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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
105/411

女の…闘い

「さぁ! ここが弓弦と私達の愛の巣(部 屋)だよ!」


 次に知影が案内したのはアークドラグノフ隊員居住区内にある506号室、つまり弓弦の部屋だ。


「何か違う響きに聞こえたのは気の所為だろうか…?」


「オープン!」


「…っ!!」


 スライド式の扉が開くと、慌てたようにフィーナが部屋の奥へと入っていった。 何事かと思って全員が部屋に入ると、彼女はタンスの扉を閉じ肩で荒い息を整えているところであった。


「ふぅ…危なかったわ。 楓、折角だからコーヒーでも飲んでいく?」


 何が危なかったのであろうか?


「あら…では御言葉に甘えて、御願い致します」


「珍しいね、フィーナが弓弦以外に進んでそういうことをするなんて」


「私を何だと思っているの? 楓は客人なのだから持て成さなければいけないでしょう?」


 尤もである。 彼女の場合、楓が弓弦と分かっているのもあるが、紅茶やコーヒーぐらい進んで淹れる。 因みに日本茶系は風音、紅茶系はフィーナが淹れるのが彼女達2人が決めた、ちょっとしたルール(コーヒーは自分で淹れると弓弦は中々譲らないが)だったりする。 勿論その方が弓弦が喜ぶからだ。 口にも心にも出さないが、犬耳に出るので分かり易い。


「じゃあ私にも「自分で淹れなさい」…まだ何も言ってないのに」


 ぴしゃりと言い切られた知影が机に突っ伏して「う〜う〜」と呻り始める。


「あなたは苦くて飲めないでしょ? ユリとセティはどうする? 飲みたいのなら一緒に淹れるけど」


 棚から焙煎済みのコーヒ豆が入った袋を取り出してそれを挽いていくフィーナ。


「…飲みたい」


「私も貰おう」


「えぇ〜っ!? 2人共飲むの? なら私も飲む!」


 顔と一緒に手まで上げる知影。 『子どもかお前は…』と、弓弦が楓の中で愚痴った。


「はいはい。 仕方が無いわね…ほら、入ったわよ」


 言いつつも既に用意を終えていたのか、ソーサーを置きその上に入ったコーヒーを乗せ、机の中央に角砂糖を置いたフィーナが楓の隣の椅子に腰を下ろす。 右奥から楓、フィーナ、セティ。 左奥からユリ、知影の順に座り、各々がコーヒーを口に含む。


『…コーヒー、飲めるか?』


「…美味しいです。 えぇと…」


 自身の中にいる弓弦にそれとなく伝えてから、ふと、楓はまだ自己紹介をされてないことに今更ながら気づいた。


「…そう言えば楓にだけ自己紹介をさせて、私達はまだ誰もしていなかったわね。 フィリアーナ・エル・オープスト・タチバナよ。 好きに呼んでくれて構わないわ」


「苦い…。 …本当はさっき私が紹介しなかったのがいけないんだよね…ごめん。 私は…橘 知影。 本当の苗字は神ヶ崎なんだけど…良いかな。 私も呼び易いふうに呼んで良いよ♪」


 知影がコーヒーに角砂糖を三つ入れて再び飲む…まだ苦いようで顔を微かに顰めさせて更に角砂糖を入れる。


「ユリ・ステルラ・クアシエトール。 隊員兼、一応医療班のリーダーも務めている。 よろしく頼む」


「…セティ。 セリスティーナ・シェロック。 …よろしく、楓」


「…あのさセティ。 お砂糖…入れなくて大丈夫なの?」


 セティは何と砂糖を入れずブラックで飲んでいた。 15歳という最年少のセティが顔色一つ変えずに飲んでいるのは、現在砂糖五つ目を入れた(入れ過ぎである)知影にとって信じられないことだった。


「…コク」


「セティの味覚は大人なのよ。 …正直私も信じられないわ」


 口で言うほど驚きの表情をしているわけではない。 寧ろ微笑まし気だ。


「…私も少し入れないと飲めないな。 …セティ殿は甘味が苦手なのか?」


 ユリも一つ淹れて飲んでいる。


「…甘いものは好き。 …だけどコーヒーはブラックの方が好き。 …気分で微糖気味にはする」


 セティは堂々としており、とても嘘を吐いている様子では無い。 弓弦が『俺と気が合うな…』と感心しており、風音もそれに同意した。


「やっぱり…ね。 ふふ」


「私が沢山お砂糖を入れていることがそんなにおかしい?」


「えぇおかしいわ。 ふふ♪」


 フィーナが何に笑ったのか、その対象は違うが誤魔化しの意味で敢えて知影のことを笑う。 因みにセイシュウですら、コーヒーに角砂糖は三つまでしか入れない。 


『…流石はフィーのコーヒーだ。 深いな…が、やっぱりコーヒーは自分で淹れるに限ってしまうのも確かなんだよな…』


 風音は心の中で同意する。 『美味しい』と言うのは紛れも無い彼女の本音だ。 しかし、その一方で彼女は疑問符を浮かべていた「味は同じのはず…となると、やはり姿形は女性になっても弓弦様の御身体…ということでしょうか?」…と。 


「うぅ…まだ苦いよ…」


「駄目よ。 苦くてもそれ以上入れると身体を壊すわよ?」


 フィーナが角砂糖の容器を取り上げて棚にしまってしまい、知影が悲しそうに棚を見る。


「あ…」


「糖分の摂り過ぎで体重が増えたりでもしたらどうするの? ご主人…きっと悲しむわよ?」


「大丈夫! 弓弦ならきっと太った私もアリだって…言ってくれる!」


『…太った知影…無理だな』


「あらあら…」


 現実は厳しい。


「有り無し以前に悲しむのよ。 あなたの食生活の乱れにね」


「うぐ…っ」


『流石はフィーだ。 俺のことをよく分かってくれてるな』


「そうですね…私は良く分かりませんが僭越ながら口を挟ませて頂くと、甘え過ぎるのはあまり褒められたことではないかと。 私は橘少将のことをあまり存じてはおりませんが、少し御話しただけでも、そういう方であることは分かりますよ?」


 弓弦の言葉を代弁する形で話す楓をフィーナが一瞬だけ、どこかおかしそうに盗み見る。


「…良いよ、今度弓弦に聞くから。 太った私と今の私、どっちが良い? …って」


『今の知影だな』と即答する弓弦。


「…もう良いわ。 馬鹿馬鹿しいから。 …それよりも楓」


「はい、何でしょうか?」


「今夜私と一緒にシャワー浴びない?」


 小学五年生の男児が今から野球をしようと、友人に誘いに来た時の言い方のような軽いノリの提案であった。 なので…


「はい、分かりました…はい?」


 “風音”として即答してしまった楓はその意味をゆっくりと咀嚼していく。


「…フィリアーナ様と…シャワーをですか?」


「えぇそうよ。 “女の子同士”どうかしら? 無理にとは言わないけど…」


 確認のために言っておくが、フィーナは楓が“弓弦”だと知っている。 つまり、彼女視点で言えば弓弦に訊いていると同義なのだ。 実際は少々拗れているが。


『…風音、任せた』


 一番の問題である当事者が回答を即丸投げするという自覚の無さで、本当に彼がことの意味を理解しているのか風音は若干不安になった。


「…どうかしら?」


「えぇ、是非♪」


 (弓弦)ではなく(風音)の答えである以上答えはYesだ。 断る選択肢は無い。 …こういった場合では。


「そう…! ふふ…楽しみだわ♪」


「…フィーナ…目が危ない」


「百合百合だ…大事件だぁ…っ、低音が足りない!」


「…知影殿は何を言っているのだ? …ん?」


 知影の謎発言に首を傾げたユリが、あることに気づく。


「今気づいたのだが…楓殿もハイエルフ…なのか? 犬耳が生えているように見えるのだが…」


 魔法の効果が切れて楓の犬耳が髪の間からひょっこりと出ていることに、


「「…ッ!?」」


 瞬間的にフィーナが放った“イリュージョン”が楓の犬耳を包み込んで隠す。


「…あ、いや気の所為だ。 …見えなくなった」


『…魔法で隠したか…頭が下がる思いだ。 風音…と言っても責める言われは無いな。 なら効果が切れそうになったら伝える。 軽く注意はしておいてくれ』


「ユリちゃんまさか…弓弦が恋しいの? ねぇ、恋しいの? …そっかぁ…ユリちゃんが弓弦のことを…へぇ〜死にたい?」


「落ち着いて知影、下らないわよ」


 一瞬で短剣を隣に座るユリの喉元に突き付けて、和かに笑った知影を咎めるように言ったフィーナが、やれやれと首を左右に振る。


「駄目ね。 それ、止めなさい。 どうしてそうあなたは猟奇的なのよ…もう…いずれ人を殺すわよ?」


「…仕方無いよ。 正当防衛正当防衛。 弓弦に近づくから悪いの。 弓弦に色目を使ってるから…ふふふ」


「わ、私がいつ橘殿に色目を使ったと言うのだ!?」


「…それもそうかな」


 短剣をしまってコーヒーを飲む知影。 納得の基準がよく分からない彼女である。


「むぅ…苦い」


 そしてやはり顔を顰める。 フィーナの片眉がピクッと吊り上がったが知影は気づいていない。


「…セ、セティ殿…嵐、来るだろうか?」


「…分からない」


 気づいたユリとセティは冷や汗を浮かべながらその様子を窺う。 人の好みにとやかく言うものでは無いが、面と向かって何度も苦い苦いと言われると苛ついてしまうのも仕方が無い。 まして、フィーナは弓弦のために豆選びから始めているほどの凝りっぷりなのだ。 バレンタインの時弓弦が淹れたコーヒーが男性陣に好評ということも知っているので、誇りもそれなりにある。 口に合わないと言ってしまえばそれまでだが、それだけでは片付けられないのが人の感情である。


『…次に知影がコーヒーについて何か言ったらフィーの手にそっと触れてやれ。 それでフィーの怒りは収まるはずだ』


 心の中で「畏まりました」と風音は呟いた。


「…弓弦どうしてるかなぁ…。 ずっと向こうで頑張っているんだよね…大丈夫かなぁ…」


「…嵐…回避した」


「うむ…そう願いたいが」


 話が逸れたことに安堵する2人。


「…さて楓、次は商業区に行こうと思っているのだけどどうかしら?」


「御願い致します」


「あなた達はどうする?」


「そうだな…最後まで付き合おう」


「…コク」


 空いたコーヒーカップを預かるとエプロンを着けて洗い場で手際良く丁寧に洗っていくフィーナを見て、弓弦が『…やっぱり似合ってるな』と呟き風音は首を傾げるが、『普通のことを普通に出来るのは普通に凄いんだ。 普通のことを普通以上に出来るのなら更に凄い…まぁ、そういうものだ』…という言葉に納得する。


「…知影はどうするの? コーヒー、残っているけど」


 洗い終わって戻ってきたフィーナが元の椅子に腰掛ける。


「私も行きたい…けど、残すのは…」


「駄目に決まっているでしょ? 最後まで飲みなさい」


 ズドーンと肩を落とす知影にフィーナの怒りゲージが上がっていく。


「〜っ♪」


 楓が震える彼女の手を触ると頬を微かに赤らめてその手を握るフィーナ。 怒りゲージはリセットである。


「…どうしたのフィーナ、急に顔を赤くして」


「じゃあ行くわよ2人共」


 フィーナの言葉で知影だけを残し、一斉に全員が部屋を出る。


「うわぁぁっ! 待ってよ! …っ、これで良いよね! …って、置いてかないでよぉぉっ!!」











 アークドラグノフの商業区は今日も今日とて賑わっている。 雑貨屋を始め、服屋、八百屋魚屋と、弓弦と知影が元いた世界の商店街のような区画だ。 位置としては艦の後方、隊員居住区のすぐ隣である。 彼らの居住区は更にこの奥だが、隊員が入ることは滅多にない。


『ここは商業区だ。 そこに俺達はいる。 それは良い。 それは良いんだ…だかな…』


 とある店に楓達はやって来ていた。 様々な店を見るために商業区ここへ来たのは間違い無いのだが今いる店は傍目から見れば問題無いのだが、事情を知る者が見れば問題大アリの店。 つまり。


『何でランジェリーショップなんか入るんだよ!? クソ…知影め…』


「あ、あの…別に私は良いですよ?」


「知影、本人もこう言っているのだから今度にしましょう。 別のお店に行くわよ」


「だって楓さんその服以外今持っていないんでしょ? なら着替えぐらいは買っておかなきゃ。 ユリちゃんとセティもそう思うよね?」


「女性がずっと同じ服を着ているというのは頷きかねるからな。 何、折角なのだ。 買っても問題無いと思うぞ?」


「…同意。 …不衛生、駄目」


「…多勢に無勢ね…はぁ」


 諦めたようにフィーナが折れる。 楓に向けられた視線には「あまり周りを見ないでくださいね」と語っていた。


『…どうやらフィーも言っているようだし、あまり周りを見るなよ。 分かったな』


 “テレパス”を使っていないにも関わらず弓弦はその視線の意味を瞬時に理解した。 風音は困ったような視線を向けられたとしか分からなかったのでそんな2人に苦笑い。 風音が苦笑いをしたということは楓が苦笑いをしたということなので、図らずもフィーナの視線に対する答えとなった。


「楓さんって今どんな下着を着けているの?」


「えぇと…サラシを着用しています」


「サイズは?」


「…申し訳ありません、計ったことが無いものですから…。 ですが良いですよ本当に…」


 その言葉に知影は顎に手を当て、ぐるりと楓の周りを回る。


「ふむ〜? 私の知影アイによると…上から順に88…60…85? あれ? 180.4528765cm…身長がこの時間帯の弓弦と全く同じだ…凄い偶然もあるものだね」


 凄いのはどう考えても、重力による身長の僅かな減少さえも完璧に記憶している知影だと、この場の全員の心の言葉が一致した。


「…となると、これだな。 実際に試着してみた方が良いぞ」


『…俺は今から何も見てないし何も聞いていない、何も感じないから気にするな、いいな、気にするなよ!』


 ユリが持ってきた物を見たであろう弓弦が焦ったような声でそう言う。 楓は半ば強引に渡されたそれを試着室に入って試着してみる。


「どうだ? 楓殿」


「…丁度良いです」


 ぴったしであった。


「…そうか、良かった…ふっ、自身があったのだ」


 着物を着直して出てきた楓を満足そうに見るユリ。


「どうする楓さん、買う?」


「…買う?」


「…どう致しましょう?」


 フィーナ、そして弓弦に聞く楓。


「どうって…私がどうこう言う謂れは無いでしょう? 好きにすると良いわ」


観自在菩薩かんじーざいぼーさつ行信般若ぎょーしんはんにゃー波羅蜜多時はーらーみーたーじー照見五しょーけんご蘊皆空おんかいくう度一切苦厄どーいっさいくーやく…』


 平常心を保つために何故か般若心経を唱える弓弦はこの際、風音にとっては不本意ながら頼りにならない。 フィーナもどこか遠い目をしており、やはり頼りにならない。 そして風音は…


「買います」


 一度試着をしてしまうと財布の紐が緩くなってしまう、そんな女性であった。 覚悟を決めた表情をさた楓は隊員証(“イリュージョン”で見た目偽装済み)でそれを購入した。


「…か、買ってしまいました…」


「じゃあ次は洋服に行こーっ!」


「うむ」


「コク」


 女の子らしく、ノリノリの3人に対してフィーナは憂鬱気味。 そして、


受想行識じゅそーぎょーしき亦復如是やくぶーにょーぜ舎利子しゃーりし是諸法空相ぜしょほーくうそー


 弓弦はやはり般若心経。 こういった女性のことに慣れているのか慣れていないのかよく分からない男である。


「ねぇねぇユリちゃん、あそこのお店どうかな?」


「む! そこの店は私も良く参る店だ。 様々な服があって値も手頃だぞ」


「よ〜し♪ レッツゴー!!」


「うむ! Goだ!」


「…あ〜れ〜」


「…ゴー」


 楓が3人に引っ張られるように店の中に入っていく。


「もう…仕方が無いわね。 ん…?」


 フィーナは彼女達とは別の店へと入っていった。


「…ん…っ」


 その店は、簡単に言ってしまえば何故あるのか分からない店。 一部の隊員に人気があるらしいがその話が真実かどうかは定かでは無い。 しかしただ一つ言えることはこれしか無い。


「…これ、良いわね」


 『ペットグッズあります』と入口の看板に書かれたその不思議なお店は、彼女にとって喜ばしい店であるのは間違い無い。


「う〜ん…でも今一つ魅力を感じないわね。 やっぱりご主人様から直接もらった方が…良いわ。 …でもこの、唆るものは一体何なのかしら…」


 言いながら身をぶるっと震わせるフィーナ。 帽子の中では犬耳が激しく荒ぶっている。


「…はぁ、はぁ…い、いけないわ…こんな人前で…っ、で、でも…」


 身体が火照り始めて身悶えし始めた彼女へと、店員は温かい目向けた後に視線を外す。 …この店員、慣れている。


「…するわけ無いわそんなこと…M体質はご主人様限定だって言ったのは私自身よ? こんなの…馬鹿馬鹿しいわ…そう、馬鹿馬鹿しい…」


 何も買わずに店を出る。 後ろ髪、いや、後ろ犬耳を引かれる思いではあったが。


「…ご主人様はどうされているのかしら」


 楓達が入っていった店にフィーナも入り、店の中で彼女達の姿を探す。


「な…っ!?」


 彼女達はすぐに見つかった。 奥の試着室の前で楓が似合いそうな服を幾つか持って立っている。 彼女の絶句の理由は間違い無く、楓にあった。


「ねぇねぇこの服なんてどうかな?」


「これも中々良いと思うぞ」


「…楓…和服の方が良い」


「そうですね、セティさんのこれを…」


 フィーナの視線の先の楓は、知影達が持ってきた服を一つ一つ、生地まで細かく見ながら、セティが持ってきた着物を受け取って試着室の中に入っていく。 傍から見ると問題無い、しかしフィーナにとっては、大問題だ。


「…如何でしょうか?」


「キャーッ♪ 似合ってる! そうだ、ちょっと待っててね…」


 言いながら知影は和服コーナーへと行き、今度は別の着物を手渡す。


「これ! 次に着てみて!」


「はい」


 フィーナの足は自然と外へと向かい、彼女は店の前のベンチに座る。 …悲しくなってきてしまったのだ。 


「…ご主人様、風音の指示とは言え何故ああも乙女の顔を…幾ら何でもやり過ぎよ。 あそこまで女の子らしく演じる必要は無いわよ…はぁ…」


 フィーナは楓の行動を弓弦が望んで行っていると思っている。 風音の指示などそこまで従う必要は無いのだから…と。 それと同時に彼の演技力の高さにもそれなりには驚いている。 実際は指示も何も風音であるのだから女性らしい態度がとれて当たり前で、つまり男性らしい態度はとり難いのだが、それこそ弓弦の指示で怒り気味のフィーナを彼女の手に触れることで落ち着けさせたりアイコンタクトをとれる等、フィーナが考えていることとは逆のことが起きていた。


「…これだといつか私が小言を貰うじゃない…もう…っ」


 誰から小言を貰うというのか。


「…まだかしら」


 中から聞こえる声から楓達の買い物はまだ暫く掛かりそうだ。 …フィーナも加われば良いはずなのだが、彼女の脳内にその選択肢は無かった。 仮にあったとして、少なくとも知影達のようにハイテンションでの買い物など出来ない。 女性同士でキャッキャと買い物に行く…というよりは大切な人(弓弦)と一日掛けてゆっくりと買い物をした方が性に合う…それがフィーナなのだ。 彼女はドライであって、決して若さが無いというわけではない。


「…暇だわ」


 組んでいた足を組み替えて帽子の中の犬耳を触って気を紛らわせてみても中々効果が無い。


「ふぁ…。 少し…眠くなってきたかしら…?」


 退屈と感じているからか、唐突に襲ってくる眠気。 特に逆らう理由も無かったので、彼女はそれに身を委ねた。











               *


「…ッ!?」


 何に引っ張られたような感覚がしてフィーナは目を開けた。 店の前のベンチに腰掛けて眠ったはずなのに、見知らぬ場所に彼女は立っていた。 “召喚属性”…知識からそう判断した彼女は周囲を注意深く睨み見る。


「(…私の中にあるご主人様の魔力マナが反応した…となると、召喚対象は特定の、橘 弓弦の魔力マナを持つ者…なら…)ご主人様! どちらにいらっしゃいますか!!」


 魔力マナを探ろうとして…魔法が発動出来ないことに気づく。 召喚魔法の影響下による制限だ。 発動者が望まない限りまたは、発動者を上回る精神力を持ち得ない者である限り魔法を使用出来ない。 つまりフィーナを召喚した者は彼女以上の精神力を持っているということになる。


「…誰!?」


 気配を感じた。 


「おかしいなぁ…最も純粋に近い彼の魔力マナを持っている人を呼んだはずたんだけど…ごめんごめん! 間違えちゃったみたい…今元の場所に還すから大人しくしていてね」


 誰何の声に応えたのは弓弦に魔法を授けていた謎の女性だった。 姿は現さず、声だけが聞こえる。


「待ちなさい! 人の睡眠の邪魔をしておいてこのまま還す? 冗談じゃないわ! 私の質問ぐらい答えてから還して!」


「…そんなに多くなくて答えれる質問だったら良いよ」


 魔法が中断される。


「…魔法がどうとかは聞かないわ。 ご主人様をここに召喚しようとしたのは何故?」


「理由? 彼とお話をするためだよ」


「…話をするのなら別に誰でも良いはずよ。 何故ご主人様を召喚しようとしたのかを聞いているの」


「女が男を呼ぶ理由を聞くなんて野暮なことを聞くよね」


「はぐらかさないで」


 飄々と返される言葉が彼女の余裕を表していた。 このままでは一方通行で拉致があかないので、何か揺さ振るための材料を探していたフィーナに「やっぱり…信じてくれない?」…と声が聞こえた。


「当然よ」


「じゃあ質問タイムはここまでになるけど良い?」


「…なら信じるとして、あなたは何者なの?」


「フッ…この先の全てを知る者であり、一部を知る者よ」


 阿呆らしい台詞に冷笑で答える。


「…ごめん、今の無し。 でも『私が誰か』に対する答えとしては間違っていないよ」


「…未来を知っている? 誰の未来を」


「さぁ? でも、知っているの。 あなただって知っていたのじゃない? 自分の死の未来を…。 もう彼が捻じ曲げたからそんなの存在しないんだけどね」


 底が知れない。 そう思った。


「でもそれさえも所詮は歪み。 決められた歪み。 歪みたり得ない歪み。 意味が無いものだ」


「…私はあなたが何を言っているのか分からないのだけど」


「分かられたら困っちゃうよ。 でも、私は嘘を吐いていないぐらいは分かるでしょ?」


「さぁ? 分からないわ。 何を言っているのか分からない、そう言ったでしょう?」


 困ったように溜め息を吐く気配をフィーナは感じた。


「…酷いなぁそれ。 ちょっとぐらいは信じてよ」


「顔も見せない誰かを信用するようなお人好しではないわよ、私は」


「そう言って私に出てきてほしいんでしょ? 意味無いよそれ」


「出てきてほしいとは一度も言っていないわ。 私はただ私の中で確証が得られれば良いの。 だから質問している、分かったかしら?」


 レオンが見たら気絶しそうな、そんな女の腹の探り合いである。


「確証…夢のこととか?」


「それもあるわ。 知っているのなら教えなさい」


「…教えない、と言うか教えられないよ。 今の私の口からはね」


「全てを知っているのに答えれないとは、どういう意味かしら?」


「全てを知っているから答えられないの。 ごめんね」


 思案のためか、はたまた何かを視ようとしていたのか、フィーナは暫く何も言わなかった。 やがて犬耳を軽く触ってから、頷いた。


「…そう、なら良いわ。 私を還して」


「…はいはい。 じゃあ大人しくしておいてね」


 疲れたような声の詠唱釜終わると、魔法陣が起動して空中に穴が現れフィーナを吸い込もうとした。


「あ! 彼に伝えておいて! 頑張ってねって!」


「…頼まれたわ。 “      ”」


 最後に誰もいない暗闇に向けて何かを呟くと彼女は吸い込まれていった。


「…」


 暗闇から現れた女性は閉じられていく穴を見つめて、


「ふふふ…確証は持っていないだろうけど、正解…と言っておこうかな…」


 どこか寂し気にそう呟き返すのであった。

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