表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
103/411

変わるものと…変わらないもの

 アンナの魔力マナが全く感じられないことに程無くして気づいた楓(風音in弓弦)が帰還を提案し、こうして指揮訓練は微妙な結果として終わるのであった。 転送先がそれぞれ別なのでまた会う約束をして、楓はピュセルに乗って(オートモードを使用して)アークドラグノフに帰還した。


『…取り敢えず今はレオンの所に急ぐぞ。 多分俺達を待っているはずだ』


「はい。 畏まりました」


 隊長室へと向かって艦内を走る楓の姿に首を傾げる人間も多かったが、


「…いくわよ」


「三、二、一だよね」


「…驚かす」


「うむ」


「3、2、1…遅いよ…あれ?」


 『弓弦』と『風音』が来ると思っていた彼女達は、そこを通り抜けた『楓』の姿に静止し目を瞬かせる。


「今の…誰? 凄く綺麗な人だったけど」


 完全に見送る形になった知影が表情を変えずに訊く。


「…隊長室の方ね。 兎に角追うわよ」


 彼女達も急いで楓の後を追った。


「…皆様方を通り抜けましたが、よろしかったのですか?」


『どうせ追ってくるから大丈夫だ。 …だが色々文句を言われそうだな』


「2人で話しましょう。 御分かり頂けるはずです」


『最終的には、だがな』


 隊長に入った2人はそこで待っていたセイシュウとリィルの顔を見る。 …当然、固まっているが。


「…セイシュウからある程度話は聞いた〜。 アンナのやつが行方不明なんだな〜?」


「はい。 彼女の魔力マナがどのようにしても殆ど感じられなかったのです…辛うじて、残滓のようなものから彼方の異世界にはおられないと判断し、橘少将の指示の下此方へ参らせて頂きました」


「そうか〜」


 椅子を回転させて楓の顔を見たレオンもまた、固まる。


「え〜と…誰だ〜?」


「動けない橘少将の代わりに参りました玄弓 楓と申します。 少将はまだ彼方に残られています」


「…弓弦君、責任感じているのだろうね。 僕達も早めに動こう」


「そうですわね。 弓弦君だけが1人向こうに残っているのは危険ですわ」


「失礼します!」


 ぞろぞろと楓を追ってきた知影達が隊長室に入ってきた。


「…レオン、どうする?」


「…彼女の報告を疑うわけでは無いが、現地で弓弦と合流してから確認するぞ〜」


「ここにいる全員で向かいますの?」


「そうだな〜…この中で3人は残っていてほしいな〜」


 側に立て掛けてある愛剣を背中に結び付けるレオン。 自らは行く気満々である。


「レオンが行くのなら、隊長代理として階級的に大佐の人間が1人は残らないといけなくなるね。 なら僕は残るよ。 その方が色々と良いしね」


「私も残りますわ。 隊長のお陰で溜まっている書類の確認と対策、通信を博士1人に任せるわけにはいきませんので」


 リィルがセイシュウの隣に並びながら彼を見る。 その表情がどこか嬉しそうなのは言うまでも無い。


「…私は行くわよ。 魔力マナの流れを視れるし、ご主人様が心配だから。 あと…」


 フィーナは腕を組んで軽く思案する。


「…ユリ、あなたも来た方が良いわ」


「む、何故だ?」


「アンナの魔法属性は聖、光の上位属性よ。 …もしかしたら同属性同士、何か相互に反応があるかもしれないからよ。 良いわね?」


「うむ、了解だ」


「じゃあ私が残るよ」


 意外なことに知影が留守番要員に名乗りを上げる。 これには全員が驚きを禁じ得ない。


「…私じゃなくて…良いの?」


 セティが首を傾げる。 


「約束したから。 大人しくしてる…って。 フィーナ、向こうに着いたら弓弦に伝えて?『帰って来たらおかえりのキスをさせて』…ってね」


 それだけで済ませる気が無いことがはっきりと分かる、裏のありそうな笑みを浮かべる。


「…仕方が無いわね。 今回だけよ?」


「うん、お願い」


「じゃあセイシュウとリィルちゃん、知影ちゃんが留守番要員だな〜。 …セイシュウ、任せたぞ」


「ほら、じゃあ早めに行って早めに帰ってきてよ?」


 出されたセイシュウの拳に自らの拳を重ねて軽く打ち合う。


「はいよ〜」


 こうしてレオン、楓、フィーナ、知影、ユリ、セティの6人が行方不明のアンナ捜索のためにアークドラグノフを出立するのである。


 …さて、留守番要員の3人は彼らが現地に向かった後手分けして隊長業務の書類認証ぺったんこをしていた。


「…あの玄弓 楓って女の子、一体何者だろうね? 訓練任務参加隊員名簿にも名前が載っていないし…」


「…わたくしにも分かりませんわ…ですが相当な実力者であることは間違いありませんわね。 ですが博士、幾らあのクズ等が策を巡らしたとしても、彼女がそう簡単に負けるとは…」


「信じ難いですわ」とリィル。


「そう言えばあの飛空挺ってどこにいったのですか?」


「ピュセルのことかい? さっきの娘がここに来る際に一緒に乗ってきたよ。 小型飛空挺で世界を跨ぐことが出来るのは現状ピュセルを含めて三隻しか無いから持って帰ってきてくれて助かったね。 後はこのアークドラグノフのような大型艦しか無いから」


「三隻しか無い小型飛空挺…? 何故そんな貴重な物をアンナは乗ることが出来たのですか?」


 リィルが咎める視線をセイシュウに送る。 しかしあっけらかんとした表情でセイシュウは答える。


「それはピュセルがとある異世界の遺跡でたまたま彼女が発掘した古代の飛空挺…つまり彼女個人の物だからだよ」


「…博士、そろそろ隊長達が向こうに着く頃合いですわ」


 作業の手を止めて先ほどより強めの視線を向ける。


「分かったよ。 さて、僕は艦橋に行くから後は任せたよ」


 セイシュウは急ぎ足で隊長室から出て行き、隊長室にはリィルと知影が残った。


「…何でこんなに書類が溜まっているのですか」


「隊長が逃げていたからですわ。 …本当にあの2人ときたら昔から揃いも揃って非常時以外怠け者で…困ったものですわ」


「昔…どのくらい長い付き合いなのですか?」


 知影の問いに暫く手を止めるが、首を軽く振って、


「…さぁ? でも長いのは確かですわ…承認、と」


 終わりとばかりに一際強く判を押す。


「博士のこと、どう思っているのですか?」


「どうも思っていませんわ。 あぁでも、一つだけ言えることがあるとするのなら手が掛かる人だということですわね。 そういうあなたは…聞くまでもありませんわね」


 待っていましたと言わんばかりに眼を輝かせる知影にわざとらしい溜息。


「えぇ〜…聞いてくださいよ。 そうすれば二千文字ぐらいは語れるのに…」


「なら尚更やめてくださいまし」


 素っ気無い態度である。


「…アンナのピュセルって、誰でも乗れるものなのですか?」


 話を変える。


「何です急に…私は分かりませんわ。 博士なら知っていますわよ。 何たってピュセル発掘隊の主任でしたから」


 …素っ気無いかと思うと今度は妙に誇らし気な態度をとるリィル。


「博士は怠け者と極度の甘党さえ無ければ素晴らしい方ですわよ。 この二つさえ無ければ…故に、助手たる者として博士のヘルスケアは常に行わなければいけないのですわ」


「へー…‘爆ぜてしまえば良いのに’「何か言いまして?」いえ凄いと思います」


 リィルはまだしも、形はどうあれ弓弦(想い人)とある種相思相愛となっている知影の方が世間一般で言う『爆ぜろ』状態ではあるが、その自覚があるかどうかは怪しい所である。


「ぺったんこ」


 ふと弓弦のトキメイタ記憶の中にあった、とあるアニメのことを思い出した知影は作中の欲に忠実な超努力家副会長のように、何となく判を押す時の擬音を言ってみる。


「承認」


「ぺったんこ♪」


「…承認」


 リィルの手元が震え始める。


「ぺったんこっ♪」


 案の定ハマる知影。 退屈でしかないこの作業もこうして小さな楽しみを見つけていけば案外楽しくなるものである。 


「承…認」


「ぺったんぺったんぺったんこ♪」


「…っ」


 リィルの判を押す手が完全に止まる。


「ぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったん「止めてくださいまし!!!!」…ッ!?」


 それは、リィルの心の叫びだったのだろうか。 裏返った悲鳴のような声は隣に座る知影を驚かせるには十分過ぎるものであった。


「急にそんな大声出して、どうしたのリィルさん!?」


「……ですわね」


 以前弓弦は言った…『知影はスタイルが良い』と。 それは嘘ではない。 上から順に83、57、82が作り出すバランスの整ったスタイル、特に最初の数値の値によるある身体の一部分がこの時のリィルの神経を果てしなく逆撫でしてしまったのは言わば自然の常、仕方の無いことであった。


「この胸が…そのような言葉を言う余裕の源ですわね…っ!!」


「…ひゃっ!?」


 ガシッと知影の胸を鷲掴みするリィル。


「実にけしからん胸ですわ! この弾力も! 大きさも! けしかりませんわぁぁぁっっっ!!!!」


「ひゃあっ!? 二度も揉んだ! 弓弦にも殆ど触られたこと(全て不可抗力)無いのに!!」


 リィルを突き飛ばして隊長室の隅へと逃げ、胸を隠す知影。


「大体ですね! 私なんかよりユリちゃんや風音さんやフィーナの方が大きいよ!!」


「関係ありませんわ!! 今ここにあるその胸が憎いのですわっ、にぃくぃいのでぇすぅわぁぁぁっ!!」


「わぁぁっ!? 来ないでぇぇぇぇっ!!!!」


「逃げないでくださいましっ!!」


 …ドタバタドタバタと、逃げる知影と追うリィルによって隊長室は暫くの間実に騒がしくなるのである。










 一方、艦橋では。


「どうだい? 何か手掛かりは?」


 セイシュウが画面に向かって話しかけていた。 通信だ。


『…手掛かりが完全に無いという手掛かりは掴んだな〜。 フィリアーナちゃんも言っているが『気安く呼ばないで』…はぁ…。 こっちの世界にはいないみたいだな〜』


 相手は現地に行っているレオン。


「…大変だね」


 途中聞こえたフィーナの心から嫌そうな声音と言葉の刃に斬られた親友にセイシュウはそう言うのが精一杯であった。


『それにな〜…弓弦のやつとも合流出来ないんだ〜』


「それはおかしいね。 弓弦君はそっちの世界にいるはずじゃないのかい?」


『さ〜な〜。 どうもこっちにいるのだけは分かるのだが、どこにいるのかは分からないんだとさ〜』


「連絡も繋がらないってことだよね…しかし何でまたそんなことに…」


『理由があるんだろ〜? いざとなったら連絡を寄越すはずだからな〜…今は好きにさせておくさ〜』


「楓って子はどうしているんだい?」


 玄弓 楓という隊員が組織内にないということをセイシュウは既に掴んでいる。 温和丁寧という言葉が似合いそうなオーラを放っていた彼女だが、万が一の可能性(敵側のスパイ)であるかもしれないというのは仮定として持ち合わせなければならないというのが現在の彼の考えだ。


『あの娘か〜? 凄いもんだよな〜。 寒い中あの服装で平然としてるんだ〜』


「あの服装って言うと…風音中佐が着ているような服のことだね。 見た目の通りなら保温性は低いと思うけど…“シュッツエア”を使っているのだと思うよ」


『…あ〜成る程な〜…流石だな〜セイシュウ』


 艦橋内の至る所で溜息が。


「…本当は君が一番に気づかないといけないことだよ? そうか…風属性か…」


 例え人間であっても、同属性の魔力マナ程度であるのなら感じることは出来る。 あの時キールが溢れる弓弦の火魔力(マナ)を感じれたのもそれによるものだ。


「実力の程はどうなんだい?」


『それがな〜…魔物が現れてもすぐにユリちゃん達に倒されちゃうからな〜…俺と楓ちゃんはまだ戦えてすらいない状態だな〜』


「…う〜ん…出来れば大まかな実力を知りたったんだけどな…魔法の属性が分かっただけでも良いよ。 何か手掛かりが掴めたら通信入れてよ。 こっちも何か情報があったら連絡するから」


『了解だ〜』


 通信が切れる。


「…さてと」


 同時にセイシュウは傍に置いてあったパソコン型の端末を目の前に置き、立ち上げてカタカタとキーボードを打つ。 念には念を入れる性格でもあるセイシュウは例え一度確かな情報を掴んでも、最低二回はその情報が本当に確かなのか、信用に足る情報なのか確認をする。


「…何度見てもやっぱり無い…か。 一体彼女は何者なんだろう…?」


 画面の右上に通信マークが現れる。 誰かがここに通信を入れようとしているので、彼は左手の側にあるボタンを押して回線を開いた。


『儂じゃ。 レオンはおるかの?』


 幼い女の子の声。


「あいつは今出ています。 通信を繋げましょうか?」


『セイシュウかの?』


「はい」


 通信の相手…ロリーの誰何の問いにセイシュウは即答する。


『あやつには繋がなくても良い。 何じゃ、もう向かっておるのか…あいも変わらずせっかちなやつじゃの…誰に似たのかの〜…』


「……」


 答えない。 答えれないのが正しいが。


『ほっほ…もうちぃと戯れに付き合うても良かろうに。 まぁ良い…それで、アンナが行方不明らしいのは確かな情報かの?』


「彼女の性格から考えて間違い無い情報です。 今の所手掛かりは何も」


 固く、聞く者にとっては棘を感じさせる声。


『護衛のために付けさせたのにの〜。 よもやあやつが足を引っ張る事態になるとは…困ったものじゃ』


「…それで、本題は何ですか」


 艦橋に知影とリィルが入ってきたのを横目に見て眼鏡を手で掛け直したセイシュウは、先程よりは少し落ち着いた声で画面に問い掛ける。


『どうやらこの件、ちと根が深そうじゃ…儂の勘じゃがの。 危険と感じたらすぐに退け』


「それは彼女を見捨てるということですか」


「…博士」


 押し殺した声で画面を睨みつけるセイシュウにリィルが寄り添う。


『見捨てるとは言っておらん。 それにもしもの場合じゃ。 隊員の命が第一。 あやつ1人のために多くの隊員が命を落とすようなことがあっては本末転倒じゃて。 セイシュウ、お主とて分かっておろう。 もしも、じゃ」


「……」


 顔が青ざめる。


『…じゃあの。 無理だけはするではないぞ』


 通信が切れる。


「……ごめんリィル君、少し横になってくるよ」


 俯いたまま、隣に並ぶリィルにそう伝える。


「分かりましたわ。 気になさらないでくださいまし」


「…ごめん」


 青白い顔色のまま背中を向けるセイシュウの背中を見送る2人。


「ここで何をすれば良いのですか?」


「通信が入ったらそこのキーを押して応答するだけですわ」


「分かりました。 …行ってきて良いですよ?」


 彼女の雰囲気が語る、彼への心配度を察して提案する。


「…ありがとうございますわ。 ですが「僕が手伝いますよ」…行って参りますわ!」


「…ありがとねディオ君」


 セイシュウの代わりに入ってきたディオの声で跳ね返ったように大急ぎで彼の後を追ったリィルを見送ってから、知影がディオにお礼を言う。


「これぐらいしかやることないしね。 僕で良ければ手伝うよ」


 少し照れ臭そうに、ディオが近くの椅子に腰掛ける。


「トウガさんは?」


「自室で待機しているから呼んだらすぐに来るよ。 知影さんはどうしてここに残ったんだい?」


「弓弦のご褒美があるから♪」


「そ、そうなんだ…」


 意味が全く理解出来ないディオ。


「…すること無いね」


「博士はこの間に色々調べごとをしていることが多いから…仕方が無いよ」


「ならちょっと暇潰しに弓弦がどれだけ凄いか、その自慢話を聞いてよ」


「え?」


「弓弦ってね…」


 …ディオは通信が入ることを切に願ったが叶うはずも無く、知影の惚気話に付き合わされるのである…。











 研究室にリィルが戻った時、既にセイシュウは横になって寝息を立てていた。 


「…まだ引き摺っておられるのですわね。 不貞寝など…らしくないですわ。 あなたはこうやって…」


 セイシュウスペシャルⅡをセイシュウの首筋に当てて注入する。 彼はビクンッと身体を波打たせて起き上がる。


「だらし無く口を開けて寝ていれば良いのですわ」


 …はずも無く、だらし無く手足を投げ出して大の字でベッドに沈む。


「…その方があなたらしいですわ。 …あら?」


 手に持つ小さな写真立てを彼から(受け取)ったリィルはその中身を凝視する。


「…まだ、残っていましたのね」


 4人の制服を着た若い隊員がそれぞれの武器を手に持ち、思い思いのポーズをして写っている写真。 背景に写っている時計塔がまた印象的である。 リィルの指が硝子越しに左から二番目に写っている、控えめに鞭を持っている金髪ポニーテールの隊員を撫でる。 次にその左一番左の口にチョコスティックを咥え、トンファーを構えている隊員を。


「…変わりませんわね…でも」


 気絶させたはずなのに寝返りをうったセイシュウと写真の人物を見比べながら呟く…そして指は一番右の左手につけた黒革の手袋を同じく手袋をした右手で引っ張って苦笑いをしている黒髪の男性隊員へと移動し最後に、大剣を目の前に突き立てて微笑んでいる赤髪の女性隊員へと。


「…変わって…しまいましたわね…」


「変わってないよ」


 急にセイシュウが起き上がる。


「…起きていましたのね」


「僕に雷魔法は一切聞かないってこと、忘れてないかい?」


「あぁ…そうでしたわね」


 身体を起こしたセイシュウに写真立てを返す。


「ずっと…囚われているよ。 あいつは…」


「…博士も」


「…そうだね。 でも…君もだろ?」


 問い掛けるようなセイシュウの言葉にリィルは俯く。


「…踏み出そうと…思いませんの?」


 歩み寄る。


「…少なくともあいつが踏み出すまでは…無理だ」


 拒絶の返事。


「そう…ですの…」


「似てるんだよね…僕と…あいつと…弓弦君…」


「…えぇ、凄く似ていますわね」


「…彼の存在が…良い刺激になっているはずなんだけど…」


「…」


「…さてと、十分休憩出来たし艦橋に戻るよ」


 セイシュウに隣に並んでリィルも研究室を出る。


「艦橋に行くのは僕だけで十分だ。 後で知影ちゃんも行かせるからリィル君は隊長業務代理に戻ってくれ」


「…私も…艦橋にいては駄目ですの? …っ、分かりましたわ…」


 静かな瞳に見つめられ、隊長室へと逃げるように向かったリィル。 それを見ること無く足を進めていたセイシュウだったが、やがて立ち止まると白衣のポケットからチョコスティックを取り出して封を切り、口に運ぶ。


「…リィル君、何で泣いていたんだい…? 僕には…」


 照明が眼鏡のレンズに反射して彼の表情を窺い知ることは出来なかった。










 *


「ほっほ、本当に…嫌われたものじゃの」


 端末の電源を落としたロリーは背後で壁に凭れてコーヒを飲んでいる人物を見る。


「…行くのか」


 カザイは短くロリーに聞く。


「行くしかないじゃろ。 あやつらはムキになっていかん」


「…の行方は」


「ほっほ…とうに掴めておるわ。 じゃが、儂がするのはあくまでお膳立てじゃ。 お主もいずれ…」


「…あぁ」


「…ほっほ、じゃ、分かっておるの?」


「…」


「…無言、かの。 お主とて気に入っておろう?」


「…あぁ。 相当仕込まれている…良い味だった」


 暗闇の中、コーヒカップを見つめてカザイは言う。


「お主が気に入るほどの味か。 儂もいずれ飲んでみたいのぅ…」


「…臍を曲げるぞ」


「…そうじゃの。 間違い無く怒るわ。 これも早く…に会いたがっておるからの」


「…それは」


「大丈夫じゃ。 まだの…」


「…だから…のか?」


「そうじゃ。 それが思わぬ結果に繋がったがの。 面白いものじゃ…が」


「…分かっている。 …知られるわけにはいけないかない」


「そういうことじゃ。 じゃから彼女達と同じくせめてものお膳立てというやつじゃ…くれぐれも…じゃぞ?」


「…分かっている。 無駄にはしない…絶対に」


 ロリーが立ち上がるとカザイはコーヒカップを置き、一礼をして先にどこかへと向かう。


「ほっほっほ…じゃが、ちと先か…」


 ロリーはカザイとは別の方向へと歩いていく。 ふと虚空を見つめ。


「主らのお陰で儂等が動ける今に繋がるのじゃ…じゃぁが、お陰様で今までに無い騒がしさの物凄いレースが起こりそうじゃの。 誰が選ばれるのやら。 …もしかしたら全員と言いそうじゃが、それもまた面白そうじゃの…のう? ほっほっほっ…楽しみじゃ…ほっほっほっ」


 目を細めてどこか嬉しそうに笑うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ