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始まりの独白

 変わる日常か、変わらぬ非日常か。人は夢現の中にどのような思いを馳せるのだろう…。否、「馳せる」のではなく「吐せる」なのかもしれない…。

 酷く脆く、悲しいほど不安定な文明を人々は謳歌している。

 その中で、ある者は優越感の元、そこに在る者を見下し、また在る者は、劣等感の元、ある者を見上げる。

 悲しいことに、これは秩序という法の名のもとに行われる混沌と言える。『天は人の上に人を造らず、人の下に人を作らずと言へり』という、福沢諭吉の学問のすゝめ冒頭の有名な一節があるが、その後に『ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり』…と、ある。

 これは学問、 つまり、学を問う(・・・・)と言うことの必要性、重要性を人に問いかけた文章であるが、何事にも例外はある。

 いや、ない筈が無いのだ。例外とは即ち、例の「外」であり、例と言う「内」が無ければ「外」に成り得ないのだから。

 また、対義語という言葉がある。

 これはある言葉の意味に対して、逆の反対の言葉の意味のことを一般的に言うものだ。反対…つまり、「反」し、「対」になる。

 これもまた、元の言葉が無ければ存在足り得ない言葉だ。

 光があれば陰が出来る。光が無ければ陰もまた出来ないように、物事には当事者が思わぬ所で常に何らかのバランスが作用して保たれているんだ。

 要は違うように見えて、本質的には殆ど同じ、と言える、いや、俺はそう言おう。

 先程述べた“変わる日常”と“変わらぬ非日常”…矛盾どころか、そもそも意味すら通っていないように見える…つまり、察していただけるかどうかは分からないが、結局の所、同じことを言っているだけなんだ。


 閑話休題それはおいといて


 …とまぁ、何気無く暇潰しに、下らないことをそれっぽく考えていると、いつの間にか深夜零時を過ぎていた。

 なので考えに耽っている間に固まってしまった肩を解しながら、立ち上がって大きく背伸びした。


「さて、シャワーでも浴びるとするか?」


 独り言を呟きながら風呂場に向かう。

 …最近、以前にも増して独り言を言う割合が増えたような気がする。最近? うん、最近だ。別に元々独り言が多い訳じゃあない。

 これも、今感じているストレス由来の疲れに対して、無意識に習慣化してしまった癖…と言うか、癖になりつつあるものなのかもしれない。


「あまり人に見られたくないし、聞かれたくない…な」


 そう自重気味に苦笑しながらシャワーを浴びる。

 気持ち良い…。快感とさえ言っても良い、今の日常の中の数少ない楽しみだ。こんな言い方をしているが、俺は変態ではないからな。本当に楽しみなんだ。

 『風呂は命の洗濯だ』という言葉はなかなか言い得て妙で、本当に心が洗われる感覚を思わせるから不思議なもの…と言っても、シャワーしかないので風呂と言えるかどうかは別になってしまうな。風呂…。入れなくなってしまった今からすれば、とても贅沢なものだったんだと思える。

 本当だぞ? 風呂は良い。シャワーよりも良い。身体冷め難くなるし。


「よっと」


 ぱぱっと身体を洗い終えてタオルを手に取る。身体を拭きながら再び思考を巡らすことにしてみた。と言うか、思考が勝手に回り出す。…暇人なんだよ、悪いか。

 “変わる日常”と“変わらない日常”。

 近いようで遠く、遠いようで近いが決してその意味が交わることのない言葉。

 もし…そう、ifだ。…そんな歌があったな。

 いやそんなことよりも。自らに日常を選択する権利があるとするのなら、俺はどちらの日常を選択するのだろう? …いやもしかしたら、どちらでもない第三、第四の選択肢を選ぶという可能性も否定出来ない。

 ほら、良くあるだろ? 選択肢に無い選択肢、例えば、一定時間経過すると現れる選択肢とか…どうだろう…って、誰に訊いてるんだ俺は? ん? 俺って何について考えていたんだ? 

 あぁそうだ、「体が勝手に…っ」というのは前に「い、いかん」を付けることで、決して自分がしたくてしている訳じゃないというのを正当化しているようで、納得がいかない…と言うことだったな。

 …ん? 何か違うような…?

 俺だったら、いっそのこと堂々と突入して…っていかんいかん。

 いや、そんなこと出来たら苦労しないし。やったら軽蔑される。

 だが…男なら、一世一代の勝負的なことでやってみたい気がする。こう…パンドラの箱を開ける感じだ。

 …。そもそも何について考えていたんだ、俺は。


「…ま、良いか」


 適当に思考を打ち切って、脱衣所にある鏡に向かいながらドライヤーで髪を乾かす。鏡に映るのはパッとしない俺の顔。

 黒い髪に黒い右眼。左眼の色は、夜空を切り取ったような紫。断じてカラコンではない。一応自前…いや、厳密に言ってしまうと違うのだが…うん? 実際どうなるんだ?


「なぁ、どう思う?」


 鏡に向かって問い掛けてみる。帰ってくる言葉はないが、あっても困る。

 ここは絵本の中の世界では…ないのだから、多分。

 あ、そうだ。例えば、「鏡よ鏡」…で始まる白雪姫の有名な王妃の台詞。あの鏡が、今俺の前にあるような一般的な鏡だったとしよう。さて、どうだろうか?

 これを目撃してしまった家来の視点で考えてみよう。

 …不思議だ。王妃がイタイ人にしか見えない。鏡に向かって話し掛けるって、一体どれだけ友達がいないのだろうか…と、考えてしまわないだろうか? 幼い子どもがぬいぐるみに話し掛けるのは、普通だ。

 なんでも、「アニミズム」というらしく、簡単に言ってしまえば「あらゆるものには命が宿っている」…という考え方だ。

 だから子どもの瞳には、ぬいぐるみがさも、生きているように映っているのだとか。実に可愛らしく、微笑ましいものだ。

 ここで王妃に話を戻そう。「アニミズム」の考え方でいくと王妃の眼には、鏡が生きているように映っている…と言うことになる。

 いい歳こいた大の大人が、国を治める者の第一の支えとなるべき者が、一人で毎日、鏡に向かって話し掛けているのだ。

 さてさて家来、どう考える? 決まっている。

 「A☆HA☆HA! …見なかったことにしよう」と考えるのだ。そうだろう? そんな人物のどこが微笑ましいのかッ!? どこが可愛らしいのかッ!? 答えはこうだ、「…アンタ、いい加減、現実見たら?」…だッ!! 

 つまり、今ここで、俺が何が言いたいのかというと、一応俺としては人に話し掛けていたつもりなんだ…って、変な誤解を招く言い方だぞこれは。


 閑話休題それもおいといて


 絵本のような世界とは、今俺が居る世界のことだ。

 理由を説明しようと思うと、面倒臭いので、結論から。


 “俺と彼女のいた世界は、滅んだ”


 …これが、俺が言いたいことの結論。

 分からないのは当たり前、俺も良く分かっていないのだから。

 だが、現に俺はここ──異空間漂う機械の塊に乗っている。そう、アニメや二次元でお馴染みの戦艦だ。戦う船。バトルシップ。主砲もあれば、ミサイルもある。

 自分で言ってて混乱してきたので、簡潔気味に整理してみよう。言わばバックボーンと言う奴だ。この整理を通して、自分の置かれている質場というものを再理解してみよう。

 まずは、単語からだ。

 ──最近は彼女と歩く通学路、馴染みの商店街、違和感、漆黒、闇、虚無…語彙が恐ろしく足らない俺が精一杯その時のことを簡潔に纏めた結果だ。

 うん、これらから俺が伝えたいイメージに辿り着けるかなんて、難関大学入試レベルの難問だ。しかし、実際そうとしか、覚えていない(・・・・・・)

 その後俺は馬鹿みたいに彼女を抱きしめていて、激しい地鳴りと共に覚えた虚脱感によって気を失った。それで気が付いたらここに…だ。トラックに引かれた訳でも、本の中に吸い込まれた訳でもない。命を失った訳でも…ないはずだ。今俺が身体に感じているもの、頬を抓った時の痛みも、確かに本物。

 異世界召喚? …それだったらまだマシだ。元々の世界も…家族も無事なんだから。自分達がどうこうなるだけで、周りは無事なんたから。

 俺は…俺達(・・)には、何も残されていない。

 帰る方法が無いんじゃない。帰る場所が存在していない。

 それが、確かな現実。不変で、今となっては普遍で。

 勿論その時も、今ですら、俺は状況を飲み込めていない。

 …まぁ、それについての詳しい話は後。起きてからだな。…眠いし。


「…おやすみ」


 電気を消してパジャマに着替えると、徐に掛け布団の中に潜った。   

『非日常に飛び込んだ青年は、何を思うのか。

 全てが失われた。友も、家族も、愛した者も。

 失いたくて失った訳じゃない。こんな結果を自ら望んだ訳ではない。だが、現実となってしまった今では変わらず。時は戻らず。ただ見知らぬ世界の中で、独り生きていくことを強いられて。苦しみにだけ眼を向けていれば、きっと折れてしまう危うさと戦っていた。

 青年は知っていた。前を見なければ、何も始まらないことを。

 そして決意していた。例えほんの少しでも、前を見ることを――次回、第二章「“非日常”という“日常”」第一話、貴族に博士に助手に彼女』。

 “非日常”が、青年を出迎える。

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