Memory Ⅲ ~ 合宿の始まり ~
館の中は、大正時代を思い浮かばせる様な雰囲気を出していた。デザインもそうだが、洋風の建物に古い和洋の置物。館の中の物はそのまま残されていると聞いていたが、まるでそのまま時代ごと残されて来たような感じだ。
地図を持った先生を先頭に、ロビーを抜けて長い廊下の先に進むと、大きなテーブルやソファがいくつか置かれた部屋に出た。この場所は皆が集まるのにちょうどいい場所ととなるだろう。そのテーブルの上に、先生が館の間取り図を広げてみせた。これから全員の部屋の位置を決める為だ。今にも走り出して行きそうだった奴等も、その様子に気が付いて近付いてくる。
(にしても、でかいな)
この館は四階まであり、泊まることのできそうな部屋の数も丁度よく十二で、四階に二人、三階四人、二階に六人だ。
広げられた地図を更に見ると、他にも図書室や物置など様々な部屋があるようだった。中には名前の書かれていない場所もあり、何がある部屋か分からない物もある。
館の地図は、村の人からコピーされた物が送られてきたのだが、その地図では古すぎて、使いづらく見えにくかったので新しい物に作り直したらしい。
製作者はリュウリョウ、ウォータム、先生だ。復元中には色々と議論があったらしく、三人が作業をしている間はなんというか……空気が悪かった。それだけ元の地図が何やら難しく、複雑な物だったそうだ。
何にせよ、新しく作られたこの地図は見やすくなっている。
「みんなの部屋、大体いつもと変わらない感じに割り振ればいいかな?」
「いや、そうなると微妙に分かれるだろ」
部屋割りに随分と悩んでいるようだ。サイファーはそんな様子を見て、息を吐くと一言呟いた。
「俺と先生が一番上の二部屋に行く。先生もそれでいいですよね?」
ミチリュウにそう言うと、「高い場所は好きだからいいぞ」と笑顔で答えた。なるほど、煙と馬鹿はなんとやら。
「煙と馬鹿はってやつだな」
「ああ、なるほど……隊長」
思っていた事と同じ言葉を口にしたと思ったら、ミュキとチアンが小馬鹿にした感じに微笑んでこちらを見てくる。
「お前らよぉ……」
館の部屋のことを聞いた時、真っ先に四階が良いなんて騒いでたのはどこのどいつだ。
そういえば、四階の部屋がいいと言っていたミュキが何か言うかと思っていたが……むしろ何か思いついたかのように、にやにやと笑いながら逆に、四階の部屋を進めてくる。
(何を企んでいるんだか……)
その後、部屋割りはすぐに決まり、三階にミュキ、リュウリョウ、ステアー、チアン。残りが二階となった。
++++
「あいつが笑ってた……理由は……こういうこと……かっ」
サイファーは息を切らしながら、自分の荷物を持って四階まで階段を上っていた。一階から二階までの階段と三階から四階までの階段だけ、何故か無駄に長く、荷物を持って登ると体力の消耗が激しかった。
しんどいなどと呟きながらサイファーは登っているが、ミチリュウの方はというと相変わらずの元気さだった。もはやこれは、元々の体力なのか大人と子供の差なのか……よく分からない。
四階にようやく辿り着くと、右側は全て大きなガラスの窓になっていて、海がよく見えた。登り疲れた俺にはそれくらいの感想しか出てこない。
「先生は左、俺は奥の部屋でしたよね?」
廊下の突き当たりと左に扉があった。上の部屋が一番広い筈だが、中はいったいどうなっているのだろうか。部屋には特に鍵はかかっていないので、そのままドアノブを回した。
部屋の中に入ると、大きな机が窓際に置かれ、他の壁際には本棚がずらりと並んでいた。クローゼットも置かれている。ベッドはその裏にあった。
「……書斎?」
おそらく、この部屋はこの屋敷の主の部屋だったのではないのだろうか。他にも様々な物が置かれていた。部屋の中を調べるのが少し楽しくなってくる。
荷物を片付けるのも忘れて、部屋の中を探索していると扉をノックする音……が聞こえたと思ったら勢いよく扉が開けられた。
「こっちの部屋はどんな感じだ?お、いい部屋だな」
勢いよく入って来たのは、隣の部屋に入ったミチリュウだった。いきなり入って来たかと思ったら、部屋の中の本などを手に取ってはしまい、ベッドにダイブしたりと暴れ放題である。
「先生」
「ん?」
「今日のこれからの行動を他の奴らに言わなくていいんですか」
とりあえず冷静にそう言うと、元気に返事をしたミチリュウはベッドから飛び降り、扉の外へ走っっていった。出ていく時まで元気な先生である。
「あ、そうそう。隊長さんは自由行動でも、待機でもどっちでもいいからな」
また部屋の中に戻ってきたかと思ったら、サイファーへの指示を伝えに戻って来たらしい。
本当に落ち着きが無い先生だ。
数時間後、自分の荷物の整理が終わり、再び部屋の中の物を調べ始める。と言っても、調べるのなんて机と本棚くらいなのだが……。本棚には主に辞書や古い小説が収まっていた。これは後で、リュウリョウやファラルスにでも渡してみるか。机は棚の一か所に鍵がかかっており、開けることができなかった。どこかで鍵を探すか無理やり開けてみるか。
何かを見つける度にそんなことを考えながら一通り見終わると、サイファーは部屋の窓の外に出てみた。大きなバルコニーになっており、屋敷の庭部分と海が一望できた。
「随分と涼しいな……」
海から吹く風のおかげで、屋敷の中もだいぶ涼しく過ごしやすい場所だ。一瞬強い風が吹き、その瞬間したから叫び声が聞こえた。
「やっばい、洗濯物飛ばされた!」
「オッケー追いかけるでありまーす!」
ミュキとリュウリョウが外で洗濯物を干していたようだ。風に飛ばされたタオルを必死に追いかけている……って、何であいつらは初日から洗濯なんてしているんだ?
「あ、何見てんだよクソ隊長死ねよ」
「いきなり罵倒すんな!」
合宿中もミュキは通常運転で最後まで行きそうだ。バルコニーの左側へと移動すると、今度はガリュースがステアーを肩車をしていた。よく見ると、目の前の木に何か実が生っているのが見えた。
「……これ、先生が今日やる事として皆に言ったのか?」
意味が分からない。他の奴らは何をしているのか気になり、サイファーは部屋を出た。一階に行くと、チアンとイーリュンが料理の準備をしていた。
「初日の料理当番って、お前らだっけ?」
「んー……最初は違ったんだけど、変更されたんだ」
作れる奴なら誰でもいいが、確か元々はミュキとリュウリョウだった筈だ。……あの二人では、初日のテンションでどんな悪ふざけをするか分からない。この二人で安心だ。
「基本的なカレーの準備はできたけど、何カレーにする?」
「足りない分は先生が買って来てもくれるって」
「あー……じゃあ、海鮮」
部屋に行ってからやたらと見えていた海が思い浮かび、海鮮カレーを選んだ。材料はミチリュウが買い足しに行かなくともあるらしい。食べ物の方も準備は万端のようだ。
「そういえばさっき、隊長がもし来たら一階の部屋の奥に来てくれって伝えてほしいって、ジルザに言われたよ」
(一階の部屋奥?)
サイファーは調理場から離れ、言われた通り部屋の奥へと向かった。すると、何やらジルザが一つの扉の前で首を傾げていた。
「何してんだ?」
「お、隊長。この部屋の奥、何か本が大量に置かれてるみたいでさ。ここの鍵知らないか?」
全く見当がつかないので、サイファーは首を横に振った。ジルザはどうやらファラルスに、読んでいた本に関する書物などが無いか探すのを手伝ってほしいと頼まれたらしい。
「関係する本かどうがは分からないが、俺の部屋に色んな本が大量にあったから、とりあえずそれを渡したらどうだ?」
「そうするか、ありがとう」
ジルザに聞くと、頼んできたファラルスも書物を探しているようだった。勝手に部屋に入って持っていっていいと伝えると、ジルザは走って上に向かった。
扉の前に残ったサイファーはドアノブに手をかける。ガチャガチャと音がするばかりで、回すことはできない。鍵は本当にかかっているようだ。今いる廊下は薄暗く、背後から光が当たる。上を見てみるが、電気も無いようだ。
背中がゾクリとした。今は夏な筈なのに、何だか寒気がする……。
「……こういうとこは不気味だな」
ウォータムとトモが何をしているのか気になり、サイファーはその場を離れることにした……。