電話(2)
部屋に戻った志穂は、宿題が途中のまま手に付かなかった。
「あの声…… 前に浴室で聞いた声だわ」
しかし、その声の主が判らない。
だいたい、何故、電話から聞こえた声と、浴室で聞こえた声が同じなのだろう。
電話から声が聞こえるのは当り前だが、浴室で聞こえた声は…… いったい何処から聞こえたと言うのか……
それとも、ただの空耳? 電話も、浴室も一定のノイズが響いている時だったから、自分の聞き違いなのだろうか。志穂はそう思った。
突然携帯の着信音が鳴った。
考え事をしていた志穂は、ビックリして、椅子ごと後へひっくり返りそうになった。
電話かメールか、着信音を聞いただけで判るように分けてある。メールの着信を知らせる音だった。
志穂は充電器から携帯を取り外して、二つ折りの携帯電話を開いた。
友達からではない。アドレスをメモリーしている相手からの着信は、液晶モニターに相手の名前が表示されるのだ。
「誰だろう」
呟きながらメールを開く。
『たすけて、シホ』
表示されたメッセージを見て、志穂は息を呑んだ。
「何? だれ?」
彼女は相手のアドレスを確認する。
パッと見、見た事の無いアドレスだった。しかし、アドレスの前半部分に記されたアカウントの文字を読んで、再び志穂は驚いた。『chie@…………』
「チエ?……」
チエと言えば、思い当たるのは転校前、世田谷の小学校、中学校と親友だった太田千絵しか思い浮かばない。しかし、志穂が携帯を持ち始めたのは高校二年になってからだ。
中学二年生で転校した志穂は、しばらくの間は電話や手紙で千絵とも連絡を取り合っていた。
四、五回、世田谷まで出向いたり新宿で待ち合わせたりして遊んだ事もある。
しかし、時の流れと共にそんな行動も遠のいて、高校に入ってからはお互いに電話も手紙もないままだ。だから、千絵が志穂の携帯電話用メールアドレスを知っているはずが無いのだ。
アドレスの後半部分を見る限り、おそらく最近多い、無料で取得できるメールアドレスのようだった。
志穂は少しの間、本文と差出のアドレスを交互に眺め返していたが、ふと気が付いた。
「返信してみよう」
彼女は、単純に送られてきたアドレスに返信する機能を使い「あなたは誰?」と言う文面を打ち込んで、送信ボタンを押した。
これで、返信されるはずだ。
二〜三分たった頃、再び着信音が鳴った。
「来た!」
志穂は、メールを開いて驚愕した。
『サーバーエラー通知 ****** 宛先不明のためお届けできませんでした…………』
「そんな……」
志穂は呆然と携帯の液晶画面を見つめた。