再会(1)
十月も半ばを過ぎると夕暮れが早い。日が傾いたと思うと、あっという間にあたりは暗くなってしまう。
志穂は今日こそは電話をしようと思っていた。勿論、太田千絵の家にである。
あの、不審なメールの後、すぐにでも電話をして確かめようと思っていたが、その翌日に玲子の事故があって、その後何日かは、彼女の病院に見舞いに言ったりして時間が過ぎて行った。
押入れの中のダンボールを漁る。ここへ引っ越して来た時のダンボール箱が幾つかそのまま押入れに入っている。
「無い……」
古いアドレス帳はなかなか見つからなかった。それだけ、使っていないと言う事だ。
ふと、ここへ来てからも何度か千絵に電話している事を思い出して、机の引出しを探す。一度目は見つからなかったが、二度目に隈なく探した所、二段目の引出しの奥に、古いアドレス帳は挟まっていた。
大きな熊の絵が描いてある。確か、このアドレス帳は千絵に貰ったものだ。
今は、携帯電話一つに何でも入ってしまうが、昔はみんな、こうしたアドレス帳を持っていた。昨今、中高校生が手帳を持っているとすれば、プリクラの収集用だろう。
志穂のアドレス帳も空いているページには所狭しと、プリクラが貼ってあった。
太田千絵の名前は直ぐに見つけた。階段を下りて廊下にある電話の前に立つ。
「もうすぐご飯だからね」
志穂の気配を感じた文江が台所から声を掛けた。
「うん」
志穂は軽く返事を返して、電話を見つめる。
もう、何年も連絡を取っていない…………勿論、志穂は今でも千絵の事を大切な友達だと思っている。それでも、何年ぶりかで掛ける電話は緊張してドキドキする。
あんたなんか、もう、友達でも何でも無い。なんて言われたら。そんな、余計な妄想が彼女の頭の中に広がる。
受話器を取り、意を決してプッシュボタンを押す。
電話の向こう側でコール音が鳴った。
一回、二回、三回…… コール音が鳴る間、心臓の鼓動はどんどん速まって、耐え切れなくなる。
十回目で、彼女は電話を切ろうとした。
「はい……」
女性の声だ。年老いて聞こえる声は、千絵の母親だろうか。もう、随分聞いてないので声だけでは判断出来ない。それどころか、志穂は千絵の声さえもはっきりとは思い出せないでいた。
「もしもし、太田さんの御宅ですか?」
「そうです」
「片山と申します。以前、お世話になった、千絵さんの同級生の片山志穂です」
志穂は言葉が縺れないように、一気に喋った。
「ああ…… 志穂ちゃん?」
「そうです、志穂です。お久しぶりです」
「ほんとうに、久しぶりね」
「あの、千絵は元気ですか? どうしてるかと思って……」
途端に電話の向こうは沈黙した空気が流れて、それは、受話器からも十分に伝わってきた。
「いるわよ…… だけど、今はちょっと電話に出れないの」
「そうですか」
「何か伝えておく?」
「いえ、元気ならいいんです。また、電話してもいいですか?」
「え、ええ」
志穂は軽く挨拶をして電話を切ったが、どうも母親の様子がおかしい事は判った。ただ、それがどうしてなのか、そこまでは判らなかった。
千絵は、あたしと話したくないのかしら……
でも、それならメールは? しかも、あのアドレスに返信出来ないのはどうしてなのだろう。それだけでも千絵に訊きたかった。
二、三日して、志穂は再び千絵の家に電話をかけた。しかし、出たのは母親で、やっぱり以前と同じ対応を受けた。
「あの…… もしかして、千絵はあたしに会いたくないのでしょうか?」志穂は思わずそんなことを訊いた。
「そんな事ないわ。ただ、ちょっと事情があって……」
母親はなんとなく言葉を濁すだけだった。