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俺と彼女の異世界冒険記   作者: 仲遥悠
指揮訓練任務編
101/411

迷いと…偽り

 アークドラグノフ。 窓から見える外の景色はどこかの異界みたいにどこか幻想的で…。


「…何をやっているの知影」


「暇だなぁ…ってさ。 弓弦の言うこと守らないとご褒美もらえないし…」


「殊勝な心掛けね」


 私の後ろの椅子に腰掛けて紅茶の入ったカップを傾けるフィーナ。


「フィーナは寂しくないの? 今こうしている間にも弓弦は襲われているのかもしれないんだよ?」


「…ご主人様がいらっしゃらないのは寂しいけど、これも一種の放置プレイだと思えば全然問題無いわ」


「…フィーナって、変態だよね」


「あなたの言えたことじゃないわね。 間違い無く」


「私は普通の女の子だよ! ただ弓弦が好き過ぎるってだけで」


 そうだよね! 私、普通の女の子だよね!? 変態じゃないよね?


「…自覚無し? それとも、わざと言っているの?」


 呆れたように見てくるフィーナ。


「あなたのことを変態と言わずして誰のことを変態と言うのよ。 困ったものね」


「…例え変態でも弓弦は受け入れてくれるから、大丈夫」


「もう…甘え過ぎよそれは。 怒られても知らないわよ…」


「…ねぇ、本当にこんなことしていて良いのかな…」


「こんなことをしているしか無いと言ったのは知影、あなたよ? 馬鹿なことは言わないで。 ご主人様を心配する気持ちは分からなくもないわ。 だけどそれはご主人様を心配しているではなく信頼してないというのよ」


「…どうしてそう言えるの?」


 …私が弓弦を信頼していないなんて…。


「はぁ…駄目ね。 ご主人様はきっと帰って来られるわ。 風音も、“一応”アンナもいるから大丈夫だと言外に仰ってたのに。 要らぬ心配は信頼の無いことの表れよ。 今は待ちましょ? …コホン、待つことよ」


「そう、ね…分かったよ。 ごめんね」


「ふぅ…気分で飲んだのは良いけど…ご主人様の味噌汁が恋しいわね…」


 うぐぐ…ヒロイン力が…。 


「…絶対に負けないからね…!」


「何のことかは分からないけど、受けて立つわよ」


 …弓弦、どうしてるかなぁ…。












 *


 洞窟は地下へ地下へと続いていて、一向に脱出出来そうな気配が無い状態であった。


「…一本道、だったよな」


『はい。 間違い無く』


「この洞窟はどこまで続いているんだ…」


「『ライト』…くっ、後は帰るだけで良いものを…!」


 効果が切れかけて暗くなってきたので再度アンナが“ライト”をかけ直す。


「…魔物の気配もしないしな…っと、ここへ来て初めての分かれ道か」


 右、左へと続く分かれ道に差し掛かる。 どうしたものか…。


「…よし、俺が“クイック”を使って先に行ってみる。 適当な所で引き返してくるから暫く待っていてくれ」


「!? いや待『動きは風の如く加速する…クイック!』」


 先ずは右。 アンナを残して奥へと倍速で走る。


『他の隊員の皆様は大丈夫でしょうか? …それにアンナさんと離れる以上光源が…』


「待機するように残してきたからな…戦闘音を聞いて動いているかもしれないのもあるが、だから急いでいるんだ…灯りは問題無い」


 “ライト”を使う。 この程度の魔法だったらアンナに魔力マナを込めてもらったと言えば言い訳が通るだろう。


『今回…指揮訓練の意味があったのでしょうか…結局御二方で目標を倒されてしまいましたし…』


「…まぁ仕方が無いだろう。 最初に他の隊員が転送された洞窟の地下にいるとは予想が出来なかったからな。 その点アンナが穴に落ちたのは怪我の功名とも言えるが」


『…偶然、でしょうか?』


「どうだろうな」


 …だが、この訓練が仕組まれたものだということを前提として考えると…。


『…作為的であると…そう御考えですよね』


「その見方もあるというだけだ。 …またか」


 分かれ道である。 しかも今度は…。


『三叉路…ですか』


「…取り敢えずは引き返すぞ。 念のためもう片方の道を行くべきだからな」


 来た道を引き返して先程の場所まで戻ると。


『…あの方でしたらこうなることは想像に難く無かったのですが…困りましたね』


「貴様だけが動くのは癪だ。 私は私で左の道を進ませてもらうからこの書き置きを読んだのなら待っていろ」…と書き置きがあるだけでアンナの姿はそこに無かった。


『…追いかけられますよね?』


「当然だ…っ‼︎」


 アンナが行ったであろう左の道へと走る。


「…くそ、やっぱりこうくるか」


 奥へと走るとやはり三叉路が。 実は同じ三叉路ではないかと辺りを見るが、違う三叉路と見て間違い無い。


『っ、アンナさんの魔力まりょくを探ることは出来ないのですか?』


「待ってろ…ッ!? 何だ!?」


『…っ、揺れましたね。 何らかの魔法の余波でしょうか?』


 中央の道へと急ぐ。


「橘隊長!」


「ソーン少佐! 何故ここに?」


「書き置きを見つけて後暫くして任務ミッション完了の連絡が届いてな。 急いで橘隊長達を探していた…無事で何よりだ」


「先程の魔法はお前のか?」


「いや…これだ」


 そう言って手に握るハンマーを持ち上げる。


「俺が砕いた所は地盤が固かったからな。 砕いても問題無いと判断して上から降りて来た。 合流出来て良かったよ」


「シュトゥルワーヌ大尉やジャンソン大尉達はどこだ?」


「それぞれ別の場所に向かっている。 取り敢えずはここから一番近いはずのドゥフト中尉の所へ…ハッ‼︎」


 ハンマーが振り下ろされて壁が砕かれる。 凄まじくワイルドだ。


「…行くぞ、橘隊長」


「ソーン少佐…アンナを見なかったか?」


 背中を向けて首を振る。


「すまない…だが、他のメンバーが合流しているかもしれん」


「そうか。 よし、案内してくれ」


「了解だ」


『アンナさん…どちらへ行ってしまわれたのでしょう…』


 …本当に意固地な騎士様はどこに行ったのだろうか…はぁ。


「ドゥフト中尉! どこだ!」


「ここ…です」


 砕いた壁の先の横に走る通路からトレエが顔を覗かせる。


「あ…隊長…無事だった…良かった…です」


「あぁ、すまないな。 …所でアンナのやつを見かけなかったか?」


 ふるふると首を振る…見ていない、か。


「分からない…です」


「…まさか、既に脱出したのか?」


「その可能性もあるかもしれない。 この洞窟、至る所に出口があるみたいだからな」


「…そこの道から上に…行けます」


「外に出られるのか?」


「…はい。 出れ…ます」


『…一度外に出てみるのも一つの手かもしれません。 それに…』


「ソーン少佐。 他の隊員の居場所は分かるのか?」


 魔力マナの流れが見える以上、俺は大体の位置が分かるが…疑われる可能性がある以上、下手なことは出来ない。 


『…それでしたらアンナさんの居場所も分かるはずなのでは?』


 …分かれば苦労はしない。 分からないから苦労している…。


「どの辺りにいるかは分かるが…全員移動している分、見つかりにくいかもしれないな…そう言えば橘隊長」


「何だ?」


「隊長の“発光石”はえらく純度が高い。 支給品じゃないのは分かるがどこで仕入れたんだ?」


「…! …気になります!」


 発光石…か。 成る程、それで光属性魔法が使えなくても光源があるわけだな。 帰ったら、どんな物なのかフィーに聞いておくか。


「あぁ…これはアンナの“ライト”だ。 魔力マナの消費を“エアフィルター”で減らしているから長持ちしているんだ」


「通りで…。 “エアフィルター”の応用とは恐れ入る」


「殆ど“ライト”限定だけどな。 それよりも、先ずは外に出てみるか」


 2人が頷くのを確認してから進んで行く。


『…よく思いつかれましたね』


 どこか呆れたような風音の声が。 …よく思いついたと自分でも思う。


「聞きそびれていたんだが…ドゥフト中尉はどんな武器を使うんだ?」


「…私、ですか…?」


 外に出ると当然のごとく強い寒気が襲ってくるので“シュッツエア”をかける。


「…後で…見せます」


 言ったそばから雪で体が形成されたような兎が現れる。


「…お、丁度スノーラビットか。 行くぞドゥフト中尉。 橘隊長はどうする?」


「いや、俺は2人の戦い方を見させてもらう」


「了解だ」


 2人がスノーラビットの所へと走っていく。


『それで…どうしてアンナさんの居場所が分からないのですか?』


「あの発光石もそうだし、アンナ本人の“ライト”による光魔力(マナ)の活性が凄まじくてな。 魔力マナが洞窟内に充満しているから特定が出来ないんだ」


『左様ですか…なので一度外に出られたのですね』


「そういうことだ…それにどうやら外にはいなさそうだな…。 …ん?」


 視線の先ではメライのハンマーがスノーラビットをかち上げている。 空中に運ばれたスノーラビットは突然、まるで引っ張られるかのようにトレエの下へと運ばれ、彼女の短剣で斬られた。


『…魔法…ですか? あそこまで水平に空中を移動させるとは…』


「いや、ワイヤーだな。 見た目からは想像し辛かったが…」


 …ヤケに手慣れている。 ワイヤーの先端のアンカーの角度や発射する、しまう手際が…。


『アイーヤですか』


「“ワイヤー”と“アンカー”だ。 オペラと間違えたのか? それとも永遠の二番手か?」


『?』


「もういい…と、見事なものだったな」


 風音はおいといて、戻って来た2人を迎える。


「まさかあんなトリックファイターだったとは…想像出来なかった」


「俺もだ。 早業過ぎてはっきりとは見えなかったのが残念でならん」


「…。 …次は隊長の戦っているところを見たい…です」


「見せたいのは山々だが、合流してからだな。 …どうも辺りにはいなさそうだ」


「別の入り口から入ってみようと思うが、どうだろうか?」


「あぁ、そうしよう」


 洞窟を出たところからソーン少佐の先導で別の入り口へ。


「…?」


『どうされました?』


 光魔力(マナ)の活性化が止まった…?


「…地面が、揺れた? っ、どうやら洞窟の中で何かあったようだ…!」


「…魔物…ですか?」


「この洞窟崩れたりはしないよな?」


「…駄目だ、さっきに比べて地盤が緩くなった…その可能性もあるかもしれん…!」


「ドゥフト中尉はどう思う?」


「…突入はお任せ…です」


「行くぞ!」


 メライ曰く、崩れる可能性が大幅に上がった洞窟内を駆ける。


「…この辺りは…ジャンソン大尉が向かっていたはずだ!」


「いそうか!?」


「分からん‼︎」


 …っ、一体何が起こっているんだ!


「…‼︎ あそこ…明かりが見えます!」


「ジャンソン大尉か!!」


 パラパラ…と頭上から土が落ちてくる。


「いかん! 隊長‼︎」


「…俺が何とかする!! 今は突っ込むぞ!」


「「了解!(…です!)」


 今にも崩れそうな道を急いで駆け抜け分かれ道の手前に差し掛かったところで矢が飛んでくる。 


「そこに誰かいるのか!!」


「隊長? 隊長か!!」


 左の分かれ道の陰からロイがボウガンを構えて出てくる。


「良かった、無事だったか!」


「…あぁ」


 …歯切れが悪いな。


『…警戒なさっているのでしょうか?』


「なぁ隊長」


 瞳に僅かな迷いを浮かべるロイが静かに次の矢をボウガンに装填する。


「突然で悪いんだが…あんたは人を殺したことがあるか?」


 急にどうしたんだ? …人、か…人を殺したこと…か…。


『弓弦様…』


「ある…っ!?」


 飛来した矢を剣で弾く。


「シュトゥルワーヌ大尉! お前まさか、アレを信じるのか!?」


 信じられないようにメライが声を荒げる。


「あぁ! 隊長の口から直接聞いてハッキリしたよ!」


 再度放たれる矢。


「っ、アレとは何だ?」


「後で話す! だが今はシュトゥルワーヌ大尉の無力化を!」


「させねぇ! “テンペスト”‼︎」


 暴風が俺達を呑み込む。


「隊長は一々殺した人間のことなんざ覚えてねぇかもしれないが」


 風に隠れるようにして次々と飛来する矢を叩き落す。


「俺は隊長がお袋を殺したことを覚えているッ‼︎ 冷たくなっていくお袋を見下ろしている、隊長をな‼︎」


「なっ…!?」


 …母親を? 


「橘隊長! 今のそいつの言葉に耳を傾けるな‼︎」


『…終わってからに致しましょう! 今は』


 反応が遅れた俺に、飛来した矢が帽子の羽を掠める。


「…ッ!? 風音!」


『大丈夫です! 余所見は禁物ですよ弓弦様‼︎』


「…ッ‼︎ ソーン少佐! 今から俺の合図に合わせて思いっきりハンマーをかち上げろ!」


「了解だ!」


「ドゥフト中尉は飛んでくる矢を頼む!」


「了解です…っ‼︎」


「いくぞ‼︎ 三! 二! 一!」


「うぉりゃぁぁぁっ‼︎」


「シフトッ‼︎」


 メライのハンマーの上に乗って飛び上がる。 銃形態に移行させ銃口を背後に。


「覚悟しろよ…!」


 沖女の伝統…見せてやる…っ!


「…っ! くそ!」


「…させない…です‼︎」


セイ…!」


 俺に届く前にワイヤーによって弾かれる矢。 全弾発射フルバーストの反動で急降下する。 天井? 気にしたら負けだ!


ライ…ッ‼︎」


 足を伸ばす。


シュウゥゥゥゥゥッ!!!!」


「ぐ…っ!?」


 渾身の飛び蹴りがロイの胸へと刺さり、意識を刈り取る。 魔法が消えて動けるようになったトレエがすかさず“バインドウォーター”を使って手足の自由を奪った。


「風音、聞こえるか…っ!?」


 帽子に触れ、気づく。


「隊長? 顔色が悪いがどうかしたのか?」


「い、いや…」


 …無いのだ。 あったはずの風音《羽》が。 飛び上がった時か? いや落ち着け…落ち着け俺!


「すまん、少し静かにしていてくれ」


 目を閉じて感覚を遮断し、魔力マナを探る…遠くに感じるのはキールの魔力マナだ。 近くに俺以外で火魔力(マナ)を持つ者は…いない。 どこだ…どこにいるんだ…。


『…様』


 …風音の声が聞こえる…意識を集中させていくと。


「…ッ!?」


 俺の身体から炎が。 一瞬にして俺の身体を包み込んだので燃えないように帽子だけ避難させた。


「ドゥ、ドゥフト中尉!」


「は、はい!」


 トレエの魔法で水をかけられるが炎は消えない。 


「熱い熱い熱い! …って、熱くない…?」


「隊長!? あ、熱くないのか?」


「…凄く熱そう…です」


「いや、大丈夫だ」


 …どうやら俺の身体から発せられた強い火魔力(マナ)が炎のように見えただけのようだ。 …しかし何故急に?


「…隊長、だよな…?」


「…ん? どうしたんだ突然」


「…変身…しました」


「は?」


 信じられないものを見ているような2人に戸惑いながら、自分の姿を見てみる。


「…浴衣を着ています…ん?」


 「浴衣?」と言おうとしたのに何かおかしい。 …それに髪が長くて艶やかで…。


「あ」


 …帽子…犬耳が…。


「何をされているのですか…いや、でもなぁ…は?」


 ちょっと待て、覚えがあるぞこれは…知影の時と似ている? なら。


「風音…か? はい、弓弦様の妻、風音で御座います」


「面白い独り言だな隊長。 だが一先ずは後にして俺の話を聞いてくれ」


「ロイの謎の行動についてだな」


「あぁ…実は隊長と合流する前、任務ミッション完遂の伝達が届いた時に添付されてきた別件の文章に不可思議なことが書いてあった」


「不可思議なこと…かですか?」


 …風音、わざとやっているのなら止めてほしいのだが…。 …聞こえているよな?


『…承知致しました』


「いや、文章と言っても…何かの魔法陣に近かった。 封を切った途端に俺の場合、隊長が俺の育った村を焼いている光景が脳裏をよぎった」


「…俺はそんなことやっていないが…」


 メライはトレエを横目で見てから頷く。


「あぁ。 第一俺の育った村がある世界は何年も前に崩壊している。 なのに俺はその光景が事実だと思った。 …思い込まされてしまった。 何かの干渉系の魔法だとは思う…が、とても強力で凶悪なものであるのは間違い無い。 俺もドゥフト中尉に助けてもらってなければ、シュトゥルワーヌ大尉のように隊長に襲いかかっていただろうな」


「…です」


「ドゥフト中尉は大丈夫だったのか?」


「…。 …はい。 ですがすみません…私よりも先に隊長を探しに行った方は…」


「…俺がギリギリだったんだ。 ハッキリと自我はあったが…正直中尉にあそこまでコテンパンにされるとはな。 任務ミッションを開始したばかりの時とはまるで実力を隠していたみたいに身のこなしが違ったからな…助かったのは良いのだが…はは…参っちまったよ」


「まぁ何よりだ。 正直、任された部下を敵に回すのは中々くるものがあるからな」


『…隊長様方が御懸念されていたことが起こってしまいましたね。 “どなたが”では無く、“どなたも”スパイスであってそうでない…現状弓弦様の側に確実に味方である方が二方いらっしゃるのが救いですね』


「…さっきから気になってはいたのだが…橘隊長、その犬耳は何だ?」


「…コスプレが趣味「…っ」なんだ。 …何だドゥフト中尉」


『弓弦様、寒いです』


 洒落で言ったわけではないので無視。 


「…はっ!? す、すみません…ゆ、あ、不意打ち…だったので…えへへ」


「俺はアンナみたくそんな固いハイ…人間じゃないがな…クス、じゃない、ははは…」


 自然と風音みたいな笑い方をしてしまった…。


『クス、今の笑い方、まるで鏡を見ているようでした…御見事です♪』


 どこが見事だ。


「…隊長は男…だよな?」


「…「ッ!?」どこをどう見ても男だと思うが?」


「…どこをどう見ても男装の麗人に見え…ます」


「…男だ。 俺は間違い無く男だ、うん」


『…でしたらわざわざ胸元を確認なさらなくとも良いかと思うのですが…』


 経験上少し心配だったのは言うまでも無い。 誰かさんのお陰で女体化経験があるからだ…胸部に重みが無いからといって安心することは出来ない。


『…クスッ♪ 本当に御似合いでした』


 …まぁその内ドッキリかなんかでやってみるのも良いか。 あくまでドッキリだ。 俺がそっちの道に目覚めてしまったわけでは無い。


「…しかしその髪と顔では勘違いをする人間も出てくると思うぞ? 見事なものだよ。 …おっと、シュトゥルワーヌ大尉の目が覚めそうだな」


「もうさっきみたいな状態にはならないよな…」


「ならいっそのこと、隊長そのまま別人として振舞ってみたら?」


「「ジャンソン大尉!」」


 突然現れたキールがしゃがんでロイを見下ろしながら提案をする。


「ジャンソン大尉は…大丈夫なのか?」


「あんなバカみたいな火魔力(マナ)を叩きつけられたからね。 お陰で目が覚めた。 誰かは知らないけど随分姑息な手を使うね」


 立ち上がって短剣をメライに渡して敵対の意思が無いことを示しながら、キールは俺の全身を観察するように視線を向ける。


「…。 隊長元から女装が似合いそうな顔立ちをしていたけど、今の姿は何と言うか…それを凌駕しているね。 隊長と誰か美人な人を足して二で割った感じ。 隊長の特徴を隅々まで覚えている人ならまだしも、殆どの人間は十分誤魔化せるよ」


「そう…か」


 …何者かによって仕組まれたことである以上、そして任された部下…戦闘は避けたい。 アンナの行方も分からんからな…。 …俺そんなに女に見えるのか?


『…ばかり仰っていますね』


 また風音の機嫌が悪くなったようだ…何故だ? …まぁ良い、やるなら全力だ。


「…向こうで色々練習してくるから待ってろ」


 返事を待たずに離れた場所で“エヒトハルツィナツィオーン”の詠唱をする…今回は部分的だがいけるだろうか?


「…“エヒトハルツィナツィオーン”。 ……」


 完成のはずだが…おかしいな、声が出ない。


「あらあら…何をされているのですか。 …はい?」


 はい、整理しよう。 俺は魔法で身体を変身させた。 身体能力が変化後のベースになる以上、あまり元の身体から離れたくない…ということで声だけを変えたつもりなのだが…。


 身長は変わらない。 うん。 犬耳もある…が、浴衣が女物に。 足は…細くなったな…スラッとしている。


 発された声は間違い無く落ち着きのある女性のもの…風音に近いか。


 艶やかな長い黒髪も、うなじの辺りでゴムか何かで一つに束ねられていること以外変わらない…が、胸がある。 それに。


『…どういうことだ?』


「さぁ…ですが、どうやら私と弓弦様の人格がそのまま入れ替わってしまったようですね…」


 先程とは逆の状態になってしまった…つまりこの身体の現在の主は風音…ということになる。


『…おい、どういうことだ? おい! 何故こうなった?』


「落ち着いて下さい弓弦様。 …目を覚まされたようなのでこのまま参ります」


『は? え?』


 俺の意思に反して身体は勝手に動き、意味不明なまま俺…私? は2人の部下の元に戻った。

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