれ』


「…畏まりました」


 扉を開けると広い通路の先に、元は豪華な装飾が付いていたであろう椅子が二脚置いてある間に出た。 椅子の背後には色落ちして誰が描かれているかは分からないが、この城の主が描かれていたであろう大きな額縁があった。 あちらこちらに蜘蛛の巣があるその間の中央まで歩く。


「…何もありませんね」


『…空間の揺らぎがあるな。 名無し島以来の二度目か…』


「…確かに椅子の間が変に捻れている様に見えますが…。 名無し島と言えば弓弦様とフィーナ様が二百年間過ごされたとされる島ですね。 その島以来とは?」


『細かいことは後だ。 取り敢えず捻れている空間の前に立ってくれ』


 二脚の椅子が並んでいるその間の空間に立つ。


「…これで宜しいですか?」


『…よし、じゃあ今から俺が言う言葉に続いて同じことを言ってくれ。 過ぎ去りし時の流れよ…色褪せぬ思いの欠片よ…開くは道。 導かれ、辿るは途。 この一刀を以って扉を、路を開かん。 タイムワープ…とな』


『…過ぎ去りし時の流れよ、色褪せぬ思いの欠片よ、開くは道、導かれ、辿るは途、この一刀を以って扉を、路を開かん。 タイム、ワープ!』


 楓が手に持つ剣が光を帯びる。


『よし、その剣を振り降ろせ!』


「はい! …はぁぁぁっ!!」


 揺らぎを斬ると、裂かれたように空間に穴が開く。


『中に入れ!』


「…っ!!」


 弓弦に促されるまま、彼女はその中に飛び込んだ。


 *


 知影達がこの世界に到着したのは楓が“タイムワープ”で何れかの時間軸へと跳んだ後であった。


「ピュセルは〜…ここにあるな〜。 楓ちゃんは別の場所に移動したか〜」


「…ご主人様の魔力マナの跡を感じるわ」


 フィーナが廃城のある方向を見つめる。


「本当!? じゃあ楓さんは弓弦を追って…」


「そう考えるのが妥当だな〜。 フィリアーナ「気安く呼ばないで」…じゃ〜どう呼べば良いんだ〜…」


 フィーナは元来男嫌いの気質である。 自分の本名を弓弦以外の男に呼ばれるのを嫌がった。 例え弓弦に言われたとしてもそこだけは譲れなかった。 どの様な形であれ、剣を向けられたのなら尚更。


「…以前も言ったと思うけど、橘、となら呼んでも良いから、それ以外の私の名前を呼ばないで」


「…お〜…じゃ〜橘ちゃん、弓弦は今どこにいるのか分かるか〜?」


 しかし紛らわしい呼び方である。


「…向こうよ。 不気味な世界で…妙に嫌な気配がするわ。 注意することね」


 フィーナが指差した方向に向かって、レオン、知影、フィーナ、ユリ、セティの順で走り出す。


「嫌な気配…陰か」


「……この世界…崩壊しているのに…安定している…?」


「ディオルセフ、どうした急に」


「…い、いや…何でも無いよ」


 遅れてトウガとディオも走り出す。










 ーーー廃城の前。


「この中よ」


「…こりゃ〜また複雑そうな城だな〜…中も相当崩れているぞ〜」


 ユリに“ヒール”を掛けてもらいながらレオンが頭を掻く。


「…ディオ君、どうしたの? 凄く怖い顔しているけど…」


「神ヶ崎もそう思うか。 ここに近づけば近づくほど、こんな調子だ…」


「…何でも無いよ。 さ、入ろうよ」


「あ、ちょっと! 待ってよディオ君!」


 制止の声を聞かずにディオは城内に入っていく。


「ディオルセフ! 危険だ!」


「…。 元気だな〜」


「…全員消耗してるわね。 …ご主人様はこんな所を1人で進まれた…感じる魔力マナも弱々しい…ご無事だと良いのだけど…」


「………」


 ユリは廃城を見つめ無言である。 彼女のお化け嫌いを考えれば仕方が無いのだが…光属性魔法の使い手がそれで良いのだろうか。


「…ユリ、行こ?」


「…ぅ、ぁ、ぅ…ぅむ」


「…不死者の気「ななな何か言ったかフィーナ殿!?」……大丈夫かしら」


 右手と右足が同時に出ているユリを見て呟いたフィーナに、セティが「…多分」と返して彼女達も城内に突入した。










 *


「あ、あら?」


 楓はどこかの城の中庭の隅に立っていた。


『過去…だろうな。 …さて、何をすれば良いんだ?』


「何を…とは?」


 目の前では甲冑を着た騎士団らしき人物が数十人目の前で訓練らしきものを行っていた。


「おい、あんた!」


 訓練の監督らしき人物が楓の方を見て声を発する。


「はい?」


 首を傾げて周りを見るが、彼女の周囲には誰もいない。


「あんただよ、あんた」


「…私、ですか?」


 寄ってきて楓の全身をさっと一瞥する。


「そうだ。 見た所…異国の女剣士、と言ったところか。 何故こんな所にいるんだ?」


『誤魔化せるようなら誤魔化して、無理ならば素直に去ってくれ。 変に目を付けられると面倒だ』


 心の中で「畏まりました」と返事をして、相手の様子を見る。


「…あの、御邪魔…でしたでしょうか?」


「…そうだな。 あぁいや、勘違いしないでほしいのだが、いつもは歓迎するんだ。 この平和なご時世、剣を見に来てくれる人がいること自体珍しいからな。 まして…あんた相当美人だから尚更…なのだが」


 振り返って、大人に交じって剣を振るっている小さな男の子を見る。


「今は止ん事無き御家の御子息様が週一で訓練に交ざられる、その日なんだ」


『…あの少年、見覚えがあるような気がするな』


 向き直る。


「だから申し訳無いが、日を改めてくれないか? 皇位継承権を持つ人物の家人の機嫌を損ねようがものなら、この騎士団が解散させられてしまうからな。 …いや本当に申し訳無い」


『…離れるか。 迷惑を掛けるわけにはいかないしな』


「…いえいえ、御気になさらずとも結構ですよ。 私の方こそ、突然御邪魔してしまい申し訳御座いませんでした」


「…嫁のヤツに見習わせたいな」


「クスッ♪ それでは」


「あぁ。 明日以降に来てくれたら、是非とも歓迎するから良かったらまた来てくれ」


 お辞儀をしてからその場を後にする楓。


『…どうやら、過去だな。 今度は俺と風音に何をさせるつもりなんだ…?』


 彼女は空き部屋であるらしい一室へと入る。


「あの…過去…とは一体どういう事なのですか?」


『ん、今は気にするな…と言っても駄目か?』


「…弓弦様が御考えになっている、突然の事態が発生した場合の対処速度が遅くなりますが、それでも宜しければ」


 弓弦の心を覗けばそんなことすぐに分かるのだが、風音は弓弦の口から直接訊きたかった。


『…あの空間で見た記憶とは違う…ぐらいは分かるよな?』


 想いが通じたのか、弓弦は誤魔化すのを諦めて話し始める。


「はい」


『俺達は今、この城が、この国が滅びるその少し前の時間軸にいる』


「この城が、あの廃城に…」


『そう。 これは俺の予想だが、今からそう遠くない時間に、決定的な何かが起こる。 それこそ、歴史の分岐点となるような…な。 俺達はそれを何らかの形で防がなくてはいけないんだ』


「はい、承知致しました。 この城を中心に起こるであろう何かを、防止する事に努めれば宜しいのですね?」


 弓弦が言葉を切ったタイミングで風音は話を纏めて打ち切った。 話の内容が如何に重要かは分かった。 それだけで十分なのだ。 弓弦が自分に話してくれるのか、それを彼女は確かめたかったのだから。


『まだ途中だが…良いのか?』


「十字架は、私達2人で背負う…ですよ♪ 1人で背負いこまれるのは禁止です。 他の皆様にも言われておられると思いますが、弓弦様はもう少し他の方を頼られた方が宜しいですよ。 …主に私を」


 最後の言葉は誰よりも弓弦に頼られたいという風音の嫉妬である。


『…考えておく。 “主に私を”の部分は特にな』


「…前向きにですか、それとも後ろ向きに…ですか?」


『さて、な?』


「…御覗き致しま『よし、後ろ向きに考えるか!』…左様ですか」


 ガクンと落ち込んだのは言うまでもない。 弓弦が板挟みの状況になっているのは風音も分かってはいるが、そこは『前向きに』と言ってほしかったのが彼女の本音だ。


『…冗談だ。 だが、知影とフィーを説得出来たらな』


「…丸投げで御座いますか」


『誰かに最初に相談すると相談しなかった誰かが嫉妬するんだ。 知影は知らないから良いが、フィーに対する言い訳を考えておかないと知らないぞ?』


「弓弦様を盾にさせて頂きます」


『そうか…って、は?』


「弓弦様を盾にさせて頂きます♪」


 大事なことなので二度目。


『…なら俺も、最終手段を使うまでだ』


 出来れば使いたくない、奥の手中の奥の手である。 正直彼女の自分への想いを利用しているみたいで気が引ける…というか、罪悪感で潰れそうになるが背に腹は変えられない、というものである。


「…弓弦様、最低です」


『…思ったことをそのまま伝えるだけだ。 悪いか?」


「…その様な姑息ともとれる方法があの御二方に通じるのですか?」


『…通じるさ、通じてしまうんだよ。 …所謂ギャルゲで言うとあの2人の俺への好感度は常時MAX状態同然なんだからな…はぁ、自分で言ってて悲しくなってきた…』


「…私の弓弦様への好感度は最大ではないのですか?」


 自分が入っていないことに苦言を呈する風音に弓弦は、


『いや、本人の前でそれを言うのは一種の処刑だろ…? それとも、言ってほしいのか?』


 からかい気味に訊くが風音は「はい♪」と即答する。


『…本当に良いのか? 絶対に引くぞ? ドン引きするぞ? 引き返すなら今だぞ?』


「…時間が無いのでしたよね。 手早く御願い致します」


 躊躇いの気配の後、深呼吸。


『好きだ風音、愛してる』


「………?」


 シーン…と急に黙る風音。


『うわぁぁぁぁっ! 盛大にスベった! 忘れてくれ! な!?』


「…???????」


 胸の動悸が早くなる。


『お、おい風音!? 風音〜!』


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは今の風音の表情を表すためにある言葉…と言えるほど、そんな固まった表情のまま、へなへなと床にへたり込み、そのまま横に倒れる。


「…〜っ!?」


『お、お〜い…しっかりしろ〜』


「…弓弦様」


『…大丈夫か?』


「…交代して下さい…っ」


 やっと彼女から出た言葉は交代のお願いで、弓弦は急いで“エヒトハルツィナツィオン”を使おうとして、


『エヒトハルヅィッ!? ぐ…ぁぁっ」


 …乙女心を弄んだ罰なのか、舌を噛み悶絶するのであった。

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