ヤンデレ風、逃亡記。
大してヤンデレしてない、ヤンデレ風にわか話。
この世界では、たまーに、異世界からの人間がぽっと出てくる。
そして、求められる。
異世界信仰。
というのだが、異世界のくせして、異世界からやってくる人間を恋焦がれるという、謎の現象がある。そのため、幾人もの人々がこの世界にとどまり、愛されまくった。
否、束縛された。
私の調べでは、中には恋人がいたというのに、引き離された異世界で、しくしく泣いていたら、いつのまにか大公妃となっていた、どういうことかわからない、何が起きたのか、知ったこっちゃねぇ、なんて悲劇があったり、子供も妻もいるのに、どうして皇帝になってんの、ハーレムいらねぇよ、ハハハ、なんて言いながらもちゃっかり子沢山になってしまった色好きもいたりもするが、まあ、それはともかく、いずれにしても、それぞれ、目立つ立場に置かれるものの、そのまま生涯暮らしていくことになってしまうのも、元の世界に返してくれないということに起因している。
……まあ、衣食住が保証されているのだから、諦めの境地の人らが多かった、ともいえるが、私は、違う。私もまた、その異世界信仰の弊害によって、いつのまにか皇后陛下とやらになっていたのだが、隙をみて、逃げ出したのだ! あれは、満月の夜、肌寒い日のことであった……。
ま、大概、逃亡がセオリーなのは異世界信仰の行動パターンらしく、追っ手や罠の数々が当然のごとく山の如しで用意されていたが、柱の影でほくそ笑む私が、それらをただ手ぐすね引いて待つばかりではない。周到に準備をするのに骨が折れたが、数多の無理難題を突破、その際、物理的に足首捻挫もしたが、そんなこと、予想の範囲内。分かっていたことだ。さすがにお城のてっぺんからのハイジャンプは、足腰背筋にキたが、それだけの怪我で済んだのだ。安堵する。巨大な城影を見上げると、複雑模様の国旗がびゅうびゅうと、はためいていた。
ぐっとガッツポーズを決めながら、夜闇に溶ける私。マジ忍者。
ちなみに、仮の名前もニンジャである。まさに世を忍んでいる。
……ということで、現在、異世界を満喫中である。
まず、空中庭園という、異世界ならではの、大空を飛行する大城を見学し、海の底にあるという海底神殿へと赴き、美味しい魚をゲットして、浜焼きにした。次に、雄大な砂漠の夕焼けを見学して、ダイヤモンド掘りに鉱山へ、とツルハシ担いだこのあたりで手持ちが心許なくなってきたので、手軽に交易できるという初心者用の、塩の取引をして上澄みをピン跳ね、資金を洗浄しながら大量に作った焼き鳥を頬張ってたら、目を付けられた地元の名士によって地方の地産業化に大成功、レシピを使わせる許可を難癖、いや、お金で解決し、マージンが自動的に貯金となって増える仕組みを、某でっかい国の物真似をして作った私は、意気揚々と世界的金持ちになった。
その結果、大金持ちにはなって生活に不自由しなくはなったものの、それはそれで、他国の立場ある人間や盗賊・謎の権利を主張してくる詐欺集団など、色んなヤンデレ予備軍の奴らにかえって身代金的に目をつけられる羽目と相成り、渋々、それら大金のほとんどを国に返納する自動システムを構築、金も入ってくるが出てもいくという、濡れ手にアワ的な、非常に残念な自動税金支払い口座になってしまったが、まあ、今まで周りに迷惑をお掛けしてきた迷惑料として、うまく活用しろと、旦那であるはずの国のトップに走り書きのメモを残した。
ペンを握っているとき、はたと思い出す。
あ、こいつ、未だに旦那なのかなあ、と。
疑惑が疑問を呼ぶ。城出をしてから二年、いや、三年か。忘れかかってモザイクがかる旦那の顔を脳裏に蘇らせながら、長らく行方不明者である皇后籍を調べたところ、未だに私の立場は皇后であった。なんだ、期待させやがって。
しかも!
私が調べた形跡があったと、国家機関からの捜索隊がこっそりやってきたもんだから、私は大いに慌てた。余計なことはすべきではなかった。夜逃げをするかのごとく、宿の裏口から逃亡。この日も満月の夜であった。くしゃみをしながらの、てんてこまい。薄着である。
まあ、うっすら予想はしていたので……、底なし沼の中から、そっと様子を伺ったけどね。ちなみに、この世界には、酸素ボンベなどという高度なものはないので、呼吸の確保は、手刀で入手した竹林の竹で凌いだ。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。あ、これは別の呼吸方法や。漆黒かつ深淵の生臭い泥沼で、そんなセルフツッコミをするのも、なかなか乙なものだ。と、
……もうここいらへんで、気づいた方はおられると思うが、私は、この世界では……強かった。
というか、レベルが違った。
とにかく、強い、のである。
成人男性よりも早く加速できるし、ジャンプも二段ジャンプできるんじゃないか、って夢を持たせるぐらい、ハイジャンプ可。岩も砕けるし、たぶん、城のひとつやふたつは落とせる気がする。
異世界信仰、のひとつに、異世界の人々は、神のごとき強さがあったとされる。であるからして、この強さ、こそがその証明なのだろうと、納得はできた。あ、一応付け加えると、元の世界では普通の人間である。この異世界に来てから、急に、こんなにも身体能力が上がりまくりんぐになったのである。この身体のまま、故郷に帰ることができたら、確実にオリンピックのワールドレコードを更新しまくれるだろう。ふむ。それはそれで、オイシイ……。はっ。いけない、夢を見ては……、いや、ある意味夢を見させられているのだろうが、リアルなのだからタチが悪い。さすがの私も、怪我をすれば病に堕ちる。この肉体、すべてが無敵ではなかった。前日に鼻風邪引きながら、集団尾行を海水遊泳でまくべきではなかった。高熱出しながらも、がっかりはしたが、現実に住まう、異世界の人々が、こんな私を受け入れ、過ぎるというのも、頭を捻る。下手したら、嫌われる要素でしかない私を、どうして?
否、だからこそ、かもしれない。
異世界信仰。
疑問なんて信仰の前には無力な人々は、異世界からの人間を、親しみを込めて知己朋友と呼び、束縛という名のストーカーをしてくる。ストーキングしてるのがバレるとヤンデレ化するのが、この世界の住人のセオリーであるらしく、真っ先にテンプレ化したのが、侍従であった騎士見習い。次に、侍従長。恐ろしいことに、ヤンデレはウイルスのごとく人々にねちっこく感染するらしく、この異世界の人々の、私を見る目がだんだんと、捕食に近い光を帯び始めたのを、心底怯えた私は、まあ、こうして、今日も元気に逃げ回ることに終始することになるわけである。彼らは、もはや本能でヤンデレってるのかもしれない。
あれから、十五年。
もう、世界中、行けるとこまで行き尽くした。
ジャングルのごとき奥地へも向かったし、貴重な資源を開発もし、世界的流通革命も起こしてきた。正直、やりすぎたんじゃないかと、反省はしている。おかげで、欲が欲を呼んで戦争は起きてしまったし、旦那に苦労という名のしわ寄せをさせてしまった。そう、未だに旦那は、私を妻にしていたのだ。そのため、世界的海運王の夫、という側面で矢面に立たされるのは旦那、というわけで、そのことにはさすがの私も忍びない思いをし、基本、裏でゴソゴソするのが史上命題であるニンジャも、たまさかには表舞台に、その姿を衆目に晒したりもした。
おかげさまで、ヤンデレストーカーは増えた。
私のプロマイドが世界中で出ずっぱりになり、教科書にも載ってるらしい。恥ずかしいので、やめてほしい。だが、やめないこの世界の人々。正直、そのハートのペンダントに入れるのはやめてくれないか。なんて、通りすがりの美女にお願いしたくなるも、声をかけると、その女性の人生を棒に振る可能性がありまくりであったので、黙認するにとどめた。実は、侍従長が私の背後に迫っている。逃げるに越したことはなかった。奴は、最近、私の足を止める手段を編み出したらしく、いくら私が強いといっても、疎かにはできないのである。くそっ、なんてしつこい奴らだ……。
変な視線を感じると、そこにはたいてい、誰かがいる……。
ああ、まったく。なんて世界なんだ……。はじめの頃の、美味しい食べ物いっぱい食べられて嬉しいな、なんて能天気な頃が一番輝いていた。あの頃の、生まれて初めてやってきた異世界の人々は、まだ、ここまで病的ではなかったはずである。それがどうしてこうなった。
仕方なく、作り上げた忍者ギルドに呼び出しをかけるため、狼煙を上げる。近場の山奥。さすがに、ここまで身体能力は普通の人々はやってこれないはずである。たっかい崖の上だ。いくらヤンデレでも登ってはこれないだろう。神の杖、とかいう、かつては伝説まみれの場であったらしいが、そんなこと知ったこっちゃねぇ。ぼんやりしてたら早速やってきた、ギルド職員ら。彼ら職員は特殊技能があるので、平気でノコノコやってくる。そんな彼らの無事到着を安堵しつつ見守っていたが、はぁ、あと少し時間が経過したら、ギルド職員らともオサラバせねばならないだろう、そのことに気づく。まったく、この異世界は奇々怪々でできている。私自身の顔を半分隠してもヤンデレしちゃうとか、どういうことなの。
ということで、医学的アプローチから、医学に助けを求めても、彼らもまたこの世界の人々であるのでヤンデレ化。手に負えない。ふかふかベッドに寝てたはずなのに、いつの間にやら檻の中へとご招待されようとは夢にも思わなかった私は、まさかの貞操の危機にびっくらこいて、お屋敷もろとも大破壊して脱出を試みたが、まさかのまさか。世界中を探りまくり、信用を得られそうな人を厳選、偶然を装って知り合った医学人のヤンデレ的暴挙に、マジで絶望したのを思い出す。部屋の奥で、メスとか、ハサミなどの刃的光ものが多数用意されてたから、奴はサド的ヤンデレだったのであろう。ヤンデレーゼにも種類がいるようだ。
それから、20年。
年数だけは経過した。
もちろん、世界的ヤンデレの病状は治らず、むしろ悪化の一途をたどった。
私は嘆いた。しかし、どうにもできなかった。
どれだけ、この世界を豊かにしても、どんだけ、一人ぼっちでいようとも、ヤンデレは迫ってくる。私の容姿なんて本当に見ているのか、これっぽっちもわからないが、しかし、ヤンデレは恐ろしい形相で迫ってくるので、人間恐怖症が悪化しつつある。どんな綺麗どころも、必死な顔は怖い。笑顔でいるつもりのやつもいるが、目が笑っていない。明らかに獲物を見る目で、私をまっすぐ見据えて接近してくる。よくもまあ、今までの私は、恐慌状態に陥らなかった。我ながら不思議に思う。人の目にいるからダメなのだと、一念発起、5年、山篭りをしたこともあった。しばらくぶりにシャバの空気をと、街に降り立ったとたん、その街にいた全員が、私をぎらりと光る目で固まる光景は、悪夢でしかない。ささやかな幸せは、空腹を満たす食べ物ぐらいだ。ああ、本当にこの異世界は可笑しい。
ちなみに、私がマジ人目を偲んでニンジャ的本懐を遂げるがための五年間、侍従長は宰相、騎士見習いは騎士団長となってしまいまして、より強烈な個性を発揮して、私を押さえ込むことに躍起となった。
……なんて努力の塊なのだ。
せめて、その熱意を国に傾けないか。
あ、いや。
それは、すでに告げたか。私が。彼らに。
這いよるようにして、やってくる、満月の夜。
あの時のように、今日もまた、しんみりとした暗がりが、夜空を占めていた。
冷ややかな空気が、頬を撫でる。小奇麗な小川が、眼前に流れていた。
自然は美しい。心地良い。この水音、ささくれ立つ心を慰めてくれる、が、
「ニンジャ様、お探し申しておりました」
「同じく……」
高貴な服を身にまとう二人の人間が、手前にある川辺の石ころに膝をつく。
そんな彼らと対面するかたちで、岩の上に座り込む私の手には、今日のごはんである握り飯が二つ、力強く握られていた。
まさか、ご飯時にまでやってくるとは……、などと、睥睨としていたら、下げた頭を上げる彼らは、いつもと違う表情をしてみせた。
驚いた。
その眼差し。
澄んだ目をしていたのである。いつもは食ってかかるかといわんばかりに、肉食の獰猛な輝きばかりを向けてきたというのに。まじまじと、彼らの秀麗な面立ちを確かめる。そこには、狂気の欠片は潜んでなどいなかった。五年間、山篭りでかなり臭い外見となってしまった私を見ても微動だにしない。
「貴女様が、この世界へ、その御足をお運びなされて二十と五ヶ月、三日の星月を経て、午後五時三十分と五十七秒……」
「我ら六千飛んで五百三十のご対面、ことごとく、貴女様には逃げられました……、感服いたします」
その数字は果たして正しいのか? などという野暮なツッコミはしない。
じろり、と妙に神妙な塩梅の彼らを見つめる私。いつでも逃げられるよう、注意を払いながら、彼らの様子を探る。うむ。いつもの通り、彼らは美しい容貌をしていた。ひとりは真っ黒短髪と、もうひとりは茶髪で長髪、正直、年かさをどれだけ重ねても、その見目の良さは、むしろ渋みが良い方に進んでいる。
……そうか、あれから、二十年は経過したのか。
道理で、彼らもおっさん近い年齢になってきたはずである。もちろん、私も。
と、ここで、二人はまた、平に平に、頭を下げ始めた。彼らの背後にある川面に、満月が浮かび漂っている。
「まず、海溝よりも深き謝罪を……」
「我ら、国を勃興せよとのご命令を遂行、そこで、ようやく、目が覚めたのでございます」
まさかの展開に、私は瞠目した。
彼らの内ひとりが差し出してきた、両手にある薬。それは、量産化に成功した証。
「我らは、まさに、貴女様の下僕」
「しかし、いつまでも覚めやらぬ夢でもありました……、
貴女様は、我らを撒きながらも、常に、我らの安全を図り、ときに気絶させて街へ送り返したり、船に縛り付けて国へ返還したりと、ときに素晴らしいお手並みで新たな文明を発掘したりと、ついていく我らに、この世界の奇跡をことごとく見させていただきました」
いやいや、それは単に邪魔くさかったから……、なんて言えない。
あの彷徨う森、人食いの虫がうようよ出くさっていたから、常人には遭遇させたくなかった。私は、この身体能力のおかげか、ちっちゃい虫を避けることができた。集中豪雨だって、反復横とびで避けられる。
「黄金を山ほど抱え、森の奥から鎮静剤を懐に、戻ってきた貴女様に、我ら、どれだけ咽び泣いたことか……」
「無事の祈りを、天に捧げ、結界張られた森を、ただ悔しくも見守ることだけで、我ら、なすすべなく虚しく……今、思い出しても、くっ……悔しく……」
いや、それは、勝手についてくるからでしょう、なんて言えない。
結界なんて大仰な言い方をしているが、実際には物理的な壁である。唸る筋肉にモノを言わせて、あらかじめツルッツルにしておいた鏡のごとき側面を外側に、大岩で囲っただけのことであった。彼ら筋金入りのヤンデレーゼは、どんなしみったれたところでも私の足跡をたどってくるので、このときばかりは、物理的に苦労せねばならなかった。人知未踏の地は、未知のウイルスだって潜伏してるかもしれない。特に、この二人。無視するわけにもいかなかった。物理的な大岩結界、なんてけったいなものを作ったのも、この二人が背後にいるからである。正直この二人、旦那のいる国にとって、超・重要な立ち位置の家系の長男で、跡取りである。無闇に死なれたら、旦那、というよりも、ご家族をはじめとして、ひいては帝国民の皆さんに顔向けができない。私にも、少しばかりは、憐憫の情というものがある。
……いくら、この世界が、私を、故郷から引き離してくれた、にっくき異世界だとしても、同じ人類。感情の幅も、一緒、だと、思うんだけど、いや、やっぱりヤンデレちっくな執着っぷりは理解できない。それにしても、さっきから、足の裏が、チクチクと痛む。ハサミ虫でも靴の中に入ったのかと思い、おや、と目線を下げる。
「嗚呼、やっと、我らの魔法陣にかかっていただけましたね」
「長かった……普通の人間であるならば、一瞬でかかる、金縛りの魔法……」
ビリビリと、足腰まとめて骨にくる、この響き。
足元を見つめると、そこには魔法的なアレがあった。
深淵の暗闇に光る、古代魔法。扱う人間が、死滅したとされる、伝説の。
……なぜ、気づかなかった? この、私が。
こんなにも、嫌味なほどにピッカピカに光っているというのに。
「異世界の人である、貴女様にだけかかる可能性の魔法。
やっと、積み重ねて、発動することができました」
「うむ……、やっとだ……、
気づかれないように必死に術をかけ続けるに、五年はかかりました。これで、陛下に……」
と、ここで、私は、いつもと違う雰囲気を感じ、彼らをまじまじと見据える。私は異世界を隅々に至るまで、歩き回った女だ。この程度で感情が動くことはなかった。
真顔で返す私に、二人は、苦笑していた。
初めての異世界、死ぬまで終わらない、異世界。
盛大に怯え、オドオドしていた私の手を引き、次第にヤンデレ化していく周囲に大して、唯一の例外、それが旦那である皇帝であった。真っ直ぐな瞳、一本筋に引き締まった唇。真摯な態度。真面目な性格。
はじめっから、私を甘えに甘えさせまくったトロトロな人々と異なり、徐々に敵視していった唯一の人間である旦那。それが嬉しくて、私は、かなりかまいまくった。彼に。相当ウザかっただろうと思われる。今、振り返って自省してみても、自分のことながらそう思うのだから、なんともはや。あんまりにも、ヤンデレと違う反応を返してくる彼を、だんだんと、面白半分でからかったのがいけなかったのだろう、内面も幼かった当時の彼は、かなり涙目で、あるとき、私を罵倒しはじめたのだが、そのことに周りの束縛者たちが逆に反旗を翻して、怒りの表情をあらわにさせてしまった。ヤンデレのスイッチがオンになってしまったのだ。
この状況、ヤバくね?
つか、あんた、国の長なのに、なんで国家転覆されかかってんの? なんて私のせいなのに、いや、まあ、私のせいじゃないといえばそうじゃないんだが、このままでは、国が内乱状態になってしまう。特に、国の重鎮となりうる、ふたりの若い、侍従長と、騎士見習いがやばい。平和の国であったのに、クーデターだけはマジ勘弁。城の中がいつの間にやら殺伐としている。毒の入った皇帝の食事が、何度も捨てられているのを目撃した私は困惑した。幸い、ちょうど、私は私で、己の能力の高さに気付いたことだし、外の世界に出ても、やっていけそうだと確信したところではあった。ヤンデレの恐怖は常に私たちに、主に私に襲いかかってくる。時間は待ってはくれない。特に、ヤンデレの琴線に触れまくった、旦那の消息のほうが心配である。彼の政権は安定していなかった。まずい。人死には勘弁。
ということで、私は、私を嫌う唯一の、ごほん、敵の敵は味方、というやつで、旦那である皇帝の力を借りて、城を出た、という訳だ。国の根幹を揺るがす私。ぶっちゃけ、シンデレラ的ロマンスを感じないでもなかったが、むしろ、根本原因であった私なのだ、そんな妄想をする場合ではなかった。無茶ぶりでついてくるヤンデレ、増えるヤンデレーズに対応をせねばならなかった。忙しい師走を駆け抜けるがごとく、日々を過ごす。国を捨ててもついてくるヤンデレを説き伏せるのに、時間はかかったが。あの粘着力は半端なかった。それでも、真面目な態度でいたのが幸いしたのか、それとも、旦那である皇帝が、己の才覚で、ヤンデレを正気に戻らしたのかが幸いしたのか。鎮静剤を幅広く拡散できた帝国は、元の帝国に戻りつつあった。それでも不穏分子は消えず、殲滅するのに時間がかったが、私は、それらをヤンデレさせてでも、本当に幼い子供であった皇帝から、引き離した。生まれて初めて見る異なる世界を巡りながら、目も、心も、耳も、鼻も、口も、満足させて、
……楽しく。ああ、楽しかった。
「そうか、それはよかった」
目の前には、いつの間にやらやってきた、皇帝陛下がおられる。
彼は、立派に成人していた。
あの頃の、幼さ残す顔かたち。心がじわりと喜びを感じた。
「ふん、」
そうやって鼻白んで玉座にふんぞり返ってるのも、子供の頃のままだ。
あのときの皇帝であった旦那は、幼い。幼すぎた。
だからか、私へのヤンデレパワーを発揮しなかった。
むしろ、おもちゃのように構ってくる私に、嫌気をさして泣いていたりもした。
木登りしてまで、逃げる皇帝。正直、反省している。
「まったく、あの頃と変わらんな。
お前は、オレから全てを奪っていった……、
有能だった部下も、
人口を引き連れたゆえに減少した国の予算も、
それに、お前を留め置けなかったオレに、
不満を抱いた国民の信頼さえも……、
子供のようにダダをこねて、
勝手にいなくなって、世界を相手に暴れまわって……、
満足したか?」
はい、美味しゅうございました。
言い切ると、がくり、と肩を落とす皇帝陛下。
「……そうか、素直なのはいいことだ。
取り返すのに、苦労をした。はあ……」
なんだかわからないが、すごく辛い顔をしている。
可哀想に思い、彼の頭を撫でてやると、体をびくりとさせるも、しばしそうやってされるがままになっていた。皇帝が子供の頃も、こうやって慰めていたものだ。懐かしいな、このくせっ毛。ふわふわして温かい。
朝起きだすと、常に寝癖だらけで女官からも逃げ回るから、面白半分で櫛で梳いてやると、すごいいっぱい、髪の毛がもっさり抜けてたっけ。ハゲるかも、って言ったら、ハゲる、って間に受けて泣いてたっけなあ。懐かしい。
「……お前が……、城を出てくれて、助かった。
もし……、お前が出ていかなければ、
人々は、オレを殺しにかかっただろう。
お前を独り占めにしていると、
高らかに言いがかりをつけながら……、
恋は盲目というが……、
本当に伝承の通り、皆、お前に夢中になっていた。
あんなにも深層心理に働きかける、
お前の存在に、オレは心底畏怖したぞ……」
それは私もだ。大いに頷いてやる。
すると、旦那は口の端をあげ、眉を寄せて、困ったような表情をとる。
あのときの旦那は、正真正銘、幼い子供であった。
当時、わずか満10歳、現在30歳。老いたが、しかし、子供ながらの男ぶりの片鱗は、見事に開花しており、いずれは美しい伴侶を得て、立派な国を描くだろうと、私は思ったし、願った。そのために、私は、この世界をすみずみまで荒らし回り、他国の人間をもヤンデレさせた。ヤンデレ過ぎて目が回るほどに。
「ふふ、しかし……、
結局は、お前はオレのところへ戻ってきた。
それで良しとしよう」
旦那は、ひとりぼっちであった。
両親はすでにこの世になく、国の責務を、その幼い双肩にかかるという、重たい日々を過ごしていた。命も狙われていた。そのための異世界召喚であった。それが、この結果を招くとは。私の人生を棒に振りまくった子供の仕業とはいえ、因果応報とはよくいったものである。
さて、わずかな恩給ぐらいは私に与えてくれるのかなぁ、と期待の篭った目で豪奢な椅子からすっくと立ち上がる旦那を見つめていたら、なんでかわからないが、彼は、私を懐にかき抱いた。すっぽりと収まる私。瞬く。たくましい胸襟が目の前にある。そして、いい匂い。いつの間に香水という技を身につけたのか。とはいえ、嗅いでばかりもいられない。
この想像だにしなかった行動に、思わず仰ぎみると、至近距離で見下ろす、彼の眼差しは、まさしく、ヤンデレたちと同じ色を内包していた。潤い、艶を帯びた、その異世界ならではの光彩。伏せるまつげの長さ。
狼狽してる間も、魔法陣はしっかりと、私を捕まえている。動けぬ。
私は、冷や汗をかいた。その熱意の篭った眼差しが直射日光のように、私の顔面へと注がれている。アツい。暑すぎて、固まった。逃げられない。すると、私の頬にぽとりと落ちてきた、熱いもの。え、水滴? まさか。
その間、私の耳朶にそっと唇を寄せた彼、これからは、ずっとオレのものだと囁いている。ぎょっとした。
え、まさかのヤンデレですか?
以上、
単にヤンデレ、って単語書きたいだけだろ、っていうツッコミ文章でお送りしました。書いて思ったのですが、種類豊富なはずのヤンデレたちがそんなに出てなかったという。多分、主人公目線で書いてるので、あんまりヤンデレたちが出てこなかったんでしょう。きっと。女主人公の割に、かなりシビアな視点で、豪快、というか、やや天然に回りを振り回しながら、さくっとな展開になりました。
あと、主人公は、子供であった当時の皇帝のために、かなり無茶をしてヤンデレたちのヤンデレパワーを使いまくって(というより惚れられた弱みを握って)世界を渡り歩き、好きなように食べ、寝て、起きて、をこなして異世界旅行をふんだんに楽しんで、ラストはこうなりました。
※本文に出てくる数字は(漢数字だったりしますが)、主人公のツッコミの通りです。