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未練仏

 墓地の夕暮れは早かった。周囲に茂った木で囲まれた敷地は、西日を遮る為、夕日が空を染める頃には、辺りは真っ暗に近くなる。

「お茶でも飲んでいく?」

 墓地から出て自分の家の前に来た時、志穂は智也に声を掛けた。二人共黙ったままここまで歩いて来たのだ。

「家の人、いるんだろ?」

 志穂は自分の腕時計を見て「お母さんは六時頃帰るかな」

 智也も自分の腕時計をチラリと見た。

「じゃぁ、少し休ませて貰おうかな」

 智也も、志穂の落ち込み様が心配だった。時間はまだ四時半で、墓地から出た住宅街は思いのほか明るかった。

「なんだか、あそこにいるだけで妙に疲れるよ」

「そうね」

 志穂は静かに玄関のドアを開けた。




 弟の浩志も学校からはまだ帰っていなかった。たぶん今日もバイトで帰りは遅いのだろう。志穂は智也をリビングに案内して、コーヒーを入れた。

「どうして、世田谷に住む千絵のお墓がここに」

 二つのコーヒーカップを手に、志穂は呟くように言った。

「あのお墓は新しかったね」

 智也が言った。

「ええ、確か、先月の末に納骨をしていたわ」

「新しいお墓は、ここじゃなく、大通りの向こうの墓地へ入れるのが普通らしいけど」

「だから、ここは、ずっと新しいお墓が無かったのね」

「檀家は増やしたいだろうからね」

「ここへ越して来てから初めて見たもの。新しいお墓」

「親の実家なんじゃないの?それに、まだ友達だと決まったわけでも……」

「そうだけど……」

 少しだけ沈黙が流れた。

「ねぇ、納骨って、普通、四十九日が終わってからじゃないの?」

 志穂が眉を潜めて「二十一日に亡くなって、二十七日に埋葬じゃ早くない?」

 志穂はあのお墓の納骨の日を数えていた。

「さぁ、俺もそんなに詳しくないし」

 智也は彼女が差し出したコーヒーをゆっくりとすすりながら

「ただ……… さっきの未練仏だけど、もう一つ話があるんだ」

 志穂は自分のカップをテーブルに置いた。

「もう一つ?」

「ああ」

 肯いた智也も、カップを置いて

「未練は、仏の未練以外に、遺族の未練も関係するらしいんだ」

「遺族の未練?」

「死に対しての未練だろ」

「死んで欲しくなかったと思う未練?」

「多かれ少なかれ、どの遺族も思うことだと思うけど、事故や病気で若い旦那や子供を亡くしたら未練が大きくなるだろ」

「そうね」

「そういう思いであそこに埋葬してはいけないらしいんだ」

「どういう事?」

「さぁね。だから、あの墓地は、基本的には年寄りしか埋葬できないって聞いたよ」

 智也の祖父は自殺だったが、年老いていた為と先祖代々の墓があそこにあった為、同じ土地に埋葬できたのだと言う。寺の住職と親しかった事もあるのだろう。

「昔はそういう未練の多いお墓でいっぱいだったんだそうだよ。噂を聞きつけた遺族が埋葬の依頼に来たそうだ」

 未練仏の噂を知っている遺族が挙って埋葬に来た為、あっという間に土地がいっぱいになったのだそうだ。

 今以上に、恨み、辛みを残して死んだ者がそれだけ多かったのだ。しかし、全ての未練が、あそこで叶う訳ではない。むしろ、周辺には何の変化も無い事の方が多いのだ。

 ただ、智也の祖父の時同様、実際に周辺で不可解な死が相次ぐ事があるのも事実で、いわくつきの遺体は、檀家であってもあの敷地には埋葬できなくなったそうだ。その代わりに、大通りの向こうに新たな霊園が設けられたのだ。

 とにかく、時折、墓石の文字が消えていくのは確かで、それが本当に遺体や遺族の未練と関係しているかは誰にも判らない。

「あのお墓が千絵のだって、どうにか調べられないかしら?」

 あのお墓が千絵の家のお墓と決まったわけでもないし、太田千絵と言う同年代の女性がこの辺りにいたとしても不思議ではない。誕生日が偶然同じでも、その確率はゼロでは無いのだ。

 ただ、志穂は、夢に出てきた千絵の事、自分と里美の前に現れた中学生の千絵の事が頭から離れず、彼女に何かが起きたには違いないと思っていた。

「直接お宅へ訊けば? 友達だったんだろ?」

 志穂は首を横に振った。

「ダメ。何か隠してるのよ。ねぇ、お寺に訊いたらどうかしら?」

 太田家で会った「千絵」が何者なのか…… あれは千絵では無い。何故かは判らないが、志穂は強くそう思った。

「えっ、お寺に?」

「智也のお爺さんと親しかったんでしょ」

「その住職は五年前に亡くなったよ。今は長男が継いでいるんだ」

「そうか……」

「一応、訊くだけは訊いてみるよ」

 がっかりとうな垂れる志穂を見て、智也はそう言いながらコーヒーを飲み干した。

「ねぇ、じゃぁ、今から行ってみよう」

「お寺にかい?」

「気になるじゃない」

 志穂に促されて智也は立ち上がった。二人で玄関をでると、外は夕間暮れの薄明かりに照らされていた。




 志穂の家の側道を真っ直ぐ進み、墓地の入り口を通り過ぎると少しだけ広い敷地がある。お墓参りの人たちが車を停める場所なのだろう。電信柱に小さな街灯が灯されえている。

 墓地伝いに奥まで行くと、左手に神社の入り口があり、既に赤色が茶色に変色した鳥居が立っている。今は大きな黒い影となって夕闇に浮び上っているだけだ。

 途中に在った小さな街灯の明かりは既に届かなかったが、薄っすらと濃紺の空が少しだけ明るかったせいか、目が暗闇に慣れた為なのか、さほど歩き難くはなかった。

 神社の横の竹林を過ぎるとお寺が見える。右側の奥には自宅として住んでいる、平屋だが割と大きな家が見えた。

 智也が仲村の孫であることを継げると、快く歓迎してくれたが、太田家の墓については、やはり詳しく知ることは出来なかった。ただ、分家が世田谷に在り、そこの娘さんのお墓だと言うことは教えてくれた。

 世田谷区に太田千絵と言う名は何人いるのだろう。志穂はそんな事を考えながらお寺を後にした。

 智也は志穂の家の前まで来ると

「それじゃぁ」

 と手を上げてバス停の方角へ歩いて行った。




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