救出
交差点内は、事故の為、他の車が立ち往生していて、間近の車からは数人が様子を見ようと下りてきていた。歩道からは通行人たちが遠巻きに見物している。
志穂と里美はそんな交差点を一気に横切った。
ロールスの全貌が見え、二人はさらに驚愕した。
真ん中から後に掛けて、壊れたおもちゃのように大きく潰れていたのだ。
駆け寄って、まずドアを……と思ったが、ドアとボディーが一帯になって潰れている為、どうにもならない。潰れた車内の奥に玲子の身体が僅かに見えた。
「玲子!」
思わず里美は叫んだ。
運転席も僅かに潰れている、いや、それでも随分つぶれている。が、運転手の身体は無事らしい。もちろん怪我の具合は判らないが……
問題は身体が半分だけ見えている玲子が生きているのか、外からは判らなかった。
窓ガラスは凄いひび割れで白くなり、グニャリと曲がっているにもかかわらず、砕け落ちていない。
完全な防弾の合わせガラスなのだ。細かいひび割れで白くなっている為、余計に車内が見えづらかった。
志穂は鞄から携帯……しかし、鞄は自転車のカゴに入れたままだ。その自転車は交差点の向こうに放り出してきた。
「里美、携帯!」
その声で里美も気付いて、素早く鞄から携帯を取り出そうとする。が、気が動転しているのか、鞄のファスナーを上手く開けられない。
彼女がやっと開けた鞄に、志穂が手を突っ込んで携帯電話を取り出し、そのまま一一九番に電話する。警察には救急から直に連絡が行くはずだ。
「あっ」
里美が叫んだ。
「何?」
「今、腕が、玲子の腕が少し動いたよ」
「ほんと?」
志穂も再び潰れた車内を覗き込む。
玲子の身体は、リヤシートの下に潜り込んでいるようだった。上手くいけば身体が潰されていないかもしれない。
顔が下を向いて、髪の毛が掛かっている為、彼女の表情は全く判らなかった。
他の車のドライバーも散り散りにトラックとロールスの周りに近づいて、事故の悲惨さに、何か自分達で出来る事はないかと表情を曇らせながらうろついている。
志穂の隣では、運転手を助け出そうと数人の男がドアを抉じ開けようとするが、人の力ではやはり開かなかった。
まもなくしてパトカーと救急車のサイレンが聞こえて来た。車の状態を見て、直ぐにレスキューを呼んでいる。
救急隊の一人が、なんとか窓ガラスを丸ごと取り外し、車内に潜り込んで玲子に声を掛ける。
その声に反応するかのように彼女の腕と頭が微かに動いた。
「生きてる!」
顔を上げると、何時の間にか交差点の周りは人だかりで、志穂達の学校の生徒も沢山集まっていた。
「下がって!」
レスキュー隊が到着すると、志穂と里美は後ろへ下がるよう促された。
金属カッターを使ってボディーを切断する大きな火花が、虹色に光って、潰れたパールホワイトのボディーに映りこんで溶けていった。
「ふう……」
志穂は家の玄関を入ると軽く息をついた。
「お帰り」
浩志がリビングから出てきて「どうなった?」
「うん。命には別状ないって。シートベルトをしていなかったのが幸いしたみたい」
志穂は救急車で玲子と一緒に病院へ行き、両親へ連絡を取って、容態を見てからようやく帰宅したのだ。
事故はトラックの信号無視らしい。トラックの運転手は重体の為、事情は意識が回復してからになるそうだ。
玲子の方は、ぶつかった衝撃で身体が横になり、そのままシートの下に転げ落ちた為、半分以上潰れた室内でも無事だったらしい。腕は骨折したが、すぐに意識を取り戻し、他は打撲程度だと言う。
一緒に運ばれた玲子の運転手は鞭打ちのみで、一番軽い怪我で済んだようだ。
「鈴木さんって人が、姉貴の自転車と鞄、持って来たよ」
「うん。頼んでたんだ。浩志、ご飯は?」
「ああ、コンビで買って来て喰った。から揚げ弁当ならあるよ」
やんちゃな弟だが、意外と気が効く奴。と志穂は思った。
「それ、貰う」
そう言って、志穂は部屋へ行って着替える為、階段に向かった。
「あの人、顔色真っ青だったよ」
「誰?」
「鈴木さんて人」
「里美が…… そう」
あんな事故を見た後だから、志穂はそう思った。
「里美、一緒に乗って」
救出された玲子はストレッチャーに乗せられ速やかに救急車に運び込まれた。
救急隊の人が、「一緒の方は?」と言ったので、志穂は里美に声を掛けたのだ。
「志穂、行ってあげて」
里美の顔は真っ青だった。志穂の横でしゃがみ込んでいる。
「大丈夫?里美。あんた、一緒に行って見てもらったら」
「大丈夫、少し休めば。志穂の自転車届けておくから電話ちょうだい。さ、早く行って」
志穂は里美に促される形で、一緒に玲子の救急車に乗り込んだのだ。
その時、里美には見えたのだ。玲子の魂の輝きが。
車内から助け出されたとき、確かに見えたソレは、彼女のグッタリとした身体とは裏腹に、生き生きとして輝いていた。
生々しく輝く魂を初めて見たショックとその安堵で、里美は地べたにしゃがみ込んでしまったのだ。
大丈夫…… 玲子は大丈夫だ。
そう思うと、腰が抜けたように立ち上がれなかったのだ。