エピローグ
あの晩、しきりに鳴っていた携帯電話は母親からのものだった。
何の連絡も無く夕飯の時間まで帰らない志穂を心配してのものだった。
帰りの車中、気持ちを切り替えて言い訳を考えても、何も思い浮かばなかった。かといって、全ての真実を話しても、父や母がそれを信じてくれるとはとても思えなかった。だから結局、みんなでカラオケに行っていた事にしたのだった。
何故か智也は、志穂の家まで来て一緒に謝ってくれた。
もちろん、他の連中も、家への連絡を忘れていた為、それぞれに怒られたそうだ。一人、玲子だけは、どうとでもなったらしいが。
千絵の家の焼け跡からは、二つの焼死体しか発見されなかった。勿論、父親と母親のものだろう。
千絵の死亡届は既に提出されていた為、それは無くて当然なのだ。
もともと、あの家には彼女の母親と父親、人間は二人しかいなかったのだ。
千絵の家の中で嗅いだ焼香の匂いは、おそらく千絵の為に母親が絶やさず焚いていたものだろう。
火事の原因については特定しかねているそうだが、室内からの失火の可能性が大きいと言う。たた、ガソリンや灯油などの痕跡は検知できず、それにしてはあの燃え方は異常だと言う事だ。しかも、あれだけ勢いのある炎が、隣に延焼しなかった事も珍しいと言っていた。
短時間であの家だけが、丸ごとぽっかりと焼け落ちたのだから。
千絵が全ての後始末をしたのだろうか。
それとも、母親か、あるいは父親が、千絵を成仏させてやりたかったのかもしれない。
全てが灰となってしまった今、それは誰にも解らないのだ。
千絵の御骨は親戚の方が引き取り、両親と一緒のお墓が新たに造られるそうだ。
千絵をひき殺した柴田は、犯行時に使用したレンタカーのキズの塗膜から、容疑者として割り出され、彼が事故に遭った日、既に内定捜査は終了して検挙の日を検討していたらしい。
柴田は、本人死亡のまま、ひき逃げの罪で書類訴権された。
数々の疑問の中で、ふと志穂は考えた。
後から思い起こせば、柴田が死ぬ随分前から千絵は志穂に助けを求めるメッセージを送ってきた。
柴田を殺したいなら、それを成し遂げた後でも良かったのではないのか。
もしかして千絵は、本当は柴田を殺したくは無かったのかもしれない。
未練仏の呪縛に囚われた彼女の魂は、憎悪と愛情が交錯して、自分でもコントロール出来なかったのではないだろうか。
それを志穂に止めて欲しかったのかも知れないのだ。
だから、中学時代の、純粋だった頃の姿で現れたのかもしれない。
志穂はそう思うと、結局千絵には何もしてあげられなかった自分に、悔しさと、腹立たしい思いが同時に沸き起こるのだった。
片山家の裏に広がる墓地では、今も尚、それぞれの思いが込められた墓石たちが文字を消し続けている。
日々訪れる誰かの死のどれかは、未練を残して消え続ける墓石がもたらしたものかもしれないのだ。
千絵の家が焼け落ちてから一週間が経ち、太田家の新たなお墓の場所が決まった頃、志穂の携帯電話に一通のメールが届いた。
そのメールが志穂の心に少しだけ明かりを灯し、千絵に何もしてやれなかった自分に感じた怨嗟の気持ちを解きほぐした。
差出はchie@…………
『ありがとう、シホ。 bye‐bye』
了
最後まで読んでいただいた方々には、大変感謝したします。有難う御座いました。