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秘密(3)

「ここが、ウチのお墓なんだ」

 智也が立ち止まった。大きな柳の木の直ぐ横で、枝の枝垂れが上に覆い被さって暗い影を落としている。仲村家之墓…… 確かにそう書いてあるようだが、その文字は非常に薄く消えかかっていた。

「これを建てたの、何時だと思う」

「お墓の石は綺麗だけど、随分前なんでしょ?」

「七年前さ。ここじゃ、かなり新しいよ。その時、隣の墓はもう在ったからね」

 智也の言葉に、志穂は両隣のお墓を見比べて驚愕した。

 墓石はどう考えても中村家の物より古いが、掘り込んだ文字は、はっきりしていた。

「この墓地は、この世に未練があって埋葬されると、その思いを遂げるまで文字が消え続けるんだ。思いを遂げられれば、そこで止まる」

「思いを遂げられなかったら?」

「名前の文字は完全に消えるそうだ」

 志穂はぞっとした。

 ここへ越して来たばかりの頃、この墓地へよく弟の浩志と入って遊んだ。その時、名前の完全に消えた墓石を幾つか見た記憶があったからだ。

 風化では無かったのだ。いや、実際に風化で消えているのもあるのだろうが、こうして改めて辺りを見渡すと、文字の薄くなった墓石が必ずしも古いものばかりではない事に気付く。

「未練って、例えば?」

「殺されたり、自殺したり、とにかく、この世に未練や恨みを残して死んでいった人さ」

「じゃぁ、あなたのお爺さんも未練があったの?」

 智也はゆっくりと、小さく肯いた。

「俺の爺さんは自分の土地を全部騙し取られて死んだんだ」

「騙し取られた?」

「新しい大通りがあるだろう」

「大型のお店が並ぶ所でしょ」

 智也は肯いて

「あそこの一帯は、ウチの爺さんの土地だったんだ。道路を作る土地は売るが、他は手放さない予定だった。貸しておけば、ずっとお金は入ってくるからね。でも、ごたごたがあって、知らぬ間に、あの辺一帯は買い占められていたんだ。しかも、道路部分意外はただ同然の値段だったそうだ」

「知らぬ間に、なんて事あるの?」

「不動産の売買は素人には難しい書類が沢山あるからね。俺も、父さえも詳しい事は判らず終いだったよ。おそらく、仲介の不動産屋もグルだったんだ」

 智也は苦笑いを浮かべながら

「そうでなけりゃ、俺ん家なんてもっとデカくなって、裕福な暮らしだったろうな」

「それで、お爺さんは?」

「半年後に、離れで首を吊ったよ」

 志穂は、どう応えていいものか判らなかった。肉親が自殺するという事があまりにも非現実的に感じるのは、自分の家族がそこそこ幸福である証拠なのだと思った。

「この薄れる文字は、まだ続いてるの?」

 志穂が言った。

 智也が首を横に振って「四年前に止まったよ」

 それが、どう言う意味なのか、志穂は考えた。

 心残り、未練、恨み、それらが無くなった時、文字の薄れの進行がとまる。

 土地を騙し取られた智也の祖父は、自分の愚かさに未練があったのだろうか。いや、おそらくは自分を騙した関係者に深い恨みを抱いていたに違いない。

 道路開発は足早に進められて、あっと言う間に新道が所沢まで開通した。しかし、その道路沿いに大型店舗が軒を連ね始めたのはここ数年の事だというのは、ここへ越してきて五年近く経つ志穂も知っている。

 越して来たばかりの頃、何故こんな立派な大通りに殆ど何も無いのか不思議に思ったことを覚えている。父は、それを見て、開発が始まったばかりと話していたが、その後も二年以上何も無い大通りとして有名だった。

「土地売買に関与していた人たちが次々に亡くなったんだ」

 智也は話し続けた。

 関係者があまりに次々と死んでいく状況のなか、最初に、まだ道路を作っている段階から建設を始めた大型スーパーが出店を取り止めた事によって、密かに呪われた土地として、しばらくの間土地の借り手がつかなかったらしい。

 一番乗りした大型スーパーも、その土地の売買に一枚噛んでいて幹部連中が殆ど死んでしまったそうだ。ある者は心臓麻痺、ある者は交通事故で。

 土地売買に関わった連中が一通りこの世からいなくなった時、墓石の文字の薄れが止まったと言う。

「当時は、墓参りに来るたびに文字が薄くなっているのが判ったよ」

「誰も不思議に思わなかったの?」

「みんな知っているのさ。ここに埋葬した家族は、だいたいね」

 この土地に古くからいた家系は、未練仏をここへ埋葬することによって、仏の未練を解決できると信じている。しかし、それを他人に話す者はいない。

 彼岸の時期には多くの家族がここへ墓参りに訪れるが、それぞれにその事を口にするものはいないのだそうだ。

 ただ普通に、よく会う者同士は軽く会釈を交わす程度なのだ。


「ちょっとこっちに来て」

 志穂は智也を促して、歩き出した。自分の家がすぐ間近に見える所まで来る。

「この辺だわ」

「何が?」

 智也は訳が判らず志穂に訊いた。

「夢に出てきたの。友達が」

「友達が?」

 智也の問いに肯きながら、志穂は一つの墓石の前で視線を止めていた。

 真新しい墓石には太田家之墓と記されていた。

「これ、友達のお墓なの?」

「判らない」

 志穂はそう呟いた。

「墓石の裏とかに埋葬された人の名前があるはずだけど」

 智也の言葉を聞いて、志穂は墓石の裏側を覗く。

一九八五年五月十二日 - 二〇〇三年九月二十一日  太田千絵 享年十八歳

これは…… 千絵だ。

 志穂は思わず崩れるように膝を着いた。

「同姓同名かもしれないよ」

 そう言った智也自身、それが慰めになるとは思えなかった。




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