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僕の世界

作者: 小林大樹

叔父が死んだ。一番好きだった僕のお気に入り。

奴は、有体に言うと馬鹿者だった。異常者だった。

世界の敵ともいえるこの僕を、わざわざ引き取って食わせていくなんていった人間だ。そもそも狂っている。

しかし叔父の死も、僕にとっては予定調和でしかなかった。僕には全て分かっていたことだ――。



一つ予知能力というものがある。未来に起こることを予期するという能力。

僕にはそれがある。生まれた時から備わっていた特有のスキル。僕を世界から引き剥がした異常。

僕には起きること全てが分かっていた。僕の能力は全能的なもので、試したことはないけれど、やろうと思えば世界の終わりまで知覚できるレベルの代物だった。

勿論そんな僕の能力を利己的に利用しようと思う人間はざらにいた。僕の両親がそうだ。

生まれた瞬間ではないにせよ、言葉を話せるようになった時点で僕のスキルに気付いた彼らは、僕を使って金を生み出すことを考えた。

今となっては愚か者という他ない。世界を支配可能な特異性を、金なんぞのために利用するというところがこの上なく低俗である。まぁ、それに従っていた僕も馬鹿だったのは確かだけれど。

結果、彼らは僕の能力で人生を何十回繰り返そうと使い切れないだけの多額の金を手に入れた。だがそんな彼らの幸福も長く続きはしない。

当たり前だ。自らがたいしたアビリティも持たない凡俗な人間が、急に大金を得るなんて異常なことで、そして人間は鋭敏な感覚でその理由をかぎ当てようとする。彼らの金のなる木が僕だと分かるのに、そう時間はかからなかった。

その経緯は割愛するけれど、簡単に言って戦争が起きた。

国家規模の大戦争。

僕の能力を我が物にしようと、数多の国家がしのぎを削った。

その間に僕の命は何度となく狙われたけれど、実際僕の能力に三次元的戦略は無意味であり、僕を攻略できたものは一人として存在しなかった。


世界が僕を置き去りにして回っていた。

僕はただ自分の身を守っていただけなのに、僕は世界に壊滅的な被害を量産した。僕の存在で人類は25億にまで人口を減らし、大陸をいくつか地図から消した。

僕を神聖化する人間や逆に罵る者も現れ、世界は混乱の坩堝。

しかしそんなことが起きようと、僕は世界にまるで無関心だった。

僕には感情というものが存在しなかった。なぜならこれまで起きたことも、これから起こることも、全て予定調和でしかないのだから。感情は外界から得る自己とのすれ違いによって発現するものだと、僕は産まれたときから知っていた。

生まれる前のことさえ僕は認識していた。世界の始まりに何があったのかも認識しているし、それが人が神と呼ぶ「摂理」とでも言うしかないルールによって決められていたことも僕は知っていた。

神。

「全知全能」の称号、そして照合が「神」なのだとすれば、それは僕以外の何者でもない。

勿論それは確信だった。僕は、この予知能力の名前が『未来の宗教』というものであることを知っていた。

『未来の宗教』。あらゆる事を知覚するこの能力に、おあつらえ向きのネーミングだ。

だからこの能力を手放すことさえも、僕にとっては予定調和だった。


僕の能力の減退は急激なものだった。僕は全知全能の神から、ただの少年に戻ったのだ。

世界が僕から興味を失うのも、これまた急速だった。

戦争は終わり、世界はある程度の平穏を取り戻した。

勿論本来なら僕のことを恨み殺そうとする奴が沢山いるはずだったけれど、能力があるうちにそれらの人類は皆殺しにしていたので無事だった。

そうして僕は、叔父に普通の子として引き取られ、普通の子として過ごす普通の子になった。


叔父の死亡原因は事故だった。人身事故。

彼は雨の中、自動車を運転している最中に、落下してきたセスナに衝突されて死んだ。

勿論僕は彼の死がその場所で必然的に起きることを知っていたので悲しくともなかったけれど。

世の中には「未知」の事象に対し保障を掛けるという習慣がある。

どこからか降って湧いた金で僕が生存に困ることはなかった。


今日は叔父の葬儀の日。外は雨だ。

彼の人生はどんなものだったのだろう。

少なくとも僕のそれより刺激的だったろう。知らないことが沢山あって、初めての感動に打ちひしがれる人生だったのだと思う。

しかし僕の世界はこれからも、くだらない茶番でしかない。

くだらない世界を生きていかなければならない。


僕はそっと、叔父の死体に花を差す――。

それは僕の敬意と、そして嫉妬の花だった。

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