私の中のチップ その3
倒れていた男の識別プレートには、浜中新と記されていた。
実は、彼もまたコンピューターに疑惑を抱いた男だった。
浜中が、この史料館データセンターに派遣されたのは、チップ義務化の2年前であった。
もちろん、このデータセンターの名前は隠れ蓑、チップの心臓部であるマザーコンピューターと、この高層ビル全体に設置されたサーバーを管理する部署である。
彼の担当は、国民のデータの管理であった。
チップを埋め込んだ国民のシートは、常に書き換えられていた。
位置情報・体温と血圧などの健康情報、刻々と変わる数字が、一人当たり最低5つの
サーバーにバックアップをとりながら管理されていた。
このセンターの主旨は、一般的には、ただ記録する事といわれていた。
国民総背番号制の延長でしかなかった。
しかし、裏では、データの分析も行われていた
つまり、テストの数字など学力や知能指数による児童の育成方法の開発
さらに病歴、犯罪歴、もちろん指紋にDNA・・・これによる犯罪予想。
あるいは、優れた子供を生み出すための最も理想的な配偶者の選定・・
まあ、データがあれば、人は利用したくなるものである。
浜中にとって、そういう研究は他人事でしかなかった。
そして、国民チップ施行された2年目、浜中は結婚をした。
ある居酒屋で飲んでいるとき、たまたま出会った女性が相手。
当時、アイドルグループのセンターの町田アユがタイプだった彼の前に現れたのは
そのアイドルとなんとなく雰囲気が似ていた。
話すと、お互い寺院めぐりが趣味で、音楽はダフトパンクが好きで
しかも、この1ケ月以内に007の最新作を見ているという、まさに相性のいい二人で
住んでいるところも、同じ路線で二駅違うだけ…
運命を感じずにはいられない出会い・・・・音速で恋をし、そして結婚だ。
まあ、ここまでは、なんの違和感もなかったのだか、
ある日、同僚たちと家族パーティが行われ、10組の夫婦が集まった。
その時、あることに気づいた。
壇蜜が好きといっていた同僚は、壇蜜と似たセクシーな妻を持ち、
アンジェリーナ・ジョリーが好きといっていた同僚は、やはり似ている外国人の妻、
格闘家が好きといっていた女性の同僚は、やはりよく似たアスリート系の夫、
みんな自分の好みと似ている配偶者を手に入れていた。
この時、違和感が襲ってきた。
相手が美人すぎる…相手がイケメンすぎる…
なぜなら、同僚たちは、みんなオタク気質で、美人美男には程遠いのだ。
こんなラッキーな組み合わせが、10組全員なんて・・
浜中は、自分の妻についても同じ違和感を感じ始めた。
その妻がよく言うセリフがある。
「あの居酒屋に、なぜ行ったか覚えてないのよ。フラフラっと入ったのよ。
神様のお導きなのよ、ほんと運命ね・・・」
神様に操られたように無意識で居酒屋に入ったらしい。
パーティで沸き起こった違和感は、今度は疑惑に変わっていった。
うちのセンターには、優れた子供を生み出すための最も理想的な配偶者の選定・・
確か、そんな研究があった。
そして、体内に埋め込まれたチップ。
「僕たちは、誰かに操られているのかもしれない」
そう考え始めた浜中は、センターの研究者に接触し始め疑問をぶつけた。
だが、全員、一笑に付していた。
「浜中君、そんなこと、チップでできないよ。
そもそも脳を支配する研究は、そんな所まで行ってない。
あくまでデータとしては使えるけど、人を操るなんて…」
「そうですね・・・人間技じゃないですよね。」
そう答えた時、浜中は正解に到達した。
つまり、マザーコンピュータが、怪しいのでは・・・疑い始めたのだ。