私の中のチップ その1
全く嫌な時代である。
なにがって、第一に俺が結婚しているのにイケメンなので、モテるからだ。
なんせ、昨日、遂に浮気がばれた。
家に帰ると、居間で壮絶な量のデータに、蛍光ペンでしるしをつける妻がいた。
「仕事なの・・大変な量だね」
「・・・・・・」
妻は、何も答えない・・・・こういう時は、触らぬ神に祟りなしだ。
だが、10分もしないうちに・・・
「あなた、そこに座って」
「ああ・・どうした」
「これを見て・・・」
そう言って数枚のデータシートを手にした
12:30 35,6度 90~120
13:00 35,6度 90~120
「何だよ・・これ、誰かの体温と血圧の変移データじゃない」
データの頭にIDナンバー 237456とある。
こいつが、彼女のクライアントか何かなんだろう。
それにしても、レストラン経営の妻が何をしているのだろう。
「20時のところ見てよ」
20:00 36,5度 120~140
「突然、上がってるね。何かスポーツでもしてたんじゃないの、
あっ、そうか!レストランで酒をのんだとか・・」
「そうなのよ、だから別のデータも取ってみたのよ。」
35.6593026 139.7048006
「なんだよ・・この数字?」
「緯度経度なの・・・これ渋谷のホテルの・・・」
やっと気づいた、そのIDは、俺だったのだ。
俺の体温と血圧、しかも位置データだ。
「で、同じ緯度経度に同時刻にいたのが、遠藤マリさんなのね。
あなたとは、109の前で待ち合わせて・・・・・」
終わらない説教をききながら、俺は思っていた。
「これは、体の中に埋め込まれたマイクロチップのせいだ」
体の中にチップを埋め込み管理する。それは国家にとっては理想だが、
個人にとっては悪夢に過ぎない。
だが、2000年の段階で、治安の悪いメキシコでは、体内に埋め込むチップが販売され始め、
ドイツでは、緊急時やセキュリティのためにチップをうめていて位という人が23%を超えていた。
もう2020年・・・・あれから、治安はますます悪くなり、医療もセキュリティも怪しくなり
東京オリンピックを前に、政府は、体内チップを義務付けたのだ。
おかげで、浮気はばれやすくなった。
会社でも、外回りをして、ちょっと暇しぶし・・・・これもすぐばれる。
俺は、イケメンで、浮気性だからこそ、忘れたことはない。
「俺は、常にマザーコンピューターに監視され、管理されている」
これは悪い面だが、実際は、確かにいいことも多い。
誘拐してもすぐばれるし、一人暮らしで倒れても、すぐ救急車が来る。
犯罪は大幅に減り、平均寿命も延びた。
万々歳といいたいところだが、アクシデントは必ず起こるものだ。
その日も、ぎりぎりの時間に出社した俺だが、部署のフロアに入ると
何人もの社員が、立ち上がり、喧々諤々話している。
普通ではない雰囲気に、俺もたじろいだ。
「何があったんだ?」
「木村が行方不明なんだよ・・・」
「そんなのチップで検索すれば…」
「それが、わからないんだ」
そういうことか・・・こいつらは、チップの絶対性がなくなり、アイデンティティを失っている。
でも、おれは内心よろこんでいた。
アンダーグランドでチップ管理を打ち破る奴が現れたんだ。
これで、浮気がばれない・・・・
二日後、その同僚は、路地裏から発見されたらしい。
チップは死んだままで、警察の地道なソウサで発見されたらしい。
死因は、脳梗塞で、怪しいところのない自然死らしい。
俺はそんなことは、どうでもよかった。
もともと、木村も俺と同じで、さぼることが多く、よく喫茶店で顔を合わせていた。
どちらかといえば、会社のお荷物。リストラ寸前だったのだ。
サボり仲間に植田という営業がいる。
あの日も喫茶店で、仲良くサボっていた。
「植田、元気? 木村のことピックリしたね」
「ああ、あいつ、取引で2000万損害だしたんだよ。だから、ほんとリストラ寸前だったんだよ」
「じゃあ、在籍中になくなったから、家族もリストラで崩壊することなく保険金入ったし、
会社も退職金上乗せもなくってことじゃん」
「そうそう、不幸中の幸いすぎるよね」
そんな話をした夜だった。植田の訃報を聞いたのは・・
これも、突然の脳梗塞・・自然死だ。
葬式に行ったとき、奥さんが言ってた。
「前の日までピンピンでしたけど・・突然、頭が痛いといったら、そのまま・・・・」
仲間がいなくなったことで、悲しかった。
ただ、俺は不思議だった、立て続けにサボりグループ、会社の不良債権が消えたのだ。
まるで整理されるように・・・・
そこで、思い出してほしい。
俺は、イケメンで、浮気性だからこそ、忘れたことはないと言ったはずだ。
「俺は、常にマザーコンピューターに監視され、管理されている」
関係ないと言えるだろうか・・・
会社としても、社会としても、まじめな働き者にいなくなられるよりは、
不真面目でサボる奴にいなくなられた方が、損害も少ない。
残された家族にもリストラ前だと保険金も年金も出る。
俺は、ネットを徘徊し、情報を集めた。
すぐにはわからなかったが、よくデータを分析すると、サラリーマンの突然死が増えているのだ。
しかも脳梗塞、心臓麻痺など自然な突然死を遂げている。
「彼らは、マザーコンピューターに整理された」のではないか??
これは、体内チップを操った殺人・・いや死刑かもしれない。
すると、会社の不良債権で、いつリストラされてもおかしくない俺、
しかも浮気性で、妻にも匙を投げられている俺は、「マザーコンピューターに整理される」
まさにターゲットではないか??
こうなると、木村の時に起きたチップの停止、これを探すしかない。
アンダーグラウンドに接近し、チップの効果を消す手立てを見つけることが先決。
さっそく、その筋に詳しい秋葉原のデジタルギャングに接触を試みた。
さんざん聞いたその店は、ある古いビルの地下にあった。
「すみません・・・・どなたかいますか」
「・・・・・・」
だれもいない、ただ電気製品の部品の並ぶその店には店主は不在だった。
「すみません・・・どなたかいますか」
やっと・・奥の扉が開き、70歳くらいのじじいが出てきた
デジタルギャングは、こいつではない!
「あの~デジタルギャングに会いたいんですけど」
「だれに聞いた?」
俺は昔の悪友の名前を出した。すると態度が変わった。
「何がほしい」
「俺は、常にマザーコンピューターに監視され、管理されている、それが嫌なんだ
取り出したいんだよ」
「いくら出す?」
「100万」
「それじゃ少ない・・・あと100万だ」
「・・・・わかった」
「じゃあ,着いてこい」
じじいは、奥に進むと、医療室があった。
そして歯医者さんの診察椅子を改造した機械に俺を座らせた。
そして手作りのMRIで、俺の頭をスキャンした。
「お前のは、2019Aの3型だ。取り出すのは不可能だが、壊すことはできる」
「それでいい」
その時だ、突然店の方に、十数人の足音がけたたましく響き、5秒もしない内に
医療室に突入してきた。
「警察だ…」
そこに現れたのは、船越という刑事。
と、後ろに なぜかテレビカメラ・・・
カメラには、MAD-tvというシールが貼ってある。
きっと会社名なんだろうな~と 思っているうちに、俺の手は手錠につながれていた。
いったい、何が起こったんだ!!
・・・・・・続く