光
「あいつ、どうしたんだ?」
智也が心配そうに訊いた
「里美は霊感が強いのよ。かえってマズかったみたい」
志穂は霊感の強い里美が何かの役に立つかもしれないと思い、一緒に来てもらったのだ。しかし、未練仏の眠る墓地が放つ邪悪な霊気に耐え切れず、立ち往生してしまった。
「死んだその娘が自分の家にいたって、どう言う事だよ」
駆け出す勢いで足早に歩く中で、智也が言った。
志穂は正面を向いたまま
「知らないよ。いたんだもの。でも、生きた人間にはとても見えなかったわ」
そう言った志穂の横顔を見ながら、智也は不安げに
「何だよ、それ……」
薄っすらと明るい空から三日月が照らし出す千絵の墓石は、文字が半分消えかけていた。
「こんなに消えるのが早いなんて……」
墓石を見た智也が、驚きを露わに呟いた。
「骨壷はどこに?」
志穂は墓石の土台周辺を探した。
「俺だって、あまり詳しくはないんだ」
智也も一緒に土台の石段を探る。
「動きそうな蓋があれば、たぶんそこだ」
二人は、あちらこちらを手で触って確かめる。右端の蓋の中にはお彼岸に使う湯飲みや皿が入っていた。
「他に無いよ」志穂が投げ出すように呟く。
墓石の土台になっている石段の左に小さな裂け目があった。
「これだ」と、智也は指をかけて引っ張り出す。梅干を漬けるような大きな瀬戸の容器が顔を出した。
「千絵」
志穂が思わず呟く。
「片山が持つかい?」
智也が骨壷を見入る彼女に言うと、志穂は大きく肯いた。智也は骨壷を志穂に渡すと、石の引出しを元通りに押し込めた。
その瞬間、墓石が根元から折れてゆっくりと後に倒れた。まるでスローモーション映像でも見ているかのように、それは二人の目に映った。
倒れた墓石は囲いの石壁にぶつかって大きな音を立て、真っ二つに折れ、折れた部分の細かい破片が周囲に転がった
墓石が揺らいだ瞬間、驚いて後に尻餅をついた智也は、立ち竦んでいた志穂に促されてその場を後にした。
「あれ、なんだ?」
小走りで墓地を抜けながら、智也が言った。
「判らないわ。もう、未練仏の墓石の役割は終わったって事じゃない」
志穂は、千絵の骨壷を抱いたまま、息を切らしながら応えた。
「どうしたの。凄い音がしたわよ」
駆け足で墓地を出ると、里美が待っていた。志穂は肩で息をしながら
「墓石が崩れたの」
「墓石が?」
三人は路地を抜けて志穂の家の前まで来た。
「これを、千絵の家に持っていかないと」
智也は大きく息を吐きながら「今から?」
「だって、あたしの家に置いとく訳にいかないでしょ」
「それはそうだけど……」
里美は怪訝そうに志穂の抱える骨壷を見つめていた。
志穂は呼吸を整えようと大きく息をついて
「それに…… 千絵の家にいる『千絵』はどうなるのかしら」
「死人が蘇えるなんて、とても信じられないけど」
智也は呟いた。
里美はじっと骨壷を見つめていた。彼女には、そこから発せられる青い光が薄っすらと見えていた。
軽い唸りをあげて、玲子の白いベンツが滑り込んできた。
「志穂」
車の後部の窓が開いて、由美子が「心配だからここまで来て見たの」
「助かった。タイミングバッチリよ」
と志穂は笑って見せて「玲子、今からこの場所に行ける?」
志穂が言った住所を玲子が運転手に告げると、軽く肯いて見せた。
「でも、この車って五人乗りでしょ」
由美子がそう言い終わらないうちに、みんなで乗り込んだ。智也は助手席に、女性四人は後部座席にすし詰めに入り込んだ。
確かに後部座席の定員は三名だが、四人とも女性としては標準体型だったので、欧州向けに作られたシートは十分に座る事が出来た。
大柄だがエンジンも大きい為、フル乗車、いや、定員オーバーにも関わらず、ベンツは猛スピードで世田谷に向かった。