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事故(1)

「あれ、志穂、今日は自転車?」

 学校帰りの校門で、里美が声を掛けて来た。

「うん。帰りに買い物あるから。昨日からお母さん出かけてるんだ」

 志穂は、夕飯を帰りに買おうと思い、どうせなら大きなスーパーにでも寄っていこうと思っていた。

「あたしも付き合うよ」

 里美が言った。

 二人は校門前の銀杏並木の下を歩いた。並木通りは駅のロータリーに向かって緩い下り坂になっている。

 志穂の家の方角からは、朝は下って学校へ向かうが、帰りは上り坂なのだ。だから、帰りは坂道が終わるまで自転車を押して歩く。

 乗って上れない事もなく、現に男の子達は平気で自転車に乗ったままこの坂道を駆け上がる。

 志穂も以前、一度だけチャレンジして上まで上れる事は確認済みなのだが、一、女子高生として、こんな所でひと汗かきたくは無いのだ。

 久しぶりに、しばらく続く並木道を歩いていると、隣を歩く相手は違っているが、志穂は千絵と一緒に歩いた、世田谷の並木通りを思い出していた。

 千絵…… 今頃どうしているのだろう。

 高校に入って、それなりに青春を謳歌してきた彼女にとって、何時の間にか千絵は思い出だけの存在になっていた。

 こうして並木を見て時々思い出す事はあっても、ほんの一瞬の回想に過ぎなかった。

 しかし、昨夜のメールを見てからと言うもの、千絵が今どうしているか、非常に気になっていた。

 後方で瀟洒な自動車のホーンがなった。普通の自動車のクラクションと違い、全く尖った苛立ちを感じさせない音色は、玲子の家の車だと直ぐに判る。

 志穂と里美が振り返ると、玲子を乗せた白いロールスロイスが二人を追い越していく。

 後部座席の窓を開けて、黒い巻き髪を風に揺らした玲子が手を振っていた。

 二人も手を振り返す。

 手を振る玲子の姿は、何時も普通の少女だ。

 普段、親しくも無い人から見える近寄り難い雰囲気は微塵も無い。しかし、それは彼女に手を振られた者にしか判らなかった。

 車は滑るように、滑らかに坂道を昇って視界から消えていった。

 その直後、ドカンッという物凄い音が、前方から聞こえた。

 金属、ガラス、プラスチック、それぞれが同時に壊れて破裂したような凄まじい音だった。

 志穂と里美は顔を見合わせた。そして、どちらとも無く坂道を駆け上がっていた。

 坂道を昇り切って最初の交差点が見えた時、二人の目に飛び込んで来たのは、大きな青いトラックが信号機の柱にぶつかって、信号機が斜めに傾いている姿だった。

 勿論トラックの全面部はグシャグシャに潰れて、窓ガラスも粉々だ。

 しかし、そのトラックの向こうに見えた物で二人は大きく目を見開いた。

「玲子……」

 里美が呟いた。

 トラックの向こうに見えた物、それは先ほどまで玲子を乗せて優美に走っていた白いロールスロイスだったのだ。

 志穂はその場に自転車を放り投げて駆け出した。里美はそれより一足先に走り出していた。 里美は小学校の頃から玲子と友達だったのだ。



  * * * *



 鈴木里美は小学校五年生の秋に、春日部から転校して来た。

「鈴木さん。あたし達、今度壁新聞コンクールに出す新聞作るんだけど、一緒にやらない」

 里美は持前の明るさで、すぐにクラスに溶け込む事が出来た。

 学校帰りも、一緒に帰る友達など直ぐにできた。しかし、里美はこのクラスに転入した日から、休み時間になると教室の窓際の一番後ろで、何時も一人で読書をしている娘が、ずっと気になっていた。

 綺麗な黒髪が窓から入る陽射しに輝いていた。

 彼女は休み時間も特に仲良く話す相手もいなようだし、かと言ってイジメにあってる様子でもない。クラスのみんなも用事があれば普通に話をしている。

 しかし、どう見てもクラスに溶け込んでいる感じは無かった。

「ねぇ、風見さんって、どうして何時も一人なの」

 ある日の学校帰り、里美は何時も一緒に帰る梨香に聞いてみた。

「ああ、風見さんはね、いいのよ」

 もう一人、一緒に帰っている潤子が笑って

「彼女はいいの。令嬢は、庶民とは遊ばないんだって」

「令嬢?」

「彼女の父親は六本木にある会社の社長なの」

「だから?」里美は訊き返した。

「だ、だから……あたしらとは合わないのよ」

 梨香は少し困ったようにそう言った。




「ねぇ、たまには一緒に帰らない?」

 ある日、里美は放課後の昇降口で、風見玲子に声を掛けた。靴を履き替えていた彼女は、ツヤのある黒髪を揺らして、無表情に

「それはムリね」

「どうして?」

 里美が歩き出した玲子についていくと、正門まで来て

「方向が違うでしょ」

「途中まで一緒でしょ」

「でも、ほら」と玲子が示す視線の先には、大きな水色のジャガーが停まっていた。

 もちろん、里美には車種などわからないが、ピカピカのボディーに辺りの景色が映り込んでいるそれが、高級外車という事はわかった。

「それじゃぁね、里美さん」

 玲子が後部座席に乗り込む時、手を振りながら一瞬見せた笑顔は、紛れも無く小学生のものだった。

 制服姿の紳士がドアを丁寧に閉め、里美に一礼した後、運転席へ乗り込んだ。静かに走り出す車を里美は少しの間見つめていた。

 この学校へ転校して以来、みんなは仲良くしてくれるが、里美の事を「鈴木さん」と呼ぶ。春日部にいた頃はみんな「里美」と呼んでくれていた。

 もちろん、時間が経てばそのうち名前で呼んでくれる友達もできるだろう。しかし、初めて名前で呼んでくれた玲子に、この時里美は何となく親近感を覚えたのだった。



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