10話 絶望の淵
体育が大っ嫌いで3を取り続けた僕は珍しく走っている。
普段の授業でこんだけ真面目に走っていれば4取れてもいいんじゃないかって程走った。
いや、走らなければならない状態なのだ。
***
5日前に出会ったばかりの女の子、いや、
パートナーの水華が危険に遭っている。
人の価値観を忘れ狂いきった610番、来栖玲子に殺されかけているかもしれない。
そんなことを考える僕も好んで殺ったつもりは無いが来栖玲子のパートナーを殺めてしまった。
言い訳をするならサバイバルゲームで殺るしか無かった、先にあっちが殺しにかかってきた。
実のところ僕は来栖玲子のことを一方的に悪くブツブツ言う資格は無いのだ。
走ってて思うことは『実に僕は絶望的な人間だ』、
主にそれだけだ。
***
目先の光景を見て僕は出来れば風景画であって欲しいと願ってしまった。
しかしここは仮想世界、または現実と連動した仮想空間だ。
ここでの出来事は現実に繋がる、そんなことを考えると泣けてくる。
いや、既に涙を流していた。
水華は仰向けにされ、来栖玲子は水華の胸に尻もちして刃物を垂直に水華の喉を刺そうとしている。
押さえ込みされ、今でも殺せる状態だ。
まさに絶望的な状態だ。
「そっちはどう?」
来栖玲子はボソッと問いかけてきた。
「痛い目に遭ったよ、見ての通り左腕を食べられちゃったよ」
「そう・・・」
来栖玲子は冷たい目で睨み、
「この娘もあなたと似たようなセリフが言えるか試す?」
「薦めたくないけど・・・どうぞ、」
水華は青ざめた顔で驚き、来栖玲子はニヤリとした。
来栖玲子が発言しようとしたところで僕は、
「ただし後悔するぞ、いや・・・その前に二度とそんなことできないようにしてやるッ!!」
僕は右拳を強く握り10m先の来栖玲子の頬を狙って走った。
刺す覚悟を決めた来栖玲子は水華の喉を3mm刺した。
「ウオォォォォォォ!!」
残り2mの所で左足で地面を蹴り飛び殴りかかったが来栖玲子は右手首で僕の首をチョップして地面に叩きつける。
右手だけで前受け身を軽くして左腕の切断面を地面につけ、それを軸に反時計回りして右足で来栖玲子の左二の腕を蹴った。
「うッ!」
押さえ込みが崩れ右側に倒れた。
怯んでいる隙を狙って左手に握っている刃物を叩き落とし、
右手で胸ぐらを掴んだ。
「いい度胸じゃねーか!」
懐かしい汚いセリフを吐いた。
放心状態の来栖玲子は肩を振って抵抗するが無意識に起動させたアプリの能力で簡単に簡単に逃げれない。
「お遊びはここまでだ!」
肩を震わせ目を見開いた来栖玲子は足をジタバタさせて太ももを蹴るが弱く、今の僕には痛みは感じない。
「僕のことを舐めきってたようだがどうだ?」
さっきまで荒かった来栖玲子の呼吸が穏やかになり僕の目を睨み、
「ふざけんなよ・・・」
「あぁ?」
僕は左足で来栖玲子の右太ももを踏み潰した。
「ふざけんなって言ったんだろうが!!」
来栖玲子は両手で僕の首を絞め、爪を立てて握った。
爪が首に刺さり、血が流れていく。
「あんたの目的はわからないけど!私には神になってしたいことがあるのよ!!」
僕はただ、殺されたくない。その為に戦ってきたんだと考え、口を歪ませた。
言われてみれば僕には神になってしたい事なんて無い、願い事なんて無い。
神に頼る卑怯な人生を信じたくない。
「愛してくれない両親が大っ嫌いで、機械みたいに勉強を教えてくる学校が嫌いで・・・身体にしか興味が無い周りの人間が苦手で・・・夢を否定する現実が恐ろしくて・・・」
言っていることの大半が僕なりに理解でき、その気持は大体わかる。
「ずっと逃げ続け、恐れ続けて来たことに後悔してるのよ!!」
いつか訪れるのだろう、今までやってきたことに後悔すること。
既に後悔を記した日記なら書いているが。
「もし神の力で何もかも出来るのならやり直したい・・・、一からやり直して幸せになりたい・・・」
「そうか・・・言っていることは自分なりに理解できるが、人生ってそういうものじゃないかな?」
涙を流しきって乾いた目で嗚咽する来栖玲子を見る。
握っていた胸ぐらを軽く解いて言葉を考えた。
「年下のくせに言い切った口を・・・」
「話だけでも聞いてくれ、進学校の生徒として機械のように勉強して思うことは『今やっていることに意味はあるのか?』、そんな錘が精神的に来て諦めたくなる」
「それで?」
「それでも僕は幸せを手に入れるためと考えれば少しは頑張れる、そして少しでも超えられない壁を壊すつもりでいる」
来栖玲子は話に聞き入って握っていた首を段々緩くしていく。
「今思えば諦めないのが当然なんだ、強い人間はそれが常識で僕のような人間が異常なんっ・・・」
説得中に言葉が止まった。
僕は怖くなって手を離してしまった。
しかし来栖玲子は抵抗どころか呼吸の動きさえもない。
当たり前だ、来栖玲子は直径20cm程の石で顔を潰されたからだ。
表現できない現状、怯えで後ろに倒れ時計回りでうつ伏せになってしまう。
嘘だと信じて目を拭い、手の甲を見ると大量の血がついていた。
「マジかよ・・・」
立ち上がって逃げるにも体力的に、精神的に上がれずそのまま。
「これで正解」
背後からの声、聞き覚えのある声。
「助けてくれてありがとう、それと勝てたね」
「お前・・・」
「ん?」
首を回して見ると水華は笑顔で首を傾げていた。
「心が無いんだな・・・」
言葉が続かず、視界が暗くなり。
死んだように意識が無くなり、二回戦は終わった。
記録87744号
ここまで落ち込んでいるのは初めてかも知れない。
もう現実には戻れずに死んでもいい気分でいた。
でもなぜか意識が戻り、気づけば現実にいた。




